マネジメントシステム物語19 品質監査を受ける

13.12.11
本日は正味2万字、原稿用紙50枚分以上です。チョー長いですから、お時間のあるときお読みください。

マネジメントシステム物語とは

クシナダ機械から来た監査員は、品質保証の課長五十嵐と担当者の横山の二人である。
佐田と菅野が時間をみはからって門のところで待機していると。クシナダの二人はタクシーでやって来た。大蛇機工には守衛所も門も塀もなにもなく、タクシーは公道から敷地に入ったところで二人を降した。
佐田が声をかけた。
佐田
「五十嵐様ですか、お待ちしておりました」
五十嵐
「五十嵐です、本日はお世話になります」
タクシーの運転手がトランクを開け横山がカバンを取り出したので、菅野がそれを持った。もっともそこから建物まで10歩くらいしかない。
二人を応接室に通す。すぐに社長と星山が入ってきて名刺交換をする。
菅野はお茶を出し、佐田はオープニングの部屋に入る。時間が来たら、星山専務が二つ隣にあるオープニング会場に案内することになっている。
オープニング会場には、こちら側メンバー川田取締役以下10名がそろっていた。

注:私は20年ほど前、第二者監査や第三者審査を受けるときはいつも、門に立って監査側が来るのを待っていた。別におべっかを使う気はないが、ガードマンの対応がまずいと困るし、どうせ部屋で待っていても気分が落ち着かない。
私は常にタクシー券を用意していた。ほとんどの二者監査の方やISO審査員は自分が支払ったが、某認証機関からのISO審査員は、こちらがタクシー券を運転手に渡しても必ず領収書をもらって行った。きっと旅費精算のとき、タクシー代も請求したのだろう。けち臭いというか、極論するとそれは詐欺罪になる。その認証機関名は省略

時間になって星山専務が二人を会議室に案内してきた。
双方簡単な挨拶をした後、早速監査に入る。第二者監査だし監査基準は初めから決まっていてその説明などはしないから、オープニングは簡単なものだ。逆に要求事項の審査は、ISO9001のようにバーチャルというかお花畑とは違い、顧客側にとって重大だから微に入り細に渡るのが普通だ。なにしろ監査で見逃しがあれば、今日来た監査員の責任が追及されるのだ。
五十嵐
「そいじゃ、早速監査に入らせていただきます。品質保証体制については、この部屋でよろしいのでしょうか?」
星山専務
「はい、私と品質保証担当の菅野と伊東が対応します。
それから、横山さまの最初の対象部門は総務課になりまして、この隣の会議室になります。私どもの佐田がご案内いたします。では他のメンバーは退席させていただきます」
川田取締役たちが部屋を出ていく。佐田が横山氏を案内する。残ったのは星山専務、伊東、菅野である。
伊東と菅野が机を並べなおして、五十嵐の体面に三人が座った。
五十嵐
「まず品質保証の組織の確認をさせていただきます。品質保証責任者は星山専務さんということですね」
星山がうなずいた。
五十嵐
「星山専務さんは品質保証責任者として、具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか?」
星山専務
「このような小さな会社ですから、私は品質保証だけでなく営業、総務、そして経理を担当しております。実際問題として品質保証業務と営業あるいは総務の仕事を分けて考えることができるわけはありません。常に担当する範囲のあらゆる仕事を同時進行で処理しているわけで、品質だけでなく納期やコストを含めて社内と客先との調整や判断を行っています」
五十嵐
「協定書では製造と品管について兼務しないこととなっていますが、専務さんは品質管理には無関係ですね?」
星山専務
「私は製造や技術や検査に口出しはしていません。しかし無関係とおっしゃる意味が私には分りかねます。先ほど申し上げたように私は経理も営業も担当しておりますから、損益とか売上というものが頭にないわけではありません。品管と品証という業務にコンフリクトがあるというのが一般的のようですが、経理や営業も品質保証とコンフリクトが発生するのは当然です。それなら兼務できないものかもしれません。私の考えを申しあげますと、それは単にひとつの形式あるいは方法論であって、現実は兼務しようとしまいとその業務を誠実に努めるか否かでしかないように思います。
まあ私が最終判断するときには、常にお客様の立場で考えているとしか言いようがありません。いや自分の会社が短期利益の追求、略奪農業ではなく長期的にビジネスをしていくことが目的ですから、お役様の立場で考えるということと、自己の利益追求は一致するのではないですかね」
五十嵐とすれば単に『私は品質保証だけを担当しており、品質管理は別の者が担当している』と言ってくれれば良かったのだ。五十嵐がいつもしている監査とはそのようなものだったから。
五十嵐
「ごもっともです。さすが専務さんのご発言は重みがありますね。いや多くの会社では品質保証責任者といっても、単に品管以外の人をアサインしているだけで、真に顧客の立場で考えているかどうかわかりませんからねえ。
それで専務さんのご判断で、出荷を止めたということはありますか?」
星山専務
「ありません」
五十嵐
「ほう、ということは出荷検査もしくは最終検査において不合格になったことはないというころでしょうか?」
星山専務
「いや、そうではありません。出荷検査で不合格になることはありました。そのとき私がNGといえば責任を全うするのかといえば、そうではないでしょう。単に製品仕様を満たさないから出荷しないと判断するのが、顧客のためというわけではないからです」
五十嵐
「といいますと?」
星山専務
「私どもは一般消費者を対象にした製品ではなく、すべて顧客企業から注文を受けて製造しています。ですから自分が決めた仕様を満たさないものは出荷しないという単純な判断はできません。具体的なお客様がいらっしゃるわけで、お客様の事情を考慮しなければなりません。例えば客先で手直ししてでも使いたいという状況かもしれません。図面仕様を外れても使えるかもしれません。組み合わさる相手方の部品にバラツキがあって、当社の製品あるいは相手方を層別すれば使えるかもしれません。
私の責任は仕様を外れたものを出荷停止にすることではなく、お客様の期待に応えるためにどのように対応するかを決めることです。ですから基本的には客先に状況を報告し、先方と話し合って出荷可否だけでなく、それ以降の対策を含めて決定しているということです」
五十嵐
「なるほど、そういったことはあるのでしょうか?」
星山専務
「あります。たびたびではありませんが」
五十嵐
「品質保証責任者として、その他にどのようなお仕事をされているのでしょう?」
星山専務
「第一には品質保証システムの構築と維持ですね」
五十嵐はこの言葉を聞いて驚いた。品質保証という言葉は昔から使われていたけれど、品質保証システムという言葉はあまり使われていなかったからだ。いや21世紀の現在でも使われていない。品質システム、品質マネジメントシステム、あるいは品質保証という言葉は多く使われているが、品質保証システムというのはめったに使われない。(嘘だと思うならググってください)
五十嵐
「品質保証システムとは品質システムとは違うのですか?」
星山専務
「五十嵐様のような専門家を前にして私のような門外漢が語るのは恥ずかしいですが、広義の品質管理(下記注1)は狭義の品質管理、品質保証、品質改善から構成されると考えられています。 私は品質保証担当役員ではありますが、広義の品質管理(品質マネジメント)を担当しているわけではありません。広義の品質管理は一つの概念であり、役員一人が担当とか処理できるものではありません。全社員が関わるものであり、最終責任はトップ経営者になるでしょう。ウチでは狭義の品質管理を川田取締役が品質改善を吉田部長が担当しております。私が担当しているのは品質保証だけです。その品質保証の仕組みつまり品質保証システムを構築維持しているわけです(下記注2)」
品質マネジメント関係図
注1:当時はQuality managementを広義の品質管理と訳していた。現在は品質経営と訳す。(ISO8402:1986、当時のJIS品質管理用語など)
注2:世の中の多くの会社に品質担当役員(あるいは品質担当役)というのがいるが、その人たちは品質マネジメントすべてを担っているのだろうか? それとも品質保証の範囲なのだろうか? 品質管理なのだろうか? あるいは? 私は知らない。

五十嵐は調達先の品質監査とか、品質保証というものに何年も従事してきたが、今の星山の話ほど深く考えたことはなかった。五十嵐は苦笑いした。
五十嵐
「専務さんとお話すると、品質に関する確固とした理念をお持ちなのがわかります。いや、皮肉ではありません。そのように厳密に考えている会社さんはありませんよ。だから先ほどの品管と品証の違いということも頭の中で考えるだけでなく、実運用となっているわけですね。良く分りました。
それでは品質保証システムの構築維持というのは、具体的にはどのようなことをなされているのでしょうか?」
星山専務
「システムとは本来は社会制度とか支配体制という意味です。過去よりいかなる社会や国家においても、支配するには行き当たり場当たりとか暗黙知だけでは不可能でした。江戸時代というと水戸黄門が葵のご紋の印籠を出して解決とか、切り捨て御免なんてイメージかもしれませんが、現実はテレビドラマとは全く違いました。ちゃんと禁制とその量刑を定めた法規制があり、それを執行する権力という仕組みがなければ体制が長続きするわけはありません。多くの古文書を見ても分りますが、八丁堀の捕り方は被疑者を殺さずに生け捕りして裁判にかけなければならず、殺人事件などの重大事件では判決まで2年も3年もかけて慎重に審議していたのです。
支配というと聞こえが悪いですが、アドミニストレーションといいますか統制あるいは行政を行うには、法に代表される明確に定めた規範が必要で、しかもそれは書き物でなければなりません。私の第一の仕事は、この会社のルールをビジブルな形で関係者に示すことです」
五十嵐は星山の話を聞いていて、揺れるボートに乗っているような気がしてきた。五十嵐は星山の話を聞いていて、監査というよりも形而上の議論に引きずり込まれそうだと感じた。 へたをすると星山の手玉に取られてしまいそうだ。
五十嵐
「それは会社の手順を文書にするということでしょうか?」
星山専務
「手順もあります。しかし手順だけではありません。会社の文化というものを明示して、それを教え伝えるということでしょうか」
五十嵐
「文化とおっしゃると、具体的にはどういうものでしょう?」
星山専務
「文化とは『特定の社会の人々によって習得され、共有され、伝えられる行動様式及び生活様式』と言われています。ものごとをどのように考えるか、判断するか、価値観あるいは判断基準というようなものでしょう。
仕事をする上で判断基準となる、あるいは選択するときの価値判断を示すものといいますか。品質とコストに限らず、会社ではコンフリクトをどのように判断するのかというのが仕事のようなものです。それは経営層だけでなく一般の従業員でも同じでしょう。そのときにどのような判断基準で考えるのかということ、それが会社の文化であり、我々は後輩に対してそれを教えなければならず、それを伝え教える手段として文書化があるでしょう」
五十嵐
「方針というものでしょうか?」
星山専務
「そうですね、方針と言っても良いかもしれません。ただ方針という言葉は人によって受け取り方、イメージがさまざまです。世間で方針と言いますと『品質は何ものにも優先する』とか『品質奉仕の精神』とかいうのをみかけますが、そんな簡単なものじゃ従業員は動けないですね。
ルイス・A・アレンという方は『方針とは反復的に起こる状況に適用される持続的な決定である。それは、繰り返し生ずる質問にたいする、不動の回答である』(組織と管理、1960、ダイヤモンド社)と言いました。私はその通りだと思います。そのためにはワンセンテンスのスローガンや標語ではなく、細かくはなくても具体的な判断基準を示さなければならないでしょうね。
企業の文化と方針は同じかと言えば、厳密には違うでしょうけど実際問題としてニヤリイコールかもしれませんね」
五十嵐課長はますます星山専務の言葉に混乱した。星山専務は本音で語っているのだろうか、それとも監査側を煙に巻こうとしているだけなのだろうか・・・ここは早いところ切り上げて具体論に戻らなければならない。
五十嵐
「わかりました。第一は文書化とおっしゃいましたが、ほかにはどのようなことをされているのでしょう?」
星山専務
「文書化したものを生かすこと、つまり従業員に教え納得させ実行させることです」
五十嵐
「なるほど、専務さんのお話を伺いますと精神的なもののようですね」
星山専務
「いや全然違います。私だけでなく当社は精神論に陥ることは望みませんし、そのような考えで経営を行ってはいません。例えば生産性をあげるとか品質を向上することを、精神力に求めることは明白な間違いです。リソース、つまり人・物・金そして情報を確保し提供するのは経営者の仕事であり、そしてそれを利用して目標を達成するための方法を考え担当者を教育訓練し、意識を高めて、そして目的を実現すること、それが管理者の仕事でしょうね。
あのね、精神力あるいはやる気だけで会社を良くすることができるはずがありません。やる気はもちろん必要でしょう。しかし設備を含めた固有技術、そしてそれをいかに運用するかという仕組みが必要です。それが品質保証システムであり、あなたは今当社のシステムが大丈夫かを点検に来ているわけです。精神力は必要ですが十分条件じゃありません。もちろん勘違いしてはいけませんが、品質保証システムも必要条件ですが十分条件じゃありません」
五十嵐は星山の語ることがもっともだと思う。しかし普通の人はてらいもあるからめったにそんなことを語らない。星山は心底そう考えていて実行しているのだろうか。あるいは五十嵐をからかっているのだろうか?
とにかくここは早いところ切り替えよう。
五十嵐
「他にはどのようなことを・・」
星山専務
「内部品質監査があります。正直申し上げまして御社の品質保証協定書に要求があるので、今回はじめて内部品質監査なるものを行いました。しかしその後で私は気が付いたのですが、現場の実態を把握し、その結果見つけた問題点や改善を対策する、あるいは水平展開する、そういったことをトップ経営者に報告することは過去よりしていたということです。実を言いまして私の役目である品質保証責任者なんて名前も今回新たに付けたわけですが、過去よりそう言った仕事を私がしております」
五十嵐
「なるほど、そうしますと御社の内部品質監査のチェック項目は品質保証協定書の要求事項とイコールではないということですか?」
星山専務
「内部品質監査の実施指示と報告書の決裁そして社長への説明は私が行っておりますが、実際の監査を実施し、その結果をとりまとめたのは菅野ですので、そちらから説明させましょう」
菅野が脇から専務の正面の席に移った。五十嵐課長は相手が、さきほどお茶を出した女性であったのにいささか驚いた。
菅野
「監査は複数の監査員が行いましたが、全体をとりまとめ報告書作成と専務への報告は私が行いました」
五十嵐
「監査のチェックリストはどのようなものを使ったのでしょうか?」
菅野
「専務が申し上げましたが、今回の内部品質監査は初めてのことでしたので、私どもは段階を踏んで行いました。第一段階としては当社規定に定める文書、記録の過不足、内容の確認を行いました」
五十嵐
「それは当社の品質保証協定書の要求事項は、すべて確認したということになるのでしょうか?」
菅野
「結果としてはそうですが、直接ではありません。御社の品質保証協定書の中の要求事項は、弊社提出の品質保証マニュアルにおいて担保していると考えます。といいますか御社は弊社の品質保証マニュアルをチェックして、御社との品質保証協定書を満たしていると判断したからこそ、今ここに品質監査にお見えになっているわけですね」
五十嵐は星山だけでなく、この菅野というオバサンも理屈っぽいと心中タジタジとなった。
菅野
「そして弊社の品質保証マニュアルは、そこで引用している弊社の規定類によって裏打ちされているわけです。ということで私たち監査員は貴社の品質保証協定書を満たしているかを確認したのではなく、弊社の規定に従って運用しているかを確認しました。もちろん弊社の従業員は、御社との品質保証協定書を拝見していません。しかし弊社の規定を遵守するのは、従業員として当然の義務ですからそれは担保されます。論理学の三段論法そのままですね」

注:私の経験上、多くのISO審査員はこの単純な三段論法を理解していない。これを理解していないということは、単なる論理の取り違いではなく、会社の仕組みを理解していないということである。会社というものを理解せずにISO審査ができるのかは研究に値する。そんなことで「経営に寄与する審査」ができるのか、誰か教えてください。
五十嵐
「もし遵守しないときは?」
その質問は単なるあいづちのようなものだったが、菅野は間髪を入れず回答した。
菅野
「弊社の職務規定では、法規制及び会社規定を遵守しない者は懲戒に処すと決めてあります」
五十嵐
「なるほど、会社規定を守ることを定めているから、順守するのは当然というのですね。そういう考えを義務論というのでしょうか」
菅野
「うーん、義務論といわれるとちょっと悲しいですね。私は従業員が積極的に企業の目的実現に参画しているというイメージを持っています。そのニュアンスから、目的論と言ってほしいところです。
話を戻しますと、第一段階では会社規定で定める文書、記録の作成状況を徹底して点検しました。その内部品質監査報告書は第1回目としてまとめております。これがそうです」
菅野は内部監査記録と表題が付いたファイルを開いて、A4で50ページほどの資料を見せた。
五十嵐はパラパラとめくった。五十嵐はこの程度の規模の会社で1回の内部監査報告書が50ページもあるのを見たことがなかった。ページをめくるとそれは簡単な報告書ではなかった。まず観察結果の詳細が記述されその考察が延々と続き、対策案につながっている。菅野は第一段階といったが、これだけでも五十嵐が行っているクシナダの内部監査報告書よりレベルが高そうだ。
五十嵐
「なるほど文書については制定状況、発行管理、配布状況、現場での管理などを確認されたわけですか。記録についても・・・・いやあ、すごいですね。完璧ですね」
菅野は次の資料を開いた。
菅野
「こちらは第2回目の内部品質監査記録でして、第1回目の不適合のフォローアップと、当社の手順書の内容と運用の差異、文書・記録の利用状況についての調査、改善点について議論しています」
五十嵐
「フォローアップはわかりますが、利用状況とは?」
菅野
「手順を文書化するといっても、その文書化の程度はその業務の性質や複雑さによって異なるでしょう。また従業員の力量によっても変わることになります。細かく文書化することが適正なのか、あるいは一般方向を示すだけで目的を果たすのかを、実際の運用状況をよく観察して、その結果を反映して常に見直していく必要があります」
五十嵐はうなってしまった。たかが従業員200数十名の中小企業と思っていたが、内部監査の考え方そしてその実施はとても高いレベルだ。クシナダ機械でさえ足元にも及ばない。それに「一般方向」なんて言葉を、この女性が使ったことに畏敬の念を覚えた。いったい何者だ?
菅野は言葉をつづけた。
菅野
「これは第3回目の監査報告書です。この段階では、各職場が文書に定められたルールを守って運用していること、記録を作成していることを確認していますので、そういったことは見ていません。年度首に示された社長方針の展開状況とその進捗状況を点検しており、年度計画の見直しなどの提案をまとめています」
五十嵐
「なるほど、内部品質監査といってもスタティックなものではなく、実施時期により、また運用状況によってドンドン観点を変えていかなくてはならないのですね」
菅野
「それは当然です。どんな仕事でも状況に対応し、また時間と共に高度化していかなければ無駄の一言です。でも五十嵐課長さんの行う品質監査はスタティックなものでしょうし、変化をしてはいけないわけです」
五十嵐は無意識に声を出してしまった。
五十嵐
「なぜですか?」
菅野
「だって御社と調達先との品質保証協定書はフィックスしているわけで、御社が監査基準を独断で変える、あるいはレベルアップを図ることは契約上できません。御社の第二者監査においては、常に一定レベルが維持されているかを確認することになります」
五十嵐はとても目の前の女性にかなわないと思った。このオバサンはなにものなのだろう。いやしかし、この会社は星山専務が語った理念が徹底しているのか、あるいは菅野が語るように規定は遵守されているのだろうか、もしそうであるならとんでもない会社なのかもしれない。
五十嵐
「内部監査の実施についてはよくわかりました。
この報告書はどのように使われているのでしょうか?」
星山専務
「私が報告を受け、疑義のある場合はといいますか、現実には常に論点が多数あるわけでして、そういったことについて監査を行ったメンバーと、問題点について、そしてその改善策について大いに議論しています。それを反映してこの報告書があるわけです。しかしプリントした後にもボールペンでいろいろと書き込みがあるでしょう。それが議論したりなかったこととか私の見解なのです。それを社長に報告して、社長がまた一枚目にいろいろと書き込んでいるでしょう。(と星山は指さす)社長のコメントを頂き、品質保証責任者である私がそれを実施するということが監査の意味だと思います」
五十嵐
「記録に書き込みがあるのはどうなんでしょうかねえ?」
星山専務
「文書に書き込みをしちゃいけないというのが品質保証の常識らしいですが、この場合は記録ですし、私が書き込みをしたものが最終版であるという考えもあるでしょう」
五十嵐
「専務さんとか社長さんが検討した後に他の人が追記したものではないという説明はできますか?」
星山専務
「伝票をボールペンで書けなんていうのも常識らしいですが、ボールペンで書いてあれば、あとから書き加えられるはずがないという証拠にもならんでしょう。これも同じで、疑えばきりもかぎりもないですわ」
五十嵐
「なるほど。では監査で見つかった不適合についての是正は、どのようにしているのでしょう?」
星山専務
「不適合についてはもちろん該当部門に見つかった不具合を直すこと、それと再発しない対策をすることを指示し、結果報告を受けております。しかし水平展開といいますか、社内全体に対して対策指示をすることは、我々品質保証の責務ですから・・・・」
五十嵐が知っている監査報告、それには自分が書いた報告書も入るのだが、それを役員や社長に提出してもコメントなどあったものは見たことがない。 PDCA ハンコが押されて帰って来ただけだ。ここの監査報告書は、監査のとりまとめ担当が書いたドラフトを監査メンバーと監査責任者である星山専務が議論して見直しし、修正したものを更に星山専務が見直し書き込み、それを社長に説明し、社長が自分の考えを朱記して実施を命じている。PDCAのAそしてPは完璧に動いている。それは中小企業だから可能なのだろうか。いや、五十嵐の経験では規模に関わらず内部監査が有効であるところなどめったになかった。

1時間半の品質保証体制と内部品質監査の監査を終えたとき、五十嵐課長はものすごく疲れていた。調達先の監査を仕事にしている五十嵐にとっても、これほど疲れる監査はめったにない。いや初めてかもしれない。
普通の調達先監査では、まず『品質保証』の意味を知らない所が多い。分っているところでも要求事項のオウム返しが多く、それを具体的に展開しているところなど珍しい。ましてその会社の文化というか過去からしていること、要求事項に当てはめているというところなどめったにない。本音を言えば、オウム返しの会社で、品質保証協定書に書いてあることをそのままの言葉で社内の文書にしているほうが監査は楽だ。それが有効かどうかなど五十嵐は気にしたことはない。形があればハッピーであり、監査が楽ならなおハッピーである。
しかし大蛇機工での監査はそんな表面的、形式的な証拠を確認すればすむようなものではなかった。要求事項の意図を理解して、大蛇の仕組みがそれを満たしているのかをじっくりと考えないと適否を判断できない。この会社は本当に星山専務の語るような会社なのだろうか? 専務のいう通りならエクセレントカンパニーじゃないか。
ともかくこれからの監査で、星山の話が本当のことなのか、それとも話半分なのか分るだろう。
10分休憩をすると言って五十嵐は席を立った。五十嵐は、もしこの会社が星山のいう通りの会社なら、あとで勉強に来たいものだと思った。



佐田は横山氏を総務課に案内した。といってもすぐ隣の部屋である。
そこには総務課長 総務課長と事務の和田さん和田さんが待っていた。
横山
「総務課が文書管理を担当しているのですか?」
総務課長
「いや文書管理の一部を担当しているというのが正しいです」
横山
「は?」
総務課長
「文書と言いましても多様です。まず紙の書き物ですが、会社の仕事の手順を書いたもので全社に適用されるものは総務課が発行管理をしています。部門内でしか適用しないものは、それぞれの部門で管理しています。また図面類は設計課で文書管理を行います」
横山
「ちょっと待ってください。今発行管理しているとおっしゃいましたが、手順書の発行管理って品質保証部門がするのではないのですか?」
総務課長
「当たり前ですがその仕事をしている部門が規定を作ります。正確に言えば、規定を作成する人はだれであろうとかまいません。必要と考えた人、上長から作成を指示された人が起草します。それを承認ルートに従って決裁を受け、承認されたものを発行管理するのが私どもということです」
横山
「へー、多くの会社では手順書というのを発行するのは品質保証部門なので、この会社もそうかと思いました」
総務課長
「文書管理というものは、本来総務部門の職務でしょう。しかし実際問題として技術関係、具体的には図面やそれに関係するものは、総務部門が技術管理部門に委託するのが普通ですね。品質保証業務というのは技術文書ではなく一般的な会社の手順書ですから、原文は品質保証部門が作成するとして、その文書管理は総務が行います」
横山はスタートからダメージを受けてしまったように思う。これは俺が無知だったのだろうか? そんなことを思った。
横山
「なるほど全社に適用される文書の管理は、総務課と技術課が行っているということですね」
総務課長
「ええと、先ほども言いましたが、紙に書かれた書き物の文書管理はそうだということです」
横山
「紙に書かれた書き物とおっしゃいますと・・・まさか石に書いた書き物とか、粘土板に書いた書き物があるのでしょうか?」
総務課長
「ありますとも。サンプル類も私どもでは文書の範疇に入ると考えています。サンプルは該当部門が、その発行管理を行います」
横山
「サンプルかあ〜、なるほどなあ。サンプルも文書とみなして発行管理をするのは考えてみれば当たり前か。でもそんなことを言っていた会社は今までなかったなあ。
えっと教えてほしいのですが、NC機械などの場合、プログラムあるいは紙テープは文書なのでしょうか、それはどういう管理をしていますか?」
総務課長
「申し訳ないですが、私は分りかねます。それは全社に適用しませんので、担当部門である製造課で管理しています。製造課でお聞きください」
横山
「ああ、すみません。では話を戻します。まず手順書、おっとお宅では規定と呼んでいるとおっしゃいましたね。そのファイルを見せてください」
女性事務員がファイルを差し出した。
横山はファイルを開き、パラパラとめくった。
横山
「では、この規定、ええと『設備管理規定』とありますね。この規定は、誰が書いてどのように内容が検討されて承認され発行されたかを説明してください。文書を作る手順を決めた規定がありますね。それを参照しながら説明してもらえますか」
総務課長
「和田さんから説明してもらった方がいいかな」
女性事務員が立ち上がり、いくつかのファイルが置かれている後ろのテーブルからホルダーを一つ持って戻ってきた。
和田さん
「『文書管理規定』の第5条をご覧ください。規定をつくるときは、必要と考えた人は誰でも発起することができます。規定で用紙様式を定めていますから、それに従って作成することになります。ドラフトを作成しましたら、その部門の長が内容を審査したのち、関係部門に書面審議を依頼します。調整が済んだなら所管部長の決裁を受けます。
次にそれを文書管理部門である総務課宛に提出していただきます。総務課では内容の審査、といってもそこで規定している内容の適否を判断することはできません。私どもでは書式が適正か、過去に制定されている規定とのコンフリクトがないかを確認します。支障がなければ担当役員である星山専務が承認するという手順になります。
こちらは『設備管理規定』の『制定伺』です。『制定伺』とは上記ルートの過程を記録したものです。その用紙様式も『文書管理規定』で定められています。作成された規定の原本には専務のハンコしかありませんが、この伺にはですね、まず作成者のサインがあります。この規定は菅野さんという品質保証の女性が作成しています。次にその上司にあたる佐田さんが、佐田さんは横山さんをご案内してきたこちらの人ですが、佐田さんが見たというハンコとコメントがあります。ここでは書き直しが指示されて1回差し戻しになっています。次に関係部門に確認してもらうのですが、それがここに記録されています。設備管理規定は、エアコンとか照明設備なども含むので、全部の部門に回覧して内容の確認をしています。ほとんどの部門でコメントを書いていますね。原紙は最終的に関係部門と調整したものに書き直され修正されます。後々どんなことが検討されたのか、どのように修正されたのかは制定伺に記録されます。それからですね・・・」
横山は話を聞いていると頭がボーっとしてしまった。仕組みは複雑ではないが完璧だ。だいぶ前、大学同期で中央省庁の公務員になった男から話を聞いたことがある。法律を作るときは関係省庁との調整が大変だという。法律文案をもってあちこち歩くたびに朱が入り、とんでもなく書き込みが入ったものを反映して最終案ができるらしい。朱記訂正を漏らさずに反映するのが大変だよと、その男は語っていた。この会社でも関係部門とすりあわせをして、後々問題ないようにしているのが分る。
和田の話を聞いていると、自分が勤めているクシナダの会社規則の制定手順が、無政府状態といえるほどいい加減なものに思えてくる。
横山
「よくわかりました。他の規定もこのような記録が残っているのでしょうか?」
和田さん
「はい、ご覧になりますか?」
横山
「いや結構です。次に発行管理の方法ですが・・・・」
佐田は脇で聞いていて、以前、菅野さんが『一般社員も品質監査に参加する権利がある』と言った言葉を思い出した。人は誰でもものすごい能力を持っているのだ。それを引き出すこと、それが大事だと思う。総務課長が全部受け答えできるだろうけど、それを部下の女性にさせるということは、課長にとってもその事務員にとっても、成長する機会になるだろう。佐田もなにもかも自分がするのではなく、どんどんと菅野さんや伊東委員長にさせなければならないと思う。



ここは製造課の事務所だ。安斉課長は午後から製造課の監査なのでかなり緊張している。半年ほど前になるだろうか、大国主の監査を受けたときはまったく初体験で、頭が真っ白になり当たり前のことさえ答えることができなかった。20日ほど前に内部監査を受けたときも、伊東委員長にコテンパにやられてしまった。あれには参った。振り返ればまじめに規定も読まなかったし、自分が担当する作業指示書も作らなかったからしょうがない。自業自得だ。
だが、今は文書も記録も整備されているから、落ち着いて対応すれば大丈夫だろうと思う。だが心臓がドキドキするのはとめようがない。製造係長が書類をパラパラめくっている。中身は点検しているから問題ないはずだ。係長も緊張しているのだろう。
武田がいる。目障りだが、現場でトラブルが起きたら対応せよと星山専務から指示されたそうで、安斉も文句を言えない。
電話 時計を見ると11時40分、もう少しで昼飯を食って、午後一番からだなと安斉は思う。
そのとき電話が鳴った。外線の音だ。安斉が受話器を取る。
安斉課長
「ハイ、大蛇機工の製造事務所です」
安斉の奥さん
「安斉の家内でございますが、安斉をお願いします」
安斉課長
「ああ、おれだよ」
安斉の奥さん
「あなた、大変なのよ」
安斉はヤレヤレまたかと思う。
安斉課長
「どうしたの?」
安斉の奥さん
「飯島さんが辞めるというのよ。実を言って朝来てからずっと話していて、今帰ったところなの」
飯島さんとは安斉の奥さんが経営しているレストランのシェフだ。
安斉課長
「急な話だね。どうしたのだろう?」
安斉の奥さん
「このところ客足が落ちているでしょう。飯島さんは他のところを当たっていたそうなの。そしていいところが見つかったから辞めるというの」
安斉課長
「しょうがない、じゃあ今日は店を仕舞え、どうしようもないだろう」
安斉の奥さん
「あなた、私どうしよう、実を言って昨日来た客はたった2人よ。今日はまだ一人も来ていないの。もうおしまいだわ〜」
安斉課長
「いいかい、良く聞きなさい、とりあえず今日は店を休業にする。いいね、そして家に帰ってなさい」
安斉の奥さん
「私一人ではいられないわ〜、気が狂いそうよ」
安斉は時計を見る。12時2分前。仕方がない。
安斉課長
「わかった、すぐ帰る。お前は店を閉めて家にいなさいね」
安斉は電話を切って立ち上がる。事務所を見回すといつの間にか製造係長も武田もいない。パートの佐藤さんパート が目に入った。本来は現場事務所に事務員はいないが、今日は監査なのでお茶出しをしてもらうために組み立てのリーダーに言ってパートをひとりこちらに回してもらったのだ。
安斉課長
「すまないがちょっと問題が起きたので帰る。あとは製造係長に頼むと伝えてくれ」
パート佐藤さん
「すみません、係長に伝えなければなりませんので理由をお聞かせ願えますか」
安斉課長
「家庭の事情だ」
安斉は着替えもせず作業服のまま駐車場に急いだ。
お昼のチャイムが鳴った。いつもならパートの佐藤さんはチャイムと同時に食堂に駆けつけるのだが、安斉課長がいなくなったことは重大問題だと理解した。製造係長も武田も戻ってこない。
佐藤さんは事務所を出ると30メートルばかり行ったところに人だかりが見える。その中に二人の姿が見えた。
佐藤さんは現場では何も言わずに製造係長と武田を事務所にひっぱってきた。
製造係長
「佐藤さん、どうしたの、今機械トラブルで対策しなくちゃならないんだ」
パート佐藤さん
「もっと重大問題です。安斉課長にご自宅から電話があり帰宅してしまいました」
製造係長
「ええ、またか」
武田
「困った人だなあ〜」
製造係長
「課長がいなくちゃ午後の監査対応ををどうしよう。
佐藤さん、課長は他に何か言ってなかったか?」
パート佐藤さん
「あとは係長に頼むとおっしゃいました。それ以外はなにも・・・電話を切るとすぐに出て行かれました」
製造係長
「佐藤さん、どうもありがとう。お昼時間まで食い込んでしまって申し訳なかったね。じゃあ、あとは武田さんと俺がなんとかするから、佐藤さんはお昼を食べてきてよ。それから午後はお茶出しを頼むね」
佐藤さんは二人を気にしながら去って行った。
製造係長
「さあて、どうするか・・」
武田
「プレスの故障はすぐに対応しなくても生産には支障ありません。それに機械が停まっていても監査で悪く評価されることもないでしょう。ともかくそう割り切りましょう。
監査には係長と私で対応します。なあに大丈夫ですよ」
製造係長
「頼むよ、武田さん」
武田
「そいじゃまずはお昼を食べましょう。腹が減ってはいくさができぬって言いますからね」
製造係長はそういう武田を頼もしく思った。製造係長が現場事務所を出ていくと、武田は佐田に電話をする。
武田
「安斉課長が帰宅してしまったそうです」
佐田
「ああそう、それじゃ武田君と製造係長が対応してください。大丈夫だろう」
武田
「あれえ、佐田さんは驚かないのですか?」
佐田
「俺は心配してないよ。品質保証は菅野さんが対応して、総務では、和田さんという女性が対応してた。みんな監査に参加したくて仕方がないようだ。武田君も監査を受けたかったんじゃないか」
武田
「わかりました。まかせてください」
武田は電話を切ると、昼飯を食べに食堂に行った。


星山専務と吉田部長は、五十嵐課長と横山氏を乗せて、会社から1キロほど離れた4号線沿いの菅野が予約していたレストランに連れて行く。ここならファミレスよりはまともなものが食える。星山ははじめ川田取締役に声をかけたのだが、午後の部が心配でお昼休みはその点検をすると辞退したので、吉田部長にお鉢が回ってきた。
注文してから星山は五十嵐に話しかける。
星山専務
「あのう決して監査を甘くしてほしいなんて思ってはおりませんが、午前中の監査の感想はいかがでしょうか?」
五十嵐
「私は調達先監査が仕事ですが、お邪魔する多くは品質保証協定書を理解していないというか、文字面だけのオウム返しというのがほとんどです。御社はそういうのではなく、品質保証協定書のためではなく、御社が過去からしていることの中から、弊社の品質保証協定書に該当することを抜き出して説明しているということを感じました。レベルが高い低いじゃなく、考え方が主体的ですね」
横山
「私もそう感じました。しかし不思議なことなのですが、オロチさんの会社規定というのは制定されてからまだ数か月の歴史しかないのですね。そこんところが良く分りません」
星山専務
「もちろん弊社に仕事の手順というのは以前からありました。しかしほとんどが不文律、暗黙知だったのです。それで御社のお仕事を受けるに当たり文書化を図ったわけですが、そのとき単に御社の品質保証協定書を満たすということを目的にせず、過去からの会社の仕事の手順を、文書化するという発想で進めたのです」
五十嵐
「それはまたすごい考えですね。弊社の品質監査ためでなく御社自身のためということですね」
星山専務
「もちろん時間がありませんから、会社の業務全体を文書化する時間はありません。しかし全体像というか、あるべき姿を思い描いて、とりあえずその中でクシナダさんに関わる部分を仕上げようという発想で御社の監査の準備をしてきたということです」
五十嵐
「そうか、それで説明を聞いても、良く知らない新しい仕組みを説明するような危なっかしい感じがしなかったのですか。みなさん自信を持って仕事の手順とか判断基準を説明していましたから」
星山専務
「実はね、多くの従業員がお宅の監査を受けたくてたまらないようで、午前中五十嵐課長のお相手をした女性は自ら志願したのですよ」
横山
「総務で私に説明した方も女性でしたね」
五十嵐
「ほう、どの会社でも監査で対面になりたいなんて人はいないのですがね」
星山専務
「いやウチだって同じでしたよ。そんな後ろ向きだったみんなを、やる気にしたのは一人の男です。
横山さんのアテンドをした佐田という男がいたでしょう。彼は実は素戔嗚すさのお電子からの出向者なのですが、彼は品質保証のプロなんです。彼が今回のクシナダさんの品質保証協定書対応を考え、そして切り盛りしているのです。正直言って私どもだけではどうしようもなかったです。品質保証の言葉の意味さえ分かりませんでしたから」
五十嵐
「ほう佐田さんという方ですか、覚えておきましょう」




注意事項

  1. 帽子、安全靴着用しないものは入場禁止
  2. 喫煙は指定されたところで、吸い殻はもみ消して灰皿に
  3. 作業者以外は通路を歩くこと

製造課の現場事務所に佐田が横山を案内してきた。
工場に入って現場事務所まですぐだが、佐田は安全靴と帽子を着用してもらった。危険などあるわけはないが、入口に掲示してある看板の指示に例外はないということを示したかった。
横山
「なるほど、しっかりしていますねえ〜、監査に来て帽子はともかく安全靴を履かされたのは初めてですよ」
佐田
「お怪我されることはまずないでしょうけど、ルールはルールですので」
横山
「おやこのプレスは故障中ですか?」
佐田は先ほどの電話で武田から事情を聞いていたが、知らぬふりをしてそばにいた作業者に声をかけた。
佐田
「このプレスが停まっているのは、どうしたんだい?」
作業者
「このところ雨ばかりだったでしょう。エアに水分が入って動作不良になったようなんです」
佐田
「修理依頼はしたの?」
作業者
「昼前に係長たちが打ち合わせていましたが、午後は客先の監査があるので、そちらを優先するって言ってました」
佐田
「それじゃしょうがないですね、監査を終えてから対策してもらってください」
横山
「監査を優先してもらうとは、何か申し訳ないですね」
二人は現場事務所に入る。
製造係長と武田、それに佐藤さんがいる。
武田
「お待ちしてました。誠に申し訳ありませんが、課長は急な事情で出席できなくなりましたので、こちらの製造係長と製造スタッフの私武田が対応させていただきます」
横山
「クシナダ機械の武田です。よろしくお願いします」
佐田は全く心配していない。武田のお手並み拝見とリラックスしている。
横山
「まず客先支給品の管理についてお聞きしたいです」
武田は分らないだろうけど、総務課で聞いたことと、こちらの回答が矛盾していないかを見るのだろうと佐田は思った。とはいえ佐田は心配などしていない。万が一、武田が冷や汗をかくような羽目になっても、一切支援などせずに武田の才覚で対処してもらうつもりだ。
武田
「クシナダさんから金型の貸与を受けると聞いています。従来から客先から金型とかサンプル類を支給された場合は、固定資産管理とかいろいろと関わりますのでしっかりやっているつもりです。
客先から受け取るものは金型であろうとサンプルであろうと図面であろうと、すべて弊社の技術課が担当しています。弊社の場合技術といっても設計開発をしているわけではありません。設計そのものはお客様がしているわけで、弊社の技術課は金型設計とか客先との技術的窓口です。
客先から預かったサンプル類は技術で台帳に登録して、弊社の関係部門に発行します。版管理とか棚卸は技術課が行っています」
支給品の管理について、武田の話と現物の写真などをみて横山は納得した。金型は廃棄するときはこちらで処理してもらうことが多く、固定資産廃棄の代行とか廃棄物になるときの処理などもしているという説明をする。
横山
「弊社の図面も支給品の一部と思いますが、それはどのように管理しているのでしょうか?」
武田
「ああ、弊社では私ども製造部門や検査に対しては、客先の図面を社内で書き直した図面で動いています。製造課ではタッチしておりませんので、御社の図面の管理については技術課にてヒアリングしていただけますか」
横山
「なるほど、わかりました。
では工程管理についてお聞きします」
武田が来てから、工程管理、つまり一つの部品をどのように作るかということを検討し工程を決めることを徹底してルール化してきた。検討項目も以前のように物を作るということだけでなく、計測器、加工中の騒音・振動、出荷時の梱包など多岐にわたって検討するようにしている。そして加工方法やその他の手順を製造指示書で明確にするようにしている。
武田がそんなことを説明しているうちに、横山はもうあとは聞くまでもないという印象を持った。
横山
「いやあ、武田さん、もう結構です。良く管理していることが分りました。工程能力などは十分確保しているのでしょう?」
武田
「そんなことはありませんね。物を作るのは常に限界ですよ」
横山
「限界とは?」
武田
「物作りは、余裕があればよいというわけじゃありません。安く速く作るために、小さいプレスでできないか、精度の低い機械を使えないか、点検頻度を減らせないかというふうに、常に限界への挑戦です。単純に工程能力を大きくすればいいというものじゃありません。いや、より悪条件で工程能力を大きくする挑戦でしょうかねえ」



クロージングの前に監査側と品質保証責任者が打ち合わせる予定であったが、特に問題がないということですぐにクロージングになった。朝と同じメンバーが会議室に集まった。
五十嵐
「本日は弊社の品質監査にご対応いただきありがとうございました。御社と弊社の間に締結された品質保証協定書に基づき監査を行いました結果、不適合はありませんでした。弊社の調達部門に対して、御社への発注に問題はないと報告させていただきます。以上で監査を終わります」
川田取締役などが退席して、星山専務、佐田、菅野、伊東委員長だけが残った。
五十嵐課長と横山は返り支度をして、菅野はタクシーを呼んだ。
五十嵐は佐田に声をかけてきた。
五十嵐
「佐田さんでしたよね、朝、名刺交換しませんでしたのでお名刺いただけますか」
佐田
「五十嵐課長さんとは、先日お電話でお話しましたね」
五十嵐
「いやあこのようにまったく完璧な会社というのは初めてです。星山専務さんからお聞きしましたが佐田さんがすべて計画し指導したそうですね」
横山
「私も佐田さんの対応を拝見していて品質保証のプロだと思いました」
佐田
「今日私はみなさんとお話もしていませんよ。どうしてそう思われたのですか?」
横山
「だって佐田さんは品質保証の実質上の責任者でしょう。その人が他の人が監査を受けているとき、あれほどリラックスしているなんて、よほどシステムと運用に自信を持っていなくちゃできません。普通の人なら自分が応対しようとするでしょうし、他の方が対応していれば心配が顔に出ますからね」
佐田
「さすが専門家は見ていますね。お褒めいただき光栄です」
菅野
「タクシーがまいりました」

クシナダの二人がタクシーで帰った。会議室に星山専務と伊東、菅野、武田がぐったりと座っていた。皆疲れ果てたようだが、やったぞという気持ちが顔に出ている。もっとも佐田は興奮もなく感動もないという顔だ。彼にとってはこんなことはもう何度もしてきたことで、今回は納期が短かったことが違っただけだ。
星山専務
「いやあ、みんなよくやってくれた。これで来月から仕事の心配はなさそうだ。今日は伊東が店を予約しているので一緒に飲もうや。監査で対応した人たちにも声をかけておいた」
そのとき営業課長営業課長 が部屋に入ってきた。
営業課長
「専務、お話をしてよろしいでしょうか?」
星山専務
「なんだよ、機嫌のいい今ならなんでも聞いてやるぞ」
営業課長
「今日はお忙しいようで監査が終了してからと思いまして報告が遅れましたが、白兎電気さんから来月以降の注文が来ましてね、今日の品質監査結果でクシナダの仕事が入ると、ちょっと負荷オーバーかなあと懸念されるのですよ」
注:大国主(唄の文句では大黒様)が助けた「しろうさぎ」は「白兎しろうさぎ」ではなく「素兎しろうさぎ」だということをご存じでしょうか? ですからあのウサギは白い色ではないのです。では素ウサギとはなにかと言いますと、皮をはがれたからなのか、何も身に着けていないからなのか、しらふだったからなのかはわからないそうです。
星山専務
「なんだと! 白兎電気はもうウチに発注しないと言ってたじゃないか。だからこそクシナダをとるのに必死だったんだ」
営業課長
「そうなんですが、最近ウチの品質が向上してきたでしょう、それで気が変わったんじゃないですか」
星山専務
「うーむ、悲しむべきことではないにしろ、困ったことにかわりはない。負荷的に対応できるのか?」
営業課長
「正確には鈴田課長に負荷工数を計算してもらわないとなりませんが、時間外をしないと無理だと思いますね」
星山専務
「クシナダの仕事は外注に出せないだろうなあ、佐田さん」
佐田
「品質保証協定書に当社内で製造すると明記しています。ですから外注するには協定書を修正して、改めて外注先の品質監査を受けなければなりません。もちろんそれにはクシナダの同意が必要ですが」
星山専務
「やれやれ、うれしい悲鳴か」
伊東
「組合委員長として言うんだけどさ、ここ半年でそれ以前に比べて生産能率が5〜6%上がっている。それは経営的にはいいことなんだけど、仕事の絶対量は変わっていないから、その分時間外が減っているんだ。働く方としては収入減になっているので、以前程度の時間外があった方がありがたい。営業課長、白兎の来月の仕事はどのくらいの量になるのかなあ?」
営業課長
「えいやですが、委員長がおっしゃった能率向上分よりは多いでしょう」
伊東
「ということは半年前よりプラスアルファの時間外をすればいいということだ。今より20時間くらい増しということだな」
星山専務
「よし受注しよう。生産効率を上げて時間外が減っただけじゃしょうがない。能率が上がった分、仕事量を増やさないと」
営業課長が去り、また雑談が始まったところに川田取締役が青い顔をして入ってきた。星山の前に立つと神妙な声で・・
川田取締役
「専務、本日の安斉課長の件は大変申し訳なく・・・」
星山専務
「やあ川田取締役、製造課も無難に対応してくれたっていうじゃないか。先日の大国主による品質監査の辛い経験を生かしてくれたのだろう」
川田取締役
「専務はご存じないのですか? 安斉課長は家庭の事情といって昼前に退社してしまったのです」
星山専務
え、なんだって! でも製造課の監査は問題なく終わったと佐田さんから聞いているぞ。佐田さんそうだったよな?」
川田取締役
「佐田君は専務を心配させないように結論だけ報告したのでしょう」
星山専務
「じゃあ、製造課では誰が対応したんだ?」
川田取締役
「武田君です。彼はこちらに来たばかりなのですが、そつなく対応してくれたようで・・」
星山専務
「安斉課長かあ〜」
星山専務は斜め上をながめてため息をついた。川田取締役は頭を下げたまま黙っていた。

うそ800 本日のひとこと
今日はなにも考えつきませんでした。



N様からお便りを頂きました(2013.12.15)
職場放棄かよ安斎課長!
いやー、さすがにこんな帰宅の仕方はないでしょう。
かつて納期が間に合わないので納品日に雲隠れしたという事件は知っていますが、それに匹敵しますね。
就業規則違反になりかねません。
いやびっくり。

N様 毎度ありがとうございます。
まずこのお話は架空のものではありますが、このような事例は架空ではありません。
就業規則違反であるのはもちろんですが、私の関心はこの場合、どの程度の懲戒になるかということです。
まず考慮する必要があるのはこの架空の大蛇機工の就業規則です。従業員数が200数十人という設定ですから、当然就業規則は制定されているはずです。
労基法では就業規則で定める懲戒の事由や厳しさについての規制はなく、どのように定めても労基法上は問題ないそうです。しかし実際に懲戒をする場合、労働契約法15条にて客観的に合理的であり、社会通念上相当であると認められる必要があるとなっています。
では現実に無断職場放棄において解雇された事例はどんなものかと過去の判例を調べました。職場放棄による懲戒解雇に関わる民事訴訟は数件ありましたが、職場放棄と勤務時間内の組合運動、あるいは度重なる無断欠勤や無断帰宅などといった複数の問題の組み合わせばかりでした。
新聞報道を調べましたが、企業や官公庁によって違いますが、この程度のものは訓告、戒告、始末書、厳しいところで停職20日でした。個人的事情による1度の無断職場放棄ではその程度のようです。
またこの場合、安斉氏は管理職ですから、労基法41条により時間外が付かない代わり、遅刻、早退、勤務時間内の外出などは許容されるのが普通ですから、単に職場を離れたことをもっての懲戒は無理でしょう。
とするとこの場合はどの会社の就業規則にもある「故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき」に該当するかどうかとなるでしょうけど、状況からそれは無理でしょう。
ちなみにサッカー選手が試合後に無断帰宅では厳重注意、野球選手が試合中に無断帰宅は球団内の罰金処分でした。
私個人の考えですが、今回の安斉氏は訓告程度、二度目は***ということが相場ではないでしょうか。

名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013.12.15)
安斉さんは「家庭の事情」ですが、本気で監査の当日に「無断欠勤」した責任者を知っています。
あるんですよ、そういう話。
今頃何処で何をしてるんかなぁ、あのひと

私も水泳大会のとき泳げなくてずる休みしたことがあります
アハハハハ
でも、泳げないのが分っていて選手にするってのもイジメだな。当時はイジメなんて言葉なかったですが、アハハハハ



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