MS信頼性ガイドライン対応委員会報告書 その3  09.10.09

この文は、月刊アイソス2009年11月号に掲載していただいた私の文を、恩田編集長のご了解の上ここにアップします。
なお、私の師匠であるLRQAの星野顧問のコメントは掲載しません。ぜひアイソス誌をご購入してお読みください。

星野さんへの質問 11月号
 本日は星野様への質問ではありません。8月18日JAB、JACBなどが共同で作成し公表した「MS 信頼性ガイドライン対応委員会報告書(以下報告書という)」を読んだ私の感想と疑問です。ISOの専門家の星野さんから私の疑問へのコメント・アドバイスをお願いします。
 この報告書は内容が多岐にわたっており、ボリュームもあります。考えることは多々ありますが、特に基本的なこと数点に絞ります。

 はじめに信頼性という言葉ですが、この信頼性とは誰が何に対して持つ信頼性なのでしょうか? 2008年7月経産省の「信頼性確保のためのガイドライン」では「社会のMS認証に対する信頼感」という言い方がされていた。つまり成すべきは、一般社会のMS認証に対する信頼感の向上であると思います。ところで一般社会のMS認証に対する信頼感は、いわゆる不祥事によって失われたのでしょうか?
 2003年の「管理システム規格適合性評価専門委員会報告書」において「負のスパイラル」という言葉が使われましたが、そこでは認証機関、審査員、審査員研修機関、組織、コンサルなどの責任について言及されています。まさしくその通りだと思います。
 しかしながら、この報告書では信頼性回復ということを非常に限定してとらえており、不祥事を起こした組織、もっと正確にいえば虚偽の説明によって認証を受けた組織に対する認証停止についてだけ論じているようです。もちろん後半では審査員の質向上とか情報公開という項目もありますが、負のスパイラルとして提起された問題に対する包括的対策になっていません。
 ですから不祥事が起きた組織、あるいは虚偽説明を行った組織の認証を取り消したとしても、それは信頼性を棄損している要因のほんの一部でしかなく、それだけでは信頼性回復はできないでしょう。
 もちろん現実には信頼性とは一般社会が第三者認証制度に対するものだけではありません。認証を受けている組織の第三者認証制度に対する信頼性もあります。かって建設業界でISO認証ブームがありました。あのブームが不純な動機で始まったにしろ、審査によって組織の品質保証体制や環境管理体制を強固にしていくことはできたし、それこそが認証の価値のはずです。審査をすることによって組織に認証の効果を感じさせることができたなら、入札条件とは関わりなく認証は継続し増加したはずです。しかし現実はそうではありませんでした。組織は審査に価値を見出すことができず、認証制度に信頼感を持てなかったからです。

 第二にアクションプランというなら、まず達成すべき具体的目標を定め、それを実現する手段と実施担当と日程の明示が必要です。
例えばISO14001では環境実施計画を要求しています。審査では項目ごとの目標値は定量化されているか定量化できなくても達成判定が可能であることが検証されます。その他5W1Hはあるか?それは妥当なものであるか?それらの効果を合計すると目標を満たすのかを問われます。これらを満たしていない環境実施計画であれば、適合と判定されるはずがありません。
 さてこのアクションプランでは信頼性向上をどのような指標で測るのでしょうか? それさえはっきりしません。 個々のアイテムによる効果として何がどのくらい改善されるかもわかりません。第2項から第5項を実施すれば、信頼性向上が目標値を満たすのかも不明です。
それにアクションプランと称する図表は、縦軸にアイテムを並べ時間軸に矢印を引いただけで基本的な条件さえ満たしていませんから、ISO審査では確実に不適合です。これはアクションプランではなく、単にガンバローという掛け声でしかありません。

 その他この報告書にはいくつかの問題があります。
まず報告書では、審査の質向上を審査員の質向上と均質化によって達成すると語っていますが、それは間違いです。審査の質向上は資料2-1で示すような審査員の力量に依存するのではなく、認証機関のマネジメントとその運用(PDCA)によって実現しなければなりません。また事務手続き・日程管理など、審査員に関わらない認証機関の品質もあります。製品品質が作業者や設備によってではなく組織の品質マネジメントシステムで担保されると同じく、審査の品質は審査員によってではなく認証機関の品質マネジメントシステムによって担保されるのです。審査の質を向上するには、審査員の力量ではなく認証機関の力量が求められるのです。これは以前からJABが語っていることであり、単なる漏れというより意図的な論理のすり替えではないのでしょうか。
 つぎに認証の信頼性向上のためには、認証した組織が信頼されることが必要条件ですが、それにはどのような方法が考えられるでしょうか?
悪い組織に対して認証の停止や取消しすれば、残った組織の信頼性が上がり認証制度の信頼性を向上するのでしょうか。変なたとえですが、食物連鎖には生食連鎖と腐食連鎖があります。認証を受けている組織の中から悪い部分を切り捨てていくという方法は腐食連鎖を連想します。そのプロセスでは、有機物をどんどん分解して最後には何も残りません。悪いものを切り捨てていく方法では、認証件数も制度もシュリンクする一方でしょう。
 そうではなく、審査によって組織の質を向上させその組織の社会的評価をあげる、その結果第三者認証制度に対する社会からの信頼性が向上するという生食連鎖を提案すべきです。しかし報告書は、審査によって認証組織を向上させていくという姿勢がありません。
 もうひとつは報告書の中で有効性審査を徹底すると述べています。上記と関連しますが、それじゃ足りないのです。元々「有効な審査」とは「経営に有効な審査」とか「審査の有効性」という意味に使われていました。しかし、いつしか「システムの有効性」とか「有効性審査」とレベルの低い狭い意味に使われるようになってきました。組織の信頼性をあげ認証の信頼性をあげていくには、「審査の有効性」を向上し認証の価値をあげていかなくてはなりません。そういった前向きの姿勢が見られません。

 では第三者認証制度の信頼性向上のためには、具体的には何をすべきでしょうか?
認証の信頼性を揺るがしたといわれる、事故、違反、偽証やリコール隠しなどを起こした企業を考えてみましょう。その中には社会の信頼を回復した企業もありますし、信頼を回復できず消滅してしまった企業もあります。その違いを決めた要点は三つあると思います。
 ひとつは当たり前ですが、良い品質の製品やサービスの品質の提供。
すなわち、再点検する、無事故を継続する、遵法を徹底する、賞味期限を守る、ということです。
さて審査の品質とは何かと言えば、有効性などと語る以前に適合/不適合をしっかり見ること、良い審査報告書を提供すること、付帯的なものとして審査員のマナーなどもあります。しかしながら、私はそれらの審査の質が負のスパイラルが報告された6年前より向上したとは全然感じていません。
 ひとつは責任を明確にして再発を防ぐ是正処置。
不祥事を起こした企業では、創業者であろうとオーナーであろうと経営者は退陣しました。また社内組織や品質保証体制の見直しも行っています。他方、その不祥事を見逃した認証機関で経営者が引責辞任したとか判定委員会のメンバーを入れ替えたという話を聞きません。
 ひとつは情報公開、情報発信。
報告書でも情報公開を取り上げていますが、第5章や資料3に示す項目などは当たり前すぎて情報公開に値しません。最低限、不祥事に関する情報、たとえば不祥事が発覚する前に行った審査報告書、なぜ不祥事を見つけなかったかの認証機関の内部調査結果、その後の是正処置などは修正なしで公開しなければならないでしょう。虚偽の説明をしている組織があると言いながら、自らの情報を公開しないのは限りなく虚偽に近いと思います。江戸時代の感覚で、審査の詳細は知らしむべからず依らしむべし、では信頼性回復など無理な話です。
 実を言って上記は外部品質保証そのものです。しかし審査の質向上の具体的プランもなく、組織改革もなく、情報公開もせず、ただ「信頼性回復に努めます」という言葉だけで一般社会が納得してくれるでしょうか?認定機関と認証機関が自らを改革せずに第三者認証制度の信頼性回復ができると考えていること自体、関係者の感覚が世間とずれている証です。
 コンプライアンスとは法を遵守するだけでなく、変化している社会規範を理解しそれを尊重することです。このアクションプランでは、単に問題解決の先送りで、第三者認証制度の信頼性回復は困難なように思います。



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