「佐田さん、聞きましたよ、お宅でISO9001認証したんですって!」
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「やあ横山さん、おかげさまで無事に審査終了しました」
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「佐田さんも冷たいなあ。ひとこと言ってくれれば審査を見学したかったのに。ウチじゃお宅に先を越されたってもう大騒ぎ、事務局を批判する大合唱で我々担当者は針のむしろですよ。我々は大勢でもう1年近く取りかかっていますからね」
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「ハハハ、それは良かった」
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「よくありませんよ。しかし佐田さんはあちこちの会社から指導をしてくれって声がかかってるんでしょう」
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「はあ? そんな話はまったくありませんよ」
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「ISO認証した会社は、これから認証する会社の指導とかコンサルをしているところが多いのですよ。それってお金になりますよ」
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佐田は冗談だろうと思った。ISO認証を指導する程度で、お金になるとは思わなかった。それから少し雑談してから電話を切った。 電話を切るとすぐ社長室に来いと言われた。社長室に呼ばれるなんてめったなことではない。おそるおそる部屋に入ると社長の他に星山専務がいた。 | |
「おお、ご苦労。佐田君に来てもらったのは良い話と悪い話があるんだ。まず悪い話をすると、ウチがISO9001認証したのは | |
当時、認証の日付を早くしたいというところは多かった。一日でも早く認証したいというのとは違う。一日でも認証した日を早くしたいということだ。場合によっては、審査の日よりも(以下省略) 理由としては、他社に負けたくないとか、取締役が退任する前にとか、どうしても年内に認証したことにしたいというとき、若干日付を動かしてもらったという例をいくつも見聞きした。すべての認証機関が融通をきかしてくれたのかどうかは知らない。 | |
「社長、でも子会社ではトップだったのでしょう」
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「そうだ、まあ残念というわけでもないか。岐阜工場では欧州に輸出するために、1年も前からプロジェクトを作って準備してきたという。それに比べてウチは、まあ4ヶ月くらいか? それに大プロジェクトでとりかかったわけでもない。ウチが認証したと聞いてみな驚いたそうだ」
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「そうでしょう、そうでしょう」
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星山はニコニコしていう。
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「良い話というのは、素戔嗚グループでは、今後本体の各工場と子会社すべてに、ISO9001認証をさせるという方針だという。それで今回ISO認証のための講演会を開くそうだ。そこで認証した素戔嗚の岐阜工場とウチに講師を依頼してきたのだ」
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「ぜひとも佐田君に行ってもらわなければ・・」
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「素戔嗚の、ええっと・・・品質保証部というところからの依頼をみると、管理責任者と担当者に話をしてほしいとあってだな。そんなわけで星山専務と佐田の二人で行ってきてくれ。時期は今月末とある。それと、俺には何だかわからないが、パワーポイントという方法で説明しろと書いてある」
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「パワーポイントというのは、新しい説明方式です。今まで小集団の発表会などではOHPというのを使っていたでしょう。セロファンに文字や絵を描いて、それを光で映す方法でした。パワーポイントというのはそれより進化して、パソコンから直接画面を映すものなのです」
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「ウチでもそんなことができるのか?」
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「原稿を作るのは普通のパソコンでよいのですが、映すにはプロジェクタという機械が必要です。これが高いようです」
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「プロジェクタがなくても発表用の資料を作ることはできるのか?」
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「できます。私はそのソフトは使ったことがありませんので、菅野さんに聞いてみましょう。彼女は知らないことがありませんから」
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「そうか、じゃ俺も発表用の下書きを作るから後の処理は頼むわ」
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「わかりました」
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「あのさ、菅野さんのことなんだが・・・懸念されることがあるのだよ」
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「何か彼女に問題がありましたか?」
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「問題というわけじゃないのだが・・・・先日の審査のとき、彼女が先方の審査員といろいろ英語で話していただろう。俺はわからなかったのだが、どうも話の内容が審査の通訳だけじゃなかったようなんだ」
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「はあ?」
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「おれは英語がからっきしだが、審査の後、審査員見習いとして来ていた中根さんという人と立ち話したんだよ。そしたら彼女は審査員になりたいと向こうのボスと話していたという」
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星山と佐田はそれを聞いて驚いた。
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「うーん、そりゃ・・・まあ彼女の立場で考えれば、こんな会社で腐っているよりも、大きく羽ばたいた方がいいかもしれませんね。元M商事の総合職でバリバリやってた人ですから」
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「ご本人の本意がわかりませんから、余計なことを言わないほうがよろしいでしょう。しかし審査員になれば出張が仕事でしょうから、お子さんがいてできるものでしょうか?」
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「確かにな、普通の転職というわけにはいかないね。菅野さんの娘さんはいくつになったのか?」
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「三つになって手がかからなくなったからとウチに入社して2年になりますから、5歳ですか・・」
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「そうか・・・まあ今の話は聞かなかったことにしてくれ。ただいつ彼女が辞めてもやって行けるようにしておかないといかんな。もちろん佐田がいなくなってもやって行けるようにしておかんとな」
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「はあ? そんな噂もあるのですか?」
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「お前考えてみろ、ISO認証のために、親会社の工場では1年がかりで、それもプロジェクトをたててやったんだ。それを小規模な会社とはいえほとんど一人で短期間にやりとげた男がいれば、本体のISO認証の旗振りをしている、なんだっけ(といって社長は本社から来た通知をながめて)品質保証部か、そこで佐田をほしがるのは目に見えているじゃないか」
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「私はこちらに引っ越してきてまだ二月ですよ。転勤になってまた引越しではたまりません」
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「そういう佐田の考えは良く分らん。考えてみろ、田舎の子会社と親会社の本社勤務とを天秤にかけたらわかるだろう。素戔嗚の社員なら、誰もがいつかは本社に行きたいと念じていると思ったが。川田なんかはその最たるものだ。もっとも最近は変わったか」
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ISO認証の講演会は素戔嗚の本社で行われた。東京駅から歩いて数分のところである。星山も佐田も、素戔嗚の本社に来るなどはじめてのことだ。二人は高いビルを見上げて言う。
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「さすがに本社はいいところにある。家賃は高いんだろうなあ」
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「まさにトレンディドラマの舞台ですねえ〜」
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トレンディドラマなんて言葉が使われたのはまさにこの時期、1980年代末から90年代初めである。生まれてからずっと田舎にいた私は、当時丸の内や幕張を舞台にしたドラマを観て、その風景と仕事場のすばらしさに感心していたものだ。 その10年後に運命のいたずらか、私は丸の内のオフィス街で働くことになった。とはいえトレンディドラマのような恋もなくかっこよくもなかったけど 私の職場の人たちはみな東大、筑波、京大、早稲田、慶応、留学その他有名大のドクターとかマスターばかりだった。そしてそういう人と田舎の高校しか出ていない自分が大して違わないことに気が付いた。不遜かな(笑) | |
「佐田さんも間もなくここで働くようになるかもしれないね」
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「ありえないですよ」
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「短い期間だったが佐田さんには感謝しているよ。 | |
「専務、冗談はやめてくださいよ」
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そんなことを語っているうちに本社に着いた。
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大きな会議室で座っている聴講者はざっと見て百数十名はいる。● 初めに品質保証部からISO9001と認証制度についての説明があり、グループ企業で認証した素戔嗚の岐阜工場と大蛇機工の紹介があった。それに続いて素戔嗚の工場の部長、担当者、大蛇機工の星山専務、佐田と順に話をした後、4名での討論のプログラムとなっていた。 品質保証部の話が終わると、ISO認証した素戔嗚の岐阜工場の大山部長の登場である。 | |
「岐阜工場は素戔嗚グループでは最初にISO9001の認証をしました。単に審査に合格したというだけでなく、私どもはISO認証の完璧なアプローチをしたと自負しております。
当工場の品質マニュアルとその下位文書の固有名詞を皆さんの会社の部署名に直せば、ISO審査は指摘事項なしで合格することを保証します。と言いますのは、私どもも最初から完璧だったわけではなく、マニュアル審査でも差し戻しになり、その対応をしました。また予備審査では不適合を5つ食らいました。不適合というのはダメということです。その不適合の是正を繰り返しましたので、現在の品質マニュアルと下位文書はブラッシュアップされて理想的で完全なものになったと考えています。 品質マニュアルは貴重なものですから、どの会社でも品質マニュアルは重要な機密扱いで外の人には見せません。当工場はそんなことはしません。ぜひともみなさんに当工場のマニュアルを活用していただきたいと思います。もちろんタダというわけにはいきません。当工場では7人のプロジェクトで1年がかりで認証活動を行いました。社内の工場とグループ企業には書類一式をフロッピィに入れたものを25万円で販売いたします。みなさんがこれから暗中模索で行うことを考えると、パソコンの一括変換で書類が出来上がるわけですから、非常に安い買い物です。 では詳細は担当の川中課長から説明いたします」 星山が小声で佐田に言う。 | |
「おいおい、わしにはあいつの言っていることが全く理解できないが・・・品質マニュアルって同じ文言のもので良いのか? 他社のものを一括変換で簡単にできると思っておるのか? ありゃどういう意味なんだ?」
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「私にもわかりませんね。そういうISOもあるのでしょう」
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「ISOじゃなくてUSOじゃないのか」
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壇上に50少し前と思われる川中課長と紹介された男が登場した。
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「ISO規格には要求事項というものがあります。shallで書かれているものですね。これがたくさんあるわけですが、そのすべてを実行しなければなりません。それから規格で記録を残せとあるもの、『4.16』参照と書いてあるものですね、これらはすべて記録を作成しなければなりません。このふたつを完璧に行わないと認証は受けられません。 私たちは規格要求事項、これが20項目あるのですが、その項目ごとに新しく社内規定を作りまして、shallで書かれたことをそこに盛り込み、要求事項に完璧に対応する手順書を作りました。 実際にそれを行うに当たっては、いくつか問題がありました。例えばISO規格には文書管理という項目があります。当工場には以前から図面管理規定、工場規則管理規定などがありました。これらとISO規格の文書管理をどのように整合を取るといいますか、関係を整理しなければなりません。いろいろ検討した結果、ISO対応はまったく別の文書体系を作ってしまうという結論になりました。それで品質マニュアルで引用している文書は、従来からの工場の文書とは別の体系で作成しました。ISO審査には品質マニュアルを頂点とするISO用の文書だけで説明するのです。従来からの文書は一切見せない、ないことにしています。 この手間が非常に大きかったです。しかしご安心ください。先ほどウチの大山部長が説明しましたように、岐阜工場の固有名詞を皆さんの会社の部門名に一括変換すれば手間はかかりません。 同様に記録もISO対応として新規に必要なものを作ることにしました。その体系は次のようになります。 | |
規格対応に規定がありますから、その関係も非常に簡単明瞭です。審査でも審査員がわかりやすく審査しやすいと好評でした。そんなわけで、私どもはこの方式に自信を持っております。 あ、みなさん心配することはありません。品質マニュアルだけでなく、これらの手順書についても全部フロッピィに入っています。部門の名称とか役職名の一覧がまとまっていますので、それらを一括変換することによって数分間で皆さんの会社の品質マニュアルと手順書を完成することができます」 | |
「審査員に好評だと何かいいことでもあるのだろうか」
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佐田は黙っていた。 川中課長の話が一段落すると、会場から何人もの質問者が手をあげた。 川中課長が指す。 | |
「お話をお聞きしますと、従来からの社内規定とISO対応の手順書の二重構造になるようですが、運用はどうするのですか?」
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「ISO対応での仕事は、従来の文書ではなくこちらの文書に従うことになります。記録も同じです。ISO対応と従来からのものが二本立てになりますので、まあそのへんはちょっと手間がかかります」
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「二重になってしまうと手間が大変ですね」
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「従来の方法ではISO審査が通らないのです。ISO審査で合格するためには、この方法を採用するしかありません」
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「認証の指導もしてもらえるのですか?」
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「費用を負担していただければ指導いたします」
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そんな質問と回答を星山と佐田は呆れて聞いていた。 15分ほど休憩の後、星山専務の番である。 | |
「当社はプレス屋でして、俗にBtoBと呼ばれる仕事ですので、最終製品を作っているわけではありません。今までいくつものお客様から品質保証協定を要求されていました。そしてお客様によって要求事項が異なりまして、その対応に手間がかかっておりました。そういったことは、皆様もご経験がおありでしょう。たまたま、お取引先から当社がISO9001の認証を受けると、個別の品質保証協定は締結しなくてもよく、品質監査も以降はしないということをお聞きしました。それが事実であれば大幅な省力ができると考えました。 それと話は変わりますが、当社は過去から品質が悪いという評判でした。残念ながらこれは事実でした。しかし1年半ほど前から、品質向上、生産性向上を掲げて活動をしてまいりまして、おかげさまで品質向上と生産性の大幅な改善を達成して、結果として損益改善も実現できました。そんないきさつもありまして、ISO認証制度があると聞いて、当社の仕組みがISO規格を満たしているか確認してもらおうという発想が起きました。認証することが目的じゃありませんから、審査で不合格でも何が悪いか分ればそれだけでも効果であると思いました。 ですから先ほどの岐阜工場さんの場合とは二つの違いがあります。ひとつは外部からの要求ではなく自発的にISO認証を受けようとしたこと。もうひとつはISO認証するために何かをしなければならないということではなく、現状の当社の仕組みを評価してもらったことです。 ですから当然ながら私どもではISOのために新たに文書を作ろうとか、まして文書体系の見直しとか新規に文書体系を作るなどという発想はまったくありませんでした。 もちろん品質マニュアルは必要ですから新規に作りました。ただその位置づけはISO規格の項番に対応する社内規定との対応表であるという認識でしかありません。私どもは品質マニュアルに価値はないと考えています。従業員は品質マニュアルを見ることもありません。品質マニュアルは会社の文書をそのまま出せないので、審査のために作成した会社規則のサマリーであるという認識です。 このように従来からの仕事をそのまま見せて審査を受けるというスタンスですから、今までしていた仕事が変わることはありません。そんなわけですから、ISO認証を受けても会社が良くなることもありません。いや会社が良くなるはずがないと理解しております。 そのような当社の考えを認証機関にも事前に説明しておりまして、先方からもそういう考えで問題ないと回答を受けておりました。そして審査を受けた結果、まったく不適合がなく認証書を頂いた次第です。 審査を受けて感じた課題は、審査員はイギリス人でしたので通訳が必要だったことがあります。現在当社には英語がペラペラという女性がおりますのでこれに頼っていますが、日本語で審査を受けられれば良いと考えています」 | |
星山が話を終えると、大勢が手をあげた。
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「まったく何もしないでISO審査を受けて合格するとは信じられないのだが」
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「正確に言えば新たに作成した規定はあります。例えば内部監査規定です。今までの品質保証協定書では内部監査を要求されていなかったので、これは新たに制定しました。但し長期的には一般的な内部監査と一本化するつもりです」
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「先ほどの大山部長のお話と全く違いますが、それでISO審査は大丈夫なのですか?」
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「大丈夫かと問われると、審査で不適合はなかったということ、現実に認証書をいただいたということですね。 あまり細かいことを質問される前に、担当の佐田部長から説明させていただきましょう」 | |
次が佐田の番だ。 | |
「基本的なことを話して恐縮ですが、会社とは世の中に貢献するために存在しています。そしてそれを実現するために事業をしているわけですが、そのためには社内のルールを作らなければなりません。なぜなら仕事の手順や判断基準を、その場その場で考えていたり、ときと場合によって異なるのでは、円滑で効率的に業務を行うことはできません。みなさんの会社でも仕事の進めかた、判断基準などは会社の決まりとして存在しているはずです。もちろんそれらがすべて文書化されているかどうかは会社によって違います。そしてその手順は会社によって、また工場によって異なるでしょう。私はそれが企業文化だと思います。 ではISO規格というものを考えてみましょう。ISO9001の序文には『品質システムの要求事項を規定する』とあります。規格とは満たすべき条件を決めた仕様書です。いいですか、ISO規格は設計図ではありません。お客様から仕様書を頂いたとき、それで物を作ることはできません。客先仕様を満たすためにどのようにするかを考えて設計しなければなりません。ISO規格は仕様書ですから、規格に従って仕組み作りはできません。規格を満たす仕組みを私たちが考えて、それを作らなければならないのです。これを忘れてはいけません。 そういったことを踏まえると、ISO規格からスタートするという発想にはなりません。私たちは昨日今日できた会社ではないはずで、今までちゃんと動いていた会社のルールが存在しているはずです。ですから当社では現状の会社の仕組み、手順がISO規格を満たしているかどうかを確認しました。 ISO認証しようとした時点での当社の規定体系はこちらです」 | |
「左側は業務のカテゴリー毎に分けてあります。もちろん会社によって規則体系は異なるでしょうけど、大まかに言えばみな同じようなものになるかと思います。 この現在の文書体系がISO規格対応で間に合うかを確認しながら、規格項番ごとに対応を当てはめていきました。それが次の図です」 | |
「ISO規格でshallと書いてあることが、右側の規定で十分に満たしているかどうかを調べました。その結果ですが、先ほど専務が説明しましたように、一部の規定において内容を補ったり、わずかですが新規制定したものがありました。でもまあ9割方は従来の文書と記録で間にあいました。 先ほどの岐阜工場さんの文書体系とは、全く異なっていることがお分かりと思います。わたしどもにはISOのための文書はありません。ISOのための記録もありません。すべて業務に必要なものとして従来から存在しているものを、ISO規格で引用というか参照しています。 なお付帯サービスはしていませんので『ない』としています。また統計的手法はいろいろな手順の中で用いているので、わざわざ統計的手法規定などというものは作っていません。 そんなわけで私どもではISO認証の活動といっても、大げさなことはしませんでした。プロジェクトなど立ち上げることもしませんでしたし、準備のために残業することもありませんでした。認証するまでの担当としては私と女性が一人、二人ともISO専任ではありません。ともかく、あるがままの実態を見ていただいて評価してもらうというスタンスです」 | |
佐田の話を聞いてみながガヤガヤ言い出した。 | |
「佐田部長のお話を伺うと、何もしないでもISO認証が受けられるということでしょうか?」
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「それはお宅の会社を調べないとわかりません。当社の場合は、ほとんど不足はなかったということです。会社によっては不足があるところもあるかもしれません」
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「御社は、元々レベルが高かったということですか?」
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「レベルというよりも認証というものの考え方、認証へのアプローチの違いではないでしょうか」
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「ISO認証のために作る手順書とか記録の様式などの本がありますが、あれについてどうお考えでしょうか?」
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「どのような仕組みが良いか、どのような手順が合っているかは、それぞれの会社によって違うでしょう。ですから手順書のひな型とか様式のひな型などに合わせることはできないと思います。吊るしのスーツじゃ体に合わないのです。オーダーメイドでないと会社のシステムは有効にはなりません」
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「先ほどの大山部長とか川中課長のお話では、岐阜工場のマニュアルと手順書を一括変換するとすぐにISO認証できるというお話についてのご意見は?」
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「その方法でもたぶんISO審査は合格するでしょう。但し、それがその会社や工場にとって良いことなのかどうかとなりますと、私は非常に懐疑的です。 あのですね、会社は事業を推進し社会に貢献するために存在しています。青臭いかもしれませんが私はそう考えています。ISO審査に合格するために、会社が存在するわけじゃありません。よその会社の手順書や記録の様式をありがたくいただいても、その会社に見合っていないならそれは企業にとって良くないだろうと思います。そして二つと同じ会社があるはずはありませんから、他社の文書を持ってきて良いはずはないでしょう。 お断りしておきますが、決して岐阜工場の批判をしているわけではありません。 誤解ないようにもうひとつ付け加えます。今ビジネス上すぐにISO認証しなければならないという状況であるなら、吊るしであろうと借り着であろうと素早く認証を受けることは意味があります。しかし自分の会社の仕組みをダブルスタンダードにしたくないなら、会社の身の丈に合ったシステムでなければなりません」 | |
少しの休憩をはさんだ後、品質保証部の課長が司会で4名の対談となる。 |
「ISO認証をされた二つの事業所ですが、まったく異なるアプローチでした。それを私は非常に興味深くお話を伺いました。双方とも既に認証しているわけで、それぞれ自分たちの方法に自信がおありだと思います。まず意見とかおありでしたらご発言いただきたいと思います」
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「じゃ、私から。星山専務と佐田部長のお話を伺いますと、まったく理想的な方法で異論など唱えようがありませんが、本当にそのような方法で審査は問題なかったのでしょうか?」
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「全く問題ありませんでした。ただ審査員ともお話をしましたが、どうも審査員の力量というのでしょうか、その辺によって審査方法が異なるのかもしれません」
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「審査方法が異なるとは?」
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「ISO規格の要求事項を満たしているかどうかを確認するのが審査であるわけですが、私が考えるに、その方法はふたつあると思われます。 ひとつは『この要求事項をどのように満たしていますか?』という質問する方法があるでしょう。もうひとつは、現場の仕事あるいは文書や記録を観察して、その会社の仕組みがISOの要求事項を満たしているかを審査員が考えるという方法です。 私どもではオープニングで社長が、従業員にISO規格を満たしているかなど聞かないでくれ、現場を見てISO規格を満たしているかを判断してくれと要請しました。当然、ISO規格の言葉を使わないでくれと言いました。例えば品質方針にしても、当社にはそういう名前のものはありません。 そんなことをお願いしましたところ、イギリス人の審査員は社長のいう方法で審査するのは当然だと回答がありました」 | |
「確かにウチに来た審査員は、あぁ日本人だったけど、『4.9.2を審査します』とか『なになにを確実にするために何をしていますか』なんて質問をしていたなあ〜」
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「当社ではほとんどが『あなたの職場のお仕事を説明してください』それから『仕事を決めている文書を見せてください』というふうな質問でしたね。当社の仕組みが規格要求事項を満しているかどうかは、審査員が頭の中で考えたんだろうと思います」
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「脇から失礼ですが、オロチさんでは従業員にどのようなISO教育をされたのでしょうか?」
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星山は佐田を振り返った。
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「オイ、ISO教育とはなんだ?」
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「当社ではISO教育なんてしませんでしたね。教えることがありませんから」
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「ええ! ISO教育をしていないって!」
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「認証を受けるに当たって、従業員にISO規格の説明などはされなかったのでしょうか?」
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「そういったことは、なにもしていません」
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「えええ」
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「それが何か問題でしょうか? というよりも幹部会議でISO認証を目指すと説明しましたが、一般従業員にはISO認証を目指すなんてことも言ってません」
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「当社は本当に何もしませんでした。ポスターも貼らなければ、品質方針も壁に貼ったりしませんでしたね」
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「各職場でISO委員などは任命したのでしょう? そういった方々が動いたとか・・?」
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「ISO委員というものがなんだか分りませんが、そのようなことはしていません。活動も職制を通じて指示しただけです」
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「えっ、ISO認証組織も作らなかったのですか!」
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「お宅ではISOをそんなに甘く見ているのですか」
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「甘く見るもなにも、そもそも初めに申しあげましたように、当社がISO規格を満たしているかどうかの確認を認証機関に依頼しただけです。それに当社では常日頃から従業員には会社のルールを守れと周知していますので、それで十分ではないのかな?」
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「でも、品質方針はカードにして配布したのでしょう?」
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「はあ、オイ佐田さんよ、方針カードとはなんだ?」
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「なんでしょうねえ」
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「当社では品質方針そのものを教えたこともありません。いや待てよ、そういえば社内報のお正月号の中に載せてはいたな」
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「じゃあ方針を知っているかと聞かれたら、従業員は答えられないじゃないですか。審査で品質方針を知っているか聞かれなかったのですか?」
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「審査員は現場で課長や係長から一般従業員やパートの人にいたるまで、何人にもインタビューしました。そのとき『品質方針を知っているか?』という質問は一度もしませんでしたね。その代り『あなたの仕事のポイントは何か?』とか『あなたの今年の課題はなにか?』『そのためにあなたは何をしているのか?』という質問をしていました。そしてその回答が社長の年度方針とあっているか、その職場の課題と整合しているかを確認していたようです。 ええと、私もISO規格など詳しくないが、方針を暗記しろとか暗唱できることなんては書いてなかったと思う。規格の文言は『すべての階層で理解されていること』ではなかったかな。暗記と理解は違う。方針の文言など、どうでもいいことだと私は思う。また方針に書いてあったことでも、他の人に関わることまで覚えることもないだろう。自分が今何をしなければならないかを理解してそれを実施することが大事じゃないだろうか」 | |
「ええっと、ISOを認証しようとしている会社のほとんどは、方針を印刷したカードを従業員に配って、方針を聞かれたらそれを見せろという指導をしていますね。星山専務は逆にあれでは周知にならないとお考えですか?」
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「カードを配って効果があるかどうかでしょうねえ。実際に中身を理解してそして動いてくれなくちゃ社長が嘆きますよ。なにごとも形よりも実質でしょう。『ハイ』と愛想よく返事はしても働かない部下と、返事もしないけどしっかり仕事をする部下とどちらが良いかと言う話ですわ。 そういや旧約にあったじゃないか、父親が息子たちに『ブドウ畑で働け』と言ったとき、兄は『ハイ』と言ったけど行かず、弟は『嫌だ』と言ったけどちゃんと仕事したという話で、どちらが父親の望み通りだろうかというオチの話が・・」 | |
「専務、そりゃ旧約じゃなくて新約のマタイの福音書でしょ」(マタイ21章28節)
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「そうだったか、ともかくISOというものが特別だと思う理由はなにもありません。会社の仕事ですから、常識で考えることに尽きるのではないかな」
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「英文では、方針をunderstand、implement、maintainせよとあります。暗記せよとか暗唱させろではありませんよね」
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「おっしゃることは立派に聞こえるのですが、現場で質問された方たちは、ええと『あなたの今年の課題はなにか?』と聞かれたときですね、お宅の従業員は答えられたのでしょうか?」
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「そりゃ当然だよ。当社では常日頃、現場の係長やリーダーが部下に、この職場の任務は何か、職場の問題は何か、あなたに何をしてほしいかということを教えています。ですからパートの人だって、自分の責任というものを理解していますよ。 そうそう、責任とか権限と簡単にいうけれど、責任と権限はまったく異なる概念だ。そういうことをしっかり従業員に理解させるということは、ISO規格以上に重要ですな。 わしは思うんだが、方針の理解というのは人により部門により異なるだろう。異ならなくてはならないんだ。みなが同じく品質方針を唱えるなら、それこそが異常ですよ」 | |
「はあ? 人により部門により方針の理解が異なるべきとおっしゃるのはどういうことでしょうか?」
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「方針といってもご大層なことを期待しているわけじゃない。方針展開という言葉もありますね。例えば『火の用心』といってもですね、社長が火の用心と言えば、取締役、部長、課長と各職制、職階に展開して、一般社員は、消火器の点検、避難訓練、非常持ち出しなど自分の担当することを再確認し、実際に訓練したりすることになるでしょう。 大山部長さんのご質問に答えるなら、パートの人なら『常に作業指示書を見て仕事をすること』であるかもしれない。作業者であれば『プレスの段取り時間短縮を考えること』かもしれない。係長であれば『新人育成』かもしれないし、課長であれば『棚残回転数を上げること』かもしれない」 | |
「すると御社の従業員はみなそういうことを考えているということですか」
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「そりゃ当然じゃないですか。企業で働く人は、自分の職場、自分のタスク、課題を認識して常に改善・向上を図る義務と権利があります。当社ではパートの人でも作業指示書を書いたりしています。もちろん規定で定める決裁を受けなければ正式なものにはなりません。 とにかく誰もがワイワイ議論して改善をするぞという雰囲気です。そんなことISOと関係ない、会社とはそういうものでなければならん」 | |
星山専務が延々と話すのを相原課長はあわてて手をあげて星山を制した。
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「星山専務、分りました、分りました。川中課長が次の質問をしたいようですから・・」
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「審査では内部監査がよく問題になるようです。オロチさんでは内部監査員の教育を、どのようにされました?」
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「はて、内部監査員の教育なんてしたか?」
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星山専務は佐田の方を振り向いた。
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「内部監査というのは、単に会社のルール通りに仕事をしているかを見るだけです。私どもでは特段手法などを教育をした記憶はありません。とはいえ管理職くらいの見識がある人でないと勤まらないでしょうけど」
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「内部監査員はISO規格をよく理解していなければならないはずですが。内部監査員にはISO規格の教育をしたのですか?」
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「いや内部監査員にもISO規格の教育というものはしていません」
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「えぇ!、内部監査員がISO規格を知らなくても良いですって!」
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「ISO規格を手順書、手順書といっても固有名詞は様々で当社は規定といいますが、それがISO規格を満たしているかどうかは私が確認しました。ですから内部監査員はISO規格を知らなくても、会社の規定すなわちルールを守っているかを監査すればISO規格を満たしていることを確認したことになります」
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「おかしいなあ、内部監査員はISO規格を知らなくてはならないはずだ。ええと、ISO1011-1には『品質監査を実施する資格を持つ者』となっている」
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「おっしゃるように監査員の定義がISO10011-1:1990にありますが、『品質監査を実施する資格を持つ者』とは、別にISO規格を理解していることとは思えません。もちろん洞察力、コミュニケーション能力、協調心とか必要条件はあるでしょうけど」
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このときまだISO19011はない。それはこのお話の10年後の2003年制定である。
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「話を戻しますが、佐田部長がISO規格を社内規定が満たしていることを確認したとおっしゃいましたが、それが確実かどうかどうして確認できますか?」
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「だって認証機関にマニュアルを提出するでしょう。認証機関はマニュアルを審査して合格しなくちゃ審査に来ません。先ほど大山部長もマニュアル審査で合格してから審査になったとおっしゃったでしょう。私が確認しなくても、審査に来るということはマニュアルが規格を満たしているということです」
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「そういうことになるのか・・・・・」
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「どうもオロチさんのお話をお聞きすると、我々と世界が異なるようだ」
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「世界が異なるのではなく、視点の違いではないでしょうか? 同じ風景でも見る人の立場、気持ちによって異なるのではないかと思います」
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「難しく考えずに、出発点に立ち返って考えれば良いのではないかな。先ほど佐田が言いましたように、会社は社会に貢献するために事業をしているわけです。そのために手順や基準を決めます。ISO規格はそれらが一定水準にあるかどうかを判定するに過ぎません。ISO審査に合格するためという発想を捨てて、自分たちの会社の仕組みは大丈夫かという発想、そういった考えから進めば迷うことはないように思います」
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討論は続き、その後に聴講者から質問が相次いだが、岐阜工場と大蛇機工のアプローチについての妥協点は見いだされなかった。
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