「課長、昨夜ちょっと問題がありました」
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安斉はまたかという顔をして製造係長を見た。
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「なにごとでしょう?」
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「昨夜、近くに住む人から市役所にうるさいと苦情があったそうで、市役所から会社に電話がありました。それで残業していた私がタレパンの運転を止めました」
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「それはご苦労様でした。それは何時頃ですか?」
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「残業時間が終わる前ですから、8時前ですね、そんなに遅くはないです」
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「とりあえずは現時点では問題がないなら、朝の指示をしたあと細かい話を聞くことにしましょう。私だけでいいかな?」
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「生産にも関わるので鈴田課長にも出てもらった方が良いですね」
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「わかりました。彼を呼んでおきます。じゃあ20分後くらいに・・」
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鈴田は日程計画係長を連れてきた。
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「昨夜、近所から工場の騒音がうるさいという苦情がありました。その報告を製造係長からしてもらいます。場合によっては生産計画を見直すことになるかもしれません」
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「数日前からタレパンで新しい部品加工をしています。タレパンは従来から自動運転で、残業以降も夜9時まで加工をしていました。昨日、残業時間の終わる8時前に市役所からうちの近所の人から苦情があったという電話がありました。それでタレパンを止め、残業後の自動運転も止めました。今回は部品は加工の関係で音が大きく聞こえたと思います。今日は朝から加工を再開しています。 現在の日程計画では明後日まで、日中と残業、そして9時までの自動運転をする予定になっています。 対策ですが、今日以降あの部品を夜間に加工しなければ問題はないと思います。 いずれにしてもすみやかな生産計画の見直しと、市役所とご本人に発生状況と今後の対策を説明に行くことが必要かと思います」 | |||||||||
「星山専務に報告しなくちゃならないね。苦情対応は専務だから」
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「そうか、苦情があったときは、まず専務に報告しなくちゃいけないのか・・」
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「じゃあこの場は10分くらいで終わって川田部長と専務に報告に行きましょう」
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鈴田課長と日程計画係長は問題となった部品のタレパン加工を、日中だけで出荷に間に合うのかの検討をすることにして解散した。
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安斉は製造係長と一緒に川田取締役と星山専務のところに行って報告する。
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「うーん、実は数日前にコンプレッサーの騒音がうるさいって苦情があったんだよ。方角も一緒だから、たぶん同じ方だろう」
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「コンプレッサーの音が突然大きくなったのでしょうか?」
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「いや、その前日にフォークリフトの爪をコンプレッサーの小屋にぶつけて、壁を壊しちゃってね・・・ コンプレッサーを止めるわけにもいかず、二三日そのまま運転していたんだ。囲いがなくなって音がそのまま外に出ていたから、うるさかったのは間違いない」 | |||||||||
「あれは既に大工を呼んで修理しましたが」
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「そりゃそうだが、一旦ああいったことが起きると、騒音が気になり始めて神経質になるだろうからなあ」
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「特に今回の部品は板厚も加工も従来にないものでしたから・・・」
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「とりあえず市役所とその方の方には私が挨拶に行くことにするとして、生産をどうするか、あるいは加工の音を小さくするかせんとならんな。何か改善しましたと言えないと、詫びにも行けないから」
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「よく知らないが、安斉課長、新しい部品加工のとき、騒音は大丈夫かということも検討しないとならないと思うが、そこんところはどうなんだ?」
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「製造係長、君とリーダーの検討会では、そういうことまで考慮しているのだろうか?」
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「川田取締役、そう言われると実はそういったことまでは考えていません。先日の | |||||||||
川田はもうあきらめたという顔をして聞いている。 そこに鈴田が現れた。 | |||||||||
「騒音が問題になった例の部品ですが、日中の加工は問題ないですよね。日中は加工できるなら、残業をせずに、その分一日半延びても出荷は大丈夫です。もちろん夜間は従来から加工していたものを生産するという条件で、製造の方でモデルチェンジが問題なければですが」
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「ま、しょうがないでしょうねえ。次回生産は来月ですか、その時まではなんとか対策を考えておかないとなあ〜」
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「わかった。それじゃわしは昨夜の騒音のお詫びと、今夜以降はその部品を加工しないということで説明してくるから。鈴田君は日程の見直し、安斉君は夜間にはそれを加工しないことを徹底してくれよ」
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解散した後、安斉と製造係長は、昨夜の騒音の現場確認に行く。まずはタレパンを見る。今日も朝から例の部品を生産している。大きな穴を加工するのに連続して打ち貫いているからだろう、確かに音は連続して大きい感じはする。● 工場を出ようとするとドア脇の窓があいている。あれと思って、よく見ると工場の妻面側の窓が全部開いている。 | |||||||||
「おいおい、プレス工場の窓は閉めておくことにしているんじゃないのか?」
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「うあー、これはシマッタ」
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製造係長はそういうと、すぐさま窓を閉めはじめた。窓を閉め終わると係長は息切れしていた。
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「一体どうしたのですか?」
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「実は大変な失敗をしてしまいました。昨日の午後ですね、工場の床をペンキ塗りしたのですよ。正確に言えばペンキじゃなくて床塗料ですが。それで窓を開けて換気していたのです。終業時、窓を閉めるのを忘れたようです。 昨夜、電話を受けたときは、窓のことまで気が回りませんでした。窓が開いていたせいで騒音がひどかったと思いますよ」 | |||||||||
「なるほど、といっても窓を開けていた影響とも言い切れない。私が敷地境界で確認するから向こうで合図したら窓を開けてもらえるかな?」
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安斉はそういって工場の敷地の外れまで歩いていく。直線で30mくらいある。 しばらくして安斉は手を振った。製造係長は先ほど閉めた窓を再び開け放った。 またしばらくして安斉は手を振り歩いて戻ってくる。製造係長はまた窓を閉めた。 窓を閉め終わる前に、安斉が戻ってきた。 | |||||||||
「確かに窓を開け閉めすると、耳で聞いて音の大きさははっきりと違うね。音の大きさはデシベルって言ったっけ? ここでは公害防止は誰が担当しているの?」
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「特にいないですね。 以前、新規設備を入れた時、市に届けすると市の担当者が騒音測定に来たことがありましたが、特に何も言われなかったです」 | |||||||||
「じゃあ、騒音計なんて会社にはないのかなあ?」
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「ウチにはありません。今回のこともありましたから、測っておいた方がいいですね。明日でも市役所から借りてきましょう。窓の開け閉めでの違いを見ておかないといけませんね」
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「専務には確認してから報告した方が良いだろうなあ」
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二人は事務所に戻った。
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「工程設計の話だが、新しい部品を作るときの検討を、もう少しいろいろな観点から考えるようにしたいね。そのためには、製造係長とリーダーだけでなく、技術課とか管理課、それに検査なども参加してもらった方がいいのではないかと思う。」
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「確かに三人よれば文殊の知恵と言いますからね。でも大勢いればいいわけではないでしょう。参加者が専門家でないと何人いても意味がありません。単に関係部門が参加すれば、今より広い視点で検討できるとか、良いアイデアがでるものでしょうか?」
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「確かにいろいろな人を集めれば成果がでるとは言えないと思う。でも変に聞こえるかもしれないが、専門家でなくても、検討する方法を考えておけば関係者を集める甲斐はあるんじゃないかなあ。そのためには、検討する項目とか方法を考えないといけないね。今まではどんな方法で検討していたのだろう?」
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「そんな大層なことはないです。図面を見て、どういう順序で作ればその形になるのかということが主でしたね」
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「俗に5Mなんていうけど、それを切り口に検討項目を考えたらどうだろう?」
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「5Mってなんですか?」
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「英語でMから始まる製造で大事なものをいうんだ。Manは人、Materialが材料、Methodが方法、Machineが機械設備、最後のひとつは資金Moneyとか管理Managementとか測定Measurementとか諸説ある」
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「なるほど、今回は騒音問題が起きましたから、環境も考慮しなくちゃいけませんね」
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「そうそう、環境を含めて、5MプラスEなんて言い方もある。もっともふつう環境といえば、製造するときの環境であって、社外に対する公害を意味しないようだけど。 先日の | |||||||||
「発端となったのは部品のサビでしたから、製造工程だけでなく倉庫保管中の部品の保護も考えないとなりませんね」
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「係長、加工工程に分解してから、それぞれの工程でそういったこと、つまり5Mとか環境を検討するように縦横のマス目の表にして、全員が協議してすべてのマスを埋めるようにしたらどうだろう」
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安斉はそういって今自分が思いついたイメージをメモ紙に書いて見せた。 |
工程 | 機械 | 金型 | 材料 | 人 | 方法 | チェック | 記録 | 要検討事項 | |
▽ | フォークリフト | − | メーカー型番 *** | フォークリフト運転者 | 構内通行ルール | 員数確認 | 在庫帳簿 | − | |
① | 第一工程 | プレス NO.5 | 4521 | − | 図面 ** | 15cmノギス 初品 | 騒音振動 | ||
② | 第二工程 | プレス No.6 | 4522 | − | 図面 ** | 15cmノギス 100個1回 | − | 騒音振動 | |
③ | 第三工程 | プレス No.8またはNo.10 | 4523 | − | 図面 ** | 15cmピッチノギス 100個1回 | |||
〇 | 払い出し | フォークリフト | − | ダンボール箱 | フォークリフト運転者 | パレットに6個積み | 員数確認 | 払い出し伝票 | 形状が複雑で箱入れ方法 |
◇ | 検査 | − | − | ↑ | 図面 ** | 三次元測定機 AQL*% | 完成検査記録 | ||
▽ | 保管 | − | − | ↑ | − | パレット二段積禁止 | 温湿度 毎日10時 | 保管伝票 | |
〇 | 出荷 | フォークリフト | − | ↑ | フォークリフト運転者 | 員数確認 | 出荷伝票 |
「うーん、それは大仕事になりますね。それに普通はわかりきったことばかりで、検討しなければないことがそんなにあるわけではないですし」
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「でも今回のタレパンの音については気が付かなかったのだろう?」
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「そう言われるとそうですが・・・しかし何人集まろうと、まったく未知の問題に気が付くものでしょうか?」
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「さっき言ったように、あらかじめ検討する項目を決めておけば、漏れは少なくなるのではないかな?」
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「とはいえ、問題に気が付くかどうか、そしてそれに対応する方法がわからなければどうしようもありませんね」
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安斉は長く話しても結論も出ないので、製造係長を現場に帰した。 係長がいうように過去に起きていない未知の問題を見つけることは不可能に思える。しかし今まで発生した問題は多々あるわけで、類似事例の再発をさせないことだけでも意味があるのではないだろうか。とりあえずは過去の問題をリストしておいて、その問題をクリアしたかどうかをチェックするだけでも効果がありそうだ。 具体的にどうするのかはわからないけれど・・ ●
翌日、製造係長が外出して市役所から騒音計を借りてきた。安斉も係長も見たこともなく使ったこともない。薄っぺらな取扱説明書を読んでみると、そんな難しいものではないようだ。● ● 二人はまた現場に行って、プレス工場の窓を開けたり、閉めたりして敷地境界で騒音を測ってみた。窓の開閉で表示する数値は2くらい異なった。とはいえ、それがどれくらいの違いなのか二人は知らない。 | ||||
「数字が二つくらい違うようだねえ〜」
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「窓を閉めた方が数字は小さいことはわかりましたが、部品の違いと窓とどちらの影響が大きかったのでしょうか?」
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「すまないけど今夜、他の部品を加工しているときに、もう一度騒音を測ってくれないかな」
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「いいですとも、まわりが静かだと数字が違うと思いますけど。そうだ、そのときも窓を開け閉めして違いを調べておいた方がよいでしょうね」
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二人は事務所に戻りながら話を続ける。
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「今晩、騒音の測定をしてもらって、その結果を明日、星山専務と川田取締役に報告するとしよう。昨日はてっきり部品の違いのせいだと勘違いというか早とちりしてしまって、生産計画に影響してしまったようだ」
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「はじめに私が思い込んでしまったからでしょう」
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「それはいいとして、毎日の終業点検はどうしているの?」
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「一応最後に帰る人が電源、火の始末、戸締りなどを確認することになっています」
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「記録は付けているの?」
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「いや、そういうことはしていません」
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「それはまずいなあ、最後に帰る人が点検して記録することにしたい。もちろん点検項目を決めてそれをしっかり見てもらう必要がある」
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「そんなことしたら誰も最後になりたくないですよ」
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「じゃあ、昨日の騒音はともかくとして、窓が開けっ放しだったことはどう対策するの?」
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「うーん」
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「昨日の管理項目の話のとき製造環境も話題になったけど、工場の窓が開いていたら、雨も吹き込むだろうし湿気もひどくて製品にも機械にもサビの問題がある。風が吹けば砂ぼこりだって入ってくるだろうし、ノラ犬やノラ猫が入ってくるかもしれないじゃないか。盗難や放火の心配もしなければならない」
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「ここはのどかなところで、人間もそれなりで、従業員もあまりがんじがらめに縛られるのがいやなんですよ」
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「もちろん会社によって気風が違うだろうけど、守らなければならないことはしっかりしないとならないね」
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製造係長は納得できないようだった。あるいは部下を説得できないと思っていたのだろうか。
●
係長が出て行ってから安斉は考える。● ● 工程設計だけでなく、製造現場の基本である作業環境や防災というものをどのように決めていたのだろう。今までは工場の作業環境をどのように管理していたのだろうか? 確かにここで作っているものは温度管理するほどのものはない。しかし湿気が高ければサビも出るし、一部の製品で塗装とかスクリーン印刷をしているが、それも湿気が高いと良いことはない。それだけではない、防塵、ゴミやホコリも大敵だ。服装、掃除、など大丈夫なのだろうか? そういった工場の環境基準を作って、維持しなければならない。 そういえば・・・工場の照度などはどうなっているのだろう。ノコギリ屋根で日中は明るいが、夜は図面とか読むのに十分な明るさがあるのだろうか。照度も管理しないとならないな。 そうそう、安全は大丈夫なのだろうか。プレスでは安全装置は使っているけれど、耳栓はしているのだろうか、塗装や印刷は塗装マスクをしているのかな? 特殊健康診断はしているのだろうか? そういうのはどんな方法で指定しているのだろう? 最近聞いた話では、これからは公害規制も厳しくなるらしい。元の会社で公害防止管理者試験を受けている部下がいたが、そいつの話では公害対策基本法が全面的に改正になって名前も環境基本法になるとか言っていた。この会社でも公害防止担当部署を作らないとならないのではないだろうか。 注:環境基本法は1993年制定である。 安斉はそんなことを考えると、この会社では確実なものがひとつもないような気がしてきた。まるで自分が砂の上に立っていてどんどんと足元が崩れていくようだ。 気を取り直して考える。ここは基本的なことが不十分だ。工程設計に限らず、工場であるなら守るべき基本的なこと、安全・衛生、防火・防犯、環境、そういったことをひとつずつ決めて守らせないとならないなと思う。 突然、ドシーンという大きな音がした。 安斉は立ち上がり、音のした方に駆けつけた。現場事務所を出てすぐのところでフォークリフトが通路に90度横向きになって工場の壁にフォークの先端を突っ込んでいた。フォークには何も載せていなかったようだ。 既にまわりには数人集まってワイワイ騒いでいる。 | ||||
「どうしたの?」
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「フォークが工場に入ろうとして急ハンドルを切ってスリップしたんですよ」
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スリップ? 安斉は地面をみるとプレスで抜いた数センチ程度の鉄板が地面にたくさん落ちている。重なっているものもある。 | ||||
「スピードを出してハンドル操作が急だったので、落ちている鉄くずでスリップしたのですよ」
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製造係長が現れた。
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「あれええ、またかよ・・・オイ、だれが運転してたんだ?」
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「またかというのは?」
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「数日前、やはりフォークがスリップしてコンプレッサー室にぶつけたのです」
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「そのときも地面に鉄くずが落ちてたんだろうか?」
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「それはわかりませんがね。倉庫係長はどんな教育をしてるんだ!」
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鈴田課長が現れた。
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「うわー、また事故かよ」
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みなワイワイ騒いでいるので収拾がつかない。鈴田が大声で、安全確認、建屋の損害確認、フォークの移動を命じた。
安斉は鈴田に一段落したら打ち合わせをしようと言って、引き揚げてきた。 ●
1時間後、安斉課長、製造係長、鈴田課長、倉庫係長の4人が集まった。
● ● | ||||
「いやはや、ご迷惑をおかけしました。ここ1週間で2回目ですよ。倉庫係長、フォークリフトの運転手にはどんな指導をしているんだ?」
| ||||
「みんな有資格者なんだけど・・・制限速度を守ること、安全運転に努めるようにと毎朝言っているんですがねえ」
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「精神論を語ってもしょうがないよ。今回の事故は人の問題だけではないでしょう。問題があったら5Mの視点で考えなくちゃならないんだ」
| ||||
安斉はオヤと思った。
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「5Mというのは?」
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「5Mとは機械、人、方法、材料、測定、管理とか環境のことですわ。事故が起きたのは人の問題だけでなく、その他の要素があるのではないかと考えないといかん」
| ||||
「いやおっしゃる通りです。まず通路に抜きカスが大量に落ちていた。それといつもはゆうゆう曲がれるのだけど、今日は入口のそばにロールを載せたパレットがあって狭かったらしい」
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「一番の原因はタイヤがすり減っていたことじゃないの」
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「抜きカスは以前から気になっていたけど、クリーンキャンペーンも立ち消えになってしまったし・・」
| ||||
「いや、抜きカスを入れる車が付いた箱があるでしょう。鉄板を溶接して作ったものですが、あれもだいぶ古くなって最近溶接部のすきまが大きくなって、そこから抜きカスがこぼれるのが多くなったのですよ。それとやはり落ちた抜きカスを拾わないとだめですね」
| ||||
「星山専務に報告するとまた言われるだろうなあ・・でも大事になる前で良かった」
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安斉は、自分も騒音のことで星山専務に報告しなければならないことを思い出した。
●
打ち合わせの結論として、タイヤ交換をする、これは倉庫係長がすぐ依頼する。抜きカスの箱の修理をすること、これは製造係長が担当する。通路に落ちている抜きカスを拾う、これは明日朝礼後、全員で20分くらい時間をとって行うことにした。こんなことで、クリーンキャンペーンが図らずも行われることになった。● 安斉は少し前進したとは思ったが、工程設計はいまだ全然進んでいないと焦りを感じた。 |
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