環境保護部の山田のお仕事というのはルーチンではなく、いろいろな仕事が入ってくる。むしろ予定外の方が多いかもしれない。それが面白いところであるし、人によっては面白くないところでもあろう。
環境保護部全体をみれば、年間のスケジュールはだいたい決まっている。
4月からはじめてみよう。
6月には法で定める報告が多くある。省エネ法は全社をまとめて報告する。PRTR、PCB、廃棄物多量排出者などは事業所単位であるが、工場が忘れずに報告したフォローするのは本社の環境保護部の仕事だ。
定例株主総会で役員が変われば法律で定められている役員の変更届をしなければならない。毎年のこととはいえ、住民票や成人被後見人に登記されていない謄本などをそろえるのはやっかいな仕事だ。というのは役員ご本人かご家族に入手していただくしかない。そして「被後見人に登記されてないことの届けが必要です」と新役員に説明しても「そんなアホなことがあるのか?」と真顔で聞かれることもある。被後見人が、つまりボケた人が東証一部上場の会社役員になるはずがなかろうと役人が考えないのが不思議だ。あるいはそういう事例があったのだろうか?
更に6月は環境月間であり、業界団体での行事や行政からも参加を求められることも多い。そんなことをすることが環境経営ではないと環境保護部のメンバーは考えているが、まあ、世間並みに対応しなければならない。しがらみに従い義理は果たさねばならないのがこの日本。
7月には環境報告書の発行がある。従来は株主総会に間に合わせようという意気込みでしてきたが、そのためには6月はじめには編集が終わっていなければならず、前年度のデータ収集などを考えると無理気味の日程であった。そこで数年前から1ヶ月遅らせることにした。それでも
4月から粛々と行ってこなければならない。
夏からは工場の遵法監査も、本社のISOの内部監査も始まる。これは結構負荷がある。一般の方は監査と聞くと、被監査部門にいって現場を歩いたり、ヒアリングすることしか頭に浮かばないだろう。実際に担当すれば、まず監査目的を過去の実績や世の中の動向をみて策定し、監査責任者の了解をとり社長決裁を受ける。これだけで一仕事だ。次に監査プログラムを作る。これも大仕事。もっとも毎年同じ監査チェックリストを使っているような会社のレベルではこの部分はないから楽だろう。
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いずれ内部監査の計画、準備段階を書くこともあるかもしれないが、ここで少し述べておく。
多くの組織では認証して何年たとうと、監査目的とか監査プログラムを十分検討していない、それどころか監査目的ってなんですか? なんておっしゃるのではないだろうか。よくISO19011を読んでほしい。
アッツ規格をお持ちでないですか?
現場で監査を行うことは、監査全体の負荷の1割か2割というのが私の実感だ。
しかしなんですね、世の中は動いている。法規制、価値観の変化、事故の発生、犯罪の報道、社内だって怪我や苦情はあるでしょう。そういうものを監査に盛り込まずして、なにを監査するのでしょうか? そしてそういうものを検討して監査項目を決めれば毎年9割は内容が変わります。
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秋のはじめに日経環境経営度調査というのがくる。なぜかいつのまにかメジャーになってしまい、世の中でこの評価順位が権威あるものとして扱われるような昨今である。まあ、長いものには巻かれるしかない。鷽八百社でもこのアンケート調査には、真面目に手間ひまかけて回答している。
秋になればエコプロ展もあり、これもつきあいとしがらみで参加しなければならない。環境保護部は宣伝部と営業部門と相談して出品や説明者をコーデネイトする。この仕事は主に中野の担当である。
そして、その他もろもろがある。
事故が起きましたという通報もあるし、こんなときどうしたらいいのかという問い合わせもある。
では、やっと本日のテーマが始まる。前振りが長くてすみません。
山田は工場から出てきた監査是正報告書をチェックしていた。工場長の決裁を受けて本社に出す前に、ドラフトの段階で提出してもらい環境保護部が目を通すことにしている。一旦、工場長が決裁してからは修正させることはメンツもあるのでやりにくいからだ。ドラフト段階で、まあいいかというまで微調整(場合によっては大幅変更もあるのだが)する。
突然、電話が鳴った。ベルの音で社外からと分かる。
「ハイ、鷽八百社の環境保護部の山田です。」
「あのうですね、私は御社の代理店で小野寺商事の宮下といいます。」
電話の遠くから元気のなさそうな男の声がする。
「ハイ、宮下様どんなご用件でしょうか?」
「ええと、今まで私どもでは会社のごみをビル管理会社に出していたのですが、ビル管理会社からパソコンは処理できないといわれまして、どうしたらいいのかと思いましてお電話したのです。」
山田は呆れたが、それはグットこらえて
「なるほど、御社で廃棄したいというパソコンはどのようなものですか?」
「○○社製のもので5年位前に街の電気屋で購入しました。普通のデスクトップです」
「なるほど、今ではパソコンはリサイクルルートに乗せるのが原則となっています。まず、メーカーの○○社のホームページにアクセスしますと使用済みパソコンの回収について説明がありますから、それにしたがって手続きをすると簡単です。今宮下様はパソコンをインターネットにアクセスできますか?」
「待ってください、○○社と・・ああ、パソコンリサイクルという画面があります。」
「そうですか、それではそれにしたがって処理してください」
「どうもありがとうございます」
相手は電話を切った。
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いまどき、そんなことがあるはずがない!とお思いの方もいらっしゃるだろう。
まあ、事実は小説より奇なり、なんでもありの世の中です。
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また電話が鳴った。これも外線だ。
「ハイ、鷽八百社の環境保護部の山田です。」
「岡山工務店といいまして、上越市で御社の代理店をしてます。ちょっと教えてほしいのですが、今度上越市でごみの分別が変わるそうなんですが、ご存知ありませんか」
「まことに申し訳ありませんが、こちらでは存じ上げません。市役所に問い合わせてはいかがですか」
「うーん、実を言いましてお役所とかに問い合わせるのが苦手なんですよ」
山田はいいかげん面倒になってきた。
「御社でどのようなごみをどうしたいのでしょうか」
相手は発生する廃棄物の種類と量の概要を語った。
「わかりました、本来なら事業所から発生する廃棄物は事業者が処理するのが原則なのですが、自治体によって扱いが大幅に異なりますからなんともいえません。今お聞きしたことを基に私が上越市に問い合わせてこちらからお宅にお電話をかけなおしましょう」
そして山田は上越市の市役所に問い合わせしてから、その岡山工務店にその結果を報告した。
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そんなアホな!という方もいるだろう。毎日とは言わないが、私は年に数回これに似たことをしている。そんなときは会社の電話を使うともろに発信者の番号が相手にわかってしまうので、個人の携帯電話を使っている。丸損である
なおお断りしておくが、一応、上越市に岡山工務店という名称の会社がないことは調べた。
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電話が鳴った。この音は社内だ。
「ハイ、環境保護部の山田です」
「山田さん、お久しぶりです。千葉工場の環境管理課の井上です。」
「ああ、井上課長、ご無沙汰しております。」
「あのね、廃棄物契約書についてお聞きしたいのですが、某産業廃棄物の団体が出しているパンフレットでは委託するときに量が決まっていない場合量を記載しないと、7号文書になって貼り付ける収入印紙金額が4000円になると書いてあるんです。これって7号文書分の収入印紙を貼ればいいってことなんでしょうかね? 廃棄物処理法では量を書かなくてはいけないはずなんだけど」
「井上課長、そのパンフレットってどこの団体ですか?」
「・・・・です、」
山田はインターネットでその団体にアクセスし、そのパンフレットのpdfを眺めた。
「井上課長、確かにそう書いてありますね。じゃあ、私がそこに問い合わせて見ますから、折り返し電話しますよ」
そこに電話すると、あれは収入印紙の金額を示すだけで、そういう契約書が廃棄物処理法の規制に合っているかを意味するものではないという回答だった。ちょっと不親切なパンフレットだとおもいつつ、山田は先方にお礼を言って電話を切った。
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そのパンフレットを作ったのはどこか? 簡単すぎかな。
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電話が鳴った。
「ハイ、環境保護部の山田です」
「○○県の営業所の愛知といいます。営業所にエアコンを増設する予定です。○○県が作成した騒音規制法と振動規制法のパンフレットでは7.5kW以上のコンプレッサは騒音規制法にも振動規制法にも該当するとありますが、エアコンの圧縮機は振動規制法の対象になっていて騒音規制法の対象外となっています。これって変ですよね。」
「愛知さん、おっしゃるとおりです。エアコンの圧縮機は振動規制法の対象外で騒音規制法は対象だと思います。条例で決めているかどうかもありますが、」
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このパンフレットがどの県で作成のものかご存知の方いますか?
もっとも今は修正されているかもしれない。
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山田は自分自身おせっかいだなと思いながら、今日はさすがに問い合わせが多いと思った。
平目が山田に話しかけてきた。
「山田君、いくら君が熱心でも、そんな他力本願の連中のために、わざわざ行政や業界団体に電話してまで回答してやることもないだろう」
「まあ、そういえばそうなんですが・・私自身こういう問い合わせに対応することが勉強になります。知っていればすぐ回答できますし、知らないことなら知る必要があります」
「いいかい、まずボクたちの職務というのがあるわけだよ。それ以外のことをするということはある意味、職務規定違反じゃないのかい」
「まあ、固く考えればそうかもしれませんが、でも私は一応定められた仕事は遅れずにしているわけですし、社内や当社のお取引先がお困りなら、それをバックアップしても罰は当たらないでしょう。それに私は実は下心があるんですよ」
「ホウ、それを聞きたいね」
突然、廣井の声がして、山田はびっくりして振り返った。
廣井は湯気の出ているコーヒーカップを持って山田の後ろに立っていた。
「世の中なんでもギブアンドテイクです。常日頃、相手の依頼を聞いていれば、こちらの依頼も相手は断れません。先行投資と思えばいいのです。そう思って仕事をしています。まあ、上越市のごみの出し方は極端ですけどね」
「なるほど、山田君のサービスというより仕事に貪欲なのは良くわかった。でもそれは、日本なら通用するけど、外国の場合はそうもいかないよ」と廣井がいう。
「まあ、今は日本でビジネスをしているわけですからね」と山田はやわらかく言った。
実は、私は過去より問い合わせを受けたら、それが自分の仕事でなくても相手の質問に答えてきた。知らないことは環境省にも消防庁にも、遠く離れた市町村
(電話では遠いも近いも関係ないが)にも問い合わせて、その回答をお伝えしてきた。それを見た同僚
(平目さんのモデルかどうかは秘密)が余計なことをすることは間違いだという。我々は与えられたタスクを成し遂げることが義務だという。だが、なぜか私は仕事が速く、与えられた仕事を処理し更に余計な仕事をしても、人より早く退社することができる。余計なことをしないと、昼寝をしてしまいそうだ。
早速、ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(10.10.17)
実は、私は過去より問い合わせを受けたら、それが自分の仕事でなくても相手の質問に答えてきた。
実は私も似たような立場にありまして、どこに問い合わせればいいのかちょっと迷うようなこと、お客様からのややこしそうな申し出・調査依頼、そうしたプチ厄介事が自然に集まってきます。
ちょっとは自分で調べるなりお客様に意図を尋ねるなりしろよと苦々しく思いつつ、半ば興味本位でついつい引き受けてしまいます。(というか、もはやそれが日常業務化・・)
お陰様で環境法規だけでなく、民法、刑法、労基法、安衛法、電安法、外為法、特許法といった諸々の法令や、他業界の基準や商慣習などそれはもう知識と経験の幅が広がりました。もし今の会社をクビになってもISO審査員ぐらいなら余裕で勤まりそうです。ありがたいことです。
あ、その程度ではメシは食えないか。。
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ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
お互いに似たような経歴、芸は身を助けるといいますが、まさしくその通りでございます。
思うに、そのような問い合わせを受けた時、私の仕事ではないというのは、知識を広め力量を伸ばすことを自ら拒否しているように思います。
我に艱難辛苦を与えよと語るほど苦労はしたくありませんが、常なる努力を否定するものではありません。
定年したのですから囲碁とか趣味にうつつを抜かしてもよいのでしょうけど、法律とかCSRとか勉強している私はアホかな?
おっと、ISO審査員ぐらいといっては気を悪くする方も多いでしょう。
たいがぁ様は、ISO審査員でも務まると思いますよ
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