ケーススタディ 環境不祥事は増えているのか 10.02.26

鷽八百機械の環境保護部には、外部から問合わせや工場からの指導要請などは毎日あり、それらへの対応や日常のルーチンワークはあるものの、特段の大事件もなく平穏無事に日々が過ぎている。そんなある日、中野は郵便で送られてきた講習会の案内を見つけた。
講習会のタイトルは『なぜ環境不祥事は止められないのか?』であった。
中野は手にとって表裏しげしげと眺めた。

「環境不祥事?なんだこりゃ!」
とつぶやいたのを通りすがりの廣井が聞いた。
「なんだい? 環境不祥事とは聞き捨てならぬ、ウチのことじゃないだろうね?」
「廣井さん、こんな講習会があるようですよ。」
廣井は中野からその講習会の案内を受け取って同じように表裏しげしげと眺めた。

「環境不祥事って何だと思う? 中野君」
「うーん、だいぶ前に千葉県の製鉄所でアルカリ排水を流していて、しかもウソのデータを書いていたってのがありましたね、ああいうものを言うんでしょうか?」
「藤沢でもダイオキシンを含んだ排水を処理せずに流していたってのがあったねえ〜」
通りかかった平目が口をはさんだ。
中野は後ろから平目が声を出したのでいささかぎょっとした。
fac1.gif 「平目さん、千葉は故意にした犯罪ですが、藤沢は過失ですよねえ〜、不祥事ってどこまでいうんでしょうか? 確かに故意であろうとなかろうと不祥の反対の吉事ではないでしょうけど・・」
「うーん、不祥事って辞書を引くと『社会の信頼を損なわせるような出来事・醜聞を指す。主にマスメディアにおいて用いられる言葉で元々はあってはならない出来事』とある。じゃあ藤沢も不祥事といっていいだろう。」
平目は実際に電子辞書を叩いて調べている。

廣井 「とりあえず、環境不祥事ってのを、故意の環境犯罪だけでなく、過失による事故を含むとしてだ・・『環境不祥事ってのは止められないのか?』ってのをどう思う?」
山田も自席から立ち上がってみんなのところに来た。
山田「すみません、ボクも参加します。『止められないのか?』という文章は、現在発生しているということですよね。いや現在だけでなく、過去から現在まで継続して発生し、しかもそれはかなりの件数であるという意味を持ちます。それは事実なのでしょうか?」
廣井「山田君、いいところを突くねえ〜、感じでものを言ってはなんだが、当社は過去から経時的に環境事故は減少してきている。もちろんそうでなければ我々の首は飛んでいただろう。」
廣井がそう言うと、中野がパソコンをのぞきこみながら後をついだ。
中野各県の水質事故というのをインターネットで検索すると、件数は過去20年位増加傾向にあります。」
廣井「しかし、それは実数が増えているとは言えないね。まず一般市民の環境意識が90年を境にして大きく変わった。昔なら油が水面に浮いていても誰も問題と感じなかったよ。それが当たり前だったから。今じゃ油が浮いていたら警察に通報するだろうね。」
平目「それどころではないよ、昔はどぶそのものだった東京近辺の川が澄んできて、水質事故と認識できるようになったということもある。」
平目は昔を懐かしむようにそう言った。
中野「私自身の経験からも、各社とも隠すより公表した方が得だと認識してきたようです。最近では法で届出とか報告を求めていないような小さな事故やつまらないことを届けたり広報するようになりましたね。」
平目は数メートル離れた打ち合わせ場から、ガラガラとホワイトボードを運んできた。
平目「話が面白いから、ここ書いてまとめてみよう」
平目は嘱託になってから遊び心というか、ちょっと茶目っけがでてきたようだ。

廣井「まずそうだなあ、いくつかの観点がある。実際の環境犯罪や環境事故の統計データはどうなのか。それとは別な切り口で環境不祥事が増えてきていると思われているということはなぜか、ということも検討事項だ。」
山田「環境事故の報道件数は探せますが、実際の発生件数は把握できませんね。我々は報道されたものしか知ることができませんし、それは既に一般社会やマスコミが違反とか事故と認知したという閾値によってフィルターがかかっています。ですから仮に不祥事報道が増えているのが正しいとしても、不祥事そのものが増えたかどうかはわかりません。」
中野「つまり報道件数が増えたとしても、実際に事故や違反が増えたのか、あるいは事故や違反は増えてはいないが認知件数が増えたのか、あるいは昔よりそういった事件を報道することが増えたのか?などはわからないということだ。」
平目「問題だと騒ぐ人も増えたというか、そういう風潮が強まってきたこともあるね」
廣井「一般社会だけでなく、社内的にも密告というか、公益通報制度なんて立派な名前だがそういうことを増長するような仕組みができたね。」
中野「組織より個人主義というのも風潮ですから。もっとも昔のように終身雇用ではなく、それどころかなにかあるとリストラという会社の姿勢からは忠誠心は育まれませんね。」
宇宙人 平目「年寄りのわしから見ると、若いものは宇宙人か外国人かという感じだね。」
中野「宇宙人が日本の首相になる時代だしね。もちろん本当に外国人労働者も多くなりました・・先輩の技を伝えるとうことがなくなって、マニュアルに書いておかないとしないということもありますね。」
廣井「企業側の要因として、公害対策が本格的になった70年代初頭のころから従事している人たちがドンドンと退職する時期だしね。」
平目「2010年問題だね? 70年代はじめ頃大学を出てきた人は、2010年の今は60歳か。ほとんどの会社で定年だね。」
廣井「そう言えば公害防止管理者という制度ができたのも1970年だ。公害防止管理者制度は、ISO14001なんかより日本の環境管理向上にはるかに寄与してきたことは間違いない。」
中野「公害防止管理者制度は効果があったけど、ISO14001第三者認証制度は効果がなかったというなら、素直にそれを認めて、より効果のある方法を採用すれば良いだけではないですか?」
廣井「おかしな話だ。認証の効果がないので、企業がウソをついていたという論理はなんだ! ISOはそれほど尊重しなければならないものなのか?。」

平目「ゆとり教育というのはつい最近だが、若者にハングリー精神がなくなった影響もあるのではないか?」
廣井「わかりますね〜、あしたのジョーとか、巨人の星とか、あの頃のひもじさを知らないと、マンガを読んでも意味を彼らの心情を理解できないでしょう。」
平目「当時は公害問題が盛んだったろう。ちばあきおの『キャプテン』ってマンガには墨田の煙突と煙が描かれてるんだよね。僕はあの谷口ってのが好きだったね〜」
平目は子供の頃を思い出したのか涙目だ。

../2009/meeting.gif 廣井「話は変わるが、ISO9001の関係者はよく『ISO審査で虚偽の説明をする企業が多い、だからISO認証の信頼性が低下している』と語る人がいる。あれもひどい言いがかりだ。仮にもそういう発言をするならしっかりとした証拠を提示すべきだ。」
山田「さっきもでましたが彼らは千葉の製鉄所、その他に食品会社の期限偽装、自動車会社のリコール隠し、神戸の製鉄所などを例にあげますね。」
山田はやっと口をはさんだ。先輩たちが興奮していてなかなか口をはさめない。
廣井「それらの企業で問題があったのは事実だ。しかし日本には200万の企業があると言われている。そしてISO認証している企業だって9000が4万、14000が2万だ。それを分母にしたときそういう手垢が付いたような事例はいったい何パーセントになるというのだろう。もう誤差の範囲だね。アホなことを語っているのは、そういう統計的な考えもできない連中なのかね?」

平目「ちょっと違うが、現在の環境問題は実は真の環境問題が解決したから、関係者の存在意義を主張するためだという説もあるね。水道のトリハロメタンで死んだ人はいない。水道が普及する前は、毎年夏になると疫痢とか赤痢で子供が大勢死んだよ。おれの友達も赤痢になってひどい目にあった奴がいる。今話題のピロリ菌も生まれた時から水道水を飲んでいるとかからないというじゃないか。上水道が完成したとなると、水道関係者やその設備関係の企業はオマンマの食いあげだ。だからトリハロメタンの危険を主張したというのを読んだことがあるぞ。トリハロメタンをなくすには塩素ではなくオゾン殺菌をすることになり、設備関係には巨額が動く。」
平目は古いことを知っている。
中野「ダイオキシンだってそう言われてますよ。ダイオキシン騒動は焼却炉メーカーの陰謀だって語っている人がいます。それが本当かどうかは知りませんが、あれほど騒いだのは日本だけです。
環境問題が解決したなら次のテーマを出さないと環境省も大学も研究所も人減らしをするでしょうからね。」
廣井「そして今は地球温暖化か、まったく」
平目「もちろん社会的変化も大きい。10年前、20年前とはコンプライアンスというか一般社会の不正に対する感受性が大きく変わったんだ。今じゃ政治家は女性問題でも、お金でもちょっと法を逸脱すると叩かれ失脚するというのが当たり前だ。日本だけじゃない。アメリカだってクリントンのセックススキャンダルはすごかった。でもケネディだって現代ならセックススキャンダルだったろうね。要するに時代が変わったのだから報道される件数などあまり意味がないといってはまずいかもしれないが比較することは難しい。」
廣井「確かに政治家のセックススキャンダルなどは時代の移り変わりと言える。だけどマスコミの偏向報道というかダブルスタンダードもひどいね。マスコミの不祥事というのは非常に多い。だけど国民はそれを問題とは考えていない。なぜかといえば、マスコミが報道しないから。こんなおかしなフィードバックを繰り返しているのが日本の現実だ。」
廣井は憤懣やるかたない表情で続ける。
廣井「環境不祥事は10年前、20年前、30年前より、時代と共に減少してきたと私は感じている。もし環境不祥事が増えているというなら、証拠を出してほしい。報道される件数が増えているなんてのは証拠ではない。」
中野はまあまあと廣井を抑えて
中野「要するに、一般市民が環境問題に敏感になり、企業が隠ぺいしなくなり、行政は事故や違反を報道発表するようになり、マスコミが報道するようになり、ということなのでしょうね。」
廣井「確固たる証拠もなく、環境不祥事が増えているなんて語るのは、全国の環境担当者への冒涜だ。我々にけんかをうっているのか!」
廣井はものすご形相でそう言った。山田は正直ゾッとした。

本日の課題
あなたは環境不祥事の増減をどう考えていますか?
どの立場であっても、その根拠を示して400字以内で述べなさい。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(10.02.27)
佐為様 まいどです。名古屋鶏です。
ウチの近所にも小さな用水がありまして、子供のときには夏になると藻の大量発生で川面が緑色になるくらいでした。
今思えば、あれは富栄養化現象ってヤツでしょうね。
あれからン十年経って。
毎年ゴールデンウィークの頃になると、その川には50cmを超える大きな野鯉が百匹単位で産卵のために登ってきます。 ちょっと壮観ですよ。
無論、流れ込む先の本流が(上流の巨大プラントが管理に気を遣うになった為と言われています)格段にキレイになったせいもあります。
昔よりも環境事故が増えている、としたら・・・とりあえずウチの近所の川ではそれはないようです。

名古屋鶏様 毎度ありがとうございます。
私が子供の頃1960年はじめのこと、通学路に汚い川がありました。みんなで下の川(したのかわ)と呼んでいました。
なにせ当時は下水もなく、「したのかわ」どころか「しものかわ」だったのです。
学校に行くとき毎朝その川のそばを歩いて行くのですが、鼻をつまんでという感じでしたね。
私はその後引っ越しましたが、二年ほど前、お葬式があり田舎に帰った時そこを歩きました。
いやあ!驚き桃の木、山椒の木!
なんと川はきれいな水・・要するに透明で・・フナらしき魚が泳いでいました。私の子供の頃こんな川だったらよかったと思ったものです。
環境を守れ!なんて己が正義と信じている人が大勢いますが、彼らが抗議している企業や環境担当者が現在の状況まで改善してきたのだということを知らないと話になりません。


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