マネジメントシステム物語9 三人、途方に暮れる

13.11.14
マネジメントシステム物語とは

大国主おおくにぬし機械の監査があってから10日ほど経ったある日の午後、久しぶりに出向組の三人が集まった。みな元気がいいようには見えない。いやそれどころか、精も根も尽き果てたという様子だ。
安斉課長川田取締役鈴田課長
安斉課長川田取締役鈴田課長
川田取締役
「日々、いろいろトラブルがあってお互いに大変だなあ。二人とも疲れているようだが、おれも疲れ果てたよ。といって傷口をなめあってもしょうがない。先日打ち合わせた課題の検討が、どこまで進んだか知りたい。
まず、鈴田よ、お前の宿題は部品の保管管理だったな。どんなことを検討した? そういえば先週の日曜日だっけか、組合委員長の伊東と打ち合わせをしていたな」
鈴田課長
「はい、いろいろ検討はしているのですが、なかなか具体的成果まで至っておらず・・・」
川田取締役
「まあ成果まではいいわ、検討状況を話してくれよ」
鈴田課長
「まず今まで実施したこととしては、倉庫の保管禁止場所を明示しました。 お触書 現場の人に聞くと、あれは北壁が悪いのではなく、元々敷地が湿地だったので床から湿気が上がってくるそうです。実際にあのあたりの床はいつも濡れています。いつも濡れているなんて、まるで怪談話ですね。建てる前に、防水をしっかりしなかったのか、基礎に配慮しなかったのではないかということのようです。
ともかくそれについては、問題の場所をロープで囲い、そこに置いてはならないという立て看板を作っておきました。時代劇のお触書きそのままです」
川田取締役
「よし今度工場を回るとき、どんなになっているか見せてもらうわ。
それからどんなことを検討しているんだ?」
鈴田課長
「今の方法、つまりお触書では恒久的ではないですから、しっかりとルールで決めようと思います。もちろん保管場所だけでなく、先入先出とか、保管環境の遵守など倉庫管理の基本的なことを決めたいと思います。ところでそこなんですが、そのようなことを決めたルールをどのような形にするのか悩んでいます」
川田取締役
「わかる、わかる。俺も払い出し伝票のルールを作ろうと思ったのだが、その位置づけを考えただけでどうしようか考えてしまった。
まあ、それはともかくとして、それ以外についてはどうだ?」
鈴田課長
「まず払い出し伝票については申し訳ないですが、川田取締役にお願いします。
保管基準について、伊東委員長が過去数年間の倉庫の温湿度のデータをとっていました。それを頂いて眺めているのですが、それを基に保管基準を決めるべきなのか、あるいは製品の保管環境基準を技術で決めてもらって、それを満足するように保管環境を改善すべきなのか、考え中です」
川田取締役
「ほう、そんなデータがあったのか。ぜひともそれを活用して、保管基準の決定につなげてほしいなあ」
鈴田課長
「そのように考えています。そこでまた問題なのですが、やはりそのルールをどういう位置づけにするのかということも問題です。といいますのは、先ほどの特定の場所に物を置くのを禁止することは倉庫係、あるいは管理課のレベルで決めればいいことですが、保管基準は倉庫係だけで決めることはできません。設計などに強制力というとおかしいですが、その基準を守れという位置づけでないとなりません。つまり会社全体に適用されなければならないのです。
会社のルールがどうあるべきかということなど考えたこともありませんでしたが、そんなことを考えるとなかなか一筋縄ではいきません」
川田取締役
「なるほどなあ〜、そういえば払い出し伝票だって製造から倉庫や検査に関わるのだから、会社全体に周知され運用されなければならない。うーん、これは会社のルールをどうするかという観点で考えてからでないと、少しずつとかできるところからと安易にも進められないなあ〜」
鈴田課長
「それから、今の保管基準に関係するのですが、工場内のマテハンと出荷梱包の方法を改善すべきじゃないかと考えてます。今使っている段ボール箱は使用済品を安く買っているということです。しかし、なにぶん大きさがバラバラですから、そこに入れる個数も一定ではありませんし、新聞紙を詰め物にしたりと、みっともいいものじゃありません。それに製品の保護機能がまるでありません。湿度が高かったり運搬中に濡れたりすることを思えば、箱をポリシートで包むとか、製品に合った箱を使ってガタ、スキのないようにするべきじゃないかと思います。
だいたいお客様のところでそのままはライン投入できないでしょう」
川田取締役
「なるほど言われてみれば、いまどき製造ラインに部品を段ボール箱で供給している会社なんて見ねーよなあ
他には」
鈴田課長
「一番の問題は、日程計画です。今どんな方法で日程を立てているかと言えば、驚くことに製造のモデルチェンジを最小化するということを第一にしていると聞きました。つまり受注した数を生産するのではなく、部品ごとに最小加工数を決めていて、その数をワンロットとして生産しているというのです。簡単に言えば、一年分の生産数を見積もって、それを数回に分けて作っているのです。
だから今回の大国主向けも、ふた月も前に生産して注文が来るまで保管していたのです」
川田取締役
「オイオイ、ひょっとしてそれって、もし次回注文がこないと作ったものがパーになってしまうのか?」
鈴田課長
「私も驚きましたが、そのとおりです」
安斉課長
「あのう、そのことは私がこちらに来たときに製造係長から聞きました。この会社ではモデルチェンジが苦手で、受注に合わせて生産すると切り替えが多くなり、それが難しいというのです」
川田取締役
「おまえ、棚残とか回転率なんて言葉聞いたことがないのか、なわけはないよな・・・
そんな生産していたら儲かるわけないわ・・・
だけどそんなことを社長や専務は黙認しているのだろうか?」
鈴田課長
「聞いた話ですが、今の社長が来る前からだそうで、そんなものかと思っているのかもしれません」
川田取締役
「そんなことはないだろう。そんなこと生産管理のイロハのイだぞ。基本的なことを見逃しているなんて・・
安斉、お前はそれを黙認していたのか?」
安斉課長
「はあ、ゆくゆくは改善しようとは考えておりました」
川田取締役
「ゆくゆくは、か・・・・
正直言っておれはプレスなど分らない。だが安斉はプレスのプロだと言ってたよな。明日からお前が現場で段取り替えを指導しろ。こうすれば早くできるという手本を見せてくれよ。そして鈴田は生産計画を出荷に合わせるんだ。そんな初歩的で基本的なこと、すぐやれよ」
安斉課長
「私はプレス金型の設計なら自信があるのですが、プレスの段取りや操作はちょっと・・・」
川田はため息をついた。安斉を叱る気にもならなかった。
川田取締役
「お前は、ここで製造と品質を改善する全責任があるんだぞ。段取りができないならできないなりに、どうしたら段取りが速くできるのか、考えろよ」
安斉は黙っていた。
川田取締役
「鈴田よ、連絡ミスをなくすことについては考えたのか?」
鈴田課長
「あの問題はすべて私の不徳の致すところでして・・・」
川田取締役
「政治家みたいな言い回しはいいから、どうするんだ?」
鈴田課長
「あれは吉田部長からの通知をしっかりと現場に伝えておけば発生しなかったと思います。それで今後の運用で漏れがなければ大丈夫と思います。次回、類似の通知があれば各係長にも伝えることを徹底します」
川田はそれで大丈夫なのかなあという気がしたが、とりあえずは了解した。
川田は首を安斉の方に回した。
川田取締役
「安斉よ、お前の宿題はどうなっている?」
安斉課長
「まず608ミリを測るノギスがない件ですが、次回生産時には他の会社からノギスを借りてくることにしました。むこうの会社に問い合わせたら、校正はしているそうです」
川田はしばし沈黙した後に口を開いた。
川田取締役
「緊急避難としてはやむを得ないのかもしれないが、その方法を俺は好かんね。まずタダってわけにもいかないだろうし、根本解決になっていないように思う。もしあの問題について客先から品質監査を受けたとしたら、他社から計測器を借りますなんて言い訳にはならないな」
安斉課長
「わかりました。まだ日にちがあるので考えてみます」
川田取締役
「そうだ、我々に一番足りないことは、考えることかもしれないな。
もっといろいろ考えなければならんな。
今日はこれで終わろう。そうだなあ〜、明後日、夕方4時からまた議論しよう。そのときは今日の問題の解決策を聞きたい」



川田が席に戻ると、星山専務が席にいる。中小企業だから役員といえど一人一人が部屋を持っているわけではないが、一応役員になると社長室の隣の部屋に机を持っている。
星山専務が席にいるなんて珍しいことだ。というのは、彼は総務、経理、営業などいくつもの仕事を見ているので、普通は総務課にいることが多い。
川田は星山に話しかけた。
川田取締役
「星山専務、ちょっとお話しできますか?」
星山専務
「いいとも、ここでもしょうがない、あっちでコーヒーでも飲みながらとしませんか」
星山と二人で話をするなんて初めてではないかと川田は思った。
応接室でコーヒーを飲みながら川田が切り出した。
川田取締役 コーヒー コーヒー 星山専務
川田取締役
「今日聞いたのですが、生産ロットは受注数ではなく、段取り替えを考慮して決めているって本当ですか?」
星山専務
「そうなんだよなあ。私は創立時に入社したんだけど、そのときからいままで生産ロットはいろいろと変遷があった。
はじめは当たり前だけど、受注数に合わせて加工していたわけだ。もちろん少しは色を付けて、まあ不良とか員数誤差があったときに備えてだが・・
あるときの課長は、トヨタ方式とか平準化なんて言い出して、お客様の注文が毎月4000個ならそれを4週で割って、毎週1000個作ったこともある。生産しているものすべてをそんなふうにしたから、生産しているよりモデルチェンジの時間が多かったような気がしたよ。しかし一度に出荷するものを分割して生産しても意味がないような気がする。
また別の課長のときは、彼はプレス加工のプロでさ、でも作業者を育成するというよりも自分が手を動かしてしまうタイプで、彼自身が段取り替えできる回数からロットサイズを決めてたんだ。それもどうかと思うが・・
今の生産方法は、安斉課長の前の課長、その方も出向者で本体に戻ってしまった。その人が、どうせ毎月注文があるのだから、ロットを大きくした方が効率はいいと言い出して、過去のデータから予測して数か月分まとめて生産するようにした。今もそれを継続しているってわけだ。変遷がいろいろあったんだよ」
川田取締役
「なるほど、いろいろなことがあったんですねえ〜
でも棚卸資産回転率を上げるのは基本のキですし、現状の方式では、万一、次回注文がなければ丸損です」
星山専務
「実際にそんなことも時々おきている。バカバカしいことだ。
それに在庫期間が長くなって劣化することもある。今回起きたサビもそうだ」
川田取締役
「それについて専務や社長はどのようにお考えなのでしょうか?」
星山専務
「社長も私も改善しなくちゃならないとは思っている。だが社長や私がどうしろというほど知識はない。棚残を減らさなくてはならないということはわかるが、減らすには日程計画を変えるだけではなく、技術がないとできない。
我々は川田取締役にそれを改善してほしいと期待しているのだが」
川田取締役
「そうでしたか・・・私もなかなか状況がつかめず、今回問題が起きた大国主向けのものが長期保管されていたことから、そのようなことがわかった次第です」
星山専務
「伊東から聞いたけど、生産ロットを受注数に合わせたいと鈴田課長が言ってるそうだね」
川田取締役
「私からも回転率を上げるように工夫しろと指示しております」
星山専務
「社長も私もそうしてほしいと願っている。しかし、なにぶん現場の技能レベルを考慮して問題が起きないようにしてほしい。川田取締役は生産管理担当だが、製造担当は吉田部長だから、お互いに意思疎通を図ってほしい」
川田取締役
「わかりました。いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました」
川田は殊勝に頭を下げた。



安斉の奥さん
安斉の奥さん
私の出番これきり?
安斉が机に戻るとメモが置いてある。「奥様からお電話がありました。電話してほしいとのこと」とある。
1990年頃は携帯電話を持っている人などめったにいなかったことを思い出してほしい。
安斉は自宅に電話をした。すぐに妻が出た。
安斉課長
「おれだけど、何かあったのか?」
安斉の奥さん
「ああ、あなた! すぐに帰ってこれないかしら。ちょっとお客様とトラブルが起きちゃったのよ」
汗 汗

汗

汗
安斉課長
汗

汗
安斉はまたかとがっくりきた。以前からレストランでトラブルがあると、勤務時間であっても妻から安斉に呼び出しがかかり、安斉がその対策、つまりお詫びとかしていたからだ。
出向してからは勤務地が遠くなったこともあり、スグカエレという電話がこなくなりホッとしていたのだ。
安斉課長
「いったいどうしたの?」
安斉の奥さん
「ウェイトレスのよしこちゃんがスープを出すとき、お客様の袖にスープをこぼしちゃったのよ」
安斉課長
「そういうことは対応手順を決めていただろう。そのとおり処置してほしいよ」
安斉の奥さん
「それが〜、お客様が怒っちゃって、いきなり怒鳴ったものだから、よしこちゃんが切れちゃって・・」
安斉はもう続きを聞く気になれなかった。
安斉課長
「それでお前一人では処理ができないので、俺に帰って来いというのか?」
安斉は時計を見る。2時少し前だ。今から帰ったとしても日中は道路が混んでいるから、着くのは4時頃になる。帰ってもしょうがないだろう。
安斉の奥さん
「お客様には私が謝って後でお詫びに伺うことでお帰り頂いたのだけど、よしこちゃんが荒れちゃって」
安斉課長
「それならよしこちゃんを帰して、お前がウェイトレスをすればいいだろう。お前は経営者なんだぞ。それくらい処理できなくてレストランなどやるな」
安斉はつい大声を出したので、ハットして周りを見回した。部屋には数人いたが、誰も気が付かない振りをしている。
安斉課長
「定時になったらすぐ帰る。おまえも気持ちを落ち着かせて、経営者らしく振る舞うんだ。お客様にはちゃんとお詫びをしとくんだよ」
安斉はなんとか妻をなだめて電話を切ると、大きなため息をついた。
安斉は数分間腕組みをして目をつぶっていたが、気を取り直す。川田取締役から言われたことをしなければならない。
製造スタッフの伊東がいる。安斉は伊東が組合委員長をしていることもあり、いささか苦手だ。
安斉課長
「伊東さん、ちょっと打ち合わせしたいんだけどいいかな?」
伊東は立ち上がり安斉の席に来た。
伊東
「打ち合わせ場がいいですか?」
安斉課長
「そうしよう、手ぶらでいいから」
二人は打ち合わせ場に座る。
安斉課長
「忙しいだろうから本論に入る。今の生産ロットが大きすぎると思うんだ。注文数と同じロットサイズにした場合の問題点、その解決策を考えてほしい」
伊東
「おっしゃることはわかります。先日鈴田課長からも相談を受けました。現状では棚残も増え、次回注文がないと廃却損も大変ですからね。わかりました、検討事項をまとめてみます。数日ください」
安斉課長
「よろしくお願いします。
それと、もうひとつあるのだけど、先日608ミリを測るノギスがなくて不良を見逃したことがあったよね。次回生産時はよその会社から1mのノギスを借りようという話だったけど、借りないですます方法がないかということなんだ」
伊東
「私もいろいろ考えたのですが、寸法を測ることが目的じゃなくて合否をチェックすることが目的でしょう。それならゲージを作る方法がありますね」
安斉課長
「ゲージ?」
伊東
「そんなおおげさなもんじゃないですよ。単に鉄板にタレパンで穴あけして、そこにピンを2本立てるんですよ。もちろん通り側と止まり側のセットを作ります」
安斉課長
「タレパンで608ミリの加工はできるけど、うちの三次元では608ミリは測定できない。タレパンで加工した寸法が正確かどうかの判定はどうする?」
伊東
「それも考えました。結局タレパンの精度しだいになってしまいますね。ただタレパンでその中間にいくつか穴をあけておけば、うちの小さな三次元でも二回に分けてそれらの関係寸法を測れば、全体の精度確認はできますよ。どっちにしても0.05くらいの精度でいいのですから」
安斉課長
「なるほど・・・いや待てよ、タレパンでは3ミリ厚くらいしか加工できないから、その程度の厚さではたわみがでるんじゃないか?」
伊東
「長手方向にふちを折り曲げれば断面係数は大きくなります。曲げても穴間の寸法は影響を受けませんよ。心配だったら折曲げてから三次元で確認すればいいですし」
安斉課長
「なるほど、そう言われると簡単に作れそうだな」
伊東
「それじゃ一つ作ってみましょう。タレパンの段取り替えの合間に作りますよ」
安斉は最後に聞いた。
安斉課長
「伊東さん、そういう良いアイデアがあったら教えてくれたらよかったのに」
伊東
「課長が私に相談しないからですよ」



今回のミーティングで、鈴田は川田取締役から怒鳴られなかったのでホットしたものの、課題が解決したわけではない。
保管基準をどのような位置づけで制定するのか検討中と言ったが、それ以前に保管基準が決まったわけではない。伊東委員長からもらったデータの範囲を、そのまま倉庫の環境基準にするわけにもいかないだろう。じゃあどうしたらいいのかとなると鈴田はわからない。
 ワカラン ワカラン ワカラン
鈴田課長
いったい倉庫の環境基準をどう決めたらいいのだろう。
近くの倉庫会社に電話して聞いてみたが、冷蔵倉庫以外特に温度基準らしきものを決めていないという。安衛法の「事務所衛生基準規則」が該当するとも思えず、「試験場所の標準状態(JISZ8703)」が適切とも思えない。美術館の温度基準というものがあるそうだが、調べてみるととんでもなく厳しいもので普通の倉庫に適用できるとは思えない。結局保管する品物次第で、自分が決めるしかないのだろう。とはいえその製品の保管基準が決められていないわけで・・・
大蛇機工の部品を使っている製品の多くは家電品や電子機器で、そういったもののカタログをみると、使用環境は「温度5〜35℃、湿度20〜80%、但し露結しないこと」などと表示している。ということはそれに使われる部品は、その範囲であれば十分のはずだ。更に言えばエアコン室外機や屋外用の機器もあり、そういったものの設置時の環境はより厳しい。すると温度・湿度など特段条件を設けなくても、単に露結しなければ良さそうにも思える。
寒暖計 そうしようかと思ったとき、当社の倉庫はそれだけ基準を甘くしても過去のデータが収まらないことに気が付いた。伊東委員長からもらったデータでは、温度は氷点下数度から35度くらい、湿度は10数パーセントから100パーセント近くで実際に露結することもある。そして実際、問題となった場所の床は明らかに濡れている。
温度管理は手におえないからおいておくとして、湿気だけの問題であれば、保護として梱包箱をポリシートで包むのが一番現実的なように思える。あるいは現状の段ボールを止めてしまって、プラスチックのもっと密閉性の良いものを検討した方が良いのだろうか? いや、今は木製パレットを床に置いてその上に段ボール箱を載せているが、床置きせずに、床から50センチくらい離せば少しは良いかもしれない。
そう考えていて、はたと鈴田は気が付いた。お客様はどう考えているのだろうか? そうだ、発注者の希望を知らずに改善もないものだ。お客様の考えを調べないとどうにもならない。お客様がどのような保管環境を望んているのか、いやどうせ問合せするならそれだけでなく、現状の荷姿についてどのような意見があるのかを知りたいと思う。
鈴田は鉛筆をとり調査項目の下案を作った。いろいろ考えあぐねたが、それを営業課長のところに持っていく。
営業課長営業課長である。
鈴田課長
「すみませんが、相談があるのですが」
営業課長
「ハイハイ、なんでしょうか?」
鈴田課長
「今、私の方で製品を納入している段ボール箱を改善しようと検討中なんです。そこでお客様に現状の意見とか希望をアンケートしたいのです」
営業課長
「ちょっと待った。私は今の段ボールが気に入らないんだよ。鈴田課長はご存じないでしょうけど、数年前、出向してきた部長が新しいダンボールを使うのはもったいないなんて言い出してさ、もうその部長はいなくなっちゃったけど、それはともかく、それ以降他社で一回使用したものを買ってるんだけどさ、評判悪いんだよね」
注:「マータイさんがもったいないと言ったから」と書こうかと思ったが、マータイさんは2005年頃で、この物語は1990年代初頭だったのを思い出した。
ところで今、マータイさんを覚えている人はいないだろうなあ。
鈴田課長
「あまり変なことを聞くと、寝た子を起こしてしまいますか?」
営業課長
「いや、そんなことはない。大事なことだから俺もお客様の本音を聞きたいね。鈴田課長が手にしているのが質問状なんでしょう。それを頂いて文章は俺が見直すということでいいかな?」
鈴田課長
「ぜひともお願いします。ついでにもう一件、倉庫の保管基準を決めようとしているんですが、お客さんの要望というか指定条件も聞いてもらえます?」
営業課長
「それも書いてあるの?・・・ああ、ちゃんとある。オッケーわかった。
うちの仕事は上位5社のお客さんで仕事の9割くらいを占めるから、その5社だけでいいだろうか? じゃ、数日で依頼書をまとめて、そうだなあ、2週間もあれば回答を回収できると思うよ」
鈴田は一安心した。話をすればみな協力してくれるのだ。先日、伊東委員長に相談したときも、気安く相談に乗ってくれた。今までなにもかにも出向者3人でやろうなんて考えていたのが間違っていたようだ。

鈴田はそれから、工場の中を見ながら帰った。連続して加工するときプレス間をコンベアでつないでいることもあるが、多くは段ボール箱に入れ、それを木製パレットに載せてフォークリフトで次の工程に運んでいる。疑問を持たないとそんなものだと思うかもしれないが、見方によれば改善の宝庫だ。
コンベアやパレット上の段ボール箱には、破けたり穴の開いたものが目立つ。あまりひどいのは片隅に積んである。現場に破損した段ボール箱が置いてあるだけでみっともないと鈴田は思う。会社によっては段ボールでの搬入を禁止しているところもあると聞く。そういう会社ではうちが納めたものは、向こうで入れ替えているのだろう。
箱への入れ方だが、生板やジンクはそのままだけれども、塗装鋼板やラミネートしたものは平らに並べた上にミラーマットを敷いて重ねている。生産技術などと無縁だった鈴田でも、こんな方法で良いのかと疑問を持った。ものすごく手間ばかりかかって、製品保護の役割を果たしていないように思う。

出荷場所にくると大型コンテナに積み込みをしているところだ。パレットに段ボール箱を積んで、パレットごとその外側をポリシートでくるんでいる。倉庫係長の姿を見たので近づく。
鈴田課長
「出荷時にポリシートで包むものもあるんですか?」
倉庫係長
「この部品はタイに送るそうです。船で運ぶときに湿気が入らないようにポリシートで包めという客先指示がありました」
 注:1990年代初頭は多くの企業がタイに工場を作って進出した時代だった。
鈴田課長
「どうせなら工場に入庫するときに、個々の箱をポリシートで包めばいいのに」
倉庫係長
「このお客さんのところも、生産が国内とタイ半々で、全部をタイに送るわけでもないですからね。もっともゆくゆくは工場全部をタイに移管するのでしょう、そのときは部品も向こうで調達するのでしょうねえ」
鈴田課長
「それもありがたくない話だな」
倉庫係長
「ウチはタイに行かないのでしょうかねえ? そうしないと仕事がなくなってしまいますね」
そんなことを鈴田は考えたこともなかった。



数日後、出向組3名が集まった。
安斉課長川田取締役鈴田課長
安斉課長川田取締役鈴田課長
川田取締役
「いやはや日々、学ばなければならないことが多いことを思い知らされるよ。おれは毎日勉強している感じだ。みんなの宿題は進んでいるか?」
鈴田課長
「では私から、保管基準と製品納入形態については、お客様のご意見を聞こうと営業経由でアンケートを送りました。アンケートが回収できたら、関係部門を集めて検討会を持ちたいと考えています」
川田取締役
「アンケートか、やはりお客様の声を聞くのが一番だろうな。他には?」
鈴田課長
「ルールについては正直言ってわかりませんね。福島工場の文書管理の専門家に一度見てもらったらどうでしょうか?」
川田取締役
「うん、文書についてはおれもいろいろ考えている。それについてはあとで議論しよう。
他には?」
鈴田課長
「生産ロットの話は安斉課長の方で検討していると伺っています」
川田取締役
「わかった。それじゃ安斉の方はどんな具合だ?」
安斉課長
「600ミリを超えるものが測れない件ですが、チェックゲージを作ってみました。ピンを2本立てておきまして、そこに製品を乗せればOK・NGが簡単にわかります」
川田取締役
「それはアイデアだな。ノギスで測るよりは速いだろう。その方法なら全数検査もできそうだ。後で見せてもらおう。安斉だって考えればできるんじゃないか、頑張ってくれよ」
安斉課長
「実を言いまして、伊東委員長のアイデアなんです」
川田取締役
「誰のアイデアでもいいよ。管理者の仕事は、人をうまく使うこと、人のアイデアを生かすことだ」
安斉課長
「それから生産ロットを小さくする件ですが、これも伊東委員長と検討をしています。もちろん作業者の技能向上もあります。しかし金型置場とかプレスの配置などリレイアウトをしないと大きな改善ができないように思います。
一挙にというわけにはいきませんので、とりあえずとして次を考えています。
ひとつはプレス技能者教育をしていきたいと思います。技能士に合格するとかじゃなくて、段取りできる人が日々の仕事をしながらOJTで教えるように進める予定です。
ふたつめは工場内のマテハンはパレットを止めて、すべてコロコンにしようと思います。多少リレイアウトは発生しますが、機械を大きく動かすことはないと思います。
ただ新しいコロコンを買うのもなんですから、川田取締役から福島工場から遊休品を譲ってもらうよう話をしてもらえないでしょうか?」
川田取締役
「わかった。利益供与にならないようにせんといかんな」
安斉課長
「とりあえず小さなことでも実行して成果を出さないと、誰も信用してくれません。信用されなければ協力してくれません。
そうそう、先日フォークリフトがスリップした事故がありました。あのおかげで通路の安全のために抜きカスやたばこの吸い殻を拾わなくてはならないという認識が持てたように思います」
川田取締役
「事故ってなんだ?」
安斉課長
「あまり大事にするとまずいと思いまして報告しなかったのです。あのですね、工場に入ろうとフォークリフトが曲がろうとしたとき、路面に抜きカスが散乱していたためにスリップしてフォークの爪を工場の壁に突き刺したのです」
川田取締役
「怪我とか損害はなかったのか?」
安斉課長
「荷を積んでませんでしたし、壁の穴はすぐに直しました。他にはありません」
川田取締役
「事故ばかりでなく、近事故つまり事故一歩手前でも報告しておいた方がいいなあ。フォークリフトの事故となると責任者は鈴田だな。おまえ、A4一枚くらいの顛末書を書いて専務に出しておけ。何日前のことだ? 4日前だって、まあそれなら今日中にしておけばいいだろう。
それで何の話だっけか?」
安斉課長
「こちらに来たときクリーンキャンペーンと称して、吸い殻拾いをしようとしたでしょう。でも協力が得られず頓挫してしました。あれはお互いのコミュニケーション不足だったと思います。あのときも実行する意味を説明して理解してもらえれば良かったと思います」
川田取締役
「まあ、そうだな。世の中に悪い人はいないから、話し合ってみれば分ってくれるよ」
鈴田課長
「話は戻りますが、社内のルールについて福島工場の専門家に来てもらうことがまだですが・・」
川田取締役
「そうだそうだ、やはり俺たちだけで考えてもしょうがないか。実を言って先日のゴルフのとき、上野部長とその話をしたんだよ。今向こうで一番の権威は佐田らしい。俺は奴がどうも好みに合わないんだけど、一度来てもらおうか?」
安斉課長
「ぜひともと言いたいところですが、いろいろ考えないといけませんね。例えばプレスの段取り指導のために福島工場の現場のリーダーをこちらに出向させるとかすれば、明日にも効率が上がるでしょうけど、それは禁じ手のような気もします。我々出向者がどんな立場で、この会社の改善に貢献できるのか、いや貢献すべきなのか考えないとならないように思います」
川田は安斉も意外に考えているものだと感心した。
川田取締役
「安斉の言うとおりだ。俺たちはそのために来ているわけだから、自分たちができないからと、むやみに本体に支援を求めるのは筋違いというか間違いだろう。
とはいえ、文書の体系などについてアドバイスをもらうなら費用もかからないし、大きな問題でもないだろう。来週でも俺が福島工場に行って上野部長に頼んでみよう。そのときコロコンのことも話してみる。必要なものの仕様と個数をまとめておいてくれ」

うそ800 本日の一安心
佐田君が出る場面はもうないのかと心配していましたが、やっと出番が回ってきたようです。
乞うご期待

うそ800 本日持たれたであろう疑問
これほどレベルの低い会社があるだろうかと思われた方が多いと思います。
でも生産技術や管理技術は日進月歩です。四半世紀ではものすごい差があることを認識しなければなりません。今から25年後の人から見たら、私たちが今していることはレベルが低いと言われるのは間違いないでしょう。



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2013/11/14)
これほどレベルの低い会社があるだろうかと思われた方が多いと思います。

フツーにあると思います。ですが、そのレベルから脱却を図れる企業はそうそうあるものでは無いと思います。

コメント、ありがとうございます。
正直言って安心しました。



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