マネジメントシステム物語17 内部監査をする

13.12.08
マネジメントシステム物語とは

佐田が大蛇おろち機工に出向してひと月半が過ぎた。出向早々、佐田はクシナダ受注のための品質保証体制の整備にとりかかることになった。そして今、文書や用紙様式の作成を進めてきて、ほぼ仕組みができたという状態である。あとは文書に基づいた業務の推進と、それに伴う記録を残していくことである。もちろん一斉にスタートしたのではなく、文書ができたところからその業務については五月雨的に実行させている。今まで文書に基づく仕事とか記録を残すという文化と縁がなかった会社だから、どうなることだろうか?
佐田はこの段階まで来た時点で、単なる点検ではなく、内部品質監査をしようと予め計画していた。内部品質監査も、することも、されることも縁がなかった会社だから、勉強というか練習になるだろう。

菅野佐田星山伊東
菅野佐田星山専務伊東
クシナダ対応の定期打ち合わせである。出席者はリーダーである星山専務、佐田、伊東、菅野の4名だ。とはいえあまり真剣深刻ではなくコーヒーを飲みながら話を進める。
星山専務
「まず佐田さんから概況報告をしてほしい」
佐田
「キックオフからひと月半、進捗状況はほぼ予定通りです。記録は一番初めに用紙様式を決めて作成を指示しています。現時点で手順書はすべて制定をおえました。とはいえ、クシナダの品質監査を受けるまでにこれから平均2回程度の文書改定を予定しています」
菅野
「まあ、一生懸命作ったつもりですが、それほど完成度が低いのでしょうか?」
佐田
「完成度というよりも、現場の人の意見や改善を盛込んで見直していく必要があるというべきでしょう。改定することに、あまりこだわることはありません。それに文書は改定があったほうが、役に立っている、実際に使われているとみなされるものですよ」
菅野は若干不満そうだった。
佐田
「記録様式は初期的に考えたものは、既に記録を残していくように指示しています。ルール通り作成しているかは、これからの内部監査で確認します」
星山専務
「品質保証マニュアルの提出はいつ頃になるだろう?」
佐田
「ご存じのように、品質保証マニュアルのドラフトは既にできていますが、実施状況を反映して何度かレビジョンを進めています。一旦客先に提出してしまえば差し替えは難しいですから、一度内部監査して、それを反映したものを出したいですね。そうですね、今から20日後ということでいかがでしょうか?」

注:レビジョンとはハードやソフトを修正した回数で、そのうち外部に修正を公表した回数をバージョンというそうです。ですから正式発行されない間に改定があったとき、レビジョンは進んでも、バージョンは進みません。

星山専務
「すまん、確認するが、一旦、内部品質監査を行い、それを反映して規定類と品質保証マニュアルを見直せば品質保証マニュアルを提出できるということなのだね?」
佐田
「そうです。具体的にはこれから実施する内部監査の実施に1週間、その対策検討で1週間、文書の改定作業で1週間、都合20日とみています」
星山専務
「こちらが提出したマニュアルを先方がチェックして、こちらに修正を求めることがあれば、それに対応しなければならないだろう。そなると、先方がこちらに品質監査に来るのは提出してから20日後というところか?」
佐田
「まあ修正要求はないと考えておりますが・・」
星山専務
「ともかくそうするとクシナダの品質監査は、今日から40日後、キックオフから85日、予定の三ヵ月ピタリということになるな」
伊東
「これからも順調にいくならですがね」
星山専務
「順調に行ってほしいね。
じゃあ佐田さん、内部品質監査というものについて説明してくれ」
佐田
「別に大層なことではありません。ルール通りしているかを聞き取り調査することです。クシナダによる品質監査の事前勉強にもなるでしょう」
星山専務
「全部門に対して行うのか?」
佐田
「全部門と言いましても、クシナダの要求事項の関わる部門だけです。要求事項には営業や設計部門がありません。ああ、それに資材部門ですが、クシナダの場合は外注の予定がありませんから、これも対象外です。もちろん経理などは範疇外です。総務は文書管理が監査対象になります。実際には、製造、検査、設備管理、計測器管理、倉庫などがメインになります」
星山専務
「具体的に内部監査とはどういうことをするのか?」
佐田
「今回作成した規定に書いてある通りに仕事をしているかを、管理者だけでなく作業をしている人に質問して実情を確認します」
伊東
「面白そうだな」
菅野
「要求事項に対応して『なになにする』ということを、その通りしているかと、『なになにを記録に残す』とあれば、その記録が存在するかどうかということですか?」
佐田
「そうです。このメンバーで手分けして行います。星山専務には、一二度陪席していただきたいと思います。ご自分の目で仕上がり状況をご覧になられるとよろしいかと・・」
星山専務
「なるほど、なるほど」
菅野
「あのう、私はまったくそういうことをしたことがありませんが、初めに私に監査をさせていただけませんか?」
佐田はいささか驚いた。菅野さんは自分で考えて監査をしようというのか? そして自分の口から出た言葉に自分で驚いた。
佐田
「いいですよ。私が陪席させていただき、あとでコメントさせていただくということでよろしいでしょうか?」
伊東
「俺も陪席させてもらう」
星山専務
「いや、わしも見学させてもらう」
佐田
「それじゃ菅野さんにトップバッターをお願いします。事前にスケジュールを立てて調整していましたので、最初は管理課の倉庫係を行います。期待しています」
注:1993年頃、ISO9001認証が始まったとき内部品質監査というものはISO規格に対応しているかをチェックするものと思われたようだ。本当はそうじゃない。監査とは、監査基準を守っているか、監査基準から逸脱する恐れがないかを点検することであり、監査基準にはいろいろあるのだ。ISOが流行るとともに、あるべき姿からどんどんと離れていったというのは面白いことだ。



管理課の現場事務所である。大蛇機工、史上初の内部品質監査が行われた。監査員は菅野ひとり、陪席者は佐田、星山、伊東の3名、対する被監査側は鈴田課長と倉庫係長である。鈴田は配られた会社の規定のファイルそして自部門が作成した記録のファイルを用意している。
そしてその後ろに安斉課長と検査係長が様子を見に来ていた。

検査係長
検査係長
倉庫係長
倉庫係長




星山専務
星山専務
菅野
菅野
伊東
伊東

安斉課長
安斉課長

鈴田課長
鈴田課長

佐田
佐田
菅野
「では内部監査をはじめさせていただきます。私が質問しますので、それに回答を頂ければ結構です。回答の際は、文書あるいは記録を提示してください」
鈴田課長と倉庫係長は緊張してうなずいた。
菅野
「倉庫の仕事はどんな規則に決まっているのでしょうか?」
鈴田課長
「製造して検査合格となったものの受入と保管については『倉庫管理規定』に定めてあります。営業から出荷指示を受けてからの出荷作業については『出荷取扱規定』に定めてあります」
菅野
「ええとこれは内部品質監査ですが、クシナダの品質監査の練習でもあります。回答するときは規定のファイルの該当するところを開いて示してください」
佐田は菅野が場慣れしているのに驚いた。以前の勤め先で監査をしていたのかもしれない。
鈴田課長
「わかりました。これが倉庫管理規定です」
鈴田課長は規定のファイルを広げた。
菅野
「では倉庫管理規定で受入と保管の手順について、どこにどのように定めているのか説明してください」
鈴田課長は規定の文章を指でたどり該当箇所を探す。
鈴田課長
「ええとですね、どこだったかなあ〜。完成品の受け入れと、あったあった、ここです」
菅野
「では、検査で合格になった製品を受け取って倉庫に入れるまでの手順を説明してください」
鈴田課長
「ええとですね、読みます、製造課では払い出し伝票をつけて検査に渡します。そして検査で合格になると、検査係で払い出し伝票に検査合格のハンコが押してこちらに引き渡してきます。こちらは払い出し伝票に検査合格印があること、そして日付と部品名が日程表通りであれば引き取ります」
菅野
「もし払い出し伝票のついてないときはどうしますか?」
鈴田課長
「ここに伝票のないものは引き取ってはいけないと書いてあります」
菅野
「わかりました。
次に移りますが、伝票と現物が間違いないことを、どのようにして確認するのでしょうか?」
鈴田課長
「はっきりいって確認していません。伝票に記載の名前とか番号を見ているだけです。まあ見てあきらかに形が違うと気が付けば前工程、つまり検査に声をかけますが、毎回、現物と図面と照合して確認するようなことはしていません」
菅野
「それは規定に書いてあるのでしょうか?」
鈴田課長
「係長、書いてあるかい?」
倉庫係長
「ええと、規定を読むと『伝票の品名と部品番号をみて、日程表で受入予定になっているものと同じことを確認する』とあります」
鈴田課長
「そうでしょう、そうでしょう」
倉庫係長
「課長、その後に『倉庫にあるサンプルと比べて部品違いがないことを確認する』と書いてあります」
鈴田課長
「ええ今までそんなことをしていたか?」
倉庫係長
「少し前に番号の記入ミスを信用して別の部品として保管していたことがあって、現物と比較して確認したほうが良いとなり、このたび規定を作るときそう決めたじゃありませんか」
鈴田課長
「すみません。伝票の品名と現物があっていることをサンプルで確認します」
菅野
「伝票と現物が違うことはありませんか?」
鈴田課長
「今係長が言った事件以外、ここのところなかったと思います」
菅野
「使用するサンプルの管理はどのようにしていますか?」
鈴田課長
「ええと、ちょっと待ってください・・・サンプル、サンプルと・・・、新しい部品を製作するとき、技術課はサンプルを発行する。サンプルには品名、部品番号、発行日を記載するとありますね、ウチの課ではサンプル置場を決めて保管しています。倉庫係長、それでよかったね?」
倉庫係長
「そうです。間違いありません」
菅野
「では、あとで倉庫で確認させていただきます。
質問を変えます。倉庫係には何人いますか?」
倉庫係長
「私を含めて4名です」
菅野
「倉庫係の人は全員、この規定に定めている手順を知っているのでしょうか?」
倉庫係長
「知っています」
菅野
「規定の教育はしましたか?」
倉庫係長
「規定が定められたとき、課長が全員を集めて説明会をしました」
菅野
「全員が理解したのでしょうか?」
鈴田課長
「ああ、もちろんです」
菅野
「倉庫係のみなさんは、規定のファイルを見ることができるのですか?」
倉庫係長
「ええっと、倉庫には規定のファイルはないのですよ。ファイルはこの管理課の事務所にあるので、必要があれば事務所に来て見ることにします」
菅野
「ああ、そうですか。今後、規定が変わったらまた課長が説明会をするのでしょうか?」
鈴田課長
「毎回というわけにはいかないでしょう。係長に説明会をしてもらうかもしれません」
菅野
「では説明会をした記録はありますか?」
鈴田課長
「ええと、係長、説明会の記録なんて作ったか?」
倉庫係長
「いや、そういうことを知りません」
鈴田は規定のファイルを手に取った。
鈴田課長
「ええっと、なになに・・・ああここだな『規定の制定や改定の説明をしたときは、朝礼の記録にどのようなことを行ったか簡単に記録する』とある。係長、朝礼記録簿を見せて」
倉庫係長
「ああ、ありました。『○月○日 課長が倉庫管理規定が制定されたこと、及び従来と変わった点について説明を行った。説明後、各員に要点を質問して理解したかを確認した』と書いてあります」
鈴田課長
「ああ、良かった」
菅野
「あの〜ですね、そういうことを覚えることはありませんから、まず規定を読んで、それから記録を出せばよいです。
それじゃ現場に行って状況を見せていただきます」

全員立ち上がって倉庫に行く。
菅野が一番近いところにいる作業者に話しかける。
菅野
「この部品はなんという部品かわかりますか?」
?
「伝票に書いてあります」
菅野
「伝票はどこにありますか?」
?
「ええと、あれ伝票、伝票と・・」
作業者は探すがプラダンケースには貼りつけてないようだ。落ちてしまったのか見当たらない。
菅野
「伝票が見当たらないときは、どのようにするのでしょうか?」
?
「うーん、どうすることになっているのかなあ」
菅野
「今までも伝票がとれてしまったことはあるでしょう。そんなときどうしているのでしょうか?」
?
「係長に言って指示を待ちます」
鈴田課長
「おいおい、伝票がなくなった場合の処置は規定に書いてないのか?」

倉庫係長は手にしている規定のファイルをめくっていたが、
倉庫係長
「課長、ここですかねえ〜」
鈴田は倉庫係長からファイルを受け取った。
鈴田課長
「ええと、『検査係に部品の特定を依頼する』って、なんだそんなことか。
菅野さん、そういう場合はですね、ここに書いてあるように、検査係にどの部品であるかを調べてもらいます」
菅野
「ご存じない方がいらしたので、規定の説明をしたけれど周知されていないということですね」
鈴田はギョットしたような顔をする。
菅野
「ここの温度湿度は測定していますか?」
倉庫係長
「はい、温湿度計を3か所において毎日朝昼に測定して記録しています」
菅野
「今月の記録票を見せてください」
倉庫係長
「お待ちください」

数分後、倉庫係長は現れたが、若干まずそうな顔をしている。
倉庫係長
「今月の記録票が2枚しかありませんでした。1か所では記録していないようです」
菅野
「この2枚も今日と昨日の温湿度が記入してありませんね」
鈴田課長
「まいったなあ。今後改善しますから、とりあえず菅野さん、記録に不備があったとしてください。明日メンバーに再度徹底します」

それからもう少しヒアリングをしてから管理課の事務所に戻った。

菅野
「佐田さん、どうですか、こんな調子で?」
星山専務
「いやあ、すばらしいとわしは思ったよ」
佐田
「うーん、一般的な基準としては良いと思いますが、しかし今回の監査にはちょっと不適切かと思います」
菅野
「今回の監査に不適切とおっしゃいますと?」
佐田
「内部監査は実施段階によって、調査項目や調査方法が変わっていかなくてはなりません」
菅野
「とおっしゃいますと?」
佐田
「今回は第一回ですから、質問の仕方を自分が知りたいことを聞くのではなく、規定に書いてあるとおりに書いてある順序でごりごりと全数確認してほしいのです。
一般的に言えば上手な監査とは、監査を受けている人に、なにを調査しているのか悟られないようにヒアリングすることが良いと思います。しかし、今回のような初回とか監査を受ける練習においては、相手に何を聞いているかを知らしめるような聞き方が良いと言えるでしょう。
この文書は見てますか、教育しましたか、この張り紙はどこにありますか、この記録はどこにありますか、この表示はありますか、というふうに
そういったものが徹底されて、かつ監査とはどんなものかと理解された時点で、ヒアリング方法を変えていくべきでしょう。最初から今回のような質問では相手が監査とはどういうものかを理解しない恐れがあります。また菅野さんは自分が目で見て実施していることが分ってしまったことについては質問していません。例えば今回、菅野さんは、返却品の置場と表示、不良品を預かった場合の処置、表示などについては、目で見て適正であると判断したようで、質問していません。しかしそれでは監査を受ける側がどんなことを調査しようとしているのかを理解しないのです。鈴田課長も倉庫係長も、そういったことを調査していることを理解していません。監査を受ける人に、どんなことを調べているのかということを理解させるためには、自分が見て適正と判断したことについても質問してほしいのです」
伊東
「なるほど、監査には時と場合によって方法を変えなくてはならないのだな。最初は規定の一字一句が徹底されているか、すべての記録があるかを確認しなければならないのか。いや、二度目以降も確認はするのだろうが、監査の練習においては、相手に何を調べているのかを理解させることも重要なのだ。言われてみるとその通りだ」
星山専務
「うーん、そうなのか、言い換えれば社外の監査を受けたとき、何を聞かれても対応できるように、分りきったことでも、しらみつぶしに質問しておく必要があるのだな」
菅野はおとなしく佐田の話を聞いていた。



今日は検査係の内部監査である。二番バッターは伊東である。監査側として佐田と菅野、被監査側として安斉課長と検査係長検査係長 である。
二人は昨日、管理課の監査を見ていたので抜かりはないだろう。

伊東
「では内部監査をはじめさせていただきます。私が質問しますので、それに見合った、文書あるいは記録を提示してください」
安斉課長と検査係長がうなずく。
伊東
「検査の仕事を定めている規定を出してください」
安斉課長
「検査規定という文書で検査の仕事を定めています」
伊東
「あのさ、俺は文書とか記録を出してくれって言ったんで、口で説明されても困るんだよ」
安斉課長
「おいおい、検査係長、規定のファイル出してくれ。え、ここに持ってきていない? 早く持ってきて・・」
検査係長がファイルを持ってくる。昨日、この二人が管理課の内部監査を見学した甲斐はなさそうだ。
安斉課長
「ええと・・・」
安斉はファイルをめくって該当する規定を探そうとするが見つからない。
検査係長も一緒になって探す。
安斉課長
「ああ、ありました。これです」
伊東
「わかった。その分じゃ読んだこともなさそうだから、よく読んで内容を理解しておいてよね。
さて次に、検査指示書はあるかい?」
安斉課長
「受入検査、中間検査、出荷検査ごと、検査する品名ごとに作成されています」
検査係長
「課長、課長、委員長に叱られますよ。現物です、現物」
安斉課長
「ここには原紙がありまして、検査する場所にコピーしたものを置いています」
検査係長があたふたと原紙のファイルを持ってくる。
伊東はパラパラとファイルをめくる。
伊東
「検査指示書の台帳はありますか?」
安斉課長
「これです」
安斉はファイルの一番前にとじてあるところを示す。
伊東
「そうみたいなんだけど、ウチで生産している部品数は数百あるはずだよね。しかし、この台帳では230番くらいまでしかないよね」
安斉課長
「まだ全部できていません。計画を立てて作成中です」
伊東
「なるほど、ではその計画書を見せてよ」
安斉課長
「検査指示書を作る計画は紙に書いてはいないのです」
伊東
「目に見える計画がなければ計画を立てたとは言えないよね」
安斉課長
「わかりました。計画書を作ります」
伊東
「うーん、計画書を作るのが目的じゃない。だけど、クシナダの監査のときまでには、最低クシナダ向けの検査指示書は全部作っておかなくちゃだめだよ」
安斉課長
「そのように計画を立てて進めます」
伊東
「検査指示書の配布先を決めている文書を見せて」
安斉課長
「ええとものによって配布先が違うのです。1部のもの2部のもの3部コピー配布するものがあります」
検査係長
「課長、課長、質問と回答がかみあってません・・・」
安斉課長
「すみません、配布先を決めた文書はありません。
伊東さん、配布先はこれから決めますから」
伊東
「わかった。検査指示書の発行手順を決めたものを見せて」
安斉課長
「まずコピーが必要なときは、係長が原紙を探して・・」
検査係長
「課長、課長、ちょっとストップ、規定を読みながら説明した方が良いですよ」
安斉はあわててファイルを手に取り該当箇所を探す。
それから読み上げる
安斉課長
「発行が必要なときは・・・原紙をコピーして日付の入った発行印を押して現場に配布する。改定の時は、古いコピーを廃棄する。
ちょっと待てよ、発行印は押していると思うが、日付は入っていただろうか?」
検査係長
「いや、発行印に日付なんてありませんね」
安斉課長
「困ったなあ〜、しょうがない、伊東さん、発行印には日付がなかったと記録してください。今後は日付を入れた発行印を押すことにしよう」
伊東
「わかった、それはしっかり頼むよ。
じゃ次に行こう。検査治具と検査ゲージの台帳を見せてください」
安斉課長
「いや、まだ作成していないのです」
安斉の顔には汗が流れている。
伊東
「わかりました、いつまでに・・・」

監査を終えて佐田、伊東、菅野の三人は事務所に戻ってきた。
伊東
「あんなもんでどうだい?」
佐田
「伊東さん、しらみつぶしに聞いてくれてよかったですよ。次回は検査係内部で自主点検をしてもらい、内部監査では抜取でよいでしょう」
菅野
「規定にあるものを聞くというだけでは、監査のレベルが低いように思いますが・・」
佐田
「確かにそうなんですが、倉庫係のときも説明しましたが、監査は相手のレベルに合わせて行う必要があります。初めて監査を受ける部門に対しては、ありますか、ありますか、という質問になるのは必然です。そういう質問をすることによって、聞かれた人は、規定に書いてあるということはどういう意味なのかを理解するでしょう。『記録を残す』という文章を、紙に書いてそれを記録として後生大事に保管しなければならないということを体で理解しなければならないのです。
二回目に監査をするときは、文書も記録もあることは当然なのですから、その中身が適正かどうかをみるようになり、三回目とか四回目になればそれがその職場で役に立っているのかどうかなど、より高い次元での点検にならないと、監査の意味を失います。今回はどの部門も、菅野さんが作ってくれた規定を理解しているか、書かれている記録があるかを調べることが目的です」
菅野は納得していないような顔をしていた。



1週間後、再びメンバーが集まった。
菅野佐田星山伊東
菅野佐田星山専務伊東
星山専務
「まず、監査の結果を聞きたい」
佐田
「文書の理解がイマイチでした。というよりも文書をよく読んでいません。しかし今回監査をした結果、どの課長も係長も、文書とはどういうものかということを理解したと思います。また記録もつけないとどうしてまずいのかということを分ってくれたと思います」
伊東
「単にしっかりやれと言うだけでなく、ときどき監査をすれば規定通りしなければ問題になるという認識が徹底するように思うね」
菅野
「クシナダの品質監査を受ける前に、もうニ三度、内部品質監査をするのでしょうか?」
佐田
「今回は文書、記録があるかどうかのチェックでした。次回はその文書が正しく運用されているか、記録をちゃんとしているかを確認しなければなりませんね。そのときは単にあるかないかを調べた今回のような監査ではなく、菅野さんが初めにしたようなレベルの高い監査をしてください。
それと内部品質監査は外部監査を受けるための練習です。外部の人が聞くようなこと、聞き方でする必要があります」
菅野
「次回は実施前にどのようなことをどのような聞き方で監査するかを教えてください」
佐田
「今回は文書の理解と実施状況の確認であることが明白で、目的が簡単だったので、みなさんに好きにやってもらったのですが、監査とはもっと詳細な計画を立てなければなりません。次回はそうしましょう」
星山専務
「これからの仕事はどうなるのかな?」
佐田
「先日、規定の改定が発生すると申し上げましたが、監査結果、規定を直さなければならないことはそれほどありません。ですから品質保証マニュアルにもほとんど修正個所はありません。ということでほんの数日いただければ提出できるものが出来上がると思います」
星山専務
「1週間後に提出できるとなると、前回の打ち合わせより1週間先行したことになる。マニュアルを早く出せば、向こうの品質監査の実施も繰り上げられるか・・」
佐田
「いや先方の品質監査を前倒しすることはできません」
星山専務
「えっ、どうして?」
佐田
「というのは記録を蓄積する2か月という期間は変わらないからです」
星山専務
「そうか、クシナダの品質監査の日時は変わらないということか。いや、そうするとマニュアルを提出後、まったくマニュアルに問題がない場合、すぐに監査に来ると言われると待ってくれということになるのか?」
佐田
「そうなります。でも正味2か月というのが必須なのかどうなんでしょう?」
星山専務
「へたに聞くと藪を突くことになりそうだから、提出して様子を見ることにするか?」
佐田
「それでいいのではないでしょうか」
伊東
「今回の監査で、規定で定める記録を作っていないという部門がいくつかあったが、ああいったものは作成を始めてから2ヵ月必要になるのか?」
佐田
「規定の改定は今後もありますし、その結果作成する記録が追加になることもあります。ですからすべてがそろっている期間が二月と考えることはありません。概ね運用されている期間が二月あれば良いでしょう」
星山専務
「それじゃマニュアルを修正したら、先方に提出することにしよう。1週間後ということにしよう。いいかね?」
佐田
「承りました」



解散してから菅野が佐田に話しかけてきた。
菅野
「佐田さん、監査の方法論について教えてほしいですね」
佐田
「私も誰かから監査について習ったということはありません。でも人間が考えたものなら、習わなくても自分が良く考えれば他の人が考えたところまで到達できるでしょう。なにごとも目的は何か、アウトプットとして何が期待されているのかを考えればものごとは決まるような気がします」

うそ800 本日の思い出
私が顧客の品質監査を受けたのは1970年頃からだった。しかし品質保証協定書で内部監査を義務付けられたのは1990年か、あるいはそれよりちょっと前からだったと思う。
顧客が内部監査をしろと言うのだから、しなければならない。最初は要求事項に書いてある通り逐次、ルールの有無、記録の有無、内容をチェックした。そんなことを少しすると、そういうことに無駄な時間を使うのがバカバカしいと思った。真の内部監査と、外部監査のための証拠作りの内部監査は別ものではないか思うようになった。そんなことから私は内部監査の目的と成果物がどの程度であれば良いのかということから自分が考えた。そして文書や記録はわざわざ監査ということではなく、事前に一覧表を作り各部門の管理者と一緒に確認した。別にダブルスタンダードというわけではない。
ISO9001が現れたとき、内部監査にはしっかりしたチェックリストを作らなければならないと聞いた。1992年に初めてISO審査を受けたとき、審査員が持っていたチェックリストをみてあきれた。規格の末尾を疑問文にしただけだったから。その後ISOの内部監査員講習会に行って、そこで内部監査のチェックリストなるものを見て笑ってしまった。まるでママゴトとしか思えなかった。今でもそんなのを教えているのだろうか?




マネジメントシステム物語の目次にもどる


Finale Pink Nipple Cream