プロセスアプローチ

11.10.09
4.1、4.2、4.3.1と番町皿屋敷のように監査を進める項番順監査など、既に過去のものになったと思っていたが、大手認証機関J△○○では今でも項番順審査をしている。しかもそんな審査をしているのは一人二人の審査員ではないので、認証機関としてそのような審査方法をとっているのだろうと想像する。
項番順審査とは、その名の通り「4.1では○○を要求していますが御社ではどうしていますか?」、「4.2では○○と要求していますが・・」というプリミティブな方法であり、いやしくも大の大人がするようなレベルのお仕事とは思えない。項番順審査が良い悪い以前に、そんなことをしていて審査員ご本人が恥ずかしくないのかと人事ながら心配になる。
「お父さんはね、とても難しい仕事をしているんだよ」
私が審査員なら、とてもそんなことを自分の子供にいえない、恥ずかしくて。
ISO審査とはもっと格調高く、他人が真似をできないものであるはずだ。そうは思いませんか、J△○○の社長さん?
私が思うには、監査とは他人が聞いていて「ああ、この質問は規格の○○についてだな」なんて分かってしまったならお金がもらえる監査ではない。別に規格の言葉を使わなくても、第二者、あるいは第三者に「今の質問は4.3.2の第一パラグラフだな、次は第二パラグラフについて質問してくるだろう」なんて推測されたら、私なら恥ずかしくて穴があったら入りたい。現実の審査員は、恥を知らないらしく、もう次の質問どころか、次の次の質問まで被監査側に予想されても、線路の上を走る電車のように決まりきったことを質問し、その回答が教科書通りだとOKしているようだ。聞くほうも恥ずかしいが、聞かれるほうも恥ずかしいと申し上げておく。
臭い芝居という言い方があるが、臭い審査というのだろうか?

監査であろうと審査であろうとオーディターたるものは、被監査側が、この人はいったい何を聞いているのだろう? と理解できないような、謎でなければならない。
それと項番順審査の悪いことは、被監査側に何を聞いているのか分かってしまうことだけではない。質問の効率が悪いからである。大体一つの要求事項の適合・不適合を確認するのに一つ質問するなんて、てまひまがかかって大変です。楽をしたいと思っても楽ができないじゃないですか。一つの質問で二つや三つではなく、ごそっとまとめて要求事項を満たしているかを確認できる方法はないのだろうか? そして願わくは、こちらがいちいち質問しなくても、相手が自主的、自動的に全項目を説明してくれる方法がいいのだが。
なんて考えることもない、そんな方法は昔から分かっていた。プロセスアプローチである。
これは単に手間を省くだけでなく、本質的なことをリサーチできるというメリットもある。
では、本日はそんな話を・・・

プロセスアプローチとは実は非常に簡単である。そのへんの奥様方がお隣と話している世間話、公民館での年寄り連中の雑談と変わらない。要するに、知りたいことがあったとしてもそれについて根掘り葉掘り聞くのはみっともないので、きっかけを示して誘導的に相手に話させる方法である。
../ookiri5.gif ちょっと考えてみてほしい。ある男性ミスターAがおめかしして休日朝早くから出かけていったとしよう。そのお隣の奥さんミセズBはミスターAがどこにいったか知りたくて仕方がない。でも、となりの奥さんミセズAに会ったとたんに「ミスターAはどこに何しに行ったの?」と聞いたのでは失礼だし、相手もギョとしてほんとのことを教えてくれないかもしれない。でも世慣れたミセズBはそんな聞き方はしません。ミセズAに会うと「今日はお天気が良くて、お出かけ日和ですこと、奥様はご主人とどこかに行かれるの?」と切り出すでしょう。するとミセズAは「実はね、夫は部下の結婚式で・・」と応えてくれるというわけです。
この極意・・というほどではありませんが、これがプロセスアプローチの基本原理ですね。
そもそもマネジメントシステムの監査など細かいことにこだわらず、基本的なことがしっかりできているかを確認することが大事です。そして細かいことをいろいろと聞くのは面倒だし、相手も応えるのも面倒でしょう(と面倒くさがりの私は思う)
だから、一番簡単な方法は、被監査部門の最近の出来事を基本の流れにして質問して、その回答から、その部門が手順とおりしっかりやっているのか、システムの運用がいいかげんなのかを確認することがよろしい。

例えばの一例ですが、2011年3月11日に東日本大震災がありました。東北は大きな被害を受けましたが、関東も東海も無事ではありません。であれば、これを出汁(ダシ)にしてといってはおこがましいのですが、きっかけにして監査をすればどうでしょうか。

../2009/table.gif あなたは某工場の内部環境監査員である。定期監査の時期となり、あなたは製造部門の内部監査を命じられた。監査基準はISO14001規格、及び会社規則である。調査すべきことはいろいろと考えたとしよう。聞きたいことが決まっていたとしても、聞き方は多様である。
私の話を聞いたあなたは、手抜きで楽な方法をとることにした。つまりプロセスアプローチで東日本大震災をメインの流れにして監査を行うことにした。チェックリストなどはあまり細かく準備してもしょうがないので、成り行き任せ、臨機応変でいくことにした。もちろん会社の規則やISO規格は十分に理解しているものとする。

監査する部門を訪れ挨拶をした後、あなたはすぐに監査に入った。以下あなたをA、応対者をBで表す。
「このたびの大地震は大変でしたね。お宅の職場ではあの地震のときはどうでしたか?」
小難しい質疑を予期していた相手は、あなたの話に相好をくずして
「いや、驚きました。すごい揺れでしたね。全員を避難させることがまず大変でした。私自身、歩くこともままなりませんでしたから。しかし安全部から厳しく言われていた、棚類を固定すること、台車にはストッパをかけておくことなどの地震対策は確かに効果がありましたね。みなが逃げるときは棚類は揺れていましたがまだ倒れませんでした。しかし外に出てから、ドタンドタンと大きな音が何度も何度も聞こえました。後でそれは棚が倒れる音だったことが分かりました。棚を固定するというのは完璧に転倒を防止することではなく、逃げる間だけでも倒れるのを防止することだったのですね。」
「そうですか、ではけが人はいなかったのですか?」
「おかげさまで一人のけが人もいません。緊急事態の訓練なんてありましたね。あんなもの、実際に緊急事態が起きれば役に立たないです。ともかく従業員の安全第一です。」
「従業員が無事だったのは良かったですが、機械設備はどうだったのでしょうか?」
「うん、これはだいぶ痛かった。とはいえ、命あってのものだねといいますし、使用している薬品やオイルなどの流出も抑えられ、環境事故といえるようなものも起きませんでした。」
「それは緊急時の対応とか決めていたのが役立ったからでしょうか?」
「うーん、ほんとのことを言うとどうですかね、正直言ってISOの緊急事態対応というのはバーチャルなんですよ、アッツISOの監査でこんなことを言っちゃいけないかな? 当社では過去から地震対策とか、台風などの際の防災手順がありましたよね、そういったもので十分運用できます。もちろん対応手順は会社規則に定めてあるのです。ISO14001認証したときに、そのまま引用すればよかったのですが、当時の事務局担当者がISO専用の規則を作ったりしましたが、実際には従来からの規則で動いていますから」
「なるほど、じゃあ、文書の見直しと言いますか、簡略化を進めなくてはなりませんね」
「そうだねえ、まあ今の文書の方がISO審査で余計なイザコザがなくて済むならそれもよしとするのかねえ」
「地震のせいで廃棄物や省エネ計画はどうなりましたか?」
「廃棄物は大量に出ましたね、もう仕掛品はほとんどだめ、作業台も棚も壊れたし、工具類も副資材もほとんどだめ。工作機械は簡単に捨てるわけには行かないのでメーカーに修理を頼みました。ですがISOといっても環境が変われば計画も変えなくてはならないのでしかたありません。当初の計画を達成することが重要ではなく、現時点を基に会社にとって最適になるように目標を見直すことが大事でしょう。省エネは東京電力の要請もありますし、計画をより厳しく修正です」
「機械や工作方法も変わったとなると、管理すべき設備や化学物質も変わりましたか?」
「ISO用語では著しいなんちゃらっていうんでしょう。ISOの内部監査員にしてはISO規格の言葉を使わない珍しいお人だね。多くの内部監査員は著しい環境側面とか、目的目標とかね、簡単なことを難しく言ってありがたみをだそうってのかい? おっとそういったものについてもMSDSの入手や資格者、届出などの規制を調べて対応してるよ」
「加工方法や材料などが変わると従業員への教育などはどうしましたか?」
「まず、正常な状態じゃない。だから私の部門には、緊急事態の運用をどうするかを示している。戦時には戦時のルールがあるように、緊急事態においては、どの規則を停止し、どの様に運用するかを明示したつもりだ。もちろん職制は機能しているから、指揮命令系統は従来のままだ。作業指示についてはまだ正式な要領書など作ってはいないのだけど、安全と品質を維持するためには、どうすべきかということだけは確実に知らせているつもりだ。それと法的規制などで残さなければならない記録はともかく、必要な記録を見直して暫定ルールで運用している。」
「基準が文書化されていないと、運用が正しいのか逸脱しているのか判断できないのではないですか?」
「おっしゃるとおりだ。だから会社の規則で決めた要領書ではないが、仮の現物見本と手順を書いたものに私がサインをして要所、要所に置いている。正直なところ、元々この方法で十分なんだよ。ISO9001とかなんとかで、しち面倒くさい要領書をたくさん作っていたという気がするよ。」
「もう十分お話はお聞きしました。ありがとうございます。もうこれで終わりにしましょう」
「オイオイ、内部監査に来たんだろう? 内部監査はどうするんだよ?」
「いや、今まで内部監査をしていたんですよ」
あなたは監査の対応をしてくれたお礼を言って辞去しました。

今までのところに含めた項番にはどんなものがありましたか?
一応、下記を含めたつもりですが、お気づきになりましたか?
4.2環境方針
4.3.1環境側面
4.3.2法的及びその他の要求事項
4.3.3目的、目標及び実施計画
4.4.1資源、役割、責任及び権限
4.4.2力量、教育訓練及び自覚
4.4.3コミュニケーション
4.4.4マネジメントシステム文書
4.4.5文書管理
4.4.6運用管理
4.4.7緊急事態への準備及び対応
4.5.1監視及び測定
4.5.2遵守評価
4.5.3不適合並びに是正処置及び予防処置
4.5.4記録の管理

なんだ、4.1一般、4.5.5内部監査と4.6マネジメントレビュー以外は全部聞いたようだ。
ところで4.1で聞くことってあるのだろうか?

本日のエクスキューズ
質問1回であとは聞いているだけのシナリオにはなりませんでしたが、Aの言葉は396文字、Bの言葉は1535文字、まあこんなものでしょうか。


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2011.10.10)
Jが頭に付く認証機関にしてみれば、「そんなのは審査ではない」と言うでしょうね。その心は「そんな権威付けのないやり方ではカネを取れなくなるじゃないか」でしょう。
ちなみに、ウチを担当している審査員はこういう手法でやってくれています。

たいがぁ様 毎度ありがとうございます。
もう10年近く前のことです。何かの講習会でL認証機関のH取締役が講演しました。ちょっと意にあわないところがあったので、講演後にHさんと議論をしました。まあ、その結果、私が子分になってしまいましたが・・
HさんはISO審査とはこういうふうにするんだと熱く語っていました。しかし私はそれ以前に私自身の試行錯誤の結果、内部監査であろうと二者監査であろうとこういう進め方でなければいけないという結論に至っていました。
JABがプロセスアプローチ審査なんて言い出す何年も前の話でした。


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