審査員物語1 辞令を頂きました

14.10.30
毎度ばかばかしいお話を・・・。前作「マネジメントシステム物語」が終わりまして、どうしようかなあと迷っておりましたが、改めてまたばかばかしいお話を描くことに相成りました。
いえ、そんなに複雑、深刻な理由ではありません。単にヒマだってことなんですがね。
水泳は楽しいなあ いや、もちろん私はいろんなことをしていますよ。毎日フィットネスクラブに行って2キロくらい泳いでいますし、老人大学にいって地域の歴史とか地理を勉強していますし、古事記とか邪馬台国も学んでいます。恥ずかしながら英会話も習っています。もっとも存命中に話せるようになる見込みは薄いですがね。そして、ときどきは囲碁クラブにも行きます。
ああ、もちろん本も読んでいます。でも毎年300冊本を読んでいるのを400冊読んでもしょうがないし・・
それだけじゃありません。家内には掃除をしろ、洗濯をしろ、買い物をしてこいとこき使われています。その他、NHKや朝日新聞への抗議デモにも参加しなければならず、とにかくすることがたくさんあります。
でも私はテレビを観ませんから夜は時間がありますし、ブラインドタッチの能力維持にも役に立つだろうと、とまあそんなことで、またまた小説を叩こうかって気になったわけですわ。
それになんでもいいのですが自分に毎日ノルマを課さないと、だれる一方怠ける一方でしょう。

そんなわけで理由はいろいろありますが、三度(みたび)物語を書くことにいたしました。小説第三弾は、名古屋鶏様とぶらっくたいがぁ様のご要望により、「審査員物語」というものでございます。
えー、第一作目の「ケーススタディシリーズ」は、初めは文字通りいろいろなトラブルを設定して、それへの対応を考えてもらおうという趣旨で始まりました。ところがだんだんと変質し、東日本大震災で1年間休止した後は、初期とはまったく変質して山田太郎という環境初心者が一人前になっていくという成長物語となってしまいました。おお!まさに「デミアン」ではありませんか。
二つ目の「マネジメントシステム物語」では、佐田一郎という出世コースからはずれた人間が企業においてマネジメントとはなにか、そこでISOはどんな意味を持つのかを考えていくというお話でございました。これまたバガボンドのごとく、真理を求める求道者でありましょう。ぜひとも寺田先生に読んでいただきたいと
ャー! 神の怒りだ、雷に打たれた
今回の三つ目のお話、「審査員物語」ではそのような成長物語とかISOの深淵を探ろうなんてことはまったくなく、環境なんぞ全然知らなかった中年男、三木良介があるとき突然ISO14001審査員になれと言われて、四苦八苦するというコメディを目指しております。
コメディですよ、コメディ、これを忘れないように。
ISOとはなんぞやとか、マネジメントシステムとはなんて真面目に考えるわけございません。おっと今まで真面目だったのかと言われると、真面目ではありませんでしたねえ〜
えっと連載回数ですか? 全く考えてません。今回は流れによってどうなるのか見当もつきません・・
おっと、あまり期待しないでください。なんせ私はいいかげんですから。

今回のシリーズを書くにあたっては、自分への課題として一話の文字数に上限を付けることにしました。今までは気分次第で短くて1万字、長いときは18,000字とか、2万字以上なんてこともありました。実はそれで「始業前の朝のひとときに読み終わらないぞ」という苦情を1件頂きました。そのため今回は顧客満足を図るために、1万字以下という基準を設けることにしたのです。1万字以下ですから8,000字ということもあり、1万字ということもあるということです。まあ私はキーボードを叩き始めると止まりませんので6,000字以下なんてことはないと思います。もっとも1万字といっても400字詰め原稿用紙にして30枚くらい、まじめに読むと20分以上、へたすると30分はかかるでしょう。始業30分前に出勤する人はどれくらいいるものでしょうか?
あっ、でも「短すぎるぞ」という苦情を頂いたら、私はどうしたらよいのでしょうか?



では、はじまり、はじまり
ときは2002年3月初め、ところは大宮に所在する大手機械部品メーカーの関東支社の一角であります。
三木良介は自分の席、つまり営業第一部の部長の席に座っていた。
三木良介である
三木である
三木は今年53歳、事業所長になれるのは今年が最後のチャンスだ。30年前、同期で入社したのは約300人いた。そのなかで順調に課長になったのは200人、部長になったのは約50人いる。もっとも部長になっても、問題を起したり、成果を出せなかったりして、部長解任や出向などにとばされたもの、中には懲戒解雇になったものもおり、部長を務めあげたといえるのは30人ほどだ。そして既に事業所長クラスになった者も10人近くいる。
この会社では役職定年は57歳、どんな仕事でも自分のやりたいことをするには最低4年は必要だから、常識的に考えても53歳までにならないと実績を出す時間がない。そして実際に部長になって53歳までに事業所長クラスになれない人は、関連会社や業界団体に出向か、自ら退職して他の会社に転職というのがお決まりである。課長以下であれば57歳まで役職についていられるのだが、それはまあそういうルールだと思うしかない。
ところで三木の勤めている会社では事業所長クラスという言い方をしている。事業所長クラスとはなにかというと、工場長や支社長などは当然「事業所」の長であるが、本社の管理部門、総務、経理、品質、生産技術などの部長は会社組織上、事業所長と同格で、これらを含めて事業所長クラスと呼んでいる。事業所長クラスになると執行役員に遇されることが多く、更に競争を勝ち抜けば執行役となり、その上は社長である。この会社は委員会設置会社だから、取締役は会社の運営には無関係だ。
執行役と執行役員を混同している人が多いが、このふたつは別物である。簡単に言えば執行役は役員であり、執行役員は従業員だ。責任も報酬も桁が違う。
さて、支社は11、工場は30いくつ、本社部門が15であるから事業所長クラスの椅子は50いくつ。そして一旦事業所長になれば4年間務めるとすると、50いくつか割る4で同期から14人くらいしかなれないのは自明だ。三木の同期が既に10人近くなっているということは、事業所長クラスになれるのは残っている20人の中から4・5人ということだ。更に後輩に優秀な者がいれば先輩を追い越すこともあり、4・5人より少なくなるかもしれない。自分はどうなるのだろうかと思うと、どうも自信がない。
三木としては事業所長になりたいとは思うものの、なればなったで仕事はさらに厳しくなるし、競争はさらに激しくなる。だから関連会社の大きなところに出向してのんびりするのも悪くないとも思う。ここまで来たのが同期入社の1割なのだから、これ以上を望むのは欲ばり過ぎだろう。
いずれにしてもこのままなにもないということはない。昇進しなければしないで、どこかに異動するのは間違いない。部長級以上の異動は4月1日付けであるが、内示は3月初めであり、ここ数日中に話があるはずだ。良くても悪くても・・
そんなことを思いながらコーヒーをすする。まわりも部下も、三木があとひと月で異動することは周知の事実だから、既に三木は実務に関わっておらず、仕事で何か問題があっても担当の課長が処理するだろうし課長に処理できないものは来月になってから後任の部長にもっていくだろう。もはや三木は過去の人で、話しかける人もなく座っている。

10時前に支社長から電話が来た。部屋に来いと言う。おお、いよいよか、三木はスーツの上をはおっていそいそと支社長室に向かう。

三木が支社長室に入ると、支社長は立ち上がって
支社長
「やあ、三木部長、お呼びたてして申し訳ない。座ってくれ」
二人は応接セットに向いあって座る。こんなことは過去なかった。三木を支社長の机の前に立たせて話すのは失礼と思ったのだろう。
支社長
「手っ取り早く用件を伝える。部長級で53歳になると、その席にいることはできないということは知ってるね。昇進するにしてもしないにしても誰かにその席を譲るしかない」
三木
「存じております」
支社長
「残念だけど支社長昇進はなかった」
それを聞いて三木は正直残念に思った。もちろん事業所長になるぞとは思ってはいなかったが、ダメだったと言われるとやはりがっかりしたし、同期の他のメンバーよりも評価が低かったのかといささかショックである。
動揺を抑えて三木は聞いた。
三木
「そうしますと関連会社への出向ですか?」
支社長
「そうではないんだよなあ〜」
三木
「それでは業界団体とか」
支社長
「いやあ〜、そうでも・・・」
三木
「はあ、そうしますと・・・」
支社長
 ワカラン
ワカラン
「普通、営業系の部長は支社長にならない場合は、販売会社とか当社グループの非製造業の関連会社に出向して営業とか総務部門を担当するというケースが多い。しかし三木部長の場合、そうではなくISO審査員に出向していただくことになった」

三木は耳を疑った。ISO審査員? いったいなんだ、それは?
すぐに三木は質問した。
三木
「はあ? すみませんが、ISO審査員とはどんなものなのでしょうか?」
支社長
「実は俺もよく知らないんだが・・・・あのさ、ここでも毎年ISO審査ってのがあるだろう」
三木は頭をひねった。ISO審査? なんだ、それは?
支社長
「ラインの営業部門はあまり関係なかったのかもしれんな。ISOって環境保護をしっかりしているかどうか外部の人が来て点検するんだよ。当社では本社と支社が一体になって活動している。それで審査のメインは本社でしているらしいのだけど、毎年この支社にも1日だけ審査員という人が来て環境活動とか遵法を点検されるんだ。毎年おれが方針とその展開を聞かれるので参ったよ。確かに今までの審査を思い出すとほとんど総務部門、それもビル管理がメインだったなあ。たまに各部門でも方針とか教育なんて質問されたはずだが・・」
三木もそういう話を聞くとなんとなく思い出した。確かに毎年12月頃だったか、一人か二人、三木から見ても年配の人が来て、オフィス内を歩き回りヒアリングしていた。一度だが三木の部門にも来た。そういえば、三木も質問されたことがあったっけ。あのときはどんなことを聞かれたのだろう。思い出せなかった。いずれにしても当たり障りのないことで、数分で終わった記憶がある。
支社長
「実を言って、バブル崩壊後は関連会社も間接部門削減、組織のスリム化などを推進している。それで出向するポストが減っている。部長クラスが53歳で一斉に引退する現在の慣習では出向先の確保も大変なんだよ。
実は俺もISOというのはよく知らなくて、三木部長への説明のために急遽勉強したんだけどね、現在倍々ゲームで成長しているそうだ。そういう意味では将来について心配はいらない。定かではないが、60歳定年ではなくいつまでも働けるとか聞いたね。
審査員は環境についての知識だけでなく、会社の経営や管理について詳しい管理職経験者が適任とのことで、工場の環境課長などよりも、購買部門や営業部門などの部長経験者の方が望ましいそうだ。
ということで今年から審査員も部長級の出向先に加わったと聞いている」
三木
「当社からは私1名ですか?」
支社長
「そうだ。実を言って今年は関連会社への出向は7名しかいない。先ほど言ったように関連会社も余裕がなくなって来ていてね、組織のスリム化を図っているし、それどころか昨年清算した会社がいくつもあり、出向先が減っている。またこれからは関連会社に出向しても今までと違って、それなりの成果を出さないと放り出されるようになるだろう。
ええっと君と同期の状況だが・・・支社長は手帳を見ながら・・・事業所長クラスになったのが3名、関連会社出向が7名、資本や取引関係のない会社への出向が4名、ISO審査員が1名、また自己都合退職を申し出ている人が3名いる。自分で起業でもするのだろうか」
三木
「事業所長クラスが3名ですか・・・正直言って今までよりかなり厳しいですねえ〜」
支社長
「まったくだ。それに関連会社でもなく取引関係もない会社への出向が増えている。そういう会社にいけば、もうその人の実力そのものだからねえ〜、実を言ってその人たちは自分で出向先を探してきたらしい。このご時世だから事業所長にもなれないし、関連会社の良いところに行けないと考えていろいろ当たったのだろう」
支社長の言葉を聞いて、三木が自分で出向先を探さなかったことへの皮肉だろうかと一瞬思った。
三木
「わかりました。それでこれからはどのようなことになるのでしょうか?」
支社長
「知ってるように辞令は今月16日異動は来月1日付けだ。この支社でも普通の異動などもあり全部で14人が動く。31日の定時に支社のメンバー全員に離任挨拶をしてもらう。片付けや引継ぎはそれまでにしておいてほしい。後任は3月17日に挨拶に来る。
ああ一番大事なことだが、三木さんは4月1日で本社営業本部に異動になる」
三木
「はあ? 営業本部ですか? 出向するのではなかったですか?」
支社長
「うーん、このへんがいろいろと難しいというか、まだ細かいところが決まっていないようなのだよ・・いや君を脅かそうというわけじゃない。当社からISO審査員として出向したのは今回が初めてではない。しかし今までは品質保証課長経験者がISO9000の審査員になったとか、環境課長がISO14000の審査員に出向したりで、環境に関係しない部長が審査員になるというのは初めてのケースだそうでね、人事部としても即認証機関に出向させるわけにもいかないと考えたらしい。ともかく一旦本社の営業本部に異動になって、そこでいろいろと研修を受けてから出向となるそうだ
正直言って細かいことは俺も知らないんだ。いずれ来週以降か、あるいは本社に異動してから人事部の担当とよく話し合ってみてほしい。」
三木
「いろいろとご配慮いただいたということでしょうなあ〜、どれくらい営業本部にいることになるのでしょうか?」
支社長
「俺もよくわからん。まあそういう形をとるようだから少なくても最低半年はいるのだろうか。ひと月くらいであればそんな面倒なことはしないだろうし・・・」
三木
「わかりました。お忙しいところわざわざご説明いただきましてありがとうございます。それじゃお話は承りましたので失礼いたします。私が本社人事とか、あるいは関連する部門に問い合わせなどすることはかまわないでしょうか?」
支社長
「ええっと、人事からの通知によると君と同期の人への周知を今週中に行うようにとの指示なので、そういったことは来週からにしてもらえんかね」
三木
「承知いたしました。では失礼いたします」
三木は立ち上がり支社長室を出た。部屋に戻ると、パントリーに寄って給茶機からコーヒーを注いでから自分の席に座った。 湯気の立つコーヒーを飲みながらしばし考える。いろいろなことが頭に浮かんだ。
コーヒー おれも部長で終わりかというのがまずひとつ。まあ、同期入社300名のうち、上位1割には入ったのだから上出来だろうとも思う。
だが、部長引退後の行先がちょっとどうなのだろうか? 良いのか悪いのか、今の三木には見当もつかない。
それから住まいのことだが・・・・大宮に転勤した3年前、自宅のある辻堂から通勤するのは無理と判断して、大宮の街中にワンルームマンションを借りて単身で住んでいる。妻が毎週くらいに来て、お掃除や洗濯をしてくれる。また、翌週の献立を考えて食材の買い物をしてくれている。とはいえ炊事などしたくない三木はほとんど外食で、妻も最近は食材を買うのではなくレトルト食品をそろえてそれなりに偏りのないように考えてくれている。実を言って三木は妻が大好きで大変感謝しているのだ。
本社勤務になれば家に戻ることができる。3年の間に娘は京都の大学に進学して妻と高校生の息子の二人暮らしだった。家族一緒の方がなにかと良い。もっとも辻堂から東京に通勤するのも一苦労だなと思う。辻堂に戻らず、今住んでいる大宮のマンションから東京までの方が近い。だが、やはり自分の家に戻れるのはありがたい。家賃だけでも大変だ。ここを借りるとき転勤に伴う単身赴任の手当てについて人事と話し合ったが、辻堂から大宮は通勤圏内だと言われて、会社補助は辻堂からの定期分だけなのだ。定期代は月4万もしないが、ワンルームとは言えマンションは月8万以上する。
そうだ、ISO審査員というものを調べておかなくてはならない。いったいどんなことをするのだろうか。どんな勉強をしなければならないのだろうか。とはいえ、今すぐ動くのはまずいようだから、来週になってからにするか。だがネットとか書籍で調べておくことは問題ないだろう。
三木は定時までそんなことを考えていた。

終業のチャイムがなるとすぐに三木は退社して駅前の大きな書店に入った。ISOなどまったくわからなかいから店員に「ISOについての本がないか」聞くと、ISOのコーナーまで案内してくれた。「ISOコーナー」と看板がある。知らなかったがISOというものはそれなりのカテゴリーなのである。
店の人は「ISOの月刊誌もありますよ」と教えてくれた。ISO専門の月刊誌があることに驚いた。それも何社も発行しているのだ。
三木は好奇心もあり、月刊誌「アイソス」と「アイソムズ」の2冊と単行本を2冊買い求めた。それから近くの蕎麦屋に入る。今日は飲まずに早く帰って本を読もう、そう思った。
マンションまでは歩いて10分とかからない。本社に異動すれば通勤が大変だなと改めて思う。

マンションに戻ってからコタツにウイスキーとナッツの袋、ミネラルウォターなどをそろえてヨイショと座椅子に座り込む。さて、どれから読もうかと思ったが、なにごとも初歩的なものから始めるのが良いだろうと、タイトルに初歩とついている本を開く。
ウイスキー ときどきウイスキーをすすりながらページをめくっていく。今までなら10ページも読まないうちに瞼がくっついてしまうような本であるが、自分がこれからこの仕事をしていかなければならないという状況なので三木はものすごい集中力で1冊読んだ。読みながら不明なところや、重要だと感じたところにはアンダーラインを引き、後ですぐに見つかるようにポストイットを張り付けていく。彼はバカではない。一流私大に一発で入り、それから30年営業の第一線でそれなりの成績を出してきた。勘と度胸ではできるものではない。日々の勉強のたまものである。
1冊を1時間半かけて読んだ。150ページくらいしかないし、ISO担当者から見ればホンのさわりしか書いてないのだろう。とはいえ全くの初心者が内容を理解しようとして、その時間で読んだということはすごいことだろう。
時計を見ると8時を過ぎたところだ。
妻に報告しなければと思い携帯をかける。
ベルが2度鳴る間もなくすぐに出た。
三木の家内です
「ハイ、三木でございます」
電話
三木
「ああ、おれだよ」
三木の家内です
「あら、お父さん、今日は早いのね。酔っているようでもないし」
三木
「俺だって毎日飲み歩いているわけじゃないよ。あのさ、今日異動の内示があったよ」
三木の家内です
「その声の様子では支社長はないようね」
三木
「ご名答、まあ25年も付き合っているから当然か。ええとこれからのことなんだが、出向は出向なんだけど、予想していた関連会社じゃないんだよ。驚いたんだがISO審査員になれって言うんだ。ISO審査員なんて、お前は聞いたこともないだろう」
三木は妻がISO審査員なんて知らないだろうと思って説明しようとしたが、その前に妻が話し始めた。
三木の家内です
「あれ、私は卓球クラブに入っているって知ってますよね。クラブのお友達の旦那さんがISO審査員をしているっておっしゃってましたよ」
三木は驚いた。ISO審査員とはそれほど多いのだろうか。
三木
「ほう、じゃあお前は俺より詳しいようだな。なにせ俺はその言葉を今日初めて聞いたよ」
三木の家内です
「お友達の話では、なんだか出張が仕事のようで全国を歩き回っているんですって。週末には家に帰ってくるんだけど、日曜日の午後には翌日から仕事する町に出かけるって言ってましたよ」
三木は思いついた。
三木
「あのさ、その方に会ってお話を伺うことってできないかな。仕事についていろいろお聞きしたい。早い方がいいなあ。今週か来週か・・・」
三木の家内です
「その方の電話番号は知っていますから聞いてみましょう。おとうさんは今週の土日はこちらにくるということでよろしいですか?」
三木
「ああ、でももし先方の都合が悪ければ来週でもいいよ」
三木の家内です
「分りました。今晩はもう遅いですから、明日でも聞いてみますよ。その結果を携帯にメールすればよいですか?」
三木
「うーん、明日の夜こちらからまた電話するよ。もう仕事で飲むこともないし」
三木の家内です
「わかりました。あまり気落ちしないように」
三木
「バカなこと言っちゃいけない。同期で部長になれたのは1割しかいないんだから、ここまでくれば上々だろう」
三木の家内です
「それを聞いて安心しました。ショックで深酒でもされて体を壊したら困りますよ」
三木
「大丈夫だよ、安心してくれ」
電話を切ると、三木はまたウイスキーを注いで2冊目に入る。既に一冊読んでいるので、スイスイと進む。7割方は前の本に書いてあったことだ。それでも細かいところは違うし、著者による解釈の違いとかあって読む甲斐はある。2冊目は1時間で読み終えた。
二冊目を読み終えて三木は立ち上がり、A4の厚めのノートをもってきた。三木はノートやバインダー、クリアホルダーなどの文房具を常備している。仕事でなにか検討や調査するときは、そういったものにまとめる習慣がある。
まずノートの表紙に「ISO検討 VOL.1」と書いて、今読んだ本のポストイットの個所を開き、不明の個所を転記し、今自分が考えていること、分らないこと、調べるべきことなどをメモっていく。
それが一段落すると、またウイスキーを飲みながら「アイソス」という本を開いた。目次を見て驚いたのは、そこにあるのは今読んだ2冊と違い、専門用語ばかりがならんでいることだ。記事を書いている人の名前とか所属を見ても三木にはまったく聞き覚えもなく、どんなものか想像もできなかった。
面白いことに会社名は9割方がアルファベット数文字の組み合わせだ。頭にJがついているのが非常に多いが、これはジャパンだろう。それからQも多い。これはクオリティだろうと見当をつけた。Sはなんだろう、Cはカンパニーだろうか? しかしカンパニーなら末尾にくるだろうし、CだけでなくCo.となるのが普通だ。社名の英文字略称の中間にCはなんだろうと三木は疑問に思う。
ともかくパラパラとめくってみる。
一見しただけで、三木が今まで読んでいる業界誌とか製品カテゴリーの雑誌とは全く趣が異なっている。
記事を書いているのは認証機関の幹部らしい。さっきの本を読んで、ISO審査をする会社を認証機関と呼ぶことを知っていた。そこに書いてあるのはなんだか三木にはわからないが、難しい理屈をこねているようだ。
一体全体どうして
こんな難しい言葉を
使うんだ?

三木
営業で競合他社相手でも、お客様相手でも、社内の内輪話でも、こんな難しい言葉は使わないし、理屈をこねたことはない。
しかしなぜ難しい話をしているのだろう。いや、なぜ難しく感じるのだろうと三木は不思議に思う。
それでもあちこち読んでいるとパターンが見えてきた。専門用語が決まっていて、それを使うお約束があるようだ。そしてほんの10ページも読むと難しいというか三木に分からない日本語の単語というのはあまりないということに気がついた。英文のニュースを読むと学校で習わない単語がたくさん目につき手におえないという気になるが、実際にそれを拾い集めて単語帳を作ると実は数十語のニュース用語を覚えると、インターネットのニュースなどは簡単に意味をつかめる。それと同じ感じがする。
三木はISO用語の単語帳を作れば、アイソス誌を読むことは難しくはないだろうと見当をつけた。
はっと気がついてシーバスリーガルのボトルをみると6センチくらい飲んでいた。ちょっと迷ったが、もうやめた方が良いだろう。三木は立ち上がり風呂のお湯を出した。コタツの上を片付け、コップや皿を洗いながら考える。
よし、段々と見えてきたぞ、どうせ明日以降会社で仕事もないだろう。明日は勤務時間に外出して本屋をもう一度見てみよう。いや、インターネットで初歩の次くらいの本を探してアマゾンで注文した方が確実かな、いやいや、まてまて、インターネットにはISOの解説サイトなんてたくさんあるだろう。まずそのへんから始めるのが金もかからないだろう。
それと家内のお友達のご主人に伺うことをまとめておかねばならないな・・・・湯につかりながらいろいろ考える。
寝る前に三木はノートに風呂で思いついたことを書き止めた。明日の朝になると忘れてしまうだろう。思いついたアイデアや疑問に感じたことを書き止めておくとビジネスにつながるというのは三木の30年の経験から学んだことだ。いや、別にビジネスにつながらなくても自分の勉強になる。

布団に入ると、酒で内側から、お風呂で外側から温まった三木は、手足を伸ばしてすぐに眠りについた。
今の三木に昇進できずに悔しいとか、これからが不安だというような思いはまったくない。三木は基本的に楽天家なのだ。そしてそれを裏打ちするのは努力と好奇心である。

うそ800 本日の不安
新シリーズ初回の出だしはいかがだったでしょうか?
テレビ番組は初めの数回で運命が決まってしまうようです。
まあ、私の場合、視聴率が悪いからとか、スポンサーが気に入らないから打ち切りとかはありません。私がファイトをなくしたときが打ち切りです。

うそ800 本日の報告
このコンテンツの文字数を数えてみましたら全文でぴったり1万字、物語部分だけで8,600字でした。私もプロを名乗れるでしょうか 



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2014.10.30)
何というか、このリアリティというか悲哀感が・・・
事務局の話を書ける人間は居ても、こういう話が書けるのは、おばQ様をおいて他にはありますまい。

鶏様 毎度ありがとうございます。
悲哀!悲哀だけは私は豊富です。ボーナスとか昇進とは無縁でした。
傷心の日々も豊富でしたが


ぶらっくたいがあ様からお便りを頂きました(2014.11.01)
いやあ、実におもしろそうな始まり方で、先々が楽しみです。ハッピーエンドなのか悲劇で終わるのか、マトモな審査員に育つのかアホ審査員で終わるのか、ワクワクしますなあ。

ところで、
さっきの本を読んで、ISO審査をする会社を認証機関と呼ぶことを知っていた。
うーーむ? 2002年3月という時代設定であれば、不確かながら当時はまだ「審査機関」と呼称していたのではないでしょうか?
「認証機関」などと、権威をかさにきた言い方をするようになったのは、ISO17021の2007年改定以降ではありますまいか?
(それ以前の版を保有していないので、定かではありません)

うわー、突っ込まれましたねえ
言い訳ですが、1994年までは認証機関と自称していました。その後裁判になることを恐れて審査登録機関と名前を変え、おっしゃるようにISO17021ができてから再び認証機関と名前を変えています。
ここんところはですねえ〜、困ったなあ、
1994年以前の本があったということにしましょうか(言い訳)

審査員物語の目次にもどる