マネジメントシステム物語12 佐田、口説かれる

13.11.14
マネジメントシステム物語とは

今日は土曜日、佐田はいつものように指導というか改善策の打ち合わせに大蛇機工に出かけた。川田が突然入院してしまったので、今日の相手は伊東委員長だけの予定だ。
佐田家では、妻の直美が子供たちを習いものの送り迎えに使っている軽自動車しかない。それで大蛇機工に行くには、佐田はJRの在来線でガタゴトと揺られていく。鉄道だけで片道2時間近くかかり、更に駅から工場まで歩いて30分近くかかる。なんで自腹を切ってそこまでするのかと言われると答えに詰まるが、佐田は自分の勉強だと考えている。利己的、打算的と思われるかもしれないが、いつかこの経験が役に立つと思うのだ。

工場に着いて通用門のインターホンを押すと、ドアを開けたのは星山専務だった。
佐田
「あれえ専務、おはようございます、どうしたのですか?」
星山専務
「昨日、伊東が今日は川田取締役がいないから顔を出さないかというんだ。おもしろいからぜひと言われてね」
佐田
「そんなこと言ったら、川田さんが気を悪くしますよ」
星山専務
「いやいや彼には、代わりに出ておいたと言っておくよ」
会議室に入ると伊東がいる。
伊東
「じゃあ、ちょっと早いけどメンバーがそろったので始めましょう。まず、前回の宿題の報告からですが・・」
伊東は先週、佐田が提案したことの自分の担当分について実施状況を説明した。すべて実施済みであるが、まだ効果のほどは分らないという。
佐田
「質問です、このところいろいろと行っていることについて現場の人の意見はどうでしょうか?」
伊東
「まず反対とか批判はないね。それどころか改善のアイデアを提案してきた人が何人かいる。これからはそういう提案を受けつけて、評価し価値あるものは実行するという仕組みが必要だな」
佐田
「それは良い兆候ですよ。仮に現状が完璧であっても単にそれを続けているだけではマンネリですからね。常に現状に疑問を持って改善をしようという気持ちが大事です。
ただ、そういう仕組みを組合委員長が考えるのも筋違いです。川田さんがいないけどどうしますか」
星山専務
「提案制度については、ここで方向が決まれば俺が、そうだなあ鈴田課長にでも指示して作業をさせることにしよう。
提案だけでなく、なにか最近現場の作業者も前向きになったような気がするよ。
先々週のこと、おれが工場に入ろうとしたら安全靴を履いていないから入ってはいけないと言われたときは驚いたね。いや感情を害したのではなく感動したよ。目上であろうとルールを守らない人に対して、注意することは大事だ」
佐田
「私もそう思います。そういう意識は安全ばかりではなく、品質にも及ぶと思います。現場の人が『これは不良だから出せない』と言えるような雰囲気になるといいですね」
星山専務
「まったくだ。実を言ってこの会社は危ない。早急に品質改善しないと取引を切るぞと言ってきているお客様もいる。先日、大国主から品質監査にきたが、ああいったことをしてくれる会社はまだ温情がある。早いところ品質を向上させないと仕事がなくなってしまう」
伊東
「星山よ、今更そんなことを佐田君に言っても始まらないよ。1年前だって、2年前だって我々が対策することはできたんだから」
星山専務
「我々自身も力がないことは間違いない。しかしこの会社を立ちなおすために親会社から送られてきた人たちも大したことはなかったようだね。今回の川田取締役もそうだが・・」
佐田
「専務、すみませんがそういう話はやめましょう。ここでは前向きの議論をしましょう。もちろんここで検討したことから大きな成果が出るとは思いませんが、小さな改善でも皆の意識を変えることができ、やがては大きな貢献につながると信じています」
星山専務
「私もそれを期待しているよ」
佐田
「以前、このメンバーで飲んだことがありましたね。そのとき私は、会社を良くするには、固有技術、管理、士気のみっつの要素が必要だと言いました。
固有技術について私は知識がありません。段取り時間の短縮、精度向上、品質向上などは固有技術が必要で、それは伊東さんや安斉課長に頑張ってもらうしかありません。
管理の向上は頭を使えばできるはずです。管理といっても仕事や人の管理だけではないです。新製品を導入するときの工程設計の方法を、もっと深く広く検討することによって品質もコストも納期も改善できるはずです。そういうのが管理の向上でしょう。
そして私が狙っているのは士気の向上なんです」
星山専務
「士気の向上とは・・」
佐田
「さっき話が出たじゃないですか。伊東さんが改善をするのを見て、現場の人たちからも改善提案が出るようになったということ。そういう誰もが前向きの気持ちを持つことが士気の向上だと思います。
ねじり鉢巻きで、まなじりを決して『ガンバルゾー』と叫ぶことが士気が高いというわけじゃないです。
自分の仕事が好きになって、いい仕事をしよう、良い物を作ろうと思うこと、それを士気が高いというのだと思います。私はそういう状態にしたいなと思っているのです。そのために何を仕掛けるかを、ここで川田さんや伊藤さんと考えているつもりでした」
伊東
「そう言えば、佐田君は前に飲んだ時も『仕掛け』が必要と言っていたな。あのとき、具体例として、工場の壁を塗り替えるとか・・・」
佐田
「そんなことを言いましたね。品質と関係ないと思われるかもしれませんが、私は関係あると思います。星山専務は品質をあげないと切られてしまうと心配されている。確かに私が買い手だとしても、錆びた部品が納入されたり、現品違いがあればうれしくありません。
ですけど、錆びないようにしろ、現品違いをなくせと怒鳴っても品質は改善しないでしょう。あるいは規則を作ってそれを守れと言っても、規則が定着するかどうか怪しいです。
私も現場は長いんです。下請け会社に生産性や品質をあげるために指導に行ったことは数知れません。そんなときどうするかわかりますか?」
伊東
「そりゃ、あれだろう。作業改善のために、作業指導したり、レイアウトを見直したり、工具を改善したりとやるパターンは決まっていると思うが」
佐田
「おっしゃる通りですが、話の持っていきかたが大事です。私はそんなとき現場の人に言うのは、楽にできるようにしましょう。重いものを持たなくて良いように、動かなくて良いように、複雑でやりにくいなら単純にしましょうって
生産をあげろとか、品質をあげろなんて、パートの方にとっては無縁のことで、関心がありません。夕食のおかずをどうしようか、指先が荒れるわとか、肩がこるなんて思っている人たちに、生産をあげろと言っても、その目的というか価値観を共有してもらえません。ですから改善しようという気持ちを持ってもらえるはずがないのです。
そうじゃなくて、突発的な残業がなくいつもどおり帰れるように、指が荒れないようにするにはどうしたらよいか一緒に考えましょう、肩がこるのはどんな動きをするせいでしょうか、そんな動きをしなくてすむにはどうすればよいかアイデアはありませんかということを語るのです」
星山専務
「そういうアプローチは効果があるの?」
佐田
「あります。もちろん人をだますような不誠実な心ではだめです。本当にそう思っていなければ見透かされます。
そして働く人が楽になるように改善できれば、それと同時に生産性が上がり、不良が減り、そしてみんな定時で帰れるようになるのです。ウソじゃありません。私はいつもそういうアプローチで指導してきました。
もっともそういうことをしていても昇進は望めません。昇進したいなら、上長が言ったことをそのまんま下に伝えて、ゴリゴリとやったほうがいいでしょうね。上長もそういう部下を喜びますから」
星山専務
「そういう上長も部下も目に浮かぶよ」
伊東
「星山よ、他人のことと思うなよ。佐田君は俺たちのことを言っているんだぞ」
星山は伊東に言われて顔を赤くした。
佐田
「いやいや、そんな意図はありません。もっとも今の上長に、私の生き方なら現場の人に尊敬されればそれをもって瞑すべきで、その上に昇進を望むのはおかしいと言われました。アハハハハ
確かに昇進したいなら、その決定権を持っている人に好かれるようなことをしなければなりません。それこそが顧客満足じゃありませんか」
実を言って、私は過去40年間、常に部下満足を考えていたが、上長満足を考えたことはなかった。それが出世した奴との違いだ。

星山は何度もうなずいた。
佐田
「おっと、今日は私の昔話を語るのが目的じゃありません。
川田さんが依頼したローラーコンベアが届いたと思いますが、それについてはどんな進捗状況でしょう?」
星山専務
「今、安斉課長がレイアウトを考えている。複数のプレスで連続加工をしているものは以前からコロコンでつないでいたが、プレス工場からパレットを一掃するために、全行程をコロコンでつないでしまうという考えだ」
佐田
「なるほど、コロコンを使うとして部品をバラの状態で送るのか、箱に詰めて送るのでしょうか?」
星山専務
「うーん、部品が小さいから箱に詰めることになるのかなあ〜」
伊東
「箱に詰めると手間がかかるからコロコンの上に板を置いて、それに部品を載せるというのもあるね」
星山専務
「その板というかパレットを戻すことになるね、ベルトコンベアにしたいところだが、送りをどうするか・・」
佐田
「その辺はもっと考える必要がありますか。安斉課長の仕事ですね。
箱は社内で使うのと出荷用を共通にするのでしょうか?」
星山専務
「うーん、そこをどうするかというのがあるんだ。ロットが完了すると次は完成品検査なのだが、今は検査前に段ボール箱に入れて運搬し、検査してそのまま保管している。出荷時は倉庫係が別の箱に数えなおして入れている。
箱を共通化すれば、入れ替えがないから、倉庫でパレットに載せて保管するのではなく、出荷するところまでコロコン上に保管するのが良いかという思いがする」
伊東
「その場合はコロコンが大量に必要になりますね。在庫を減らすことも必要だな。
ゆくゆくは自動倉庫だろうけど、それまでこの会社が存続するかどうか」
佐田
「そのへんになると私がどうこう言えることではないですね。いずれにしても、製造だけでなく、検査とか倉庫保管などを総合的に考えて判断すべきでしょう」
伊東
「しかし単純にプレス工場から倉庫までコンベアをつないでしまうと、フォークリフトの通路を遮ってしまう。それと出荷のトラックもどうなるのかなあ?」
佐田
「個々の改善ではなく、工場全体のヤードプランを考えないと、最適解は得られませんね。この場で私たちが詳細まで決めてしまうことはできないでしょう。専務さんから安斉課長や鈴田課長に課題として与えて、彼らに最適解を考えてもらうというのでどうでしょうか。
私もこの工場に何度かお邪魔して感じていたのですが、通路を材料や製品そして金型を運ぶフォークリフトが走り、完成品を運ぶトラックも走る状況は改善すべきと思っていました。単に工程間をコロコンでつなぐとかではなく、全体最適を考えるように専務さんから指示されたらどうでしょうか?」
星山専務
「そうだね、彼らにも考えさせ工夫させて、やる気を持たせないといけない。休み明けにでも工場の中のレイアウトだけでなく、ヤードプランを考えるように指示しよう」
伊東
「ではこの件はいいですか、じゃ、次のテーマに移りたいのですが」
佐田はどうぞというしぐさをする。
伊東
「前から考えていたのだが、以前、佐田君が工場の壁を塗り替えるといったことだ」
佐田
「まあ、あれはたとえ話ですよ」
伊東
「この工場も建てられて20年近くなる。屋根はスレートだし、壁もスレート、どんどん汚れくすんできたなあと思っている。それで思い切って塗装をしないか」
星山専務
「昔はこの辺に大きな会社もなくて、ここに入りたいという人も多かったのだが、最近は大手電機メーカーが進出してきて求人も大変だ。きれいな工場だと悪いことはないだろうなあ。
とはいえ屋根を塗るだけで数百万してしまうだろう? それに見合った効果があるのか?」
伊東
「俺が一番気にしているのは外部よりも中だね。働く場所をきれいにしたい。まず床をきれいに、通路の白線、柱、天井の梁、クレーン、機械などを塗り直したいのだが」
星山専務
「現場ではフォークがスリップすると黒くなったところを床塗りしているが、それがかえって継ぎはぎになって見苦しい。それから屋外も道路の白線や休憩所の床、それに駐車禁止の黄色線などを塗りなおしたいね。お金が心配だが」
伊東
「屋外のことをいえば、この工場は周囲に塀も生垣もない。それはいいことでもあるのだが、中が丸見えだ。工場に隣接して住宅があるところは生垣でもつくったらどうかね。防音にもならないかな?」
星山専務
「先日、音がうるさいと苦情があったお宅にお詫びに行ってきたのだが、そのとき工場が見えるのが気に入らないと言われたよ。きれいな建物ならともかく汚い工場では借景にもならないからね」
伊東
「生垣にするなら、それぞれのお宅に聞いて希望の木を植えるのがいいかもしれないね。敷地境界に植えるのはこちらでしますから、今後の剪定はお宅でしてねというのもありかもしれませんね」
星山専務
「強制はできないだろうけど、最近は庭木いじりが好きな人も多いからなあ」
伊東
「ペンキ塗りに戻るけど、建物の梁など高いところは危ないから職人を頼むとして、機械とか道路の白線などは各職場でできると思う。職場対抗でやらせたら競ってやるのではないか?」
星山専務
「塗料代と養生テープや刷毛などの代金ということか、あと時間外手当か」
星山はしばらく目をつぶって考えていたが
星山専務
「伊東よ、職制でなく、毎年やっているお祭りのように、実行委員会か何かを作ってやらせた方が面白いのではないか。
そういうことが好きな奴を選んで企画させたほうがよさそうだな、だれが適任だろう?」
伊東
「じゃあ、私が責任者も含めて企画案を考えましょう」

コーヒー
4時過ぎになるとさすがに疲れたという感じである。
3人はコーヒーを飲みながら雑談をする。
佐田
「お二人にお聞きしたいことがあるのですが、気を悪くしないでほしいのです」
伊東
「なんだい?」
佐田
「川田取締役が出向の時の送別会で、この会社は労働争議が絶えないと言ってました。しかし星山専務と伊東委員長とお話すると、お二人は仲が良いようですね。組合活動についてだけご意見が合わないということもないと思うのですが、どうなのでしょうか?」
星山専務
「そうかあ、今でもそんな噂が語られているのかねえ〜」
伊東
「いやはや、なんだっけ、非対称理論とか言ったかもしれないが、悪い評判はいつまでも消えず、良い話は全然広まらないってやつだね」
注:本当は「信頼の非対称性原理」とは「信頼は築きにくく、失いやすい」ことをいう。
星山専務
「うーん、佐田さん、私たちが否定しても信用されないかもしれないが、元々そんな事実はなかったんですよ。もう10年以上前のこと、当時からこの会社は品質も悪く生産性も悪かったのは事実なんだけどね。あるとき大事なお客様への納品で穴をあけちゃってね、そのときの社長が労働争議のためだとお客様に言い訳して、それが素戔嗚本体に聞こえて人事屋が出向してきた。もちろんすぐに労働争議という話は嘘だってばれちゃったんだけどね、その話はあちこちに広まって、この会社は労働争議が多くて注文を出せないってことだけはしっかり定着しちゃったんだよなあ」
伊東
「その社長はクビになったけど、負の遺産はいまだ消えずだよ」
佐田
「なるほど、そういうことだったのですか。私は大蛇機工という名前を川田さんが出向するとき初めて聞いたのですが、そのとき労働争議が多い会社と聞いたものですから、今までそう思っていました。私も刷り込まれましたね」
星山専務
「そういう噂話は消しようがないんだよねえ」
佐田
「でもそういう根も葉もないうわさを、今まで消そうとしなかった皆さんにも責任はあるのではないですか。10年前とおっしゃいましたが、10年もあればこの会社は素晴らしい会社だというメッセージをいくらでも発信できたはずです」
伊東
「そう簡単に言わないでくれよ。どんな方法があるのだ?」
佐田
「先ほどのペンキ塗りで思いついたのですが、例えばこれを組合と会社の共同のキャンペーンとかにしてしまうことはできないでしょうか。うまくすれば時間外手当も出さなくて済むかもしれません」
星山専務
「ちょっと待ってくれ、それ以上言わないで・・・考えてみるから」
星山はしばらく黙っていたが・・
星山専務
「組合は5つのブロックに分かれているんだよな?」
伊東
「そう、事務所、第一工場、第二工場、第三工場、品管と倉庫だ。おっと会社の敷地を5つに分けて競争させるのか?」
星山専務
「そう思った。だけど、やったことを宣伝しなければならない。素戔嗚グループの全企業の従業員に配布している社内報じゃなくてグループ広報誌があったな?」
伊東
「そうそう、『いずも』っていう広報誌だ。二月に一回出ていたはずだ。俺はあんまし興味がないけど」
星山専務
「あれに載せてもらうんだ。ここは社長に動いてもらおう。社長は広報部の偉い人と同期だって言っていたから」


工場の屋根を塗ることから始まった話は、その後ドンドン変化して、最終的には工場の区域ごとの美化運動ということになり、組合と会社双方が協力したイベントとなり5つのグループに分かれて競争することになった。それも床塗りだけでなく、屋外の植栽なども含めひと月間の期間で進められた。
はじめは各部門とも屋内の床塗り、通路の白線の補修などから始まったが、時間と共にどんどんとエスカレートしてしまい、当初の予算を越えても各グループのメンバーが負担して推進した。
製造係長は自分の家が植木栽培しているものだから、以前騒音で苦情がきたお宅に伺って希望の樹種を聞いてくると、あっというまに20mばかりヒメカンバの生垣を作ってしまった。本人はこれで防音にもなると得意げである。本当を言えばその程度の生垣に防音効果はまずないが、そのお宅でも良くなったようだと言っている。なにごとも気は心である。
倉庫グループは道路際に大きな立て看板を立てて、八岐大蛇やまたのおろちの絵を描いた。
星山専務はその絵を見て、苦虫をかみつぶしたような顔で文句を言っている。
星山専務
「だいたい八岐大蛇って若い娘を食べる悪いやつでさ、スサノオノミコトに退治されちゃったんだろう。ヒーローじゃなくて悪役なんだよな」
伊東
「いやウルトラマンで、バルタン星人は人気者だよ」
社長はキャンペーン前と実施後の写真をいくつか同期の素戔嗚電子の広報部長に送り、広報誌に掲載してくれと頼んだ。
するとすぐに広報部から担当者がきて、写真を撮り従業員にいろいろとインタビューしていった。半月後に発行された『いずも』には2ページにわたって「大蛇機工の美化運動」というのが掲載された。池村社長と伊東委員長が八岐大蛇の看板の下でにこやかに握手している写真が載っていた。

しばらくして、近くの小学校から工場見学の依頼があった。なんでも道路沿いの看板に描かれた八つの頭のある蛇の絵に子供たちが興味を持ったという。
社長は、それを聞いて地域の話題になったと大喜びである。


川田は検査の結果、肝臓のなんとかいう数値が悪く療養が必要とのことで、一旦自宅に帰り自宅近くの病院に入院することになった。職場復帰までには1か月はかかるだろうという。
こちらに入院していたときには毎週のように安斉と鈴田から川田にご注進があったから、会社の動きは良く知っていた。川田は自分が抜けてから、社内の改善活動がどんどんと進んでいくのを聞いて、いささか複雑な思いである。
星山専務、伊東委員長そして佐田の打ち合わせはずっと継続している。だがいつまでもこの形がいいとも思えない。いつかは正式な組織にすべきだろうと誰もが思っている。

定例の会合である。3人はコーヒーを飲みながら話をしている。
星山専務
「いやあ、美化運動は大成功だったねえ〜」
佐田
「従業員のみなさんの行動力はすばらしいですね」
伊東
「とはいえ、あれがなにか具体的成果につながればいいのだが、単なるお祭りで終わってしまったら意味がない」
星山専務
「伊東よ、ひとつ変わったことがある。あれから出勤率が数パーセント上がった。もちろん休暇を取るのは当然だから100%ということはありえないが、欠勤や当日休暇はものすごく減った」
伊東
「へえ〜、そうなんですか。じゃあ生産性も変わったかどうか見ておいてください」
星山専務
「そういった効果があったらいいと願っているよ」
佐田
「水を差すようで恐縮ですが・・・そもそもこのプランの初めに言いましたけど、こういうことでみなさんの意識が変われば目的は果たしたと言えると思います。皆さんが前向きになれば、新しい方法を取り入れるとか、いろいろな活動を推進するときに積極的に協力してくれると思います。
しかし、みんなの気持ちが変わっても、機械も方法も変わらなければ生産性が変わるはずがありません。品質や生産性を上げるのは固有技術がなければどうしようもないのです。精神論ではできないのです。とうに退職した先輩がいつも言ってました。『竹やりでB29は墜せない』って」
星山はちょっと口ごもってから話を切り出した。
星山専務
「佐田さん、佐田さんが毎週来てくれて、いろいろと指導してもらい改善が進んでいることに大いに感謝している。そこでお願いだがこの会社に出向してもらえないだろうか」
佐田
「話の筋として私が出向したいか否かなんて議論になりません。単に御社が出向を福島工場に要請し、工場がその要請を受けるかどうかだけです」
星山専務
「ということは我々が素戔嗚の福島工場に依頼すればよいということなのかな?」
佐田
「ウチからは川田さんが御社に出向しているわけです。ですから川田さんを窓口として出向要請をしてもらわないと困ります」
星山専務
「とすると、川田取締役が佐田さんの出向に同意する必要があるということだな」
佐田
「当然です。同じ会社から出向してくるのに川田さんが私を必要と考えていなければ、ウチが出向要請を受けるわけがありません。というか川田さんと調整をされているのでしょうか?」
星山専務
「ううん、実を言って彼がずっと入院していたものだから・・モゴモゴ」
伊東
「それはともかくさ、佐田君はこの会社に来て改善しようという気があるかい?」
佐田
「私個人の気持ちを答える前に、みなさんが私に何を期待するのかということを知りたいですね。何度も言っていますが、会社を良くするには固有技術、管理技術、士気を向上させなければなりません。そして品質を上げるには固有技術が絶対です。士気が高くても、管理が良くても、技術がなければ物はできないのです。
そして固有技術をあげるには私は適任じゃありません」
星山専務
「私たちは固有技術だけでなく、会社規則の整備とか、今回のようないろいろなプロジェクトを進めたいと思っている。そういうことについて佐田さんは専門家だしアイデアマンだ。ぜひともこちらに来てその力を発揮してほしい」
佐田
「固有技術はどうするのでしょうか?」
星山専務
「おい、伊東よ、以前佐田さんから言われたという模造紙の手順書は役に立っていると聞いたが」
伊東
「ウチで生産している部品は上位50種類で生産数量の95%を占めている。今までそのうち約40種類について段取りの手順を書き留めた。今では駆け出しだけでなくベテランもあれを見て仕事している。そして作成されたものをカイゼンなどで何度も修正している」
星山専務
「ということだ。だから固有技術だって伸びていると思う」
佐田
「あれは固有技術ではありませんよ。管理技術です。そして目的は模造紙に書き示すことでなく、段取り手順を標準化して段取り時間の短縮、そして生産ロットを小さくして棚残の回転数を上げ、最終的には損益を改善することです。それはどうなりましたか?」
伊東
「今月から日程計画を大幅見直しして、ワンロットを受注数にする。まだこれからだが、そういう方向で進めている」
佐田
「新しい部品の製造前に工程設計をすると思いますが、その改善は進んでいるのでしょうか?
以前、部品を測るノギスがなかったり、チェック方法を決めていなかったりとかいろいろありましたね」
星山専務
「それはまだ未定なんだ。安斉課長が考えることになっているのだが。
そういえば大国主から監査結果の是正報告のフォローが来ていたな」
佐田
「出向したくない理由をあげているわけではないですが・・・、もし今のような方法で御社の改善が進んでいけば、費用をかけて余分な人に来てもらうことはないわけです。反対に今までに効果がなければ私は能がないというわけで来るまでもないわけですよ。
いずれにしても、御社としては私を受け入れた場合の費用と効果を考えなければなりません。それは同時に私に対する要求事項ということで、私はそれを見て自分ができると考えれば来る決断をするでしょうし、できないと思えばお断りすることが御社にとってためになることでしょう」
星山専務
「いやあ、ますます佐田さんに来てもらわないとならないなあ〜」
佐田
「犬や猫の仔をもらうのとはわけが違います。御社が私の出向を希望したとすると、親会社からお宅に人を押しつけるわけじゃないですから、私の人件費負担は70%とか80%持たないとならないでしょう。それだけの成果を出せるかどうか私は自信がありません。現状のような状態で進めていった方が良いのではないでしょうか?」
伊東
「星山と心配しているのだが、佐田君がここに来るにも電車賃は鈍行でも片道2000円以上かかっている。往復4000円として月1万6千円だ。それとせっかくの休日をつぶしてこちらに来てもらっている。そんな負担を佐田君におんぶしていては筋が通らない」
佐田
「私が御社に来ているのは、自分の勉強のためですよ」

うそ800 本日の真実
私は30年前から20年くらい前まで、下請とかに作業指導に行くことが仕事だった。そんなときもっと早く作りましょうなんて言ったことは一度もない。いつも「もっと楽に作れるようにしましょう」と言っていた。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/11/21)
茶々ではありませんが。
これを読んで「よし、当社もペンキ塗りをしたら品質がよくなって生産性も上がるのだな」と思うひとがいたら、それはあまりに短絡的と言えましょう。根本的に経営者・管理者側と使用者側の間にそれなりの信頼がなければ、このように上手くは行かないと思います。そしてそれは意外と難しいことです。大抵は経営側の「如何に安く労働者を使うか」という根性が透けてしまうがために労働者が「あーあ、また何か始めたよ。馬鹿馬鹿しい」としらけてしまう方が・・・多いと言っても過言ではありますまい。
まずは、「払うものは払う」などのキホンから守らないと誰もついてこないという事を認識することから始める必要があると思います。

鶏様
文中、佐田氏は「みんなの気持ちが変わっても、機械も方法も変わらなければ生産性が変わるはずがありません」と申しております。
竹やりでB29は墜せないのです。
しかし、士気の低いことは問題であり、上げなくてはならないということです。



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