「昨日、だいぶ下がったね」
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「はあ、なにが下がったのですか?」
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「オイオイ、株式市場だよ、ここんところ下がり気味だったけど、昨日は大幅値下がりで、世の中ひっくり返ったような大騒ぎだったんだよ。君は株に興味がないようだね」
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「すみません。そういったことにアンテナを張り巡らしておかないといけませんか?」
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「ハハハ、実を言って、わしも株なんて買ったこともないし、買う気もない。毎日日経を見ているけど、それが会社の経営というか仕事に役に立ったことはないね。もちろんウチだって世の中の景気・不景気に大きく影響されるのだが、我々のビジネスと東証株価の関わりは密接じゃないようだ。まあ日経には、ときどき取引先の人事異動とか新製品発表などが載っているので、そういうのが訪問したとき話のネタになるくらいかな。そういう話題は、向こうが気を良くするからね」
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「なるほど、私も関心を持つようにします」
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「日本の株はバブルじゃないかと言われているが、今回ばかりでなく、まもなく大幅値下がりする危険があるのかもしれないな」
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コーヒーが沸いたので二人は飲みながら雑談をした。平穏な朝であった。 始業後1時間くらい経ってから、倉庫係長が川田取締役のところに来た。取締役の部屋に行くのに佐田の部屋を通ったので気がついた。普段は倉庫係長が川田取締役に来ることはないから、何かあったのだろうか。そう思ってみると、倉庫係長は深刻な顔をしている。倉庫係長は役員室に入ると、川田取締役と何か話をしているのが佐田にも聞こえたが、内容まではわからない。佐田は特に気にもしなかった。 倉庫係長が出ていくと、川田取締役が顔を出した。 | |||||||||||
「佐田君、星山専務を知らないか?」
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「そこにいらっしゃらなければ総務か営業でしょう。川田さんに連絡とるようにお伝えしましょうか?」
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「いや、私が行く」
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総務も営業もふたつ隣の部屋だ。 ほどなく川田と星山が連れだって取締役室に入った。佐田は気にもせずに仕事をしている。 しばらくすると総務課長が取締役室に入っていく。 外線がかかってきた。 | |||||||||||
「ハイ、大蛇機工です」
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「鈴田さんいるかね?」
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「鈴田は職場が違いますので、電話を転送しましょう。お名前を伺ってよろしいでしょうか?」
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「マツフジの金子だ」
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感じの悪い人だなあと心中思いつつ、管理課の番号をダイアルする。
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「ハイ、管理課です」
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「マツフジの金子さんという方から鈴田課長に電話が入ってます」
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「今日、鈴田課長はお休みです」
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「じゃあとりあえずつなぐから、そちらでそう言ってよ」
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「実はその金子さんって方から今日何度も電話が来て、そのたびにそう言っているのですよ」
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「わかった、じゃあ、そっち切ってよ」
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管理課で受話器を置くと自動的に佐田につながる。
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「職場の方を確認しましたら、今日はお休みをいただいているそうです」
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「隠したりしてねーだろうなあ」
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「隠すも何も、本日は本人が会社に出勤しておりません」
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ガチャンと電話が切れた。 さすがの佐田もなにごとかと思う。そういえばマツフジって、ダンスのコマーシャルで有名なサラ金の会社じゃないかと気が付いた。 川田取締役たちはなにごとかあったらしくあわただしかったが、ともかく日が暮れてその日は終わった。 佐田が帰ろうかと支度をしていると、星山が部屋から出てきた。 | |||||||||||
「佐田さん、ちょっと話がある」
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会議室に連れて行く。
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「鈴田課長がというか、鈴田一家が蒸発したらしい」
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「はあ? そういえば今日は彼の職場に何度も電話が来たようですね、私も一度電話を取りました」
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「総務にも現場にも何度も彼を出せって電話が来た。株で損して、挽回しようとサラ金から借りてまた損を出してと、お決まりのコースだな。昨日の夜から今日の明け方にかけて、一家で夜逃げしたらしい。川田取締役から福島工場に頼んでご自宅を見に行ってもらったが、もぬけの殻だったそうだ。計画的だったのだろう」
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「誘拐されたとかではないのでしょうか?」
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「それなら電話がジャンジャン来ることはないだろう。ともかく警察には話はしておいた」
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「そういえばだいぶ前ですが、彼が株をやっているなんて話を聞いたことがありましたね。その時の話では、お遊び程度だと言ってましたが・・・ 彼には子供さんが二人いて、小学1年と幼稚園だったと思うけど・・どうするんだろう」 | |||||||||||
「わしも奴が会社で勤務時間に短波ラジオで市況を聞いているという話を聞いていた。まあ身から出た錆ってやつだろう。しょうがないなあ。明日、社内に彼に関する電話が来たときの対処方法について通知を出す。仕事の方は、とりあえず鈴田課長の代わりは川田取締役がすることになった」
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「お話はそれだけでもないのでしょう?」
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「そうだ、先日我々が | |||||||||||
星山の話はあちこちに飛んで要領を得ない。佐田は黙って聞いていた。
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「それでISO認証したいという二社を選んで、それぞれが岐阜工場と大蛇機工の指導を受けるというトライアルをすることにしたという。他の会社はその状況をみて、どの方式でいくかを考えるという」
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「はあ? つまり私がその片方に行って指導をするというのですか? 他人事なら面白い試みだと言いたいところですが、自分がその立場ではバカバカしくて、やる気がしませんね」 | |||||||||||
「派遣費用、旅費だけでなくかかった人件費などは本社持ちだという。まあ、当たり前だな。 与えられたタスクは、半年の間に何度か指導に行って、その工場をISO審査受けられる状態まで持っていくことだ。ぜひとも頑張ってくれ。ウチの評判をあげて、岐阜の怪しげなISOを叩きのめしてほしい。 で、細かいことは来週 | |||||||||||
「専務、正直、そんな仕事は乗り気じゃないですよ」
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「そういうな、これは命令だ。 それから佐田さん一人じゃなくて、ときどき菅野さんを連れて行ってほしいのだ」 | |||||||||||
「はあ どうしたのですか?」
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「先日、菅野さんが審査のとき、向こうのゴードン氏に審査員になりたいという話をしていたといっただろう。あのあと、わしは菅野さんと話をしたんだが、そこまで本気ではないらしい。ただISOに関心があって、もっといろいろと勉強したいと言っていた。今回費用を親会社が持つなら、菅野さんに行ってもらうのもいいだろう。指導するのが最大の勉強だからな」
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佐田は自分が指導することにも、菅野が関わることにも引っかかるところがあり、なにか釈然としなかった。
●
佐田はまた素戔嗚本社にやって来た。今日は品質保証部の会議室だ。● ● 参加者は品質保証部の下田部長 、相原課長 、岐阜工場の川中課長 、そして佐田だ。
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「やあ、忙しいところ参集いただきありがとう。当社グループは品質保証体制の強化のためにISO9001シリーズを認証することを目標に掲げている。既に君たちの二拠点がISO9001を認証してくれた。 先週かな、君たちに認証するまでの活動報告会をしてもらったが、二社のアプローチがまったく正反対で、聴講者からいったいどちらの方法が良いのか、どちらでするのかという質問を数多く頂いた。正直言って我々も明確な方向を決めかねている。 そこで君たちにそれぞれ認証活動を指導してもらう、まあコンサルだな、その状況をグループ内に広報して、アプローチ方法を決めていきたいと考えている」 | |||||||||||
「ISO9001を認証しようと活動をしている工場や会社がいくつもありますが、既にかなり活動が進んでいるところは除外して、認証したいけどまだ取り掛かっていないという会社を二つ選びました。どちらも従業員400名前後のアッセンブリー業です」
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相原課長は二人に資料を配った。 一社は静岡にあり、他は横浜にある。どちらの工場にオロチからも岐阜工場から行くのも似たようなものだ。そのへんは良く考えて選んだのだろう。 | |||||||||||
「指導方法としては常駐するのではなく定期的というか、進捗に合わせて数回出張して行うことを考えています。期間は最大10か月もあれば十分かと考えています。ゴールは審査を受けられるまでにすることと想定しています。 みなさんが指導したことと工場が実施したことは、まとめて各社のISO担当者に定期的に広報する予定です。また各社はトライアルを行う工場に来て、皆さんの指導をみることができるものとします。 勝敗を決めるつもりはありません。ただ方法と結果を見て、我々が今後グループ内にISO認証指導をしていくときに反映することになります。グループ企業がISO認証するときにどちらの方法を選択するかも各社の自由です。各社がみなさんの指導をみて判断してもらいます」 | |||||||||||
「何か不明なところはあるかな?」
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「ありません、いつから取り掛かるのでしょうか?」
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「すぐにもお願いしたい。相原課長、どっちがどっちを指導するんだ?」
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「ここで決めたいと思います。コインで決めましょう。私が投げますから」
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「じゃあ、私は表。年号が書いてある方が裏ですよ」
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相原課長が500円玉を放り上げた。
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「表だ」
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「それじゃ、私は近い方の静岡を取ります」
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「それはありがたい、私も横浜の方が近いですから」
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「どちらの工場にも最初は私がご案内いたします。初回の先方の担当部署の管理者と担当者との打ち合わせを行うまではこちらが幹事をいたします。それ以降は、みなさんが工場と調整して計画を立ててください。 毎回指導をした後に、使用した資料、議事録、進捗状況をまとめてこちらに提出いただきます。指導を受ける工場の方にそれをしてもらってもかまいません」 | |||||||||||
その後、事務処理などの打ち合わせが続いた。
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静岡の静岡素戔嗚電気である。本社の相原課長、岐阜工場の川中課長がやって来た。● ● 対応するのは静岡素戔嗚の製造管理部長の鶴田、品質保証課長の福井、担当の橋田である。
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「だいたいの進め方を説明します。全体のスケジュールを表にしましたのでご参考願います」
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「なるほどこのスケジュールを拝見すると、あまりプロセスが複雑じゃありませんね。近隣の会社でISO認証活動をしているところがありまして、見学に行ったことがありますが、とにかくすることがたくさんあって難しそうでした」
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「そうでしょう、そうでしょう。私どもの指導では、実施することを必要最小限にしています」
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認証活動の概要説明をしたのち、川中は実際の作業の説明に入った。本社の相原課長は黙って様子を見ている。
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「まず文書と記録様式を作ります。このフロッピィに岐阜工場のすべて文書と記録のデータが入っています。お宅にもウィンドウ3.1で動くパソコンがありますね。それらの文書を、ワードで一括変換するとできあがりです。 マニュアルから様々な手順書や記録など、だいたい200件くらいありますから、作業に少し時間はかかります。そうですねえ〜、数日はかかるでしょう。 それと並行にISO対応の組織を作ります。活動の中心になるISO事務局を作り、各部門からISO担当者を任命します。私のところではISO委員と呼んでます。この人たちが各職場でのISO推進を担います。そのためにISO委員を集めてISO規格の教育をします。そしてISO委員が、それぞれ自分の職場の人たちにISO教育をしていくということになります」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「するとまず最初にすることは、岐阜工場の職制とウチの職制の対照表を作ることですね」
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「そうです。とりあえず今日と明日は対照表を作り、それを基にいくつかの文書の部署名の変換をやってみて、残りの文書記録をみなさんができるようなるまでを予定しています。 では最初の作業の対照表作りです。マニュアルや手順書で使っている部門の固有名詞をまとめたのがこの表です。この表の右側の列に静岡素戔嗚電気と書いてありますね、そこに該当する御社の部署名を入れてほしいのです」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「おお、川中課長は段取りがいいんだねえ〜。なるほどこれならジャンジャンと仕事が進みそうだ」
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福井と橋田がしばらくその用紙をながめて、小声で話し合っている。
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「まず職制の対照表を作るとおっしゃいましたが、どうもそれは簡単にはいきませんね」
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「どうしてですか? 簡単でしょう。この表を埋めていけばいいのですよ」
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「どうもお宅とウチでは職制が1対1じゃないのですね。工場長にあたるのがこちらでは社長というのはわかります。管理責任者は誰になるのでしょうか?」
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「品質保証部門の管理職の方がよろしいですね」
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「ウチでは品質保証課は製造部に所属しているので、そうなりますと製造部長になりますが、それでいいのでしょうか?」
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「管理責任者は製造部門の責任者ではまずいそうです。福井課長は品質保証課長でしょう。福井課長が管理責任者ではいけませんか?」
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「でも私の上が製造部長ですけど、それでいいのでしょうか? それと管理責任者が課長でも良いのでしょうか?」
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「うーん、それじゃとりあえず品質管理責任者はあとで決めることにしましょうか」
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「それから営業部門といっても、当社は岐阜工場と違いまして、お客様対応で営業課がみっつあります」
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「それは気にしなくても良いのですよ。いくつかあるなら『営業部門』としておけばよろしいでしょう」
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「ちょっと岐阜工場のマニュアルをみたのですが、文章を読みますと『顧客からの注文を受けてそれの対応ができるかの検討、社内への生産指示などを営業課がする』となっています。岐阜工場の規模は大きくても、工場の顧客は実質的に素戔嗚本社だけですから、それで間に合っているのだと思います。しかし当社では顧客対応でいくつも営業課がありますが、それらは顧客からのオファを受けることをはじめとして、顧客とのいろいろな交渉窓口部門をするだけでして、当社の生産能力や損益を検討して受注可否を決定する部門は営業企画課です。そしてまた、社内に生産指示をするのは生産計画課になります。単に現在のマニュアルの文章のままで部署名を入れ替えるだけでは実態とかけ離れてしまいます。そうしますと部門名を入れ替えるだけでなく、文章を大幅に見直さなければなりません」
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「確かにそうなるなあ〜」
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「うーん、とりあえず福井課長さん、その問題をメモしておいていただいて、次に進みましょう。他にもいろいろ問題が出てくるでしょうから、あとでまとめて議論したいですね」
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「わかりました。橋田君、そうしてくれ」
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「わかりました。そうしますと管理責任者は誰にするかということと、営業の職務分掌がマニュアルのひな形とは異なることですね。 ところで、その例とは逆に当社の製造部門は人数も少なく、岐阜工場よりも課や係が少ないのです。例えば岐阜工場では計測器管理は製造部計測器管理課がすることになっています。しかし当社では製造部製造課が担当しています」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「そんなこと気にしないでいいですよ。ええとマニュアルで『計測器管理は製造部計測器管理課が担当する』という文章を『計測器管理は製造部製造課が担当する』とすれば問題ないじゃないですか」
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「でも岐阜のマニュアルでは、その次の文章が『製造部製造課は計測器の校正や修理を、製造部計測器管理課に依頼する』とありますが、それを『製造部製造課は計測器の校正や修理を、製造部製造課に依頼する』としたらおかしいでしょう」
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「そりゃ確かにおかしいなあ〜」
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「うーん、じゃあそれも要検討としてメモしておいていただけないですか」
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部門名の対照表を作成するだけで日が暮れた。いや完成どころか半分も埋まっていないのだ。
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「川中課長さんは、岐阜工場の文書と記録の部門名を一括変換するだけでマニュアルと文書ができあがるとおっしゃいましたが、どうもこの調子では無理のようですね」
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「一括変換するのではなく、岐阜工場の手順書を参考にして当社の手順書を作ったほうが早そうですね」
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「それよりも、岐阜工場のマニュアルにこだわらずに、現在の当社の会社の手順書をよく読んで、ISO規格の要求事項を満たしているかどうか考えた方がよさそうな気がするのだが」
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「まあまあ、まだ始まったばかりじゃないですか。今日はこれまでとして、明日続きをしましょう。一晩寝れば良いアイデアも湧いてきますよ」
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本社の相原課長はずっと黙っていた。しかし心中では、どうも岐阜工場の文書の部門名を一括変換すれば文書が完成するという話は、現実離れしているように思える。岐阜工場の文書を借用するにしても、相当な修正というかその会社に併せる作業が必要で、簡単にはいかないだろう。とすると川中が示したスケジュール表では済まず、文書作成作業は相当な時間と負荷が必要になるのではないかと相原は思う。
●
翌日である。福井課長、橋田、川中課長、そして相原課長はまた朝から認証スケジュールを確認してから、作業に入った。
● | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「昨日の確認ですが、昨日は組織名の対照表を作成しましたね」
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「川中課長、まだ完成していないのだが」
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「まあ、方法は説明しましたから、あの続きはみなさんで行ってください。 今日はまず手順書を一つ試しに部門名を変換してみて、その作業方法をご理解いただきたいと思います」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「まだ対照表が完成していませんが・・・」
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「私は今日の夕方には帰らなければなりません。私がいないと次の作業に入れないでしょうから、とりあえず文書をひとつ、変換作業をしてみて私が次回来るまで作業できるようにしたいのです」
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「わかりました」
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「順番からいくと、トップは『品質マニュアル』ですね。それを手始めにやってみましょう。 橋田さん、パソコンでワードを立ち上げてください。そしたらフロッピィから『品質マニュアル』というのを読み込みます」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
橋田が言われた通りにする。 これは1993年頃のお話です。当時は、このような作業も今よりは高度な仕事と思われていたのです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「それじゃ、岐阜工場の規定では『工場長』となっているところを全部、『社長』に一括変換してください」
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橋田は言われた通りにする。
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「簡単でしょう。それじゃ次は管理責任者である『製造管理部長』を、ええとお宅での職名は何でしたっけ?」
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「昨日はペンディングでした」
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「いや品質管理責任者のままにしておくと言ったんじゃなかったでしたか?」
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「そうだそうだ。川中さんどうしましょうか?」
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「うーん、単なる名称だけでなく、お宅では誰がこのお仕事を担当されるかですねえ〜」
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「ええと、ISO規格を読むとですね『供給者は、他の責任とかかわりなく、この規格の要求事項が確実に履行、維持されるようにするための明確な権限及び責任をもつ管理責任者を選任する』(87年版4.1.2.3)とありますね。私は品質保証課長ですが、そんな権限はありませんね。 手順書を決裁するのは総務部長です。是正処置が適正かを判断するのは問題の重要性といいますか、問題の大きさによって違います。教育訓練を担当しているのは総務部総務課です」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「いやそれぞれの仕事は各担当部門がするのでしょうけど、そういったシステムを維持する責任者ですよ」
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「そうしますと、管理責任者はますます私ではありませんね。もっと上位の権限のある人でないと」
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「管理責任者を誰にするかという問題とは別ですが、この変換した『品質マニュアル』を読むと実際の動きと全然違いますね」
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「はて、どんなことかな?」
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「社長は、品質に対する方針及び目標並びに品質についての責務を明確にし、かつ文書化する。静岡素戔嗚電気は、この方針が組織のすべての階層で理解され、実施され、維持されることを確実にする」
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「なんだかISO規格の文章そのままのようだなあ〜」
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川中は顔を赤らめて、
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「ISO規格文言のままでもいいのです。ウチの工場の審査では、それで問題になりませんでしたから。ところで橋田さん、実際の動きと全然違うというのはどこですか?」
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「ウチの社長が、品質に対する方針とか目標なんて示していましたか?」
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「それはいけませんねえ〜、もし今まで方針を出していないなら、それこそこれからしなければならないことですよ」
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「ああ、もちろん毎年社長は年度方針というのを示しています。但しそれは経営的な大まかなことだけです。経理の細かい数字は経理部長が出していますし、品質については不良率や損失費用の目標を製造部長が決めています。ただ橋田の言うように社長が出してはいませんね」
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「脇から口を挟んで恐縮ですが、日本語訳は『経営者』となっていますが、原語はmanagementでその言葉は日本語訳ではすべて『経営者』という言葉に訳されているわけではなく、別の個所では『経営層』とも訳されているところがあります。ですからここも『経営層が方針を示す』としても良いと思いますよ」(「品質保証の国際規格」(1992)による)
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「そうですか、そうなると当社の運用で問題ありませんね。しかし別の問題として、『経営者』をすべて『社長』に変換することはできないということになります。といって、すべての『経営者』を『経営層』にできるようでもなく『社長』としなければならないところもありそうだ」
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「確かにmanagementの日本語訳は、ところによって『経営者』、『経営層』、『最高レベルの経営者層』なんていうふうに、いろいろな表現をしていますが、やはり文章の内容によって考えないとならないでしょうねえ〜」(同)
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「うーむ、そうしますと岐阜工場の文書を一括変換して当社の文書ができるかどうかという以前に、規格の文章をしっかり読んで、その対応を当社の実態を基にして考えなければ形にならないようだ」
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「ちょっと待ってください。それじゃ岐阜工場の文書を基にしてISO対応の文書ができないということになるじゃないですか。そんなことはありませんよ」
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「うーん、川中課長、なんといいましょうか、岐阜工場の文書は価値があると思うのですよ。でも岐阜工場においてのみ価値があるのではないでしょうか? 岐阜工場の文書の固有名詞だけ直して当社で使おうということは、当社が岐阜工場の仕組みに合わせるということじゃないのでしょうかねえ〜」
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「ある意味そうかもしれません。しかし実運用において御社は従来からの運用をしてもよいというかするべきなのです。岐阜工場においても、先日本社において説明しましたように、ISO対応文書で動いているのはISO審査のためであって、現実の仕事は従来からの会社の規則で動いているわけで・・」
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「私はその説明会を聴講していないのですが、ISO審査のためにうわべだけの文書や記録を作るというのは正しいことなのですか?」
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「正しいとか正しくないということではないと思います。御社はどうか存じませんが、私どもの工場はISO認証しないと欧州に輸出できないという理由がありました。だからとにかくISO認証するための最短距離を選ばなければならなかったわけです」
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「今品質マニュアルを斜め読みして気が付いたのですが、冒頭に『この品質マニュアルは静岡素戔嗚電気の品質に関する最高位の文書である』とありますね」
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「そう理解していますが、何か問題でも?」
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「だって当社は創立以来30年以上の歴史があるのですよ。それなのに、これから制定する品質マニュアルが、この会社の最高位の文書であるなんておかしいと思います。それとも、今まではそういう文書がなくて野放しだったということでしょうか?」
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「そう言われるとまさしくその通りだ。当社では『品質に関する規則』という文書が品質に関して最高位の文書、つまり基本法ですね、その下に信頼性規定、検査規定とか計測器管理規定といったものが子供になり、更に受入検査規定、製品検査規定、計測器校正規定などが孫に位置づけられています。過去からの体系を無視してしまうのでしょうか?」
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「あのですね。みなさんはISO9001を認証したいわけですよね。そのための最短コースを私は説明しているわけです。とりあえずISO認証するためには、こうするしかないとお考えいただきたいですね」
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「わかりました。話題が発散してしまったようです。話を戻しましょう。とりあえず昨日・今日と部門の対照表の作り方と一括変換の方法は理解しました。そして単純にそのようにして作成した文書は、現実とはかけ離れたものになることもあるということが分りました。とりあえずの成果はそれだけでもよろしいでしょう。 次回のことですが、そのときまで弊社ではマニュアルを始めいくつか文書の変換をしてみて、それが使えるかどうか検討しておきましょう」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「実際にやってみれば、きっとこの方法を良さがお分かりになると思いますよ。まったく新規にISO認証できる文書記録を作ることになれば、とんでもない検討期間と労力がかかることを認識されるでしょう」
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「次回は2週間後くらいでよろしいでしょうか。私もこの検討のゆくえに非常に関心があります。次回も参加させていただきます。よろしくお願いします」
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静岡の静岡素戔嗚電気で最初の指導を行った1週間後のこと、本社の相原課長、佐田が横浜のウケイ産業を訪問していた。● ● 対応するのは対応するのは、ウケイ産業の業務部長の黒田、品質保証課長の佐藤、担当の安倍である。
どうでもいい話であるが、グループ企業が200社もあるような大会社であれば、本社の課長は工場の部長クラスである。そして子会社の規模が小さくなれば親会社の工場よりも役職はワンランクインフレになる。 つまり本社の相原課長は工場の黒田部長と同格、工場の佐藤課長は子会社の佐田部長と同格になる。 もし佐田が出向から福島工場に戻れば課長クラス、本社に転勤になれば役職なしというのが通常である。 相原課長の挨拶と概要の説明の後、バトンが佐田に移された。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「まず私どもの考え方をご説明しておきたいと思います。会社は事業を進めるために存在しています。そしてできたばかりの会社ならともかく、ほとんどの会社はその事業に見合った組織と仕事の手順を持っているはずです。そうでなければ倒産してしまうとまでは言いませんが、円滑な動きができるはずがありません。言いたいことはどの会社も歴史があり、長い間事業を営んできた過程でその会社の組織や運用手順はリファインされているはずだということです。 考え違いをしてはなりませんが、ISOのために会社の仕組みを変えたり、仕事の進め方を変えるのは筋違いだということです。 あ、もちろん過去からの方法が最善というわけではありません。そして時代に合わせて常に改革していくことが必要です。例えば今までコンピュータといいますと、空調のきいた部屋に鎮座して操作する専任者がいたものです。そして各部門は処理してほしいデータと処理方法を依頼して、その結果をありがたくいただいていました。しかし今はパソコンといっても一昔前の大型コンピュータと同じくらいの能力があります。そしてまだ一人に一台になっていないかもしれませんが、まもなくオフィスの人全員が使うようになる。そういう時代になれば情報処理は集中から分散になるでしょう。あるいはすぐにそうなると思います。 話がそれてしまいました。私はISO認証にあたっては、それぞれの会社における過去からの文化を大事にするべきだと思います。ISO規格の要求事項というもののほとんどは、どの会社でも従来からしていることです。私は規格の要求事項が、過去からしているどんなことが該当するのかを考えることがISO認証活動だと思います。これはオロチ機工のときのスタンスですが、私は正しい考え方だと思っています」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
「佐田部長、おっしゃることはなるほどと思います。しかし聞くところによると多くの会社ではISOのための文書を作ったり、ISOのために新しく記録様式を作ったりしているようです。本当に今までの会社の仕組みを見せて審査合格になるのでしょうか?」
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「私どもでは従来からの仕事の方法とそれを決めた文書を見せて審査を受けました。それで問題ありませんでした」
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「審査員や認証機関による違いがあるのではないでしょうか?」
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「それはあると思います。私どもでは、審査の前に、契約した認証機関に私どもの方法で良いかということを確認しました。本来ならどの認証機関でも合格にならないとおかしいですよね」
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「では佐田部長のお考えでは、ISO認証のためには、どのように進めていくのでしょうか?」
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佐田はスケジュール表をプリントした用紙を出して配った。
|
相原課長は一目見て、川中のプランと全く異なるのが分った。
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「私が考えているISO認証のためのアプローチは会社が違っても同じですが、実際の調査方法やその結果は会社によって全く異なるものになるでしょう。そういう意味で手順書とか記録の用紙様式をパターン化することはできません。そういったものはそれこそ会社の文化を反映したものですから、会社ごとにユニークなものになります。 それはともかく、手順の概要を説明します。 まず規格をよく読んで要求事項の意味を理解します。このとき世の中にある解説書を見ないで、規格をひたすら読むことをお勧めします。『読書百遍意自ずから通ず』といいますからね、 それと皆さんは品質保証課の方々ですから、御社では規則集というのか手順書というのか分りませんが、自分の会社の文書は良くご存じと思います。もしあまり読んだことがないとおっしゃるなら、規格を読む以前に会社の規則すべてを、何度何度も読んで十分に頭に入れておかなくてはいけません」 | ||
「ええと、聞いた話では認証するためにはISO対応の手順書を作る必要があるとのことです。それなら従来からある会社の規則集などを読むことはないのではないですか?」
| ||
「先ほど申しましたように、今ある会社の手順書は会社の文化そのものなのです。その文化をないがしろにしてはいけません。私のアプローチは、ISO用の文書を作らずに、今ある会社の文書でISO審査を受けるということなのです」
| ||
「佐田部長のおっしゃる方法は素敵に聞こえますが、そういう方法で大丈夫なのでしょうか?」
| ||
「佐藤課長さんはそれを何度もおっしゃいますね。正直なことを言って、それを言われたら進みません」
| ||
「佐藤課長、佐田部長の会社では今説明があった方法で、審査を受けて合格したという事実があるんだ。我々もそれでトライしてみようじゃないか」
| ||
「わかりました。二度と言いません」
| ||
「ありがとうございます。それから私のアプローチは会社の職制を尊重しますし、従来からの方針や活動をそのまま生かします。というかISO認証のために特段新しいことをしません」
| ||
「ほう! ということは良く見かけるISO事務局とかISO推進委員などというものは作らないということですか?」
| ||
「おっしゃる通りです。会社では指揮命令も情報の伝達も職制で動きます。会社の中で、職制以外のルートで動くのは組合活動だけです。 当然ですが、といってもISO認証しようという普通の会社では当然でもないようですが、一般社員にも管理職にもISO教育などはしません」 | ||
「ええ、社員にISOについて教育しないのですか? おっと口を挟んですみません」
| ||
「もちろん社員は仕事の手順については、しっかりと理解する必要があります。しかしISOについて知る必要はありません。審査のときにいろいろ質問されるでしょうけど、現実にしている仕事、会社規則や作業手順書で決めていることをそのまま説明してくれれば良いです」
| ||
「でもISO審査員の言葉を理解できないときはどうするのでしょうか? ISOの用語とか・・・」
| ||
「ISO規格要求にISO規格を理解することとはありません。ISO規格が要求していることは、会社がISO規格を満たす手順を決めることと、従業員はその手順を守って仕事をすることだけです。考えてごらんなさい、勤務時間に必要もない教育など無駄なことをしていては儲からないじゃないですか」
| ||
そんなことをしている時間は、仕事が停まっているんだ。ありゃ何なんだ!理解できなかったね。ISO認証とは仕事をしないことなのかと思ったよ」 | ||
「おっしゃる通りです。ただ私は単にいいかげんで甘いわけではありません。従業員が会社の規則を知ること、それを守ることは絶対に要求します」
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「同感だ。正直言って、過去より会社規則を守っていない者が多い。一般社員だけでなく管理者にもいる。具体的には決裁者が不在のとき代理者でない下級管理者のハンコで仕事を進めていたり、現場でも改善のアイデアがあると正式に改定する前に現場が勝手に改善を進めていることもある。ああいったことは止めさせたい。ISO認証を機会に規則遵守を徹底させたいなあ〜」
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「おっしゃる通りです。そのような逸脱があれば当然ですがISO審査では不適合、つまり不合格になります」
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「それは素晴らしいことだ」
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「話が進みませんねえ 笑 ともかくみなさんがISO規格を読み込むこと、現行の会社規則を自家薬篭とすること、それが今後うまく進むかどうかのポイントです」
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「ということは次回、佐田部長がいらっしゃるまでには、ISO規格をじっくりと読むことと、会社規則を頭に入れておくことが宿題ですね」
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「その通りです。自慢ではありませんが私は歩く会社規則集と呼ばれていました。みなさんもそうなってほしいです。いや、品質保証屋というのは本来そうでなければいけません」
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「えっ、でも会社規則と言ったら200本くらいありますよ」
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「簡単じゃないですか。いかなる顧客の品質監査を受けても、200本の会社規則が頭に入っていれば撃退することは簡単です。撃退どころか退治することもできますよ」
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「お客さんを退治したらオマンマの食い上げだよ 笑」
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横浜から東京に帰るのは相原課長と一緒で、いろいろと話をしてきた。 | ||
「佐田さん、あなたのような人は、ぜひともISO審査員の研修を受けるべきですよ」
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「当社に審査に来た審査員が、審査員研修を英語で受けたと言っていました。私は英語が全然だめです。それにそもそも審査員になるつもりはありませんよ」
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「いや、今は日本語で研修するところがありますよ。それに審査員にならなくても、審査員研修を受けると、どのような考えで審査をするのかということが分ります。もし佐田さんが本社の品質保証部に来るようなことになれば、審査員の資格は武器になりますよ」
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「まさか、私のようなものが本社に行くわけがありませんよ」
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「いや、今私ども品質保証部では、素戔嗚グループのすべての会社にISO認証を指示しているでしょう。ところが認証するから指導してくれと言われると、指導する力がありません。今回も既に認証した二社に指導をお願いしているわけですが、私はそれを見学して勉強しているわけです。グループ企業は200以上社ありますから、すべてが認証するには数年かかるでしょう。その間、認証の指導をしなければならないと考えています。 佐田さんは今大蛇で働いていらっしゃいますが、素戔嗚からの出向でしょう。佐田さんにその気があるなら、私はすぐに人事に頼んで福島工場に転勤をお願いしますよ」 | ||
ISO認証したときに、社長が佐田は出向から戻るかもしれないと言ったことが、本当になるかもしれない。それは今の佐田にとってはありがたくない話だった。妻から何を言われるか分らない。
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