マネジメントシステム物語14 佐田、出向する

13.11.27
マネジメントシステム物語とは

朝、佐田が出社すると部長に呼ばれた。
部長席に行くと会議室に連れて行かれ・・・・唐突に言われた。
上野部長
「佐田よ、大蛇おろち機工に出向してもらう」
佐田
「ええ、本当ですか!」
上野部長
「嘘を言っても始まらない。川田部長から要請があった。来月1日付で辞令を出す。佐田よ、大蛇を良くするために一肌脱いでくれ」
佐田
「期待されても私一人でできることは限りがあります」
上野部長
「もう一人、武田という元プレスの職長が行く。元職長といってもまだ若くて35歳だ。彼も川田部長に嫌われて職長を解任になり、今は設備課にいる。そんな二人だから、俺は向こうでは川田部長の部下にしないことを条件にした。
それにお前から聞いても、向こうでは川田氏は肩身が狭いらしいから、むしろ川田部長と遠いところにいたほうが自由にできるだろう」
佐田
「わかりました。がんばります。通勤しては精一杯仕事ができないでしょうから、向こうに住むとして、家族を伴うかどうかは少し考えます」
上野部長
「じゃあ、頼んだぞ。そして、成果を出して1年くらいで戻ってこい。俺もお前が必要だ」
佐田は部長席を発つと、そのまま人事課に向かった。

人事課長がいる。
佐田
「課長、ちょっとお話したいのですが」
人事課長
「おお、佐田さん、私も話があって来ていただくように電話するところでした。まもなく武田さんが来るのでそれまで会議室で伺いましょう」
二人は会議室に行く。
佐田
「やっぱり大蛇に出向することになりましたね」
人事課長
「佐田さんの案の通りで円満解決じゃないですか。あとは向こうで大活躍して、凱旋するだけですね」
佐田は笑ってしまった。
佐田
「人事課長さん、他人事だと思って軽く言わないでくださいよ。先日のお話ではあがりのないスゴロクだったじゃないですか」
人事課長
「先日は佐田さんを多少脅かすような話をしましたが、社内的な問題はなくなりましたから大丈夫ですよ。大蛇の改革ができなかったとしても、川田さんが失敗したのだから佐田では無理だったということになりますから大丈夫」
佐田
「いや、向こうの人たちのことを思えば、失敗は許されないと思っています。実を言って今までも向こうで指導してきましたし、私が向こうの人間になれば、もっといろいろできる範囲が広がると思っています」
人事課長
「佐田さんの活躍は伊東委員長から聞いてますよ。私も大蛇機工を他人とは思えません。頑張ってください。でも向こうに骨を埋めるのではなく、1年か2年で片を付けて戻ってきて、こちらで課長、いや部長になってほしいですね」
佐田
「期待に応えるよう頑張ります」
そのときドアをノックして武田が入ってきた。



川田は、50日ぶりに出社した。一昨日おとといは挨拶だけして退社したので、自分の席に座ったのは本当に久しぶりだ。
川田取締役 まず事務所の人々に挨拶して快気祝いを配り、机の整理をする。机の上のINBOXにはかなりの量の書類が積まれているが、既に時が過ぎて意味のなくなったものばかりだ。机上を整理して、すぐに取り掛かる仕事もないので、工場を巡回することにした。
構内通路を歩くと、何も変わっていないようだが、何かが変わったように思える。
立ち止まってじっくり周りをながめると、吸い殻が一つも落ちていない。そしてプレスの抜きカスも見回した路面には見当たらず、わずかに側溝に落ちているだけだ。白線や黄色線も新しく塗りなおされている。そして、心なしか作業者が通路を歩く速さも以前よりも速いような気がする。病院に長くいたために、そんな気がするのかなと川田は思った。
工場に入ると違いは確実にあった。プレスとプレスの間にはローラーコンベアがひかれて、部品を搬送している。だが一番大きな違いは、加工中の部品の量が以前よりはるかに少ないのだ。川田がながめていると、安斉課長がやって来た。安斉には一昨日会っていて、今日から出ると言っていた。
安斉課長
「川田取締役、今日からお仕事お疲れ様です」
川田取締役
「いやあ、ずいぶんと工場がさっぱりしたなあ〜」
安斉課長
「川田取締役が入院中に、生産ロットを受注量に合わせたのです。以前に比べてロットサイズが半分以下になりました」
川田取締役
「それはすごい・・・けど、作業能率は大丈夫なのか?」
安斉課長
「それが不思議なことに、以前より段取りが速くできるようになって全然問題ないのです。それに作業能率も上がって残業は以前より減っています」
川田取締役
「いったい何が違うんだ?」
安斉課長
「伊東委員長がいろいろと改善活動をしていましたから、その成果じゃないんですかねえ〜」
川田は安斉が実態を全然把握していないことに気が付いた。あとで伊東委員長に聞いた方が確かだろう。
川田取締役
「屋外もきれいになったなあ〜」
安斉課長
「川田さんが入院しているときに、工場美化運動というのをしましてね、組合と会社共同で各職場対抗のキャンペーンをしたのですよ。いやあ、けっこう盛り上がりました。工場の入口に大きな大蛇の絵があったでしょう。あれは近所の人たちに評判になりました」
川田は一昨日来たとき、大きな蛇の絵を描いた看板を見て、どこかのドライブインに看板を貸したのかと思っていた。
川田取締役
「ええ!、あの看板はこの会社の看板だったのか! 一体なんだろうと思っていたよ」
安斉課長
「ともかく、あの運動で会社の一体感が高まりましてね、それ以降残業をお願いしても協力してもらえるようになりました。いやあ、驚きました」
川田は安斉の反応をみて、この男は管理者には不向きだなあとつくづく思う。現実をみて理解することができないようだ。そんな人物を選んだ自分がバカだったのだろう。上野部長の言葉を思い出した。
川田取締役
「そうか、じゃ俺は工場を一回りしてくるから、頼んだぞ」
川田は工場を出て倉庫に入る。
ここでもまた大きな違いがある。以前は倉庫には、くたびれた段ボール箱を積んだパレットが、隙間なく並んでいた。今は床に引かれた白線に沿って余裕を持ってパレットが並び、そこには段ボール箱ではなく青いプラダンケースが積まれている。以前よりはるかにきれいだ。しかし一番の差は保管量が川田が入院する前の半分くらいしかない。あれほどあった品物はどこに行ったのだろう?
倉庫を歩いていくと、10メートル四方ほど鎖で囲んだところがある。ここが例の湿気が多いという場所だ。以前はまわりがぎっしりと段ボールが積まれていたので、この区域だけ何も置かれておらず奇妙に見えたのだが、今は周囲も空き地が多く、目立たない。
鈴田がやって来た。
鈴田課長
「川田取締役、もう大丈夫なのですか?」
川田取締役
「いろいろ心配をおかけした。私がいない間に随分と変わったものだね」
鈴田課長
「一番の変化は在庫が少なくなったことでしょう。一目瞭然とはこのことですね」
川田取締役
「いったいどんな方法で在庫が減ったのだ?」
鈴田課長
「簡単ですよ、出荷する分しか作らなくなったからです。そうなれば出荷待ちのものしか存在しなくなります。私がここに来たときに比べて、製品在庫は4割になりました。4割減じゃなくて6割減です。材料投入から出荷までの時間も短縮されて、回転率は以前に比べて8割増しだそうです。もう少し生産日程の組み方を考えれば、製造の所要日数が同じでも回転数を2倍程度まで上げることができそうです」
川田取締役
「湿気が問題のところを使わないと保管場所が足りなくて問題だと言っていたが、ここを見るともうスペースの心配はないようだな」
鈴田課長
「スペースがない心配どころか、余ったスペースをどう活用しようかと心配しなければなりません。他社に倉庫として貸そうかという話もあるのです。
しかし川田さん、いったいどうしてこんな変化が起きたのでしょうね? 我々だっていろいろと検討していたのですが、その結果でこの変化が起きたふうではありません」
川田取締役
「そんなことないだろう。プラダンだって鈴田君のアイデアだろうし、俺たちがしてきたことが今になって実を結んだということだろう」
鈴田課長
「そうじゃないですよ。ロットを小さくできたのは段取り時間削減が大きいのですが、伊東委員長が段取り手順を見えるように書き出して、作業者がそれを見て仕事をするようになったからと言われています。でもそれだけでしょうか? 私は良く知らないのですが、安斉さんならご存じですかね?」
川田は思った。鈴田が改善した理由を知らないのはわかる。でも安斉は段取りが改善した原因を知らない。あれほど川田が段取り改善をしろと言っていたのに、自分が何もしなかった上に、部下や現場がなにをしているのかを把握していないのだろうか?
川田は現場が良くなったのを、素直に良かったとは思えなかった。安斉と鈴田が無邪気に良かったと喜んでいるのをみると、胃が重くなるような気持だった。

川田は鈴田と別れ、事務所に戻ろうと倉庫を出て組み立て職場を通る。
ここでも何かが違う気がした。作業者を見ると何か活気があふれている。いや、目で見て違うのはそれだけではない。作業者の前に白いカードケースが吊るしてある。そこにA4サイズの紙を入れているのだ。川田は足を止めてそばの作業台に近寄ってしげしげと眺める。
作業指示書
作業指示書

それは以前、伊東が組み立てではプレスの段取り表を真似て作業指示書を作ったと言っていたものらしいが、あのとき伊東が説明したときよりもはるかに進化しているようだ。
川田がじっと眺めているのを見て、作業しているパートパート作業者 の人が話しかけてきた。
パート作業者
「その指示書は私が書いたんです。あまり見られると恥ずかしくなっちゃうわ〜」
川田取締役
「いや、あまりにも内容が素晴らしいので感心しました」
パート作業者
「アハハハハ、みんなで自分が担当している仕事のコツを書いたんですよ〜。そうしておくとお互いに休んだ時に、これを読めば他の人だってできるでしょう」
川田取締役
「でもあなたはこの仕事に慣れているでしょうから、これをさげておく必要はないんじゃないの?」
パート作業者
「そんなことないですよ〜。毎朝これを見て仕事内容を再確認するんです。そうすると自信を持って仕事できるでしょう。今まで、ここはどうだっけと思うことってあったから。これを作ってからそういう不安がなくなって、安心して仕事ができるし、なんか張り合いが出てきたんです」
川田取締役
「すばらしい、頑張ってください」
川田は事務所に戻って椅子にドカッと座った。ものすごく疲れたような気がする。川田がいない間にかこの会社はいろいろな点で良くなっている。気分だけとか見た目だけではない。整理整頓が良くなった。生産ロットが小さくなり、棚残の回転数があがっている。従業員のやる気も違うようだ。工場に入る前に、従業員が歩くのが早くなった気がしたのは、気のせいではなかったのだ。
今日は品質については聞かなかったが、品質も向上していることは間違いない。いったいどうしてそうなったのか。まさか川田がいなかったからではないだろうが・・・佐田のせいか?

川田が腕組みして黙考していると星山が席に戻ってきた。川田は立ち上がって挨拶する。
川田取締役
「星山専務、ご無沙汰しております」
星山専務
「やあ、川田取締役、お久しぶりです。一昨日、川田取締役が出社したと聞きましたが、たまたま私は出かけていましてお会いできませんでした」
川田取締役
「入院したときは、星山専務にひとかたならぬお世話になりまして、まことにありがとうございました」
川田は最敬礼する。
注:最敬礼とは軍隊式の敬礼とは全然関係ない。もっとも丁寧なお辞儀のことで、背筋を伸ばして上体を45度傾けておじぎをする。
星山専務
「あっちで話しましょうか」
二人は給茶機でコーヒーを注いで会議室に行く。
星山専務
「川田さんがご不在のふた月の間に、いろいろな変化がありました」
川田取締役
「ちょっと現場を歩いてきましたが、大きく変わったのを感じましたよ」
星山専務
「川田取締役が入院する前、伊東委員長と佐田さんと毎週打合せしていたでしょう。川田さんが入院してからは、私が川田さんの代わりに参加させてもらいました」
川田取締役
「その打ち合わせでいろいろなことを企画して実行されたわけですか?」
星山専務
「そうです。もちろん何もかもはできません。佐田さんは、とにかくみんなに成功体験を持たせる必要があると言いまして、美化運動とか現場レベルの標準化などを進めてきました」
川田取締役
「成功体験によって意識改革ができ、それによって能率向上ができたのですか?」
星山専務
「働く人の意識を変えても生産性が上がるわけではありません。生産性向上は段取り替えなどの細かな改善や技能習熟によるものです。しかしみんなの気持ちが前向きになって、改善を考えるとか、新しい方法を取り入れるということができるようになったということはありますね。意識改革がなければ生産性向上はなかったでしょう。これからの一層の効率向上、品質向上はチマチマした改善ではなく、セオリー通りの作業改善と技能者の育成が必要です」
川田取締役
「そうそう、専務はご存じと思いますが、一昨日、社長から佐田とプレスの取り扱いに長けている者の出向の話をつけてこいと言われまして、昨日、素戔嗚すさのお電子に行ってきました」
星山専務
「おお、話はついたのでしょうか?」
川田取締役
「ええ、向こうも了解してくれました。来月1日付けで出向ということです。といっても引越しとかあるでしょうから、着任は数日遅くなるかもしれません。社長に報告しようと思いましたが、今日はご不在のようですね」
星山専務
「社長も大変なんだよ。当社の品質が冴えないことはご存じでしょう。客先の担当者レベルが当社を切ると言っているところを、トップになんとかとお願いするのが社長の役めです。今日も、そのために社長が旧知の人が出向している会社に行っているのです」
そのようなことを川田は初めて聞いた。今まで社長って、しょっちゅう出張しているなと思っていただけだ。社長も楽ではないのだ。
川田取締役
「すみません。社長が頭をさげなくても客先に行けるように、私が頑張らなければいけませんね。私の力不足で申し訳ありません」
星山専務
「佐田さんたちの具体的テーマは先方に言ってきたのですか?」
川田取締役
「いや実は私は社長から詳細を伺っておりません。社長からは出向の話をつけてこいと言われただけでして・・」
星山専務
「そうですか、いずれにしても楽しみだなあ〜」
星山は川田と佐田の過去の軋轢を知らないようで、無邪気に佐田と仕事ができるのを楽しみにしているようだった。



人事課長の説明の後、佐田と武田は会議室に残って、今後のことを話し合っている。
佐田
「武田さんは大蛇に行ったことがないでしょうけど、私は何度も行っている。プレス加工をしている会社で、一部塗装やスクリーン印刷をしている」
武田
「向こうでは私にどんな仕事をさせて、どんなことを期待しているのでしょう?」
佐田
「行ってみなくては分らないが、たぶん武田さんにはプレス作業の能率向上と品質向上を期待していると思う」
武田
「そのために安斉課長が行ったはずですが・・・」
佐田
「安斉課長は金型については専門だけど、実際の作業はあまり詳しくないようだ」
武田
「確かに安斉課長は現場の仕事はできませんでしたからね。じゃあ私は作業指導とかすればいいのでしょうか」
佐田
「いや、私は単なる作業指導ではなく、工程設計を教えてほしいと思っている」
武田
「工程設計? 加工順序とか治工具の検討などでしょうか?」
佐田
「私はあの会社はそれが一番弱いところだと考えている。
ところで、武田さんはどうするの、通勤するのかい。安斉課長や鈴田課長は車通勤をしているが、早朝でも片道1時間半、日中だと2時間を超えるよ」
武田
「うわー、それじゃ体がもちませんよ。残業や休日出勤もあるでしょうしねえ〜
実を言って私は結婚したばかりなので、この際、夫婦で引越ししようと思います。今もアパート暮らしですし、家財道具もあまりありません」
佐田
「上野部長の話では、1年半とか2年で実績を出して帰って来いと言っていたな」
武田
「そんなに簡単には行かないでしょうねえ・・・佐田さんはどうするのでしょうか?」
佐田
「私も通勤は無理だと思う。ただ子供が二人いるので当面は単身赴任だなあ。向こうの人に飯付のところがないか調べてもらおう。そうだ、善は急げだ、ごめんよ」
佐田は伊東委員長に電話をかけた。
佐田
「伊東さん? 伊東さんの念願がかなったようで、今日、出向命令をいただきましたよ」
伊東
「おお、おれも星山から聞いた。佐田君と一緒に仕事できるのを楽しみにしているよ」
佐田
「早速ですがお願いがあります。私は単身赴任したいのですが、飯付の下宿というか寮のようなところがありませんかね?」
伊東
「俺んちに住んでもらってもいいけど、会社から15キロは離れているし、車がないと暮らせないなあ」
佐田
「そうそう私は車を持っていないので、会社に歩いて通えるところが希望です」
伊東
「わかった、探しておくわ。明日か明後日こちらに挨拶に来るんだろう? そのときまでになんとか見繕っておこう」
佐田
「もうひとつ、私と一緒に出向する武田さんはご夫婦で引っ越すそうですが、若夫婦用のアパートありませんかねえ。こちらも当たっておいてくれませんか」
伊東
「わかった。二人とも毎日会社帰りは飲むのだろうから、途中に飲み屋があるところを探しておこう」



三日後、佐田と武田は大蛇機工に挨拶に行った。
社長をはじめ、星山、川田が対応した。挨拶の後、会議室で意見交換をする。
池村社長
「まず二人は、改革プロジェクトというところに所属してもらい、この会社の改善を進めてもらうことになる。プロジェクトのリーダーは星山専務で、川田取締役と伊東君がプロジェクト兼務とする。
お二人にははっきりした目標を与えたい。
佐田君は、当社の文書体系の構築と文書の整備をお願いする。規則類を半年、作業指示の文書を1年で完了してほしい。その他、作業改善やシステム改善を担当してもらう。
武田君はプレス作業の能率向上と品質向上を担当してほしいが、単なる作業指導ではなく、体系的なことを整備してほしい。具体的には新規品生産導入時の生産準備の仕組み、工程の管理方法の確立だ。
言い方を変えると君たちが去った後も、君たちがいた時と同じように仕事が進むようにしてほしい」
佐田
「わかりました。ご期待に応えるよう頑張ります」
武田
「私も、ご期待に応えるよう頑張ります。技術部門とか製造部門と共同で仕事をすることになると思いますが、関係する部門の協力は得られるということですね」
星山専務
「もちろんだ」
解散してから、佐田は武田を連れて現場を案内した。
武田は高校を出てからプレス作業を15年もしていたので、工場を見れば状況は分るようだ。
武田
「なるほど、レイアウトとか流し方など改善するところは多いですね」
佐田
「これでもそうとう改善したんだよ。二月前の状況を見たら腰を抜かしただろう」
武田
「プレスの脇に貼ってある紙が面白いですね」
佐田
「伊東さんという、ここの労働組合の委員長が考えたんだ」
武田
「私もああいったことをするということですか?」
佐田
「武田君が現場レベルの改善をしても悪くはないが、それだけでなく新部品生産時にどのような工程で作るか、金型、検査方法、測定器、治工具などを検討することが仕事だ」
武田
「なるほど、意味は分かります。大丈夫ですよ、私も素人じゃありませんから」
そこへ伊東が歩いてきた。
伊東
「佐田君が来たと聞いたのでね、顔を見に来た。こちらが武田君か、よろしく、組合委員長の伊東だ」
武田は挨拶する。
伊東
「早速だが、なにか改善するところが見つかったかい?」
武田
「あのタレパンで加工している時間を10%は短縮できますよ」
伊東
「ほんとうか? 実を言って生産に追われているんだ。可能ならすぐにもやってほしいところだが・・」
武田
「いいですとも、でも伊藤さんはここの管理者なんでしょうか?」
伊東
「アハハハハ、俺は全権者だよ。大丈夫、文句言う人はいないよ。自動プロはこちらだ」
伊東はパソコンとパンチが置いてある二坪ほどの部屋に連れて行く。
武田は伊東が呼び出してくれたプログラムをモニターでながめながらあちこち修正する。
武田
「本来ならパソコンで座標計算のプログラムを動かして最短コースを求めるのですが、とりあえず気が付いたところを数か所修正しました。これでもずいぶん違うと思いますよ」
伊東
「試加工してみよう」
三人はタレパンに戻り、作業者に加工が一段落したところで一時停止させてプログラムを切り替えをさせた。
伊東
「いったいどんなことを変更したんだ?」
武田
「タレパンの加工時間を短くするには、金型の交換を最小にすること、移動を最小にすることです。もちろんこの二つは矛盾します。でもそこが腕の見せ所なんですよ」
注:今はどうか分らないが、当時は自動プロで作ったプログラムは最短距離ではなく、また交換回数も最小ではなかった。生産性を上げるには、自動プロに頼らず、自分の頭で移動時間と交換時間の二つをいかに短くして最適化をするかというのが課題だった。
実を言って私はタレパンをいじったことはない。しかし自動化ラインは私のおもちゃで、そこに組み込まれていたNCフライスとNCボール盤を何年もいじっていた。私は自動プロなんて相手にしないで、自分で移動距離の最短化、軸交換の最小化を図るプログラムをBASICで作り、エプソンの8ビットパソコンHC-20で加工順序や移動ルートを決めていた。
自動プロのソフト会社が私のところにそのアルゴリズムを聞きに来たこともある。もっともそれはこの物語よりも10年も前、1983年頃のことだ。

試加工を行うと確かに所要時間は短くなった気がする。
伊東
「加工寸法は問題ないと思うけど、確認のために三次元で測定するよ」
伊東はプログラムを元に戻して加工をスタートさせると、試加工品をもって検査に行ってしまった。
それからふたりは倉庫や組み立て職場を巡回して、事務所に戻ると星山専務と川田取締役がいる。
星山専務
「工場を見てきたのだろう。印象を聞かせてほしいな」
武田
「拝見しましたが、いろいろ改善個所が見つかりました。今すぐにでも仕事にとりかかりたいと思っています。やりがいがありますね」
星山専務
「それはたのもしい」
伊東が現れた。だいぶ興奮している。
伊東
「いやあ、武田君はすごいねえ〜、おお星山もいたのか」
星山専務
「星山もいたのかはひどいね、なにかあったのか?」
伊東
「先ほどお二人に工場で会って感想を聞いたら、武田さんがタレパンの加工時間を短縮できるというんだ。それでその場でプログラムを修正してもらった。なんと1割も加工時間が短縮できた。あっという間の早業だね」
武田
「あんなこと驚くほどのことはありませんよ」
伊東
「いや驚くよ。明日から全部のプログラムを見直してほしい」
星山専務
「そうだ、今晩一杯どうだ?」
佐田
「武田君は付き合ったらどうだい、私はこちらにくれば毎日飲めますから今日は遠慮しておきます」
武田
「ここから福島では帰るのに時間がかかりますからねえ〜、私も引っ越してからとしましょう」
星山専務
「それは残念だ、ともかく来たそうそう成果を出すとは、これからを期待しているぞ」
川田は複雑な気持ちでそのやり取りを脇で聞いていた。

その後、星山の指示で、伊東が二人を乗せてアパートをいくつか見て歩いた。
武田は工場から2キロほど離れた住宅地にある真新しいアパートに決めた。床屋、食堂、スーパーマーケットも近くにあり暮らすにはけっこう便利なところだろう。歩いて通勤はちょっと遠いかもしれないが、武田は車で通勤するという。
次に伊東は飯場はんばのような感じの建設労働者が泊まる木造の宿屋に連れて行った。朝飯も夕飯もついている。頼めばお弁当も作ってくれるという。部屋は6畳で風呂、トイレは共同、部屋の鍵も締まるのかどうか怪しいが佐田はそんなことを気にする方ではない。会社まで1.5キロほどで、歩いて通うにはちょうどだろう。伊東は知り合いだと言う主人と値段交渉をしてくれた。とりあえず数か月はそこに住んでみよう。こちらの仕事が落ち着いたら、家内と相談して一家でこちらに引っ越すかどうかを決めたいと思う。

伊東はそこから直接二人をJRの駅まで送ってくれた。
伊東の表情は、二人に期待していることが明らかだった。

〆張鶴 うそ800 本日の余計な話
もう25年も前のこと、私も下請け会社に指導に行って、飯場のような木賃宿に3か月も泊っていたことがある。すぐに泊まっている人たちと仲良くなり、毎日一緒に茶碗酒を飲んでいた。今思えば懐かしいけど、二度とあんな暮らしをしたいとは思わない。



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