審査側の勉強

12.09.11

企業のISO担当者はけっこうISO規格について勉強していると思う。まあ、その方向が見当違いとか、誤ったことを学んでいる人も多いのだが・・
では、ISO審査員や認証機関の幹部はいかほど勉強しているのだろうか? ということが本日のテーマである。
正直なことを言って、私は現役を引退して早や4ヶ月が経過しているので、本日時点の状況はわからないが、過去20年間の審査員及び認証機関の力量の推移から外挿すれば、そんなに変わってはいないだろう・・という思い込みで語る。

まず、CEARに登録している審査員は、毎年CPDとして一定の勉強しなければならないことになっている。
CPDとは Continual Professional Development)継続的開発のこと、何を開発するの? まあ、審査員の力量を開発するんでしょうなあ??
ISO規格でいう「開発」とはまったく新しいことをすることではない。普通、日本語でいう「設計開発」という言葉からは、「開発とは設計よりも先に来るもの」で、設計より開発がより創造的で未知の道を切り開くというニュアンスに受け取るだろう。しかしISO規格でいう「開発とは設計の後に来るもの」で、設計を具体化するものという意味である。なお、ISO規格では「設計及び開発は、あるときは同じ意味で使われ、あるときはには設計開発全体プロセスの異なる段階を定義するために使われる(ISO9000:2006 3.4.4)」とある。
Developmentという語は、研究開発の「開発」ではなく、農地開発(開墾)とか宅地開発というイメージの「開発」である。住宅開発業者のデベロッパーと考えれば理解が早いだろう。
ともあれ、ISO的意味からすると、「継続的開発」とは、新しいことを学ぶというよりも、何かちょちょっと勉強する程度の意味合いなのかもしれない。

ともかく、審査員登録している人は、毎年定められたCPDに値するだけ勉強しなければ審査員を維持・継続できないのだ。そう聞くとそれはすごい、大変だね、審査員はしっかり勉強しているんだねと思われるかもしれない。
実は、そんなことはゼーンゼーンないのだ。
まず審査員更新に必要なCPDは1年間に15時間である。たったの15時間だよ!
例えばあなたが、難しさからいえばやさしい国家資格である乙種危険物取扱者を受験するとしよう。
私の息子が高校2年の時、危険物乙種をとった。ガソリンスタンドでアルバイトしたとき、この資格の有無で時給が違うと喜んでいた。
いくら優秀で自信満々のあなたでも15時間しか勉強しないということはないだろう。通勤電車の中、夜寝る前など、合計30時間や40時間は本を読み、練習問題を解いてみるのではないだろうか?
いや、危険物取扱者よりももっと易しい、これ以上やさしいものはないというウルトラ超初歩のエコ検定であっても、15時間しかテキストを読まないということはないだろう。
中学生が一年間に15時間だけ学習塾に通えば、成績が上がることが期待できるだろうか?(反語です)
学問に限らない。平泳ぎもクロールも泳げるあなたがバタフライに挑戦しようとして、コーチについて習うとしよう。毎週1時間半程度練習して、10回でカッコよくバタフライが泳げるとは思えない。
審査員の場合、一年間に15時間も勉強すれば、ものすごい力量の向上が図れるものなのだろうか?

ではCPDとして、どんなことを勉強すれば良いのかとなると、実はもう何でもありなのだ。
まず範囲は環境マネジメント、環境科学または環境技術、運用の側面及び環境側面、法律などが列記してある。どれでもいいし、それらの周辺のものごとを行ってもOKなのだ。
ISO規格についてだって、IAF基準についてだって、太陽光発電について調べても、汚水処理についてでも、里山保全であろうと、社会責任投資であろうとなかろうと、なんでもありなのである。まあ、町内会のゴミ拾いに参加したことをCPDにするのは無理かもしれない。だが、ゴミ拾いの事務局で企画立案を担当すればCPDにできそうな気がする。

そして方法としては、本を読むこと(これは5時間までしか認められない)、講演会聴講、講演会の講師、プロジェクトへの参加など、これまたなんでもありである。
要するに、1年間に本を5時間読みました、講習会に行って昼寝をしていて何も聞いていなくても、必要なCPDは満たすのである。
上記の基準は秘密でもなんでもない。産業環境管理協会の審査員登録センター(CEAR)に登録している審査員には配布される冊子に載っている「環境マネジメント審査員専門能力の継続的開発(CPD)の手引き」(AF1110)というのに定めてある。
おっと、昼寝をしていても良いとは書いてありませんけど・・
講習会といっても、わざわざインターネットで探したり、ポスターを見る必要はない。CEARは毎年審査員のための講演会を開いており、審査員登録している人には開催案内が来る。これに出席すれば15時間のうち3時間はゲットである。
また審査員であれば所属している認証機関が定期的に審査の問題点や指示事項があるから、講習会あるいは説明会を開いてそういう事項を通知する。3月に1回2時間もあれば、年間8時間、これに先ほど本を読んだ5時間を加えると16時間になり、基準である15時間を満たしてしまう。もっとも本は読まなくても読んだと書いてあれば誰も検証しようもない。証拠がなくても通るというのがISO審査と違うところだ。
審査員登録している場合、審査員研修機関が行うリフレッシュ研修を受けなくてはならないことになっているが、これも大したレベルじゃない。講師が「有益な側面」を語っているようなレベルなのだ。一体全体、リフレッシュ講座の講師の力量はどのように評価しているのだ?
もちろんリフレッシュ研修はCEARが審査して承認を受けている。
じゃあ、CEARの承認審査員のレベルは、それを評価できるレベルなのだろうか? そしてそれを認定していているJABの認定審査員のレベルは? と疑問は尽きない。
少なくても「有益な環境側面」を教えていても、日本適合性認定協会は適合と判定しているのは間違いない。驚くべきことだ(笑)

いや、研修を受けなくても、自己研鑚をしなくても、元々すばらしい力量を持っているという意見があるかもしれない。
そうだ、努力が大事ではなく、結果が大事なのだ。
ISOではアウトプットマターズというのがはやり言葉だったのは2008年のこと、
もう忘れられてしまったかも?

じゃあ、審査員の力量はどのくらいなのだろうか?
私は過去出会った審査員にいろいろ話しかけた。
規格の理解程度、他の認証機関についての知識、所見報告書の記載の内容について、ISO認証事業についての見解などなど、
その結果、多くの審査員はISO規格が好きでもないし、余暇をISOの勉強のために費やしてもいない。まあ、自動車メーカーで働く人全員が車が大好きだとか、掃除機を作っている会社に勤めている人は掃除機が趣味ということがないのと同じなのだろう。
しかし規格の理解がまっとうでなく、その方の考えを理屈で説明できない人が多かった。いや、規格の理解が変な審査員で、私と議論して私を説得させた人は知るかぎりいない。
そういった審査員のほとんどは、「そういうことになっている」とか「認証機関の統一見解だ」とか、まあそんなことを語っていた。「UKASが決めている」と語る人は最近はいないようだ。うそがすぐばれるからだろうか?
「○○さんが言っている」と、その認証機関のボス的名前を挙げた人もいた。
そうか、そんな考えで、そんなスタンスで審査しているのかと私は呆れた。
そして審査員の多くは、他の認証機関の審査方法や審査報告書の実態を知らない。だから自分たちの審査方法の良し悪し、審査報告書の過不足など知っている人はほとんどいない。
証拠も根拠もない審査報告書を書いている審査員は、ほかの認証機関の審査報告書がどれくらい詳細なのかを全く知らない。それでいて、他の認証機関はレベルが低いとかのたまわるのだ。
汝自身を知れ ・・・・ いや、ソクラテスは関係ない。
車のセールスマンでも、住宅のセールスマンでも、携帯電話のキャリアでも、同業他社のことは徹底的に調べて、相手をけなすことなく、自社の製品が他社のものより優れていることをお客様に説明して売ることが必要な力量でありましょう。 また、セールスにあたって、関係法令に違反したりすることのないように、取引に当たっては関係する消費者契約法、PL法、特定商取引法、割賦販売法などを十分に教えられていることと思います。万が一、法律の解釈が誤って違反すれば大変なことになるからです。通常のビジネスなら、即、契約解約や賠償問題につながります。
ISO規格の解釈は誤っていても、大変なことにならないようです。企業に謝ることさえ不要のようです。
某大手不動産業者が土地の汚染を告知せずに売ったから、ISO認証を取り消しするという問題が数年前にありました。しかし、審査員の判断ミスがあっても認定取り消しという話は聞いたことがありません。

「アイソス」という雑誌がある。購読するかしないかはともかく、ISOに関わっている方なら、最新情報を得るために、毎月これに目を通すべきだと思う。日本工業標準調査会やJABの広報を待っていたら、アウトオブデートというか、百年河清を待つようなものだから。
というわけで会う審査員に必ず聞く。「アイソスをお読みになっていますか?」
「読んでない」と応える人はまだ見込みがある。8割は、「アイソスってなんですか?」と答えるのだ。いったい自分のお仕事、業務に関わる情報をどこから仕入れているのだろう? 仕入れていないという可能性が高そうだ。
車のたとえで言えば、他社の車の仕様などを社内の説明会で聞いただけで間に合うのか?並みのセールスマンなら、新聞報道や雑誌その他の情報源を活用すると思うのだが。

それから一般の審査員の方で、認証ビジネスの将来性とか、現状の閉塞感を打ち破るためになにをすべきかということを考えている人はめったにいない。
もう認証制度はだめですと語る審査員は多い。
認証機関を越えた研究会とかはある。だが、そこでの議論は規格の理解、審査方法、審査技術などであって、認証制度の信頼性の問題、認証制度の改善策、認証制度興隆のためになにをすべきかなど検討しているという事例を聞いたことがない。
過去にJACBが検討会を持ったことはある。
外部の私の方が、認証制度の将来性を憂い、打開策を考えて提案しているというのに・・

審査員だけではない。取締役クラスでも大したことはない。もちろん深く考えている認証業界の指導的立場の方もいる。しかし、そういう方は少数だ。少数だから指導的立場になるのだろうけど・・
ある認証機関の取締役と会ったとき、他の認証機関の所見報告書をご覧になったことがあるかと聞いたことがある。「ない」という答えだった。まあ、他社の審査報告書など見なくて良いのだという考えもあるだろう。他社は他社、当社は当社でも良い。自分たちが最高を目指しているのだから、他の会社よりは屹立しているのだということかもしれない。
屹立(きつりつ)・・山などが周りより高くそびえたっていること

だが、その認証機関の審査報告書はたったの3ページとか多くても4ページである。もう少し報告書のレベルアップをしてほしいと申し上げたが、他社の状況を知らないのだから、自社が劣っているということさえ認識していない。打つ手なしである。
打つ手なし・・囲碁でもうどこに石を打ってもどうしようもないありさま

自動車メーカーの取締役なら、競合他社の車の概要、評判、売れ行き、損益くらいは知っているだろうと思う。アップルの社長ならアンドロイドと自社のiPhoneを比較して、その良し悪しくらいは認識しているだろう。
ISO認証機関の取締役は、自社の審査員を効率的に運用し、自社の損益を考えていれば良いのだろうか? 人事管理とお金の計算だけが役員の仕事ではないだろうと思うのだが。

他の認証機関に打ち勝って、生き残るという覇気もなければ、自由経済では落後してしまうよ。それ以前に自社の事業に興味も関心もないのだろうか?
当然、他の認証機関の取締役のお考えなど知ろうという気もないようだ。私が「どこぞの認証機関の○○取締役はこんなことを言ってましたが、それについてどうお考えですか?」なんて聞いたが、そもそも他の認証機関の取締役のお名前を知らなかった。JACBとかいろいろと交流があるだろうと思うが、他社は他社なのだろうか?
車メーカーを例にすると、他社の取締役がどんな発言をしたかということは、貴重な情報源ではないのだろうか? 諜報活動というのは、敵国に入り込んで機密書類を盗んだりするスパイ活動などよりも、政府の報道発表や政府高官の発言、旅行などから得られる情報の価値が大きいと聞く。
聞くところによると、企業の取締役となると、新製品発表とか工場建設とか増産など、株価などに影響を与えることを根拠なく語ることは犯罪になるらしい。だからこそ、他社の代表者(representative)の発言はウオッチしておく必要があるのではないか?

なお、ノンジャブの役員の方が他社の状況を把握しているように思う。大手認証機関ほど、他社を気にせず独自路線を走っているようだ。

まとめる
ISO認証機関の役員も一般の審査員も、普通の企業の社員が自社の製品や他社の製品について勉強しているほどには勉強していない。他社の品質、サービス、コストなど眼中にないようだ。
いや、訂正する。
他社の審査費用については神経質なほど気にしているようだ。
我々買い手にとって、コスト競争は好ましいが、より本質的なこととして、品質競争とか、サービス競争をしてもらいたいね。使い物にならないものを安いよと言われても買う気にならない。
経営に寄与するとか、他の認証機関の追随を許さないなんて語っている認証機関ほど、他社の状況を知っていないように思われる。他社の審査以上にわが社の審査は、経営に寄与すると豪語するなら、他社の審査はこれこれだが、当社の審査はここがこれだけ違い、こういう観点で経営に寄与するのだと語ってほしい。
現実はそのようなことを語れるほど、他社の審査を知らないのではないだろうか?
同志 名古屋鶏さんのブログにあったお話です。
ISO審査で「昨年度、御社は1%相当分の改善を計画していますが、その結果として1%の低減はあったのですか?」と聞かれたという。
いや間違ってはいない、適切な質問だと思う。しかし、それに答える前に、こちらは相手の力量を確認しておきたい。
そう言う行為を「値踏みする」ともいう
その結果、力量がないことがわかったら、「足元を見る」ことになる

こちらの質問は「お宅は経営に寄与する審査をすると騙っていますが、今までどのような寄与があったのか教えてください」である。
なにか返答が得られるものだろうか?
審査を打ち切って逃げ帰るのではないだろうかね?
うどん屋の釜と同じく、いうだけなら、意味のない話だ。
「湯」と「いう」をかけたのである

ちょっと待てよ、
経営に寄与するって、審査員は経営できる力量を持っているのだろうか?
CEARの審査員の要件にはそんなことは書いてないし、審査員研修でもそういうことは教えていない。少なくても、私がQMでもEMでも審査員研修を受けた時はバランスシートの読み方は習わなかった。

他社との審査の品質やバラツキなどの比較をしているとは思えない。他社の状況がわからなくては自社の事業活動を行うことができるのだろうか?

ノンジャブを批判するエスタブリッシュメントの取締役や審査員は多いが・・もちろん認証機関の営業マンにも多い・・自分の審査レベルを認識しているかどうかは定かではない。エスタブリッシュメントからノンジャブに切り替えた企業で、「切り替えて失敗した」と言ったのを聞いたことがない。「切り替えて良かった」という会社なら複数知っている。いや、そう言わなかった会社に会ったことがない。

昔、孫子という人が「敵を知り己を知らば百戦危うからず」と語ったそうです。
その反対に「敵を知らず、己を知らずば、百戦負けるが必定」とは誰も語っていませんが、まあ行く着くところはそんなところでしょう。

お断り
私が、自分の頭の中で考えた審査員像、認証機関像を批判して悦に入っていると思われる方もいるだろう。
残念だが、そうではない。現実のISO14001審査員の大多数かどうかは知らないが、かなりの数は、いいかげんな規格解釈、いや規格など知らないで自分の脳内のISO規格に基づいて、「有益な側面」、「側面から目的を選ぶのですよ」、「マネジメントレビューは毎年1回開催することが望ましいですよ」・・などなど語っているという事実がある。
ところで、
有益な側面があるかどうかを確認するために、ISOTC委員に問い合わせたり、他国の状況を調べた審査員はいかほどいるのだろう?
もし大勢いたなら、日本のISOはもっとよくなっていたはずだ。だから、そういう熱心な勉強家の審査員は少ないことは間違いない。

うそ800 本日の理由
なぜこんなことを書いたのかというきっかけでございますが・・・・
先日、某企業の社長とお会いしてお話を伺ったのですが、同業他社のことなど手のひらのように知っていらっしゃる。もちろん、コンペティターに負けないようにその対策を必死に考えている。その方に限らず経営者ならみなそうだろうと思います。
認証機関の経営者はどうなんでしょうか?



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2012/9/12)
「アイソスをお読みになっていますか?」
名古屋栄の丸善が遠くて最近はご無沙汰です > <
愛想スの無いことで、相ソ済みません。m(_ _)m

鶏さん 毎度ありがとうございます。
アイソスが必読の雑誌というわけではありません。
しかし審査員が読むべきものの一例としてあげました。
アイソスは読まないけど、べつなものを読んでいるという審査員なら救いはあると思います。


うそ800の目次にもどる