マネジメントシステム物語35 ISO14001出現

14.02.16
マネジメントシステム物語とは

佐田が素戔嗚すさのお電子の本社に来て、まる3年が経った。グループ企業のISO9001認証指導という役割で転勤したものの、佐田にとって認証指導というのはあまり張り合いの持てる仕事ではなかった。もちろん価値のない仕事ではないだろうが、佐田はすぐにその仕事を標準化して、自分にとってはマンネリになってしまった。彼はチャレンジする仕事しか好きになれないのだ。とはいえ、佐田の指導はわかりやすく結果もすばらしいと定評があり、グループ企業における彼の評価は悪くはなかった。しかし3年が経過して、グループ企業のISO9001認証もほぼ一巡した今、もう自分の仕事は終わったと感じている。
営業を除き、本社の管理部門は売上を出しているわけではなく、果たすべき役目があって、それに見合って人員配置されている。だから、当初の役目が終われば用済みになるのは当然だ。ずっと本社にいるためには、常に自分が新しい企画あるいは業務を提案して、それを自分がしなければいる場所がない。
そうそう、佐田は家族を引きまとめて、今は千葉県の市川市に住んでいる。子供たちももう13歳と10歳になる。進学などを考えると、転勤するなら上の子が高校に入る前だと思う。あるいはずっとこちらに住むしかない。へたをすると逆単身赴任になってしまう。

そんなわけで佐田は、福島工場や以前出向していた大蛇おろち機工に、それとなく自分を引き取ってくれないかという話をしたこともある。福島工場ではとうに上野部長も野矢課長もは異動していて、佐田が知らない人が部長になっていた。その部長がいうには、本社にいてバリバリやっているのに、田舎に戻りたいなんてのはおかしいぞという。はっきり言って席はないと言われた。
大蛇機工では星山はいまや大社長で健在だ。しかし星山社長も、親会社の本社にいるのに、田舎の子会社に来たいなんて気は確かかという。大蛇も順調だが、本社の方がやりがいもあるだろうという。そして佐田を引き取る気はないと言われた。
佐田としては、次なる自分の場所を確保するためにどうしようかと迷っているのである。

そんなある日、品質保証部長から呼ばれた。佐田が本社にきたとき課長だった相原が、今は品質保証部長である。相原部長が会議室に連れて行く。
相原課長
「佐田君、長い間品質保証部で頑張って来てくれて感謝している。当社グループではISO9001認証も一巡し、また認証ノウハウも蓄積されたのでISO9001認証指導という業務を廃止することになった」
佐田
「実際にその仕事を担当していますので、この仕事もおしまいということはわかっていました。問題は、私を引き取ってくれるところがあるのでしょうか?」
相原課長
「佐田君の仕事ぶりは社内に広く知られているから、そんな心配はいらないよ。品質保証部門の管理者として来てくれという関連会社は二つや三つではない。引く手あまたと言ってもいいくらいだ。
それはともかく、君は転勤だ」
佐田
「どちらでどのような仕事をするのでしょうか?」
相原課長
「実を言って物理的な移動距離は20メートルもない。同じ部屋だが、品質保証部から環境管理部に異動してもらう」
佐田
「はあ!? 私は公害防止などと無縁ですよ」
相原課長
「ISO14001というのを知っているかね?」
佐田
「ハイ、今年の秋に新しいISO規格ができたと聞きました。環境管理の規格ですね」
相原課長
白羽の矢 「今まで各社はISO9001認証に励んでいたが、今ではISO9001は当たり前で、これからはISO14001認証をしなければならないようだ。環境管理部では公害防止とか環境法規制に詳しいのはいるけれど、ISO規格とか認証制度を知るものはおらず、当社のISO9001の第一人者である佐田君に白羽の矢が立ったというわけだ」
佐田
「本当に感謝します。ISO9001の仕事はおしまいだとわかっていましたから、これからどうしようと悩んでいました。引越しもなく家族ともども暮らせるのはありがたいです」
相原課長
「今日は内示だけで、辞令は来月だ。まあ同じフロアだから異動といっても向こうの人の顔も名前も知っているだろうから心配はないよ」



熊田部長である
佐田が環境管理部に移って熊田部長 にまっさきに言われたのは、10か月後、1997年10月までに1工場認証すること、1999年4月までに全工場を認証することであった。規格が制定されたのが今年秋で、各社とも認証レースが始まっているから、当社はトップになる必要はないが出遅れるなということだ。佐田はISO9001の経験から、それは十分に可能だろうと答えた。
また熊田部長は、認証機関としてナガスネ環境認証(株)という会社に頼むようにという。それは業界団体が設立した認証機関で、業界団体の各社はそこを活用することになっているという。
そして熊田部長はISO審査員の研修を受けろと言う。佐田はそのようなことは不要と思ったが、せっかくの機会だから受けることにした。当時ISO14001審査員研修をしているところはふたつ、みっつしかなかった。どんなところが研修をしているのかとみると、ナガスネ環境認証の案内を見つけた。どうせ審査を受けるなら、そこの研修を受ければそこの考え方がわかるだろうと申し込む。
当時、ISO審査員研修は満員御礼で順番待ちという状態だった。幸い、佐田が申し込んだ時、たまたま辞退者が出たとかですぐに受講することができた。


1997年当時、山手線の新橋駅から赤坂見附の方に歩いて行くと、いくつもの認証機関が並んでいた。日本規格協会、日本品質保証機構、日本環境認証機構、その他にもあったような気がする。
ともかく佐田はそんな界隈にあるナガスネ認証に行った。研修の教室の後ろには小部屋があってガラス窓がある。既に来ていた受講者仲間にあれはなんだと聞くと、小部屋の中に常に一人座っていて、その窓から受講者を監視するらしい。居眠りをしていると修了できないという。その他、発言や質問の回数などを数えて評価に反映するという。いやはや、我々は子ども扱いかと周りの人と笑った。
菅野
「佐田さん」
突然、佐田は後ろから女性の声で呼ばれた。
聞き覚えのある声だなと思いながら振り返ると菅野が笑っている。
佐田
「菅野さんじゃありませんか、どうしたのですか?」
菅野
「ご無沙汰しています。星山専務、じゃなかった星山社長からお聞きしましたけど、今は本社でご活躍ですって!」
佐田
「そうなんです。今までISO9001の指導をしていたのですが、もうISO9001は一巡してしまい失業ですよ。それで会社がこれからはISO14001の認証指導を担当しろといってくれまして、とりあえずこの研修を受けに来たわけです」
菅野
「そうよねえ〜、私もずっとISO9001の審査員をしているんですけど、これからはISO14001の時代だからってボスがISO14001審査員研修の受講を命じたわけ」
佐田
「でも、お宅も審査員研修をしているのではないですか。菅野さんはどうしてここの研修を受けることにしたのですか?」
菅野
「あまり大きな声では言えないけど(と大きな声で言うのだが)、このナガスネ認証が今のところISO14001では認証シエアトップのガリバーなのよね。今までのISO14001認証企業の半分以上をここが審査しているのよ。ところがここは規格解釈では癖があるというのも定評があって、どんな教育をしているのか調べようと思ってね」

当時は審査員研修機関では「他の認証機関の関係者は審査員研修受講をご遠慮ください」なんて大書していた。それは合法なのだろうか?
お店が買いたいという人に物を売らないのは、単に売買契約を結ばないということで合法らしいが、募集要件にそのようなことが書いてなく、一旦申込みが成立しているなら、それ以降に他の認証機関の審査員だからと拒否することは契約違反になるようだ。
もっとも今の時代は受講者を集めるのが困難だから、どなたさまであろうとウェルカムだろう。実際に最近はそういう表示を見たことも聞いたこともない。

佐田
「ほう、癖があるとは? どんなことなんでしょう」
菅野
「これから5日間受講すればわかるんじゃないですか」
菅野は3年間審査員をしていたせいか、物腰も話し方も堂々としている。

審査員研修は4名以上20名以下というのは昔も今も変わらない。講師はナガスネの取締役技術部長という須々木すすきである。某映像音響機器メーカーで環境部門の部長をしていて、ここに出向してきた。業界団体設立の会社だから、社長も取締役も、そして一般の審査員もみな業界団体からの出向者ばかりだ。
講義が始まった。
講義の絵 佐田も数年前にISO9001の審査員研修を受けたことがある。あのときは中野にある研修機関で受けた。かなり年配の講師の話はまともだったという記憶がある。
ところがここで教えることは、ISO規格とは大幅に離れた講師の思い込みを語っているように思える。そういえば中野の講師は「審査とは不適合を見つけることではなく、適合を確認することだ」と語っていたことを覚えている。しかし須々木取締役の話を聞いていると「審査では是が非でも不適合を見つけろ」としか聞こえない。ISO14001規格に書いてなければ、アネックスでもISO14004でも見て、その中のshuoldをshallに読み替えて不適合にしろと言う。まあそんな考えもおかしいが、規格の文言の解釈も大きく異なる。
規格の文章をひとつひとつを丁寧に読むというよりも、須々木取締役の頭の中にある想念あるいは妄想を語っているとしか思えない。佐田は環境管理にもISO14001にも素人だと自認しているが、他の人たちはどうなのだろうかと時々周りを見回して様子をうかがう。みな必死に須々木講師の語ることを聞いてメモっている。佐田にはそれが不思議でならない。あんな話、ちょっと考えればおかしいと思うだろう?
ふと菅野と目があった。菅野の目も「おかしいわねえ〜」と言っているようだ。

コーヒーブレイクのとき隣に座っている井田という、やはり某電気機器メーカーから来ている受講者に話しかけた。
佐田
「井田さん、須々木講師の話っておかしくないですか?」
人
「佐田さんはISO14001認証についてお詳しくないようですね?」
佐田
「もちろんまったくの素人です。でも講師の話に矛盾があるくらいはわかります」
人
「あ、お気を悪くしないでください。ISO14001規格とISO14001認証はイコールじゃないんですよ」
佐田
「はあ?」
人
「あのね、大きな声では言えませんが・・・このナガスネ認証の審査は一般的な認証機関の考えと違うのです」
佐田
「とおっしゃいますと?」
人
「要するにISO14001規格による審査ではなく、ナガスネ認証機関の考え方による審査なのです」
佐田
「はあ?」
人
「ですからここは異様な雰囲気でしょう。参加者のみなさんは審査員研修に来ているのではなく、ナガスネ認証の考え方、審査方法を知るために来ているのです」
佐田
「へえ?」
人
「受講生のほとんどは、業界傘下の企業から来ています。そして1割か2割は研修後にここに出向して審査員になるでしょう。残りは企業でナガスネの審査を受ける立場になるわけです。審査員になればナガスネの解釈を知らないと仕事ができないですし、審査を受ける側になるとナガスネの規格解釈を知らないと不適合が乱発されて認証にたどり着けません」
佐田
「はあ、そうだったのですか。私はそういう大事なことをまったく知りませんでした。今までISO9001を担当していましてね、これからはISO14001認証の担当をしろと言われてきたもので」
人
「佐田さん、もしナガスネの審査を他の認証機関と同じように考えていると、絶対に認証できませんよ。さっきの佐田さんの質問に答えるなら、間違いであろうと矛盾があろうと、この講習会で須々木取締役が語ることをしっかり覚えて、会社に戻ってその対応をしておかないと認証は無理です。だからほとんどの受講者はばかばかしいと思ってもまじめに聴講して、注意するところをメモっているのです」
佐田はそのとき、そばで菅野が聞き耳を立てているのに気が付いた。

再び講義が始まった。
須々木
「では規格の理解の続きです。先ほどまでは序文や定義を説明しましたが、これからはいよいよ本文になります。規格の文章はいちいち読みません。大事なことだけ説明していきます。
環境方針ですが、審査のとき気を付けないとならないことは経営者、社長とか工場長ですね、その方が直筆サインしたものがないと不適合にしなければなりません」
質問という声が聞こえた。
一同が声の方を振り向くと菅野が手をあげている。
須々木
「はい、なんでしょうか?」
菅野
「方針に直筆署名がなければ不適合とおっしゃいましたが、その根拠はなんでしょうか?」
須々木は非常に驚いたような顔をした。
須々木
「規格に書いてあるでしょう」
菅野
「すみません、私の持っている規格には書いてないようです」
一同ドット笑う。
須々木
「あのですね、署名がなければ経営者が書いたのか、他の人が書いたのかわからないでしょう」
菅野
「罪刑法定主義を持ち出す気はありませんが、規格に署名がないことで不適合にはできないと思います」
須々木
「審査報告書には『環境方針は経営者が定めることになっているが、定めた証拠がない』と書けばよいのです」
菅野
「定めた証拠とおっしゃるなら、組織の決裁システムにおける担保や、取締役会の議事録とか、あるいは社外に公開するという事実をもって経営者が決定したという証拠になりませんか」
須々木は動ぜず
須々木
「私が言うのですから、間違いありません。よろしいですね」
そういって須々木は次に進んだ。

須々木
「環境目的とは長期の目標です。私たちは最低3年先の目標でなければいけないと考えています」
「質問」と一人の受講者が手をあげた。
須々木
「どうぞ」
女性
「年度首には3年先の目標であっても、時間が経つとだんだん2年半、2年となりますね。翌年再度目標を立て直すときには1年が過ぎてますから2年先の目標になってしまいますが、それはよろしいのですか?」
須々木
「それは構わないでしょう。毎年3年先の目標をローリングしていけばOKです」
菅野
「質問です。3年とはどこに書いてあるのですか?」
須々木は露骨に嫌な顔をした。
須々木
「確かに3年とは具体的に書いてありません。しかし多くの企業では中期計画を立てているでしょう。ですから3年後の目標があることを要求してもおかしくありません」
菅野
「企業に3年後の目標があるなしとは関係ないと思います。ISO14001規格でいう『目的』が3年先の目標であるという根拠がないように思います。定義では、『環境方針から生じる全般的な環境の到達点で、組織自ら達成するように設定し、可能な場合は定量化されるもの』とあるだけで期間など言及していません」
須々木
「審査で『目的が3年より短い』といえば会社側は納得しますから心配いりません」
須々木はそれでおしまいと言って、次に進んだ。

須々木
「環境マネジメントプログラムは環境目的を実現するためのものと、環境目標を実現するためのものの二つが必要です」
菅野
「質問です。規格を読むと環境目的のステップごとの到達点が環境目標でそれを達成するための計画が環境マネジメントプログラムのように思えます。ですから環境目的を実現する環境マネジメントプログラムはいらないのではないでしょうか?」
須々木
「それは間違えた解釈ですね。そんなことを考えることありません。環境マネジメントプログラムは3年スパンのもの、1年スパンのものの二つを作るのですよ」

ナガスネのモデルとなった某認証機関は、当時このとおり審査員研修機関で教えていた。講師のモデルはそこの取締役技術部長である。
そこで習った審査員は今でも三つ子の魂を地で行って、3年先の目標がないと不適合、環境実施計画がふたつないろ不適合にしているようだ。証拠はある。
2004年改定で、環境マネジメントプログラムは、環境実施計画と変わった。
なおその認証機関はこれ以外も多くのおかしなことを審査員研修機関で教えていた。そして考える頭のない審査員は、今でもそれを信じておかしな審査をしているようだ。あれから17年、当時の審査員の多くは引退しつつあるが、その信仰というべきか宗教教義というべきか、そういった考えは後進にも受け継がれているようで私は安心して死ねない。もっとも須々木部長のモデルとなった方は安心して死ねるだろう。


環境側面の特定の演習である。
須々木
「ISO認証のための最大の山は、環境側面を特定し、著しい環境側面を決定することです。
著しい環境側面を決めるには、その影響の大きさ、影響の重大性、発生の確率、影響の持続時間などを評価して決めることになります。
まず影響の大きさですが、騒音なら隣近所でしょうし、大気汚染なら隣町、しかしエネルギーの消費による二酸化炭素排出となると地球規模というふうに階層があります。
重大性は、例えば化学物質なら、毒物、劇物、それ以外というふうに階層化されます。
こういった切り口をいくつか決めて、それぞれに点数を付けて掛け算とか足し算をして、一定点数以上とか、あるいは上位何位までを著しい環境側面とするのが一般的です。
ではみなさん、テキストの36ページにある会社の事例がありますから、それをどのように評価して、どれが著しい環境側面になるかを考えてみましょう。
ええと、グループ討議で決めていただき、あとで各グループから発表してもらいます」

各グループ4名である。佐田は他の3人のメンバーはISO14001に詳しいように見受けたので、出しゃばらずにおとなしくしていた。
人
「どうせ結論は見えているから、のんびりやろうや。ええと、これをみると使用量と重大性と影響期間のみっつをとって掛け算することにしようか」
人
「ナガスネ方式だね」
佐田はナガスネ方式という言葉を初めて聞いた。
人
「そうナガスネ方式だよ。だからその切り口がよさそうだ」
人
「そのようだね。じゃあ佐田さん、ホワイトボードに三つの表を書いてくれませんか」
人
「こんなことをしても実際には役に立つはずがないけど、ナガスネで認証するにはしょうがないのよね」
人
「審査でトラぶらないのだから、一番役に立つと言えるんじゃない」
みなは笑った。周りの人たちがこちらを見たのですぐに静かになった。

佐田がホワイトボードに三つの表を書き、他のメンバーが項目と数字と点数をいろいろ言うので、それを聞いてマス目に書き込んでいく。
重みつけ
点数5点4点3点2点1点
電力kWhkWhkWhkWhkWh
重油klklklklkl
塗料ttttt
     

重大性
点数5点4点3点2点1点
具体的状況人命にかかわる事故の恐れあり大事故の恐れあり小事故の恐れあり怪我の恐れありなし

影響する期間
点数5点4点3点2点1点
具体的状況半永久的10年数か月数日なし

佐田はみんなに言われるままに表を作っていく。表を作っていくだけでナガスネ方式というものが理解できた。確かに複数の要素が関係するものを評価するのにスコアリング法という手法はある。しかし多くの場合、比較対象の関係は妥当でなければならない。つまり水の5点と電気の5点は同等の環境影響がなければ、配点する意味がない。また3点と5点では完全に比例関係でなくても大小関係は保持されていなければ比較することができないはずだ。
だがナガスネ方式ではそのようなことはまったく無視して、PPC用紙10万枚を5点、産廃500トンを5点に配点して疑問を持たないのだ。いや、疑問をもってはいけないのだ。産廃500トンを処理するのは業者の調査選定、書類の作成、そして処理費用とも結構ハードだが、PPC10万枚は文房具屋に行けば5万円で買える。同じ5点なのにお手軽さが違うことに疑問をもってはナガスネ方式を使いこなせない。ということはナガスネで認証できないということだ。
そして皆がワイワイ楽しくやって表が完成したときに、佐田はそのくだらなさを十二分に理解した。つまり他の3名のレベルに追いついたのである。

この当時、有益な環境側面という発想はなかった。そんなものがなかったことは今より良かったとも言えるが、それ以外のうそ、間違いがたくさんあったから、今より一つくらい間違いが少なくても良かったと言えるような状況ではなかった。
おっと、ISO14001規格で誤解、勘違い、嘘、ねつ造がなかった時期など一度としてなかったように思う。1996年からISO14001に関わってきた私はそう考えている。

コーヒーブレイクの後に、各グループから環境側面決定方法の検討結果の発表があった。もちろんどのグループもスコアリング法であり、その結果も同じだ。切り口というか評価項目が異なっても結果がまったく同じになるというのはおもしろい。要するに結果をどうすべきかを誰でもわかっていて、そうするために配点を調整しているに過ぎない。これを時間と紙の無駄といわずしてなんと言おうか?
須々木講師はそれを知っているのか知らないのか、受講生の発表をニコニコして聞いている。
須々木
「今回の受講生はみなさん理解がよろしいですね。どんな方法で著しい環境側面を決めても良いのですが、結果が常識で考えて合っているかを確認することが必要です」
計算した結果が常識とあっているかを確認するなら、初めから常識で決めればよい。佐田は吹き出した。
須々木が佐田をにらむ。
佐田
「すみません、くしゃみをしてしまいました」
菅野
「質問です」
須々木は嫌な顔をして菅野の方を見る。
菅野
「今回、どのグループも点数で計算していました。これを点数じゃなくて論理式というかイチゼロ判定で決めてもよろしいのでしょうか?」
須々木
「著しい環境側面を決める方法は客観的であることが必要で、実施する人が変わっても同じ結果にならなければなりません。点数以外の方法でそういうことが保証されるでしょうか?」
菅野
「ああ、なるほど、点数以外は不適合だということですね」
須々木
「点数法以外は不適合とは言いません。客観性が担保されないものは不適合ということです」
菅野は面倒くさくなったのか「客観性とはどこに書いてあるのか?」とは聞かなかった。
佐田はナガスネで審査を受けるにはスコアリング法しかないということ、そしてナガスネを選ぶということは、ISO規格ではなくナガスネ規格で審査を受けることだと理解した。それがグローバルに通用するとか、企業の環境管理に貢献するかどうかは関係ないのだ。


お昼に研修機関が用意した豪華な弁当がでた。当時は豪華な弁当が出たし、研修期間中に一度は近くのレストランに連れて行って豪華な夕飯を食べさせたものだ。なにしろ研修費用が今よりもはるかに高かったし、それに審査員になる人はハイソと思われていたのかもしれない。
佐田は弁当を食べながら隣の人に話しかける。
佐田
「どうもナガスネ方式というのですか、この方法は現実離れしているようですね」
人
「佐田さん、まあはっきり言えばそうなんですよ。私はもう20年くらい公害防止に従事してきました。だから事故の恐れがあるとか、法規制とか体で知ってますよ。使用量と危険性を掛け算して重大か否かなんて、決めることができるはずないじゃないですか。
演習問題では多くのグループが毒物の点数を劇物の倍にしていましたが、毒物が劇物の倍の影響があるかといえば違いますよね。規制値がほとんど変わらないものもあり、とっても規制が厳しい毒物もあるわけです。それに劇物なら管理しなくても良いわけじゃない。キシレン1トンあれば手順書が必要で、500キロならいらないって説明できますか。バカバカしいとしか言いようがありません。要するにあれは単なる頭でっかちの人が考えたお遊びですよ」
佐田
「私は環境管理などしたことはないですが、どう考えてもおかしいなあと思ってました」
人
「でもね、佐田さん、お宅もそうだけどウチも業界団体の会員だから、他の認証機関に審査を頼むことはできないんだよね。というのはウチから審査員としてここに送り込まなくちゃならない。私自身、定年間近になれば、ここに出向するかもしれない。そのための、しがらみがね。そのしがらみはわかるけどさ、審査がまともならいいけど、こんな審査ではネ」
人
「面白そうな話をしてるじゃないですか。ねえ、考えてごらんなさい。世の中には系列とか談合とかありますよ。それは良くないことかもしれない。だけど、まったく使えない代物を買うなんてことはないでしょう。他よりも少し高くても義理があるから買おうかとか、同じ条件なら系列を使おうってことがあってもさ、まったく使えないものを高い金出して買うはずがない。
でもさ、認証機関の選択ではさ、まったく使えなくても業界団体が設立したからって理由で依頼するってのは・・」
人
「オイオイ、声が大きいぞ(笑)。しょうがないんだよ、おれたちはみんなそうだろうけど、勤めている会社がナガスネを使え、そして一刻も早く認証しろと言われているんだから。
明らかに間違っていても、気が狂った人が唱えていても、それに合わせるしかないんだよ」
人
「こんなバカバカしいことをしても電気の無駄、時間の無駄だよ。規格の意図である事故防止と遵法には無縁だよね」
人
「おれはさ、ナガスネに出向者を出したいから、すぐに審査契約してお金を振り込めって言われたよ。環境対策というよりも出向者対策のようだ」
佐田はみんなの話を聞いて、みなもナガスネ方式がまったくおかしいと考えていること、しかししがらみでしょうがないと思っているのだということを知った。


翌日のコーヒーブレイクのとき、佐田は隣のグループの年配の受講生に話しかけた。要するに情報収集である。
佐田
「失礼ですが、吉田さんは環境のお仕事をされているのですか?」
みな名札を付けているので名前で呼びかけた。
人
「私は環境の仕事などしたことありません。太陽光発電の開発をしていました。私は53になります。開発部門は能力的に40が限界で、それ以降残る人は管理職だけです。管理職になっても若手が研究していることが理解できなくなると開発部門の管理者はできません。それで私もお役御免になり、ナガスネに出向する予定なんです」
佐田
「なるほど、でも今まで環境にタッチされていなかったのでは、環境の勉強が大変でしょう」
人
「そうなんです。出向受け入れの条件として、公害防止管理者水質1種と大気1種の資格をとれと言われました。試験は年に1回しかありませんので、今年9月末ワンチャンスしかありません」
佐田
「私もまったく環境はタッチしたことがないです。公害防止管理者の勉強は役に立ちますか?」
人
「役に立つ立たないではなく、試験に合格しないと出向受け入れしてもらえないんで飯のタネですわ、ワハハッハ。
でもね受験勉強は得意なんです。それに研究と違って答があることが確実なんですから、これほどたやすいことはないですね」
佐田
「でも吉田さん、実際の環境管理は試験問題と違うでしょうし、長年の環境管理の経験がないと審査は難しいのではないでしょうか?」
人
「おっしゃるとおり。しかしね、佐田さん、ナガスネの審査はナガスネ流と世の中で呼ばれているのですが、決まりきった型があるのですよ。その型にはまっていれば合格、規格を満たしていても型からはずれていれば不合格と判断すればいいんです。これっておかしいとかどうこうじゃなくて、そういうものだと割り切ったら、これほど簡単なことはありません」
なるほどナガスネ方式だけでなく、ナガスネ流という言い方もあるのかと佐田は感心した。
人
「例えば環境目的を考えてみますと、なにごとかの改善計画を見たとき、規格に基づいて考えれば、それが目的の要件を満たしているかどうか、側面や法規制、社会の要請などを考慮しているかなどの観点で評価しなければなりません。
しかしナガスネ流なら、環境側面から選んでいるか、スパンは3年であるか、簡単でしょう。誰にだって審査員ができますよ」
佐田
「私はナガスネ流とかナガスネ方式という言葉をここに来て初めて知りました。吉田さんは審査員になったら、そのナガスネ流でないと不適合と判断するのでしょうか?」
人
「佐田さん、まあね、これはしょうがないですよ。ISO認証って科学とか技術じゃないと割り切ってます。ISOは芸事なんですよ。詩吟とか茶道と同じ。ですから規格ではこうだとか理屈ではというのではなく、ナガスネ流の師範がこう踊れというなら、そういう踊りでなくちゃダメっていうしかないでしょう。ほら、あそこでコーヒーを飲んでいる須々木取締役がナガスネ流家元ですよ」
佐田
「なるほど、そうしますと認証しても、リスク管理とか環境改善とは直接結びつかないかもしれませんね」
人
「あのね、佐田さん、私はね、第三者認証制度ってのは、結局、企業内失業者対策というか、そういう人たちに仕事を与えることが目的じゃないかと思っているのです。つまり私のようなケースですよ。本来なら私は開発者としてはもう時代遅れ、管理者としても使えない。だけど首にするわけにはいかない。
たまたまISO認証という制度ができたから、業界団体で認証機関を作って各社の社内失業者を送り込む。それによって社外流出費用を業界内にとどめることができて、そのお金で社内失業者を食わせていくことができる、そういう仕組みなんですよ」
佐田は黙って吉田氏の顔を見ていた。

私は某社で太陽光を開発していた方と1997年のISO14001審査員研修で会って、これと同じお話をした。その後しばらくメールのやり取りをしていたが、この方は公害防止管理者の二つの試験に合格し、めでたくその認証機関に出向して審査員になられた。本当にそれがめでたいことだったのかどうかは定かではない。審査を受ける企業にとってはめでたくなかったことは間違いないと思う。
幸か不幸か、私はその方と審査の場であいまみえたことはなかった。


最終日に修了試験があったが、まず不合格になるとは思えないような試験だった。しかし鉛筆で大量に文章を書いたので手が疲れた。佐田はここ数年、会社でも自宅でも文章を書くにはパソコンでワープロソフトというのがデフォルトであり、署名するとき以外手書きした記憶はなかった。
修了試験は午後3時半くらいに終わった。終わった人は帰ってよいという。佐田は菅野に声をかけて外堀道路沿いのコーヒーショップに入った。
佐田
「菅野さんが大蛇機工を辞めて審査員になってもう3年ですか。いろいろあったのでしょうねえ」
菅野
「そんな波乱万丈ではないですよ。離婚もしていませんよ」
佐田
「でも毎週出張のお仕事では、家庭的にも大変でしょう?」
菅野
「舅、姑さんが元気で家事はしてくれるの。育児が心配だったけど、私だって毎週3日は家にいますし、娘とはけっこうスキンシップもあります。夫ともうまくいっているから家庭崩壊の恐れはないわ」
佐田
「この審査員というお仕事は将来性はあるのでしょうか?」
菅野
「日本ではこれからどんどんと市場が大きくなると思う。ボスの話ではイギリスではもう飽和したというけど。日本では今まだISO9001が5,000件程度でしょう、今世紀末には10倍あるいはそれ以上になると思う。そうなると審査員の数も今の5倍くらい必要になるのではないかしら。当分は失業する恐れはないわ」
佐田
「なるほど、審査員は毎年審査があるから失業の恐れはないですか。私は認証の指導が仕事なので、すべての会社が認証してしまえば失業ですよ。
ところで今回、ナガスネの研修を受けたわけですが、あの認証機関の考えをどう思いますか?」
菅野
「ボスに報告しなくちゃ。あんないいかげんというか、間違えた理解で審査したり審査員を教えているというのは犯罪行為だわ」
佐田
「菅野さんならお客さんの企業に行って、ナガスネをお止めなさいと言えるけど、私の場合はナガスネしか選択肢がなくて、自分の会社を悪くしないで認証しなければならないという悪条件なんですよ」
佐田は自嘲的に笑った。
菅野
「そういうのをバサッと処理するのが佐田さんでしょう」
菅野の考えも言い方も手厳しいのは昔からだ。
佐田
「そんなに簡単じゃないですよ、悩んでいますよ」
菅野
「良い話があるわ。ウチのイギリス本社からISO14001に詳しい人が来ていて、来週講習会をするの。おたくの近くだから、聞きに来るといいわ。本当はウチのお客様へのISO14001説明会なんだけど、私が受講者名簿に佐田さんの名前を加えておくから」
佐田
「それはぜひとも、お願いします。でもイギリスの人というと、講演は英語かい?」
菅野
「そう、でも私が通訳するの。ぜひ来てね」


翌週である。神保町の某貸会議室でその講習会は開かれた。講習会の目的は、今までBB社でISO9001を認証している企業に、ぜひともISO14001もBB社で認証してくださいという意図である。だから受講者はBB社の認証企業の人たちだけで30名くらいしかいない。当時はそういう意図の規格説明会が各認証機関によって数多く開催された。ほとんどが無料だった。私はつてを頼んでいくつも聞いて歩いた。といっても感心したのは外資系のL社とB社くらいで、国内系の認証機関の話は・・・
佐田は認証機関のお客様というわけではないが、菅野のお誘いで聴講することができた。
菅野はプロの通訳ほどではないが、けっこうちゃんと通訳していく。台本があるようにも思えない。たいしたものだ。
環境側面の決定については次のような話だった。
菅野
「著しい環境側面を決める方法はいろいろありますが、規格では数値化することも、厳密であることも要求していません。規格をよく読めば、事故が起きる恐れのあるもの、法に関わるものが著しいとなっていれば妥当だと思います」
佐田はそれを聞いてなるほどと思う。
一段落したとき、質問をしてみた。
佐田
「先ほどのお話では『事故が起きる恐れのあるもの、法に関わるもの』ということでしたが、それならば点数などつけずに、単純に事故が起きる恐れがあるから著しい、法規制があるから著しいとする方法でも良いのでしょうか?」
菅野が通訳して、そのイギリス人の回答を、また菅野が通訳する。
菅野
「それで問題ありません。但し、それだけですと会社の考えで著しい側面を追加することができません。それで経営者が著しいと判断したものを加えることができるというルールにしておくと融通がきくでしょう。もちろん事故が起きる恐れがあるものや法に関わるものを、経営者が著しくないと判断することはいけません」
なるほど、もっともだと思う。佐田は感謝を述べた。
どうもこのイギリス人の話すことは常識的で、佐田が聞いていて疑問に感じるところがない。そもそもISO14001もイギリスの規格が元というけれど、当たり前のことを言っているだけなんじゃないだろうか。ますますナガスネの規格解釈がおかしいように思う。
とはいえ、ナガスネ以外に審査を依頼することはできないだろうし、佐田は悩む。

うそ800 本日のご質問
ここにあげた認証機関のようなのがあったのか? なんて寝ぼけている方はまずいないと思います。その名称はもちろんお見込みの通りであります。別の認証機関のエライさんは、その認証機関を日本のISOの恥部なんていってましたっけ。
なお、須々木取締役のご本名は・・・・あっ、わかっちゃいましたか?
枯れすすきになった今もまだ頑張っているようですが・・
ところで、ナガスネとは古事記に出てくる神武天皇の天敵、那賀須泥毘古ながすねひこからいただいた。ナガスネヒコは初めの頃は神武天皇の兄を殺すなど威勢がよかったのですが、最後には討ち取られます。悪い奴の末路はそうなると決まっているのだ。ではその認証機関はどのような末路?



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