マネジメントシステム物語33 認証指導その2

14.02.09
マネジメントシステム物語とは

ここは静岡の静岡素戔嗚電気である。前回の指導からちょうど2週間たち、また本社の相原課長、岐阜工場の川中課長がやって来た。
対応するのも前回と同じ、静岡素戔嗚の製造管理部長の鶴田、品質保証課長の福井、担当の橋田である。
橋田 福井課長 鶴田部長 相原課長 川中課長
橋田 福井課長 鶴田部長 相原課長 川中課長
鶴田部長
「前回、川中課長さんのご指導を受けて、当方で品質マニュアルといくつかの手順書の変換を行いました。残念なことに、そのような方法で作った文書は、そのままでは使えないという報告を受けております。本日はその議論と、今後どのように進めるかを決めたいと考えております」
福井課長
「部長が申し上げました補足です。変換したマニュアルや手順書に書いてあることは、確かにISO審査対応としては合格なのかもしれませんが、当社の仕組みとは全く異なるものなのですよ。これをそのまま当社の仕組みとして審査を受けるのはできません」
川中課長
「うーん、いったいどんなことが問題なのでしょうか? 私としましては、この方法は労力を最小にしてISO認証が受けられると考えておりますが」
福井課長
「前回のとき川中課長が指導してくれたときも話題になりましたが、それがどんどん大きな問題に見えてきたのです。
そのひとつは前回も話題になりましたが、岐阜工場の部署と当社の部署が1対1では対応しません。岐阜工場がひとつの部署でしていることを当社では二つの部署に分かれていたり、岐阜工場が二つの部署でしていることが当社では一つの部署でしているということが多々あります。ですから部署名を書き直すだけではすまず、文章全体を書きなおすことが必要になります。まあ、それくらいはしょうがないと言われればそうなのですが、ともかく一括変換ではできません。
それで一旦変換した品質マニュアルを、当社の職制に合わせて書きなおしてみたのですが、書き直した分量は全体の7割くらいになりました。それは手順書でも同じだろうと思います。いや、手順書はマニュアルとは違い、細かいことを規定していますから、修正しなければならない部分は大幅に増えてほとんど全部を書き直すようになるのではないかと思います」
川中課長
「そうですか、一括変換ではいかないか・・・・まあ、それは当初の私どもの宣伝が大げさだったかもしれませんねえ。でもまったくイチから品質マニュアルや手順書を書くことを思えば省力になるのではありませんか」
福井課長
「ところが更なる問題がありました。今お話したような方法で作成したマニュアルがここにありますが、そのような多少の修正をしても現実とはかけ離れているのです。つまり例えば、教育の仕組みとか教育の方法というものが、過去より当社がしてきたものとは異なっています」
川中課長
「でもそれはISO認証するためにはしょうがないことだと思いますよ」
福井課長
「私はISOについて不勉強でありますが・・・ISOだからといってお仕着せの方法だけしか合格しないというわけではないと思うのです。当社が過去からしている教育訓練でも、審査でOKになるんじゃないかと思うのですが、いかがでしょうか?」
川中課長
「それはどうでしょうか。ともかく私どもでも、例えば教育訓練について最初は従来からしていた方法をそのまま書いていたのですが、要求事項が満たされていないと言われて不適合になりました。それで合格するためにいろいろと修正して現在の形になったいきさつがあります。おたくさんでも従来の教育訓練をそのまま書いたとすると、審査で不適合になる恐れは多分にあります」
福井課長
「そこのところがよくわからないので想像ですが、たぶん岐阜工場さんで不足と言われたことを補った方法は、岐阜工場さんとしては最適な方法を考えたのだと思います。仮に当社で教育訓練が不適合と言われた場合、岐阜工場さんと異なる方法で見直すかもしれません。あるいは指摘されないかもしれません。そんなことを思いました」
川中課長
「ええとですね、本社での説明会でもこちらに来た前回も申し上げていることですが、私どもの方法は、会社の実態を見せるということではないのですよ。もっとも簡単にISO認証するためにどうしようかと考えた方法です。ですから多少、実態と異なることころがあっても、そこは目をつぶって審査を受けることが前提となるのは仕方がありません。認証することが目的ですから」
福井課長
「おっしゃることはわかります。当工場は素戔嗚の本社からISO認証のテストケースに選ばれたわけですが、当社としては、今すぐISO認証しなければならないという状況ではありません。ですからどうせ認証するならば、バーチャルではない実態に合わせた方法が良いのではないと考えています」
川中課長
「と言いますと?」
福井課長
「出発点に戻ってしまいますが、規格をよく読んで理解して、当社でしていることの関連を考えて不足しているところを補強していくというアプローチが当社には適しているかと思っております」
川中はぶぜんとした顔で斜め上を見上げた。数分の後
川中課長
「わかりました。それでは私がここに来る意味はなさそうです。今までお付き合いいただきありがとうございました。相原課長さん、それじゃ私はこれで失礼させてもらいます」
相原課長
「川中課長さん、ちょっとお待ちください。
鶴田部長さん、御社としては、今後は独自にISO認証活動を進めるということでよろしいのでしょうか?」
鶴田部長
「そうさせていただきます」
相原課長
「わかりました。すみませんがここをお借りして川中課長とちょっとお話したいのですが」
鶴田部長
「それじゃ私どもは退席します。もしなにか御用があれば福井に連絡してください」
3人はゾロゾロと部屋を出ていく。
二人になってから相原は話しかける。
相原課長
「うーん、困りましたね。私の方としてはぜひとも岐阜工場方式を実行したいのです」
川中課長
「私としても非常に残念です。もし別の工場を紹介していただければ、一括変換方式の良さを示したいと思います」
相原課長
「1週間ほど時間をください。似たような会社でISO認証を迫られているところを探しますから」


前回ウケイ産業を訪問してから10日後に、佐田と本社の相原課長が、またウケイ産業にやって来た。対応するのは業務部長の黒田、品質保証課長の佐藤、担当の安倍である。
安倍 佐藤課長 黒田部長 相原課長 佐田
安倍 佐藤課長 黒田部長 相原課長 佐田
佐田
「前回みなさんに、この会社の規則集とISO規格をよく読んでほしいとお願いしましたが、いかがでしょうか?」
佐藤課長
「私はISO規格を10回は読んだと思います。会社の規則の方は時間がなく中身までしっかり読む時間はありませんでしたが、目次をながめ一応はそれぞれの規定をめくりましたので、体系とかどんな規定があるかは再確認したと思います」
安倍
「私はISO規格を数十回は読んだと思います。ISO規格はたかだか10ページくらいしかありませんので、電車通勤の片道で一回読めました。ただ日本語を読んだだけではわからない所があるので、英語でも読みました。私はあまり英語が得意じゃありませんが、それでも訳が正しくない所もあるようです。おっと会社規則ですが、まず数を数えたら全部で187件ありました。それらをすべて3度は読んだと思います」
佐田
「それはお疲れ様でした。安倍さん、会社規則を読んでなにか感じたことはありませんか?」
安倍
「いやいろいろあります。まず私たちが普段考えなしにしていることも、会社規則に決まっているということを知って驚きました」
黒田部長
「おいおい、驚くようなことがあったのか?」
安倍
「まず非常に身近なことですが、従業員は社内では名札をつけますが、これは規則に決まっていたんですね。しかも左胸につけることになっています。女子事務員の中には、服のデザインから上着の裾に付けたり、営業などの背広組は襟に付けたりしていますが、あれは規則違反です。まあ、そんなことどうでもいいのですが、そのようなことも決めていたとは知りませんでした。
それから従業員は始業30分以前、終業30分以降は会社に居残ってはいけないとあります。でも1時間以上早く来てパソコンを叩いていたり、夜まで食堂で話をしている人もいますね」
佐藤課長
「安倍よ、それは知っておいてもらわないと困るぞ、あれは会社に無断でサービス残業なんてされると困るから決めてあるんだ。お前も守っていないんだろう」
佐田
「まあまあ、ともかく安倍さんは、会社規則のあらましを把握したということにしておきましょう。
では次に進むことにします」
安倍
「待ってください。前回佐田部長さんは会社規則を知りつくせとおっしゃいましたが、とてもそんなレベルにはなっていませんよ」
佐田
「大丈夫です。次の仕事をするうちに否が応でも会社規則が頭に入ってしまいますから。
安倍さんはもちろんパソコンは使えますね? もしパソコンが使えないと、これからの仕事を手書きすることになり、それはまったくの悲劇ですからね。
ワードでもエクセルでもいいのですが、横方向に三つの列、縦方向にたくさんの行をもつ表を作ります。そしたら左端にISO規格の文章を一行ずつ入れていきます。
真ん中の列に左側のISO規格に対応することを、お宅の会社のどんな規則でどんなことをしているかを書き込みます。規則がなくても実施していればそれを書き込みます。
そして右端の列に十分か不十分か、あるいはまったく対応するものがないかを書いていきます。
おお、もちろん序文や適用範囲なんて関係ないですよ。4章『品質システム要求事』の4.1から4.20までの部分です」
佐田は表をプリントしたものを皆に配った。
ISO9001の文章(1987年版ですよ)当社の対応する文書・実施事項充足・不足状況
4.1.1品質方針
供給側の経営者は、品質に対する方針及び目標並びに品質についての責務を明確にし、かつ文書化する。
  
供給者は、この方針が組織のすべての階層で理解され、実施され、維持されることを確実にする。   
4.1.2.1責任及び権限
品質に影響する業務を管理し、実行し、検証するすべての人々の責任、権限及び相互関係を明確にする。
  
次の事項に関して組織上の自由及び権限を必要とする人々に対しては、これらを特に明確にすることが必要である。  
a)製品の不具合が発生することを防止する行動を起こすこと

  
・・・・

  
黒田部長
「おお、私は佐田部長の意図が分かったような気がしますよ。この表の真ん中の列が埋まればISOは大丈夫ということですな」
佐田
「そのとおり。たぶん御社の現状でも3分の2は埋まると思います。そして残りだって規則はなくても実際にはしていると思います。そういったことは過去からしていることをそのまま規則にすればおしまいです」
安倍
「ちょっと待ってください。もう初めからですが、品質に対する方針というのは思い当たりません。品質方針なんてウチの社長が出してたでしょうか?」
佐藤課長
「おまえの首の上にあるのはなんだ? 頭を使えよ。まず当社には『会社方針』というのがあるだろう。『会社方針』は社員証に印刷してある。その中で品質についても二つ書いてあるぞ」
安倍は社員証を取り出す。
安倍
「ええと、どこに品質について書いてありますか?」
佐藤課長
「『当社は、顧客の要求仕様のみならず潜在的な期待も把握し、それに応える製品を供給する』とあるじゃないか」
安倍
「どこにも品質って書いてないじゃないですか」
佐藤課長
「品質とは何だと思っている?」
安倍
「不良がないとか性能が良いということでしょう」
佐藤課長
「おまえ、ISO規格を何十辺も読んだとか、英語でも読んだなんて語っていたが、全然理解してないじゃないか。ISO規格の品質の定義は『製品又はサービスが、明示してある又は暗黙の要望を満たす能力として持っている特性の全体』と書いてある。これって当社の方針の文言と全く同じだろう」
安倍
「ああ、そうだったんですか」
佐藤課長
「まったくお前は・・・佐田部長がガッカリしたぞ、お粗末なところを見せてすみませんね」
黒田部長
「佐田部長ではなく、わしが嘆くわ。安倍、文章はよく読むんだ」
安倍
「はあ・・・ところで課長、二つとおっしゃったけど、方針には品質についてもうひとつ書いてあるのですか?」
佐藤課長
「『全社員はそれぞれの立場でこの方針実現に努めなければならない』とあるだろう。これはISO規格でいうと、品質についての責務を明確にしているということじゃないのか」
佐田
「これは参りました。黒田部長さんと佐藤課長さんに、私が言わんとしていたことを言われてしまいましたね。それじゃもう尻尾を巻いて帰るしかありません」
黒田部長
「佐田部長は冗談がうまい。おい、安倍よ、そうすると4.1.1品質方針と書いてあるところには何が入るのか書けるか?」
安倍
「ええと、『当社の対応する文書・実施事項』の欄ですが、『会社方針』を入れて、充足としても良いかと思います」
佐藤課長
「おれは『会社方針』だけでなく、『年度方針』もあると思う。というのは規格を読むと、どうもISO規格で言っている方針とは、一般的な日本語の意味の方針とは違い、大まかな方向を示すだけでなく具体的な目標というか目指すところを示すものであるように思える」
安倍
「課長は眼光紙背を徹するものすごい能力があるのですね」
佐藤課長
「バカ言ってんじゃねえ。ISO規格に書いてあるだろう。といってもお前は文字を読んでも意味を理解しないんだよな。『品質方針として、使用適合性、性能、安全性及び信頼性のような品質の鍵となる要素に関して、目標を明確にすることが良い』(ISO9004)とある。お前は目に入っても気が付かなかったんだろうなあ」
安倍
「課長、そう言わないでくださいよ。若気の至りと年の功の差ですよ」
佐藤課長
「年の功はともかく、若気の至りとは全然違うと思うぞ。
ともかくだ、ISO規格の『品質方針』に当てはめるのは『会社方針』だけでは弱いように思う。この『年度方針』も合わせて載せておきたい」
安倍
「そうしますと2行目のマスには
 『会社の品質方針は社員証に記載してある。
 毎年年度方針を定めて全社員に配布している。
 毎年の人事考課において、年度方針と個人の目標との関係を確認している。』
とでもすればよいでしょうか」
佐藤課長
「そうだ、毎年の個人の目標を持ってきたのはいい目の付け所だ」
佐田
「それで充足しているかどうかは、私はわかりませんが、方法としてはそのとおりです」
黒田部長
「それじゃ次の作業はISO規格のすべての行について、当社の規則としていることで該当することはどんなものがあるかを探して、見つかったものをそれぞれのマス目に記入していけばよいのだな」
佐田
「その通りです。ちょっと注意しなければならないのは、一つの文書とか実施していることが二つ以上のISOの要求に該当することがあります。そんなとき、これは他のところで使ってしまったからとしないで、該当する文書や記録あるいは実行していることは何回使ってもかまいません。いえ、不十分と思えてもこじつけても関係するものを載せておいた方が良いでしょう。後でみんなで考えて残そうとか省こうとか決めればよいのです」
佐藤課長
「佐田部長さん、前回おれは現状を見せただけではISO審査などおぼつかないと心配していたけど、今では反対に従来からしていたことだけでも十分に合格するような気がしてきたよ」
黒田部長
「おいおい、お前はブレの大きいやつだ」
佐田
「もちろん従来からしていたことだけでは足りないと思います。でも基本的な考えとして従来からの会社の仕組みやしてきたことを大事にするということです。そして足りないところを補っていくという考えでいきましょう」
相原課長
「口を挟んで恐縮ですが、佐田部長のお話を聞いていると、全く無理がありませんね。会社の文化を大事にする、そういうアプローチなら、みなさんから反対を受けない、感心しました」
佐田
「感心するようなことではありません。私たちはISOなんてものが現れる前から一生懸命働いてきたのです。もちろん頭を使い日々改善もしてきました。ISOがそういったことを否定してしまうとしたら、それはきっとISOが間違っています。ISOが間違っていないというなら、従来からの改善を否定しないはずですよ」
佐藤課長
「せっかく佐田部長に来ていただきましたが、今までのお話で次の仕事は理解したように思います。
安倍よ、ISO規格に対応する当社の仕事を埋めるのにどれくらいかかると思う?」
安倍
「そうですねえ、実を言って私は同じ言葉ならすぐに見つけて当てはめていけるでしょうけど、さっき佐藤課長がおっしゃったように単なる言葉の一致ではなく、内容を良く考えて一致するものを見つけて対照表を埋めていくとなると、うーん、1週間では無理でしょう」
佐藤課長
「あまり真剣に考えるな。完璧を期すことはないんだ。とりあえずお前がざっと対照表を埋めてみろ。そしてあまり自信がないとか足りないところについては、俺と検討することにしよう。
佐田部長さん、そうするとまた2週間後くらいに来てもらうことでどうでしょうか。そのときまでには対照表ができあがっているでしょうから、その出来具合をみてもらいますか」
佐田
「そうですね。でもそれだけでなく、もう一歩進んで品質マニュアルを書きあげてしまってはいかがでしょうか」
相原課長
「ちょっと待ってください。この作業はとても重要と思います。あまり先を急がず対照表完成まで実行していただくということにしませんか」
実は相原課長としては、岐阜工場の指導がとん挫しているので、佐田の方だけ進んでしまっては困ることになると思ったに過ぎない。
黒田部長
「よし、じゃあ次回は2週間後ということで」


ここは小田原にあるスセリ電子という従業員が200名ほどの会社だ。素戔嗚電子ブランドの電子機器を組立している。仕事は基板実装と完成検査が主で、部品加工はしていない。この会社一部の製品を欧州に輸出しており、93年以降はISO認証が必要になると言われてISO認証を急いでいた。
何が何でもISO認証するのだという社長の掛け声であるが、担当者は暗中模索で遅遅として進まない。
素戔嗚本社品質保証部の相原課長が、ISO認証のテストケースとして指導したいという話をすると、すぐに乗ってきた。
ということで再度、岐阜工場の川中課長に指導する機会が回ってきたのだ。
今日は、スセリの須田品質保証部長と担当の角田君 と吉本さんの3人が対応している。
相原課長 川中課長 須田部長 角田 吉本
相原課長 川中課長 須田部長 角田くん 吉本さん
川中課長
「岐阜工場の品質マニュアルとその下の手順書は、すべてこのフロッピィに入っています。
スセリさんのすることは、まず岐阜工場とスセリさんの職制の対照表を作ることです」
川中課長は静岡素戔嗚電気で出したものと同じ表を出して、空欄を埋めるように指示した。会社名だけ直すのは忘れない。
 岐阜工場スセリ電子
供給者岐阜工場スセリ電子
トップ経営者工場長 
品質管理責任者製造管理部長 
営業部門営業部営業課 
計測器管理部門製造部計測器管理課 
文書管理部門技術部文書課 
設計部門技術部設計課 
製造部門製造部製造課 
教育担当部門総務部総務課 
設備管理部門製造管理部保全課 
・・・・部門・・部・・課 
・・・・部門・・部・・課 
須田部長
「おお、これは便利だ。おれが右欄を埋めるから、吉本さんが品質マニュアルと手順書の固有名詞を一括変換してくれればいいよ」
吉本
「変換なら簡単です」
角田
「手順書と記録の様式ができるのは、どれくらいかかりますか?」
吉本
「数が多いからやはりけっこうかかりますよ。10日はかかるのではないかしら?」
角田
「それくらいなら安心しました。じゃあ手順書と様式ができたら、社内に説明会をして、すぐにその方法で仕事にかかってもらいましょう」
川中は一片の疑いも持たず、自分の指示に従って仕事が進んでいくのを見て大いに満足した。
相原課長も、スセリ電子の対応を見て、岐阜工場方式は決して悪くはないという印象を持った。


ここは静岡素戔嗚電気である。三人が打ち合わせをしている。
鶴田部長
「おい、ISOの認証活動は進んでいるのか?
福井課長
「川中課長の指導はいらないと言ったものの、ちょっとどうしたらいいものか途方に暮れています」
橋田
「規格をしっかり読み込んで、要求事項ひとつひとつに該当することを見つければいいと思うのですが、具体的にどうすればいいのかというところが分りません」
鶴田部長
「川中氏を呼び戻しても、彼はその方法には役に立たないだろうし、どうする福井?」
福井課長
「本社でのISO認証説明会のとき、二つの方法がありまして、一つの方法は川中課長が説明したものです。もうひとつは、ええと、オロチなんとかっていいましたが、その会社は別のISO認証する会社を指導しているはずです。ぜひともそれを見学してみたいですね」
橋田
「へえ、そうなんですか。私も見学したいですね」
鶴田部長
「昨日かな、素戔嗚の品質保証部というところから、ISO認証した会社による認証指導を始めましたというタイトルのA4で数ページのチラシが来ていた。本来ならウチもそこに載るはずだったのだが、あんなことになったもんだから載っていない。
ともかくお前たちが見学したいというのはこの会社だろう」
鶴田は持ってきたファイルを広げてその資料を探して取り出した。
福井が素早く手に取りながめる。
福井課長
「ほう!この会社、ええとウケイ産業というのですか、ここでは面白いことをしていますね」
橋田
「面白いとはどういうことですか?」
福井課長
「指導に来た佐田部長、部長って言っても小さな会社だからまあ課長クラスだろう。ともかくその佐田部長という人は、ISO規格を読め、会社規則を読め、と言って帰ってしまったとある」
橋田
「うわー、それって手抜きというか指導する気がないのかしら?」
福井課長
「ところがだ・・・指導を受けたウケイ産業はその意味を理解してひたすらISO規格と会社規則を読んだとある。そしてその次にはISO規格をワンセンテンスずつ書いた表を作り、ISO規格の一つ一つの文章に対応する会社規則の有無を調べて対照表を作っているとある」
鶴田部長
「おれもそれを読んで、それこそが正攻法かと思ったよ。福井も橋田も、会社が今していることでISO規格を満たしているのではないかと言ったな。だけどお前たち、会社規則を読みこんでいるか?
それには佐田部長が歩く会社規則集と呼ばれていたこと、ウケイの担当者にも会社規則を暗記するくらいに読めと言ったと書いてある。話半分としてもまっとうだと思うよ」
福井課長
「あのう、橋田と私がそのウケイを見学してきてよろしいでしょうか?」
鶴田部長
「行ってこい。ただ次回、佐田部長が指導に来るときに合わせていかないといかんな。そしてできたら佐田部長にウチにも指導に来てくれって話をつけてこい」


ウケイ産業の3回目の指導である。今回は佐田と菅野が来た。ウケイは佐藤課長と安倍、そして見学は本社の相原課長の他に静岡素戔嗚の福井課長と橋田が来ている。
佐田
「今日は大勢になりましたね。静岡素戔嗚さんからいろいろご質問あるかもしれませんが、今日はウケイさんの指導ということで時間内は差し控えてください。その代り定時後に佐藤課長の方で場を設けてくれたとのことですから、お酒を飲みながら楽しくやりましょう。
では前回はISO規格の文章ごとに、それに対応することを会社規則で決めているか、決めていなくても実際にしているかということを調べてもらうことになっていました。進捗はいかがでしょうか?」
佐藤課長
「それについて調査はすべて終わりました。センテンスは全部で155ありました。私たちが確認したところ、128までは従来からしていることで間に合うと思われます。また15は若干記録を残すとかすれば満足するのではないかと考えています。まったく新規に追加となるのは、12くらいですか」
佐田
「それはすごいですね。もう終わったも同然ですよ」
福井課長
橋田ー、そんなに進んでいるんですか」
福井と橋田が悲鳴を上げた。
佐田
「それでは次は品質マニュアルを書くことになります」
佐藤課長
「待ってください。私と安倍が判断したことが正しいかどうかわかりません。そこを佐田部長に見てもらうのが今日の仕事かと思っていました」
佐田
「正直言って今の段階は完璧でなくても良いと思います。それに失礼な話ですが、あの表の状態で規格を満たしているかどうかを読み取るのはいささかめんどうです。それで次の段階のマニュアル作成まで進みましょう。そうするとマニュアルを書く方も明確な文章を書くしかありませんから、あいまいなままで済ませるわけにはいきません。SVOCが整った文章を読む方が会社の仕組みが良く見えて、不適合か適合かが明白にわかります」
佐藤課長
「なんだか十分か否かが分らない状態で、マニュアルを書くのは無駄なように思えますが・・」
佐田
「大丈夫、大丈夫、どちらにしても作ったマニュアルはそれを見直しして完成まで持っていくわけですから無駄にはなりません。そいじゃ今日は、その表を基にマニュアルを書き始めます。ウチの秘密兵器である菅野さんが指導します。菅野さんは当社の規定を全部作ったすごい人ですよ」
菅野
「アハハハハ、佐田さんの言うことは話半分うそ800ですからね。
じゃあマニュアルを書く要領ですが、簡単なんです。ISO規格では『○○しろ』と書いてあることに対して、御社でそれに該当することを見つけたわけですから、マニュアルではISO規格項番ごとに、御社がしていることを分りやすく、簡単に書いていきます。ああ規格の文章は書かなくても良いです」
佐藤課長
「ええと観客が多いから、パソコンは安倍が入力すると他の人が見えませんから、プロジェクタで壁に映して、他の人はプロジェクタの画面を見て菅野さんのお話を聞きましょう」
安倍がプロジェクタを持ってきて、モニター画面を壁に映せるように段取りをした。
菅野
「マニュアルの文章はどうあるべきかといいますと、規格に書いてあることに合わせることになります。これはISOに限らず、品質保証協定を結んで提出する文書はみなそうですよね。
つまりISO規格に『供給者は○○を確実しなければならない』という文章があったとしますと、『当社は○○のために、具体的にはこのようにしています』と書くということです。『この記録は残す』というところは『当社は実施したことを○○に記録する』というふうになります。もちろん文体や言い回しはお宅の好きでよろしいです」
佐藤と安倍はなるほどとうなずいている。
菅野
「では最初は4.1.1品質方針です。私がお宅のまとめたものを拝見して適当に口で言いますから、安倍さんタイプしてください。もちろん私が勘違いしていたらすぐに言ってくださいね」
菅野は佐藤課長と安倍がまとめたものを手に取り、話す。
菅野
「社長は会社方針を示す。この方針は財務、営業、開発、品質など事業全般についての会社の進む方向とその実現のための手段の概要を示す。
社長はこの会社方針を実現するために、毎年、年度方針を策定し、社内に示す。この年度方針は会社方針と同様に、開発、製造、販売、財務、その他企業全般にわたり、年度及び中期に達成すべき目標を示す。
各職制はこの年度方針を達成するために、各部署が担当する事項について具体的に展開し、各従業員がなすべきことまで展開する」
菅野は佐田を振り向く。
菅野
「佐田さん、こんなものでどうでしょうか?」
佐田
「いいんじゃない、正直言って後でワイワイ議論して、今菅野さんが言った文章の半分も形が残らなくなるだろう。それを気にしちゃいけないよ」
菅野
「わかりました。それじゃ次の4.1.2組織ですが・・」
安倍
「ちょっと待ってください。次は私が文章を書いてもよろしいですか?」
菅野
「どうぞ、どうぞ、そのほうがいいわ」
安倍はキーボードをバタバタと叩き始める。結構速い。それから読み上げる。
安倍
「社長は職制を決定し、『会社職制規則』として制定し、品質に影響する業務の職務分掌、決裁権限、相互関係などを明確にする。
こんな調子でいいですかね?」
菅野
「いいですね、特にどんな規則を決めたか、何を決めたかを書いてくれたのがいいです」
佐藤課長
「こいつも前回文字を読んでも意味を取らないと言われてから、結構真面目に規格と会社規則を読んだようです」
菅野
「じゃあ、次の文章に行きましょう。ウチの佐田さんはマニュアルをイチから初めて1日半で仕上げますよ。安倍さんがんばって」
そんな調子で午後3時間ほど進めた。さすがにみんな疲れてくる。4時くらいに黒田部長が入ってきた。
黒田部長
「どうだ進み具合は?」
佐藤課長
「順調です」
安倍
「部長、仕事しているのは私と菅野さんだけですよ。他の人たちはコーヒーを飲んでいるだけです」
福井課長
コーヒー 「いえ、コーヒーを飲んでいるだけではありません。しっかりと勉強しております。さすがにウケイさんはレベルが高い。それに佐田部長さんの指導は的確で無駄がないと感服しておりました」
黒田部長
「せっかく静岡から来てくれたんだ。なにかつかんで帰ってくれないと申し訳ない」
福井課長
「質問してよろしいですか、もう今日はマニュアル作成に取り掛かっているのですね。今まで2回しか指導を受けていないわけですよね。今までにどのようなご指導があったのでしょうか?」
佐田
「アハハハハ、実を言って指導なんて何もしていませんよ。佐藤課長さんと安倍さんが自分で考えたんです」
佐藤課長
「いや、それは佐田部長流の冗談ですよ。最初はISO規格と会社規則を何度も読んで理解すべきだと言いました。二度目はISO規格に該当する会社規則を表にしてみろと言ったのです」
福井課長
「そして三度目はもうマニュアル作成ですか・・・・驚きです」
佐藤課長
「お宅は岐阜工場の指導を受けたんでしょう。どこまで進んだのでしょう。岐阜のマニュアルと文書の一括変換方法と聞いてますので、もう品質マニュアルは完成したのでしょうか?」
福井課長
「実は岐阜方式はやってみるとうまくいかないんですよ。それで当社としては岐阜方式をやめることにしました。ということで岐阜の指導をもう受けていません」
相原課長
「うーん、なんと言ったらいいのだろう。岐阜方式はかなり荒っぽい方法と言えるのかなあ〜。従来からの会社の仕組みを生かすことが難しそうだ」
もう時間も4時を過ぎており、雑談モードに入ってしまった。
定時後、全員参加してお酒を飲みながらISO談義となった。

翌日は午後までかかってマニュアルを完成させた。
佐田
「さあ、これで品質マニュアルが完成しました。ウケイさんの実力はすごいですね。いえマニュアルをワープロした能力を言っているのではないのです。従来からしていることだけでISO規格のほとんどに対応していなければマニュアルを作ることができません。新しい文書や記録を作ることもなくマニュアルを作ることができたということはものすごいことです」
福井課長
「佐田部長のおっしゃる通りだ。ウチではどうだろう」
橋田
「とりあえず佐田部長に指導を頼む前に、ウケイさんと同じく、規格を読む、会社規則を読むということをしてみませんか。そして次にあのISO規格と会社規則の対照表を作りましょう」
福井課長
「そうだなあ、というか毎回ここに見学に来れば、ウケイさんを2週間遅れで追いかけることができそうだ」
佐田
「さあ、次ですが、このマニュアルができたからもう完成というわけではありません。このマニュアルがISO規格を満たしているかどうかみんなで読んで確認しましょう。それと今まで会社でしていた仕事と違うぞというところがあるかもしれません。あるいは規則ではそうだけど実際はしていないというのも見つかるかもしれません。そういったところをそれぞれの立場でチェックしましょう。
そうですね、マニュアルをチェックするのはそんな時間がかかりませんから、1週間後ということでいかがでしょうか?」
黒田部長
「おい、佐藤課長いいんだろう。ウチはそれで結構です。お願いします」
福井課長
「あのう佐田部長、次回も傍聴させていただいてよろしいでしょうか?」
佐田
「基本的に黒田部長さんのご判断ですね。ウケイさんの仕事に差し障りがあるかもしれませんから」
黒田部長
「よろしいんじゃないですか、今後何かあったらよろしくということで」
福井課長
「ありがとうございます」

品質マニュアルというものが出現したのがいつか、私は知らない。1990年代初頭、私が品質保証に関わったときには当たり前の存在だった。もちろんそれはISO9001が日本に出現する以前だ。その頃のマニュアルとは各社各様で面白いと言ってはなんだが、実際にはとてもバラエティに富んでいて面白い読み物だった。
おもしろいと言っても分らないだろう。例えば前書きにこんな文章があった。
「当社は○○社との取引を非常に重要と考えており、ぜひとも品質監査に合格したいと社長以下社員一同希求している。これは当社の品質保証体制を書き表したものであり、ここに示す手順書を従業員一同誠意をもって遵守運用している」
そんな文句がマニュアルの冒頭に書いてあったのを見たことがある。なにか日本国憲法の言い回しを借用したようで面白いが、その会社の切実さを感じる。
え、20年も前のものを今でも覚えているのかと言われると、私が初めて品質保証業務に関わったときのことで正確ではないですが、イメージは覚えています。

うそ800 本日のどうでもいい話
ここに出てくる会社名はご存じのとおり古事記から頂いております。
ご存じない方に若干ご説明をすれば・・・ どうでもいいことですが、「ミコト」といっても、文字には「尊」と「命」の二種類があります。この違いについては諸説あり、違いがないという説もあります。
ちなみに神道で亡くなった人は戒名ではなく、生きていたときのお名前に「命」を付けて呼ばれます。つまり私は「おばQの命」となるわけです。仏教で戒名をいただくと「愛想撲滅大居士」とかになるのでしょうか?



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