マネジメントシステム物語13 文書化を考える

13.11.25
マネジメントシステム物語とは
佐田は毎週土曜日には大蛇おろち機工に出かけている。川田が入院してからは、佐田のお相手は星山専務と組合の伊東委員長である。
今三人は会社を良くするために、三つの切口で考えている。一つは固有技術と現場の技能向上、一つは管理の向上、そしてもうひとつは士気向上である。そしてそれぞれの活動において、それなりの効果を出してきたと実感している。同時にいずれのアプローチでも、なにごとかを定着させるためには、そのルール化、そのための文書化が必要ということが認識されてくる。
佐田は二人がそういう認識を持ったことを感じて、標準化の推進と文書化にとりかかる時期になったと考えた。それで今回は文書化について議論する予定だ。

土曜日の朝、いつものように星山と伊東そして佐田の三人が集まった。
伊東
「今日は文書化の話だったね。俺はそんなことはまったくのしろうとだから、文書というのはいったいなにかというところから教えてもらいたい」
星山専務
「話が始まる前からで恐縮だが、あまりがんじがらめになったり、大量の文書の海に溺れるような目にはあいたくない。伊東と俺はこの会社の創立からいる一期生なのだが、あのころは社内文書がそれこそ山のようにあって、それらがまったく使われないというか、役に立たなかったからなあ」
佐田
「お二人がおっしゃることは良く分ります。なにごとでも、状況にあったものでなければ役に立ちません。例えば、名刺の大きさを知りたいとき、三次元測定機では大げさですし、ノギスでさえ高精度すぎます。そういうときはものさしが適切です。同じように文書のありかたも、会社の規模にもよるでしょうし、仕事の内容によっても違います。私たちはこの会社の仕事と規模とそこで働く人にあった文書にしなければなりません。
まずはじめに、文書というものに対する私たちそれぞれのイメージが違うと思いますので、基本的なことからいきましょう。会社ではいろいろな仕事をしています。それらの仕事をどう処理するかを決めて、この通りしなさいと示したものが会社のルールです。そういうルールを定めた文書を一般に『手順書』と言います。いろいろな法律で『手順を決めろ』と書いてあります。法律でそう書いてあるものについては、社内文書で手順を決めなくてはなりません」
星山専務
「質問、今佐田さんが手順と言ったけれど、普通言われる規定とか会社規則とかいうのとはどういう関係になるのだい?」
佐田
「会社の中の仕事を決めた文書の一般語は、『手順書』となります。しかし普通の会社で会社の仕事を決めた文書を『手順書』という名称にしている会社は少ないようです。どの会社でもそれぞれ独自の固有名詞をつけています。『規定』と呼ぶところが多いですね。なお読み方は同じ『きてい』でも『規定』という漢字を使う会社と、『規程』という漢字を使う会社があります。会社によっては上位の規則を『規程』として、下位の規則を『規定』として、それぞれ『きほど』、『きさだ』と読み分けている会社もあります。なお『規定』は動詞で『規程』は名詞なので、『規程』とするが正しいという人もいます。
省エネや消防法で手順を決めろとあるからと、それ以前から会社の文書体系があったのに、新たに一生懸命に『手順書』という名称の文書を作っていた人を見たことがあります。それは勘違いです。
また社内文書に階層を設けることもあります。例えば弊社では社内の手順書全体を『会社規則』と呼んでいますが、それに階層を設けて上位から『規則』、『規定』、『細則』としています。
まあそんな細かいことはどうでもいいのです。まず『文書』には仕事の手順を定めたものがあるとご理解していただければ良いでしょう」
星山も伊東もあっけにとられたように、佐田をながめている。全然訳が分からない様子だ。佐田はそれに気が付いて、しばし斜め上を見て考えていた。
伊東も星山も黙って佐田が話すのを待っている。
佐田
「私の話の進め方が悪かったようです。もっと一般的なことから話した方が良いと気がつきました。
ではリセットをかけて、初めからいきましょう。
会社には紙に書いたものがたくさんあります。みなさんも会社の活動や組合活動を進めていくために、日々たくさんの書類を読んだり書いたりしていると思います。そういった紙の書類と文書の関係から話しましょう。
文書とは書いたものという意味でしょうけど、企業などで使う場合はちょっと違います。
まず文書は広い意味の文書と狭い意味の文書に分かれます。これからお話することは狭い意味の文書の話です」
広い意味の文書狭い意味の文書手順書、図面
記録検査記録、報告書、帳票類

佐田
これ以降は、わざわざ『狭い意味の文書』とは言いません。『文書』と言ったら『狭い意味の文書』と理解してください。
さて日本語で『文書』と言いますが、紙に書かれたものに限定されません。金属で作られた見本とか写真とかビデオテープなども『文書』のことがあります」
星山専務
「はて、ビデオテープが『文書』とは?」
伊東
「星山よ、俺は聞いたことがあるぞ。どこかのファミレスでは、新人教育にビデオを見せるんだそうだ。テレビとビデオデッキがあれば教師もいらないってわけだ。それに今どきだから、文字を読むよりも、テレビを見た方が手っ取り早いんじゃないか。
座学で使う教科書が『文書』なら、ビデオで教えるときのビデオテープが『文書』なんだろう」
佐田
「その通りです。その他、塗装の色見本とか仕上げ見本、あるいはキズ見本というものもありますが、それらは『文書』です。以前、川田取締役にお願いして工場の入り口に看板をあげてもらいましたが、あれも『文書』といえます」
星山専務
「なるほど、なるほど、そう言われるとわかる」
佐田
「文書の定義はいろいろあるでしょうけど、私は文書の要件とは次のように考えています。
  • 権限を持つ人によって決裁される。
  • 発行管理される。
  • 版管理される。
  • 強制力を持つ。
そんなところかなあ」
注:このお話はISO9001が日本で広まる前、1991年頃のことだと思いだしてください。
伊東
「すまん、それらをもっとやさしく説明してくれ」
佐田
「権限を持つ人によって決裁されるということは、私が書いただけでは、私の勤め先でもこの会社でも文書ではないということです。しかし私のように外部の人でもパートの人が書いたものでも、専務がハンコを押せば文書になるということです。
組合においては誰が書いたものであっても、伊東委員長がハンコを押せばこの組合が認めた正式な文書だということです」
伊東
「なるほど、そう言われればそうだ。作成者と文書を承認する人は違うということだな」
星山専務
「いや、違うこともあるということだろう」
佐田
「そうですね。そして現実問題として、文書は決裁されたときに有効になりますから、文書を誰が書いたかということには意味がなく、権限を持つ人が決裁したかどうかが重要です。そして普通、文書は決裁者が作成したとみなされます。」
伊東
「なるほど現実もそうだね。すばらしい原稿を書いた人よりも、それを演説した人の名が残る」
佐田
「次は発行管理です。ここでいう文書は大売出しのチラシとか、社長の新年度の挨拶のように、たくさんコピーして無制限に配るもののことではありません。図面を思い出してほしいのですが、どこに配布しているかということを把握しています。そして改定されたら改定後の図面を配り、古いものを使わないようにします。これが発行管理です」
伊東
「ちょっと待てよ、そうするとさっき俺は演説と言ったけど、演説の原稿は文書ではないのだな?」
佐田
「おっしゃる通りです。文書には紙に書いたものばかりではないと申しましたが、紙に書いたものすべてが文書ではありません」
伊東
「そうすると演説の原稿はなんというのだ?」
佐田
「後で話そうと思っていましたが、それは『記録』と言います」
伊東
「なるほど、原稿は読まれる前は予稿で、読まれてしまえば過去の記録か・・・」
星山専務
「紙に書かれていない文書として色見本とか看板を例に挙げたが、ああいったものは発行管理しているのか?」
佐田
「発行管理といっても、文書管理部門がコピーして配るということばかりではありません。
色見本であれば、お宅が見本を作って客先に提出し、向こうがOKすればそれにハンコを押して返してくると思います。そのとき技術課なり営業課なりが受け取ったその見本を、製造現場とか検査に配ると思いますが、そのときどこに渡したかを記録していないと、あとで変更があったとき対応できません。配布したところをメモしておくはずです。それが発行管理です。
看板でしたら、そうですねえ〜、川田取締役が作った看板には禁止事項が3つ書いてありました。それで星山専務が『上着を着ていないネクタイ着用の者の入場を禁止する』と追加するとしましょう。そのとき看板屋を呼んで追加してもらうためには、看板をどこに設置しておいたかを記録しておかないと困るでしょう」
星山専務
「よくわかる。すばらしい説明だ! 佐田君、あんたはプロだね」
佐田
「いや、駆け出しですよ」
伊東
「図面は文書といったが、検討用とか見積もりなどにたくさんコピーしているが、あれはどうなんだろう?」
佐田
「文書というのは正式発行されるほかに、正式でない配布もあります。そういうときは『写』あるいは参考用である旨を表示します」
星山専務
「なるほど、そう言われると確かに、見積もり用にお客様からもらう図面には『検討用』というハンコが押してあるなあ」
伊東
「佐田先生、コーヒーをどうぞ、
実はね、コーヒーメーカーを買ってきたんですよ。給茶機のコーヒーは不味くて飲めないよ」
伊東
コーヒーコーヒーコーヒー
星山専務
「ほう、たしかにこれはうまい。伊東が買ってきたコーヒーメーカーはここに置いておくのか?」
伊東
「冗談じゃねえ、組合事務所に持っていくよ。今日は佐田君が来るんで、こっちに持ってきたんだ。こんなお話がただで聞けるなんてありがたいことだ」
佐田
「では次の版管理されることということですが、文書は次の条件にあるように強制力を持ちます。強制力とは言い方が変かもしれませんが、規則なり図面なり文書に書かれたことをしないとならないということです。ですから図面が変更されたら、新旧版を管理しなければなりません」
星山専務
「言うことはわかる。とすると現在、我々が取り扱っているものは、そういう意味では狭い意味の文書といえるものはほとんどないな」
伊東
「伝票はどういう位置づけなのだろう?」
佐田
「伝票、帳票類は広い意味では文書ですが、狭い意味では記録になるでしょう。あるいは間違いを防ぐための一過性のものなら記録にもならない一時的なメモかもしれません。
今までの話は狭い意味の文書が備える条件のことでしたが、ご理解いただけたと思います。
では次に進みます。狭い意味の文書を更にその性質というから分けると、いくつかの種類になります。
普通の会社では、次のようになると思います」

狭い意味の文書を性格から分類した例
一般名性質、用途呼び名の具体例
手順書会社の仕事の手順を決める会社規則、規定
製作図設計が作成する図面図面、設計図
基準設計するときの基準技術基準、技術標準
仕様書要求仕様を示すもの工作仕様書、購入仕様書
作業標準現場作業の手順を書いたもの校正要領書、作業指示書、設備点検要領書
指針設計や工作の指針や解説など
通常狭い意味の文書に入れるが、強制力を持たない
ガイドライン、要覧
注:あまり真剣に考えていないので、上記分類と名称に茶々を入れないでください。この回は手順書を作る前の前振り、準備運動みたいなものです。
まさかあなた、この雑文を読んで会社規則を作ろうとする人はいないでしょう。もしそういった方がいらっしゃるなら、私にご一報を。お手伝いしましょう。

佐田
「手順書とは、会社の仕事の仕方を決めたもので、会社によっては規則とか規定と呼んでいます。
製作図というのは、いわゆる設計図面です。社内で作成したものもありますし、お客様から来るものもあります。
基準とは、例えば設計するときは、こういう手順で設計するとか、こういう検証をしなければならないとか、この標準数を使えと言ったふうに、設計するとき基準となるものです。これは強制力があります。もし単に参考するものならそれは指針というものになります。こちらは強制力がありません。こうする方法もあると示すだけで、そうしないとだめだというものではありません。
先日、伊東さんが作成したプレスの段取りを模造紙に書いたものは、私は基準ではなく指針だろうと思います。腕のいい人がもっといい方法を考えたとき、それをしてはいけないというものではありません。
それに対して、作業をするとき安全装置を使う、ヘルメットと安全靴着用といったことはガイドラインではなく、強制力がなければなりません。ですからそういうものは手順書に盛り込むでしょう。
仕様書というのは実現する方法を示さず、製品が満たすべき要求事項を記したものです。通常はお客様からしかきません。営業が受け取り、設計が仕様書を満たすためにどうするかを考えることになります。
作業標準とは物を作るときの手順や方法を書いたもので、製造部門が使います。以前、計測器の校正要領とかコンプレッサーの保守要領があると伺いましたが、そういうものも入りますね」
伊東
「質問、プレスの話が出たけどさ、俺はあれに絶対従ってほしいという気持ちがあるんだけどな」
佐田
「もちろんあの位置づけをどうするかというのは、みなさんの決めようです。もしあれ以外の方法はダメというなら、その位置づけは作業標準になります。そのときは狭い意味の文書ですから、前に言いました文書の要件、
  • 会社の権限のある人によって決裁される。
  • 発行管理される。
  • 版管理される。
  • 強制力を持つ。
を備えなければなりません。
そうでなくてベテランが後輩に示すお手本であって、それを参考にもっと高みを目指せよという指針なら強制力はありません。
どっちなんでしょうかねえ?」
伊東
「なるほど、そういう風に考えると、作業標準にしてしまったら、改定するときにはまた決裁を受けなければならず取り扱いが大変になるのだな・・」
佐田
「おっしゃる通りなんですが・・・・決裁が大変だとか版管理が大変だから『指針』にするという発想は、不純というか正しくはないでしょうね。その方法を取らないと問題が起きる、怪我とか品質とか経済的損失などいろいろありますが、そういう場合は書かれたこと以外を禁止するという意味で強制力がなければなりません。
そういう性質ではなく、方法としてはいくつもあるが一番これがよさそうだというのは、強制力を持たなくても良いように思います」
伊東
「なるほど、なるほど。しかし佐田君はなにごとについても自信を持って語るねえ」
佐田
「私は頭の中で考えたことを話しているわけではありません。私が10年以上現場の指導とか管理をしてきて、そこで失敗したり成功したりしたことを基に、今お話をしています。そういうことです。
今になって思うのですが、私は品質保証を担当する前に現場の管理者をしていましたが、その経験がいま生きているととても思っています。現場の経験がない人は品質保証を担当してはいけないのかもしれません」
星山専務
「話が飛ぶけど、この会社で必要とする文書というのは、佐田さんが書いた表のどの範囲なのだ?」
佐田
「それは専務が決めることです。専務は経営者なのですから。
たぶんその範囲はここにあげた全体ではなく、その一部になると思います。しかしこれから御社の文書を作成するときには、そのとき必要とされることだけを配慮するのではなく、常に全体をイメージして、あるべき姿に近づけるように、あるいはあるべき姿から外れていないかを考えてほしいのです。
なんと言ったらよいのかなあ〜、手順書の一本一本はジグソーパズルのひとつひとつのピースなのですが、将来すべてが完成したときは、それぞれのピースがしっかりと組み合わさって会社のシステム全体を構成するようになることを目指すのです」

ジグソーパズル

星山は何度もうなずいた。
星山専務
「なるほど、必要なものしか作らなくても、将来あるいはあるべき姿をイメージして、全体に矛盾がないようなものにしなければならないということか。当たり前といえば当たり前だが、そういう発想は規則とはどうあるべきかを知らないと理解できないのだな」
佐田
「話はあちこち飛びますが、まあこういう席ですから半分雑談もいいでしょう・・・
これから会社の手順というか規則を作ろうとします。そのとき経理とか購買あるいは総務という部門は、元から手順があるか、あるいは暗黙知といいますか担当している人のレベルが高くて明文化されていなくても共通認識があって誰もが同じ仕事をしているかもしれません。
そういったとき製造とか技術とか生産管理と、総務、経理の部門の手順書の構成を、変えてしまうことがありがちです。例えば技術と生産管理には規則を作るが、総務や経理は規則を作らなくて良いとかすることがあるのです。しかしあるべき姿を考えると、そうじゃなくて、文書は全部門、全業務で同じ体系の中で作ることが前提で、現時点は必要でないなら作らなくても良いという方法が良いでしょう。
今、思いついたのですが、就業規則そのものを会社の規則の中に盛り込んでしまうというのもありですね」
星山専務
「実を言って総務とか人事では歴代の総務部長が書いた仕事の手順などがあって、そういうもので仕事をしているのだ。体系的ではないがありがちな状況についての対応はほとんど網羅してある。いや過去の事例を基に対処せよという意味合いのものもあるね。地元住民とのもめごとが起きたとき、従業員が警察沙汰になったときの対処法、いろいろだよ」
佐田
「総務、人事の手順を全部、会社規則に載せることもないと思いますし、あるいはその部分は公開しないという方法もあるでしょう。会社の規則というのは誰がやっても同じ判断基準で同じ行動をするという意味で必要と思いますが、必要以外の人にまで公開することはありません」
伊東
「次に進むけど、製作図と基準については現状で良いのではないだろうか。この会社が設立されたとき、素戔嗚すさのお電子の文書体系をそのまま移管して、今でも設計関係はそれを使っているから・・」
佐田
「そうですね。とにかく現状で問題がなければそれを優先して、余計な混乱を招かないことが良いでしょう」
伊東
「仕様書は製作図と同じで、わざわざ取り上げることはないよね?」
佐田
「そうですね、ここでは一応カテゴリーとしてあげました」
伊東
「じゃ、いよいよ俺に関係する作業標準のわけだ。このカテゴリーの文書はウチにはない」
星山専務
「いや、そんなことないだろう。校正基準とかコンプレッサーの点検要領なんては、ここにはいるのではないか?」
伊東
「これはしたり、その通りだ」
星山専務
「そういうものを拾い上げると、けっこうあるのではないか?」
伊東
「いや、現場作業についてはほとんどない。プレス作業についていえば、製造係長が部品ごとに加工工程を書いて現場に示しているが、非常にプアなもので、先日の大国主の監査でも問題にされていた」
星山専務
「なるほど、ところで先ほども話に出たが、伊東がプレスの段取りを書いたものは、そのまま作業標準にならないのか?」
佐田
「確かに、それもありでしょう。そのときは段取りだけでなく、個々の部品についてもどのように作業するのか、寸法チェックなどをどうするのかまでを盛り込んでしまう必要があります」
伊東
「うーん、そういうふうに考えてくると、指針と作業標準の役割の違い、段取りと作業をまとめてしまうか別にするべきか、いろいろ考えることが必要だ。すぐには結論が出せないな」
佐田
「今から迷うことはありませんよ。会社規則や作業標準を作るというのは、現状調査と関係者のご意見を聞くのに時間かかります。単に紙に書くだけではなく、会社の文化、現場の慣習を調べて、それを基にみんなが納得してもらえるものを作り出すという企業文化の再構築ですからね。簡単じゃありません」
星山専務
「佐田さんは、以前ウチに来たとき二月あればできると言ったじゃないか」
佐田
「それは会社規則の骨組みだけのことです。作業標準になりますと部品数だけ作ることになりますよ」
星山専務
「思い出した。そうだった。
ええと、わしなりに理解すると、文書体系を考えると全部門を包括するべきであるが、ウチでその体系を全部満たすように作らなくてはならないというものではない。必要な部分だけ作ればいい。
しかし全体の概念を理解して、将来あるいはあるべき姿と矛盾しないように、必要なところから手を付けていくということで良いのかな?」
佐田
「そのとおりです。その際、必要なものと言いましても、文書の体系を定めたものとか文書の作り方、管理方法を決めた手順はいっとう最初に作らなければなりません」
星山専務
「なるほど、なるほど」
佐田
「それから私たちが全部を作ろうなんて考えることもないのです。従業員はパートの人も含めて、みな仕事をしたいわけです。会社の規則を作りたいと思っている人もいるでしょう。私たちが文書を作るルールを作り、いくつかを作成して見本を示せば、俺も作りたいと言い出す人は多いと思います。
以前、伊東さんがプレスの段取りをまとめていたら、組み立てのリーダーがドライバの段取りを作った話をしていましたね。そういう人は多いと思いますよ」
伊東
「そうだ、ドライバの話だが、あれは作業標準と言っても良いのだね?」
佐田
「そうですね。ところで先日、伊東さんはあのまとめ方が機種対応でないということをおっしゃっていましたね。その件についてですが、仕事の全体を縦割りでも横切りでもいいのですが、漏れのないようにしなければなりません」
佐田は絵を描いた。

作業基準書

佐田
「先日拝見したものは、横切りしていますから、この図で言えば組み立て作業基準書という部分に当たるように思います。このときはほかの工程の部分も作らないと全部品、全工程を網羅しません」
伊東
「俺はさ、部品ごとに縦割りで作ったほうが良いかなあという気がするのだが。例えばこのように」
伊東は赤線で自分のイメージする範囲を描きこんだ。
佐田
「それは仕事の割り振りが、どうなっているかということによるでしょう。横切りはその工程をひとりの担当者あるいはグループが担当するときに適切でしょう。いろいろな部品があっても、その工程を担当する人が決まっていれば、横切りの作業基準書を作れば、それ一枚を見て仕事をすることができます。
他方、一人の人がひとつの部品の全行程を担当して完成まで加工するなら、縦割りの作業基準書を作るべきです。その場合、縦割りの作業基準書が一枚だけで完成まで作業をすることができます」
伊東
「なるほど、単に好みとか気分で縦横を決めるわけではないのだな、なるほどなるほど
そうすると一つの部品を大勢で作業するときは、このように一つの部品の加工工程ごとに作業基準書を作成することになる」
作業基準書
佐田
「そういうアイデアもあります。しかし複数の人がいてもリーダーが指示して物を作るなら、部品の基準書は一枚で済みます。伊藤さんが示すように細分化するには、一人一人の作業者がそれぞれの作業基準書を見て仕事をする場合でなければ必要ないということになります」
伊東
「なるほど、そういうことか・・・・だがひとつの仕事が常に同じ編成で作るとは限らない。あるときはベテランがしたりあるときは入ったばかりのパートの人がすることもあり、流れ作業ですることもあり、一人で全行程することもあり・・」
佐田
「作業基準書の切り分けは状況によって変わります。ですから条件が変われば、それに合わせて作成することは必然です」
伊東
「ええ、佐田君よ、生産分担を変えると書き直すのかよ?」
佐田
「作業基準は誰のためか、ということを考えれば当然です。すべての仕事はお客様、つまりそれを使う人のためにしているわけですから、お客様が変われば作るものが変わるのは当たり前なのです」
伊東
「そこまでする必要があるのか・・・・」
佐田
「自分が作業者を何十人か与えられたとしましょう。そのとき間違いを起こさないように、いや、間違いを起こされないように、正しい作業を速くしてもらうことを考えると、どうすべきかということは決まってしまいます。
私は現場の係長として何年もそんなことをしていました。部下が間違えて自分が泣くことがないように、あらかじめ間違いが起きないように手を打つのは当然です」
星山専務
「佐田さんはブレない人だね。確固たる考えがあって、常にそれに基づいて判断する、だから表面上は変わることがあっても、中は一本筋が通っているんだ」
佐田
「頑固だと言われたような気もしますが、褒め言葉として受け取っておきます」


佐田がひとつ説明すると、伊東と星山が質問するという掛け合いが一日続いた。
夕方になるとさすがに疲れる。
佐田
「文書の話はだいたい終えたつもりです。それじゃ息抜きに『記録』の話をしましょう。
記録というのは文字通り記録ですが、私たちが記録と思っているもの全部が全部記録ではありません。
まあすぐに思いつくものとすると、受入検査記録、出荷検査記録でしょうか。そのほか常識からいえば、温湿度記録とか計測器校正の記録とか機械やフォークリフトの日常点検とかがありますかね」
伊東
「俺が思いつくものと言えば、調査報告書、出張報告書、会議の議事録なんかだなあ〜」
星山専務
「決算とか従業員の査定の記録なんてのが俺にとっては重要だな」
伊東
「佐田君の話の続きは、そういった我々が考えている記録がそうではないと続くのだろうね?」
佐田
「どんな記録も、もちろん記録です。それが労務管理上の記録であったり、安全衛生の記録であったり、品質管理の記録であったりするということです。
ただ後々まで取っておかなくても良い一過性のものは記録ではありません。また検査を考えたとき、最終的にまとめたものを記録として、現場で使っているチェックシートは残さないで捨ててしまうこともありますし、温湿度記録は月ごとにまとめたものを記録にするということもあります。内部監査でも個々の部門の報告ではなく、全体をまとめたものを監査の記録としてもおかしくありません」
星山専務
「なるほど」
伊東
「記録になるものには、最初は記入する様式があるわけだが、あれは記録か文書なのか?」
佐田
「様式は文書で定義されます。ですから記入する前のものは文書の一部というのでしょうかねえ」
注:1994年版のとき、そういうものをデータというと語った人もいた。
星山専務
「広い意味の文書には『狭い意味の文書』と『記録』があるとのことだが、『計画書』とか『企画書』といったものはどうなるのだろうか? ああいったものは強制力がある文書ではないし、結果を書いたものでもない。計画だからね」
佐田
「文書と記録に二分すれば、記録になるのでしょうね。最大の理由は、『記録』には過去もあるし、未来もあるということでしょう」
星山専務
「なるほど、発想が面白い」
佐田
「でも私にとっては『記録』か『文書』なのか、『広義の文書』とか『狭義の文書』とかも、気にすることもなく、それらを分けることもしなくてよいと思います。
但し・・」
伊東
「ただし?」
佐田
「当り前のことですが、管理しなければならないことは、管理しなければならないということです。
『狭義の文書』は承認、発行管理、版管理をしなければならないと考えるのではなく、この『文書』は承認しないと社内に対して命令権がないとか、版を管理しなければ問題が起きるだろうと思えば、そうしなければならないということに過ぎません」



ある朝、久しぶりに上野部長を川田取締役が訪ねてきた。上野も佐田から、川田が入院したことは聞いていた。

上野部長 川田取締役
上野部長 川田取締役
上野部長
「おお、川田さん、ご病気と伺っておりましたが、退院されたのですか?」
川田取締役
「ひと月ほど入院しておりましたが、おかげさまで10日ほど前に退院しました。明日から大蛇おろち機工の方に出社します。本日は上野部長に退院のご挨拶と、いつものご支援のお礼に上がりました」
上野部長
「まあ、お座りください。佐田も呼びましょう」
川田取締役
「いや、上野部長とお話したいので・・・」
上野部長
「わかりました。ここでは何でしょうから」
上野部長は会議室に案内した。
座るとすぐに川田は話を始めた。
川田取締役
「昨日、大蛇に挨拶に行ってきましてね、社長と私たちが出向してから今までのこととこれからについて、いろいろと突っ込んだ話をしました」
上野部長
「川田部長が出向されてから一年くらいになりますか?」
川田取締役
「今月末でちょうど一年になります」
上野部長
「いろいろ御苦労されたでしょうなあ」
川田取締役
「いや、苦労したなどといえる立場ではありません。私が世間知らずな上に能力不足で、先方にもこちらにも多々ご迷惑をかけたことを反省しております。昨日は社長から、出向してからいまだ成果がないと言われました。実際にそのとおりですので甘んじて受けるしかありません」
上野部長
「それで私の方になにか、ご依頼することがおありなのでしょうか?」
川田取締役
「端的に言えばそうです。我々も、このまま尻尾を巻いて帰るわけにもいきません。乾坤一擲というか背水の陣というか、我々の出来る限りのことをしたいと思います。それで新たな出向者を投入したいと考えました」
上野部長
「なるほど、それで私に該当者を派遣してほしいということですか?」
川田取締役
「そうです。指名させていただきたいのですが、一人は佐田で、もう一人は元プレス職場の職長だった武田 武田という男が、今お宅の設備課で設備管理をしているはずです。この二人を出向させていただきたい」
上野部長
「佐田には会社のシステムと管理の改善を、武田には現場の改善ということですか・・」
川田取締役
「二人とも大蛇の改善のために適任と考えております」
上野部長
「実を言いまして、宍戸専務からも私の方に大蛇の状況をよく把握して、必要な支援をしろというご指示をいただいております」
川田取締役
「おお、そうでしたか。上野部長も宍戸専務と何かご縁がおありですか?」
上野部長
「いや、全然ありません。宍戸専務も川田部長を投入したので、失敗してほしくないとお考えだったのでしょう。それで当社で一番大蛇に近い工場の生産管理部門の部長である私に指示されたのでしょう。そんなわけで私も佐田に大蛇の状況をウオッチさせていました」
川田取締役
「そうでしたか・・・それで彼が来ていたのか」
上野部長
「佐田から定期的な報告を受けていましたので、私もだいたい状況を把握しているつもりです。私としては1年間様子を見て、その結果で手を打とうと考えておりました。ちょっと予定より早いですが、川田さんからの要請であれば来月付けで二人を出しましょう」
川田取締役
「ありがとうございます」
上野部長
「しかし、ひとつお願いというか条件があるのですが・・・」
川田取締役
「は?」
上野部長
「佐田がウチに異動になったいきさつは、もちろん存じております。現場の係長としてけっこう実績を出していたのに、川田部長から課長職試験に合格しないと言われて、あきらめてこちらに来たということ・・・
武田は今35歳、若手でばりばりです。高卒で現場に配属になった者で、優秀なのは30ちょっとで職長になります。そして40くらいで係長になるものもあり、ならなければ40代後半で職長を引退して管理部門に移るというのが当社の人事処遇のパターンです。武田の場合は、同期で一番先に職長になりましたがどういうわけか3年目で解任になり、ウチに来て設備管理の現場作業をしています。
私は過去をどうこう言いません。しかし彼らは川田さんの下で再び働くのはいろいろとあるでしょうね」
川田取締役
「と言いますと?」
上野部長
「出向した彼ら二人を川田部長の下でなく、他の方の下で使ってほしいというのが私の希望です」
川田は一瞬何か言いたそうな雰囲気だったが・・
川田取締役
「つまり私の人事管理では問題があるということですね」
上野部長
「うーん、正直言えばそれ以前のことかと思います。川田部長は安斉と鈴田を連れて行きましたが、どのような基準で彼らを選んだのでしょうか?」
川田も連れていった二人は不適任であったと今は思う。川田は黙っていた。
上野部長
「川田さんは事前に、大蛇の状況をよくお調べにならなかったのではないでしょうか。大蛇の問題はいろいろありますが、まずその問題を把握しなければ対策は分らないでしょう。過去の出向者に聞取りするとか、大蛇の取引先にヒアリングすべきだったでしょうし、そうすればもっと適任者を選ぶことができたでしょう。
また川田さんは安斉や鈴田の得意分野やその力量を理解していたとは思えません」
川田取締役
「過去の出向者には問い合わせをしたよ。あそこは当社の子会社ですから常に二人くらい出向している」
上野部長
「ここの人事課長にもお聞きになりましたか?」
川田は首を振った。
上野部長
「彼も大蛇に出向していたのです。しかも大蛇の専務や組合の委員長と親しいのですよ。人づてに川田さんが送別会で、大蛇は労働争議が多いとおっしゃったと聞きました。人事課長に聞けばそれは事実でない噂話だということも分ったでしょう」
川田は自分自身が怠慢だったと気が付いた、いや、上野部長が言ったように、そもそもが自分は人を見る力がないのだろう。
川田は手をあげて上野が語るのをさえぎった。
川田取締役
「わかりました。二人の使い方については社長にその旨を伝え、必ず沿うようにいたします」
上野部長
「では二人の説得は私が承ります。辞令発令は来月1日としましょう。それはお任せください」
川田は頭を下げて出ていった。

うそ800 本日の未熟
ワードで文章を書くと、英語ならスペルエラー、文法エラーを表示してくれる。日本語ならおかしな言い回しとか、送り仮名のゆらぎにアラームが付く。今回の場合「まずはじめに」というところにアラームが付いたのでその理由をみると、「重ね言葉」とある。「まず」だけか「はじめに」だけが正しい表現らしい。
つまり私は生まれてから60有余年、言葉の使い方を間違えてきたのである。今まで間違えてきたならば、毒を食わば皿までと、修正しないことにした(笑)




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