マネジメントシステム物語2 計測器管理

13.10.23
マネジメントシステム物語とは

佐田が品質保証課に異動になって半年ほど過ぎた。課内会議で野矢課長が話している。
佐田野矢大村島田
佐田野矢課長大村島田
野矢
「工場の計測器一式を管理とか校正している計測器管理室があるだろう。今は設備課の一部門だけど、設備課から品質保証課で引き取ってくれないかと言われているんだ」
佐田の先輩格に当たる島田が口をはさむ。
島田
「課長あれでしょう。先月の鷽八百社の品質監査を受けた時に計器の校正不具合を指摘されて、あそこの課長がだいぶ責められていましたからね。めんどくさい仕事は放出しようと考えたんでしょうねえ」
大村
「とはいっても、普通の会社では計測器管理は品質保証部門がしているのが多いですからね。建前論としては断るのはできそうないですね」
これまた先輩格の大村が発言する。
野矢
「まあ、建前はともかくとして、こちらも佐田君がきて人数も増えているのでむげに断ることもできないんだよね」
島田
「それじゃ計測器担当は佐田君に見てもらったらいいんじゃないですか。僕らは以前からの仕事で手一杯ですから」
他のメンバーもそうしてほしいという。
野矢は佐田を見て言う。
野矢
「佐田君は計測器管理なんて知っているか?」
佐田
「いや正直言って計測器管理なんて、まったく何もわかりません。とはいえ先輩方かのご指名なら喜んで担当させていただきます」
島田
「おっと、佐田君、品質保証の仕事はそのまま担当するんだぜ」
佐田
「わかりました。課長、私も今の時点ではどんな仕事なのか、どんな問題があるのかも分りませんから、10日ほど時間を頂けますか。その間に現状の問題の把握と今後どうすべきかを考えます」
野矢
「わかった。じゃあ設備課には計測器管理をこちらで引き取るという回答をしておく。佐田君よ、頼むぜ」
他のメンバーは余計な仕事を佐田に任せることができたのでホッとしていた。

佐田は会議が終わるとそのまま計測器管理室に出向いた。何事にも力まない男である。
計測器管理室には男子3名、パート1名がいる。リーダーは浜本浜本という50くらいの男だ。
佐田
「浜本さんでしたよね、私は佐田と言います。以前、製造現場にいた時はお世話になりました」
浜本
「はあ、何か用かい?」
佐田
「実はね、計測器管理室は今設備課所属ですが、今度品質保証課所属になるそうです」
浜本
「へえ、そりゃ初耳だ。奴らにとっては厄介払いってとこか。所属が変わっても俺たちは変わらずか、ひどい話だな」
佐田
「あのう、これからは私が計測器管理室の担当になりますので、浜本さんと一緒にいろいろと改善をしていきたいと思います。よろしくお願いします」
浜本
「佐田さんとやら、あんたもここの実情を知ると逃げ出したくなると思うよ」
佐田
「浜本さん、私を信頼してほしいですね。そんな意気地なしじゃありませんよ」
浜本
「だって、おめーだって今年も課長試験を落ちたから品質保証に逃げてきたんじゃないのか」
佐田も一瞬詰まった。そう言われれば確かにそうだ。
佐田
「そうですね。でも今はもう逃げるところがありませんから頑張りますよ。
ところで浜本さん、私はまったく状況を知らないのですが何が問題なのですか?」
浜本は立ち上がりホワイトボードの前に行った。佐田もついていく。
浜本はマーカーをとって書く。
浜本
「まず目の前の問題として第一に、定期校正対象で実際に校正をしているものは7割くらいしかない。これはとんでもない事態なんだ。残りの3割は放置プレイだ。もちろん規則違反だがどうしようもない。先日の客先の監査でもとんでもない不適合だと叱られた。とはいえどうしようもない。これは最大の問題だ。
第二に国家標準にトレースできない検査計器が多数ある。当社の製品には画像や情報通信をするものがあって、そういうものの検査項目はいろいろなパラメーターで国家標準というのがないんだな。もちろんそのためのルールそのものがない。これも問題だ。
第三にここにある基準器では校正できないものが出てきていて、どうしたらいいかわからないんだ。オシロにしても最近のものは周波数が高くなっていて精度も良いので古い基準器ではどうにもならない」
佐田
「予算的にはどうなんでしょうか?」
浜本
「この工場で登録されている計測器は約1,600個、もちろんノギスやダイヤルゲージなど簡単なものも含めてだけど。それに対して年間の予算は約1,300万、きつきつだね。それと緊急に校正をしてほしいなんて頼むと費用は倍も高くなる。当然と言えば当然なのだが、そこんとこも問題だ」
佐田
「お話を聞いていると浜本さんは既に解決策をお持ちじゃないんですか?」
浜本
「考えはいろいろあるけど、実行は難しい。例えば現場で使っているものを、校正するからと言って無理やりここに持って来たりすることはできないだろう」
佐田
「無理やり持ってきたらどうなりますか?」
浜本
「生産ができないとか問題になるだろう」
佐田
「でも校正期限切れの計測器を使っていたんじゃどっちみちだめでしょう」
浜本
「だから悩んでいるんだよ」
佐田
「先ほど言いましたように、これからは私が担当です。一人で悩まないで二人で考えましょう。きっと解決策はあるはずです」

それからの毎日、佐田は計測器管理室にいることが多くなった。
佐田
「浜本さん、競争原理って知ってますか?」
浜本
「なんだいそれは?」
佐田
「人間は誰でも他人に負けたくないんですよ。特に偉い人はね・・・」
浜本
「それがどうした?」
佐田
「計測器の校正漏れの数を中央掲示板に張り出しましょう。あっという間に校正漏れがなくなりますから」
浜本
「まさか、そんなこと! 信じられんなあ」
佐田
「とにかくやってみましょう」
数日後、構内の中央通路の掲示板に次のような張り紙があった。


計測器校正漏れワースト10部門
1990年**月**日時点
部門電気系計測器機械系計測器合計備考
1.受入検査課223153 
2.開発第2課181533 
3.開発第4課191332 
4.資材課121931外注への貸与を含む
5.製品検査課101727 
6.開発第1課18826行方不明含む
7.第2製造課131124 
8.テストルーム81422 
9.設備課81220設備付属を含む
10.環境管理課9312設備付属を含む

品質保証課 計測器管理室 佐田

掲示を許可する 総務部 


掲示して10分も経たないうちにジャンジャンと電話が来た。
?
「受入検査の成田だがね、あんなことされちゃ困るんだよね」
佐田
「これは成田課長さん、お困りなことは良く分ります。私も困っているのですよ」
佐田は軽く受け流して、お互いに協力して改善しましょうとはぐらかしてしまった。
?
「佐田さん、資材の山本ですが、あのさ、今日中に外注から持ってこさせるから、そしたらあの数字を書き直してくんないかな?」
佐田
「もちろん結構ですよ」
?
「佐田さん、設備課だけど、うちの校正漏れになっている奴だけどさ、使っていないから計測器管理室に返却するよ。それで掲示板をその分修正してほしいんだ」
佐田
「承知いたしました」
そのような申し出が相次いで書き直しはその日だけで6回行った。そして浜本が3割が校正漏れだと嘆いていたときからひと月後には、校正漏れは5%に減った。1%以下になるのも時間の問題だろう。
そして面白いことに、佐田を恨んだ人は一人もいなかった。みんな苦笑いしてこれからは佐田に協力するといった。

計測器管理をながめていると佐田に分らないことがいろいろある。
佐田
「浜本さん、校正した記録というのは試験成績書だけじゃだめなんですか?」
浜本
「そういうのは理屈があってさ、どの会社でも方法は決まっているんだよ。
まず校正に使った基準器の校正記録が欲しい。そしてその基準器が国家標準までたどれるトレーサビリティ証明というのがいる。もちろん該当の計測器の試験成績書も必要だ。その3点セットがそろわないと、ちゃんと校正をしたとはいえないんだ」
佐田
ノギスとマイクロメータ 「なるほど、そういう理屈があるのですか。
ええとそうすると更なる疑問ですが、例えばマイクロメーターを考えると、長さはもちろんですが、ラチェットの強さとかアンビルの平面度、平行度なども検査しますよね。そうすると長さ、重さ、平面などすべての項目で国家標準までつながっていないとならないのですか?」
浜本
「そういうことになる。もっともJISにある全項目を校正するかあるいは省略するかは、ある程度裁量の余地はあるだろう。他の会社の同業者に聞いたことがあるが、マイクロメーターでラチェットストップの強さを数値で測って合否判定しているところはあまりないようだ。また実際の用途で使われていない機能は省略してもよいとは思う。
あのさ佐田君、君はまったくの素人のようだから一回外部の講習を受けてきたらどうだい。機械系だけど、ミツトヨ学院というのがあってさ、安い受講料で基本から教えてくれるよ。そういった国家標準とのつながりとか、必要となる校正記録の考えは電気も機械も同じだから受講するとためになると思う」

佐田はすぐさま川崎にあるミツトヨ学院へ三日間ほど泊りがけの実習に行った。その講習は確かにためになった。校正の考え方とか基本的な手順は決まっているのだ。
もちろん機械系と電気系では細かいことは違うだろうし、校正のときの代替え計測器などを考えなくてはならない。だがそれは技術的というよりも一般的な仕事のテクニックというか要領というものだ。それはどのようにするかは頭をひねるしかないし、頭をひねって考えればなんとかなるだろう。

講習に行ってから、佐田はダイヤルゲージとかマイクロメータなどの機械系の基本的な測定器の校正を手伝うようになった。そんなことをしていると気が付くことはたくさんある。
佐田
「浜本さん、マイクロメータやミニメータを校正するブロックゲージは100個ものセットですけど、実際に校正に使うのは10個くらいしかないですよね」
浜本
「そうだけど、それがなにか?」
佐田
「使うものだけ校正にだしましょう。使わないものまで校正するから金がかかるんです」
浜本
「でもセットになっているからなあ。セット全部をちゃんとしておきたいじゃないか」
佐田
「それなら使わないものは捨ててしまいましょう」
浜本
「オイオイ」
校正に使わない寸法のゲージブロックは、捨てる代わりに佐田の机の上でぶんちんになった。
野矢課長がそれを見て欲しいというので、佐田はセラミックのものを持ってきてやった。浜本は0級のゲージブロックがぶんちんに使われているのを見て「値段を知っているのか」と嘆いた。

佐田
「はかり類を校正に出してますけど、必要ですかねえ?」
浜本
「お前のことだから何か腹に一物あるんだろう?」
佐田
「いやそんな悪だくみはありませんよ。校正を止めてしまって、市の検定を受けるようにしたらどうでしょうか?」
浜本
「市の検定は商店の秤が対象で、その公差は大きいぞ」
佐田
「いいじゃありませんか。どんな精度であっても、ちゃんとした仕組みと裏書があればいいんですよ。もちろん社内外に当社の校正基準を明記して、それではダメだという秤だけ校正にだしましょう。
何しろ市役所に頼めば1件500円とか700円の世界ですからね」

標準機によっては、それを基に校正する計測器が数台しかないというものがある。そんなものなら標準機を廃棄してしまい、計測器そのものを校正に出した方がよさそうな気がする。また標準機にも精度的に寿命が来ているのもあり、更新するのかそれとも校正業者に頼んだほうがよいのか考えなければならない。その損益分岐点はどのあたりにあるのだろう?
また校正するときに代替え品を借りることがいいのか、校正に依頼中は生産をしないように調整してもらうべきか、休日の前に出荷して休日に校正してもらい週明けに届けてもらうようにできないか・・・考えることはいろいろあった。

佐田
「オシロだけで300台以上ありますね。現在は校正時期が一度でなく1年間12か月に割り振られているのですが、これはどんな理由なんでしょう?」
浜本
「同じ月に全部校正しようとすると負荷的にできない。だから俺たちが毎月少しずつ校正していこうと考えて割り振ったんだ」
佐田
「社内で校正するのを止めて、全部校正業者に頼むというのはどうでしょうか?」
浜本
「元々周波数の高いものは社内の標準機ではできないので、外部に頼んでいる。ただ現物を送ったりするのは荷造りとか伝票処理とか大変な手間になる。まして全部送ってしまったら、戻ってくるまで生産をどうするんだ」
佐田
「送るのではなく、こちらに来て校正してもらったらどうですか?」
浜本
「現場といっても生産ラインはいくつもあるし、試験や開発で使っているものもある」
佐田
「ラインにあるものはセットしてある状態そのままで、試験や開発のものは食堂などに集めてしまって、全部を一括して連休に片付けてしまうというのはどうでしょうか?」
浜本
「確かにそうすれば手間はかからないね。費用もこちらが段取りをよくしてやれば・・それにしても1週間くらいかかりそうだな。連中が標準器を3セットくらい用意したとしてだけど」
佐田
「今3月でしょう。5月連休にやってもらうということで考えませんか」
浜本
「すまないがおれは連休に家族と旅行する予定なんだなあ〜」
佐田
「それじゃ他の方とパートの人に、交代で出てもらえないでしょうか? 私も出ますよ」
浜本
「うーん、俺も連休全部がダメというわけじゃない。それじゃあ計測器管理室のメンバーが交代で毎日一人出るように計画するわ」
佐田
「別件ですが、国家標準がないものがあるっておっしゃいましたよね。そういったものは当社基準で校正というか動作を確認する方法で代用しましょう」
浜本
「どういうこと?」
佐田
「平らな面を作る方法として、三面すりあわせってのがありますよね。AとBがぴったりあうように研磨してから、AとCを同じように、CとBを同じように、何度か繰り返すとA、B、C共に完璧な平面になるってことです」
浜本
「ふーん、それが?」
佐田
「電気信号だって同じでしょう。基準となるものがなくても検査装置が三つあれば、それを組み合わせて相互の通信が正常なら3台ともOKと判断して良いのではないですか。どっちみち当社が作った基準なんですから。国家標準がないなら当社が方法を決めて良いでしょう」
浜本
「よくわからんけど今まで何もしていないんだから、それでいってみるか」

何社かの校正業者の見積もりをとり目鼻がつくと佐田は各部門を歩いて、5月連休にオシロばかりではなく電子計測器400台を一挙に校正してしまうことの同意を取った。
オシロ 実行は結構大変だった。細かいことを言えば工場の近くには食堂がないので校正業者の弁当を手配するとか、宿屋を世話するとか、連休中でも校正作業場のエアコンの連続運転依頼するなど、しなければならないことは多かった。更に彼らも早く終えたいので毎日残業するという。そのために佐田たちも残業時間まで立ち会うことになった。
仕事が完了する前日の夜、佐田は自腹を切って、校正に来てくれた人と連休に出てくれたメンバーに一席設けた。現場の係長をしていた時から、そういうことには佐田は手を抜かなかった。上につけ届けはしないが、下には気を使うのだった。

浜本
「佐田君、一括校正は大成功だった。兜を脱ぐよ。あれはいいアイデアだった。
で、またまた難題なんだけど今度電波暗室の測定器一式の校正をしなくちゃならないんだよ。従来は機器を送って校正をしていた。しかしそれでは戻ってくるまで30日はかかる。その間、代替えを借りるとお金がかかる。校正に来てもらうにしても標準機類を持ってくるのが大変だときた。
どうしたもんかねえ〜」
佐田
「県立のハイテクプラザってのがありましたよね。あそこには各種計測器がそろっていると聞きます。校正依頼中は、あそこを借りるというのもあります。それに電波暗室は他の会社にだってありますよ。お金を出して時間貸ししてもらえるか問い合わせてみてください。もちろんそのときは製品を運ばなくちゃなりませんが。
一番いい方法はなんだろうかなあ」
浜本
「なるほど、考えれば方法はいろいろあるか。信頼性試験の連中と話をして、どうするか考えてみよう。
それとちょっと困ったことだが、徹底的に校正をしようとしたものだから、多数の計測器が紛失していることが分った。この処理にも困っているんだけど・・・どうしようか?」
佐田
「隠したり棚上げしたりせずに、一括して処理してしまいましょう」
浜本
「オイオイ、いまどき紛失に付き固定資産廃却伺いなんていったら経理にとっちめられるよ。
その部門だけの責任じゃなくて、管理部門の責任になるんだ。だって昨年までの固定資産棚卸がうそだってばれちゃうから」
佐田
「それはしょうがないです。とにかく問題の先送りはしないことです。後で苦しむなら今苦しみましょう。
ところで今までの予算消化具合はどうでしょうか?」
浜本
「いや驚いたんだけど、計画よりそうとう安くすんでいる。どうしてかよく分らないが、手間がかからなかったからだろうか?」
佐田
「業者にしても毎月数台頼まれるよりも、一括して依頼された方が楽でしょう。ましてこちらに来ればずらっと並んでいるわけで、作業効率は1台ずつするときに比べて倍以上になるのではないでしょうか。開梱も梱包もする手間がありませんしね、
ともかくそれじゃ今年度は予算内には収まるでしょう」

佐田
「浜本さん、計器の校正状況を今は情報システム課のコンピュータで管理していますね」
浜本
「そうだよ。だから情報システムから毎月のデータが送られてくるまでこちらは分らない。リアルタイムで今月校正対象の計測器はどれとか、今日時点での校正期限切れはすぐにはわからないんだ」
佐田
「もう集中から分散の時代ですから、ここでパソコンを使ってエクセルで管理するようにしましょう」
浜本
「そうすると、どんないいことがあるんだ?」

佐田
「浜本さん、校正記録を手書きで作っていますよね。あれをパソコンで作成してプリントするようにしませんか」
浜本
「おれにはあんたの言っていることが全然わからないよ」
佐田
「画面に必要な項目を入力すると自動的に書式ができるようにするんです。マクロを組むのは私が考えますから。
本音を言えばわざわざプリントするのが無駄なような気がするのですが、当面は現状の記録を紙で残す方法で行くとしましょう」
浜本
「俺にはなんだか理解できないが、なんでも手間が省ける方法なら歓迎するよ」

以前、計測器管理が設備課に所属していたときは、計測器管理がいくら忙しくても課長もスタッフも対策を考えてもくれず手伝いもせず浜本に任せきりで、問題が起きると浜本の責任だと言われてきた。
今は忙しいときは佐田も作業を手伝うし、問題があれば佐田が判断する。おかげで、品質保証課に移ってから破滅的な事態に至ったことはない。今では浜本は佐田に心服してしまい、佐田の指示にまったく反対しない。



更に数か月後、今では計測器管理は問題などまったくない。校正漏れは例外的なものしかなく、校正基準はすべて体系化された。そして負荷も妥当なところに設定され、費用もそうとう削減されてきている。
品質保証課の他のメンバー島田大村は計測器管理が改善されたのを見て、自分が計測器管理を引き受ければ良かったと内心思いつつ、陰では計測器管理は難しい問題じゃなかったなんて言っている。しかし浜本だけでなく現場も野矢課長も、それは佐田がいろいろと手をうってきた成果だということを知っていた。
ところが佐田はそれだけでは終わらず、野矢に話を持ってきた。
佐田
「課長、計測器管理に4人は多すぎますね。人を減らしましょう」
野矢
「おいおい、そんなことをして大丈夫か?」
佐田
「課長、管理者の仕事は人件費管理です。アウトプットを変えずに自部門の人員を減らすことが仕事ですし、それによって評価されるのです」
野矢
「わかった、わかった。 浜本の意向はどうなんだ?」
野矢は浜本と打ち合わせた結果、計測器管理室は浜本ともう一人にして、他の一名の男性は生産現場に異動させ、パートの女性は半日は計測器管理の仕事をして半日は品質保証課の庶務をするようにした。そして元々品質保証課にいた庶務担当の女子社員は他の部門に回したのだ。



品質保証課は生産管理部に所属していて、部長は上野だ。野矢は過去、上野が佐田をどのように評価していたのかわからない。部長が佐田を課長にしたくないと考えているなら、野矢が話を持っていくのはあまり芳しくない。とはいえ、野矢は佐田を放置しておくほど不人情な男でもない。
悩んだ末に野矢課長野矢課長は上野部長上野部長のところに行った。
野矢
「部長、ちょっと話できますか?」
上野部長
「なんじゃい、いい話なら聞くけどよ、悪い話なら聞かないぞ」
野矢
「今年も課長の試験の時期になりますが・・・単刀直入に行きますが、佐田をどうしましょうかね?」
上野部長
「ああ、去年製造部からお前ん所に異動してきたやっちゃな」
野矢
「そうです。彼は異動してから、品質保証でも計測器でも、そうとうな成果を出しています。それであいつを今年、課長職試験に合格させたいんですがね」
上野部長
「いいんじゃないか、奴の評判は聞いている。お前もあいつに来てもらって、そうとう助かっているようだし。
しかしあれほど仕事ができるのに、なぜ今まで何回も不合格だったのだろう?」
野矢
「それじゃ本人に今年絶対に受験するように話をしておきます」
野矢が自席に戻るとすぐに、上野部長から電話があった。
上野部長
「あのさ、さっきの佐田の話だがな」
野矢
「ハイ、なにか?」
上野部長
「わかったよ、川田部長が彼をお嫌いなようだ。今まで奴が合格しなかったのはそのためらしい」
野矢
「といいますと、今年も見送りということですか?」
上野部長
「アホ、そんなことを考えること自体、大企業病ってやつだよ。常に組織の目的は何かを考えて判断しないと、企業はダメになっちまう。お前も、部下を好き嫌いでなく成果で判断しなくちゃいけないぜ」
野矢
「わかりました」
野矢は部屋を見回して佐田を見つけた。
野矢
「佐田君、ちょっと話がある」



計測器管理室で浜本と佐田が雑談している。
浜本
「いやあ、驚いたよ。計器管理が設備から品質保証に移ってちょうど10か月か。あの頃は問題だらけでどうしようかとおれは悩んでいたんだ」
佐田
「今はもう悩みなんてないでしょう」
浜本
「確かに。しかし不思議だなあ。以前よりも人は減ったし校正予算も100万も減ってしまったが、何も困っていない。あのとき、何を悩んでいたのか不思議だ」
佐田
「世の中はちゃんと仕事をしていればうまくいくようになっているんですよ。
設備課の課長は今頃悔しがっているんじゃないですか」
浜本
「お前も課長の試験に合格したしね」
佐田
「あれは必然ではなく、野矢課長と上野部長のおかげですよ」

うそ800 本日のご質問
そんなにうまくいくものかとおっしゃる方がいらっしゃるでしょうねえ。
実は20年前、私は校正のコの字も知らなかったのですが、計測器管理担当になってここに書いた以上のことをしてきました。おっと、これは小説であり私の歴史じゃありません。
でも話はまだまだですよ。これからマネジメントシステムとはなにかの話をするつもりです。



アムタス様からお便りを頂きました(2013.10.23)
マネジメントシステム物語2 計測器管理−はかりについて
始めまして計量関連の仕事をしてますアムタスと申します。
毎回更新を楽しみにしています。
はかりについての記述について?な点がありますので、余計なお世話ですがお知らせします。
1.本文中「市の検定は商店の秤が対象で、その公差は大きいぞ」
とあるので特定計量器(取引用のはかり)のことと思いますが、これは計量法上は「定期検査」です。はかりは検定に有効期間のない特定計量器です。
また特定計量器の「検定」は主に都道府県の計量検定所が行います。

2.公差について、精度等級が以前のH,M,Oの物でHは%でしたので目量によっては、大きくなる物もありますが他は大きくても3目量なので余り大きいとは・・・

3.定期検査については基準分銅、実用基準分銅を使いますが「計量標準総合センターが発行する基準器検査成績書をもって、計量トレーサビリティの根拠とすることはできません。」なんて宣言があり、トレーサブルいえるか微妙なところです。

アムタス様 ご指摘ありがとうございます。
専門家からお便りをいただきますと緊張します。
まず、秤は定期検査ですね。間違えまして失礼いたしました。
次に、公差ですが私が実際に市に持って行って検査してもらったときの精度は20年も前なので定かではありませんが3%で、それ以前に校正に出していたときより精度は高くなかったように思いました。
国家標準とのトレーサビリティについて、1990年当時、顧客から重さについて国家標準とのトレーサビリティを要求された記憶はありません。ISO以前、ほとんどの顧客から要求されたのは、重さに限らず校正の仕組みがあることと実際に行うことでした。秤について定期検査を受けるとした仕組みについて、当時何度も国内や某外国の企業の品質監査を受けましたが指摘を受けたことはありません。もちろん指摘する前提として、それが品質保証協定書に盛り込んでいなければなりませんけど。
ISO認証の認証ときもなにもありませんでした。ただJ●Aの審査員はぜひJ●Aで校正すべきだと話をされた記憶があります。
ちょっとお断りですが、私の場合、秤が関わるのは製品の重量(当時は質量ではありません)を測る程度で、品質に関わることもなかったので監査側も気にしなかったのかもしれません。(重量は仕様の重要な項目だといわれると確かにそうでしょうけど)
戻りますと、ISO9001:1987 4.11では「製品が規定要求事項に適合していることを実証するため」とありましたので、製品の重さが国家標準にトレーサブルでなくても規定要求事項に反していないとの認識だったのかもしれません。とはいえマイクロメータのラチェットストップなどはどうなんでしょうかね? ちょっとそれについていかなる判断をしたのかはわかりません。
いずれにしても製品によって要求する範囲も精度も異なると思います。私の関わったものは、あまり質量あるいは力に関して製品品質に関係なかったためかもしれません。



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