ケーススタディ 環境方針の周知 09.11.28

今日も山田は日課の郵便受けの中身を各担当に割り振っていた。
有名私鉄名入りのA4封筒で環境保護部宛に来たものを開けた。中にはA4サイズの紙が一枚、いや二枚入っていた。
一枚はその私鉄の環境方針で、もう一枚には次のような文句が書いてあった。

ISOマークじゃないです 文句を言わないように 藁 JABマークじゃないです 文句を言わないように 藁
鷽八百機械株式会社
環境担当部署殿

○○電鉄 ISO事務局
電話番号03-000-0000
FAX番号03-000-0000
○○電鉄会社環境方針送付の件

このたび弊○○電鉄の環境方針を見直ししました。つきましてはお取り引き先様に環境方針をお送りいたします。貴社の関係部署への周知をお願いします。
今後とも弊社の環境方針をご理解され、弊社の環境活動にご協力をお願いします。

以上



 みんなの笑顔を結びたい ○○電鉄

山田はそれを読んでどうしたものかと思い、平目のところに行った。
「平目さん、こんなお手紙がきました。これをそのまま社内の電鉄会社の営業部門に転送すれば良いのでしょうか?」
「オイオイ、またかよ、いや〜こんなのは放っておけばいいのさ。大体ひとさまの会社に環境方針を周知しろなんて、失礼千万、越権行為で無礼極まることじゃないか。無視しておいていいんだよ。」
「そうなんですか?」
「山田君、こんなお手紙は、そうだなあ、毎月1件か2件来るんだよ。相手にしていたらきりがないよ。」
「でも、もし営業部門がその私鉄会社に行って『環境方針を送ったが知っているか?』と聞かれたら困ることになるでしょう?」
「まあ、そんなことを聞くとは思えないが、聞かれて回答できなくても困るとは思えないよ。」
「ビジネス上大丈夫ですかね?」
「山田君、君も審査員補の講習を受けただろう。それじゃあ、規格では環境方針にどんなことを要求しているか勉強したはずだ。」
山田は規格の対訳本を取り出した。
「ええと、4.2 環境方針の中のF項で『組織で働く又は組織のために働くすべての人に周知される』とありますね。この私鉄会社はこの要求事項に従って取引先に周知しているのでしょう。」
「つまりこの電鉄会社は、F項の『組織で働く又は組織のために働くすべての人に周知される。』を読んで、我々部品メーカーを『組織のために働いている』と理解しているということだ。」
「はあ? 平目さん、そのとおりじゃないのですか? 私たちは電鉄会社ばかりではありませんが、当社の製品を納めて代金をいただいているのですから、電鉄会社のために働いているといってもあながち間違いではないように思います。」
平目は笑った。
hirame.gif 「日本語を読むと『組織のために働くすべての人』だから、その組織のため、つまり組織の活動のために製品やサービスを提供するすべての人と思っても不思議ではないね。しかしそんなふうに考えると、袖触れ合うも多生の縁ではないが、日本中の人が無縁でなくなってしまう。」
「うーん、平目さん、そう言われると困ってしまいますね。どこまでが組織のために働く人なのでしょうか?
我々部品メーカーはもちろん入るとして、私鉄会社に電気を供給する東京電力、廃棄物を処理する廃棄物業者、制服を作る業者、構内にある自動販売機メーカー、そこで売っている飲料メーカー、売っている弁当を作る業者、その食材を作っている食品会社、いや農家、農協、輸入業者も含むのでしょうか? いやいや許認可を与える行政機関だって無縁ではないですからね。うーん・・」
「それどころか、電車を利用する乗客も運賃を払うために働く・・組織のために働く人だなんて拡大解釈もあるかもよ」
平目は笑いながら言った。
山田は考え込んでしまった。
「山田君、この文章に限らないがISO規格なんて、日本語を読んでもわけがわからないんだよ。原文だ原文」
「はあ?」
「せっかく対訳本を持っているのだから、その英語原文を読んでごらん。」
山田は対訳本の左側のページを目で探した。
「ええと、
is communicated to all persons working for or on behalf of the organization
on behalf of の個所ですね。英和辞書を引くと・・『のために』ってありますよ。待てよ、下の方にいろいろな事例が載っている。ええと『に代わって』『代表して』あれえ!単純に『誰かさんのため』という意味じゃないんですね。」
「そうだよ、この個所で『組織のために働く人』とするのは誤訳に近い、いや現実に人々をまどわしているわけだから明確な誤訳かもしれない。ここを正確に訳せば『組織を代表して働く人』なんだ。」
「『組織を代表して』というと代表権を持つ人というイメージでしょうか?」
「それとも違う。もっとひらたく解釈すればいいんだ。つまりその会社の人間として働いているという意味にとれば良い。正社員だけでなく、アルバイトであろうと、派遣社員であろうと、その会社の人間として会社の看板を背負って働いている人のことなんだ。不具合を出せばその会社の責任になるという意味だ。
我々部品を納めている人も、私鉄会社の廃棄物を処理している廃棄物業者も、私鉄会社からポスター印刷を請け負った印刷屋も、私鉄の看板を背負っているわけじゃない。だからその私鉄のために働いている人ではない。
構内で働いている人すべてが組織のために働いているかと言えば、それも違う。構内で働いていてもお掃除のおばさんは『組織を代表して』働いてはいない。もちろん清掃会社を代表して働いていることになる。お掃除が汚なければ、そのおばさんの問題じゃなくて清掃会社の問題になるからね。」
山田は正直驚いた。環境方針のこのセンテンスの意味はそうだったのか
「山田君、英語で読むまでもない。認証しようとしまいと、自社の思想とか方針を他社に押しつけることなんて論理的にも法的にもできるはずがない。常識で考えれば明明白白だよ。」
「じゃあ、この私鉄会社ではどうして多大な費用と手間をかけて、環境方針を配っているのでしょうか? 紙を数百枚印刷して郵送するだけでも・・十数万円あるいはもっとかかりますよね?」
「おおかた、ISO審査でISO規格では環境方針を私鉄会社のために働いている人すべてに周知しないと不適合だなんて脅されたんじゃないか。よくあることだよ。」
山田は平目を見直した。平目もISO規格を結構考えているんだと改めて気が付いたのである。
「平目さん、とりあえずこの方針はゴミ箱行きということでよろしいですか?」
「まあ捨てる前に方針の中身を読んでごらん。参考になるかもしれないよ。」
平目の目は笑っていた。

いつも平目さんを貶めるようなストーリーばかりですので、今回は平目さんを持ち上げてみました。



本日の課題
あなたの会社でこのようなお手紙が来た時、どのようにしていますか?
 ・しっかりと関係部署に転送している
 ・即ゴミ箱に放り込む
 ・相手先に、規格解釈が間違っていますよとご返事を出す。
まさか、あなたの会社ではこのような不幸の手紙をだしちゃいないでしょうね? 



名古屋鶏様からお便りを頂きました(09.11.28)
佐為様っ!
名古屋鶏めにございます! 申し訳御座いません!! ここに全ての罪状を認め、深く反省するものでございます。
この、名古屋鶏、恐れ多くも登録審査の際において、審査員先生御大様大明神から
「環境方針は広く納入元に配付して"同意書"をとりつけるぞよ」
との"ご神託"を受け賜り、神の御心に反しては、と環境方針に同意書をつけて配付した覚えがございます! しかも、全て署名・捺印の上に回収をするという悪行三昧を成したものであります・・・T T
今から思えばあまりのズーズーしさに深く恥じ入るばかりではございますが、無知ゆえの所業でございます。何卒、ご容赦を・・・・!
以後は反省し、その後、「当社の環境方針にご同意・・・」と書かれた文書については一切無視し、何か言ってきたら「・・これはねぇ」と自らの経験と恥を語ろうか、と構えて待っておりますが・・・・
何故か、その後に「同意書を返送せよ」との催促の電話や手紙を貰ったことがございません。だったらそんなもの送らなければいいと思うのですか?

おお、名古屋鶏か おぬしも悪じゃあのお〜
なんては言いませんよ 
実を言いましてこの言い回しに私もだいぶ悩みました。
でも英語原文を知らなくても、他社に当社の環境方針を押しつけるなんて僭越ですし、不可能です。部品メーカーが多数の会社に納品していて、全部のお客さんから環境方針を押しつけられたら・・コマッチャウワ
だからそんなことを言っているのではないと思いました。
結論から言えば、できるところまでしかできないというのが結論でした。
しかし、世の審査員方は、そんなことに疑問も持たず今日も『組織のために働くすべての人に周知しなければならないと書いてあるでしょう』とのたまわくのでありました。
チョンチョン

ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(09.11.28)
「所定のバインダーに綴じて保管しておく」なので、答えはその他ですね。
もし後日、送付元から「環境方針を送付したがホニャララ」という問合せがあったときに「捨てました」では困るし、かといって関係部署にコピーして送るほどのものでもないし。要は、「顧客要求事項」の一部として取り扱っております。
しかし思い返せば、14001認証取得当時は仕入先にウチの環境方針を送付してましたね。ご丁寧に受領書まで添付して。そうするものだと思い込んでいましたから。
で、それを何に使ったかといえば、審査員から「“組織のために働く人”に対して貴社の環境方針をどのようにして周知していますか?」という質問に答えるためでした。つまり、審査のためだったわけです。
でもさすがに審査員のためにこんなバカくさいことをするのはおかしいという疑問がおこり、「組織のために働く人」とは「当社の指揮命令・監督権が及ぶ人」と解釈するのが妥当だろうということになり、すぐに廃止となりました。

たいがぁさんはいい人だ、だって捨てないんだから
私は過去より頂いた環境方針は全部捨ててました。
でも考えると、上記3番目の『相手先に、規格解釈が間違っていますよとご返事を出す』のが正しいあり方かと思います。
アクションをとらないと日本のISOは良くなりませんから。


しょうちゃん様からお便りを頂きました(09.11.30)
おばQさま、いつもお世話になります。しょうちゃんです。

あなたの会社でこのようなお手紙が来た時、どのようにしていますか?
 ・しっかりと関係部署に転送している
 ・即ゴミ箱に放り込む
 ・相手先に、規格解釈が間違っていますよとご返事を出す。


フツーは受け取った人の判断で、即ゴミ箱でしょうね。
不幸にもクソまじめな人が受け取った場合、私のところへ転送し、全社周知の依頼が来ることがあります。(勿論私は無視しますが)
相手先(普通はお客様)に解釈マチガイのご返事は出しづらいのですが、一度だけ、お客様の元締め事務局にすんごい力量を持った知人が居たので話のネタに、連絡したことがありました。 ・・・(^^ゞ

さすがにお客に対して「あんたの解釈まちがっとるよ」って喧嘩を売るほどヒマではないっすよ。

しょうちゃん様 毎度ありがとうございます。
おっしゃるとおり!私もほんとのところ相手に間違っていると言ったことはありませんね。めんどくさいし、わざわざケンカを売るまでもありません。
でも、日本中に飛び交っているであろう環境方針の郵便は・・環境に悪そうです。


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