マネジメントシステム物語8 安斉、試行錯誤する

13.11.12
マネジメントシステム物語とは

安斉課長 安斉は先日、川田取締役から工程設計を良く考えるようにと言われた。言われるまでもなく、安斉だって自分がもう少ししっかりしないと、この会社にいられなくなるだろうとひしひしと感じている。
安斉にとって妻の経営するレストランも大事だが、会社からもらう給料も大事なのは言うまでもない。いや正確に言えば、レストランの赤字を埋めるのに会社の給料をつぎ込んでいるのが実情である。
最近はずっと、それこそレストランの皿洗いをしながらでも、あるいは通勤中でも、どうしたらいいのだろうと考えている。

今も自宅から会社に向かう運転をしながら、今まで自分が工程設計としてどんなことをしていたのだろうかと振り返っていた。
安斉は大学を出て入社してからずっと機械加工部門にいて、主にプレスの金型設計をしてきた。しかし新しい物を作るときに、どのような工程にするか、各工程ではどのような治工具を作るとか、品質確認方法、計測器、測定方法や頻度などを考えたことはなかった。そういう仕事はしたことはなかった。
素戔嗚すさのお電子工業ではだれがそういったことをしていたのだろうか? 思い出そうといろいろ考えていると、絡み合った紐がほどけるように、少しずつ思い出してきた。
安斉が課長をしていた時、新しい部品の生産に入るときは、部下のスタッフや現場のリーダーを集めて図面を見ながら検討会をした。みながそれぞれの仕事ではプロだったので、加工工程をこう分けたら良い、こういうジグとゲージが必要だ、機械のレイアウトを変えて連続して加工するようにしよう、ここではこの寸法をチェックしなければならない、などなどの意見が出され、皆で議論するとどんな方法で作るかは決まってしまった。当時、それを工程設計とはいわず、生産準備と言っていたように思う。安斉が管理者になる前は、自分は金型設計者という立場で、そんな検討会に参加していたものだ。だから自分一人でプレス加工全部を知っているわけではない。大会社では一人一人は狭い範囲しか知らなくても物ができてしまう。図面を見て工作機械の精度を考えてどう加工するかということは、技術スタッフよりも現場作業者の方がはるかに詳しい、というか現場作業者がいなければ工程設計も品質改善もできない。
そして工場のメンバーではわからないこと、特殊なファインブランキングや塗装やラミネートされたものの加工などがあれば、本社に専門家がいて問い合わせれば指導を受けることができた。測定だって塗装だってスクリーン印刷でも、自分たちで分らないことや初めてすることがあると専門家からアドバイスがもらえた。そういった専門家でもわからなければ、社内の研究所に研究依頼すれば彼らが考えてくれた。
安斉の名誉のためにいえば、ときどき他の工場や本社から金型設計について問い合わせがあり、安斉はコメントや指導をしたものだ。要するに皆が狭く深い専門分野を持っていて、そういった専門家が大勢いてお互いに助けあっているから全体としてはものすごい技術力となっていたのだ。
大会社では分業化されているから、己の職務は狭く、その狭い範囲でレベルの高い仕事をすれば勤まる。そして自分の専門分野で詳しくなれば、まわりからプロだとか大家だと言われて、本人もその気になっている。そういう専門家が大勢いるから全体としての力は確かにある。しかし現在の安斉のように、すべてを自分ひとりで、それも他の専門家の支援がないと、自分が知らないことには全く無力だ。
安斉はそういう事実に思い至った。そして出向前に川田からプレスに詳しいかと聞かれ、プロフェッショナルですと答えたことを思い出した。しかし本当はプレスのプロではなかった。プレスのほんの一部分のプロにすぎない。ましてや工程設計とか、測定とか、どうすれば生産性があがるかなどはまったく知らない。

今の会社には特別にプロだと言える専門家はいないけれど、総力で検討したらどうだろうか。今までは製造係長が部下と話し合って工程を検討しているといったが、そこで検討しているのは物を作ることだけだ。品質管理とか倉庫などいろいろな部門から関係者を集めて検討会をすれば、加工方法だけでなく、工程ごとの品質確認や製品の梱包などを考えることができるかもしれない。
そんなことを考えているうちに、安斉は会社に着いた。

安斉が席に着くと座る間もなく製造係長が飛んできた。
製造係長
「課長、昨夜ちょっと問題がありました」
安斉はまたかという顔をして製造係長を見た。
安斉課長
「なにごとでしょう?」
製造係長
「昨夜、近くに住む人から市役所にうるさいと苦情があったそうで、市役所から会社に電話がありました。それで残業していた私がタレパンの運転を止めました」
安斉課長
「それはご苦労様でした。それは何時頃ですか?」
製造係長
「残業時間が終わる前ですから、8時前ですね、そんなに遅くはないです」
安斉課長
「とりあえずは現時点では問題がないなら、朝の指示をしたあと細かい話を聞くことにしましょう。私だけでいいかな?」
製造係長
「生産にも関わるので鈴田課長にも出てもらった方が良いですね」
安斉課長
「わかりました。彼を呼んでおきます。じゃあ20分後くらいに・・」

鈴田は日程計画係長を連れてきた。
製造係長 安斉課長 鈴田課長 日程計画係長
製造係長 安斉課長 鈴田課長 日程計画係長
安斉課長
「昨夜、近所から工場の騒音がうるさいという苦情がありました。その報告を製造係長からしてもらいます。場合によっては生産計画を見直すことになるかもしれません」
製造係長
「数日前からタレパンで新しい部品加工をしています。タレパンは従来から自動運転で、残業以降も夜9時まで加工をしていました。昨日、残業時間の終わる8時前に市役所からうちの近所の人から苦情があったという電話がありました。それでタレパンを止め、残業後の自動運転も止めました。今回は部品は加工の関係で音が大きく聞こえたと思います。今日は朝から加工を再開しています。
現在の日程計画では明後日まで、日中と残業、そして9時までの自動運転をする予定になっています。
対策ですが、今日以降あの部品を夜間に加工しなければ問題はないと思います。
いずれにしてもすみやかな生産計画の見直しと、市役所とご本人に発生状況と今後の対策を説明に行くことが必要かと思います」
日程計画係長
「星山専務に報告しなくちゃならないね。苦情対応は専務だから」
安斉課長
「そうか、苦情があったときは、まず専務に報告しなくちゃいけないのか・・」
製造係長
「じゃあこの場は10分くらいで終わって川田部長と専務に報告に行きましょう」
鈴田課長と日程計画係長は問題となった部品のタレパン加工を、日中だけで出荷に間に合うのかの検討をすることにして解散した。

安斉は製造係長と一緒に川田取締役と星山専務のところに行って報告する。
星山専務
「うーん、実は数日前にコンプレッサーの騒音がうるさいって苦情があったんだよ。方角も一緒だから、たぶん同じ方だろう」
川田取締役
「コンプレッサーの音が突然大きくなったのでしょうか?」
星山専務
「いや、その前日にフォークリフトの爪をコンプレッサーの小屋にぶつけて、壁を壊しちゃってね・・・
コンプレッサーを止めるわけにもいかず、二三日そのまま運転していたんだ。囲いがなくなって音がそのまま外に出ていたから、うるさかったのは間違いない」
コンプレッサー
製造係長
「あれは既に大工を呼んで修理しましたが」
星山専務
「そりゃそうだが、一旦ああいったことが起きると、騒音が気になり始めて神経質になるだろうからなあ」
安斉課長
「特に今回の部品は板厚も加工も従来にないものでしたから・・・」
星山専務
「とりあえず市役所とその方の方には私が挨拶に行くことにするとして、生産をどうするか、あるいは加工の音を小さくするかせんとならんな。何か改善しましたと言えないと、詫びにも行けないから」
川田取締役
「よく知らないが、安斉課長、新しい部品加工のとき、騒音は大丈夫かということも検討しないとならないと思うが、そこんところはどうなんだ?」
安斉課長
「製造係長、君とリーダーの検討会では、そういうことまで考慮しているのだろうか?」
製造係長
「川田取締役、そう言われると実はそういったことまでは考えていません。先日の大国主おおくにぬし機械の品質監査でも工程設計が不十分と言われましたね。根本原因にさかのぼると新しい製品を加工するときの検討が不十分ということでしょうか」
川田はもうあきらめたという顔をして聞いている。
そこに鈴田が現れた。
鈴田課長
「騒音が問題になった例の部品ですが、日中の加工は問題ないですよね。日中は加工できるなら、残業をせずに、その分一日半延びても出荷は大丈夫です。もちろん夜間は従来から加工していたものを生産するという条件で、製造の方でモデルチェンジが問題なければですが」
製造係長
「ま、しょうがないでしょうねえ。次回生産は来月ですか、その時まではなんとか対策を考えておかないとなあ〜」
星山専務
「わかった。それじゃわしは昨夜の騒音のお詫びと、今夜以降はその部品を加工しないということで説明してくるから。鈴田君は日程の見直し、安斉君は夜間にはそれを加工しないことを徹底してくれよ」

解散した後、安斉と製造係長は、昨夜の騒音の現場確認に行く。まずはタレパンを見る。今日も朝から例の部品を生産している。大きな穴を加工するのに連続して打ち貫いているからだろう、確かに音は連続して大きい感じはする。
工場を出ようとするとドア脇の窓があいている。あれと思って、よく見ると工場の妻面側の窓が全部開いている。
安斉課長
「おいおい、プレス工場の窓は閉めておくことにしているんじゃないのか?」
製造係長
「うあー、これはシマッタ」
製造係長はそういうと、すぐさま窓を閉めはじめた。窓を閉め終わると係長は息切れしていた。
安斉課長
「一体どうしたのですか?」
製造係長
「実は大変な失敗をしてしまいました。昨日の午後ですね、工場の床をペンキ塗りしたのですよ。正確に言えばペンキじゃなくて床塗料ですが。それで窓を開けて換気していたのです。終業時、窓を閉めるのを忘れたようです。
昨夜、電話を受けたときは、窓のことまで気が回りませんでした。窓が開いていたせいで騒音がひどかったと思いますよ」
安斉課長
「なるほど、といっても窓を開けていた影響とも言い切れない。私が敷地境界で確認するから向こうで合図したら窓を開けてもらえるかな?」
安斉はそういって工場の敷地の外れまで歩いていく。直線で30mくらいある。
しばらくして安斉は手を振った。製造係長は先ほど閉めた窓を再び開け放った。
またしばらくして安斉は手を振り歩いて戻ってくる。製造係長はまた窓を閉めた。
窓を閉め終わる前に、安斉が戻ってきた。
安斉課長
「確かに窓を開け閉めすると、耳で聞いて音の大きさははっきりと違うね。音の大きさはデシベルって言ったっけ? ここでは公害防止は誰が担当しているの?」
製造係長
「特にいないですね。
以前、新規設備を入れた時、市に届けすると市の担当者が騒音測定に来たことがありましたが、特に何も言われなかったです」
安斉課長
「じゃあ、騒音計なんて会社にはないのかなあ?」
製造係長
「ウチにはありません。今回のこともありましたから、測っておいた方がいいですね。明日でも市役所から借りてきましょう。窓の開け閉めでの違いを見ておかないといけませんね」
安斉課長
「専務には確認してから報告した方が良いだろうなあ」

二人は事務所に戻った。
安斉課長
「工程設計の話だが、新しい部品を作るときの検討を、もう少しいろいろな観点から考えるようにしたいね。そのためには、製造係長とリーダーだけでなく、技術課とか管理課、それに検査なども参加してもらった方がいいのではないかと思う。」
製造係長
「確かに三人よれば文殊の知恵と言いますからね。でも大勢いればいいわけではないでしょう。参加者が専門家でないと何人いても意味がありません。単に関係部門が参加すれば、今より広い視点で検討できるとか、良いアイデアがでるものでしょうか?」
安斉課長
「確かにいろいろな人を集めれば成果がでるとは言えないと思う。でも変に聞こえるかもしれないが、専門家でなくても、検討する方法を考えておけば関係者を集める甲斐はあるんじゃないかなあ。そのためには、検討する項目とか方法を考えないといけないね。今まではどんな方法で検討していたのだろう?」
製造係長
「そんな大層なことはないです。図面を見て、どういう順序で作ればその形になるのかということが主でしたね」
安斉課長
「俗に5Mなんていうけど、それを切り口に検討項目を考えたらどうだろう?」
製造係長
「5Mってなんですか?」
安斉課長
「英語でMから始まる製造で大事なものをいうんだ。Manは人、Materialが材料、Methodが方法、Machineが機械設備、最後のひとつは資金Moneyとか管理Managementとか測定Measurementとか諸説ある」
製造係長
「なるほど、今回は騒音問題が起きましたから、環境も考慮しなくちゃいけませんね」
安斉課長
「そうそう、環境を含めて、5MプラスEなんて言い方もある。もっともふつう環境といえば、製造するときの環境であって、社外に対する公害を意味しないようだけど。
先日の大国主おおくにぬし機械の品質監査で工程設計が不十分と言われたが、あのとき問題に取り上げられたことだけでなく、もっといろいろと考えなくてはならないな」
製造係長
「発端となったのは部品のサビでしたから、製造工程だけでなく倉庫保管中の部品の保護も考えないとなりませんね」
安斉課長
「係長、加工工程に分解してから、それぞれの工程でそういったこと、つまり5Mとか環境を検討するように縦横のマス目の表にして、全員が協議してすべてのマスを埋めるようにしたらどうだろう」
安斉はそういって今自分が思いついたイメージをメモ紙に書いて見せた。

工程機械金型材料方法チェック記録要検討事項
材料出しフォークリフトメーカー型番
***
フォークリフト運転者構内通行ルール員数確認在庫帳簿
第一工程プレス
NO.5
4521 図面
**
15cmノギス
初品
 騒音振動
第二工程プレス
No.6
4522 図面
**
15cmノギス
100個1回
騒音振動
第三工程プレス
No.8またはNo.10
4523 図面
**
15cmピッチノギス
100個1回
  
払い出しフォークリフトダンボール箱フォークリフト運転者パレットに6個積み員数確認払い出し伝票形状が複雑で箱入れ方法
検査 図面
**
三次元測定機
AQL*%
完成検査記録 
保管パレット二段積禁止温湿度
毎日10時
保管伝票 
出荷フォークリフトフォークリフト運転者 員数確認出荷伝票 

製造係長
「うーん、それは大仕事になりますね。それに普通はわかりきったことばかりで、検討しなければないことがそんなにあるわけではないですし」
安斉課長
「でも今回のタレパンの音については気が付かなかったのだろう?」
製造係長
「そう言われるとそうですが・・・しかし何人集まろうと、まったく未知の問題に気が付くものでしょうか?」
安斉課長
「さっき言ったように、あらかじめ検討する項目を決めておけば、漏れは少なくなるのではないかな?」
製造係長
「とはいえ、問題に気が付くかどうか、そしてそれに対応する方法がわからなければどうしようもありませんね」
安斉は長く話しても結論も出ないので、製造係長を現場に帰した。
係長がいうように過去に起きていない未知の問題を見つけることは不可能に思える。しかし今まで発生した問題は多々あるわけで、類似事例の再発をさせないことだけでも意味があるのではないだろうか。とりあえずは過去の問題をリストしておいて、その問題をクリアしたかどうかをチェックするだけでも効果がありそうだ。
具体的にどうするのかはわからないけれど・・


騒音計 翌日、製造係長が外出して市役所から騒音計を借りてきた。安斉も係長も見たこともなく使ったこともない。薄っぺらな取扱説明書を読んでみると、そんな難しいものではないようだ。
二人はまた現場に行って、プレス工場の窓を開けたり、閉めたりして敷地境界で騒音を測ってみた。窓の開閉で表示する数値は2くらい異なった。とはいえ、それがどれくらいの違いなのか二人は知らない。
安斉課長
「数字が二つくらい違うようだねえ〜」
製造係長
「窓を閉めた方が数字は小さいことはわかりましたが、部品の違いと窓とどちらの影響が大きかったのでしょうか?」
安斉課長
「すまないけど今夜、他の部品を加工しているときに、もう一度騒音を測ってくれないかな」
製造係長
「いいですとも、まわりが静かだと数字が違うと思いますけど。そうだ、そのときも窓を開け閉めして違いを調べておいた方がよいでしょうね」
二人は事務所に戻りながら話を続ける。
安斉課長
「今晩、騒音の測定をしてもらって、その結果を明日、星山専務と川田取締役に報告するとしよう。昨日はてっきり部品の違いのせいだと勘違いというか早とちりしてしまって、生産計画に影響してしまったようだ」
製造係長
「はじめに私が思い込んでしまったからでしょう」
安斉課長
「それはいいとして、毎日の終業点検はどうしているの?」
製造係長
「一応最後に帰る人が電源、火の始末、戸締りなどを確認することになっています」
安斉課長
「記録は付けているの?」
製造係長
「いや、そういうことはしていません」
安斉課長
「それはまずいなあ、最後に帰る人が点検して記録することにしたい。もちろん点検項目を決めてそれをしっかり見てもらう必要がある」
製造係長
「そんなことしたら誰も最後になりたくないですよ」
安斉課長
「じゃあ、昨日の騒音はともかくとして、窓が開けっ放しだったことはどう対策するの?」
製造係長
「うーん」
安斉課長
「昨日の管理項目の話のとき製造環境も話題になったけど、工場の窓が開いていたら、雨も吹き込むだろうし湿気もひどくて製品にも機械にもサビの問題がある。風が吹けば砂ぼこりだって入ってくるだろうし、ノラ犬やノラ猫が入ってくるかもしれないじゃないか。盗難や放火の心配もしなければならない」
製造係長
「ここはのどかなところで、人間もそれなりで、従業員もあまりがんじがらめに縛られるのがいやなんですよ」
安斉課長
「もちろん会社によって気風が違うだろうけど、守らなければならないことはしっかりしないとならないね」
製造係長は納得できないようだった。あるいは部下を説得できないと思っていたのだろうか。


係長が出て行ってから安斉は考える。
工程設計だけでなく、製造現場の基本である作業環境や防災というものをどのように決めていたのだろう。今までは工場の作業環境をどのように管理していたのだろうか?
確かにここで作っているものは温度管理するほどのものはない。しかし湿気が高ければサビも出るし、一部の製品で塗装とかスクリーン印刷をしているが、それも湿気が高いと良いことはない。それだけではない、防塵、ゴミやホコリも大敵だ。服装、掃除、など大丈夫なのだろうか?
そういった工場の環境基準を作って、維持しなければならない。
そういえば・・・工場の照度などはどうなっているのだろう。ノコギリ屋根で日中は明るいが、夜は図面とか読むのに十分な明るさがあるのだろうか。照度も管理しないとならないな。
そうそう、安全は大丈夫なのだろうか。プレスでは安全装置は使っているけれど、耳栓はしているのだろうか、塗装や印刷は塗装マスクをしているのかな? 特殊健康診断はしているのだろうか?
そういうのはどんな方法で指定しているのだろう?
最近聞いた話では、これからは公害規制も厳しくなるらしい。元の会社で公害防止管理者試験を受けている部下がいたが、そいつの話では公害対策基本法が全面的に改正になって名前も環境基本法になるとか言っていた。この会社でも公害防止担当部署を作らないとならないのではないだろうか。
  注:環境基本法は1993年制定である。
安斉はそんなことを考えると、この会社では確実なものがひとつもないような気がしてきた。まるで自分が砂の上に立っていてどんどんと足元が崩れていくようだ。
気を取り直して考える。ここは基本的なことが不十分だ。工程設計に限らず、工場であるなら守るべき基本的なこと、安全・衛生、防火・防犯、環境、そういったことをひとつずつ決めて守らせないとならないなと思う。

突然、シーンという大きな音がした。
安斉は立ち上がり、音のした方に駆けつけた。現場事務所を出てすぐのところでフォークリフトが通路に90度横向きになって工場の壁にフォークの先端を突っ込んでいた。フォークには何も載せていなかったようだ。
既にまわりには数人集まってワイワイ騒いでいる。
安斉課長
「どうしたの?」
?
「フォークが工場に入ろうとして急ハンドルを切ってスリップしたんですよ」
スリップ?
安斉は地面をみるとプレスで抜いた数センチ程度の鉄板が地面にたくさん落ちている。重なっているものもある。
?
「スピードを出してハンドル操作が急だったので、落ちている鉄くずでスリップしたのですよ」
製造係長が現れた。
製造係長
「あれええ、またかよ・・・オイ、だれが運転してたんだ?」
安斉課長
「またかというのは?」
製造係長
「数日前、やはりフォークがスリップしてコンプレッサー室にぶつけたのです」
安斉課長
「そのときも地面に鉄くずが落ちてたんだろうか?」
製造係長
「それはわかりませんがね。倉庫係長はどんな教育をしてるんだ!」
鈴田課長が現れた。
鈴田課長
「うわー、また事故かよ」
みなワイワイ騒いでいるので収拾がつかない。鈴田が大声で、安全確認、建屋の損害確認、フォークの移動を命じた。
 オーイ、まず建屋の確認
 フォークをゆっくりバック
鈴田課長
安斉は製造係長と、工場に被害があるかをみたが、特に大きな問題はなさそうだ。工場の壁にフォークの爪の穴が開いただけのようだ。壁の内側は金型の棚が置いてあり、最悪を考えると金型が爪で押されれば滑り落ちることもあった。だが今回はそのようなことは起きなかった。
安斉は鈴田に一段落したら打ち合わせをしようと言って、引き揚げてきた。


1時間後、安斉課長、製造係長、鈴田課長、倉庫係長の4人が集まった。
鈴田課長
「いやはや、ご迷惑をおかけしました。ここ1週間で2回目ですよ。倉庫係長、フォークリフトの運転手にはどんな指導をしているんだ?」
倉庫係長
「みんな有資格者なんだけど・・・制限速度を守ること、安全運転に努めるようにと毎朝言っているんですがねえ」
製造係長
「精神論を語ってもしょうがないよ。今回の事故は人の問題だけではないでしょう。問題があったら5Mの視点で考えなくちゃならないんだ」
安斉はオヤと思った。
倉庫係長
「5Mというのは?」
製造係長
「5Mとは機械、人、方法、材料、測定、管理とか環境のことですわ。事故が起きたのは人の問題だけでなく、その他の要素があるのではないかと考えないといかん」
鈴田課長
「いやおっしゃる通りです。まず通路に抜きカスが大量に落ちていた。それといつもはゆうゆう曲がれるのだけど、今日は入口のそばにロールを載せたパレットがあって狭かったらしい」
製造係長
「一番の原因はタイヤがすり減っていたことじゃないの」
安斉課長
「抜きカスは以前から気になっていたけど、クリーンキャンペーンも立ち消えになってしまったし・・」
倉庫係長
「いや、抜きカスを入れる車が付いた箱があるでしょう。鉄板を溶接して作ったものですが、あれもだいぶ古くなって最近溶接部のすきまが大きくなって、そこから抜きカスがこぼれるのが多くなったのですよ。それとやはり落ちた抜きカスを拾わないとだめですね」
鈴田課長
「星山専務に報告するとまた言われるだろうなあ・・でも大事になる前で良かった」
安斉は、自分も騒音のことで星山専務に報告しなければならないことを思い出した。

打ち合わせの結論として、タイヤ交換をする、これは倉庫係長がすぐ依頼する。抜きカスの箱の修理をすること、これは製造係長が担当する。通路に落ちている抜きカスを拾う、これは明日朝礼後、全員で20分くらい時間をとって行うことにした。こんなことで、クリーンキャンペーンが図らずも行われることになった。
安斉は少し前進したとは思ったが、工程設計はいまだ全然進んでいないと焦りを感じた。

うそ800 本日の蛇足
大きな会社には専門家(スペシャリスト)という人が大勢いる。しかしその多くは非常に狭い範囲の専門家である。中小企業では専門家よりも何でも屋(ゼネラリスト)の方が有用だと思う。ただ大きな会社では何でも屋は評価されないというかそもそも必要性がない。困ったことだ。




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