審査員物語2 審査員てなんですか

14.11.03
審査員物語とは

金曜日の夜、三木は辻堂の我が家に帰った。会社が終わるとまっすぐ帰ってきたが電車とバスを乗り継いて家に着いたのは8時を過ぎていた。これじゃ大宮までの通勤は無理だよなと三木は改めて思う。
三木
私が三木である

前回、帰宅したのはお正月だったから二月ぶりだ。まああと半月たてば、ここにまた住むことになる。だが今晩、東京から東海道に乗ってきたが、その混雑は半端ではない。マンションから会社まで歩いて10数分という今の生活を思うと、毎朝毎晩混雑した電車に耐えられるのかと不安になる。まあしょうがない、諦めるしかないのだろう。
今日帰宅したのは、夫がISO審査員をしているという妻の友人に、ご主人にお会いしてお話を伺いたいとお願いしたところ、土曜日の午後に会ってもらえることになったからだ。
十日ほど前に審査員に出向という内示を受けてから、三木は本やインターネットでいろいろと調べた。認証制度の仕組みや審査員になる方法、ISO規格の大まかな内容などは一応分ったつもりだ。
陽子
家内の陽子です
しかし審査員に必要な知識、具体的な勉強方法、審査員の生活など不明なことは多々ある。聞きたいことは無数にあるが最低限お聞きしたいということを紙にまとめた。といってもその数は多く、箇条書きにしてA4に3ページに及んだ。明日はこれを持って行って逐次ご教示を頂こうと三木は考えている。 遅い夕食を陽子と一緒に取った。陽子も久しぶりねとお酒を付き合う。
布団に入っても三木はなかなか寝付かれない。陽子の友人の夫という人が気さくでいろいろと教えてくれるといいなと若干不安である。営業で見知らぬ人に会うのは慣れているが、こういったことには慣れていない。

翌日お昼を食べてから陽子と出かけた。陽子は卓球が好きで三つの婦人卓球クラブに入っている。クラブの多くは練習が週一回なので、好きな人は複数のクラブに入っているという。もちろん大会には登録しているクラブからしか出場できない。他のクラブは正会員ではなく練習だけ参加という形になっているらしい。そのお友達も陽子と同様にあちこちのクラブに参加しているようで、住まいは三木の家から4キロも離れていた。久しぶりに三木は車を運転した。途中、陽子が和菓子を買った。
六角
私が六角です
どこかで見た記憶が?
陽子もその友人宅を訪問したことがなく、住所を手掛かりに戸建の並ぶ住宅地の中を少しうろうろした後にたどり着いた。
訪問を告げるとすぐに中に招かれた。三木は庭と建物を見て、同じくらいの生活レベルだなと少し安心した。
居間に座るとすぐにその夫なるものが現れた。年齢は60くらいだろうか、落ち着いた感じの人だ。わずかばかりの髪の毛を大事にしている。
六角さん
「六角です。いつも家内が奥様にお世話になっているそうで・・」
三木
「いえこちらこそいろいろお世話になっていると聞いております。本日は面識もないのにお世話になります。」
二人は名刺交換する。仕事でもないのに会社の名刺交換するとはおかしなことだと三木は心中思った。
三木の家内です
「私たちは向こうでお話していますからね」
奥さん二人は席を外した。三木は女性陣がいなくなってホッとする。
三木
「家内が既に話をしていると思いますが、私は今まで営業におりましたが先日認証機関にISO審査員として出向しろという辞令を受けました。ISOとか審査員とかまったくわからない、聞いたこともないもので、今いろいろと勉強しております。ああ、まだ出向先と接触はありません。
そんなわけで六角様からいろいろとお話を聞かせていただきたいと思いまして・・・」
六角さん
「それはそれは・・・・大変でしょうねえ。私のこともお話しておきましょう。実は私も2年前までは素戔嗚すさのお電子の営業部長でした。出向と言われたとき、私もISOなど見たこともなく聞いたこともない状態でした」
三木
「えっ、それじゃ六角さんも営業だったのですか?」
六角さん
「そうなんですよ。奇遇ですねえ、そういった経験から三木さんのお悩みとか疑問はよく分ります。
でもまあ、どんな仕事でも同じですよ。個人的な見解ですが、営業でお客様に物を売るよりはISO審査は楽ですよ。はっきり言ってISO審査なんてルーチンワークです。お客様からとんでもない条件を出されて対応に四苦八苦したり、受注するか否か決断に悩むということはありません」
三木
「それはベテランになられた六角さんから見たものでしょう。初心者というか全く知らない者からみたらまったく見当がつきません」
六角さん
「今私は品質と環境の両方の審査員をしていますが、最初は環境だけの予定でした。それで私の場合、会社が審査員になるまで10か月くらい環境管理について研修してくれました。あれがなかったら審査員をやってこれなかったと思います」
三木
「ほう、出向者にそれほど時間をかけて教育してくれるとは、すごいシステムですね。ISO規格の理解とか審査についての教育をしてくれたのでしょうか?」
六角さん
「いや、そういうことはなかったですね」
三木
「といいますと、どんな研修をしたのですか?」
六角さん
「もっとベーシックといいますかISO審査とは離れて、会社の仕組みとはどういうものか、いやその前に会社とは何かとか、会社の文書体系とか、会社の組織とはどうなっているのかという、そういう企業人が知っておくべき基礎からはじまりましたね」
三木
「はあ? 失礼ですが会社の規則など部長さんをされていたなら十分ご存じと思いますが」
六角さん
「疑問に思うのはよく分ります。私の場合出向を言われたのが57のときでした。長年会社で働いてきましたし、部長もしていたわけで会社の仕組みなど知っているつもりでした。でも定款がどのように展開されているか、会社の規則はどういう構成になっているのか、組織とは何かなんて考えたこともありませんでしたね。
そりゃ会社の規則というものは知っていましたよ。決裁とか契約とか費用の処理とか、そういうことをきめたルールを知らないと仕事ができませんから。でもそれまでは会社の規則とは仕事をやりにくくさせるものって意識しかありませんでしたね。しかしほんとうに基本、そうです基礎じゃないですね、基本ですよ、会社とは何かという基本を学びなおしたと思います。それによって審査をするときに、その会社がどういう仕組みになっているのか、どういう動きをしているのかということを見ることができるようになったと思います」
三木
「なるほど、すると表現が悪いですが、新入社員教育のレベルアップしたようなイメージですか?」
六角さん
「いや、まさしくそんな感じでしたね。
こんなことを言っては失礼ですが、三木さんもご自身の会社の規則体系とか、その中で環境に関してどんな規則があり、どんなことを決めているかご存じでしょうか? よその会社さんの審査をする前に自分の会社の仕組みを知る必要がありますね。審査員の中には以前自分が勤めていた会社の仕組みが最高だと考えている人も多く、中には以前の会社の仕組みでないとダメだと判断する人もいるようです。まあ、それは論外として、やはりひとつのモデルとして自分が働いていた会社のシステムをよく知り、そしてその良し悪しを知っている必要があります」
三木はなるほどと思う。六角が言ったことをメモする。
六角さん
「それから資格をとれと言われました。いっしょに3人が教育を受けましたが、それぞれの経歴によってチャレンジする資格が違いました。私の場合は、公害防止管理者水質1種をとれと言われました。それから危険物と特別管理産業廃棄物管理責任者でしたね。まあ、一番最後のものは講習を一日受けただけでとれますが」
三木
「そうそう、私は環境関連の資格はなにもありません。そういったものが必要でしょうか?」
六角さん
「審査をするには資格はいりません。ただ受験勉強すると、それに関連した知識が付きますし、その知識が審査のときとても役に立つというか、そういった知識がないと審査ができないですね。
それともうひとつ・・」
三木
「もうひとつ?」
六角さん
「資格は肩書にもなりますし勲章みたいなもので、ある程度資格がないと・・・あのですね、審査の前に審査員のスペックというか学歴とか業務経験を審査に行く会社に提示してその審査員を受け入れてもらえるという了解を取るのですよ。そのとき審査員の保有資格欄もありまして、ある程度というかいくつか資格が書かれてないと箔がつきません。まあ、資格がないから拒否されたという話も聞いたことがありませんけどね。
アハハハハ、実を言って保有資格と審査能力は関係ないと思いますよ。公害防止管理者というのは環境管理ではポピュラーというかメジャーな資格です。しかしその資格を持っていても、工場で実際に環境管理をしていた人と、単に試験に合格しただけの人じゃ比べようもありません」
三木
「なるほど・・・・話を戻しますが、六角さんは10か月の間、資格の受験勉強を教えられたということですか?」
六角さん
「いやいや、それは自宅で独習しました」
三木
「自宅で勉強されたと・・・すると会社ではどんな研修をしたわけですか?」
六角さん
「当時勤めていた素戔嗚すさのおでは、かなり充実したカリキュラムを作っていて、社内の環境監査や事故の対応など実地の経験を積ませてくれました。そういうことで目の付け所とか報告書のまとめ方などの要領といいますか、練習を積んで慣れたといいますか、ともかくそういった教育じゃなくて本来の意味のトレーニングを受けましたね」
三木
「ほう、すると素戔嗚さんにはそういった教育の専門家がいらっしゃると・・・」
六角さん
「教育の専門家とはちょっと違うと思いますね。私が教育を受けたのは環境管理部という部署で、そこに役職にもついてないのですが、とにかくISOにも会社の仕組みにも環境管理にも詳しい男がいましてね、その人が我々を鍛えたという感じですね。
あのう戦争映画なんかで鬼軍曹が新兵をしごくってのは定番ですよね。あんな感じの鬼軍曹でしたよ、アハハハハ、そう言えば新兵を鍛えるのは軍曹かまあ下士官と決まっていて、鬼士官というのは聞きませんね」
三木
鬼軍曹 「わかります、わかります。ハートブレイクリッジなんて映画がありましたね。クリントイーストウッドが鬼軍曹でした。
六角さんが鬼軍曹とおっしゃるなら、だいぶ年上で引退間近の人でしょうね」
六角さん
「いや私よりも若い、三木さんより若いですよ。三木さんは53とおっしゃいましたね、彼はまだ50になっていないでしょう。
あのとき毎日毎日いろいろときついことを言われてしごかれました。恨みしか抱かなかったですね。ヒラで年下のくせに言いたい放題で・・・でも今になると、そのとき教えられたこと、やらせられたことがすべて審査の場で役に立っていると感じますね」

三木は六角がほめるその教育担当者というものがどんなものか想像できなかった。しかし審査員になるにはそうとう実務経験を積んでないとならないように思えた。
三木
「六角さん、おっしゃることが見えませんが、具体的には現場を見て問題などに気が付く目ざとさとか、報告書を素早くまとめることなどという意味でしょうか?」
六角さん
「おっしゃるとおり。もちろん環境管理の現場で何年も実務担当していた人なら現場を見れば一目でまっとうか危ないか分るでしょう。でも私の場合そんな経験がありませんでした。本を読んで設備の名前や構造や運転を知っても、現場で正常なのか異常なのかわかりません。そういうことを教えられたということですね」
三木
「あのう・・・・私もほんのここ一週間ですがいろいろと本などを読んで調べております。審査員になるには、審査員研修というのを受けますね、あれはそういったことの勉強なんでしょう?」
六角さん
「審査員研修ですか・・・研修ではISO規格の説明とマニュアルのチェック方法を教える程度で、実際の審査に役に立つようなことは教えてくれませんね。法律も教えないし、現場も見ないし。だって考えてごらんなさい、たった5日間でしょう。新人が営業実習に1週間来たとして、どれくらい教えられると思いますか」
三木
「なるほど、確かに言われてみるとその通りですね」
六角さん
「私ばかり話してもしょうがありませんね。三木さんのご質問をどうぞ、特に秘密もないですから何でも聞いてください」
三木は持ってきたブリーフケースを開けて、中からコピーした資料を取り出す。2・3枚ホチキスでとじたものが二つあり、ひとつを六角に渡す。
三木
「私が知りたかったことをリストしています。今までのお話で分かったこともいくつかあります」
六角は資料をながめて首を細かく振っている。病気というよりも癖なのだろう。
六角さん
「じゃあ、順に私の考えを話していきましょう。お断りしておきますが、私個人の見解です。他の方はまた違った意見かも知れません。そのへんは三木さんが考えてください」
三木
「わかります。どうぞ」
六角さん
「まず勤務形態ですか、私の場合、勤務している認証機関が出張計画を立てて、その指示通り動くことになります。会社に行くのは月に2回くらいでしょう。もっとも主任審査員になると判定委員会に出たりしますのでもっと行くようです。それで会社に私の机はありません。私のような立場の者用にいくつか机がありますが、ひとつの机を何人かで使う塩梅ですね。まあ、もっとも会社に行くことはめったにありません。
ああ、私はまだ資格が審査員なので、審査リーダーはしません。主任審査員と審査員のランクがあるのは分りますね」
三木
「存じています。そうしますと、休暇などはどうなりますか?」
六角さん
「もちろん休暇はあります。休むときは、ひと月くらい前に事務方に言っておかないとなりませんね」
三木
「病気とか不幸などがあれば・・・」
六角さん
「そういうことはままあります。まあそれは当然休むことになります。
そのときは事務方が審査員の都合を付けるのが大変なようです。とばっちりを受けた審査員は出張している出先に連絡があって、急にどこに行けとかいう指示を受けることになります。私も経験があります」
三木
「なるほど、それじゃ健康でないと勤まりませんね」
六角さん
「おお、そうです。健康というよりも体力ですか、もっともそれは二つの意味がありますね、
まず病気をしないことが大事ですね。病弱ですとこの仕事はむずかしい。三木さんは持病がありませんか。まあコレステロールが高いくらいは問題ないでしょうけど、
それからもうひとつは本当の体力、パソコンや資料それに着替えなどを持ち歩きます。一回の出張で1社ではなく3社くらい渡り歩きますので、全部合わせると10キロどころではありません。紙の資料って結構重いんですよ」
三木
「それほどの荷物を持っていたら、飛行機はともかく普通の電車やバスでの移動は大変ですね」
六角さん
「まったくです。三木さんは体力がありますか?」
三木
「うーん、人並みとは思いますが・・」
六角さん
「ええと次は・・・資格の話は先ほどありましたが、個人的には公害防止管理者の水質1種と大気1種を取っておくべきだと思います。私を指導した奴は分っていたんですねえ〜そういうことを」
三木
「その〜そういった資格を取るのは大変なのでしょうか?」
六角さん
「そいつが言ってたのを覚えています。三月三時間て、」
三木
「三ヶ月毎日三時間勉強するということですか?」
六角さん
「そう、そして試験は年1回しかないのです。9月末だったと思います。今3月ですから、三木さんは今から勉強を始めたら大丈夫ですよ。産環協というのがありましてね、実を言ってその試験をする団体ですが、そこが通信教育をしています。これを受けるのが一番ですね。独学では大変です。
おっと、水質1種と大気1種を同時に受験するなら6か月3時間は必要でしょう。正直言って今からがんばってどうかというレベルですね」

三木はメモをする。
三木
「環境法規制については、どのくらい知っておくことが必要でしょうか?」
六角さん
「法律についてどれくらい知ればよいのか? アハハハハ、それはもうきりも限りもありませんね。
私は審査員になって2年になりますが、今でも力不足を痛感しています。ですからヒマな時や電車で移動中にプリントした法律を読んだりしていますよ。
それからね、ISO規格で環境法規制とありますが、環境法規制と区切ることはできません」
三木
「ああ、環境と名前がついていない消防法とか安全衛生関係もあるということですね」
六角さん
「そうじゃないです。法律は全部守らなければならないわけですから、法規制はみんな知っておく必要があります。印紙税法、下請法、消費者保護法・・」
三木
「うーん、もし審査でそういったものに不具合があれば環境に関係しなくても、例えば印紙金額が不足していれば不適合だということですか?」
六角さん
「ご名答、環境側面に関わる法的要求事項ですから、印紙金額が不足でも、支払いが法律より遅くてもまずいからです」
三木
「それじゃ、道路交通法なんてまで考えるのですか?」
六角さん
「環境に限定されないけど、現実に存在するものに限られるでしょう。実際に起きていないのに不適合にはできないでしょうね。不安があっても、観察というかノートというか。
道路交通法を例に挙げると、私の経験ですが、ある審査で廃棄物のマニフェスト票を見て過積載だと指摘しました。それは正しい指摘だと思います。現実に違反が起きていますからね。
ただ別のときですが、関係する法規制のリストに道路交通法が記載されていないから不適合だと指摘した審査員もいました。これは言いがかりでしょうね。だって現実になにも問題が起きてませんから。
先輩審査員が出した不適合に笑ってしまったものがありましたよ。販売会社でしたが、そこで水質汚濁防止法が考慮されていないと問題にしたのです」
三木
「はあ、よく分りませんが」
六角さん
「その先輩審査員の考えでは、社有車が事故を起こしてガソリンが漏れて側溝や川に流れ込むことを考慮していないとのことでした。
そんなことを言いだしたら規模の小さな会社でも将来大企業になったとき省エネ法に関わるとか、他業種に進出したときを考慮していないとか、そんな考えではもうムチャクチャですよ。でもそういう考えの審査員はけっこういますよ」

これは実話である。正直言って考え方次第で、それもありかなあ〜という気もする。
だけどISO14001を認証している会社で、社有車からガソリンが漏れた場合は水濁法に該当するとしている会社はいかほどあるだろうか?
電気自動車とか水素自動車が普及すれば、社有車の環境側面の数が事業本体よりも多くなるかもしれない?
中国ではスマホのリチウムイオン電池爆発は珍しくないから、業務用の携帯やスマホはすべて危険で著しい環境側面になることは間違いない。

三木
「なるほど、いろいろあるのですね。それはともかく、そうしますと環境と限定せずに業務監査と考えても良いように思えますね」
六角さん
「実は例の指導者にそういったことを教えられました。もちろん、内部監査と審査という二つのケースに分けて考えないといけません。
内部監査については彼は環境監査とか品質監査というものはないといっていました。あるのは会社の業務が、法規制や会社のルールに則っているかいないかを見る監査だけだと
ISO審査については、会社側はISO規格対応でこんなことをしています、こんな法律が関係しますと説明する義務はなく、審査員が会社の実態を見て、規格に適合しているか、法律を守っているかを見る力がなければならない。審査で会社に負担をかけてはいけないって言ってましたね。となると、もう環境に関する法律を分けて考える意味がありません。会社が事業を行うにあたって関係する法律をすべて守らなければならないというだけです。ただ審査の際には、環境の範囲だけチェックするということでしょう。もちろんそのとき印紙金額不足なら不適合として良いと思います」
三木
「いやあ、大変ためになります」
六角さん
「あのですね。認証機関によってカラーがあります」
三木
「はあ?」
六角さん
「日本には50いくつかの認証機関があります。そしてそれぞれ独自の規格解釈をしているのが実態です。認証制度というものは、ISO規格に基づいて審査をして認証を与えるというのが建前ですが、実際はそれぞれの認証機関が自分たちの解釈通りかどうか確認して認証を与えているというのが実態ですね」
三木
「認証機関のばらつきがあるのですか?」
六角さん
「非常にありますね。そして単にばらつきがあるだけでなく、許容しがたいバラツキがあるということです。
実を言って私は某認証機関、いや名前を言いましょうナガスネ環境認証機構というところに出向する予定でした。ところがここがトンデモない間違い解釈で有名なんです。それで私はそこに出向したくなくて、いろいろ動きまして今のツクヨミに出向したというわけです」
三木
「私の会社もそのナガスネの株主になっていると聞きますから、出向するとなるとそこでしょうか?」
六角さん
「まあ、世の中自分の思い通りにはいきませんから、多少妥協は必要でしょう。ただその認証機関の考えに納得できないということもあるでしょう。そういうときは自分を殺してもそこに考えを合わせるのか拒否するのかは考えなければならないでしょうねえ〜。
まあ私は自分が納得できないような審査とか、人から笑われるような審査はしたくありませんでした」
三木
「なるほど、そういうことは初めて聞きました」
六角さん
「可能なら御社の工場の審査に立ち会うとよいでしょう。それも認証機関が異なるものを複数見学することが良いですね。実は私は研修期間中に見学をしたのがとても参考になりました」

三木はまたメモをする。
六角さん
「次の問いですが、定年後も審査員ができるのかということですが、難しいと思います」
三木
「はあ? 関連会社に出向しても62とか63までだけど、審査員になれば定年がないなんて甘い言葉を聞きましたが・・」
六角さん
「今はそうかもしれません。ただ私も営業出身でしょう、認証ビジネスのマーケットの推移というものをいろいろな観点から調べるのが趣味になりましてね、このビジネスはあと数年、そうですねえ〜、2005年か2006年がピークのように思います」
三木
「へえ、倍々ゲームで拡大していると聞いてましたが」

登録件数推移
このお話の舞台は2002年である。
上のグラフの2002年までをみれば倍々ゲームはともかくものすごく増加していたことが分るだろう。しかし驕れる平家は久しからず、2006年をピークにあとは減るばかり・・・


六角さん
「確かに過去5年間は倍々ゲームで大きくなってきました。でも増加を見るだけでなく、増加の増加、つまり微分係数をみればもうマイナスになっていますよ。つまり曲線が上に凸なんです。時間が経てば減ることは必然です。まあ、それが3年後なのか4年後なのか」
三木
「そんなに近い将来なのですか?」
六角さん
「間違いないですね。おっと、今の話はISO9001の場合です。ISO14001ではピークはそれより2年くらい遅いでしょう」
三木
「いずれにしてもピークが来て、それからは減っていくということですか?」
六角さん
「そうです。そして認証ビジネスは必要な会社だけが対象となる。私の想像ですが、ええと、1992年でしたか、EU統合は」
三木
「1993年です」
六角さん
「1993年ですか、そのとき域内の商取引の条件としてISO9001が採用されました。それは域外からのEUへ輸出品にも適用されました」
三木
「すみません。まったく・・」
六角さん
「あ、難しいことじゃありません。欧州統合になって完全に域内が自由化されたら、高賃金の国に低賃金の国から商品を持ち込めば有利ですよね。それで域内と言えど国境を超えるにはISO9001認証した工場の製品であることという条件が付されたのです」
三木
「なるほど、そして当然域外から域内に輸出する場合もISO認証が必要条件になったと・・」
六角さん
「その通り、だから日本の企業は、例えばコピー機とか当時はパソコンもありましたね・・・いや電子機器に限らずあまたの工業製品が対象となったわけです。でも日本中の企業が認証が必要となったわけではありません。対象となった工場はせいぜい1万以下だったでしょう。しかしその後、ISO認証すると品質が良いとみられるとか、工事入札の条件とか、そこまで行かなくても加算点がもらえるとか、あるいはバカバカしいことですがISO認証すると会社が良くなるなんて誤解が広まって日本でISO認証する企業が増えて今があるわけです。それで今では35,000件にも増えたわけです(2002年時点の登録件数)
三木
「先走って失礼ですが、つまり六角さんは最終的にEU統合時に必要だった企業だけがISO認証を継続するだろうとお考えというわけですか?」
六角さん
「その通りです。現在のISOはバブルです。バブルとは経済学では、ものそのものの価値ではなく、価格が上がるだろうという期待によって実態以上に評価されることをいいます。使用価値ではなく投機ですよ。でもISO認証そのものが売買できるわけでもないのに、バブルというのもおかしなことだけど」
三木
「なるほど・・・・六角さんはすごいですね」
六角さん
「すごくないですよ。今の話は2年も前に私を教えたその若造が言っていたことです」
三木
「するとISO認証というビジネスは長くは続かないわけですか?」
六角さん
「まあ、そんな深刻な顔をしなくてもいいじゃないですか。私は57で出向しました。今59歳でまだ出向の身分です。定年したら今の認証機関で契約審査員にしてもらおうと思っています。市場規模が減少するとしてもあと5・6年は大丈夫でしょうから、66くらいまで仕事を続けられるでしょう。ときと共に年収は減少するでしょうが・・
まともに会社に残っていたら、例えば関連会社の役員になったとしても63くらいまででしょう。あとは年金待ちですよ。そんなことを考え合わせると悪いこともありません。
三木さんは私より6歳も若いわけで、そのとき状況がどうなるか、なんとも言えません」

三木はなるほどとうなずいた。
ものは考えようだ。自分の世代が大丈夫なら良しと割り切ることも必要だろう。今自分が扱っている製品が、10年後にあるとは思えない。
三木
「あのう〜、普通のビジネスなら製品が陳腐化すると、それに代わる商品を開発して世代交代していきますよね。新商品というか新しいビジネスを企画するという発想はないのでしょうか?」
六角さん
「わかります。お互いにマッキンゼーとかボストンなんちゃらを一生懸命に学んだくちでしょう。認証ビジネスにおいて最初に品質保証が来て、次に環境マネジメントシステムが現れ、そして品質マネジメントシステムになって、自動車、通信などのセクター規格、情報セキュリティや安全衛生なども話題になっています。だけどそういうのは代替えにならないような気がしますね。同じカテゴリーで切り口を変えただけって気がします。ですからすべて一緒に終末を迎えるような気がしますね。
もっと毛色の変わったもの、現有のリソースを使って認証でないビジネスができないのかなと私個人は考えています」
三木
「とおっしゃいますと?」
六角さん
「内部監査の代行とか、環境事故の予防点検とか、調達先の評価とか、まあ私個人が考えているだけですよ。いずれにしても検討事項は山積みですが・・・」
三木
「課題はなんでしょうか?」
六角さん
「認証制度において、何か問題があれば誰が誰に対して責任を負うと思いますか?」
三木
「責任ですか?
つまり審査して認証して問題があったとか、審査で間違った判断をしたときということでしょうか?」
六角さん
「まあ、いろいろなケースがあると思います。実際には認証機関は誰に対しても責任を負いません。昔、やはりその若造から聞いた話ですが、ISO9001の審査のとき審査員が改善策を言って、それを実施したら問題が起きて損害賠償騒ぎになったことがあるそうです。ですから審査員は審査ではアドバイスはしてはいけないといわれました。もっとも最近は審査では適合性だけではなく、気付きを与えることが望ましいなんて言ってますね。気づきを与えるのと改善策を例示するのと違いがあるのかないのか、どうでしょうかねえ〜」

六角と三木は夕方近くまで話をしていた。
奥様連中はどこかに出かけていたようだが、帰宅した気配があり障子が開いた。
三木の家内です
「もう外は夕暮れですよ。お父さん、そろそろおいとました方がよろしいのではないですか」

腕時計を見ると5時半を過ぎていた。まだ彼岸前で既に表は暗くなっていた。
三木は座りなおして六角に挨拶する。
三木
「六角さん、今日は本当にありがとうございました。非常に参考になりました。来月から本社に異動になって教育を受けますが、疑問があればまたご指導をお願いします」
六角さん
「私にできることならいつでもどうぞ、メールは毎日見ています。でも私の教育係の鬼軍曹のように環境管理の実務経験があるわけでもないし、造詣ぞうけいが深いわけでもありません。教えるには力不足ですよ」
三木
「六角さんのお話に何度も出てきた、その教育係という方にぜひともお会いしたいものです」
六角さん
「ご希望でしたら紹介しますよ。今も大手町の素戔嗚本社にいるはずです。お宅の本社から歩いて数分でしょう。でもね、なんというかなあ〜、私が今あるのは彼のおかげだと分っていますし感謝しています。だけどね、ホントのことを言って、毎日毎日、これをしろ、あれをしろ、できたか、まだか、遅いぞ、仕上がりが悪い、お前はダメなやつだとダメだしされますとね、もう憎さしかありませんよ。
でも、でもですよ、あのときあいつが愛想良くて、私が物覚えが悪くてもニコニコ、報告書が適当でもほめていたら、私は認証機関に出向してから大変だったのは間違いない。
だけど、教育期間中は楽しい日々ではなかったなあ〜、憎んでいましたね」
三木
「なるほど、ともかく、私は来月から本社に異動して教育を受けるようになるのですが、鬼軍曹にいてほしいですね」
六角さん
「あ、それからもうひとつ、審査員は管理者じゃありません。作業者です。それを自覚しないと・・・」

三木は六角の最後の言葉を理解できなかった。

うそ800 本日の予想
今回は六角さんが友情出演でしたが、いつか佐田さんの特別出演があるかもしれません。

うそ800 本日の失敗
このシリーズは1話10,000字以下にするといいましたが、2回目にして12,000字をオーバーしてしまいました。継続的改善を図らねば・・・
あっ、継続的改善てパフォーマンスじゃなくてシステム改善でしたっけ 



名古屋鶏様からお便りを頂きました(2014.11.03)
何だか雲行きが・・・「真っ当な審査員」になるのがチト早くないですかw?

鶏様 なんですと!
まっとうな人間がまっとうな審査員になるとは限りません キリッ


ぶらっくたいがぁ様からお便りを頂きました(2014/11/4)
2002年時点でそのような地動説派の現役審査員が実在したとは到底考えにくく、お話としては、トンデモ審査員を登場させて主人公がハチャメチャ解説の洗礼を受けてねじ曲がっていく方がずっとおもしろかろうと思う次第であります。キリッ

ぶらっくたいがぁ様 毎度ありがとうございます。
地動説が昔は存在しなかったわけではありません。B▽とか左右QAなどは元からまっとうでした。一般に外資系の方が国内資本よりまっとうです、今もですが。
そしてそういうことは昔から世に知られていました。J△○○の研修を聞きに行く人たちは、この認証機関の審査を受けるために、その間違った考えを学ぶ(?)ために来たという人が多かったのです。本当はそんな認証機関に頼みたくなかったのです。でも業界関係とか親会社からの圧力などで、認証機関の選択が自由にできなかったのです。
ですから企業の担当者にも地動説派は昔からいましたし、審査員になるならまっとうな審査員になりたいと思う人もいました。私は1997年から審査で議論ばかりしていてラチがあかず、認証機関を指導したいと思っていました。
なお、ストーリーですがみなさんのご意見(茶々)によりいかようにでも変わります。
ただ私としては普通の知能がある人が、ISO規格を読めばトンデモなお考えには染まらないだろうと思います。しかし特定認証機関に入ればその考え方のギャップで迷うことになり、そのとき考え方の違いだけでなく、天動説を唱える上司やボス審査員との力関係とそれらからのイジメなどが物語になるかなと思っていました。
仮にぶらっくたいがぁ様が三木部長だとしましょう。ISOに関わりがなかったぶらっくたいがぁ様が、ISO規格をひたすら読み、ガイド62やガイド66(ISO17021の前身)を読んで地動説になりますか? ならないでしょう。
そういう観点から考えると、地球の動きについては本質的に天動説になりやすく、ISOについては本質的に天動説になりやすいのではないかと思います。しかしそう仮定すると更なる疑問がわき出てきます。それならなぜ日本では地動説が大勢を占め、そして今でも地動説を信じる審査員がいるのかということです。これまた仮定ですが、ISO14001が生まれたばかりのとき日本でそれに関わった人は非常に少なく、草分けの一部の人たちがそれを解釈するときに天動説を採用しそして日本に広めたということではないかと思います。実を言ってその数人のお名前も存じあげております。
ISO14001の認証が始まったとき、その某認証機関が日本の認証の過半数、いや大多数を占めていました。そしてその考えでないと不適合になるという実態があり、企業は否応なくその考えを採用したのです。なにせ当時は一刻も早く認証しないとビジネスに遅れてしまうという恐怖の競争がありました。そしてその結果、他の認証機関にも天動説が広まっていきました。もちろん直接的に染まったわけではありませんが、企業が天動説のときにそれを否定するのはこれまた審査ではありえませんから、黙認することになり・・
なお、マネジメントシステム物語においては六角氏の教育段階で天動説を信じた人もいたことを思い出してください。
なお、マネジメントシステム物語と今回のお話の時間的関係は完全に一致させているつもりです。

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