「ちはやふる」

2014.01.14
お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、ぜひ読んでいただきたいというすばらしい本だけにこだわらず、いろいろな本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからこの本の内容について知りたいという方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。

著 者出版社ISBN第1巻定価巻数
末次 由紀講談社97840631923912008/5/13450円2014年1月時点
23巻 継続中

これは少女漫画である。少女漫画というのは中学校とか高校生くらいの女子を対象に、初恋とか性の目覚めとか仲間との友情や葛藤なんかを描いたものが普通である。
しかしこの漫画は初恋もなく、性には無縁で、まして三角関係もない。友人に対する視点も同性・異性に対してまったく同じで、カルタという競技を通じての友情と競争心という、まったく少女漫画と無縁の世界だ。
そう、この漫画は百人一首の競技カルタのお話である。幼なじみの少年二人と少女一人が、カルタをとおして成長していくという物語で、ときにはカルタが嫌いになったり、止めようと思ったりもするが、やはりカルタが好きで精進するというオハナシ。

ちはやぶる
百人一首のカルタは、例えば
「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川
 からくれないゐに 水くくるとは」

上の句「ちはやぶる・・」と読むと、下の句「からくれない・・」と書かれた札を探すわけです。
なお「かな」に濁点を付けるようになったのは明治以降とのことです。しかしそれは一般的ではなかったようで、戦前の法律には濁点はありませんでした。
更についでですが、「水」は今はかなでは「みず」と書きますが、旧かなは「みづ」で、更に遡ると器に満つるからきたらしいです。

カルタとはすごろくとか人生ゲームとか囲碁のように、身体的能力に依存しない室内ゲームとは違う。この漫画をみると、体を使う体育会系のゲームのようだ。何時間も座って闘うためにランニングで体力をつけ、姿勢を保つ筋力と柔軟性を付けるため体操やストレッチに励む。
そしてカルタを読む人の音をとらえるには耳が良くなければならず、年齢と共に聴力、特に高い音を聞く能力は低下するから若い人が有利という。相手の手とぶつかり合うので怪我もする。爪の長さにも気を使う。
じゃあ、スポーツ根性ものとまでいかずともスポーツものかというと確かにそうなのだが、一般的なスポーツものとは違う。過去の大ヒットしたスポーツものの多くは、主人公が次々と現れる強敵を倒し続けていくというストーリーが多い。「スラムダンク」、「ドラゴンボール」、「風の大地」「アグネス仮面」その他もろもろ。物語が続くためには新たな強敵が必要で、最後の強敵を倒して、あるいは主人公が倒れて物語は終わる。
しかしこの漫画のライバルは常にそばにいる昔からの幼なじみである。そしてただ相手に勝てばいいというのではなく、相手の努力に報いるために自分も努力しなければならない、そしてお互いに高みに上ろうという、けなげというか、教訓的、模範的な物語である。そうなると「巨人の星」とか「あしたのジョー」を思い浮かべるが、あのようにストイックで暗いお話ではなく、あっけらかんと明るい青春ものなのである。とすると「ヒカルの碁」かとなるけれど、あれは神がかり的なところが根本にあるし、あげくに後半ではストーリー自体が訳が分からなくなってしまった。そんな風になってしまったのは、隣国を含むいろいろなところからの圧力があったとうわさされている。「ヒカルの碁」に比べてこの「ちはやふる」はテーマははっきりして、ブレがなく単純明快だ。
そして青春は若者3人組だけでなく、彼らのカルタの師匠である医師は、57歳にして名人位の挑戦者になる。彼も青春真っ只中なのだ。
「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ」と誰かが言った。

ストップ
とこれまで書いたことは前振りというか、まくら言葉というか、話のきっかけであって・・・・この漫画を読んだ妄想が、本題である。
ストップ
私は恥ずかしながら、競技カルタというものを、この漫画で初めて知った。それどころか実を言って私は百人一首の歌など二つ三つしか知らない。とはいえマンガの中でもカルタに書かれた和歌の意味を知らないで、カルタをしている人もいるから、そんなことはたいして問題ではないのだろう。ゴルフをする人がゴルフの歴史を知らなくても良いように、カルタ取りはスポーツであり、読まれた音を聞いてどの取り札かを推察し、記憶した場所にある札を一刻も早く取る(はじく)ということにすぎない。
ともかく私が競技カルタを知らなかったことは恥でもないようで、それがマイナーな競技であることは間違いない。ウィキペディアによると競技カルタをしている人は日本で2,000人ないし1万人という。
ちなみに日本で1年間にスポーツをした人数は

スポーツ名実施者数
 ボウリング1,400万人
 水泳1,200万人
 登山(ハイキング含む)1,000万人
 サイクリング1,000万人
 釣り900万人
 ゴルフ900万人
 野球800万人
 サッカー(フットサル含む)600万人
 スキー・スノーボード600万人
 バドミントン500万人
 卓球500万人
 テニス500万人
 ゲートボール80万人
『平成23年社会生活基本調査(生活行動に関する結果)』総務省

剣道、柔道などはもっと下で、インディアカ300,000人、アイスホッケー21,000人、フィギュアスケートが11,000人、カーリングというのは冬季オリンピックで有名になったが、日本国内の競技人口は2,500人だそうです。セパタクローの2,000人などはランク外である。
仮にカルタの競技人口が最大の数字を取って1万人としても、非常にマイナーであることは間違いない。

ボウリング>ゴルフ>卓球>テニス>>フィギュアスケート>カルタ

カルタはスポーツじゃなくて室内ゲームだろうとおっしゃる方、あなたは正しい。ではそちらを見てみよう。
将棋 オセロ人口が2,400万(レジャー白書2005年)と言われる。まあ、幼稚園児にもできるのだから、そんなものだろう。
囲碁人口の減少が言われて久しいが、それでも2012年で200万人(同)と言われる。30年前は1,100万と言われていたのだからものすごい減り方だ。私も15年前に囲碁を止めた一人なので、囲碁人口の減少に少し責任があるのだろうか?
将棋人口は囲碁よりも多く600万(同)だ。囲碁・将棋をする人が、カルタをする人より多いのは間違いない。そういや、総武線のどこの駅のホームでも「麻雀」とか「囲碁・将棋」なんて看板が見えるが、「カルタクラブ」なんて看板を見たことはない。
家庭用ゲーム機人口は3,000万(2009年)、パソコンゲーム人口が1,200万(2009年)で合わせて4,200万。カラオケ人口は4,600万(2012年)だそうだ。
私が子供の頃はメジャーというよりもほとんどの子供の趣味であった切手収集は、今やマイナーどころか絶滅が懸念されているまでに減ってしまったが、それでも21世紀現在3万人いるという。
どうみても競技カルタ人口は、非常に少ないことは間違いない。

カラオケ>ゲーム機>>将棋>囲碁>>>切手収集>カルタ

話はパット変わる。私はマンションの老人クラブに入っているが、メンバーのみなさんはいろいろなご趣味をお持ちである。
会社を辞めた人の過半数はフィットネスクラブに行っている。そういうのはメジャーというよりも芸がないといわれそうだ。スウェーデン刺繍とか日本舞踊とか詩吟とかいぶし銀のようなことをされている方もいる。
流木を拾ってきて、それをみがいて塗料を塗ってきれいに仕上げ置物にするとか、地元のお地蔵さん、小さなお宮の由来の調査なんてされている方もいる。そうなるとマイナーな趣味どころか、ユニークなご趣味というべきだろう。
一人一人事情聴取したわけではないから、実際はもっと多様で様々なことをしているだろう。あるいは自分がしていることを趣味と思わないかもしれない。すべての趣味は、はじめはお仕事とか健康のためとかで初めて、いつしか純粋に個人的楽しみでするようになったのかもしれない。料理が趣味というのは珍しくない。ならば洗濯だって掃除だって子供のしつけだって「趣味です」と言っておかしくない。実際に「家内が趣味」と語っていた某県知事もいた。
ところでこの場合の趣味とはどう考えるべきだろう?
SとかMというのではないだろうと思うが?
ということは、私は老後の生きがいをありきたりの趣味に求めるのではなく、マイナーであっても自分に合ったものを探すべきだということに気が付いたのである。
そう考えると新しいことを探すのではなく、今していることを趣味にまで高めれば同じことをするにも苦しみではなく楽しみ、義務ではなくやりたくてしょうがなくなるのかもしれない。
うーん、これは新年早々いいことを思いついた。とりあえず風呂洗いを趣味にしよう、洗濯を趣味にしよう、お掃除を趣味にしよう、ベッドメーキングと・・・そうすれば嫌な家事はなくなると思う。
いずれにしても、カルタを趣味にするつもりはさらさらない。だって老眼で近眼で、突発性難聴で片耳が聞こえない、歳をとって体が硬く動きがにぶいという障害があれば、十二分にカルタに不向きである。



会社社員様からお便りを頂きました(2014.01.15)
おばQさま
本日 1/15は、宮中歌会始めで、まさに時期に相応しいお話ですね。
現代のような、百人一首の読み上げは、万朝報を創刊した明治のジャーナリストで作家 黒岩涙香が作ったとされて、「競技かるた」も、同誌の読者への宣伝の為の競技会に発しているようです。
歌会は、戦後 廃れてしまったものの代表ですが、昭和初期までは頻繁に行われていて、それがあったから、百人一首も 遊びとして、また競技として定着したのだと思います。
和歌とは、本来は その名の通り 歌われるもので、歌会では和歌に節をつけて披露しました。
これを「披講」と言います。 宮中歌会始めでは、今でもこの作法を守っています。
私は、人のやらない事をやるのが好きで、この和歌披講に関わっています。

本来の和歌かるたは、和歌懐紙から発展したので、手書きの変体仮名でした。
http://www.tengudo.jp/blog/archives/347
これですと、変体仮名が読めないととれません。
これが競技カルタの為に、読みやすい「ひら仮名」の札が作られたのです。
当時は、男女が 楽しく楽しめるものが少なかったので、カルタ会は 重要な場だったかもしれません。
万朝報が開催した第1回大会は明治37年で、この大会の普及により 「標準かるた」として、今の百人一首カルタが普及しました。
その後 時はうつり、昭和7年に、黒岩涙香 13回忌追悼かるた会が開かれています。
この時には、落語家 柳家小さん(4代目)が「ちはやふる」を語っているのです。

ISOとは全く無関係なお話になりましたが、本日 15日が宮中歌会始めなので、どうぞご寛恕を。
全てのものには、栄枯盛衰があり、歌会や百人一首競技かるたが廃れたもの、時の流れです。
ISOの認証も、多分 これからも変わってゆくのだと思います。
 外資社員

外資社員様 毎度ありがとうございます。
うわーと思いました。何事にも始まりがあるのですね。そして悲しいことに終わりがあるものもあるのでしょう。
「ちはやふる」を読んで、百人一首に興味を持ちまして解説書なんて一応は読みました。そんな中で気に入ったといいますか、気になったのを一首
「花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり」
これって私の今を語っているのでしょうか?
ちょっと非情というか、なんというか・・・・まあ、時代は変わろうと老いは変わらず、人生はいつかは終わり、歌に詠まれるだけ幸せなのか・・・

目次にもどる