ケーススタディ 監査事務局2

12.05.16
監査事務局とは鵜飼のようなものだ。実際の仕事は鵜である監査員がしてくれるといっても、鵜匠は鵜の首に付けたひもを持っていれば良いわけではない。怠け者監査員がいれば厳しくフォローしなければならないし、逃げだそうとする鵜がいれば連れ戻さなければならない。事務局は監査計画を遂行する責任があり、また監査員の教育があり、監査結果の確認と報告、そして結果を踏まえた是正がある。被監査部門の是正はその組織自身が行うだろう。しかし企業グループとして再発を防ぐための是正をしなければならない。それのほうが実は重要だ。それは鵜匠である監査事務局が考えて行動しなければならない。そして監査の実施に当たっていろいろなトラブルが起きれば・・それは常に発生するのだ・・その対策をしなければならない。
ともかくその仕事は多々あるのだが、本日は予算管理について考える。
会社に限らず行政も、いや何事においても世の中は予算で動く。予算の単位はお金のこともあるし、時間のこともあるし、人のこともある。管理とはつまるところ予算を計画とおり執行することであり、監査事務局は、費用ミニマムで成果マキシマムを目指す責任がある。

鷽八百グループの環境監査は、社内の支社と工場それに関連会社を合わせて、年間約60拠点に対して実施している。単純に一年間にならせば毎週1件程度ではあるが、現実はそうはいかない。まずお正月から年度末までは、売り上げもあり決算もあり、業務繁忙につきどこも監査などに来てもらいたくない。そして年度首は役員や工場長などの幹部の異動がある。更に毎年6月までにしなければならない行政への各種届出や報告が目白押しで、工場の環境部門は監査どころではない。8月には夏季連休がある。
というわけで毎年度、監査シーズンは、6月末に始まり12月末には終了することになる。つまり実質6か月間に60拠点の監査を行わねばならない。
これは土日と祝祭日を除いた実質120日間に、60拠点の監査を行うことになる。もちろん社内の工場などに対する監査は2日ないし3日かけて行っているし、子会社でも数百人規模となればやはり2日以上かけないとしっかり遵法確認はできない。また環境負荷が少なく小さな事業所、例えば販売会社であれば、現地での監査は半日しかかからないかもしれないが、所在地によっては行き帰りで2泊必要となるケースもある。
そんなことを踏まえて必要工数を試算すると、下表のようになる。

区分拠点数毎年の
実施数
参加人員
(人)
事前検討
(日)
現地監査
(日)
移動時間
(日)
事後まとめ
(日)
拠点当た
り工数
(人日)
小計
(人日)

工場6拠点/2年374311.566.5199.5
支社10拠点/2年522110.5945



製造業10拠点/2年5232111470
非製造業110拠点/2年55220.510.58440
あまり大きな声では言えないが、私が現役の時はこの倍以上の監査を仕切っていた。それは簡単な仕事ではなかった。

この表をみて、事前、事後の時間をかけすぎと思った方がいるかもしれない。だがまっとうな監査をしようとするなら、これでも事前検討、事後のまとめ時間は短いかもしれない。もし監査の前後に、この程度時間をかけていないのなら、その監査は不適切な可能性が高い。不適切とはいい加減だという意味だ。
ISO審査員の中には、毎年100件審査しているとか、100日現場で審査をしていると豪語する方がいる。はっきり言ってそのような審査員はまっとうな審査をしているはずがない。あるいは単なる数合わせ要員だろう。そのように数多くの審査を行っているということは、しっかりした準備ができるはずがなく、組織にとって失礼極まりないことだ。本当にまじめに審査をしようとすれば、週に1件、年間50件が限度ではないだろうか。CEARの基準によれば、50件でも準備やまとめに200日以上費やさなければならない。もちろん認証機関もそれに見合った費用を請求してよい。
おっと当然だが、それに見合った成果、つまり審査報告書を提供しなければならない。それができないなら審査費用を安くするのではなく、力量がないと自覚して認証ビジネスから撤退すべきだろう。
表から年間の環境監査に必要な監査工数は合計約754人日となる。だが休日を除いた年間250日でこれを実施するわけではない。前述したように120日間に行わなければならない。だから監査シーズンに必要な人数は、単純計算で6人強となる。
もちろん環境保護部の監査対応メンバーは山田と森本の二人であり、不足分は工場に派遣を依頼することになる。しかしいくらでもじゃぶじゃぶとリソースを投入することは管理ではない。必要最小で仕事を回すのが管理というものだ。そこに山田の存在価値があるのだ。

山田
「森本さん、関越工場の村上さんと監査に行ったことがあるよね?」
「はい、一度一緒に販売会社に行きました」
山田
「村上さんはどうなの?」
「どうというのは、彼が一人前かということですか?」
山田
「早い話がそう。一人で派遣しても大丈夫ですか?」
「新しい監査基準はだいぶ飲み込んでくれたと思います。しかしあの方は元々電気主任技術者なので、省エネ、それも電気に限定した監査をしていますね。遵法全般については心もとない感じです」
山田
「法規制すべてについて詳しくなくても、法規制の把握と遵守状況を見てくれればよいのだが・・・」
「村山さんを一人で派遣しないほうが良いのは知識がないからではありません。臨機応変に機転を利かせて対応できないだろうと思うからです」
山田
「なるほどねえ〜、じゃあ一人で関連会社の監査は無理だね?」
「そうですね。でも環境保護部からも参加するのでしょう?」
山田
「うーん、ちょっと監査予定が混んでいてね、来月半ばに同じ日に3社予定があり森本さんと私だけでは手が足りないんだよ」
森本は立ち上がり山田のパソコンをのぞきこんだ。
「山田さん、そもそも監査の日程が平準化されていないのですよ。もう少し前後にならせば派遣する人の割り当てに苦労することはないのに」
山田
「森本さん、そう言えばそうなんだが、相手はみなお客様と認識しなければならないよ。基本的に監査の日程は、監査を受ける会社に自己申告してもらっている。こちらは可能な限りそれを尊重して計画を立てている。監査を受ける側だって諸事情があって予定日を提案しているのだからね」
これは私が実際に監査事務局を担当していた時に常に念頭に置いていた。本社が偉いと思っている人や、監査側の考えが優先するように思っている人がいる。しかし監査を受ける部門が顧客である。顧客満足を考えれば落としどころは決まる。
もちろん日程の平準化とは矛盾するのだが、それに対応するように考えるのが事務局の仕事だ。
「山田さん、おっしゃるとおりです。ええとこの日は社内の工場と関連会社は製造業と倉庫会社ですか。社内の工場は監査責任者として山田課長が行かないとまずいですね。でも倉庫会社の監査は社内工場の二日目ですから、山田さんが初日と三日目だけ参加して二日目は倉庫会社に行くということはできないか・・工場は九州で倉庫は大阪ですか。ちょっと無理ですね。となれば僕が倉庫会社に行って、関連会社の製造業には村山さんだけでなく工場の人をもう一名を投入する手もありますが」
山田
「オイオイ、お金が無限にあるわけじゃない。一人派遣するといくらかかるか知っているかい。それにそもそも関越工場から派遣してもらおうとしたのは、ほかの工場からはその前後の週に派遣依頼しているからで、連続で出させるのは気が引けるよ」
「状況はわかります。やはり一人で監査できる人を、あと何人か養成しないと回りませんねえ〜。とりあえずここは環境保護部から出すことにしましょう」
山田
「森本さん・・・まさか廣井さんに」
「横山さんに監査に行ってもらいましょう。彼女も山田さんに教育を受けてその成果を発揮しないと腐りますよ」
山田はハットした。横山のことが頭に浮かばなかった。そして、森本も結構考えているものだと思った。
山田
「彼女は監査に参加したことがあったっけか?」
横山が聞き耳を立てていたと見えて、立ち上がって山田のところに来た。
横山
「お忘れになりましたか? 山田さんと一緒に、工場の監査に1回参加しています。関連会社には、販売会社に2回、製造業に1回、森本さんに同行しています。一人で行っても大丈夫でしょう」
山田
「既に横山さんとは話がついているのか?」
森本はニヤニヤした。
山田は立ち上がって向かい側の机の中野に声をかけた。
山田
「中野さん、○月○日横山さんを貸してもらえませんか」
中野はびっくりしたように顔を上げた。
中野
「はあ!山田君、聞き取れなかったが」
山田
「横山さんに監査応援を頼みたいのですがね」
中野
「横山さんがいいならいいよ。オーケー? じゃあ横山さん頼むわ」
「すみませんねえ、環境報告書の発送の時は私も手伝いますから」
中野
「それは元々あたりまえじゃないか」
「じゃあ、詳細は私から横山さんに説明しますので。
村山さんについては、あと二三度陪席させて、今後監査を任せるのは無理だと判断したら、先方の課長にその旨説明した方が良いと思います」
山田
「わかった、次回は私が村山さんと監査に行くことにしよう」
山田は、森本も本社に来て半年で成長したものだと感心した。



山田は九州の工場から関連会社の監査に派遣された者の旅費精算を見ている。
../trip.gif 福岡空港から羽田に飛び、千葉県の子会社の監査をして、その日福岡に帰っている。そして翌日再び福岡から新潟に飛び市内の販売会社の監査を行ってその夜福岡に帰っている。航空券は特割だがバラで買っている。山田はそれを見てお金がもったいないと思った。ちょっと移動の計画がおかしいのではないか。マイレージでも貯めようとしているのか。いったい誰だ?と改めて名前を見る。佐川という人だ。
どんな会社に監査に行ったのだろうと見ると二つとも代理店で、監査報告書のドラフトはまだ来ていない。カレンダーを見ると実施日から1週間以上過ぎている。山田はフォローが漏れていたことを後悔した。報告書を出さなくて旅費精算を出すとは、いい度胸だと山田は皮肉に思う。営業にいた時は、出張報告を出さないと旅費精算ができないことになっていた。

山田
「森本さん」
と隣の森本に声をかけた。
「はい、なんでしょうか?」
山田
「九州工場の佐川さんってどんな人?」
「あれえ、お忘れですか? 白髪頭のかっこいい方ですよ。もう定年を過ぎて嘱託なんですが、元九州工場の部長だって聞きました。部長になる前は環境部門の課長をしていたので、環境保護部の監査をしたいと向こうから自推された方です」
山田
「記憶がない、会ったことがあったかなあ?
10日ほど前、千葉と新潟に派遣したのだが、まだ監査報告書が来ていない」
「年配者で元部長となると、キーボードが苦手なのかもしれませんね」
山田
「どうしてそういう人を派遣したんだ。おれも一体全体どうしてたんだろう?」
これは独り言のつもりだったが、森本が応じた。
「課長、忘れてしまったのですか? 2か月くらい前に廣井部長のところに役員の方からぜひ佐川さんを環境保護部で使ってほしいという話があったでしょう」
山田は森本に言われて、そんなことがあったのを思い出した。
「廣井部長はしょうがないと了解して、山田課長になんとか使ってくれという話になって、その後に課長は佐川さんを本社に呼んで打ち合わせしたじゃないですか」
山田はいきさつを思い出した。そうそう、そんなことがあったけ。忙しさにまぎれて忘れていたのだ。確かにしらが頭のおっさんだった。
「そのとき佐川さんが環境監査など何十回もしているからわざわざ教育など受けることはないと力説して、課長もそれならと初めから一人で派遣するよう計画に入れたんですよ」
環境監査はできますか?
ちょっと難しいかも?
../musuko.JPGoldman4.gifばかもの、
わしを誰だと思っとるのか?
山田はいきさつを思い出すにつれて、ますます後悔の念が強くなった。ともかく社内用携帯電話をとって佐川氏に電話した。
山田
「佐川様いらっしゃいますか? 本社環境保護部の山田と申します。ああ、佐川様ですか、ご無沙汰しております。早速ですが先週監査に行かれました千葉と新潟の報告書ですがまだいただいておりませんが・・」
佐川
「ああ、山田君、そんなに急がされても良い報告書は書けないよ。じっくりと考えないとだね・・」
山田
「だいぶ前お会いして監査のご説明をいたしましたとき、監査実施後3稼働日以内に報告書・・正確には報告書のドラフトですが・・私宛に提出していただくことをお話したと思いますが」
佐川
「山田君、何を言っているんだね。仕事というのは速けりゃいいというものではない。質だよ質」
山田
「はっきりさせておきますが、管理者は私です。私の指示に従っていただきます。一定の品質の報告書を期限までに出すのを仕事と言います。それで報告書はいつまでに出していただけるのでしょうか」
佐川
「そんなことを言われても、すぐにはできないよ。来週くらいまで待ってもらいたいね」
山田
「明日定時まで猶予をあげます。それまでにお願いします」
佐川が何かわめいていたが山田はかまわず電話を切った。
山田
「約束手形は呈示期間を過ぎたらお金にならないんだよね」
これも独り言だったが、森本は応じた。
「はっきり言って佐川さんから報告書が来たとしても、A4で1枚くらいのISO規格適合云々という報告書くらいしかこないでしょう。どうするのですか?」
山田
「うーん、すべて俺の責任だあ〜。もうしょうがない。今年は軽く流して来年も監査を行うことにしよう。毎日が勉強だよ。
しまった!毎日飛行機で往復するな、一泊しろと言うのを忘れた」
「山田さん、その必要はないでしょう」
山田
「まあね」
山田は苦笑いである。



電話が鳴った。森本がとる。
「環境保護部です。ハイお待ちください」
 森本は受話器を手で押さえて山田に声をかけた。
「山田さん、人事からです」
山田
「ハイ、山田に代わりました。ハイハイ、存じております。今回は教育の一環として計画しまして、ハイ、常にというわけではありませんので、やはり新人の育成時には計画的に発生すると思います。ハイそのように努めます」
山田がやれやれといった風情で電話を切ると、森本が恐る恐る話しかけた。
「山田さん、何の話でしたか?」
山田
「一つの監査に金魚のフンのように何人も出張するなということだ。そりゃそうなのだが、教育中はしょうがないし・・」
廣井
「まあ苦情を聞くのも管理者の仕事と割り切るしかないよ」
通りかかった廣井が話に割り込んだ。
山田
「廣井さん、まだ管理者になる修行中です」
廣井
「今まで僕に来ていたのが山田君に行くようになって、だいぶ楽になったよ」
山田はそれを聞いて、少しうれしかった。

監査とは営業や製造などと変わらない普通の仕事である。その基本はみな同じくQCD、つまり期待される品質で、コストを抑え、納期を厳守してアウトプットを出すことでしかない。山田はまだ環境監査を、どのように管理すればよいか勉強の途上である。
そして新たな懸念であるが、営業部門においても、環境部門においても、管理者の仕事は管理すること。つまり、いうことを聞かない部下を動かし、状況がアゲンストでもリーダーは常に積極的に振る舞いみなのモチベーションを上げてチャレンジさせて計画を達成することである。営業で管理者が勤まらなかった山田は、環境なら勤まるのだろうか?

本日予想されるご質問
おばQは山田氏と同じような対応をしていたのかというご質問がありましょう。
NO!
私は山田氏のように穏やかな性格ではありません。春霜烈日どころかすぐにカッときます。報告書が遅いと電話で怒鳴り、監査で判断を間違えるとアホ・バカと言い、キーボードを叩くのが遅い人には練習しろと怒鳴り、ワードのインデントが使えずスペースキーを押す人間にはアビバで習ってこいと怒鳴りました。部下だけじゃありません。決断しない上長を怒鳴りました。正直言いまして、私は一緒に仕事をすると楽しくない人物なのです。但し、絶対に仕事が遅れたり、成果が出ないということはありませんでした。
そして何事についても徹底して教えました。教えてもらえませんでしたとか、聞いてませんでしたとは絶対に言わせません。私が分からないことは、私が勉強して教えました。もちろん教えても学ばない人はそれまでです。
ハートブレイクリッジ あなたは、マイルドな管理者と厳しい管理者、どちらが好きですか?
私が引退して、周りの者はホットしていることでしょう。でも鬼軍曹のいない軍隊はきっと弱いと思いますよ。
「あの高地を取れ」のリチャードウィドマーク、「ハートブレイク・リッジ」のイーストウッド、環境監査のおばQ軍曹・・はないか


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2012/5/16)
私も「殺してしまえホトトギス」タイプなので、時々(いや、いつも)自己嫌悪に陥ります。
「鳴くまで待とう」ができないんで、出来る人は尊敬しちゃいます。

ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
私も待つことができません。そして待たせたこともありません。
仕事とは、常に素早く処理するべきだと思います。
もっとも私は昔囲碁に凝っておりましたが、あれは仕事の要領でするとだめです。まっしぐらに進まず相手の手の内を見たり、相手が得意でない定石でいやがらせをしたり、相手が時間に追われるとコウに持ち込んで時間切れを狙ったり、とてもまっとうな人間のするもんじゃありません。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012.05.17)
鶏は喧嘩が苦手なので「殺す」ことが出来ません。「待つ」か「方法を考える」の二択です。もっとも時間が掛かるものですから「遅い」と怒られてばかりですけどね。

鶏様 毎度ありがとうございます。
喧嘩が苦手・・?
殺すことができない・・・??
ちょっと、ちょっと


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