ケーススタディ 事務局懇談会 10.12.12

某月某日午後1時半、山田は業界団体のISO14001懇談会に来ていた。場所は、山手線沿いにある会員企業の本社である。鷽八百社が参加している業界団体には会員企業は40社くらいあるが、今日の懇談会には10数社から出席していた。
数日前のこと、平目が今まで平目が今まで参加していたが定年退職したので、今回から山田に出てほしいという。指定された席に座って周りを眺めれば、どう見ても半分は60歳以上のようで、嘱託となった平目が来ても良かったようだと心の中で思った。
そもそも、「ISO懇談会とはいかなるものですか?」と聞いたところ、「まあ情報交換とかそういったことであまり真剣にならなくても良い」というだけで、それ以上の説明はなかった。山田は平目がなんでもそういう説明のしかたをするので、それ以上は聞こうとしなかった。
前回までの議事録や配布資料も引き継いだが、議事録といっても出席者とか議題とかが並んでいるだけ、配布資料はマスコミ報道の要約程度のものしかなく、大した情報は得られなかった。
最近、山田はなにごとにも自然体で当たるようになった。まったくの未経験とか事前情報なしでぶつかる仕事が多いのでいちいち身構えたり、事前にスタンスを決めておくようなことはできない。

開催時間までのしばらくの時間、山田はおとなしく座っていたが、山田以外はみな知り合いのようで「最近どう?」といった挨拶が交わされていた。
定刻ちょうどに、上着を着た年配の人がお見えになった。いまどきの会社で上着を着ているのは職階の高い人か、お客様に会うときだけだ。その会社の事務局担当者らしい年配の方が立ち上がった。
「えーでは定刻になりましたので、開催いたします。では弊社環境部長から開会のご挨拶をいたします。」
「みなさんこんにちは、○○社環境部長の○○です。本日は我々工業会のISO14001の定例の懇談会に参加いただき幹事として感謝いたします。最近は環境関係のISO規格といいましてもISO14001だけでなく、エネルギーに関するものとかカーボンフットプリントとかCSRとか、新しいISO規格も続々でてきており活発化しております。会員各社さんにおいてはそれらについてどのように対応するのか、あるいは対応しないのか、といろいろご検討されていると思います。ここではお互いに裃(かみしも)をつけないで、情報交換と業界団体の環境部署への提案の検討など率直な意見交換をお願いします。」
部長はあたりさわりないことを話すとすぐに退出してしまった。
事務局がまた立ち上がり
「本日はメンバーにお二人交代がありますので、ご紹介いたします。まず鷽八百社さんでは長年担当されてきた平目さんの代わりに山田さん、新日本機械部品工業さんでは坂本さんから吉沢さんに交代がありました。山田さんと吉沢さんひとことご挨拶をお願いします。」
山田ともうひとりが立ち上がって自己紹介をした。そのとき吉沢が自己紹介したときと違って、誰も山田には関心を持たずよそよそしく感じた。山田はそれが、ちょっとひっかかった。なにかまずかったのだろうか?

幹事が立ち上がった。
「では、最近の活動状況ということで参加各社からご報告いただきます。なお、今回は新しいメンバーもいらっしゃいますので、再度この懇談会の趣旨というかルールを説明いたします。
まずこの懇談会は一歩でたらかん口令とかいうほど秘密の会議ではありませんが、あくまでも非公式の情報交換会です。この懇談会で報告や議論されたことをそのままとかそれを根拠に外部に発表されたりすることは困ります。公表の可否については二社間で別途協議してください。
では、例によって私の左側から時計回りにお願いします。資料類は配布後すべて回収しますのでよろしくお願いします。」
なるほど、それで詳細の議事録とか添付資料がなかったのかと山田は推察した。

幹事の隣に座っている人が口を開いた。
「A社の安藤です。特に資料はありません。弊社グループの最近の動きを説明します。2010年になりまして、ISO14001認証を返上した企業が3社ありました。国内2社、海外1社です。国内1社の返上理由は納入先が親会社である当社が100%で、それ以外のステークホルダーが地域社会などしか該当しないので認証していても意味がないということです。
もうひとつの方は、認証費用が高いということと昨今の経済状況を考慮してのISO認証辞退です。ただ第三者認証には未練があるようで、現在KESを検討しているとのことです。
海外のケースも外部への説明責任があまり求められていないという理由です。弊社の報告は以上です。」
「安藤さんありがとうございます。ご質問などあれば・・」と幹事が言い終わらないうちにひとりから声がかかった。
「安藤さん、A社さんはそういう場合、どういう指導というか認証辞退してもOKとかダメとか判断しているんですか?」
「このような事態はだいぶ前から予想していました。ですから弊社としましてどのように判断するかを以前から検討しておりまして、結論は子会社の判断を尊重して親会社は特に指示しないということとしております。」
「安藤さん、当社は以前から子会社にISO認証しろと指導してきたわけです。いまさら認証を辞退しても良いとは言いがたいところがあります。A社さんはそのへんはどうなのでしょうか。矛盾しているといわれませんか?」
「おっしゃるとおりです。しかしどこも認証して数年は経過していますから、EMSのレベルが上がって自己宣言できる状態になったので辞めてもよいという見解としております。」
「なるほど、当社もそういうことがおきたらそんな方向で行くべきかなあ〜」
安藤氏の隣に座っている別の参加者が発言した。
「安藤さんの発言に便乗して会員のみなさんへの質問なのですが、当社のある工場では従来認証を受けていた認証機関からの鞍替えをしたいといってきています。今、私のところで保留にしているのですが、各社さんはどのようにしていますか?」
先ほど質問した人が発言した。
「馬場さん、それと同じケースは当社にもありました。すなおにといいますか、スジから考えればそんな場合は気兼ねなく鞍替えして問題ないことなんですが、その認証機関に当社から出向者が行ってましてね、ちょっとその辺も考えなければなりませんでした。」
「千田さん、実は私のところも同じなのですよ。御社ではどう判断したのですか?」
馬場と呼ばれた人が助かったという顔をして聞いた。
「弊社では工場が7つあり、すべてその出向者の行っている認証機関で認証しています。ですからまあ工場ひとつくらいは切り替えても良いだろうということ、それとやはり認証機関がひとつでは良し悪しが比較できないということで、別の認証機関の審査を受けることは情報収集にもなるだろうということ、そんなわけで鞍替えしても良いと回答しています。」
山田はやり取りを聞いていて、これは面白いと思った。お互いにビジネスに支障のないことなら、本音で問題を話し合い情報共有をはかり改善すべきだ。それこそが継続的改善だろう。大げさに言えば、それが日本経済のためになるかもしれない。

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「それじゃあ、次はB社馬場さんお願いします。」幹事が声を出した。
「B社の馬場です。二週間ほど前に△△県の廃棄物処理業者○○社の不法投棄が報道されたことはご存知と思います。弊社の子会社がこの業者に委託していて、県の担当部門の調査を受けました。その結果契約書の不備を言われまして、その旨認証機関の○○に報告しました。認証機関から特段の回答というかコメントはありませんでした。」
 参加者の一人が発言を求めた。
「ウチは本社がそこに委託してまして、ウチにも△△県の担当者がきました。契約書とか帳票類までチェックされましたが、幸い問題がなかった。調査を受けた1社ではマニフェストの記載漏れがあり措置命令が出されたと聞きましたが、馬場さんのところでは措置命令は受けたのでしょうか?」
「今のところ措置命令は聞いていません。契約書の不具合といっても、重要事項の記載漏れとか許可証がないということではなく、廃棄物業者の住所が抜けていたと聞いてます。これからなにかあるかもしれませんが」

「C社の千田です。配布資料をお配りします。弊社グループでISO14001認証している組織は約100ありますが、毎年不適合が減ってきています。ISO17021が発効したからだとか、企業の事務局が勉強してきたからだとか、認証件数が減ってきているので不適合を出すと鞍替えされてしまうからとか、多々意見があるようです。しかし信頼性が減少してきたから厳しい審査をすると語っていることとは矛盾するように思います。弊社グループの各組織の過去6年間の審査での不適合をまとめたものです。」
一同は配布資料のグラフをながめた。
「まあ、内部資料としてまとめましたが皆さんの参考になるかと思いますので・・」
 山田が口を開いた。
「鷽八百の山田です。件数自体が減少していますが、不適合の多い項目は相変わらず環境側面と文書管理そして教育訓練ですね。私の経験から、第一者、第三者監査を問わず監査を受ける側だけでなく監査する側が未熟だとこの三項目が多いです。C社さんの認証機関はどこでしょうか。」
「山田さん、さすがですね。そうなんです、私もこれは審査を受ける側の不備というより審査員の力量不足、未熟さと思っています。弊社グループは認証は8機関にわたっておりますし、審査員はそれこそ100人以上にもなりますから、それを考えると審査業界全体のレベルが低いということになるのでしょうかねえ」
「私もまったく同意見です。認証して3年以上経過したなら、環境側面の特定・決定方法について不適合を出すということは、過去の審査が間違っていたということですよね。そんなレベルの審査で経営に寄与するなんていってほしくないなあ」馬場氏がそういった。
 山田は続けて、
「みなさんのところでは、あまりにもおかしな不適合はどのように対応されているのでしょうか? ちなみに弊社で今年の審査では、力量評価の記録が5年間保管とあるがそれでは短かすぎる、社員にISO規格とはなにかと質問したら回答できなかった、環境方針に製品・サービスが記載されていないというご指摘をいただきましたが、すべて不適合ではないとご辞退しました。」
「ワハハハハ、ご辞退とは笑ってしまいますね、おっしゃるようにウチでもそんな指摘がありましたね。ウチの場合はハイハイと受け入れました。山田さんのお話しを聞いて、受け入れた私が未熟だったと思います。」幹事が口を挟んだ。
そんな話が5時過ぎまで続いた。

帰り道、山田は懇談会についていろいろと考えが頭に浮かんだ。まずどの会社もISO審査では似たりよったりといっては悪いかもしれないが、同じような問題を抱えているということ。今後、EMSとか認証機関との交渉でわからないことがあれば、今日名刺交換したメンバーに聞けばかなりのところは回答が得られるだろう。しかしあの懇談会は平目さんには重荷だったというか、不向きだったのではないか・・と思ってハタと思い当たった。懇談会のメンバーが平目と交代した山田に対してはじめは無関心だったのは平目の後任者も平目と同じような人物だと思ったからだろう。

本日の種明かし
正直言ってこのような懇談会があるとか、私が参加していたということはない。私が過去に同業他社の知り合い、ISO関係の知り合い、ネットでの知り合いなどと個別に情報交換してきた経験を基に作文した。
それと、このようなことが話題になるのはせいぜい5年くらい前までのことであって、2010年現在では当たり前すぎて議論する人も少なくなったことを申し添える。じゃあ、なんで今頃書くのと問われるかもしれないが、現実の問題・話題となっていた時は、やはりそんなことをおおぴっらには書けません。
似たような会合は多々ありますが、本音と実例で語り合うというものにはお目にかかったことがありません。実在するのは建前と伝聞を語り合っているだけのようです。




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