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「星山君よ、明日はいよいよISOの本審査だが、わしは一体何をすればいいんじゃ?」
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「社長にはオープニングミーティング、つまり開会挨拶の場、次に経営者のインタビューのご対応、そしてクロージングミーティング、つまり審査結果報告のみっつにお顔を出していただきます」
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「ふんふん、それで」
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「オープニングミーティングはご挨拶していただきます。まあISO認証することになったいきさつと、今日はしっかり審査してくれということを、そうですねえ、1・2分程度ほんの簡単に話してくれればいいです。英語でも日本語でもけっこうです」
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「それはおれが英語出来ないことを知っての皮肉か。菅野さんが通訳してくれるのだろう?」
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「承知しました。それから経営者の責任の項目ですが、社長がこの会社をどのようにしていきたいと考えているのか、そのために具体的に何をしているのか、ということの質問です」
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「わしが適当に話せばよいのか?」
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「いや、基本的に監査ですから、審査員が質問することに答えることになります」
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「じゃあ相手の質問に答えればいいのだな。どんな質問をするのだろう?」
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「ひとつ、品質方針を示しているかということです」
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「品質方針なんてウチにはないぞ」
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「実を言いまして認証機関に提出した品質マニュアルには、1月に配った社内報に社長が書かれた『今年の会社の目標』という箇所をそのまま使っています」
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「ああそうだった、星山君からもらった品質マニュアルは一応は読んだ」
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「なぜあの目標を立てたか、それをどのように従業員に伝えたかということを、語っていただければよろしいかと思います」
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「わかった、それから?」
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「経営者の責任はそれだけじゃありません。内部監査報告とか日常の報告などを受けて、何を考えどのような決定をしているかということです」
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「内部監査報告の時は星山君といろいろ議論したな。あれについては手のひらのように理解しているよ。この会社も能率は悪い、不良は多いという状態だったが、あの報告書にはなぜそうなのかということがいろいろ書いてあった。もっとも報告書が出てきた頃にはそれらは改善しつつあった。ともあれ勉強になったよ」
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「そうです、そうです。私と議論したこと、それによって幹部会議でどんなご指示をされたか、手を打ったかということを語っていただければ・・」
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「簡単じゃないか。いつもおれがしていることじゃないか。任せておけ、今までだって、お前たちが不良を出すと、おれが謝りに行くるのは得意なことはわかっているだろう」
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星山も社長のキャラクターを知っているので、大丈夫と思ってそれ以上話をするのを止めた。 審査は審査員三人で二日間行うという連絡があった。審査員の一人は日本人で外人の一人は日本語を話すので、通訳は一人確保しておいてくれと言われていた。それで通訳として菅野ひとりで間に合うことになる。 審査員は隣町のビジネスホテルに泊まるという。工場から10数キロあるので当日の朝、菅野が専務のクルマで迎えに行った。こんな田舎町にハイヤーなんてないし、タクシーに乗ってきてくださいとも言いにくい。菅野も佐田も軽自動車しか持っていないし、伊東委員長は錆びの浮いたカローラだ。社長は車どころか免許もない。結局、専務のマークUで迎えに行くべきだという結論になった。とはいえ専務自ら運転していくのは、足元を見られるようで嫌なので、英語ができる菅野に頼んだのである。 開始時間の20分ほど前に一行は着いた。菅野はそのまま審査員を応接室に案内して自分がお茶出しする。 社長と専務が現れて名刺交換となる。菅野は通訳もする。 | ||||||||||
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「菅野さんは運転手から通訳から給仕までするのですか、大変ですね」
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「ウチは小企業ですから誰もが何役もしなければなりません。日本語に少数精鋭という言葉があります。これは精鋭なら少人数でも大きな仕事ができるという意味と、少ない人数で仕事をすればみなが精鋭になるという意味があるそうです。ウチは誰もがいろいろな仕事をしなければなりませんので皆が精鋭です」
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「では今日の審査が楽しみですね」
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「日本人は精神論、つまり頑張ればできるとか、できないのは考えがしっかりしていないからという人が多いです。しかし当社は違います。物事を達成するためには必要なリソースを確保して、仕事の方法を決めて、それに従って粛々と進めるべきだという考えで会社を動かしています。それがISOの考えかどうか私はわかりませんが、精神主義ではないと思っています。実を言って私も審査を楽しみにしているのです」
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「もう審査に入ってしまったようですね。続きは審査で伺いましょう」
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当時のオープニングは少人数、短時間である。いや、今だって外資系の審査機関は少人数、短時間である。 注:おっと、審査をする会社(機関)の呼称も何度も変わった。昔々は認証機関だったが、1993年頃に審査機関になり2006年頃にまた認証機関に戻った。小さな変化だが、認証機関側の意識と密接にかかわっているように思う。もっとも名称の変更はISO認証の価値には無関係だったようだ。いや、私が思うだけです。 審査側はゴードンとマーチンそして中根という日本人、受査側は社長、星山、川田、伊東、佐田、菅野合わせて9名である。 マーチンが英語で何か話すと菅野がそれを通訳する。 | ||||||||||
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「ゴードンは日本拠点のボスですが、今回の審査ではリーダーを私マーチンが勤めます。また中根氏は現在見習い中です。先日予備審査で一部拝見しましたが、本審査では仕組みだけでなく運用状況を拝見します。良い結果を期待しています」
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社長のあいさつも簡単だ。
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「当社は小さな会社だが、それなりに仕組みも運用もできていると考えている。とはいえ外部の方、特に他の会社を見ている人はいろいろなことに気が付くだろうと思う。不備な点を指摘されるのを楽しみにしている」
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菅野はそれを通訳する。星山は社長が無難なスタートを切ったのをみて少し安心する。
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「それじゃ、審査に入りたいと思いますが、この場所、このメンバーでよろしいのですか?」
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「そうです。どうぞ審査に入ってください」
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「まずなぜ御社はISO認証しようと考えたのでしょうか?」
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星山は、社長が何を考えてきたのかと社長の顔を見た。
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「日本でも最近は品質保証というのを要求されることが多くなりました。当社では大きな取引先だけで6つ7つあります。ところが会社ごと品質保証要求事項が異なります。我々はそれに見合った品質保証マニュアルを作り、それぞれのお客様の品質監査を受けています。まあその手間も大変なのは問題ですが、それを社内に展開する段階になると複数の方法を行うことはできません。ですから我々はいくつものお客さんの要求をすべて満たす仕組みにするしかありません。 たまたまお客様のひとつからISO9001の認証を受けたら、以降は品質保証協定の要求も品質監査もしないというお話を聞き、それはいい方法だと考えて認証を受けることを決断したわけです」 | |||||||||
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「なるほど、よく分ります。確かにISOの品質保証規格はそのためにできたものですからね。 ところでISO規格にはISO9001とISO9002、ISO9003がありますが、御社はなぜISO9001を選んだのでしょうか?」 | |||||||||
このことについては以前、社長は佐田と雑談したときに説明を受けていた。
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「正直言ってお客様の品質監査を受けないためだけなら簡易な方が楽だと思います。規格によると設計とは製品に限定されているので、お客様から図面をもらって作るだけの当社は、ISO9002を選ぶべきだったかもしれません。 ただ二つの理由がありました。ひとつは客先までの梱包仕様は当社決めていること、もうひとつは金型設計をしているものもあります。それで当社は設計の一部もしていると考え、それならISO9001を受審すべきと考えたということです」 | |||||||||
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「なるほど、今回の審査を受けるためにどれくらいの時間をかけたのでしょうか?」
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「今までお客様から要求されていた品質保証協定書で、製造、教育訓練、保管などについては社内文書を整備することという要求がありましたので、過去より少しずつ文書を整備してきました。それでISO審査を受けるためとしては、営業と資材部門の手順を文書化する程度でした。経理や総務については過去より文書化されていたので特段なにをしたということはありません。何時間とは言えませんが、期間とすればやはり三カ月位はかかったと思います」
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「それでは今回は営業と資材の仕組みが、ISO認証を受けることにより整備されたということですね」
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マーチンの言葉は単なる相槌程度だったのだろうが、なぜかここで社長はこだわった。
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「マーチンさん、ちょっと私の考えとは違いますね。私は文書化に必要だった時間を言ったのであって、会社の仕組みを整備するために時間がかかったなんては少しも考えていません」
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マーチンはハァという顔をした。
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「社長のお考えが分りませんが?」
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菅野は通訳をしながら、社長も変なことを言いださないでという顔をしている。星山はどうなるにしても、社長はバカじゃないから大丈夫だろうと思っている。
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「私はこの会社は小さいが会社の仕組みも実際の運用もちゃんとしていると考えている。ですからISO認証を受けるために仕組みを整備したとか、それによって仕組みが良くなったとは思っていません。私たちはビジネス上の必要から認証をしようとしている。ですから元からある会社の仕組みを文書化しただけです」
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菅野の通訳を聞いてマーチンが何か話そうとするのをゴードンが止めて、なにやら話している。 菅野がゴードンに英語で聞く。簡単な文章だったから誰でも理解した。「これは通訳した方が良いのか?」と聞いたのだ。ゴードンは笑って日本語で言った。 | ||||||||||
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「ああ、私が言いましょう。ある会社はISO認証することによって会社の仕組みを作り上げようと考えています。でもISO規格は要求事項ですから、それを基に会社の仕組みを作ることはできません。それを満たす会社の仕組みを考えるだけです。御社のしくみが元々ISO規格を満たしていたならば、それを文書化するだけで十分だと思います。ですから私は社長さんのおっしゃることは良く分ります。 もうひとつ考えなければならないことは、ISO規格は一定基準を示すものですから、そのレベルより低い会社はISO規格のレベルまでにならなければ認証されません。しかしISO規格のレベルの会社はそれ以上になるはずがありません。もし御社が過去よりISO規格を満たしているなら、ISO認証しても会社が良くなることはありません。 ともあれ今回の私たちの役目は、御社がISO規格を満たしているかを確認することです。まあ、今までの応答は、私たちがこれから審査するための情報収集とお考えください」 | |||||||||
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「ゴードンさん、ご理解いただきありがとうございます。実を言いまして私はISO規格を読んだのですが、どうも腑に落ちないのですよ。理解できない所はいくつかありますが、一番気になるのは要求事項が4.1から4.20までに分けられて羅列されています。 しかし実際の会社の仕事ではそれぞれ分けられるものじゃありません。ひとつの取引を考えると、個々の注文の前に取引基本契約書締結から始まり、それは品質だけではありません。取引条件とか支払のことの方が品質よりも比重が大きいです。品質の定義も難しいようですが、私は品質は価格相応だという考えをしています。日本では『納期も品質』という言い方もあります。そしてある品物を作るにも、リソースも記録も教育も不具合も是正もすべてが同時について回るわけです。 どうもISO規格を読むと分析的で機械的な感じがしてなりません。例えば『是正処置の記録』と言っても、単独で是正処置が存在するわけではありません。不適合が起きて、当面処置をして、客先との交渉や再発防止の教育や設備や計測器への反映などといった全体の仕事の流れの中で意味を持つわけです。 ですから、ひとつの製品を受注してから納品するまでの流れにそって調べていくか、あるいは現場の1週間の業務というものを捉えて、そのなかで品質目標、リソース、教育、工程管理というものがどのように展開されているかを把握しなければ審査にならないと思うのですが・・」 | |||||||||
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「おっしゃることはわかります。ISO規格は要求事項、認証のための必要条件です。ところで審査は認証を受けようとしている会社がそのレベルを満たしているかどうかを調査することであり、その方法は項番ごと、極論すれば要求事項ひとつひとつをあるかないかを調べる方法もあるでしょう。あるいはまた、その会社の業務の流れ、過去の運用状況を調べて、その結果としてその会社がISO規格を満たしているか判断する方法もあるでしょう。それは審査技法によっていろいろあると思います」
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「わかりました。ぜひとも後者の方法で当社の仕事の実態を見ていただいて、規格と比較して判断するという審査をしてもらいたいです。 参考までに申し上げておきますが、私は当社が審査でボロを出さないように隠すなんてするなと言っています。もし変に隠したりしている者があれば私にご連絡ください」 | |||||||||
ゴードンは笑った。
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「それじゃ経営者のインタビューはおしまいです。これから私たちは二手に別れて審査します。私には菅野さんが通訳になってくれるのですね」
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ゴードンと中根と佐田は営業課に、マーチンと星山そして菅野は製造課に行く。 佐田がゴードンと中根を営業課に案内して行くと、営業課長が衝立で仕切った打ち合わせ場で緊張して待っていた。 | ||||||||||
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「こちらが営業課長です、こちらがゴードンさんと中根さん、」
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「よろしくお願いします。私の質問に答えていただければ結構です。 この部門はどんなお仕事をしているのでしょうか?」 | |||||||||
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「営業の仕事は大きく分けて、ふたつあります。 ひとつは新しいお客様を開拓することです。もうひとつは現在のお客様から注文を取ること、取った注文を製造するように社内に指示すること、品物を収めてお金を回収すること、まあそれに付帯することとして不具合のあったときの対応とか、お客様からの技術的その他の問い合わせの当社窓口などですね」 | |||||||||
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「なるほど、新しいお客様の開拓は非定型なお仕事かもしれませんが、現在のお客様から注文あるいはオファーがあったときの手順は決めてあるのでしょうか?」
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営業課長は佐田からこういう質問があるよと前もって聞いていた。それで用意周到に準備していたが、あらかじめ想定していたようなそぶりは見せなかった。 営業課長は立ち上がり後のテーブルに置いたファイルから1冊を取り上げた。 | ||||||||||
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「そういった手順は規定に決めてあります。お待ちください。先ほどは口で説明しましたが、それらの仕事はこの営業業務規定というものに定めてあります。 ええと、(ファイルをめくって該当のページを広げ、そしてファイルをゴードンの向きに回して差し出した) ここに注文を受けたときの手順が書いてあります」 | |||||||||
ゴードンはファイルを受け取って中根氏と一緒にながめる。中根はしげしげと読んでいる。
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「なるほど、・・・ほう、注文を受けると情報システムに入力する前に、間違い防止のために別の人が確認するのですか?」
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「いやあ、それは以前はなかったのですよ。改訂記録をご覧になっても分るように、最近追加したのです。ついひと月かふた月前のことですがね、注文の数を5,000個と50,000個を間違えてしまったことがありました。そのとき誰にでも間違いはあるから確認する工程を追加したのですよ」
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「ほう、それは驚いたでしょう? そのときはどのように対処したのですか?」
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「社内ではフルに残業状態でしたので、他の会社をあたりましてやってくれるところを探しました」
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「顧客との契約では、お宅が受けた仕事を、他の会社にさせてもよいことになっているのでしょうか?」
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「契約で当社でなければならないというものと、そういう制約がないものがあります。この場合は幸い下請けに出しても良いものでした。まあ下請けに出してはいけないというものはめったにありません」
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「なるほど、注文を受けたとき確認するのは個数だけではないのでしょう。その他にどんなことをするのでしょうか?」
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「お手元の規定をご覧になると書いてありますが、当社が先方の注文を受けられるかどうかを確認することを決めています」
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営業課長は中根氏が持っているファイルの該当箇所を指さして説明する。
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「まず納期、個数、お値段、継続して取引するものは初回に単価を設定していますが、一回限りとか納期が短いなどの場合はその限りにあらずです。他に梱包も海外に送るような場合は通い箱ではなく一方通行になりますし、ポリシートで包んだりするのでコストアップ要因になります。それから納品場所も異なる場合もあります。そんなことをチェックすることを決めています。 実際は用紙様式がありまして、それを埋めると漏れは出ません。それを見て一定金額までは私が決裁して、それを超えるものは星山専務が決裁します」 | |||||||||
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「それはどこに書いてあるのですかか?」
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営業課長がゴードンが持っているファイルの次のページをめくりながら
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「このへんにあったようだが・・・ああ、ここですね。決裁権限と書いてありまして、決定範囲と決定者が書いてあります」
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「支社長、間違いありません」
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ゴードンはうなずいた。
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「それじゃこの用紙に書いたものを見せてください」
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「それらは一つのファイルにしておりません。お客様ごとのファイルに入れています。これは白兎電気さんのファイルですが・・・」
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営業課長は振り向いて後のテーブルからファイルを取り、開いて説明する。月ごとの注文書、注文の確認結果、製造時にトラブルがあってお客様との調整した記録とか、出荷伝票、納品書の写、売上金の回収などのものが入っている。幸いここ数年倒産したり回収できなかったことはない。
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「支社長、こんなのがありますよ」
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中根が交通事故の記録とその対応の記録に気がついて指し示す。ゴードンはそれを読む。営業課長はそれを見て、何か具合の悪いところがあったかと心配になった。
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「なるほど、出荷後に交通事故で製品が壊れてしまい、お客様に対応するために追加生産したと・・ そして出荷間際になって梱包仕様がまずいと気がついて・・」 | |||||||||
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「あのときは大変でした。そういう突発的な対応までは規定で細かくは決めていません。決めようがないというのが本当です。しかし、問題が起きたら会議を開催して、原因の究明や再発防止策をするということは決めています」
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「なるほど、その結果どうしたのでしょうか?」
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「ここに書いてありますが、まず梱包設計は当社では管理課の担当です。そこで新しい梱包箱を作ったときは、実際に使う前に梱包して振動と落下試験をして確認することを追加しました。この議事録のここに書いてあります。実際に管理課の文書に追加したかどうかはここではわかりません。管理課で聞いてください」
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営業課長は佐田から他の部門のことについては、余計なことを言わずにそちらで聞いてほしいというように言われていた。
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「わかりました。この規定は制定されてまだ4ヶ月しか経っていないですが、それ以前はどんな方法で仕事をしていたのでしょうか?」
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「実を言って先ほどのデータ入力するときに、他の人がチェックするということはしていませんでした。しかしそれ以外のこと、決裁者とかその他の仕事の方法は全然変わっていません。以前からしていたことをそのまま文章に書いただけです」
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「この規定は良くできていますが、ここで働く人はこれを見て仕事をしているのでしょうか?」
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「こんなもの読みながら仕事をするわけにはいきません。それにここに書いてあることは基本ですから読まないとわからないでも困ります。私が仕事を教えるとき、このファイルを見せて、こうするのだと説明します。部下が仕事をしていてわからないときはこのファイルを読みます。このファイルはそんな風に使っています」
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「ここに書いてない仕事あるいは課題が発生したときはどのようにするのでしょうか?」
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「納期とか価格などで、お客さんの要求に応えられないことは多々あります。そういうときは星山専務が関係部門を招集して会議を開き、次善の策とか三善の策を考えます。そして最終的には客先と打ち合わせて同意を取ります」
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「客先要求を満たさないときというか満たさない恐れがあるときは、受注しないということですか?」
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「そんなことは当たり前でしょう。客先の希望をかなえられないときは、お断りすることがお客さんのためです。詐欺ならともかく、まっとうなことをしないと継続的な商売はできません」
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「良く分りました。時間になりましたので終わります。ありがとうございました」
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マーチンは星山の案内で管理課に行く。その後を菅野が付いて行く。鈴田課長と倉庫係長が待っていた。
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「ここではどんなお仕事をしているのでしょうか?」
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鈴田は規定を見せて、それを説明する。 マーチンは菅野の通訳を聞いて | ||||||||||
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「このシステムはいつから動いているのですか?」
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「システムというと?」
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「規定に書かれた手順のことでしょう」
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「このシステムはずっと前から動いていますよ」
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「しかし規定の制定日は今から半年前です。ですからそれ以前はどんなシステムだったのでしょうか?」
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「あなたの質問の意味が分りません。私たちの仕事は規定を作る前と変わっていません。規定は今までやっていたことを文章にしただけです」
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「するとルールは以前からあって、ただそれが文書に書いてなかったということですか?」
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「そうです。ですからこのシステムはいつから動いていると言われても、誰にもわかりません。私がこの会社で働き始めてまだ2年くらいですが、それ以前からであることは間違いないです」
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マーチンは菅野に話しかけた。
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「訳さなくてよいですが、社長が言っていた元からある仕組みを文書にしただけと言ったのと同じことですね」
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「そうです。暗黙知を文書化して形式知にしたということでしょう」
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「なるほど、この会社のようなところは珍しいですね。 鈴田さんにとって、この職場の課題はなんでしょうか?」 | |||||||||
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「だいぶ在庫が減ってきましたが、もっと在庫を減らして回転数、わかりますかね? それをあげることです」
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菅野が説明するとマーチンはわかるという。
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「それと倉庫がだいぶ遊んでいますので、その場所を他社に貸そうと動いています。有効活用しないと・・」
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「倉庫係長さんの課題はなんでしょうか?」
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「今、倉庫係には5人います。それを一人減らすというのが私の今年の課題です」
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「具体的にどんな方法をとると人を減らせるのでしょうか?」
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「単純に在庫が減ればそれを扱う人はいらなくなります。そのためには先ほど課長が言った、棚残の回転数を上げることです。私の立場としては、倉庫の効率を良くするために、保管場所の見直しとか物の出し入れのルートの改善をしています。 それと工場間の運搬とか金型の出し入れも今は倉庫係が担当しているのです。製造の方でフォークリフトを運転できる人がいれば、その分人が減らせるし向こうも効率的になるので、製造課で今年講習会に行って免許を取る予定です。その指導は私の担当です」 | |||||||||
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「わかりました。じゃあおしまいです」
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マーチンが立ち上がってので、あわてて星山と菅野は立ち上がった。次は製造だ。 途中、菅野がマーチンに話しかけた。 | ||||||||||
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「今年の課題とかお聞きになりましたが、あれはどの項目に該当するのですか?」
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「4.1.1方針というのがありますよね、社長が方針を示すだけでなく、それが『すべての階層で理解され、実施され、維持される』とあります。社長の方針が課長や係長が理解して実際に展開しているかを聞いたのです」
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「はあー、でもマーチンさんは品質の課題とはおっしゃらなかったですね?」
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「品質方針といっても品質だけじゃないでしょう。おたくの社長の今年の方針は、管理課に対しては『棚卸残高の削減』と『倉庫業務の効率向上』がありました。課長も係長もそれを実現するように動いているようです」
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「はあ、そういうことなのですか?」
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「私たちは規格の要求事項を満たしているかどうかを確認しますが、そのために『この要求事項に対して何をしているか?』と質問するのは下の下でしょう。 どんな仕事をしているかを聞いて、規格を満たしているかを判断しなくては価値ある仕事ではありません。それも・・・実験計画法というのをご存じでしょうけど、それと同じく目的とする情報を少ない質問で収集するように計画することが審査員のテクニックだと思うのですよ。 オープニングで社長が『当社の仕事の実態を見ていただいて、規格と比較して判断するという審査をしてもらいたい』と言ってましたね。私たちは言われるまでもなくそのようなアプローチをしているつもりです」 | |||||||||
星山は二人の話がわからず、いささか嫌な顔をして歩いている。 昼飯は星山の車を菅野が運転して、審査員三人を4号線沿いのレストランに連れて行く。向こうが社長も星山専務も同席しないでけっこうと断ったのだ。 食べながら菅野は英語でいろいろ話しかけた。 | ||||||||||
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「審査員になるにはどうすればいいのですか?」
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「審査員の講習会を受けて、実際の審査に何度か参加しなければなりません」
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中根が下手な英語で話す。
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「私も少し前に講習会を受けたのです。外人による英語での講習なので難儀しました。そのうち日本語での研修も始まると聞きます。実は私は今回が初めての審査体験です」
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「菅野さんも審査員になりたいですか?」
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「面白そうなお仕事ですね。私は英語とタイ語が読み書きと会話ができます。できたらそういうお仕事をしてみたいなと思いました」
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「菅野さんは英語が上手と思いましたが、英語だけでなくタイ語もできるのですか! それはすごい。ぜひともスカウトしたいところですが、ご家庭は大丈夫でしょうか? この仕事は出張ばかりですからね」
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「考えが決まったら、そのときはお願いします」
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審査は順調に進み、翌日のクロージングでは全く問題がなかった。社長はあまりにもあっけないので拍子抜けしたようだ。 ●
ひと月もしないでISO登録証というものが送られてきた。単なるA4サイズの免状のようなものだ。星山がさっそく社長の部屋に持っていく。● ●
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「社長、ISO9001の認証の免状が届きましたよ」
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「なんだかありがたみがないなあ、苦労が少なかったからかなあ〜」
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「社長はそうお思いかもしれませんが、私や佐田、菅野さん、それに全社員が頑張ったのですよ」
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「本当かあ? わしが見るところ、以前のクシナダの仕事を取るために頑張ったときに比べて、今回はだいぶのどかに見えたぞ。 ところで、そうだなあ、認証を記念して金一封を出すほど余裕はないから、全社員に紅白まんじゅうでも配れ」 | |||||||||
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「紅白まんじゅうですか?」
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専務は驚いてすとんきょうな声を出した。
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「いやケーキでも構わんよ。総務に考えさせろ。それから | |||||||||
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「わかりました」
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素戔嗚に報告すると、社長や星山が考えていたどころではない反響があって驚いた。
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「星山よ、素戔嗚の本社から、ウチがISO9001認証したのは本当かって問い合わせがあったぞ」
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「本当かって、社長だってご存じのようにうそじゃありませんよ」
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「なんでも素戔嗚の工場でもISO9001の認証をしようと活動しているらしいが、まだ認証したところはないらしい。子会社の落ちこぼれと思われていたウチが認証したので大騒ぎになったらしい」
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「社長、落ちこぼれはないでしょう。いや落ちこぼれだったのは大昔のことですよ」
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「おまえの大昔は半年前か? ともかくそれでさ、素戔嗚でいかにしてISO認証したかという講演をしてほしいと言ってきた。詳細はあとで話すわ」 | |||||||||
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「ISO認証って、そんなにすごいことなんですか?」
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「おい、それで思いついたのだが、ウチのお客さんすべてに当社はISO9001認証しましたという挨拶状を出せ、大至急だ。 それから道路沿いに八岐大蛇の看板があったな、あそこにISO9001認証工場と書き加えろ、これも大至急だ」 | |||||||||
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「ハイ、すぐに手を打ちます。でも社長、それほどすごいことなんでしょうか?」
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「わしもよくわからん。でも活用できるなら最大限利用しよう。審査にかかったお金を回収しないとな」
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それから驚くことがいくつも起きた。● ● 話を聞くと確かにこのところ不良が少なくなったこともあるが、一番はISO9001認証したからだという。社長はそれを聞いて認証の効果はすごいという。 そしてすぐに営業課長を呼んでいう。 | ||||||||||
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「おい、お前の名刺にISO認証と書き込め。お前だけじゃなくて営業マン全員だ。古い名刺は捨ててしまえ。それから認証書のコピーを常に持って歩け。ドンドン配れ、ウチはISO認証したから品質は安心ですと言うのだぞ」
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「わかりました、でも今ある名刺がもったいないですからラベルを作って貼りましょう」
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「けちけちするな。その代り仕事はどんどんとれ」
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「社長、ISO9001を認証しても仕事の能力は変わりませんよ。今以上仕事を取ってどうするんですか!」
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