ケーススタディ 非製造業の環境教育7

12.08.30
ISOケーススタディシリーズとは

ケーススタディ Dグループのメンバーは、 長門、但馬、出雲である。そして、環境保護部から山田が参加している。
長門
長門は大学を出て3年目という若い女性で、販売会社ではISOを担当しているという。他に能がないからISOを担当させられているのか、それとも有能だからか、どちらかだろうとは思うが、山田にはどちらなのかは想像つかない。
積極的であってほしいが・・・
但馬
但馬は30代半ばで、見たところバリバリのキャリアウーマンである。主導権をとるのはこの人だろうと山田は思っている。
もっとも見かけによらず、意外とおとなしいのかもしれない。
出雲
出雲は50過ぎのビル管理担当者で、下積みが長い苦労人のようだ。営業とかデスクワークとは無縁なことが、その態度からうかがえる。
こういった経歴の人は、研修では大いに発言するか、沈黙しているかのいずれかになる。前者であれば良いのだがと山田は思った。
山田
今回の環境教育の責任者である山田課長である。
環境保護部に異動になった頃は、弱気であったが、最近はだいぶ叩かれ強くなった。

山田
「与えられた課題は、こんな条件です。みなさんに考えてほしいのは、こんな状況において改善をするにはあなたはなにをどうするかということです。」
そう言って、山田は資料を配った。



山田
「ケーススタディの状況設定について、ご質問ありますか?」
出雲
「ありません。環境に真面目でないのは私の勤めている会社と同じようですね。もっとも、私んとこはこんなに大きな会社じゃありませんが」
但馬
「対策に使える予算とか人員というのはあるのでしょうか?」
山田
「ありません。あなたがその会社に働きかけるにはどうするのかという課題です」
但馬
「フーン」
長門
「その前に司会とか書記を決めた方が良いと思います」
山田
「どうぞ、どうぞ。別に私が司会ではありませんので、グループのみなさんが自主的に進めてください」
但馬
「じゃあ、私が書記をします。出雲さん発表者で良いですか? 3人、いや4人だから司会まではいらないでしょう。」
出雲
「よろしいですよ」
長門
「では私から発言してよろしいですか?」
出雲
「どうぞ、どうぞ」
長門
「単純なことですが、通常、不祥事が起きたらその会社では再発防止とかするのが普通です。そして現在はコンプライアンスが厳しく言われている時代ですから、親会社は監督しなければならず、そういう方面からは動いていないのでしょうか?」

山田
山田は長門の発言を聞いて、この子は見かけがかわいいだけではないなと思った。
「問題が起きた時、再発防止をするかしないかは、その会社次第でしょうね。総務部長がその必要がないと判断したならばそれまででしょう。おっしゃるように親会社が指導監督することは普通ですが、この場合、環境部門が担当で、まさにあなたがそれを命じられているわけです。もし、あなたが独力で実行できないとなると、上長にもっと上から指示をすることが必要だという報告をすることになるでしょう」
長門
「私は思うのですが、A社の総務部長に言って動かなければ、親会社の子会社を監督している部門から、A社の社長にしっかり対策しろと言えば、おしまいではないのですか」
出雲
「うーん、厳密には指示はできないと思うよ。子会社といってもれっきとした独立した法人だし、親会社からああせいこうせいと指示を出すことは会社法からいっても芳しくないよね。
実際にその方法をとるとすると、親会社からA社に取締役や監査役を出していると思うので、そういった人たちが取締役会などを通じて実施することになるだろう。ここでは、私たちが日常の仕事をしている観点で、子会社に自主的に考えさせて主体的に動かすことがこの課題なんだろう」
山田
「出雲さんの、おっしゃるとおりですね。あまりトップから指示したりするのは、現実的じゃありません。私たちが自分の才覚で他の会社を改善させていく方法論を考えたいですね。
ただ、ここではいろいろな方法を考えて、討論することに意味があります。上を動かす方法もあるでしょう。いずれにしてもいろいろと、皆さんが考えてください」
但馬
「では、今度は私の考え・・・・
総務部長が対策する必要がないと認識していること自体が問題なんじゃない。できるできないはともかく、総務部長がこれは大変なことだ、何とかしようという認識を持つこと、この場合の立場では、持たせることが課題ではないのかしら」
出雲
「オレもそう思うよ。ただ総務部長だけでなく、担当者も、現実に起きた問題が重大だと認識していないんじゃないだろうか?」
長門
「総務部長が重大と考えていないとは設問に書いてありましたが、担当者が重大と考えていないとは書いてありませんでしたよ」
出雲
「確かに書いてない。しかし現実の会社なら、部下の考えを抑えつけることはできないよ。担当者が『これは問題だ、対策しなければならない』と考えているなら、総務部長もそう認識することは間違いない」
長門
「そんなものでしょうか?」
出雲
「独裁的な管理は、日本の、いや特に当社グループのような穏やかな社風では実行できない。また、そういう関係があるべき姿だと思うね」
但馬
「出雲さんは、総務部長だけでなく、一般社員が法を守ろうという気持ちが不足していると考えているわけですね。どのようにしてそういう気持ちを持たせるか、そして行動させるか、それをどうするかということよね」
長門
「現時点は誰も動こうとしないわけですね。親会社から強圧的なことをしないでとなると・・」
但馬
「廃棄物処理法で罰金刑を受けたというと刑法犯ですから、れっきとした前科一犯ですよね。有罪となった人は懲戒解雇にならないのですか?」
山田
「その会社の規定によるだろうし、慣例もあるでしょうね。特段、私利私欲のためでなく、不注意によるミスとか、会社の仕組みの瑕疵によるものであれば、処分されないということもあるでしょう。ここでは配置換えになったとありますから、それで社内としては処分したことになるのかもしれません」
但馬
「へえ、そうなんですか。この場合はもちろん仮定のことですが、そういう処遇でしたら皆さんが真剣になるとは思えませんね。業務上の違法行為は、理由如何(いかん)に関わらず、すべて懲戒解雇とかにすることもありでしょう」
山田
「とはいえ、そのためには総務部長をはじめとする社内の認識を変える必要があります」
出雲
「本来なら社内から是正しようとする声が出てこなければならないが、それがないということ。親会社の環境部門の指導があっても本気にならないということ。それを考えると、本当の外部から圧力をかけてもらう必要があるね」
但馬
「行政は、こういった問題が起きれば是正報告を出せっていうでしょう?」
出雲
「もちろん言うさ。でもね、みな形式だから、『今後は再発防止に努めます』的な書類を社長名で出せば終わりさ。是正処置というよりも、わび状だろうねえ。また同じような違反が起きるにしても、何年も先だろうし、その頃にはもう誰も過去のことを忘れているよ。
なにせ、オレはこの仕事を30年もしてきたから、そんなことはたくさん見てきた。
おっと、オレがミスをしたことはなかったがね」
長門
「外部の人と言えば、行政の他にISO審査がありましたね。審査員から是正処置が不足だと言ってもらえないでしょうか?」
但馬
「でも、ISO審査では『よくやっている』と褒めたって言うじゃん。それは期待薄じゃない?」
長門
「認証機関に行って、子会社の審査をしっかりしろと圧力をかけることはできますよね」
但馬

「そんなことできるのですか? 山田さん」
但馬は山田の顔を見た。
山田
「長門さんのアイデアは、もちろんできます。親会社は子会社の最重要な利害関係者です。認証とは利害関係者に代わって、その会社の仕組みが適正かを点検するわけです。だから利害関係者が認証機関に、その事件に関して、審査でどのような状況だったのかと問い合わせる権利はありますし、親会社としては当然しなければならないでしょう。そして前提にしてあるように、子会社の内部で是正が不十分であり、審査で問題とするどころかほめているようなら、審査に問題があると抗議するのは当然です。なお、来年まで待つことなく、今すぐに認証機関に説明を求めることはおかしくない。必要なら再度審査をやり直せと言っても良いと思います。
まあ、ほめていったというのが総務部長の話だけですので、実際の報告書にどう書いてあったのかは調べなくてはなりませんが、この状況にあるようにまっとうな是正をしていないのにISO審査でOKしているとすれば、そりゃ問題です」
長門
「わあー、良かった。私の考えも見当違いでなくて」
山田
「長門さんがおっしゃったように、認証機関への問い合わせても、やらねばならないことの一つです。
ただ、それとは別に総務部長を説得できないかもう少し考えることがあるでしょう」
但馬
「環境部門の担当者では説得できないなら、親会社の環境担当役員から総務部長に是正をしっかりやるようにという要請をしたらどうでしょう。先ほど出雲さんが、別会社だから指示命令はできないとおっしゃいましたが、何らかの要請はできるでしょう」
但馬は長門の発言を山田がほめたので、対抗心が芽生えたようだ。
出雲
「形式とその真剣さが要検討でしょうね。行政と同じく『善処します』という返事で終わりになってしまうのでは改善にならないし、まさか社内の部下にように実施を命令するわけにはいかないでしょうねえ」
長門
「総務部長が環境管理の重要性を理解してもらうにはどうすればよいのでしょうか?」
但馬
「環境管理だけでなく、その会社のコンプライアンスの認識そのものが問題なのかもしれませんね」
出雲
「コンプライアンスなんていうと、なんだかこ難しいけど、昔と今は世の中の潔癖さが違うから、時代の変化を認識していないとトンチンカンなことになってしまうね」
但馬
「よく不祥事を起こした会社の幹部がインタビューで見当違いというか、まったくおかしなことをいうことがありますものね」
長門
「但馬さんがおっしゃるようにテレビで、一般社会の常識とかけ離れたことを口にする経営者っていますよね。もちろんその後、わんさか叩かれるのもよくある話ですが・・」
但馬
「でも上から下までコンプライアンス意識が低いとなると、企業風土というか根本的な問題です」
出雲
「販売代理店の最大の利害関係者といえば、親会社よりもお客さんだよ。お客さんがA社の法違反を問題にすればすぐに変化があると思うのだけど・・」
但馬
「でも出雲さん、まさか私たちがお客様のところに行って、法違反した会社とは取引しないと言ってくださいとは言えませんよ」
出雲
「そうだよなあ、余計こじらせちまう」
長門
「ただ、『お客様の評価を下げますよ』というメッセージをA社に伝えなければなりません。『これくらいで良かったと言っちゃいけないかもしれませんが、これをもっと大きな問題を起こさないためのきっかけにしてほしい』というのはできるでしょう」
但馬
「うーん、そうだよね。うまい方法はないのかしら?」
出雲
「過去に類似の問題を起こした企業は数多い。そういった企業が顧客を失ったり、評価を下げたりした事例はけっこうあるよ。そういったものを示して説明したら少しは本気になるかもしれない」
但馬
「なるほどなあ〜」
山田
「まだ誰も言っていないアイデアがあるのですが、私が発言して良いですか?」
出雲
「どうぞ、どうぞ」
山田
「はっきり言って、鷽八百グループにも環境管理レベルの低い会社はあります。そういうとき私がどのようなことをしているかというとですね・・」
みなは黙って聞いていた。
山田
「実は、何もしないんですよ」
但馬
「エー、指導しなければ改善できないじゃないですか」
山田
「世の中には解がない問題というのはたくさんあります。そんなとき数学なら『解なし』というのも、立派な回答になりますが、社会ではそれではオマンマを食べていけません。ですから、指導しても改善できないものについては、私どもの環境監査で遵法を徹底的に点検して問題を早期に見つけて対策させているのです」
長門
「たとえば、このような事例だったらどうするのですか?」
山田
「通常、当社グループの関連会社の環境監査は2年おきに実施していますが、レベルの低い会社に対しては、毎年行います。しかも通常は事業拠点を少数抜き取って監査をしますが、こういった場合は事業拠点を相当数抜き取って行います。そして問題があれば、全拠点に対して先方に点検させてその結果報告をさせます。
それから是正処置、つまり再発防止策を要求しません。レベルの低い会社に対しては、目の前の不具合を直させる。それも徹底してね。それの積み重ねを毎年行っているのです」
但馬
「それじゃ、監査の頻度を増やしただけでしょう?」
山田
「そう言えば、それまでです。しかし親会社としての、子会社に問題を起こさないための対策ではあるでしょう」
出雲
「山田さんも苦労しているんだねえ〜」
長門
「すごい! 私、山田さんの下で修行をしたいで〜す」

うそ800 本日のつまらない話
複数の人が話をする情景を書くとき、私が思い浮かべる映画があります。
それは「12人の怒れる男たち」です。
ご覧になったことがなければ、一度見てください。これは本当に本当にためになります。人を説得するにはどうするかということがモチーフです。

うそ800 本日の言い訳
実際の問題にはエレガントな回答がない場合もあります。そういったときの対策は、ひたすら単純作業、力仕事に励むしかありません。山本五十六ではありませんが、不満、立腹、泣きたいことを我慢して、愚直になれるかどうかが、人の価値ではないのでしょうか?
もっとも、大体においてそういうことを頑張っても評価されないんですよね。
人はパンのみ、出世のみに、生きるにあらずと割り切るしかありません。
意味の分らない人は、「山本五十六 男の修行」でググってください



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