池村社長 | 5年前 |
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星山専務 | 総務、経理、資材及び営業担当 |
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素戔嗚電子工業から出向して半年 品質及び生産管理担当 |
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吉田部長 | 大蛇機工のプロパーである。 技術及び製造担当 |
プロパーはいろいろな意味に使われるが、子会社においては親会社からの出向者に対して、子会社に入社した人をいい、出向者よりも低く見られることが多い。 会社によっては、プロパーだと課長止まりで幹部は親会社からの出向者しかなれないというところもある。ただそれだとプロパーがやる気をなくすので、取締役とか部長のポストのいくつかをプロパー専用としている会社もある。 | |||||||||||||
「おい、先週 | |||||||||||||
「は、あれはですね、黄泉の国産業の図面変更がありまして、今回ロットから穴あけが追加になったのです。 ところが先方の事情で品名も品番も変えないために、当社の完成品保管のとき区別せずに一緒にしてしまったのです」 | |||||||||||||
「図面変更があったというのは、どういう形で社内に通知しているのかね? 吉田部長」
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「改定前の仕様のものも穴あけを追加すれば使えますので、完成品として保管しておりました。部品を入れた箱に変更前と変更後の表示をはっきりしていなかったのが原因でして・・」
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「いやおれが聞きたいのは、図面変更を社内にどのように区別するように指示していたのかということなんだが」
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「そういったときはロット管理をすると思うのですが、具体的にどのように区別するように指示していたのかということですよね、社長」
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川田が余計な口をはさむ。
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「そうだ、同じ品名で同じ図面番号でもロット表示をして、今回出荷はどのロットというふうに指示しないと混乱するのは当然だぞ、吉田部長」
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「は、製造部門には、今回から穴あけが追加になったという指示は徹底しておりました。しかしながら客先の呼称を尊重しまして部品名も番号も変えなかったのがまずかったと反省しています」
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「もちろん製造部門へは変更を通知したから穴が追加されたわけでしょうけど、保管部門へは周知していたのですか?」
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川田が正論らしきことを語るほど、吉田部長と星山専務そして社長の心証を悪くしているということに川田は気付かない。まして保管と出荷は川田の担当なのだ。傍目では一生懸命、墓穴を掘っているとしか見えない。
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「そこんところが若干不徹底がありまして、製造から払い出した時は「穴あり」という紙を箱ごとに付けていたのですが、保管部門がそれを取り除いてしまったのですよ」
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「保管部門がわざわざ表示を取り除いた? 保管部門へは変更を通知していたのかね?、吉田部長」
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「今回のロットが製造に入る前に関係部門にその旨通知を出しています。川田取締役にも通知を出していたと思います」
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「川田取締役、君のところはどのように伝達していたんだ?」
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「は、頂きました通知は鈴田課長に回しましたが・・・」
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といいながら、川田ははたしてどうだったのだろうかと思いだそうとした。しかしこの件については、なにも頭に浮かばなかった。
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「回すだけでなくちゃんと徹底させなくちゃだめだろう。あとでどのように処置していたのか調べて報告してくれ。 では次に、クリーンキャンペーンについて川田取締役から報告してくれ」 | |||||||||||||
「はい、良い製品を作るには整理整頓が基本です。私がここに参りまして一番気になったことは屋外通路に散らばるタバコの吸い殻です。これを一掃しなければなりません」
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「それは前から聞いている。その進捗と効果を聞きたいのだがね。わしが見た限り、何の変化もないようだが」
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「は、当初は昼休みに全従業員の協力で進めようと思いましたがどうもいけないようで・・」
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「川田取締役、そんなこと当たり前じゃないか。休憩時間にそんなことを強制したら組合が問題にするだろう。不当労働行為なんて監督署に飛び込まれたらエライことだよ」
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「それにつきましては私がこの会社の文化を知らなかったということでお詫びします。それでとりあえず私と数名で吸い殻拾いを進めておりますが、なかなか・・」
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「君やひとりふたりで吸い殻拾いをしたところで、どんな効果があるのか良く分らん。 わしは君がこちらに来たときに、品質向上と工期短縮をお願いしているのだが、それはどうなっているのか?」 | |||||||||||||
「ですから吸い殻拾いもその一環であると考えておりましてですね・・」
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「わかった、わかった。川田取締役、君がこちらに来てもう半年が過ぎている。そろそろ具体的な改善効果を出してほしいと思っている。次回の会議からは具体的な指標を示して継時的な推移を示して説明してもらいたい」
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川田は頭を下げて黙って何度もうなずいていた。
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会議が終わると川田はすぐに鈴田を呼んだ。
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「おい、鈴田、先日の黄泉の国産業向けの穴追加品と従来品が区別されていなかった件だけど、あのいきさつを説明してくれ」
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鈴田はその件はとうに終わったことだと思っていたので、まったく頭になかった。
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「すみません、まったく考えておりませんでした。何か問題がありましたか?」
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「お前はなにを言っているんだ、今日の幹部会議であの混入事件は保管部門の責任だと言われたんだぞ。つまり俺の責任だ。お前が保管部門の長なんだからお前の責任でもある。 まあ、それはともかく、あの混入事件がどうして起きたのか、吉田部長が変更したので注意するようにと通知を出しているというんだが、俺は記憶がない。たぶんおれはそのままお前のところに回したんだと思う。とにかくあの事件の発生原因と経過を大至急、そうだな・・・といいつつ腕時計を見て・・・今3時過ぎだから、今日の6時くらいまでに報告してくれ」 | |||||||||||||
「はい、わかりました」
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鈴田ははてそんな通知があったのかと頭をひねった。記憶にはないが・・・ 帰り道、技術の担当者のところによって、その通知を見せてもらった。なるほど3週間ほど前の日付で同じ品名、部品番号で今回ロットから穴が追加になるので混入しないようにという通知が出ている。宛先をみると川田取締役だけでなく鈴田課長宛にもなっている。鈴田は見た記憶がない。とりあえず、そのコピーを取らせてもらう。 自分の席に戻り、自分の席の書類の流れを改めて見直す。他の部門や部下からの報告はインボックスに入る。鈴田はインボックスを毎日見て、帰宅時には空にしている。そして部下に回せば済むものは自分の日付印を押し必要ならコメントを書いて、各担当の受け入れボックスに入れる。自分が処理しなければならないものは自分が処理する。 この場合、自分宛に来たほかに川田取締役に来たものも鈴田に回したというのだから二つも通知が来たわけで、その二つとも鈴田が見なかったとは思えない。万が一机から落ちたのかと鈴田は机の下を見たり、引き出しの後ろ側に落ちたのではないかと机から引き出しを抜き出して机の中を見たりした。しかしない。 ひょっとしてと思いついて、黄泉の国産業向けのファイルを引っ張り出した。するとそこに技術部からきた通知がふたつファイルされている。 鈴田は一瞬、冷や汗がどっと流れた。対策をしなければならないことを何もせずにファイルに放り込んだのだろうか? ともかく二枚ファイルから取り出してながめる。 一枚は何も書いてなく、鈴田の日付印だけが押してある。つまり自分は間違いなく見たわけだ。もう1枚には川田取締役の日付印が押され赤ボールペンで何か書かれている。川田の特徴ある字でかつ走り書きなのでわかりにくく、何度も読み返す。ようやく「ロット管理をすること」と読めた。川田も気にしていたわけだ。 これを見て自分は何をしたのだろうかと考えていて、紙の下の方に自分が書きつけているのに気が付いた。 生産計画指示のときに枝番を付けて混入を防げと書いてある。 ああっと思い出した。そうだ日程計画係長に、間違えないように品番の後ろに枝番を追加しろと指示したことを思い出した。直接会って口頭で言ったのか、電話だったかと思いだそうとした。そうだ電話で指示したことを思い出した。鈴田はあまりにもいろいろ仕事があるのですっかり忘れていたのだ。それに対する返事は覚えていない。 苦笑いしながら鈴田は電話して係長に来てくれという。すぐに係長がやって来た。 | |||||||||||||
「課長、なんでしょうか?」
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「黄泉の国向けの例の部品を生産するときのことだけど、今回ロットから穴が追加になったのは知っているよね」
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「ええ、結果として混入してしまい、あのときは課長も私も夜遅くまで選別しましたから忘れません」
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「あのとき私は前もって品番の後ろに枝番をつけて生産指示するようにと頼んでいたのだけど、あれはしなかったのかい?」
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「課長から枝番を追加しろとお話を受けて検討したのですが、ここの生産管理システムはそのような仕様になっていませんでした。その日のうちに私は課長にそのことを報告しています」
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「待ってくれよ・・・ええと、そんなことがあったかな〜」
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「課長はその時、表の通路で吸い殻拾いをしていて、クリーンキャンペーンで忙しいから後で考えるとおっしゃいましたよ。お忘れですか?」
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鈴田はアット思い出した。そうだ、そういうことがあった。つまり犯人は自分だったか。あのときは吸い殻拾いをしていて後で対策を考えようとしたものの、その後、次から次と仕事が入って、大事なことを忘れてしまったのだ。
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「係長、すまなかった。思い出したよ。そうだそうだ、しまったなあ」
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係長を返して鈴田は川田に報告しようと立ち上がったとき電話が鳴った。
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「ハイ、管理課です」
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電話は星山専務からだった。
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「鈴田君、大変だ。 | |||||||||||||
鈴田はヤレヤレと思いつつ、生産計画係長と倉庫係長に定時を過ぎても帰らないで待っているように電話して、会議室に向かった。 会議室には星山専務と川田取締役、安斉課長が座っている。
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「完成検査のときサビはなかったと記録にあります。もっともこの加工はだいぶ前、先々月に完了していますから、もう二月近く前になります」
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川田が鈴田を睨みつける。
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「すると倉庫の保管中に錆びたということになる。どんなところに保管しているんだ?」
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「ええと倉庫ですよ、倉庫。他にありませんから」
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「ひょっとして北側の壁際に置いたのかな? あそこは壁が傷んでいて外の湿気がモロなんだよな。 いつも壁際には置くなと言っているのだが・・」 | |||||||||||||
鈴田は嫌な予感がしたので倉庫係長に電話する。
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「あの、鈴田ですが。大国主向けの部品はどこに保管していたんだろう? ・・・・ 倉庫の北の壁の前・・そうか、いつもはその辺には置かないらしいんだけど、どうして置いたのかな? ・・・・ 在庫が多くて置くところがなかったの、そうか、分かった。うん、まだ対策は決まっていない。とりあえず待機していてくれ」 | |||||||||||||
鈴田は電話を置いて星山に向かって言った。
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「星山専務、おっしゃるとおり北の壁際に置いていたそうです」
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「あそこに二月も置いといたらまずいなあ、先月末からは雨続きだったし・・・錆びるのが目に浮かぶ」
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「そういうこと、つまりそこに置いてはいけないということを、従業員は知っていたのでしょうか?」
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「長年倉庫を担当している者なら知っているはずだが・・・そういえば永山さんは先々月定年で辞めたな。今の係長は製造現場から来て間もないからなあ〜、知らなかったのかもしれない」
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「うーん、とりあえず善後策を考えよう。 まず大国主にいってお詫びと選別をしなければならない。 おい、鈴田課長、ホワイトボードに書いてくれ、 それからこちらの在庫があるかどうか、それを検品して出せるかどうかを確認することだな、 そして新規に生産する日程を考えなければならない。 それらを把握したら先方と協議しなければならない。 星山専務そんなところでよろしいでしょうか?」 | |||||||||||||
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「大国主は群馬県だったから、片道1時間ちょっとか・・・とりあえず今晩行くか明日朝一に行くかを問い合わせよう。 在庫の検品はすぐにできるか? 安斉課長?」 | |||||||||||||
「はあ、検査係長にすぐやらせます」
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安斉は電話する。それを見て星山も別の電話をする。 1990年当時はまだ携帯電話は普及していなかった。 | |||||||||||||
「営業課長か、俺だ俺。大国主さんに検品とお詫びに行く件、向こうにいつがいいか時間を当たってくれないか。おお、もちろん向こうから要請されれば今夜にでも行かなくちゃならない。そうだ頼むよ」
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「あ、検査係長ですか、大国主の問題は聞いていますか? そう在庫があるそうなので、その検品体制をとってくれないか。それと大国主に検品に行かなくてはならないので、そのメンバーの人選をしてほしい。うん、まだ出発時間は未定なんだけど今夜中に出かけないとならないかもしれない。え、無理だって、そんなことを言わないで全員に当たってくれないか。頼むよ。うん、結果がわかりしだい報告してほしい」
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「安斉課長、メンバーはそろいそうか?」
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安斉は困ったような顔をしている。
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「川田取締役、ちょっと相談なんですが、私は帰宅してよろしいでしょうか?」
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それを聞いたまわりの人たちは、ギョ として安斉課長を見つめる。
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「この非常時にそのようなことを言われても困る。君が部下に残業してくれとか、今すぐ出張してほしいと頼むなら、君自身もそれなりの行いをする必要があるのではないか」
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安斉は赤くなって黙っている。 電話が鳴って誰かがとる。受話器を耳に当てた後、星山専務に受話器を渡す。 | |||||||||||||
「ああ、営業課長か、どうだった? うんうん、そうか、明日朝一で良いのだな。それはありがたい。とはいえこちらを出るのは朝7時くらいでないとならないね。わかった善処しよう。 川田君、お聞きのように大国主に行くのは明日で良いことになった。今夜中に選別と手直しができるかどうか、それと追加生産について考えることにしよう」 | |||||||||||||
安斉は電話を取る。
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「ああ、検査係長、今夜大国主に行く件はなくなった。選別はこれから実施して明日向こうに行くときに一緒に運べるようにしたい。 3名確保か、在庫は何個あるんだ? 2000個、3人でできるの? 真夜中までか・・・応援者でもできる仕事か? わかった、なんとかしよう。それじゃその3名以外で明日出張する人を3人確保して、朝6時50分までに出社するように話をつけてほしい。そうだ、しかたがない」 | |||||||||||||
「鈴田君、生産計画を見直す方はすぐできるか?」
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「はい、出荷日程を決めていただければ」
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鈴田はそう答えながら、ヤレヤレと思った。これで今日はこちらに泊りだな。そして他の会社の生産を遅らせて大国主を押し込んで・・・鈴田は血圧があがるのがわかった。 そういえば黄泉の国のことも報告しなくちゃならないし、まあ、今日はドタバタしているから、あの件で叱られることはないだろうと願った。 ●
それから1週間ほど経過した。川田は鈴田と安斉を集めて打ち合わせをしていた。● ●
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「いや、疲れたなあ、出向して半年なのにもう10年も経ったような気がするよ」
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「川田取締役、私のミスが多くてすみません」
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「まあ済んだことは仕方がない。しかし凡ミスが多いなあ。ともかく発生した問題は二度と起きないように対策をしたいと思う。今日はそれを考えたい。 まず、黄泉の国の件だが、違う部品が同じ品名、型番の表示だったというのはまずかったな。違う部品であるという表示をすることを考えないといけない。鈴田君はどうするつもりなんだ?」 | |||||||||||||
「この会社の生産指示のシステムは、あまり難しいことはできないんですよ。私は製造指示書、日程表や出荷指示書の品名表示に、枝番、つまり正式な品番の後ろに記号なり数字なりを追加しようとしたのですが、それはできないというのです。そういったことをしようとするとシステムを全部入れ替えることが必要になるのです」
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たとえば部品を区別するだけなら、メモ紙にマジックで書いたのを貼っておいてもいいだろうし・・ ちょっと待てよ、製造からは区別するために「穴あり」という紙を貼って倉庫に引き渡したと吉田部長が言っていたなあ。鈴田よ、それは本当か?」 | |||||||||||||
鈴田も先日、川田から調査して置けと言われていたので、そのあたりはヒアリングをしていた。
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「はい、「穴あり」という紙が製品を入れた箱ごとに貼り付けてあったのは間違いありません。ただそのメモが何かの連絡がなかったので、倉庫係のほうで取り外してしまったのです。私がいつも整理整頓と言っているので、正式な伝票以外にそのようなものがあってはまずいと判断したそうです」
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「あのな、技術から今回以降穴追加になるという通知書があっただろう。枝番とか情報システムなんて難しいことを考えるのではなく、あの通知書をそのまま拡大コピーして倉庫に貼っておいた方が良かったんじゃないのか」
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「はあ、今となるとそうしておけば良かったと反省しています」
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川田は大きくため息をついた。
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「過ぎたことはしょうがない。しかし再発しないように考えてほしい。我々はこの会社の改善のために送られたんだ。それなのに我々がミスばかりしているようじゃ話にならない。 ともかく鈴田よ、お前は大会社じゃなく、中小企業にいるんだから、今あるリソースでどうするかということを考えて行動してほしい」 | |||||||||||||
鈴田は頭を下げるしかなかった。
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「それから大国主の件だけど、倉庫の保管方法についてルールはどうなっているんだ?」
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「この会社に就業規則はありますが、業務を決めたルールはほとんどないというか、文書体系もはっきりしていないのです。設計図面や金型の図面についての採番や管理については技術部内のルールがありますので、製造部もそれを使って運用しているのです」
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「文書体系はともかく、倉庫北側には物を置いてはいけないなんてことは伝承しかないのか?」
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「ヒアリングした結果では、そういうことは倉庫担当の常識らしいです」
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「常識たあ誰でも知っていることだろう。今回は倉庫係長が知らなかったんだから常識じゃなかったってことだよな。 あのな、一番いいのは壁を補修することなんだろうけど、そこまでしなくてもだ、例えば置いてはいけないエリアを赤いペンキで塗りつぶしてしまうとか、物を置くなと大書するとか、頭を使ってくれよ、頭は使うためにあるんだ」 | |||||||||||||
川田の声は段々と大きくなってきた。川田自身もそれに気が付いて一瞬黙った。
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「はい、わかりました。早急に倉庫の保管ルールを作ります」
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「よし来週までに頼む。そして単にルールを作るだけじゃなくて、それを徹底しなくちゃ意味がないからな。 話は変わるけど、安斉よ、客先はどこだか忘れたが、少し前に板金部品の穴ピッチ寸法が狂っていたってのがあったな、あれはどうしてなんだ、原因は分かったのか?」 | |||||||||||||
「それがほんとうにバカバカしい話だったのですが」
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「じゃあそのバカバカしい話ってのを聞かせてくれよ」
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「あれは穴ピッチが608ミリだったのですが、この会社には600ミリのノギスしかなかったのです」
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「はあ? どういうことだ、おれに分かるように説明してくれ」
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「まずこの会社にある三次元測定機のテーブルは500かける400しかないのです。ですから500以下、まあ実際には固定したりする部分が必要ですから、もう少し小さい範囲しか測れません。 そしてノギスは600ミリのものまでしかありません。だいたいこの会社は持っているプレスが小さなものなので、製品も300ミリくらいまでのものが多いのです。そんな大きな寸法を測ることがないのですね。 川田取締役のおっしゃった件はあたりをつけて二方向から穴あけしたのですが、そのときゴミがついてピッチがずれたのです。でもここではそれを600のノギスで測っていたので狂いが分らなかったのです」 | |||||||||||||
「608ミリを600ミリのノギスで測れるのか?」
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「ノギスはバーニャ、副尺ですね、それがついてます。通常のノギスは0.05ミリ精度なので20目盛り分つまり20ミリ長くなっています。もちろんそのときはバーニャが本尺のメモリから外れてしまいます。ですから600を超える寸法のときは1ミリ以下は目かんになります。穴のピッチですからピッチノギスを使ったわけですが、ピッチノギスにしてもバーニャの関係は同じです」
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川田は目をつぶった。イヤハヤ、いろいろと問題があるものだ。この会社は全体的にレベルが低いのはわかった。しかし我々はその会社を立ちなおすために来ているわけだ。我々もレベルが低く改善する力がないのだろうか? このままでは成果を出すどころではなく、尻尾を巻いて帰ることになる。もっとも帰る場所があるとは思えなかった。
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「なるほど、安斉課長、それで君は対策をどう考えているんだ?」
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「600ミリのノギスの上は1メートルになってしまうのです。ノギスといっても1メートル用になりますと10万もしますから、わざわざ買うのもなんだなと思いまして、まして三次元測定機を買い替えるなんて・・」
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「じゃあ、次回ロットの生産のときはどうするつもりだ?」
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「現場の係長が、以前勤めていた会社から大きなノギスを借りてこようかという提案をしてくれました」
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「なるほど、向こうの会社では校正しているのかな?」
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「さあ、どうなんでしょうねえ」
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「安斉君、新しいものを製造する前に、どんな加工方法でするのか、どのプレスを使うのかとか、そういうことは検討しないのか?」
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「もちろんします。どんな工程で加工するかを決めないと金型も作れません」
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「そのときどの寸法を測るとか、測定する計測器は何を使うとか考えてないのかね?」
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安斉は黙ったきりで、返事はなかった。 川田はまた目をつぶった。目をつぶっても問題は消えないが、少し気持ちが落ち着く気がする。 こちらに出向するとき川田は、あっという間にこの会社を良くすることができるだろうと考えていた。そして華々しく本体に凱旋するつもりだった。戻ってきた暁には田舎の工場ではなく、本社勤務している自分の姿が目に浮かんだ。そのために部下の中で優秀だと思っていた安斉と鈴田を連れてきたのだが・・ 安斉も鈴田も大会社にいて狭い自分の担当範囲については一人前かもしれないが、応用がきかないというか自分のしてきたこと以外はまったくなにもできない。いやと川田は思った。自分自身も人を使うこと、それも優秀な部下を使うことはできても、優秀でない部下を育てて使うことはできないのかもしれない。 川田は目を開けた。 | |||||||||||||
「安斉課長、きみの奥さんはレストランを経営しているといったな。いろいろ家庭の事情はあるのだろうが、おれからのお願いだ、君はこの会社で働いているのだから、ここにいる限りこの仕事を最優先にしてほしい。先日のトラブルの真っ最中に帰りたいなんて言っていたが、あんなことじゃ困る」
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安斉は鈴田の方を気にしながらボソボソという。
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「実を言いまして家内が事業を始めた時、家を抵当に入れているんですよ。絶対こけては困るんです。それで私も経理を見てますし、実際に皿洗いなどを手伝って人件費をかけないように・・」
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安斉の言葉を聞いて川田は脱力した。だがなんとか踏ん張った。
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「安斉君、ちょっと考えてくれよ、そういう考えが通用すると思うのか? 君はここの社員に比べたら2倍以上の月給をもらっているんだぞ」
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川田はまたまた声が大きくなったのを自分でも感じた。
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「はあ、それは十二分に認識しています。ですから一生懸命働いているつもりです」
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「一生懸命か・・安斉君、もう少し自分がおかれた立場を理解してほしいなあ〜 川田はしばし黙っていた。 次に口をあけたときは鈴田に話しかけた。 鈴田も毎日往復二百数十キロも走っていては仕事に身が入らないんじゃないか。頑張ろうというならここに住むということも考えてほしい」 | |||||||||||||
突然、自分の名をあげられて鈴田はぎょっとした。川田はそのうち家族もつれて移り住めなんて言い出しかねない。そもそも鈴田にお声がかかったとき、川田は1年半とか2年で成果を出して出向から戻れば次長も夢じゃないと言ったからハイと返事をしたのだ。ところが来てみれば全くのドロ沼で先の見通しは立たない。こんなことなら川田の引きで課長になれたにしても、出向を打診されたとき絶対に断るべきだったと後悔した。
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「とにかく問題山積だ。しかし逃げるわけにはいかない。みなそれぞれの課題をひとつずつ解決してほしい。明日と明後日は休日だ。おれもひと月ぶりに家に帰るよ。ずっと乗っていないから、車のエンジンがかかるかどうか心配だな。来週月曜日にまた打ち合わせをしよう。そのときは、今日の課題をどう考えたかを教えてくれ」
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その夜、川田は福島に帰った。明日は年に2度ある工場幹部のゴルフコンペなのだ。
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翌日、川田は疲れを感じたが、ゴルフをしたいという気持ちを抑えきれなかった。それで早朝から車を飛ばして裏磐梯のゴルフ場にやって来た。● ● 実を言えば川田は100を切るか切らないかというレベルだから、勝負そのものはどうでもいい。偉い人と一緒になってお話ができたらいいなというのが本音である。ゴルフというのはボールを打つことよりも歩く時間の方がはるかに長い。川田はその間に雑談をすることが目的なのだ。いや雑談というよりも、本社の動向とか人事の話などの情報収集が目的だ。それは社内を泳いでいくために重要なのである。 だが今回は偉い人ではなく上野部長と、女性の工場長秘書、そしてあまりよく知らない経理部の次長と一緒になった。川田は顔ぶれを見て情報収集はあきらめた。そして、せめて現状打破のアイデアでも浮かばないかと願った。 上野部長が歩きながら声をかけてきた。 | |||||||||||||
「川田さんは出向されて、どれくらいになりますか?」
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「半年ですよ。半年もたちましたがまだ何も成果が出せず難儀しています。あっちじゃ、針のむしろですわ」
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「やはり大きな会社にいるときのようにはいかんでしょう」
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「まったくです。親会社であるこちら それとインフラというのかなあ〜、設備もそうなんだけど規則類もそろっていない。だからなにか改善しようとしても改善の基になるベースラインがないんです」 | |||||||||||||
「わかります。標準化とは改善の基本と言いますからねえ〜」
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川田は上野が軽く言うのを聞いて、上野が自分と交代したらもっとうまくできるのだろうかと一瞬思った。
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「今悩んでいるのは連れて行ったメンバーが力不足なのですよ。誰か推薦する人はいないですか?」
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「俗にいう優秀とか昇進が早かったというのではなく、川田さんが期待するものを明確にしなければ誰が適任かわかりませんね。例えば不良対策をするとき、高度な技術者よりも、技能者が現場の人に教える方が効果的なこともありますからね。川田さんが必要なものとはどんなことなのでしょうか」
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川田はなるほどと思った。安斉は機械加工の課長をしていたので、品質改善や作業改善が得意だと思っていたが、そうではなかった。鈴田も生産管理の仕事が長いから仕掛改善や工期短縮などできると思っていたがこれも全然だめだ。安斉も鈴田もあまりにも守備範囲が狭く、経験していないことには無力なのだ。 考えてみれば彼らは己の力量で今の地位にいるのではなく、入社年次と人間関係によって課長になったのだ。川田はなぜ鈴田を課長資格試験に合格させたかを思い出した。昨年の試験の二月くらい前に川田の家に来て、過去2回不合格だったので今回は絶対に合格させてほしいと泣きついてきたっけ。そして今後は川田の手足となって誠心誠意働くと誓ったものだ。そんなことがあり昇格させる数が決まっているものだから、川田は自分になつかない佐田を落とすことにしたのだ。今までもそんな具合に合否を決めていた。大きな会社なら、みなそれなりに優秀だから誰が課長になろうとなるまいと、会社はそれなりに動いていく。それが当たり前だと思っていた。 だが中小企業ではそんな考えでは通用しない。ハードやソフトのインフラがなく大会社なら社内にいる専門家の支援もない。そういう状況で、徒手空拳で品質改善や能率改善を考えることのできる人間、仕掛改善や工期短縮ができる者を選ぶべきだったと思う。 | |||||||||||||
「大きな会社で優秀と言われる人間は確かに狭い専門においては優れてはいるのですが、専門分野以外はからっきしなのです。中小企業では専門家でなくてもいいから応用がきかないとね。それと逆境においてもへこたれないしたたかさが欲しいですね」
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「わかりますよ、その気持ちは良く分る。当社の管理者は優秀だとかいっても、それは当社にいるから優秀なのであって、活動を支援する仕組みがあるからやっていけるのです。個人一人の力でやれと言われたら、中小企業の管理者の方がはるかに融通がききしたたかだと思いますよ」
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そうなのだ、レストラン経営にうつつを抜かしている安斉課長が課長をしていられたのは、ボンクラ課長を支えている係長や現場があるからであり、そのように支えてくれるものがない大蛇機工ではまったくの無力だ。はたしてどうしたらいいのだろうと考えがさまよっていて、川田は上野部長がまだ話しているのに気が付いた。自分がいろいろ考えていて聞き漏らしてしまったようだ。
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「・・・川田さんのところからウチに異動してきた佐田ってのがいるでしょう。あいつはすごいよ」
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川田は上野が佐田をすごいという意味が分からなかった。
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「佐田? 私のところでは目立ったことをしていなかったけどねえ〜」
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「奴は上の人に良く思われようという気持ちはないようだ。しかし現場は彼を評価している。本来なら現場の評価がそのまま上の評価にならないとおかしいんだけど、上の人はたいてい自分の立場でしか見ないからね」
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「佐田というのは製造部にいた時は現場の係長だったはずだが、今お宅でどんな仕事をしているのですか?」
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「それが面白いやつでさ、ウチに異動して最初は品質保証業務を担当したんだよ。ところがまったくのしろうとだったのに、あっという間に品質保証のプロフェッショナルになってしまった。そして次に設備課で計測器管理を持て余していたら、それを担当すると言い出して、問題だった計測器管理を半年そこそこで建て直したよ。しかも校正費用の削減や人員削減までしたのだから大したものだ」
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それは川田にとって意外なことだった。佐田とはそんな器用な奴だったのだろうか。川田の記憶では、会議では課長や部長に対して、堂々と反論したり自分の意見を主張したりすることが多く、非協力的で不遜な奴という印象が強い。
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「ほう、じゃあ今は計測器管理をしているのですか?」
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上野は笑った。
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「いやいや計測器管理は品質保証業務の片手間にしているのです。そして今はそれだけじゃなくて、工場規則の全面見直しをすると言ってますし、情報システム更新プロジェクトにも参画しています。そうそう、佐田が今社内でなんて呼ばれているかご存知ですか?」
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川田は知らないというふうに首を横に振った。
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「歩く会社規則集って呼ばれていますよ。文書管理課でさえ奴に一目置いています。 でもね、あいつの本領は知識ではなく知恵、つまり考えることで勝負しているって感じですね。私は川田さんのところから奴をもらって大成功でしたよ、アハハハハ」 | |||||||||||||
川田にはそれがきつい皮肉に聞こえた。
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翌朝、川田は● ● まず目の前の品質問題を解決しなければならない。具体的には計測器や伝票などの対策を考えなければならないが、安斉や鈴田にそれができるのか川田は確信がなかった。いや、大いに不安を感じた。 それからそういったことを仕組みに落とし込まなければならない。だが大蛇機工には会社のルールや文書体系がしっかりしていない。つまりルールを定める前に、その土台となる文書体系や管理体制を整備しなければならない。鈴田も安斉も会社規則なんて作ったこともないだろう。川田自身もそういうことをしたことがなかった。 いや待てよ、計測器がなくて生産を指示したというのは、そもそも工程設計がなっていないからじゃないか。安斉は工程設計ができるのだろうか? 安斉はプレス加工については詳しくても、一つの製品をどのような加工や組み立てをするのかを考えることができるのだろうかと疑心暗鬼になった。素戔嗚では誰がそういうのに長けていたのだろう? そいつを引っ張ることを考えないとならないな。 だが単に出向者を増やすのは考えものだ。費用のこともあるし、ますます自分の無能を晒すことにもなる。現在の安斉と鈴田が何とか頑張ってくれないと困るのだが・・川田の頭の中は堂々巡りをしていた。 川田はその日一日、布団の中で悶悶としていた。 |
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