マネジメントシステム物語24 保管、包装、保存

14.01.08
マネジメントシステム物語とは

川田は星山専務から、タイの状況を調べるよう頼まれた。川田の知り合いは何人もタイの工場に出向しているし、出向していなくても出張ベースならほとんどがタイに行っていた。とはいえそれは川田が出向した頃の情報だ。今はどうなのだろうか?
まず川田は本社勤務の知り合いに電話をかけた。最近タイの工場に行ったかと聞くと、しょっちゅう向こうに行っているとのことだ。話を聞くと、川田が出向した1年半前とは、もうだいぶ状況が変わってきている。
素戔嗚すさのお電子はいくつもの工場がタイに分工場を作っている。最初の段階では、部品をすべて日本から送り、タイの工場で組み立てをして、できた完成品を日本に出荷していた。現在では部品を現地で調達あるいは生産する段階になったところらしい。そして完成したものを日本に出荷するだけでなく、タイの市場への進出も始まっている。当然現地でのBtoBもあり、当社が他社へ部品供給も始めているということだ。
その人は、大蛇おろち機工が小規模なプレス工場を現地に作るのは止めた方がいう意見である。進出するなら大々的にするか、親会社の中に場所を借りて細々とやるかしかなく、後者ほうがリスクはないだろうという。また会社設立するにはいろいろと規制があるらしいが、電話の相手も良く知らないようだった。
川田はお礼を言って電話を切って、また別の知り合いに電話する。

二人目も毎月のようにタイに行っているという。もっとも実際の仕事はどうでもいいようで、むしろ休日のゴルフのすばらしさ、平日は会社帰りに出張者や向こうの駐在員と毎晩パッポンとかタニヤに行く話を楽しそうに語る。
川田はそれをバカバカしいとも思わずに聞いた。 ゴルフ いや川田がそんな歓楽街に行きたかったわけではない。大蛇機工もタイに進出すれば、出向者はそういうところに行くだろうし、そうなれば家庭争議や使い込み、いやそこまで行かなくても犯罪に巻き込まれたりすることを懸念した。そしてまた、ゴルフをするときは脱水症状に気を付けろ、足がつるぞというのを聞いて、病気にも注意しないといけないなと思う。
三人目の人は向こうには日本人社会向けの小売業、医療、不動産サービスなど日本と同じインフラがあるから、駐在するのに心配ないが、逆に外国に来たという気がしないということを言う。
その後二三人と話したが、それぞれに貴重な情報があった。
川田はそのうち数人に会ってもらうアポイントを取った。


数日後、川田は本社に来た。出向者は素戔嗚の社員証を持っているので、それを見せれば入館できる。
田舎の中小企業に出向している川田には、東京駅から歩いて行けるところにある本社はまぶしく見えた。1年半前には出向先で大成果をあげて本社に来ると本気で考えていたことを思い出して心の中で自嘲した。中小企業とばかにして行った先ではなにもできず、嫌いだった佐田と武田を呼んで改善活動をしてもらっている。同期入社をはじめ、多くの知り合いが本社に来ているが、連中は優秀なのだろうか? それとも単に運が良かったのだろうか?

まず初めに訪ねたのは昔から建物や設備を担当していた男だ。
?
「おお、川田、出向したんだって? それと病気したと聞いていたが元気か?」
川田取締役
「今、ちいさなプレス屋にいる。病気はたいしたことはなく今は元気だ」
?
「小さいところで腐ってないで大きく羽ばたけよ、アハハハハ」
川田は苦笑いした。
?
「タイに工場を作る話を聞きたいって? おれが知っているのは建物だけだからなあ。
まず会社を作るらしいんだが、そちらの関係はおれは全然わからない。なんでも外資だけではだめで、現地資本が入らないとならないらしい。もっともウチは大手商社と組んでやっているので、ウチの担当も細かいことは知らないかもしれない。
俺が建てた工場はふたつあるが、どちらも社長はタイ人で、タイ人といっても中国系なんだけどね、ウチからの出向者のトップは副社長ってことになっている。現実には社長はめったに会社に来ないで、副社長がすべてを切盛りしているけどね。
工場の建物を建てるのは国内と同じさ、俺たちが直接建設会社を手配するわけじゃなくて、日本の大手ゼネコンはみんなタイに進出しているから、そういったところを相手にするわけだ。もちろん相手は日本人で日本語だよ。楽なもんさ、アハハハ」
この男の話を聞いていると、なんでも簡単らしい。場所がタイであるだけで、することは日本でしていることと同じらしい。
?
「だけど日本と違うのは、たくさんある。まず水は自前で確保するしかない」
川田取締役
「自前?」
?
「水道がないから、井戸を掘るんだ。心配することはない、タイの南半分はチャオプラヤー川のデルタだから、どこでも掘ればすぐに水が出る。そもそもほとんどが海抜数メートルなんだから。でも井戸水は塩分も多いし、きれいじゃないから飲めるものじゃない。もっともそれは水道水も同じだけど。向こうに行ったら水道水は飲むなよ、歯磨きもミネラルウォターを使うんだ。
おっとデルタだから地盤沈下がすごいんだ。年に数センチ以上は沈む。建物は深く杭を打つから沈まない。建物が沈まず地面が沈むから、数年前に建てた建物の玄関は既に階段を一段付け加えた。10年もしたら3段くらい欲しくなるんじゃないかなあ〜アハハハ。ああ、これはウチだけじゃないよ、町を歩くとすべての建物がそうなっているのが分る。
それから停電が多い。だから最低限必要な電源は確保する必要がある」
川田取締役
「確保するとは?」
?
「自家発だよ。精密機械や情報システムの電源は確保しておかないと
そうそう、井戸と言ったけど停電になると井戸も使えなくなるから、くみ上げた水をためておくタンクも必要だ。それがないとトイレも流せないからね。車で道路を走っていると大きなキノコのような水タンクをたくさん見かけるよ」
川田取締役
「なかなか大変ですねえ〜」
?
「俺は建物を作るだけだから建ててしまえば終わりだが、運営していくのは更に大変なようだな」

川田はアポイントを取っていた他の人とも会っていろいろと聞き取りをした。
バス 工場まで公共交通機関があるわけではないから、会社がバス会社と契約して従業員を送り迎えをしなければならないという。だから残業も一人だけさせるとか、長時間させるということもできないそうだ。残業は2時間なら2時間と決めて、契約したバスで街まで送らなければならない。
昼飯も給食会社と契約して作らせるという。
?
「アルマイトの洗面器みたいなのにさ、ごはんとおかずをいくつかよそってもらって食べるんだ。最初は食器を見ただけで食欲をなくしたよ。洗面器と言ったけどアルマイトの丸い板があってさ、そこに直径10センチくらいのくぼみが5つくらいあるわけよ。そのくぼみのひとつにご飯、他のくぼみにおかずというふうによそってくれる。
ああ、社長以下従業員は同じ食堂で同じものを食べる。箸は使わないで、スプーンとフォークを使う。それがさ、薄いアルミ板でできたものでさ、指でも曲がるし、食べていてもすぐ曲がってしまうんだ。食べ物がおいしくても食器がそんなだから、ゲッソリくるよ。日本人て食べ物そのものよりも、食器で美味しさを感じるんだよなあ〜
食べ物は日本と同じ。ご飯はタイ米だけど俺は好きだ。もっともごはんの中に石ころとか入っているから、日本と同じ感覚で食べていると歯が欠けたりする。食べる前に異物を取り除かなくてはならないんだ。人によっては食器の空いているくぼみにお茶をついでそこにご飯を入れてフォークでほぐすと、重い石は沈むから浮いたご飯だけを食べてるのもいる。面倒だけど歯が欠けたら困るだろう。
おかずは・・・まあいろいろかなあ。何種類もあるから好きなものを二つくらい選んでよそってもらう。目玉焼きとか日本と似たようなものもあるからそれを覚えておけば大丈夫。辛さよりも香辛料、パクチが嫌いだとつらいだろうねえ。
だけど仏教だから食べ物については宗教的戒律がなく、その点ではイスラム教よりは楽だろうねえ」

川田はアルマイトの洗面器を思い浮かべようとしたが、それにご飯をよそうというイメージが湧かなかった。
いろいろと話を聞いたが、工場設立には法規制や現地の習慣など正式な調査が必要だと思う。親会社が子会社に海外に行けというなら、今後そういったことの指導があるのだろうが、なるべく早くそういう情報が欲しい。

最後に関連会社部に寄った。自分が出向していることもあり、大蛇機工を担当している人に挨拶していこうと思ったのだ。担当者といっても工場の部長だった川田より格上にあたる。
?
「川田さん、出向されて1年半になりますか、ご病気されたと聞きましたがどうですか?」
川田取締役
「いろいろご心配をおかけしました。おかげさまで病気の方はもう大丈夫です」
?
「大蛇機工は品質悪い、納期悪い、損益悪いという定評でしたが、川田さんが行かれてから大幅に改善されましたね。こちらでは経営指標だけでなく、生産ラインの種々情報を定期的に頂いているので、状況は把握しているつもりです。
さすが川田さんですね。川田さんを推した宍戸専務もお喜びでしょう」
川田取締役
「いや大蛇が良くなったは私の力ではなく、他の出向者や大蛇のプロパーの方の努力ですよ」
?
「そういう状況を作ったというか雰囲気を出したというのは、やはり川田さんのお力でしょう」
本社では本当にそう思っているのかと、川田はいささか恥ずかしかった。
川田取締役
「実は今日はちょっとご相談がありまして」
?
「はい、なんでしょう」
川田取締役
「こちらから大蛇に対して、タイ進出を要請していることはご存じでしょう」
?
「もちろんです」
川田取締役
「私どももご要請に応えたいと考えておりますが、なにぶん私どもには情報がありません。現地情勢や向こうでの工場建設あるいは会社設立に関する説明会などは計画されているのでしょうか?」
?
「ああ、もうお宅は動き始めたのですか。もちろんそういったことは考えておりますが、まだ先のことと思っていました」
川田取締役
「大蛇に対して1年後に生産開始せよとの話と聞いておりますが・・・」
?
「そりゃちょっと違いますよ。どこかで話が違ったのでしょう。いくらなんでも1年では無理です。2年後のはずです。それに合わせて、これから海外進出要請の説明会と現地見学などを実施する予定です。
そう言えば、プラスチック部品を作っているサルタヒコ成型って会社も数日前にここに来ましてね、そちらもだいぶ心配して現地調査をしたいので紹介してくれという話でした」
川田取締役
「ほう、でどうなりましたか?」
?
「関連会社部から来月タイに行く者がおりますので、一緒に行っていただいて、当社の現地事務所と現地の工場を3箇所ほど見て歩くことになりました」
川田取締役
「おお、それは、ぜひともウチからも同行させていただけないでしょうか?」
?
「特段問題ないと思いますよ。今担当がおりませんので、あとでスケジュールなどを川田さんの方に連絡しましょう。来月とは急でしょうがご参加できますか? パスポートとるにも1週間以上かかるでしょう。ビザはいらないけど、チケットを手配するにもパスポートが必要ですから今持っていないと・・」
川田取締役
「あ、私は持っています。といっても私が行くかどうかは分りませんが。とにかくお願いします」

川田は本社ビルを出ながら、本社に来た甲斐があったと思った。ところで誰がタイに行くべきかと思うと、自分より適任者がいることに気が付いた。現場を知っていて経営も知っている伊東委員長が適任者ではないだろうか。


佐田は認証機関訪問の計画を考えた。日帰りとなると関東圏内に限定される。調べるとクシナダの横山から大手と聞いたB社とL社の事務所が横浜にある。その他のイギリスのいくつかの認証機関の事務所が東京にある。とりあえず三社ほど訪ねてみることにして、アポイントを取った。

ランドマークタワー 横浜の桜木町駅を降りると、目の前にランドマークタワーがそびえたっている。1990年完成だからまだできたばかりだ。
ここではB社とL社を訪ねる予定だ。地下鉄とか私鉄に不案内な佐田は、JR駅からは歩くしかない。実はJR根岸線の桜木町ではなく、もうひと駅乗ったほうが近かったことをあとで知った。とはいえ見知らぬ街を歩くのも面白い。シルエットビルに着いたのは約束よりも40分以上早かった。それでそこを通り過ぎて、山下公園を歩き、氷川丸を外から眺め、海を眺めて時間をつぶした。

1993年頃でも「駅すぱあと」はあったが、インターネット経由ではもちろんなく、フロッピで提供されていた。しかしまだそのようなものは広まっておらず出張者は分厚い時刻表をみて、どう行くべきかを考えたのである。今は常に最新ダイヤで無料の乗り換えソフトがあるから便利になったものだ。

B社で打ち合わせをした後、L社の事務所まで知らない道を20分以上歩いた。田舎には電車もないし流しのタクシーもないから、そういう方法は思い浮かばなかった。田舎者の悲しさである。とはいえ、どこからでも見えるランドマークタワーがランドマークだから道に迷うはずはない。
L社で打ち合わせ後、東京に戻ってきて、青山にあるイギリスの認証機関の日本事務所を訪ねた。

東京駅までたどり着くとグッタリと疲れていた。歩いたからではなく、簡単にはいかないということが分ったからだ。まずどこも仕事が混んでおり、認証機関側は審査日が1年くらい先になるのが当たり前と思っている。更に驚くことに1年も先の審査依頼に手付というか審査費用の一部として数十万を要求する。それを払わないと審査日程を入れないという。殿様商売だなと佐田は呆れた。ますます驚いたことは、どちらがお客か分らないような態度だ。いや、認証機関は自分がお客様だと思っているように見えた。当時、認証機関は顧客の代理人と自称していたが、本心から自分が顧客だと信じていたのだろうか?
更に、打ち合わせ議事録とか見積もりなど、通常の取引ならしっかりと書面にして社印を押して双方で保管すべき書類を、メモ書きとか口頭だけという、これまた個人商店的なありさまだ。今は売り手市場で客が殺到しているから客は黙っているのかもしれないが、いずれはトラブルの元になるだろうと懸念する。そういったことをちゃんとしない会社は信用できない。まさに紺屋の白袴で、品質保証の認証をする会社の品質保証体制が貧弱だなと呆れた。こんな状況だと手付金というか審査料金の半額くらい入れても、正式な領収書など発行しないような気がした。

ともかく帰ったら、今日の調査結果をまとめて専務に報告しなければならない。それに伊東委員長と菅野さんとも情報を共有しよう。ISO認証するのが1年後としても、その体制整備をするのに早すぎるということはないだろう。


朝、星山が出社してが今日は誰もいない。佐田は認証機関の調査で出張、川田取締役は素戔嗚の本社にヒアリングするために出張だ。星山が会社に来て誰もいないなんてのは、このところなかった。佐田たちが出向してきてからは、会社がお通夜状態からお祭り状態になったようで、いつもワイワイガヤガヤしている。単に騒々しいだけではしょうがないが、前向きにいろいろとチャレンジしている現状が、星山には心地良かった。
ともあれ話し相手もなく自分がコーヒーメーカーをセットしてコーヒーを沸かす気も起きず、給茶機から不味いコーヒーを注いで飲む。
1年前を思い返すと、当時は大変だったなあと思う。不良は多く、生産は遅れ、出荷しても客先から苦情続出で、不良対策と客先へのお詫びが仕事のように思えたものだ。生産性向上とか将来を考えるなんてことは思いもつかなかったのが本当のところだった。
今は偶発的なもの以外、不良なんて言葉を聞くこともない。品質、能率共に継続的に向上しており、専務の仕事はお詫びから売り込みに変わった。とはいえ評判も良くなり以前より仕事が増加してきて、あまり営業活動をするわけにもいかない。今考えるべきは将来のビジョンだろう。

そんなことを考えていた時、電話が鳴った。誰もとるものがいないようで、自分が電話に出る。
星山専務
「ハイ、大蛇おろち機工です」
?
「テナヅチ運送の浅香と申します。昨夕御社からお預かりした白兎さん向けの荷物ですが、今朝、高速道でウチのトラックが事故に巻き込まれて横転してしまいました。お宅様のお荷物が破損した模様です」
星山専務
「運転手は無事だったのでしょうか?」
?
「おかげさまで運転手にけがはありませんでした。ただ火災が発生してトラック全体に消火剤をかけられました。まだ詳細はわかりませんが全損を覚悟しておいてほしいのです」
星山専務
「わかりました。状況が分り次第またご連絡お願いします」
時計を見ると始業30分前だ。もう営業課長は来ているかもしれない。
電話すると案の定いた。
星山専務
「おい、白兎向けのトラックが事故でウチから発送した荷物は全滅らしい。まず白兎に対応を確認してくれ。始業時になったら関係者を集めて打ち合わせだ」
30分後、会議室に、星山、営業課長、鈴田課長、武田課長、伊東が集まった。

武田課長 星山専務 営業課長 伊東 鈴田課長
武田課長 星山専務 営業課長 伊東 鈴田課長
星山専務
「まず営業課長から状況を説明してくれ」
営業課長
「昨日出荷した白兎向けの部品が、輸送中の事故で全損となりました。もちろん保険はかけてありますが、我々としては客の期待に最大限対応しなければなりません。
白兎に問い合わせしましたところ、明後日の昼まで入るなら向こうの生産はOKとのことです。今回の注文は2万個でしたが、どれくらいで作れますかね?」
鈴田課長
「まず出荷時間をはっきりさせてください」
営業課長
「明日の定時後に当社で積み込み、夜間に輸送、明後日の朝に向こう着というところだろうなあ。運送屋が明後日の朝出るにしても、ウチの納期は変わらない」
鈴田課長
「そうしますとメッキ鋼板の材料はあるので、多少入れ替えれば今日から加工に入れるでしょう。打ち合わせ後すぐに切り替えれば、今日の午後4時には終わりますよね。
その分は今日以降、残業時間を延長してリカバリーするしかないですね」
武田課長
「プレスは加工に入れば半日でしょうけど、その後に部品付がありまして、まずプラスチック部品を手配しないとなりません。そして部品取り付けには30時間くらいかかります」
鈴田課長
「プラスチック部品はすぐにあたります。明日午前中に入ればなんとかか・・・
それと梱包箱も手配しなくちゃならないですね。今回は段ボール箱でもしょうがないか」
星山専務
「明日の昼から部品付を始まって、夕方定時前に終えることができるのか?」
武田課長
「プラスチック部品の取り付けには特にジグなどは使いませんので、計算上8人かければできるわけですが、ちょっと不安ですね。検査や梱包時間もかかるでしょう。もう少し早めに部品が入りませんか?」
鈴田課長
「それはあたります。とりあえず今の打ち合わせ結果で仕事に入ってください」


翌日である。
星山が出社すると、既に川田と佐田が出てきていたが、星山は昨日の白兎の件については、話をしなかった。この程度の問題で大騒ぎすることもないと思った。

白兎向けのプレス加工は前日午後に予定通り完了している。プラスチック部品も昼前には入着して、昼からはパートの人8名をかけて取り付けをさせている。星山専務が見たところでは定時前には終わるだろう。検査はできたものから順次抜き取ってしてもらうとして、梱包作業も残業1時間位でできるはずだ。
営業課長も心配して見に来たが、作業が順調なことに安心して戻っていった。星山専務は作業しているパートの人たちに頑張ってくださいと声をかけて事務所に戻ってきた。

定時間際のこと、検査完了したものをパレットに積んでフォークリフトで倉庫まで運ぼうとしたとき、運転が乱暴だったのか重なった箱の上の方が大きく揺れて、中からガチャガャといういやな音がした。
そばにいた検査係長がフォークの運転手に荷物をおろせと声をかけた。
いくつかの箱を開梱してみると段ボールの中仕切が固定されていないためにずれてしまい、中の部品がぶつかりあってプラスチック部品が破損している。
たまたま通りかかった製造係長が検査係長のわきからのぞきこむ。
検査係長
「だめだこりゃ」
製造係長
「中仕切が役に立っていない。梱包箱を作り直さないと出荷できないぞ」
検査係長は近くの電話から武田課長に連絡を取る。
検査係長
「課長ですか、わたしです。白兎向けの梱包箱を、今回はプラダンでなく段ボール箱を手配したでしょう。今フォークで倉庫に運ぼうとした時に中から音がしましたので、開けて中身を見ましたら破損してます。これからみると今回の段ボール箱の梱包方法では輸送中に中身が破損してしまいます。なにか手を打たないと問題です」
武田課長
「わかった。ありがとう。今定時か・・・追加作業が発生するだろうから、すまないが7・8人残業者を確保してくれないか。集まらないときは、製造係長に話して人を確保してほしい。どう対策するかは今から鈴田課長たちと打ち合わせをする」
検査係長
「わかりました。指示を待ってます」
検査係長は目の前の製造係長にその旨伝え、それだけでなく倉庫係長を捕まえて残業者を確保してくれと頼んだ。

武田はすぐに鈴田課長、星山専務、営業課長を集めた。
武田課長
「現物を確認しましたが、このままでは輸送中に破損する恐れが大ありです。対策しないと出荷できません」
鈴田課長
「正規な梱包仕様はプラダンなのですが、今回は緊急なために段ボール箱を手配しました。中仕切も段ボールにしたのですが、段ボールにしたために強度が弱かったようです」
星山専務
「鈴田課長、それでどうするのだ?」
鈴田課長
「どうするとおっしゃいますと?」
星山専務
「梱包仕様を決めているのはお前じゃないのか?」
鈴田課長
「そうですが、今回は時間もなく・・・」
星山専務
「じゃあどうするか考えるのは、お前の仕事じゃないというわけか」
鈴田課長
「困りましたね。どうしたらいいものか?」
いつも会議には顔を出している伊東委員長が声を出した。
伊東
「仕切のあるプラダンにする前は、この部品は隙間に段ボールを詰めて動かないようにしていたんだ。すぐに段ボールを集めて隙間を埋めれば大丈夫だろう。というかそれしか手はない」
鈴田課長
「それじゃすぐに段ボールを集めます」
伊東
「いや俺がやろう」
伊東は電話をかける。
伊東
「ああ、資源回収さんですか、お世話になってます。最近はお見限りだって、そう言わないでくださいよ。実は頼みがあるんですが、回収した、きれいな段ボールあります? そいつをトラック一台大至急持ってきてくれませんか。そう、30分後、ありがたい、お願いします」
伊東は電話を切って
伊東
「詰め物用段ボールは30分後に来る。作業者はいるのか?」
武田課長
「7・8人は確保しています」
伊東
「段ボール箱はいくつになる?」
武田課長
「50個入りで2万個ですから、400箱ですか」
伊東
「すごい量だな・・・それじゃ人手が足りないな。鈴田課長の方からも何人か出せるか?」
鈴田は立ち上がって電話をする。
鈴田課長
「あ、倉庫課長? おれだよ。すまないが残業できる人を探してほしい。ああ、白兎向けの梱包の手直しだ。おお、検査係長から言われて人を確保しているって、ありがたい。じゃあ、今行って指示するから頼むよ。それと運送会社には手直し完了後に来てもらうように連絡してくれ」
伊東
「よし、じゃあどうするかは俺が指導するから始めるとするか」
星山専務
「お前、部長か取締役のつもりか?」
伊東
「いや組合の委員長だよ。会社がつぶれないように、損失を出さないようにするのが俺の仕事だ」
星山専務
「そりゃお前の勘違いだ」
星山はブツクサ言いながら一緒に立ち上がり、通りすがりに事務所をのぞき、そこにいた川田取締役と佐田に一緒に来いと声をかけて倉庫に向かった。

従来は部品の間に段ボールを丸めて部品が動かないようにしていた。以前の方法に戻ったと思えばそれまでだが、とんでもなく手間がかかる。みんなは作業をしていて、プラダンにしていかに楽になったかということを思い知らされた。
はじめは雑談とかバカ話をしながら詰め物をしていたが、1時間もしないうちに元気がなくなり、黙々というよりも陰気な雰囲気で作業を進める。
星山も含めて10数名いたが終わったのは夜10時すぎである。星山は全員を集めてご苦労さんと慰労の挨拶をして解散した。

星山専務と伊東、それに川田取締役と佐田が事務所に引き上げてきた。星山は部屋に戻ってから伊東に小さな声で話しかけた。
星山専務
「どうも鈴田というのは、仕事に真面目に向き合っていないような気がするなあ」
伊東
「このこととは関係ないが、現場では彼の噂が広まっている。星山も知っておくべきだと思うから言うのだが・・」
星山専務
「なんだ?」
伊東
「鈴田はいつも勤務時間に短波放送を聞いているそうだ」
星山専務
「短波放送? なんだそれは?」
伊東
「株式相場の放送だよ。だいぶ前から株に手を出しているらしい。ときどき証券会社の人間が会社に来ているらしい」
注:当時はインターネットなど一般化していない。
星山専務
「知らなかった。私生活には口をはさむ気はないが、社内では度が過ぎると問題だな。ともかく教えてくれてありがとう。わしも様子を見てみよう」


翌日、朝一に星山は白兎向けの梱包箱問題の再発防止会議を開いた。集めたのは川田取締役、鈴田課長、伊東、佐田である。
星山専務
「昨日、梱包箱が不適切で出荷できない問題が起きた。このような問題を起こさないためにどうすればいいかを考えたい」
鈴田課長
「若干違和感があります。今回は緊急に、それも当社の原因ではなくて、段ボールを手配しなければならないという問題が起きました。ですからこちらとしては段ボール箱の仕様を検討する時間がありませんでした。今回の問題とおっしゃいますが、私は問題であるとは思えませんが」
星山専務
「出発点で見解の相違があるというわけか。だが出荷しなければならないという状況と、当社で出荷梱包を担当しているのは管理課であるという事実がある。そこから管理課は出荷するものが壊れないような梱包を手配しなければならないということが演繹されないか?」
鈴田課長
「そう言われるとそのとおりで、確かに検討不十分であったとは思います。でも仕方なかったということになりませんか」
星山専務
「会社の仕事で、仕方がないとか、やってみたらダメでしたという言い訳が通用するとは思わないし、通用しても困る。
勘違いしては困るが、私は昨日の問題の責任を追究したり処罰するつもりはない。ここで議論したいのは、今後、梱包箱が不適切で出荷できないことが起きないようにしたいということだ」
鈴田課長
「あのような緊急時であれば、ダンボール箱を手配しただけで上出来という評価があってもしかるべきだと思います」
星山専務
「じゃあ鈴田課長は昨日、梱包箱が保護の役目不十分だから出荷できないとか、あるいは運送中に壊れるのも仕方がないというわけか?」
鈴田課長
「そうは言いませんが、あのくらいの問題発生とそれに対する手直しが発生しても、しょうがないと思います」
星山専務
「わしはしょうがないとは思わない。とはいえ、鈴田課長を説得できそうにないな。
じゃあ、次回あのような手直しが発生しないような対策をしろと命令するしかない」
川田取締役
「すみません、昨日の状況が良く分りませんが、緊急事態が発生したとき、完璧な対応を期待するのが妥当なのか、あるいは多少不十分であってもやむを得ないという議論でしょうか?」
星山専務
「まあ、そういうことになるのかな。昨日は検査から倉庫まで運ぶフォークリフトの運転が下手だったから問題に気が付いたようだが、もし気が付かなかったら急きょ加工したものがパーになるところだった」
佐田
「あのう、完璧を期すレベルか、箱だけ手配すればいいというレベルかという、二者択一の問題ではないと思います。どんな場合でも、それが目的を果たすか、大丈夫かどうかを確認するということが必要と思います」
伊東
「確かに緊急事態において完璧、最善を要求するのは無茶ということあると思う。しかし目的を果たすどうかは確認することは担当する者の義務じゃないのか」
鈴田課長
「目的を果たすかどうか確認するとは?」
伊東
「つまり仮の段ボール箱を使うのは仕方がなかったとしても、手に入り次第、試験的に物を入れてみてゆするとか落下させるなどして、いけるかどうか確認することはできたんじゃないのか?
昨日だって、段ボール箱が入って来た時点で追加作業が必要だと分っていたら、あれほど大騒ぎにはならなかっただろう。」
解散した後、星山は鈴田の考えはおかしいんじゃないかと考えていた。そして説得できない自分をふがいないと思った。


うそ800 本日のうんちく
1987年版ISO規格では、「4.15取扱い、保管、包装及び引き渡し」であったが、1994年版になると「4.15取扱い、保管、包装、保存及び引き渡し」と「保存」が追加になった。今なら気にもしないだろうが、当時私は「保存」とはなんぞやと考え込んでしまったものだ。
そして1994年版に切り替えの審査では、審査員が「保存についてどのような業務を追記しましたか?」と必ずチェックした。もちろんそのときは予め見繕っておいたことを答え、審査員もまじめそうな顔で「わかりました」なんて、答えたものだ。ありゃ歌舞伎と同じ演技だったのだろうか? だけど日本の普通の企業では昔から「保管」も「保存」もしっかりやっていたから追加など必要なかったと思う。もちろん昔も今も「保管」と「保存」を区別していなかったのは間違いない。
それじゃ、中島みゆきに歌ってもらおう、
あんな〜時代もあっ〜たねと
シマッタ、今じゃ、中島みゆきを知らない人もいるかも!



Initial A様からご指摘を頂きました(2014.01.16)
中島みゆきのくだりで「あんな〜時代もあっ〜たねと♪」とありましたが、
正しくは「そんな〜時代もあっ〜たねと♪」ですね。あんなもそんなも変わらないといえばそれまでですが^^;

、中島みゆき・・・
大変失礼しました。私も勘違い、思い込みがいけませんね!
以降間違えないよう、本文は直さず戒めとしてそのまま残します。



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