マネジメントシステム物語34 認証指導その3

14.02.12
マネジメントシステム物語とは

ここは川中が二回目に指導しているスセリ電子である。川中がここに来るのは既に4度目である。難しいことは考えずに、川中に言われた通りに仕事をするスセリ電子は、ドンドンと作業が進み、指導4回目にして既に品質マニュアルや下位の手順書は完成した。今回の訪問ではISO委員の任命やISO教育、そして内部監査について説明する予定だ。
川中課長
「皆さんが作った品質マニュアルと手順書は、御社での従来からの方法とは異なるところがあります。それで今後はこの手順書で仕事をしていただくために、社内にその説明と仕事の仕方を教育していかなくてはなりません」
角田
「わかりました」
川中課長
「そのためには各職場でISO委員という役目をする人を選んでもらい、みなさんはこの委員にいろいろと指示をして社内展開していくことになります」
角田
「いよいよ実際の運用ですか。楽しみですね」
川中は素直に自分の話を聞いてくれるこの会社が気に入っている。
川中課長
「一般の人たちはISOなんて知らないでしょう。でもそれでは困りますからISOについての教育を進めます」
吉本
「審査員の方が、一般の社員にいろいろ質問するそうですね」
川中課長
「そうです、ですからISO委員による体系的な教育の他に、ポスターを掲示したりして意識づけを計ります」
吉本
「わあ、私はポスターを作るのが得意なんですよ。今までも小集団活動などのポスターを作ってます。ISOのポスターができたら印刷屋に頼んで会社中に貼りましょう」
川中課長
「それはすごい!、よろしくお願いしますよ。
それから品質方針カードも印刷しなければなりませんね」

1993年頃、電子工業関係の雑誌に書いてあった話である。某日系の認証機関の審査員が審査に来た。会社に入る前に門に立っていたガードマンにISOを知っているかと聞いた。ガードマンは知らないと答えた。それから応接室に案内された審査員は、お茶を持ってきた女子社員にISOを知っているかと聞いた。彼女は立て板に水のごとくISOとはどんな機構であるとか、ISO認証制度とかを説明したそうだ。審査終了時に、審査員はガードマンがISOを知らないのは問題であると指摘にしたとあった。どうもそれは実話らしい。

登場するの10年ぶりよ
この審査員、ばかじゃないの
ISOを知ってますか?
ISOとはなにか
説明してください

おバカなISO審査員
これはどの要求事項を調べているのだろう 

その話を読んで我々は笑った。イギリス人の審査員には、そんなことを語る人を見たことがなかったから。それにどう考えても、その判断基準はおかしいだろう。ISO規格に適合することを求められていても、規格を理解することを求めていない。ましてガードマンはそこの社員かどうかも定かではない。
当時の規格では方針の周知は組織の人に限定されている。(4.1.1)
とはいえISO14001時代になると、ISO規格を知らない人がいるのは問題ですと語る審査員は珍しくなくなり、笑ってはいられなくなった。おっと、規格を知っていることが必要条件かはともかく、ISO14001は組織の人だけでなく組織のために働く人まで拡大しているからガードマンに質問することは許す。
正常とは、あるべき姿とか正しいことではなく、多数を意味することでしかない。つまりISOを知らない人がいるのは不適合だと考える審査員が正常になったのだ。嘆かわしいことである。

川中課長
「それから運用が始まると内部監査をします。今日は内部監査について説明します。内部監査員にはISO委員がなっていただきます」
角田
「どうしてですか?」
川中課長
「内部監査員はISO規格を良く知る必要があります。大勢を教育するのは大変でしょう。それでISO委員に頑張ってもらうのです」
角田
「なるほど、川中さんはいろいろと考えているのですね」
川中は悪い気はしなかった。この会社に来ると、自分がISOの専門家というだけでなく絶対者であると感じる。
たぶんこのスセリ電子が一番乗りでISO認証するだろう。そうすれば岐阜工場の評判も上がり、自分も評価されるというものだ。そして先日、本社の相原課長が話してくれたのだが、関連会社のISO認証に協力してくれたので、ISO審査員研修に本社の費用で行かせてくれるという。そして今回の指導の結果が良ければ、本社に来て関連会社のISO認証の指導をしてくれないかと言われた。川中はファイトにあふれていた。


ウケイ産業の4回目の指導である。佐田と菅野が来ると、ウケイは佐藤課長と安倍が待っていた。そして見学者として前回と同じく本社の相原課長の他に静岡素戔嗚の福井課長と橋田がいた。
佐田
「みなさんは前回作成した品質マニュアルの案をお読みになりましたか?」
全員がうなずく。
佐田 菅野
佐藤課長
安倍
福井課長
橋田
相原課長
佐田
「じゃあ読んだ感想を一人ずつ話してください。まず佐藤課長さんからどうぞ」
佐藤課長
「これは非常に便利なものだと思った。これを読むと、会社の仕組みというか仕事の手順とか決裁者などが一目でわかるんだ。非常によくまとまっているから、新人教育にも使えるんじゃないかと思った」
佐田
「なるほど、しかし忘れてはいけませんが、このマニュアルは品質の切り口についてしか書いてありません。お金の扱いとか人事とか総務とか、就業規則あるいは公害防止活動などは書いてありません」
佐藤課長
「なるほど、確かに品質についてしか書いていない。やはりお客様との品質保証協定の延長でしかないのだな」
佐田
「そうですね。では安倍さんはどんなことに気がつきましたか?」
安倍
「やはりISO規格対応で不足しているところが気になります。ISO規格では記録を残せとあっても、当社では該当する記録がないとか、文書を改定したときの旧版の処理が明確に定めていないですね。そんなところがいくつもありますね」
佐田
「私もいくつか見つけました。今日は一日かけて規格を満たしていない所を議論する予定です。
では相原課長は気がつかれたことはなんでしょうか?」
相原課長
「文章の書き方と言いましょうか、主語がないのが気になりました。ISO規格はもちろん英語を訳したものですから、どの文章にも主語があります。このマニュアルでは主語がない文章が多く、誰がするのか、誰の責任かがあいまいです。やはりマニュアルとか手順書というものでは必ず主語を書くべきかと思いますね」
佐田
「おっしゃる通りですね。文章の言い回しについてもリファインしていく必要がありますね。福井課長さんはいかがでしょうか?」
福井課長
「この会社のマニュアルを読むと、この会社がどういう仕組みかよくわかります。それに比べて岐阜工場のマニュアルは個性がないのですよ。透明人間というか、どの会社にでも使えるような文章です」
橋田
「私も同感です。それは岐阜工場がISO規格のオウム返しだからじゃないのでしょうか」
佐田
「認証することを目的とするならば、オウム返しの方が最適かもしれません。品質マニュアルはどうあるべきかといっても、その会社によってそれぞれ意図があるでしょうから一概にどうこうはいえません。
菅野さんはどう?」
菅野
「安倍さんが足りないところがあるとおっしゃいましたが、そこんところを良く考えないといけませんね。元々ウケイさんでしていないので足りないのであれば追加しなければなりませんが、単にマニュアルの書き方が言葉足らずで規格要求を満たしていないように見えるだけのものもあると思います。前回はザットと進めてしまいましたが、今日はそこをひとつひとつ確認していきたいですね」
佐田
「菅野さんのいう通りでしょう。そして逆にマニュアルにしているとあっても、本当かどうかの検証も必要です。
ではウケイさんのマニュアルを更に良くすることを今日と明日で行いましょう。そして更に次に進まなければ」
佐田は自分がチェックして気が付いた規格を満たしていない所をまとめたものを配った。それは安倍が抽出した不足箇所とほぼ同様であった。
各項目について半日以上かけて個々の項目について議論をする。佐藤課長と安倍はそれを補うようにすることを考えるという。不足であることが分っても、すぐには解決策が浮かばない。それにはまずどのような方法で補うかの検討が必要であり、そのためには佐藤課長と安倍だけでなく、関係する部門を含めた検討が必要で、その結論を社内文書へ反映しそのサマリーを品質マニュアルに追記するという順序になる。要するに地に足が着いたことをしなければバーチャルに陥ってしまう。
佐藤課長と佐田が話をして、双方の見解に齟齬がないことを確認して、佐田は次回までにできるかと聞く。
佐藤課長
「正直言って今答えることはできませんね。なにぶん相手のあることですから。そして今は気がついてなくてもこれから不足に気が付くところもあるでしょう。
話が飛びますが、当社がISO審査を受ける時期はまだ決まっていません。いずれにしてもマニュアルを提出するのは半年以上先でしょう。今の時点で細かいところまで気にすることもないように思います」
佐田
「そうですね。お宅は認証時期の目標とかないのですか?」
佐藤課長
「まあ本社の指示もありますので認証するということは決まっていますが、時期までは決まっていません。最初にいただいたスケジュール表ではもう認証機関の選択と契約を進めていないとなりませんね」
認証スケジュール
佐田
「ええと、スケジュール表によると現時点推進することとして、内部監査をどうするかということと、認証機関の選定ですね」
静岡素戔嗚の福井課長と橋田は、二人のやり取りを聞いて一生懸命メモしている。
佐藤課長
「オロチさんの認証機関はどこでしたか?」
佐田
「ウチは一刻も早く審査を受けたかったので、とにかくすぐに審査してくれると回答したBB社というところに依頼しました」
佐藤課長
「佐田部長さんはそこをお勧めしますか?」
佐田
「いえいえ、そんなことは考えていません。そして実を言って他を知りませんので比較できません。ともかくウチの場合はその認証機関で審査を受けて問題はありませんでしたね。ただそこは審査も英語、マニュアルも英文のものを出さなければなりません」
佐藤課長
「ああそうですか、それはウチでは特に問題ではないですね。ウチは外国の取引先も多く、今までも英語で品質監査を受けたことがあります。審査は通訳がいればよいのでしょう」
佐田
「そうです。まあ私がその認証機関を推薦するわけではありません」
ここで相原課長が口を挟んだ。
相原課長
「この認証指導を計画した当初は、審査を受けられるようになるまでと考えていましたが、実際に初めて見るとドンドンと進行していっています。それで岐阜方式とオロチ方式の双方でISO認証を受けるまでしたいと考えているのですよ。佐田部長さん、ウケイさんの状況から見てあとどれくらいあれば審査を受けられると考えていますか?」
佐田
「ウケイさんは規格要求に対応するほとんどの文書や記録が過去よりありました。これから不足分を追加して、認証機関に運用期間を確認しなければなりませんが、ウチの場合から類推すると最低3カ月長くても4ヶ月あれば審査が受けられるのじゃないでしょうか」
相原課長
「ええ、あと4カ月ですって?」
佐田
「先ほどマニュアルを読んで不足しているところを議論しましたが、それにどれくらい時間がかかるかというところでしょう。まあ是正に半月として、それからの運用に3カ月あれば十分じゃないでしょうか」
相原は考えた。川中課長が指導しているスセリ電子はあと4カ月で審査を受けられるだろうか。いや、あそこは欧州に輸出するために頑張っているから、否が応でも審査を受けられるまで持っていくだろう。両方を体制構築だけでなく、認証まで持っていけばより違いが鮮明になるだろう。
相原課長
「佐藤課長さん、ここはひとつグループ企業の代表として、4か月後にISO審査を受ける方向で考えてくれませんか」
そのとき黒田部長が現れた。相原課長は可能な限り早くISO認証をすることを勧めた。黒田部長もその気になった。そして黒田部長と佐藤課長が佐田に聞いたBB社にコンタクトするということになった。その場でBB社に電話をする。そして翌日の午後にアポイントを取った。
翌日の午前中に、内部監査の実施について打ち合わせた。
午後は打ち合わせを終えてしまい、佐田と佐藤課長がBB社訪問することになった。菅野も一緒だ。

BB社である。ゴードンと営業担当者が相手してくれた。
ゴードン
「やあ佐田部長、菅野さん、お久しぶりです。今日はウケイ産業さんが認証の打ち合わせに来ると聞きましたが」
佐藤課長
「ああ、私がウケイ産業の佐藤と申します。現在、佐田部長さんの指導を受けてISO認証に向けて活動しています。当社が審査を受けたいのですがいつなら審査を受けられますか」
ゴードン
「そうですか。システムの運用期間が6か月必要です。ウケイさんは、いつ頃なら審査できるでしょうか」
佐藤課長
「当社ではISOのために新しいシステムを作っているわけではありません。以前からの会社の仕組みとISO規格を比較して、不足しているところを補強しているという感じです。ですから補強した部分が6か月と言われると6ヶ月くらい先になると思いますが、ほとんどのシステムは昔からあるわけです」
ゴードン
「なるほど、オロチさんの方法と同じですね。それなら新しく作った文書については最低実施した記録がひとつ以上あるという条件ならどれくらいになりますか」
佐藤課長
「それならふた月もあれば十分と思います。でも我々も心配ですから3か月先ということでどうでしょうか?」
ゴードン
「最近は仕事も混んできました。3か月先で審査が入りますか?」
ゴードンが営業担当に聞く。
営業担当者
「審査員として支社長に行っていただくとしてですね、もうひとり日本語ができる審査員が都合つきません。問題はISO規格が分る通訳の確保ができないのですよ。」
ゴードン
「お宅で英語の審査は大丈夫ですか?」
佐藤課長
「過去に何度も外国のお客様の品質監査を英語で受けたことがあります。そのときは通訳を頼みました」
ゴードン
「ISO規格や専門用語など理解している通訳でしょうか?」
佐藤課長
「いや普通の旅行ガイドをしている方でしたが」
ゴードンは菅野を見て
ゴードン
「菅野さんに通訳をお願いできますか?」
菅野
「そういうことになりますとちょっと・・私では決めかねますが」
佐田
「ゴードンさん、菅野は過去2回ウケイ産業に指導に行っています。そういうことは問題になりませんか?」
ゴードン
「よろしいでしょう」
佐田
「じゃあ菅野さんさえよければやってくださいよ」
菅野
「それじゃ、喜んで」
ゴードン
「それじゃ3か月後に審査することにしましょう。見積もりとか審査契約は営業の方からすぐに連絡します」


ここは、スセリ電子である。川中課長とスセリの須田部長、角田、吉本は、本社の相原課長からウケイ産業がISO審査を3か月後に受けるという話を聞いてびっくりした。
実は先週5日間、川中課長は佐田と一緒にISO9001の審査員研修を受けてきたのだ。だが佐田はそんなことは一言も話さなかった。とはいえ、川中も自分が指導している会社の進捗状況を佐田に話さなかったのでおあいこではある。
川中課長
「すごい、まだ指導を始めてふた月でしょう。半年足らずで審査まで行くなんて。岐阜工場でも1年かかりました」
相原課長
「大蛇機工でも、審査のための期間は半年程度だったそうです。あちらの方法の方が短期間でできるのかなあ〜」
川中課長
「そんなことありません。スセリさんだって今すぐにでも審査を受けられますよ」
須田部長
「ここは岐阜工場の一括変換方式だから、ウケイよりも進んでいるだろう。それに我々はウケイと違い、輸出するために認証が死活問題だから、一生懸命準備していると思うけど」
角田
「ウチでは既に一般社員教育もしていますし、運用も実施しています。内部監査をすれば審査を受けられる状態になります」
相原課長
「そういえばウケイでは一般社員教育なんてしてなかったなあ〜」
角田
「ええ、ISOの教育をしていないんですか!」
相原課長
「佐田部長の指導ではそういうことは一切していないのです。もちろんポスターもなし、方針カードの配布もなしです」
吉本
「まあ、私が担当していることはまったくしていないようですね。ずいぶん手抜きですね」
川中課長
「どうも佐田部長の指導はいい加減のようですね」
相原課長
「いや佐田さんの指導は手抜きとかいいかげんではないとは思いますよ。川中さんのご指導と全く違うのは確かですが」
須田部長
「審査を受けるとなると、いよいよ認証機関と契約しなければならないな。川中課長はどこがいいとお勧めですか?」
川中課長
「岐阜工場はまだ日本の認証機関が立ち上がっていない時期でしたのでイギリスの認証機関でした。今は日本の認証機関もありますからよりどりみどりですよ」
須田部長
「それじゃ、川中課長さん、もうすぐにでも審査を受けたいので認証機関との交渉をお願いしますよ」
このころになると日本の認証機関も事業を開始し始めて、よりどりみどりとまではいかないが、審査まで1年待ちなんてことはなくなっていた。川中は角田と一緒に歩いて、元は電気製品の検査などをしていた日系の認証機関と契約した。


3ヶ月が経った。ウケイの審査が先にあり、翌週にスセリの審査である。
既に両社とも予備審査は受けていた。ウケイの予備審査には菅野が通訳に行った。その結果、是正処置において根本対策になっていないものがあること、現場で正式でない文書のコピーが使われていたという二つの不適合があった。黒田部長はそれを聞いて驚きもせず「おお、予想より良かったじゃないか」と言った。ということで本審査に進んだのである。
スセリの予備審査はどうなったのだろう? 佐田は聞いていなかったし気にもしない。

ウケイの本審査にはまた菅野が通訳に行くが、佐田予備審査同様に行かないという。
佐田
「だってさ、私はコンサルみたいなことをしていただろう、審査に立ち会ったらまずいじゃないか。菅野さんは公平な通訳をしてよ。下手な手助けをするのはいけないよ」
としか言わない。
二日間の審査結果、不適合もなく終わった。
ウケイの黒田部長はその結果を聞いて、喜んでいた。といって驚いたふうはない。まあ当然という認識のようだ。佐田もそれを聞いて、「そんなところだろう」と言っておしまいだ。
菅野は実はうれしいことがあった。ゴードンから今後も審査の通訳をしてくれと言われたこと、それと審査員にならないかと言われたことだ。夫と話をしなければ決められないと言ったものの、内心はもう審査員になる気でいた。
ゴードンとしても菅野がISO規格を知り尽くしているので、審査の途中で適合か、どんな問題があるのかを審査員に教えてくれるからだ。菅野は今でも十分に審査員が勤まるだろう。


ウケイが認証してから1か月が過ぎた。佐田にとって他社のISO認証指導はもう過去のことだ。川中が指導したスセリがどうなったのか気にもならない。彼にとってそれらはすべて過去のことであり、今の関心ごとは棚残回転数を上げることである。鈴田がいなくなって、その仕事が佐田に回ってきたのだ。
そういえば川田取締役も部長の仕事だけでなく課長の仕事もしているが、現場で大声を出して指示するのも川田にとっては楽しそうである。川田はそれだけでなくタイ工場のこともあり大変だろうと佐田は思う。

星山専務が佐田に声をかけてきた。
星山専務
「おい佐田さんや、素戔嗚の本社からISO認証の指導のまとめの会議をするという通知が来ている」
佐田
「もうあんなことに私は関心がありません」
星山専務
「君に関心がなくても、本社は君に関心があるようだ。ともかく今回半年かけたプロジェクトだったんだ。まとめの会議くらい行かないといけないよ。それに出張旅費は向こう持ちってんだから」
星山はA4数枚の資料を置いて役員室に入ってしまった。
佐田は困ったなと思いながら資料を手に取る。
今回指導をした者と指導を受けた会社の代表、そして本社の品質保証部のメンバーで討論会をするようだ。そして今回のプロジェクトのまとめとするらしい。しょうがない、行くしかないかと佐田はため息をついた。

下田部長 相原課長
福井課長
佐藤課長
角田
川中課長
佐田
下田部長
「やあ、川中課長と佐田部長には半年間ご指導いただきお疲れ様でした。おかげ様で静岡素戔嗚、ウケイ産業、スセリ電子の3社ともISO認証をすることができた。当初の予定より1社増えたのは、うれしい誤算だ。しかも予定よりも数か月早かった。本日は指導する側、指導を受けた側の忌憚のない意見交換をしたいと思う」
相原課長
「まず認証した会社が主役でしょうから、そちらのお話から伺いましょう。福井課長さんからどうぞ」
福井課長
「私どもは初め川中課長さんから岐阜方式といいますか、既成の品質マニュアルと手順書を基に変換する方式でした。しかし第一回目からどうもこの方式では会社本来の仕組みで審査を受けるのではないと感じました。感じただけでなく作った文書が実態をかけ離れたバーチャルな物になってしまいました。ということで誠に申し訳ないのですが川中課長さんのご指導をお断りしました。
私どもは実際の会社の仕組みで審査を受けようとしたのです。ところが自分たちだけで考えようとすると、どうしてよいのか途方に暮れてしまいました。そのとき品質保証部が配布している資料を見まして、佐田部長の指導を知りました。それで佐田部長が指導されているウケイさんにお邪魔して、ウケイさんよりも二月遅れという感じで作業を進めました。とはいえすぐに追いついて審査はほとんど同時に受けることができました。我々はふたつの方法をやってみたわけですが、その経験から佐田部長のオロチ方式が最善と感じました。ともかく会社のあるがままの姿で審査を受けたことは良かったと思います」
川中はちょっと言いたそうで手をあげたが、相原課長が後にしましょうと言って制止した。
佐藤課長
「私どもは初めから佐田部長の指導を受けました。佐田部長の最初の指示は、まず規格を何度も読めということ、そして当社の規則集をこれまた何度も読めということでした。最初は一体何が目的かわかりませんでしたが、ふたつを何度も読むうちに、佐田部長の意図が分りました。それは当社が規格に対応することとして何をしているかを見つけることでした。二回目以降の指導内容も、非常に素直な流れで作業を進めるうえで困ったこともなく、納得できないということもなかったです。
驚いたのは社員にISO教育なんてことを全くしないことでした。他の会社をみると、どこもポスターを貼ったり、方針カードを配ったり、あげくには社員に審査の質疑の練習をさせるところもあるようです。まるで運動会のようなイメージですね。
当社ではまったくそんなことをしませんでした。その代り会社のルールを理解すること、遵守することは徹底しました」
福井課長
「それは私どもも同じです。ISO認証をお祭りとかイベントと受け止めている方が多いようですが、そんなんじゃないですよ。ISO認証は普通の仕事に過ぎません。いや普通に仕事しているのを見せることというべきでしょうか。ましてや全員参加でするものじゃないですよ。
ともかく、ISO認証を機会に会社規則の理解の徹底と遵守がされるようになったと思います。それが認証した最大の効果かもしれません」
佐藤課長
「まったくですね、いかに今まで会社のルールを守っていなかったかを感じました。斬鬼、斬鬼」
相原課長
「それではスセリの角田さんどうぞ」
角田
「私どもは川中課長さんの指導によって認証活動を進めました。マニュアルも手順書も言われた通りに元のデータを変換して作りましたので考えることもなく、作業時間だけで進みました。ただそこまでは順調だったのですが、社員への周知や教育の段階になって非常に労力がかかりました。というのは現実の会社の動きと違って、岐阜工場さんのマニュアルと手順書に合わせることになりましたので、それを説明して納得してもらうことが大変でした。結局は、従来からの会社の仕組みはそのままで、新しく作った手順書に合わせて記録を作るという二重の仕事をしているのが実態です。更なる問題は、この形で認証を受けてしまいましたので、今後もずっと二重の文書と記録を維持していくしかないということです。
現在の方式は、とにかく素早く認証を受けられるというのがメリットと聞いていました。しかし今の福井課長さんと佐藤課長さんのお話を伺いますと、オロチ方式であっても認証するまでの期間が変わらないので、初めからオロチ方式で行った方が良かったのかという気がします。
これからも二重帳簿でいくのかと思うと気が重いです」
川中課長
「ちょっと発言させてください。どうも岐阜方式は良くないという意見が多いようで残念です。まずスセリさんの発言にありましたように、マニュアルと手順書を作るまではアット言うまであることは間違いありません。そして社内への説明が大変だったというお話ですが、それは事情を理解していただければよいことだと思います。
二重帳簿と言われると、それは確かでしょう。ただ考え方ですが、ISOのために作った文書記録に現実を合わせてしまえば全く問題がないわけでして・・・」
福井課長
「川中課長にはお世話になりまして、批判めいたことは言いたくはないのですが、当社にいらっしゃった時もそれについて議論をしました。
結局、岐阜工場のマニュアルと手順書を使うということは、私どもの会社を岐阜工場に合わせるということなのです。しかしどの会社だって過去からの文化があり、過去いろいろないきさつがあって今のルールがあるわけです。お仕着せのルールに合わせてしまうということは、結局会社の文化を無視してしまうということかなと思います。私たちは結局そこのところが割り切れなくて、会社の従来からの文化を残すという方法をとったわけです」
佐藤課長
「佐田部長の指導はそういう矛盾といいますか無理がありませんね。今の方法をそのまま見せて審査を受けようという素直というか、当たり前の方法だと思いました」
川中課長
「ISOとは二重帳簿だと割り切ったらどうでしょうか」
角田
「実は先ほども言いましたが、ウチでは現在、二重帳簿を維持していくことが困難なのです。
認証しなければ輸出できないという外圧で突っ走ったわけですが、今となると認証しない会社も問題なく輸出しているようですし、うーん、困っています」
川中課長
「どうも岐阜方式は不評のようですね。しかし素早く認証するという意味では有効な方法であるということをご認識いただきたいですね」
佐藤課長
「うーん、認証する目的はいろいろあると思います。輸出する条件とか取引するためにと言われれば認証するしかありません。そして急いでいるなら多少は無理をすることもあるでしょう。しかし結果として会社が良くならないと、それに投入した費用や工数が無駄になってしまいます。まして今回の結果をみると、岐阜方式もオロチ方式も時間的にはあまり変わらないようですし・・」
川中はぶぜんとしている。
相原課長
「佐田部長さんはいかがでしょうか?」
佐田
「非常に青臭いと思われるかもしれませんが、私はなにごとも原理原則に立ち返って考えるべきと思います。会社というのは事業をして社会に貢献するために存在しているわけです。
ではISO認証とは何かというとですね、それは取引条件であって、会社の品質保証体制が一定水準を満たしていることの証明に過ぎません。ISO認証は目的じゃなくて手段なのです。そのために会社の文化を変えてしまうことは主客転倒だと思います。 もちろん私が指導した方法が唯一とか最善と言うつもりはありませんが、認証した結果、仕事が増えたとか、会社の文化が変わってしまったなら、それはあるべき姿ではないように思います」
川中課長
「私どもの方式が悪いと言われているようで心外です。世の中では品質マニュアルさえどんなものか分らないのが実情です。各社の品質マニュアルをまとめた本が高値で売られています。私どもはマニュアルや手順書のデータも提供しているわけで、そういう意味ではものすごい価値があると思いますよ」

当時、10社くらいの品質マニュアルをまとめた本が、何千円もの値段がついて売られていた。私はそんな高い本を買う金がなかったので、本屋で立ち読みした。その結果、買う価値はないとわかり、価値のないものを高い値段で売る神経(心臓)に呆れた。
おっと、21世紀の今でも品質マニュアルとか環境マニュアル、あるいはエネルギーマネジメントシステムマニュアルなんてのを、本にしたり電子データをネット販売しているのを見かける。
騙されないようにね
相原課長
「これから私ども品質保証部はグループ企業にISO認証を指導していくわけです。みなさん、どうでしょうか、指導するにはどういった方法がお勧めでしょうか?」
福井課長
「私どもでは二つの方式を試したわけですが、その結果オロチ方式が良いと思いますよ」
佐藤課長
「私は一つの方法しかしていませんが、佐田部長のご指導で不満はありません。というか今回ISO9001を認証したわけですが、会社の仕組みはまったく変わっていないのです。実際にしたことといえば、明文化していなかったルールを規則にしたとか、守られていなかった規則を徹底させたというくらいでしょうか。要するにあるべき姿にするだけで余計なことはしていません」
角田
「私はオロチ方式を知りませんが、現在の二重帳簿をいつかは解消しないとならないと考えています。このままでは重荷ですね。200人しかいない会社でISOのお守りをするのに一人必要なんです。それって人件費が0.5%アップしたということですよ。儲かりませんわ」
下田部長
「それじゃ決まりだよ、相原課長。今後品質保証部のグループ企業への指導はオロチ方式で行く。川中課長さんには申し訳ないが、オロチ方式の方が普遍性があると考える」

解散した後、部屋を出ようとした佐田を下田部長が呼び止めた。
下田部長
「当社には工場が30もあるし、グループ企業が200社もある。これからどんどんISO認証をしていかなくてはならない。ということで君に本社に来てもらい認証の指導をしてもらう。実は異動はオロチの社長と福島工場の工場長とは既に話がついている」
佐田
「えええ、本当ですか、困ったなあ」
下田部長
「何か困ることがあるのか?」
佐田
「ご存じと思いますが、私は福島工場から出向していまして、つい最近まで単身赴任していたのですよ。やっと妻子を呼び寄せたところなのですが・・」
下田部長
「なんだそんなことか、今は中途半端な時期だし、オロチの方からも一段落するまでと言われている。それで3か月後の4月異動ということにした。そのとき家族一緒に引っ越せばいいじゃないか。まだお子さんは小学校に入っていないと聞く。大丈夫だよ」
佐田にとって家内にまた転勤だと言うことは大丈夫ではなかったのだが・・・


それからの3か月、佐田は必死に棚残回転率向上の策を練り、なんとかいくつかは実現まで持ち込んだ。
星山専務とは佐田が異動することは公知のこととして話をしていた。仕事の引継ぎを考えると秘密にしておいても仕方がない。それは星山にとっても同じで、星山専務は佐田だけではない大がかりな異動を話した。
まず、オロチの社長は、品質向上と損益改善を達成した業績、それにはISO認証も含まれているそうだが、そういったことを評価されて、実質は素戔嗚電子の子会社ではあるが二部上場している大きな関連会社の社長になるという。社長になるのは株主総会がある6月からだが、3月末には一旦本社に戻ることになる。そして社長には星山専務が就任するという。そりゃ妥当なところだろう。
タイ工場の設立は紆余曲折があったが、素戔嗚と現地資本そして子会社の合弁で設立することになった。そして川田取締役が専務として行く。社長はタイ人だが実質は川田が切盛りするようだ。そして工場の責任者には伊東がなるという。
佐田
「星山社長を支えるスタッフがいなくなってしまいますね、これから大変ですね」
星山専務
「佐田さんに学んだことはいろいろある。教えるということは単なる技術技能じゃなくて、学び方を教えるということもある。わしもいろいろ勉強になった。結局ものごとは単純なんだ。リソースがなくては何もできない。そしてよく考えた方法で、無駄のないようにしっかりと進めるということがすべてのようだ。佐田さんがいなくなってもそういう基本を押さえれば大きな間違いはしないように思う」
佐田
「それこそがマネジメントシステムですね。ISOが品質なんて狭い切り口でなくてもっと大局的な視点でガイドを示せば少しは企業の改善に役に立つかもしれませんね」
星山専務
「なるほど、マネジメントシステムか、そう考えるとISOは単なる外部品質保証だけでなく、改善のベースとして使えるのかもしれないな。
とはいえ、システムだけではしょうがない。中小企業の問題はなんといっても人材不足だ。部長級の人材がいないので、素戔嗚から二名出向してもらうことになった。わしの後任として、経理、営業、総務を担当してもらうのが一人と、川田取締役の後任として生産管理全般を見てもらうのがひとりだ。佐田さんと伊東の分の補充がないが、まあしょうがない。将来的には武田課長を部長にするつもりだが、あと5・6年はかかるだろう。
それと、とうとう菅野さんが辞めることになった」
佐田
「やはりISO審査員になるのですか?」
星山専務
「そうだ、仕事はフルタイムではなく契約社員として週に3日くらい審査に行くという。これから娘さんも学校だから大変だろう。とはいえ彼女は自分自身のチャレンジをしたいのだろうなあ。
彼女の場合は英語もタイ語もできるし、ビジネスの才があるからなあ。能力のある人はどこでも花を咲かせるよ」
佐田
「まあ彼女と私がいなくなっても、当社の仕組みはISOのためというところがありませんから、ISOの担当を置くことはないですね。それでも次回から通訳をどうするか?」
星山専務
「それについては、もう日本人審査員が多くなってきてBB社でも日本語で大丈夫だという」
佐田
「そうですか。それはよかった」
星山専務
「佐田さんがこちらにきてどれくらいになるのかな?」
佐田
「2年と3か月になります」
星山専務
「佐田さんが来る前のこの会社を思い出せないよ。汚くて躾も悪くて品質も悪い・・」
佐田
「過去を振り返るのは老人になってからにしましょう。星山社長の挑戦はこれからです」
星山専務
「まったく、そのとおりだ」

なにかバタバタと話を進めてしまったようです。タイの工場については書く余裕がなくて。なにしろ当初の予定の30話をはるかに超えてしまいましたので、終わらなくちゃという強迫観念が・・・

これでおしまいかって?
いや、あと数回書くつもりのです。それこそがメインテーマですので・・・

うそ800 本日の予想
「菅野さんのような人がいたのか?」というご質問を予想します。
実はモデルがいます。仕事で縁が切れた後も、彼女と数年おきに偶然何度か会いました。そんなとき彼女は私を「ISOの先生」と呼んでくれました。うれしいじゃないですか。ちなみに彼女は日本人じゃありません。



外資社員様からお便りを頂きました(2014.02.14)
ISO認証普及期のお話、大変興味深く拝読しております。
改めて、見直してみると、ISO認証とは、会社の規則やルールの棚おろしですね。
その意味では、棚卸の為には必要な在庫を確認する必要もあるし、無いものがあれば準備する必要もあります。
棚卸の結果として、在庫数量と、欠品等が明確になりますので、それを見るのは当然にマネジメント側の責任なのです。

ISO認証で考えれば、認証を受けるとなれば、本来は同様にマネジメントに対しては 社内監査の結果として不要な規則の廃棄、他規則との統合、状況に合わせて変更、新規に作成などが報告されると思います。
そういうものが出てくれば、マネジメント側も、ISOは規則の棚卸なのだと良く判るのだと感じました。

最短距離である、二重規則のお話は、非常に興味深く読みました。
認証取得だけが目的ならば費用対効果で言えばありなのかもしれません。

二重規則といいつつ、実際には“ISO専用“は、業務上で無駄ですから運用しないのでしょう。

但し、それをやると、ISO認証が、規則の棚卸としての役割を持ちませんので、それを会社としてどう考えるかは残ります。
とは言え、会社としては、ISO以外でも、様々に監査機能がありますから、余計なものは不要だとも考えられます。
蛇足ですが、新興国やベンチャー企業でのISO認証は、規格そのものがないから、その雛形を提供する意味合いはあるようです。
ですから、今回の事例のように伝統ある企業で無い場合には、川中方式で開始も良いかもしれません。

これから書くので、まだお書きになっていないとおもいますが、川中方式では会社の実態とISO専用規格との乖離を、審査ではどう考えるかは非常に興味深いです。 審査員にとっては、ISOの切り口で作られた文書は理解が容易と思います。
もし審査会社や審査員自身が、市販されている品質マニュアルを是認しているならば、それを採用した事で文句を言えるはずはありません。

せいぜい1日しか滞在しない審査員が、「ISO専用」が運用されていないか判らないようにも思えますし、二重規約だと思えても、それを裏付けをとって指摘出来るだけの手間をかけ、勇気をもって問題にするかは興味深いのです。
ですから、佐田方式の合理性だけでなく、川中方式の二重帳簿が審査の途中でボロを出すようなシーンがあれば、とても面白い読み物になるのではと思っています。 とは言え、読者の勝手な思い込みですから、ネタの一つとしてご検討頂ければ幸いです。
今後の展開を楽しみにしております。

外資社員様毎度お引き立てありがとうございます。
正直なことを申し上げますが、このうそ800もそろそろ幕引きかという思いもありまして、最後の一花ならぬ、最後のいたちっ屁かもしれませんが、私が今まで不満をかこってきたことを洗いざらいとはいきませんが、ある程度マイルドにはしますが大いに吐き出して終わりたいと考えております。
ISO審査におけるハチャメチャな事例は溢れるほど見聞きしてきました。上品ぶっている認証機関のお偉方はそんな実態を知っているのか知らないのか、私はわかりませんがISOたあこんなものだと世に発言するだけはしておきたいというのが辞世の句ならぬ遺書にでもしようかと・・
と前置きはそれくらいとしまして・・
程度の差はあれ、世のISO認証組織の半数はバーチャルマネジメントシステムだろうと推定しています。だって内部監査をどのようにしているかとか聞いただけで、本物かニセモノかはわかります。
外資社員様は審査員がバーチャルであることに気付いたときどうするか興味があるとお書きになっていますが、審査をすればそんなことはすぐにわかります。そのとき審査員がどのような反応をするかですが、某有名な認証機関のえらいさんから、審査に行って「これは実態ではないですね」と言ったとき、企業側から「そんなことはどうでもいい、不適合がなければ認証しろ」と言われて諾としたと聞いたことがあります。まあそんなところではないのでしょうか。
まして最近は買い手市場ですから、審査員が変なことをいうと鞍替えとか認証辞退するでしょうからうかつなことは言えません。
ネットを見て歩くと、審査代行(審査員の代行じゃありません。審査を受ける業務の請負です)なんてのがウヨウヨあります。そういった人たちがバーチャルなMSを説明し、契約審査員がそれを審査するという、一体全体なにがどうなのか分らないというのが実態かもしれません。
ということで外資社員様のご提案にありました「川中方式の二重帳簿が審査の途中でボロを出す」ことがあっても審査員は見て見ぬふり勧進帳を読んでオシマイでしょう。
今回は自分なりに結構真面目に書いております。最後までお付き合い願います。
ありがとうございました。


外資社員様からお便りを頂きました(2014.02.17)
ISO審査で、二重審査が判らないはずはないと思いつつ、それが放任されている現実があるので、実は審査では判らない、だから企業が嘘をつくなどと戯けた事をいう審査員がいるのではと思っていました。
もし、二重規格が判るのならば、それは裸の王様のように、大人は指摘してはいけない事なのでしょうか?

もし審査会社や審査員が、審査で会社を良くすると本気で思うならば、「貴社の社内規定や仕事のやり方を、ISOの観点で棚卸します」こそが、望ましい方向なのだと思います。 これならば、日常業務の中では気付けない不合理や不整合、無駄に気づく事が出来るかもしれません。

もちろん、何度も審査を繰り返す必要は無くて、ある程度まで行けば、後は単純な確認作業になって当然とおもいます。

昨今では、ISO認証のISO17021は、放射線残留検査をする会社等の取得が必要で、非常に忙しいようです。
この分野では審査員が慢性的に足りないようです。その理由は審査員には、少なくとも「計測とは」「あいまいさ」について、しっかりと理解し、どのような分野の計測であろうが、合理的な観点で審査をする事が求められているようです。
少なくとも、この分野では、トレーサビリティ、誤差論などの明確な理論もあり、また実際の計測結果という定量化できる基準が存在しています。
ですから、この分野では、二重規格は存在する事も出来ませんし、それをする理由もないのだと思います。

外資社員様 毎度ありがとうございます。
お話は認証というものの根源に関するものだと考えます。
認証といっても国家的なもの、民間のもの、ライセンス的なもの、プライズ的なものといろいろな基準での見方があります。ここではISO規格に基づく認証限定で考えます。といってもこれもまた多様なのですが。
そもそもISO9001はマネジメントシステムとか経営なんて大言壮語を騙ってはいませんでした。単に品質保証の国際規格と明記されていました。そして第三者認証が第一義でもありません。二者間の取引においての品質保証要求事項の標準化を図るという意図が明確であり、それに限定されていました。
ですからISO9000sに基づく第三者認証制度が始まったときは、要求事項を満たしているか否かを点検することが審査であり、満たしていると裏書することが認証でした。ということは審査が信頼できるなら客は供給者のところに品質監査に行かなくても良いというメリットがあり、供給者は多数の顧客の品質監査を受けなくても済むというメリットがあったわけです。
しかしISO9000s認証はあっという間に単なるプライズになり、まもなくプライズでさえなくなりました。だって規格そのものがあいまいもこですし、審査が顧客の信頼を得られないなら認証しているからといってそれを信じて自分が品質監査を省略できるわけがなかったからです。
ISO14001は、発祥のときから第三者認証を主たる目的としていました。そりゃ序文で自己宣言とか二者確認などいろいろな使い方を書いていますが、完璧に認証ビジネスの道具であることは明確でした。
そしてもっと驚くべきというか呆れることとして、ISO14001認証はいかなる意味も持っていないということでしょう。ISO14001を認証していれば、誰に対してどのような意味があるのかということを説明できる人はいないでしょう。
別に審査において虚偽の説明があるとか、パフォーマンスが向上しないとかということではありません。ISO9000sなら品質マネジメントシステムと言おうと、現実には品質保証の役目もゼロではありません。しかしISO14001認証が顧客その他の利害関係者にいかなるメリットがあるのかとなりますと、私は皆無だと思います。
規格要求である「環境に関する法律を調べて守ります」というのは、認証以前に当たり前すぎます。もし法違反しても事業を推進するという企業があれば、商道徳としてそういう企業と取引をするはずがありません。時間外を払わないとか、押し付け販売をした企業などが、ブラック企業と呼ばれて取引から外されたり、ボイコットされるのは当たり前です。そういう状況において「環境に関する法律を調べて守ります」という要求事項そのものが無意味としか言いようがありません。
「環境改善の目標を立てて活動する」という要求事項はこれまた無意味でしょう。省エネにあい努めて節約したとき、顧客にいかほど還元されるのか、顧客に意味があるのか不明です。あるいは熱帯雨林を破壊して事業をしている企業はこれまた急進的なNPO(テロ組織と呼ぶ人もいますが)から破壊工作を受けたり、消費者にボイコットされたりします。
是正処置とか文書や記録に関する要求事項に至っては、顧客にすれば「好きにやってください」としか言いようがありません。
じゃあISO14001認証は認証を受けた企業のためになるのかとみれば、はたしてどうなのでしょうか? まず文書管理、記録管理、教育訓練その他の要求事項をしっかりやっても、はっきり言えば風が吹けば桶屋が儲かる程度の改善でしょう。それに対して、教育とか棚残回転率とか作業改善といったことをコンサルに依頼したならはっきりと具体的改善が期待できます。その費用を審査ではなく、コンサルに回した方がパフォーマンス向上は確実でしょう。
要するに、ISO9001やISO14001の認証は、企業にとっても顧客にとっても社会にとってもまるっきし意味がないのではないかと私は考えます。
笑ってしまうことに、「マネジメントシステム規格は経営の規格だ」などと語る審査員がいますが、そりゃ大きな勘違いだと私は思います。規模が小さくても社長をしている人がそんなことを言われたら、呆れますよ。経営と語るなら、資金繰り、雇用、労働問題、事業に関わる法律、地元との関係、そんなことが重要課題です。土建でも小売りでも製造業でも、地元の首長くびちょうや議員と無縁には事業はできません。ISO14001の審査員に「ISOは経営の規格です」なんて言われて感心するようでは経営ができるはずがありません。「ISOは経営の規格です」なんて言葉を聞いても、みなさん腹の中では「早く帰ってくれ」というのが本音でしょう。
「いや経営といっても環境限定なのだ」というかもしれません。でも環境のマネジメントレビュー、環境監査という発想からして、もはや笑止です。環境だって資金繰りと無縁ではなく、環境だけを他の業務監査と別に実行できるとは思えません。
結局、ISO9001やISO14001は、ライセンスでもなくプライズでもない、形ばかりの意味のない認証に落ちぶれてしまったと思います。まともな審査員はそんなことを心中わかっているので、二重帳簿であろうと、形式であろうと、悪いことさえしなければ認証機関に禍いが及ぶことはないと割り切って認証しているのでしょう。なにしろ飯のタネですから。
しかし認証が責任を負うものである場合、そういったどうでもいいという審査はできません。結局、認証をした企業や製品やサービスに問題があったとき、認証機関が責任を負うならば真面目に仕事をするだろう、するしかないということだと思います。おっしゃるように放射線残留検査などは責任を負うでしょう。それは制度だけの問題ではなく、社会的にそうみなされているということだと思います。
外資社員様は、そういう技術、知識、見識のある人がいないとおっしゃいますが、それもあるでしょうけど、認証ということに責任があるか否かということがすべてではないでしょうか。
もし認証を受けた企業に問題があった場合、認証機関と、それを認定した認定機関に責任があるという制度にすれば、一瞬にしてISO認証制度は価値あるものになるでしょう。
そして同時に、ほとんどの審査員は仕事を辞し、認証機関は廃業すると思います。それはすばらしいことではないでしょうか。


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