ケーススタディ 新入社員教育

13.05.12
ISOケーススタディシリーズとは

始業1時間前に山田が出勤すると、岡田と横山の二人は既に来ていてパソコンを叩いている。二人は山田に挨拶して山田も応える。
山田がパソコンを立ち上げメールチェックを始めると、向かい側に座っている岡田から声がかかった。

岡田
「山田さん、ちょっとお話ししてよろしいですか?」
山田
「いいよ、なんだい?」
岡田
「人事の湯川さんという方からメールが来て、新入社員の環境教育をお願いしたいというのです」
山田
「湯川さん なら知っているよ」

岡田
「まあ、そうなんですか。メールによりますと環境教育法に基づいて新入社員に環境教育をするんですって。昨年までは人事部の方が講師でしていたというのですが、今年は環境保護部にお願いしたいとのことです。時期は2週間後で2時間くらいだそうです」
山田はニヤニヤした。
岡田
「山田さん、どうしたのです?」
山田
「いや少し前のことだけど、湯川さんが勉強不足でミスったことがあったから、あつものに懲りてなますを吹くってやつかなと思ってさ」
岡田
「あつもりって平敦盛ですか? それを吹くとは?」
山田
「オイオイ、岡田さんは日本人だろう。そんなことわざを知らないの?」

横山
脇に座っている横山が口をはさむ。
「山田さん、そんなことを言ったら山田さんは若い人たちが使う言葉とか言い回しを知らないでしょう。言葉なんて時代と共に変わるんですから、日本人であるかないかと関係ないですよ」
山田
「わかった、わかった。私はずっと環境保護部では一番若かったので今も若いつもりだったけど、考えてみるともうすぐ50だよ。いやになっちゃうねえ〜」

そう言いながら山田は本当に歳をとったものだと思う。環境保護部に来たのが8年前で42歳の時。今年誕生日が来ると50歳。歳も歳だし、ここに来てからも長いから今年あたり異動かなあ〜、出向かもしれないなあ〜と頭に浮かんだ。

実を言って「うそ800」は12年の歴史があり、ケーススタディが始まってからだけでも既に4年経っているのだ。いやはや作者の私も歳をとったものだ。私がここで言いたい放題を語っているから、世間には「うそ800」を止めてほしいと思っている人は少なくないだろう。一刻も早くネットから引くことが世のため人のためかもしれない。

岡田
「それで、ちょっとお話できないかと思いまして」
いつのまにか岡田が山田の脇に立っていた。
山田
「いいとも、あっちへ行こうか?」
山田も立ち上がり、給茶機でコーヒーを注いだ。
山田と岡田が打ち合わせコーナーに座ると、すぐに横山もコーヒーを持ってきて二人の隣に座る。
岡田 山田課長 横山

岡田
「えーとですね、環境教育法という法律があるそうです。正直言いまして私はそういう法律があるとは知りませんでした。法律ができてもう10年くらいになるんですって。
その法律では企業は従業員に対して環境保全活動及び環境教育に協力するよう努めることって決めているので、当社でも新入社員教育に環境教育を盛り込んでいるとあります。
当社ではその対応として昨年まで人事部で内容を決めて行っていたそうですが、今年はレベルアップをしたいので環境保護部に依頼したいそうです。
そのメールが中野課長に来たのが昨日で、中野課長は私に転送して適当にしろとの仰せです」
山田
「アハハハハ、適当にしろか、中野さんらしい。そしてそのまんま口にするのも岡田さんらしいよ」
横山
「それで、岡田さん、中野さんは環境保護部が受けるということにしたのですね?」
岡田
「そうです、すべて私に任せるということです」
横山
「岡田さん、人事が昨年までしていた内容をご存じでしょうか?」
岡田
「はい、メールに添付されていました。A4で1ページのレジュメ・・・これですが、地球環境問題、当社の環境方針、そして環境ビジョン2040の概要、そんなところですね」
山田
「レジュメだけではわからないけど、2時間なら大して複雑なことは話せないし、といって時間をもっと頂いても聞く方も飽きてしまうだろうね。
まあ環境問題と各人の関わりをどう分りやすく話すかということだろうねえ」
横山
「うーん、山田さんも世の中の大勢に染まってしまったという感じですね。
私の考えはちょっと違いますねえ〜」
山田
「おお、横山さんも言うようになったねえ〜」
横山
「山田さんの薫陶くんとうのおかげですわ。
会社ではあれもこれも考えながら仕事をするというのはないですよね。会社のルール、当社の場合は会社規則といいますけど、それに基づいて仕事を執行するだけだと思います。何か仕事をするとき、それに関係する品質や環境や輸出管理とか場合によっては暴力団対応などを考えなければならないのでは、必要なことが漏れたり、そもそもなにから手を付けるべきか途方にくれてしまうかもしれません。そんなことでは仕事が進みません。ですからそうならないために会社規則があり、それに従っていれば、必要なことすべてを満たして仕事ができるようになっているのです」
山田
「横山さんのおっしゃることに異議はないけど・・・ では横山先生はこの依頼に対して、具体的にはどのような枠組みが良いというのかな?」
横山
「うーん、まず考えないといけないことがあります。といっても私というか岡田さんがいくら考えてもしょうがないことです。とにかくまず湯川さんと人事の新人教育カリキュラムの全体の構成がどのようになっているのか、それを確認する必要があります。
そしてそれを踏まえて、環境についてどう教えるかということになります。人事が新入社員研修で教えるのは、環境だけじゃないですから、他の講座と合わせて総合的に考えなければなりません」
岡田
「横山さんのおっしゃるのは、環境などの分野ごとに教育するのではなく、会社の業務から見て関係することを教えるべきで、そうなると環境だけという発想ではいけないということですね?」
横山
「そう、でも仮に環境だけ教えるとした場合でも、地球環境問題から説き起こしてというのはどうなんでしょうねえ?
というのは、いまどきの人なら地球環境問題くらい知っているでしょうし、知っているだけでなくみなさん一家言いっかげんお持ちと思います。たとえば学生の時から地球温暖化阻止のためにNPOなんかで頑張っている人もいるでしょうし、地球温暖化なんてウソッパチだと思っている人もいるでしょうし、温暖化を止めなくても良いと考えている人もいると思います。まあともかく地球温暖化を知らない人はいないでしょう。
だから新人教育で、地球温暖化とはなにかとか、温暖化を止めなければならないと話すのはどうかと思います。前者については周知の事実であるわけですし、後者については人それぞれの考えがあるでしょうし、それは尊重しなければなりません。
ただ会社としては温対法その他の法規制を守らないとなりません。温暖化が真実と思うか否と思うか、あるいは温暖化阻止すべきかどうかは個人の自由ですが、会社で働く以上、個人の信念はどうあれ法律を守って仕事してもらわないと困ります。
つまりひとつは相手のレベルに合わせることが必要で、ふたつめは科学とか政治的な論点ではなく、企業を取り巻く情勢とそれに対して企業が何をしなければならないかということを伝えることですね」
山田
「なるほど、なるほど。本人の考えと世の中の規制が異なる場合の対応も教えなければならないね」
横山
「そうですね。地球温暖化に限らず無意味と思えるというか、時代に合わなくなった法規制ってたくさんありますし、そういったものであっても積極的に順守するという意識づけも必要でしょう」
「順守」になったのはISO規格を尊重したのではなく、たまたまかな漢字変換のせいであって、個人的には「遵守」が良いと思っている。
岡田
「無意味と思える法規制ってあるんですか?」
横山
「無意味って言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、例えば特定フロンは温暖化係数が大きいので既に規制されていて、今では温暖化係数の小さなフロンや石油系の冷媒にエアコンや冷蔵庫を変えています。しかし規制を受けない冷媒は従来のフロンより冷却効率が低く、そのため増加した電力需要によるCO2排出増加による温暖化の寄与が、フロン規制による温暖化抑制効果よりも大きいという研究もあります。
また特管産廃の帳簿の記帳義務があり、帳簿をつけてなかった会社が摘発されていたのに、あるとき突然法改正で帳簿が不要となってしまったなんてみると、一体なにって思いますよ」
岡田
「そう言えば私もホタルを呼び戻そうって、よその土地からホタルの幼虫を持ち込んで養殖したら、遺伝子攪乱だなんて騒いだ記事をみたことがあります。同じようなことでメダカやセミについての新聞記事もありました。良かれと思ってしたことが必ずしも環境保護になっていないということでしょうねえ。温暖化とは違うかもしれませんが生態系も世の中のことも複雑に絡み合っていますから、部分最適が全体最適とならないことは多いですよね」
横山
「そうよね、岡田さんには横から口を挟んで申し訳ないけど、湯川さんとまず話し合ってみて、どういう切り口でいくか、他の講師の話と矛盾がないように調整した方が良いですね」
岡田
「わかりました」
山田は岡田もずいぶん成長したものだと感心した。もちろん横山も成長した。
横山
「当社では環境対応の活動というものがまとまってはいませんからね。その現実を踏まえて講義をするしかありません」
岡田
「環境対応の活動がまとまっていないとは? 環境についてのルールがないということですか?」
横山
「そういう意味じゃないんですけど・・・ 岡田さんも会社規則をそらんじていると思いますが・・・」
岡田
「横山さん、私は会社規則なんてめったに見ることがありません。横山さんは会社規則をそらんじているのですか?」
横山
「もちろんよ。丸暗記とは違うけど、何がどこに書いてあるかを知らなければ、仕事なんてできないじゃない」
岡田
「すみません。私はあまり会社規則を見たことがありません」
横山
「当社で働くなら会社の仕組み、各部門の担当業務、仕事の手順、決裁者などのルールをよく把握していないとだめよ。
それはともかく、当社の会社規則では環境というカテゴリーはないわけ。会社規則の大分類は、人事、経理、営業、購買、設計開発、製造、知的財産に分かれているのはご存じでしょう。環境はそういうカテゴリーとしてではなく、それらの分類の業務手順を定めた個々の会社規則の中に環境に関係することが盛り込まれているわけ。
つまりなんというかなあ〜、地球環境問題というものはたくさんありますが、地球温暖化という説が国際的に認知されていて、日本ではそれに対して温対法とかフロン回収破壊法とかいう国内法に展開されているのよね。しかし営業や設計の人が温対法やフロン回収破壊法をしっかり読んで、自分の仕事で何をする必要があるかを考えるのは大変でしょう。じゃあそれら地球温暖化などの法規制を社内の規則に展開しても、それを読んで仕事をするのは実際として運用が困難でしょう。だって結局のところ、設計の人も営業の人も自分が担当する分野以外の会社規則を読まなければならないことになるし、そもそもどんな規則が自分の仕事に関係するかということはわからないわけよ。
それで当社の会社規則では、営業や設計の仕事の手順の中に、それに関係する環境の規制がどんなものがあるとか、それに対して何をしなければならないかということを盛り込んでいるわけ。
ですから社内で仕事をする上では、自分の業務の規則をしっかりと読んで、そのとおり実行すれば必然的に環境法規制を守るようになっているわけ。仕事をしっかりしていれば自然と地球環境問題の対策になっているわけね。
でも環境という切り口からみて、それについてどのような社内のルールがあるかを知るには、環境というカテゴリーにまとまっていないわけだから、会社規則全体をながめないとならないという意味よ」
岡田
「えーと、法規制対応はそれでもいいかもしれませんが・・・ISO規格では教育訓練の項目の中で、方針や手順を守ることの重要性とか仕事に伴う環境影響、あるいは改善の意義、役割と責任、手順を守らなかったときのことを教えなければなりませんよね? そういったことも含まれているのでしょうか?」
横山
「ISO規格とは関わりなく、昔から当社の会社規則ではそういったことは盛り込まれていたわ。仕事を間違いなくさせるために必要な情報を伝えようと文書に書き表わそうとすると、誰がしても必然的に必要な要素を盛り込むことになるはずよ。
ただ環境に関することについてのみ記述しているのではなく、その仕事をするにあたって関係すること全体について、 仕事の目的や手順、異常時の措置などを決めているということよ」
岡田
「でもそれって法律が制定されたり改正されると実施事項が変わりますよね。法律に合わせて常に関係する会社規則をすべて最新状態に改定しておかなくてはならないということは膨大な仕事になりますね」
横山
「そのとおり。結局、それは会社の仕組み、つまりマネジメントシステムそのものをどうするかという考え方というか決定次第なんだけど、インフラに相当するものを整備して日常の仕事を楽にするのか、インフラは簡素にしておいて日常の仕事で負担してもらうかの判断だと思う。というか、当社の場合はインフラを整備するという判断をして今の文書体系になったのね」
岡田
「なるほど当社の仕組みはものすごいものなのですね」
横山
「ものすごいと言うと?」
岡田
「ISO規格でいう手順書って、社内の手順を決めたルールの一般語というか範疇語ですよね。よくISO認証の参考書などをみると、ISO規格ではこれこれを要求しているから、それに対応するためには、こう書いておけばOKなんてあります。私はそんなものかなって思ってたんですけど、実際にビジネスをしていくことを考えると、そんな規格のオウム返しのいいかげんなものでは役に立たないですよね。コンサルが提供している手順書のひな型って、あれは単にISO認証のためのものなのですね」

手順書の定めるべき事項
ISO規格の要求事項
その仕事の5W1Hすべて

この部分がなければ実際の仕事はできない

もし御社の手順書にISOの要求事項しか書いてなければ、バーチャルで「うそ800システム」であることは間違いない。
一刻も早く見直しすることが改善である。あるいは全部捨ててしまった方が良いかもしれない。

岡田
「金科玉条って言葉は、ふつうあまり良い意味につかわれませんけど、会社規則通りに仕事をすれば法律を守ってしかも仕事がうまくできるってことは、会社規則はまさに金科玉条ですね」
山田
「オイオイ、岡田さん、金科玉条って言葉は知っているのか?」
横山
「山田さん、いいとこなんだから茶々入れないで!」
山田
「いや、失礼しました。私が口をはさむところがなくなってしまったようだ」
横山
「話を戻すと、廃棄物契約書なんかで法律で記載を求めていることだけを書いている契約書が多いけど、〆の日とか支払銀行とか実際に仕事をするための必要な要素を記載している契約書は少ないのよね。あんなのは形だけだと思うわ
ともかく会社規則とは会社の文化そのものだから、ひまがあったら規則を読んでいると面白いですよ。課長の決裁範囲とか部長の決裁範囲、その他社内の会議にはどんなものがあるのか、岡田さんのお仕事の広報について言えば、社外広報するときはどの部門の了解を取っておくとかみんな書いてありますから」
岡田
「ちょっと待ってください。そうすると新入社員教育では、環境教育よりも会社規則を教育しなければなりませんが、それは人事で行うのでしょうか?」
横山
「私にはそれはわからないから、湯川さんとお話してください。案外個々の会社規則について教育するよりも、会社の仕組みを学ぶ方法を教える方がよさそうな気もしますね」
岡田
「わかりました。イエス様が言ったように、魚を与えるのではなく魚の獲りかたを教えることが大事ということですね。
あれでもそんなふうになると、元々の目的であった環境教育法との関連がなくなってしまうように見えますが」
岡田がすとんきょうな声を上げる。
横山
「岡田さん、環境教育法には『環境の教育をしろ』とは書いてないわ。『その雇用する者に対し、環境の保全に関する知識及び技能を向上させるために必要な環境保全の意欲の増進又は環境教育を行うよう努めるものとする(環境教育等による環境保全の取組の促進に関する法律第10条第1項)』とあるのであって、方法や名称はどうあれ、その目的を達成することよね。
それにもともと努力義務だし〜」
山田
「いや、今日の横山さんのお話を聞いていろいろためになったが、一番勉強になったのは・・」
横山
「山田さんが一番勉強になったことってなんでしょうか?」
山田
「私はもう必要ないということが分ったことだ」

うそ800 本日のどうでもいい話
文章が冗長すぎるとか、言葉のやり取りが本質から離れてあちこちに流れているというご意見があろうかと思います。でも実際の会話を文字にすれば、このようなものではないでしょうか。
ところでこんな雑談ばかりしている職場はないだろうとか、ロクな仕事をしていないのだろうというツッコミがあるかもしれません。私が勤めていた職場では常に雑談が飛び交ってましたしお茶もしてました。休憩になる前に昼飯を食べに外出したりもしていました。しかしやるべき仕事はしっかりQCDを守って成果を出していました。そんなのが最高の職場でしょう。

うそ800 本日の反省
環境教育なんてタイトルしたものの、教育するところまでいきませんでした。でもまあ本日の駄文を環境教育と題しても当たらずとは言えど遠からずでしょう。あるいはこれが環境教育の本質論かもしれません。
次回、環境教育の場面になるのか、その前にケーススタディシリーズが終わってしまうのか、私には見当もつきません。
少しばかり期待するのですが・・・・続きを書けなんてお便りがないかなあ〜と


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/5/12)
ウチの会社で新入社員教育をやるときには決まって「ISO14001を知っているひとー?」と聞きます。しかしてこの数年で「内容まで知っている」という人はひとりもいませんでした。
世間の関心なんてそんなモンなのでしょう。おや?すると認証の意義って(略

名護屋鶏様 毎度ありがとうございます。
私が勤めていた大手企業では環境部門でしたが、ISO14001の中身を知っている人なんて私くらいでした。
要するにそんなもの企業の環境経営にはカンケーないようです。



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