マネジメントシステム物語16 品質監査の準備

13.12.04
マネジメントシステム物語とは

この物語の始めにも書いたが、この物語はダラダラと続けるのではなく、全30回で完結を予定している。ということで今回はちょうど折り返し点となった。往路はなんとか来たけれど、復路は大丈夫だろうか? 通りゃんせみたいで、いささか心配。
ここに書いているストーリーは私の見聞を元に、大いに(少し?)脚色しているが、単に面白おかしくすることが目的ではなく、ISOとかマネジメントシステムの真実(あるいは虚偽)を書くのが目的だ。
なにせ、「ISOは虚偽の説明が大好き」なのだから
日本において、「マネジメントシステム」なるものが大いに誤解され、ISOこそが、いやISOのみがマネジメントシステムであると思われるようになったこと、そしてISOマネジメントシステムが素晴らしいと思われたことは、まったくの誤解、勘違いであることを書きたい。いや、ISOのマネジメントシステムなるものが発生する前から、どの会社でもマネジメントシステムが存在していたのだ。そんなことISO評論家は絶対に言わない。
オイオイ、「俺は誤解していない」なんて言っちゃいけない。「ISOを導入する」とか「システムを構築する」なんて語っている人は、みな間違えているか嘘つきなのだ。もちろん、どちらでも、あなたが好きな方を選んで構わない。アホを選ぶか、嘘つきを選ぶか、あなたはどっちだ?
もっとも誤解したのではなく、誤解させたようとした人がいたのだと思う。なぜかというと、ISOを実体以上に見せることにより、それがお金儲けのネタになると思ったからではないのだろうか。驚くことに、21世紀の現在でもISO認証で一儲けしようという時代遅れ、周回遅れの発想をしている人たちもいる。でもそれはいくらなんでも時差がありすぎだ。
現実のISO世界では、この誤解を解かないと再生はかなわないだろう。というか、そんなことは、とうに無理だとは思うけど

星山専務は、総務の仕事をしていた菅野菅野 という30代後半の女性を、佐田の助手にもってきた。佐田は菅野さんがどの程度の仕事ができるのか、いささか不安だった。でも彼女に相当仕事をしてもらわないと、間に合わない。
佐田
「菅野さん、私たちは会社の規定とかいろいろな記録様式を作ることになります。仕事としては、パソコンで文章を打つ仕事が多くなると思います。失礼ですが、菅野さんはパソコンをどれくらい使えますか?」
菅野
「表計算ソフトやワープロソフトは一応使えますよ。それともキー入力の速さでしょうか? ブラインドタッチはできますけど、速いと自慢できるほどではありませんね。でも作成する文書の概要というか仕様を示してもらえれば、文章にしたり用紙様式を作るのはできると思いますよ。
佐田さんは、会社の規定とおっしゃいましたけど、例えば法律なんて文章の述部は8種類くらいしかありませんよね。最初に今後作る会社規定の文章の文体というか言い回しをいくつか決めていただいて、個々の規定について佐田さんの考えをメモ程度で示してもらえれば、私が文章にして決められた書式にまとめることはできるとおもいます」
佐田
「失礼ですが、法律とかお詳しいのでしょうか?」
菅野
「一応10年近く会社で仕事してきましたからね、」
佐田
「それは助かります。では、私たちはこの図の中の枠で囲んだ文書や記録を作ることになります」
佐田は文書体系図を出してきて、作成するものを示した。
文書体系図

菅野
「ああ、なるほど、ええと規定が20本、記録が20件、いや記録はカテゴリーでしょうから・・・相当数になりますね」
佐田は菅野の受け答えを聞いて素人ではないと思う。
佐田
「そのとおりです。本来であれば、まず最初に規定を作り、次にそれを下位文書に展開して、それらの文書の中で記録の用紙様式を決めて、それらを現場に示してスタートすることになるのでしょうけど、お客様から品質監査のときには、運用実績が2か月必要と言われています。それでまず記録の用紙様式を作ってしまい、現場ではできた順にその様式で記録を作成して運用期間を稼ぎたいのです。だから規定を完成させるのはその後という順序になりますね」
原則はこうだが、この方法では運用する期間
(記録を作る期間)の2か月を確保するのが難しい。
規定作成
用紙様式を決める
矢印 下位文書作成
用紙様式を決める
矢印 運用期間(記録を残す期間)

2ヵ月

矢印
だから記録作成を前倒しする。
用紙様式作成 矢印 運用期間(記録を残す期間)

2ヵ月
この区間が短縮できる

1ヵ月くらい
規定作成 矢印 下位文書作成

菅野
「なるほど、でもこれから作る規定の概要は、既に佐田さんの頭の中にイメージがあるのでしょう。こうしませんか、いちいち佐田さんが規定の仕様といいますか、内容を紙に書くのは時間もかかりますし、面倒くさいでしょう。ですから、それぞれの規定の目的とか構成、添付様式などを私に口頭で言っていただければ、細かいことは私が考えて書式にすることができると思いますよ」
佐田は正直驚いた。素戔嗚すさのおでだって、そんな能力のある人はいなかった。だけど本人が言うのだから、試してみよう。
佐田
「菅野さん、それはありがたい。じゃ、早速ですがとりあえず今一番初めに作らなければならない『文書管理規定』を説明しますから、それを文書化してもらえませんか」
菅野
「承知しました。まあ、コーヒーを飲みながらお話を伺いましょう」
佐田は、頭の中にある『文書管理規定』に書くべき事項を話し始めた。
菅野はバインダーを取り出してメモをする。
佐田
「まず、会社規則の階層は二つとして、上位を『規定』下位を『細則』という名称にします。基本的に仕事のルールの骨組みを決めたものを規定にして、その詳細を書いたものや別表を細則としましょう」
菅野
「ええと、そうしますと同じ『規定』の名称でも、その位置づけが上下関係というか親子関係になるものもありますね」
文書の階層と呼称は一致する場合としない場合がある。
 会社規則の例1会社規則の例2会社規則の例3法律の例
第一階層規則規程規定○○基本法
 
第二階層規定規定規定○○法
 
第三階層細則細則細則○○法

佐田
「おっしゃるとおりです。文書体系の親子関係から階層を考えると、実際には二階層ではなく、三階層あるいは四階層になると思います。手順書がハイラルキーのどの階層にあるかを名称で表そうとすると、階層の数だけ名前を設けることになり、そうすると複雑になるので、あまり小分けしないほうが良いと思います。どうでしょうかねえ?」
菅野
「確かに法律だって、例えば環境基本法、循環型社会形成推進基本法、廃棄物処理法、更にその特別法と多階層ですけど、名称は基本法と法のふたつしかありませんものね。
佐田さんのおっしゃるように名称はふたつでいきましょう」
佐田
「では命名についてですが、基本的に規定の名称を『なになに規定』とか『なになに細則』とすることにします。でもそれだけだと不自然になるものもあるでしょうから、必要に応じてそれ以外の名称としても良いことにします」
菅野
「はあ? おっしゃる意味がわかりませんが、どんなことでしょう?」
佐田
「実は『就業規則』もこの文書体系の中に入れるつもりなのですが、そのときは一般的な名称を尊重して『就業規定』ではなく『就業規則』の方が分りやすいと思うのです。いくらなんでも『就業規則規定』としては屋上屋って感じですし・・
その他、細則レベルですと『なになに表』というものも発生すると思います」
菅野
「『表』だけとおっしゃると、ちょっと想像できません。なにごとかを規定する文章がなく表だけであれば、わざわざひとつの細則とせずに、規定の中の表にしてしまった方が良いような気がしますけど」
佐田
「それもありとは思います。しかし例えば規制値などを規定の中の表にしていると、規制値の法改定があったとき規定そのものを改定することになります。
ああそうだ、数字でなくても、例えば会社組織の場合もありますね。社内に部や課を設けることは、規定で定める必要があると思います。それを『会社組織規定』としたとき、係の新設や廃止が発生したつどに、親の規定を改定するのは大変だから、具体的組織名は『組織表』という細則で定めておけば、下位文書だけの改定で済み楽だと思います」
菅野
「なるほど、そういう発想は実際に仕事をしてきた方でないと思いつきませんね。佐田さんはこういう仕事をしてきたのですか?」
佐田
「駆け出しですが・・・2年くらいしてきました」
菅野
「わあ、すごいですね。私はこんな仕事をするのは初めてなので興味があります。いろいろと教えてください」
佐田
「教えるも何も、クシナダ対応が整う頃には覚えてしまいますよ。
次は決裁権限ですが、規定の決裁を社長がするというのはないでしょう。規定の決裁者は文書管理の担当役員としましょう。細則はどうするかなあ、この会社の規模ならやはり役員でいいか・・・それとも部長か課長でも良いことにするか。部長にしても星山専務だから実質は変わらないか」
菅野
「文書管理担当役員とはどういう意味ですか? そんな名称を決めたものはないですよね」
佐田
「会社の文書を担当する部門を管理監督している役員のことで、今、文書管理は総務課が担当していますから、そこを仕切っている役員である星山専務ということになります」
菅野
「なるほど・・・」
菅野はメモする。
佐田
「菅野さんがおっしゃったように、文体をどうするかも決めておいた方が良いでしょうね。でもそれは『です・ます』と使えとか『である』調にしろと書くのではなく、『文書管理規定』の文章によって範を垂れるということで間に合うと思うのです」
菅野
「なるほど、でもその場合でも『この規定の文体に合わせること』くらい書いておかないと理解してもらえないかもしれませんね」
佐田
「うーん、正直言ってあまりがんじがらめにはしたくないのです。それは星山専務と伊東委員長の要望です。
ところで私もこの会社のことは詳しくないのですが、伊東委員長は組合役員というよりも、無任所の会社役員のようですね」
菅野
「アハハハハ、伊東さんは労働者の待遇改善とは会社の利益を拡大することと思っているの。利益のでてない会社じゃ賃上げも難しいし、それ以前につぶれたら困るから。
ともかく、そのへんは私に一任してもらえますか。場合によっては細則で文体とか、漢字の使い方などを例示するというのもありでしょう」
佐田
「私としては文章の述部の表現に特段思い入れはありませんので、菅野さんのお考えで決めていただければ良いと思います。とにかく一つの規定の中はもちろん、規定によって文章表現に、ばらつきがないほうが上品ですよね。
そうそう、お願いがあるのですが、読みやすい文章にしてほしいです。私のこだわりなのですが、誰にでも読んでもらえるように漢字の割合を40%以下にしてください」
菅野
「承知しました」
佐田
「承知しましたと簡単におっしゃいますが、菅野さんはそういうことに詳しいのですか?」
菅野
「企業で広報とか社外への文書などを書く人にとって、それは常識でしょう」
佐田
「そうなんですか、私はそういうことを自分自身が失敗することで学んできましたが・・・」
菅野
「広報などにおいては、文体や使用禁止語、漢字を使う言葉、漢字を使ってはいけない言葉などがルール化されているのです。例えばお客様に配るものに『下さい』と書くのは『下』という漢字があるのでいけないので、ひらがなで『ください』と書くのです」
佐田
「ほう、知りませんでした。そういったことはよろしくお願いします。私は菅野さんの文章を読むことで学びたいと思います」
菅野
「アハハハハ、お互いに勉強になりそうで楽しみですね」

それから1時間ほどかけて、『文書管理規定』で記述すべき、社内文書の体系、様式、番号体系、その他、発行管理、配布先、旧文書の取り扱い、定期見直しなど規定に盛り込むべきことを話しあった。
佐田
「何かご質問はありませんか?」
菅野
「今までのお話から全体の構成を考えますと、文字部分で4ページ、添付は様式が4件と体系図というところでしょうか。ええと、今午後2時ですか、明日の10時くらいにはドラフトをお見せできると思います」
佐田はこの言葉を聞いただけで、この人はただものではないと思う。
佐田
「菅野さん、無理しなくても良いですよ。先は長いですから」

菅野さんは確かにすごい人であった。佐田が規定の要点を言うだけで、規定を仕上げてしまうのだ。それも佐田が言わないところまで、そして前後左右というか親子兄弟の関係になる規定との整合性を考慮して、矛盾のないように調整する。出来上がったものは佐田が作ろうとしていたものそのままである。いや佐田が考えていなかったところまで、他の規定や現場の状況をも踏まえて仕上がりが良いものになっている。
菅野はこの会社で働き始めて2年になるというが、文書化されてはいないが実際には存在している社内の仕組みを理解しているので、細かいところも現場に聞きに行くこともなくバタバタと作成していく。
そして文章を作るのが速い。単にキー入力が速いことは自慢にならないが、文章を作るのが速いのは価値がある。
佐田
「菅野さん、参りましたとしか言いようがありません。私は主要な規定15本作るのに1か月半かかると見てましたけど、菅野さんのおかげで半月でできちゃいましたね」
菅野
「佐田さん、規定は作ればおしまいじゃないでしょう。関係部門と読み合わせて調整しなくてはなりません。私も分担して仕事を進めていってよろしいでしょうか?」
佐田
「良いも悪いもありません。ぜひともお願いします。
ただ、そうしますと二人で同じことをしてもしょうがありませんから、菅野さんに文書と記録関係を一切お願いしてもよろしいでしょうか。私は別のことを進めていきたいと思います」

計測器
佐田は計測器管理にとりかかった。
この工場にはそんなに計測器があるわけではない。ほとんどが機械系計測器で、大きなものは三次元測定機が一台、投影機くらいで、多くはマイクロメータ、ノギス、ハイトゲージ、ミニメータなどである。全部で250個くらいだ。

計測器管理は 計測器係計測器係長という部門がある。佐田は職制名を聞いて福島工場よりも組織はしっかりしているなと思ったが、行ってみると係長一人しかいない。彼が自分でノギスやハイトゲージなどを校正して、三次元をはじめ手におえないものはメーカーや近隣の校正業者に頼んでいる。
仕組みとすればおかしくないのだが、校正結果はOK/NGだけで数値の記録を残していない。これは問題だな。それから基準器であるゲージブロックは何年も校正していない。変化するはずがないと思っているのかもしれない。
佐田
「校正結果を数値で残す必要がありますね」
計測器係長
「実をいって、チェックして不合格になると処置が大変なので、証拠を残さないようにしているんですよ」
佐田
「ちょっと、ちょっと。もし校正したときNGだったらどうしているんです?」
計測器係長
「正直言いますがね、でもそのときは狂った計測器で測定した品物は既に出荷されていますよね。それで苦情が来ていないのだから、その計測器に異常があったことにする必要がありません。もちろん現物は修理したり、治せないものは廃棄してしまうのです。ああ、そのときは校正結果はOKにしておきます」
佐田はその言葉を聞いて、とんでもないことだと思う。
その他、定期校正は100%実施してもいない。しかし数値の記録を残していないものだから、合格という結果のみ書けばトレースできないと考えて、現物に貼っている定期校正期限ラベルを貼りかえているだけという計測器もあるのだ。
ますます佐田は呆れたが、そういうことをしていたとしても不思議はないとも思った。確かに計測器係長という職名であるが、彼は計測器管理をしているだけでなく、治工具製作とか、こまごました製造課の雑用を一手に引き受けているのだ。
それになによりも、計測器管理が必要だという内部外部の要求がなければ、会社はリソースを投入するはずがない。
佐田
「今仕事を取ろうとしているクシナダという会社は、こちらと取引する前に品質監査に来るというのです。もちろん計測器管理もチェックします。校正対象の計測器は漏れなく校正してその結果を数値で記録しないとなりません。どのようにしたら対応できますか?」
計測器係長
「正直いって、とてもできそうないなあ。まず人もいないし・・・・どうしたらいいか分らない」
計測器管理は安斉課長の担当だ。
佐田は安斉課長を訪ねた。
佐田
「安斉課長、ご存じと思いますが、クシナダ機械の品質監査が3か月後に予定されています。現在の計測器管理ではクシナダの監査では必ず問題になります。計測器管理の仕組みの見直しが必要です」
安斉課長
「計測器管理は計測器係長が担当して、しっかりやっているはずだが」
佐田
「うーん、現状ではいくつも問題があります。まず校正対象の計測器を100%校正していません。また校正結果はOK/NGしか記してないのですが、それだけでなく数値を記録することが必要など、改善が必要なところがいろいろあります」
安斉課長
「過去から現状の方法で問題ないと聞いている。クシナダに対しても現状で説明して合格にしてもらってよ」
佐田
「安斉課長、このままでは品質監査で不適合になります。お宅だけの問題で済むものではありません。この会社が注文を取れるかとれないかという重大問題になります。人をかけるとか、校正の体制を見直すとか、検討してくれませんか」
安斉課長
「とにかく現状優先で考えてくれよ、今以上のことなどできないんだから」
佐田
「あのう、安斉課長がそうおっしゃるなら、これは緊急事態ですから、クシナダの監査まで計測器管理を私が預かることにします。よろしいですね」
安斉は返事もしなかった。

佐田は自分の席に戻って福島工場の野矢課長に電話する。
佐田
電話 「野矢課長、佐田です、ご無沙汰しております。さっそくなんですが、お願いがあるのですよ。早い話が計測器管理室の浜本さんを1週間貸してもらえませんか。費用は、うーん、浜本さんがこちらを見学するということで出張費用をそちら持ちにしてもらえたらありがたいんですが・・ああ、すみません。
え、浜本さんと話がついているのかって? いや課長の了解がなくちゃ・・・じゃあ、私からお願いしますから」
野矢は電話を計測器管理室の浜本浜本に転送してくれた。
佐田
「浜本さん、お元気ですか? 私がいないほうが順調ですか? そりゃ良かった。
実はお願いがあるんですがね、ちょっとこっちの計測器管理の手伝いをしてくれませんかね。こちらにあるのはノギスやマイクロがメインで約250個、とりあえず問題があるのが200個で、それを1週間で全部校正したいのです。どうですかね? おお、来てくれる、ありがとうございます。野矢課長は出張扱いしてくれるそうなので・・
ついでに基準器のゲージブロックを持ってきてください、すみませんねえ〜」

翌日、浜本は現れた。
初日は計測器係長と佐田と三人で現状確認と今後の方向を話し合い、その夜は武田も参加して飲んだ。ところがなぜか途中で星山専務と伊東委員長が現れて、とめどなく飲むことになってしまった。
ビール 浜本計測器係長
星山専務 ビール  焼き鳥 ビール ビール
ビール 刺身 サラダ ビール
伊東委員長
佐田武田

浜本は佐田と同じ宿に泊まり、以降1週間、毎日残業、休日出勤までして対象となった計測器の校正を終えた。
そして浜本が去るときに、これまたなぜか星山専務が浜本と彼の職場へのお土産を持って現れた。星山専務はけっこう見ているのだなと佐田は感心した。
浜本はその後も二三度、様子を見にきてくれた。実を言ってそれは上野部長の指示だったのだが、

安斉課長は、佐田が浜本を呼んで計測器管理の手伝いをさせたのを見て、おもしろくない。安斉は川田取締役のところに来て不満をこぼす。
川田取締役
佐田はずるいですよ
私でもできましたよ
安斉
安斉課長
「川田さん、佐田は計測器管理を立て直すと大見得を切ったのに、実際は自分の手に負えず福島工場から浜本を呼んでやらせていますよ。あれっておかしいじゃないですか〜」
川田取締役
「佐田がやると言ったことには、人に頼むことも含まれるだろう。仕事を達成するためには、自分ひとりだけでなく、あらゆる手を使ってやるんだ、それが全力を尽くすということだ」
安斉課長
「でもそういう方法でも良いなら、私だって福島工場に応援を頼みましたよ。私は元、浜本の上司だったのですから」
川田は、安斉の言葉を聞いて、こいつは本当に使えないなと思う。

川田取締役
「でもお前は自分の手に負えないと分かったとき、福島工場に依頼するという発想が浮かんだのか? そして大事なことだが、お前が頼んだら浜本が自分の仕事を投げうって、すぐに駆けつけてくれるのか? 野矢課長がそれを許可して、更に出張旅費までつけてこちらに派遣してくれるか。そういや600ミリのノギスのときも・・・いや、止めておこう。
佐田は浜本だけでなく、頼めば力を貸してくれる仲間が何人もいるんだ。そういうのも実力だ。
人脈といっても利益だけのつながりじゃだめなんだ。お前もそういうことを考えてほしい。実を言って俺も反省しているのよ。俺が福島工場にいたとき肩で風を切って、毎晩取り巻きを連れて飲んでいたが、それを実力と思っていたのはまったくの間違いだった。あんなのお互い利益でつながっていたにすぎない。
佐田は利害を考えず人を助けてきたから、助けてもらった人は佐田が困ったときに損得無視で助けてくれるんだよ。お前がそれを理解できないなら、それがお前の限界だな」
安斉は納得できないという顔をして去って行った。


佐田は設備管理の状況を見に行った。
設備管理も安斉課長の担当だ。この会社では、設備管理には特別に部門を設けず、製造係が管理している。プレスやタレパンのような工作機械やコンプレッサーや配管系統などは製造と直結しているからそれもありと思うが、建屋の修理とか植栽の維持、フォークリフトのメンテナンスまで製造係で面倒を見ているとなると、ちょっとどうかなあという気がする。
佐田
「製造係長、設備管理の手順を決めたものはあるのでしょうか?」
製造係長
「実を言ってあるのは、いろいろな機械設備の日常点検のチェックシートだけで、体制とか点検頻度とか、誰がするとか、決めたものはない。大昔、会社創立からしてきたからというか言い伝えでしているところが多いなあ」
佐田
「なるほど、お宅では会社の暖房から給排水、トイレの修理までしていますが、これも大変ですね」
製造係長
「そうなんだ。おれもさ、生産日程をどうするかから、雪が降ると雪かき、事務所のエアコンが壊れたまで面倒見ていると頭がおかしくなっちゃうよ」
佐田
「とりあえずクシナダの監査までに、生産設備の管理手順といいますか、そういった文書を作りたいのですが・・」
製造係長
「佐田さんはとりあえず現状を文書化しようとしているようだけど、俺はこの機会に組織体制も見直してほしいと思うんだ。製造係長なら生産に全力を投入できるようにしてほしいなあ」
佐田は計測器管理で安斉課長ともめたところなので、設備管理では深入りしたくなかった。
佐田
「うーん、ちょっとそこまでする時間もありませんので、それはいずれということにしませんか。とりあえずクシナダ対応としては、設備管理の体制と点検頻度などだけをはっきりさせるということで・・」
製造係長
「佐田さんよ、計測器係長からいろいろと聞いているけど、あそこは今お前さんが管理しているだろう。俺は設備管理の責任分担も見直してくれると期待していたんだ。こっちは面倒見てくれないのかよ」
佐田
「計測器の場合は問題が多かったですし、それに安斉課長がやるきがありませんでしたから・・・
設備管理の方は製造係長がしっかりやっているじゃないですか」
製造課長は佐田の作業服をつかんで工場の柱の陰の人目に付かないところに引っ張っていく。一瞬、佐田は恐怖を感じた。
製造係長
「俺はもうつくづく嫌になったんだよ。製造課長なんていっても、実質的になにも管理しないし、今までトラブルがあると逃げてしまう。チャイムが鳴れば消えてしまう。最近、伊東委員長がいろいろと改善をしているが、噂によるとそれは佐田さんの指示だっていうじゃないか。俺が困っているのをなんとかしてくれないかなあ」
そのとき伊東の声がした。
伊東
「やあ、なにしてんだ」
製造係長
「あ、伊東さん、なんでもないです。佐田さんが設備管理のことを聞きに来たんで話してたんですよ」
伊東
「そうか、クシナダの注文が取れるように頑張ってくれよ」
伊東はそのまま通り過ぎたが、佐田もその時伊東について立ち去った。
伊東
「佐田君、なんか言われたのか?」
佐田
「製造係長が担当分担の見直しをしてほしいと言ってました」
伊東
「確かにな、星山に言っておこう。安斉課長がちゃんとしているなら問題ないんだが、ちゃんとしていないから、しわ寄せが来たところが悲鳴を上げるわけだよ」
佐田
「私は暴力を振るわれるかと思って悲鳴を上げるところでしたよ」
伊東
「アハハハハ、あいつはヤーサンじゃない、ただの植木屋だよ。本業はね」

ある朝、佐田がパソコンを叩いていると、星山専務がコーヒーをもって現れた。
佐田
「星山専務、おはようございます」
星山専務
「おはよう、佐田さん、進捗はどうかね?」
佐田
「予想以上に順調ですよ。菅野さんという方は、いったいどんな方なんでしょう? とんでもない能力の持ち主ですね」
星山専務
「そうだろう、彼女は元M商事の総合職だったんだ。彼女は英語はもちろんタイ語も話すよ」
佐田
「うわーそれはすごい、どうしてそんな方がM商事を辞めてここにきたんですか?」
星山専務
「同じ職場の人と結婚したそうだが、旦那さんが親の店を継ぐため会社を辞めてこの町に戻ってきた。何年か奥さんは別居して東京で働いていたのだけど、出産を機に会社を辞めて田舎に引っ込んで、二年前に子供さんに手がかからなくなったのでこの会社で働き始めた」
佐田
「そんな方を私の助手にしては恐れ多いですね。私は助かってますけど」
星山専務
「本題に戻るけど、進捗状況を知りたいが」
佐田は日程計画表を取り出す。
計画表
注:本当はこんな簡単なものでは仕事にならない。
PERTでもガントチャートでもよいが、実際に実施事項を書くと、縦は100数十行になる。当然イベントは数百になる。行き当たり場当たりでなく、取り掛かる前に詳細まで検討しておくと試行錯誤を減らすことができる。

佐田
「現在、専務さんから指示を受けたときから20日が経過しました。現在までの進捗状況は、一日二日の前後はありますが、ほぼ予定とおりで、特段問題と思われることはありません。
ただ次の段階についてですが、計測器についてはご存じのとおり手を打ちましたが、設備管理についてもなんらかのテコ入れが必要です」
星山専務
「伊東から聞いている。どうだろう、計測器と設備管理を川田部長の生産管理部に移そうかと思っている」
佐田
「ゆくゆくは組織全体の見直しが必要ですね」
星山専務
「そのようだ、ともかく目の前のクシナダ姫を満足させてからだな」
専務に状況の説明を終えて、佐田がホッと一息ついてコーヒーを飲んでいると、隣の席から武田が話しかけてきた。
武田
「佐田さん、このひと月、目の色を変えていましたが、クシナダの方はどんな塩梅ですか?」
佐田
「おかげさまで何とか目鼻がついてきたよ。もちろんまだまだこれからだけど、大丈夫と確信している」
武田
「佐田さんは、すごいですね。伊東委員長からもいろいろと聞いてます。今回の仕事はとんでもない大仕事というじゃないですか」
佐田
「今回の仕事が大変だというよりも、この会社の仕組みができていない所が多いから大変だということかな」
武田
「専務からも佐田さんの仕事を手伝うように言われています。私にできることを言ってください」
佐田
「武田君、君に頼みたいことは、まずクシナダの製品を間違いなく作ること、そして要領書などを作ったら、それに従って仕事をするように教育してもらうことだけだ」
武田
「確かにこの会社は今まで書き物を見て仕事するという習慣がありませんから、それを徹底することが重大ですね。でも任せてください。ちゃんとしますから。
私もこの会社に来て、生きがいを感じているのです。福島工場で職長解任になって、設備管理に回されたときは心底がっかりしましたよ。歳を取って職長を引退した人が行くところですからね。ここで第一線に復帰できて最高ですよ」

うそ800 本日想定される質問
お前はこんな仕事をしたことがあるのか? という疑問を持たれるかもしれません。
実を言いまして、私が30年前勤めていた会社は、OEMの仕事を取ってくると、それを作るのを下請けに振っていました。私はそんな下請けに行って、加工、組み立て、出荷までのものづくりを指導していました。納入前に、お客様が立会検査に来るわけですが、お客様も当然下請で作っているのは知っているわけで、下請まで行きます。
ということで私は下請け会社の品質保証体制を文書化し、それが実際に機能していることを説明できるように・・・いや、本当は全く何もない会社が多かったですから、体制を作り、何をするかを教え、そして実行させて、記録をねつ造して、いやちゃんと記録を整えて、ということを何度もしていました。
そんなことをしていたものですから、ISO9001なんてのが現れた時だって、新しいお客様が一人増えた程度にしか思えませんでした。実際、ISOの要求事項なんてたかが知れてますしね
でもね、当時のISO9001は組みしやすかったですね。当時の審査員は「あなたの会社を良くしたい」なんて寝言は語りませんでした。その頃のISO審査員も第二者監査員も、「製品をしっかりした体制で作っているか」ということだけを見ていましたからね。
ISO認証がダメになったのは、審査員が会社を良くしようなんて考えたあたりに原因があるのかも



外資社員様からお便りを頂きました(2013.12.04)
おばQさま
佐田氏の大活躍で、「組織は人なり」と良く判るお話です。
特に会社の中の人間関係や、仕事をやらない人間の言い分などはどこかで聞いたぞと言いたい気分で、特定の企業の問題ではなくて、一般化できる問題をお話にされたと思います。
昔は、こうした品質関連の資料提出もあったし、工場監査も多かったと思います。
しかし、改めてお話を読んで、現代の日本企業が海外OEMが当たり前の状態をみると、少し世の中が変わったように思います。
アジアの海外企業からのOEM,ODM、部品調達が当たり前になり、そこでは品質問題が存在します。

中国企業もISO認証をとっていますが、それと品質水準が別問題なのは、常識なのです。
ISOがある事は、組織や品質文書の存在は担保しますが、実際の製造の品質水準は別の所にあります。
もちろん、全ての企業が問題という意味ではなくて、中国企業で感じるのは品質と値段は比例しているという事です。
安い部品や製品ならば、ある程度の欠陥の受忍は当然であり、日本の常識:「品質は値段と無関係」は世界では非常識なのだと判ります。

そうした世界では、ISO認証がイイカゲンなのではなく、当然のようにISO認証はあるレベルの組織や文書の存在を示しており、それが他国でも理解できるもので、各国や企業固有のものではないという意味で、それ以上でも、それ以下でもありません。
多分、そこで品質云々を言えば、お金をどれだけ払うかの問題に転化するだけです。
お金の問題は、当然に利益に転換しますから、ISO認証と企業の収益も全く別の問題です。

日本の消費者は、高い品質を求めますが それを費用に転化する事を望みません。
殆どの国では、値段と品質は独立しており、安いものを求める消費者は、多少の品質問題は受忍します。
なぜそういえるかと聞かれれば、現在の日本製の製品シェアを見れば一目瞭然で、海外のシェアが殆ど無い日本製ガラケーの存在が それが世界が望む値段ではないという事を示しています。

話しを元に戻してまとめますと、海外生産の場合の工場監査を考えれば、ISOがあれば大丈夫と考える人がいたら笑われて終わりです。
品質の問題は、全く異なった観点での管理が必要で、当然に品質水準と値段は密接な関係があります。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
おっしゃること、十二分にわかります。製品だけでなく、サービスにおいても同じことが言えると思います。もう何十年も前、「スチュワーデス物語」を書いた深田祐介が「エコノミーの客がファーストクラスのサービスを要求する」と嘆いていました。今でも変わらないのではないでしょうか。そしてサービス(役務)の場合は、製品と違い、下手をすると差別だとか騒ぎますのでますます大変です。
日本があまりにも平等主義になってしまったのか、それとも欲望に限界がないのか、単なる身の程知らずなのか、あるいはメーカーやサービス業自身が、競争優位となるために際限ない競争に陥ってしまったのか、それはわかりませんが、それが日本の姿と思います。

ところで、私がここで書きたいのは外資社員様がおっしゃった「ISOがあれば大丈夫と考える人がいたら笑われて終わり」が結論なのですが、それをひとことで言ってしまったらオシマイで、私の暇つぶしがなくなってしまいます。それに一般の方はそういう事実を認識しないでしょう。
ということでこれから、ISOは笑い話、無駄、無益ということを、とくとくと解説していこうという趣旨であります。
なにせ振り込め詐欺と同じく、いまだにISO詐欺に騙される方が多いようで騙されないようにと語ることが私の老後の勤めでしょう。


外資社員様からお便りを頂きました(2013.12.06)
おばQさま いつも、お相手有難うございます。

「ISOがあれば大丈夫と考える人がいたら笑われて終わり」が結論

へいへ、私の考えは似ておりますが、少し違います。
現在 中国など海外のアジア企業にOEM/ODMや、部品・材料の供給を受けている日本企業にとって、依頼先の品質管理は大きな問題なのです。
ですから認証会社が、本当にそれらの企業を認証して、指導し、品質向上が出来るのならば、物凄い需要があるし、大変感謝されると思います。
もし海外だから出来ない、日本語でないと駄目だというならば、そのISOは国際規格ではなく、ローカルルールなのでしょう。
そんな事はないでしょうから、企業の品質向上が出来ると思う認証会社は、ぜひ そのビジネスをやれば良いのだと思います。
外資社員

外資社員様 毎度ありがとうございます
ちょっとご趣旨が読み取れません?
海外だから出来ない、日本語でないと駄目だ
このようなことを私は語っておりませんし、世の中でも言われたことはないと思います。
現実には、言語に関係なく、海外でもできないし、日本でもできないのではないでしょうか?
なお、中国のISO認証はグローバルではISOとみなされておりませんし(地獄の沙汰もナンチャラ)、某韓国の認証は価値が低いと言われています。
日本のですか? まあ・・・


外資社員様からお便りを頂きました(2013.12.07)
おばQさま
言葉足らずで、判り難くて済みません。
私の言葉は、「ISO認証で品質を上げられる」と明言している認証会社に向けたものです。
そうした会社が本当に品質を上げられる、海外の会社を良くできるのならば海外へ出てやってみせれば良いという意味です。
そうすれば、海外企業の品質に困っている日本の会社はもろ手を挙げて喜び、国内の認証も増えるだろうなと思ったのです。
私は、ISO認証については、経験不足なので勘違いがあればご教示下さい。

外資社員様 毎度ありがとうございました。
「ISO認証で品質を上げられる」と明言している認証会社に向けたもの
趣旨わかりました。
海外だから出来ない、日本語でないと駄目だ とはそういう意味でしたか。
「ISO認証で品質を上げられる」というのはいくつもの意味で間違いというか嘘でしょう。だって規格そのものに、「製品に対する要求事項を保管するもの(序文p.27)」と明記しています。
実を言いまして、外資社員様にご返事を書くためにISO9001:2008を全編読み直してしまいました。もちろん「ISO認証で品質を上げられる」とも「ISO規格で品質を上げられる」とも書いてありませんでした。
でもですよ、そう騙る認証機関があるなら「私の会社のISO認証を受けたなら品質を上げられる」という意味かもしれません。それはなんとも言えませんね。きっと素晴らしい審査ではなく、すばらしいコンサルや手取り足取りの指導をしてくれるのかもしれません。
しかし、もしそういう認証機関があるならばIAF(国際認定フオーラム)やJAB(日本適合性認定協会)は、褒めるのではなく、さっさとその認証機関の認定を取り消すでしょう。
ということで「私の会社のISO認証を受けたなら品質を上げられる」ということが真実と違うなら嘘つき、真実ならISO認証ビジネスができないということになり、どちらにしてもそういう認証機関は存在できないようです。


レイシオ様からお便りを頂きました(2014.01.31)
マネジメントシステム物語について
おばQ様
いつも勉強させて頂いており、ありがとうございます。
また、マネジメントシステム物語の更新、楽しみにしております。

おかげさまで、これまでISOの為にやっていた内部環境監査を、本来の法遵守、事故予防の観点に企画しなおしたところ、これまでの監査では発見できなかった法的不具合等がボロボロと出てきました。
マネジメントシステム物語で、文書化(可視化)の重要性や、形骸化しない点検とチェックのあり方について再度考えさせられているところです。

さて、「マネジメントシステム物語16 品質監査の準備」で菅野さんが例示している基本法ですが、このものがたりが平成3年ぐらいのおはなしであれば、環境基本法(平成5年)、循環型社会形成推進基本法(平成12年)なので、当時は公害対策基本法でなければつじつまがあわないようです。

ょえええええ、やられたあ
じぇじぇじぇどころではありません、大ショックであります。
非常にいい加減に書いていたことを反省します。
実を言いまして当時公害防止管理者を受験していまして、法律が変わるので試験問題も大幅に変わったのを覚えていました。といいつつ、そんなことをケロッと忘れていました。

これを肝に銘じて以降忘れないように、間違いはそのままとしてここにリンクしておきます。
間違いがありましたら、ご指導のほどよろしくお願いします。



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