ケーススタディ 力量 09.11.07

山田の席の電話が鳴った。
「ハイ、山田です。」
「俺だよ、神山だよ」
山田と同期入社でずっと営業で一緒だった神山だった。神山は順調というべきか、同期の中で二番目に課長になった。それほど親しくはないが神山が課長になるまでは時々飲む間柄だった。しかし神山が課長になってからは、山田はちょっと神山がねたましく付き合いが疎遠になっていた。
「おお!久しぶりだなあ、どうしたの?」
「いやね、来年早々のISO14001の審査のことなんだけどさ、営業部門は毎年順繰りに審査を受けていたよね。順番通りなら来年は俺のところなんだよ。嘘をつくにも簡単ではなさそうだから、今から準備しておこうかなと思ってね。ちょうどいま年末前の暇な時期だからさ。山田がISO担当になったと聞いたので、対策を教えてもらいたいと思ったんだよ」
なるほど、営業部門は地域によって3つの部に分かれ、それぞれの部に4つから5つの課があり毎年各営業部からひとつの課が抜取りで審査を受けていた。前年まで毎回審査を受ける課が順繰りにずれていた。神山課長の課が来年の番になったのか?
「それはご愁傷様」山田は冗談を言った。山田が営業部門から離れた今、上下関係を気にすることはない。
「オイオイ、そんな殺生な、溺れる者は藁をも状態だよ。そっちの都合のいい日時を教えてくれないか?」
「オレは藁かよ? 冗談抜きにいつでもいいよ。なんだったら今日の午後でもいい。ただ漠然とした話でも困るので、要点をまとめてきてくれよ」
「オッケー、じゃあ、今日の午後13時から15時まで頼むよ」
山田は了解した。

月日の経つのは早いものだ。山田は異動してからISO14001の基礎的な2日間コースを受けた後、すぐに審査員の5日間コースの研修を受けCEARに審査員補の登録を申請するところまで来た。ISO規格の理解は平目を超えたと心の中では思っている。廣井や中野と議論することも多いが、彼らがISO担当とされている平目以上に規格の理解が深いのに驚いた。規格の理解が深いというより、実務と規格の関係を理解しているというべきだろうか?
平目は確かに規格をそらんじているし、講釈は語るが、その中身は過去の審査員はこういったとか、これはダメと言われたという積み重ねでしかなく、規格がどういう意図なのかとか、会社の業務との関連という観点ではからっきしなのであった。もちろん平目もそれは認識しているようだったが、実際の業務に就いていなかったからしかたがないという気持ちもあるようだった。山田が今まで付き合ってきて、平目は善人ではあるが、人を押しのけてもまい進するタイプではないとはっきりと知った。
もっとも山田自身もブルドーザーのようにがむしゃらに仕事を進めるタイプでもないことを認めざるを得なかった。そこが神山と山田の違いで、上長からみれば無理なことでも諾として命令を聞く方が、ああだこうだと二の足を踏む山田より管理職として適正があるとみなすのも当然だろうと思う。

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昼飯を食べた後、山田は日課としている大手町のオフィス街を20分くらい歩いた。もう秋というより初冬だなあと感じる。ワイシャツだけでは寒い。今年は昨年よりも、平年よりも気温が低いと報道されていた。地球温暖化なんて本当かという疑問を感じた。
しかし昼のオフィス街はサラリーマンの散歩が目立つ。少しでも運動不足を解消しようとしているのだろうか? 良く見ると万歩計をつけている人が多い。一般的なオフィスワーカーは毎日6000から7000歩歩くといわれているそうだが、山田は一度万歩計をつけて測ったら一日なんと4000歩しか歩かないのだ。それ以来お昼休みには積極的に歩くようにしている。

散歩から戻ると神山と平目の声が聞こえた。
「力量を持つことを確実にすることと、教育したことが違うなんて言葉の遊びですよ」神山が言っている。
「まあ、現実には教育することと、力量を持たせることって同じかもしれないね」平目の自信のなさそうな声
山田は声が聞こえたミーティングルームに入って行った。
「やあ、神山君、元気?」
平目と神山は山田の方を振り向いた。
「おお山田君 散歩は終わりか。今度の審査は俺んとこらしいので事前勉強しているんだ」
「神山課長が心配されているのは、営業マンが力量を持つことを確実にした説明をどうするのかということだ。」
神山の疑問は、営業マンが力量を持つことを確実にしたこと、及びその記録とはいったいなんだろうか?ということだった。

「平目さん、環境マニュアルではそこんとこはどのように記述しているのですか?」
最近、山田も要領をつかんできた。要するに環境マニュアルに書いてある通りであればよい。もしその記述が実態に合わなければ現実にあわせてマニュアルを書きなおせばいいのだ。
平目は引き出しから環境マニュアルをプリントしたものを取り出した。
鷽八百機械では、イントラネットにアップしてあるpdfファイルが正(せい)で、プリントしたものは参考用という扱いにしている。しかし人間は紙を読むのが慣れており、だれでもマニュアルをはじめとして文書の類をプリントして使っていた。
「うーんと4.4.2と、ここだな・・『各課長は日常業務において業務の進捗、運用状況を監視し、必要な場合、指導を行う。指導や特別な教育を行った場合、業務週報あるいは個人の年間育成計画などに実施事項を記録する。場合によっては部長に報告し適正な処置をとる。』漠然としているが、会社で課長がしている仕事そのまんまだね。」平目はそう言った。
「私もISO規格を読んで来たのですが、
『組織は、組織によって特定された著しい環境影響の原因となる可能性を持つ作業を組織で実施する又は組織のために実施するすべての人が、適切な教育、訓練又は経験に基づく力量を持つことを確実にすること。また、これに伴う記録を保持すること。』とありますよね。
つまり私が審査の際に質問されるのは
(1)著しい環境影響の原因となる可能性を持つ作業とは何か?
(2)それに従事する人は社員、あるいは社員以外で誰なのか?
(3)その人はみな力量を持っていることがいかなる方法で確実にされているか?
(4)力量を持っていることを立証する記録はなにか?
ということになりそうだ。」
山田は神山がかなり規格を読んでいるのが分かった。山田は環境保護部に来るまでISO規格など読んだことがなかったので神山の勉強ぶりに舌を巻いた。
平目はこういう質問に慣れているのか驚くそぶりも見せず
「神山課長、簡単に考えましょう。
(1)営業部門で著しい環境側面となっているのは何でしょうか?
営業活動そのものです。つまり客先への情報伝達、情報収集、マーケティングなどを想定しています。当然ながら費用の支払いに関する規制や虚偽の説明の禁止などもあります。それらに対しては、営業マンの基礎教育もありますし、毎年営業マンのコンプライアンス教育もしているはずです。」
「平目さん、そういえばそうなんだけど、もっとも根源的なことですが、教育することと、力量を持つことは違います。こちらが教えることと、相手が理解したかは大きな違いです。はたしてどこまですれば身に付いた断言できるのでしょうか?」
「おっしゃることは分かります。今までの課長は『教育終了後、相手が理解したことを確認した』なんて書いてその記録としていたが・・・」
「それってまったくの主観じゃないですか? あのですね、ISOのために何かしようなんて思ってはいませんが・・」
神山は続けた・・
「私たちは毎日売り上げの数字を出せ、客とのトラブル、いや顧客満足を向上させろと言われているわけですよ。それだけじゃなく、工場への情報提供件数、他社情報の収集まで評価されているわけです。そんな実務を考えると、いったい力量を持ったことを確実にした記録とは何でしょうかね?」
山田が口をはさんだ。
「神山君、君がどういうときに担当者に任せておけると考えるのだろうか? 言いかえると、どんなとき教育と言っちゃ大げさだけど、ひとこと言おうとか励まそうとか考えるのだろうか?」
神山はそれを聞いてオッと声を出した。
「おお!そういうことか、ISOっていうからなにか特別なことと思ってしまうんだな。」
「神山君、もうひとつ、もっと根源的な話だけど、著しい環境側面なんて存在しないんだ。あるのは重要な仕事だけだ。その重要な仕事といっても、お金に絡むもの、商法や会社法などの法規制に絡むもの、品質に関わるもの、環境に関わるもの、もちろんほとんどの業務は複数の項目に関係するんだけどね。その中でISO14001は環境に関わる重大なものを著しい環境側面なんて呼んでいるだけだよ。」
「なるほど、なるほど。そうすると、教育のニーズなんて日常管理で見つけあるいは気が付いたことという意味になる。ただ力量を持ったことを確実にした記録とはなんだろうか?」
「神山君、部長から『今度の新人は使えるようになったのか?』と聞かれたら、どんなふうに応えるんでしょうかね?」
「日常の働きぶりと数字だな、それからお客様からの評判とか苦情とか、社内の業務の処理の遅れがないか、ほうれんそう・・うーん、そうすると力量を持ったことを確実にした記録というものは一つじゃなくて、いろいろなもの、部長への業務週報、人事部との打ち合わせ、客からのメールとかその回答、もちろん本人の週報へのコメントや本人との面談など多々あるなあ、どれを取り上げて説明すべきなんだろう?」
「どれと考えることもないじゃないか、それ全部が教育のニーズを示すものであるし、教育の記録であるし、力量を持ったことを確実にした記録じゃないのかな? もちろん場合によっては力量がないことを示す記録となる場合もあるだろうけど。」
平目は山田が確固たる信念を持って話すのを感心して聞いていた。
「なるほど、じゃあISO審査のためになにもすることはないな。いつも通り仕事をしていていれば間に合うはずだ。審査で質問されたら、該当する仕事のプロセスや記録を見せて説明すればすむことなのか。」
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平目が口をはさんだ。
「もっとも、相手の質問に応じて臨機応変に説明することは気がきかないと難しいのだよ。だから今までの審査を受けた部門の人たちは、規格のおうむ返しの記録を作って、見せていたんです。それとね、審査員の質にもよるんですよ。神山さんが説明して、なるほどと理解する審査員もいるし、理解できない審査員もいる。その方が多いと思います。でも、山田君がいるからバックアップしてくれるでしょう。」
平目は更に残念そうに付け加えた。
「実際には過去の審査では、業務をそのままISOの活動と説明することは過去大バトルを引き起こしました。そして審査員が納得せずに我々が折れてバーチャルなものになってしまったことが多いのです。」



本日の課題
次のことを考えてみましょう。

・あなたの職場で著しい環境側面は何でしょうか?
・それはいかなる方法で決めたにしろ、重大性は妥当でしょうか?
・その業務に関わる人は、その業務を問題なく遂行できますか?
・あなたの部門で力量を確実にした記録とされているものは、実務において意味のあるものですか?



ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(09.11.08)
こんばんは、たいがぁです。
「神山課長が心配されているのは、営業マンが力量を持つことを確実にした説明をどうするのかということだ。」

はて、配下の営業マンが所定の成績(受注額、荒利額、新規獲得件数など)を挙げていることを、審査員に営業記録を見せて説明すればいいだけのことではありますまいか?

たいがぁ様
そりゃそうだけど・・・・・そう思っていない人が大杉
特に審査員に
たいがぁ様のような人ばかりだったら、悩みなんてありませんよ


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