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「ハイ、環境保護部です」
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「麹町ソフトウェアの石橋でございます」
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「あれ、失礼しました。内線かと思いまして」
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「弊社は御社と同じ回線になっておりまして、電話の着信音は内線の音なのです」
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「ああ、そうですか。石橋様とおっしゃると先ほどのメールの件ですね」
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「さようです。ご返事ありがとうございます。早速ですが、実は明日はこちらの都合が悪いのです。といってもなるべく早くお話をお聞きしたいので、急ではありますが本日の午後でもお願いできませんでしょうか?」
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佐田は頭の中で予定を思い浮かべた。 今日のお昼から3時までは何も予定はない。もちろん机上の整理とかメールの片づけはあるけれど | |||||
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「けっこうですよ。御社に伺いましょうか。麹町でしたよね?」
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「いえいえ、私が御社に伺います。いつもお宅の本社にお邪魔しておりますのでよく存じ上げております。13時に環境管理部に伺います」
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「わかりました。お待ちしております」
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佐田は受話器を置くと、佐々木の方を振り返った。 佐々木も久しぶりに出社したので、一生懸命にメールの整理をしているようだ。 | |||||
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「佐々木さん、話しかけてよろしいですか?」
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佐々木はキーボードから手を離して伸びをしながら佐田の方を向いた。
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「いいとも、そろそろパソコンも飽きてきたところだ」
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「今日の午後一に、麹町ソフトウェアという関連会社がISO14001の相談に来るのです。一緒に話を聞いていただきたいのですが」
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「おお、麹町ソフトウェアなら良く知っている。今まで仕事でいろいろ関係があったからね。どんな要件だろう?」
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「なんでもISO14001を認証したいのでその相談をしたいというのです」
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「猫も杓子もISOか、いよいよソフトハウスもISO病に感染したか」
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「相手は石橋さんという総務課長さんですが、佐々木さんはご存じでしょうか?」
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「石橋、知っているよ。以前私の下にいたことがある。彼ももう出向する歳になったか。それなら近況を聞きたいなあ。ぜひ会わなければ」
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時間丁度に● ● ![]() 三人は打ち合わせ場に座った。 | |||||
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「佐々木部長がこちらにいらっしゃったとは知りませんでした」
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「私も役職定年でさ、いろいろあったけど、今はここでISO14001認証の指導をしているんだ。この佐田さんが私の上司だ」
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「ソフトウェアでもISO認証が必要なのですか?」
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「当社も親会社の仕事ばかりではなく、行政の仕事とか外の会社さんの仕事もしております。今は入札のときにISO認証をしているかとか、環境配慮をしているのかという設問があるのですよ。そんなわけでISO認証をしようとなりまして」
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「そういったことで評価が違うのかい?」
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「どうなんでしょうねえ、それはわかりませんが、そういう設問があると気になるじゃないですか。同業者をみるとISO14001認証したところはまだわずかですが、多くは認証する計画があるようです。まあ当社も横並びしなければということで・・」
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「石橋課長さん、本日は具体的にはどんなご相談なのでしょうか?」
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「おお、そうでした。当社の環境担当役員、実を言ってそんな役はないのですが、営業と技術以外は私の上司の取締役総務部長の飯山の担当です。飯山から、ISO14001認証を予定している関連会社に対して環境管理部が指導してくれるということを聞きました。 それでまずISO認証するための手順とか、関係機関などについてお聞きしたかったのです。もちろん当社に対しても指導していただけるのでしょう?」 | ||||
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「指導はもちろんいたします。とはいえ、ISO認証と言いましても一つのパターンしかないわけではありません。認証によってなにを得たいのか、あるいは認証することだけが目的なのかなど、お客様、私たちから見れば指導を受ける関連会社さんはお金をもらうもらわないに関わらずお客様ですから、お客様のご意向を確認しないとどのようなアプローチが良いのか判断できません」
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「ほう、佐田さんは営業的センスがおありですね。私どもではISO認証して、会社を良くしようとか費用を安くしようなんて考えていません。そんなこと無理だと思っています。インターネットとか郵便でパンフレットを送ってくるコンサルタントは、けっこういるんですよ。そういう人たちはISO認証で経営をよくするとか、ISOで費用低減なんて語るのが多いですが、会社でまじめに仕事をしていればそんなことは無理だとわかります。 おお、また話がずれてしまいました。 それから私どもはISOのためにたくさんの文書を作ったり、手間ひまをかけたくありません。実を言いまして、同業者でISO14001を認証したところが二つほどありまして、どのようなことをしているのか聞きに行ったのです。イヤハヤ驚きました。大量の文書とか記録を作って、それが実際の仕事とは関係ないのですよ。審査のために作り、審査の時に見せて、あとはホコリをかぶっているわけです。あのようなものではしょうがないと思います。 私どもの希望は、現在の会社規則とか記録を見せて、そのまま審査を受けられることですね」 | ||||
佐田と佐々木は顔を見合わせた。 石橋は何も知らないと言いながらけっこう調べているようだ。そして認証の本質を分っている。 | |||||
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「はっきり申し上げますが、ISO認証というのは認証機関、認証機関といってもたいそうなものではなく単なる株式会社、それも中小企業ばかりです。御社の売り上げほどある認証機関は日本に存在していません。ともかくそんな認証機関に審査を依頼して会社の仕組みをチェックしてもらって合格となると認証というわけです。どの認証機関でも認証の価値は同じです。 ところが認証機関によって判断基準も違い、認証機関によっては余計な注文を付けたりしますので、お宅さん、つまり石橋さんのことですが、そのご希望によって認証機関を決める必要があるのです」 | ||||
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「本社からの通達によると、ナガスネという認証機関を使えとありますが」
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「正確にはそうではありません。ナガスネを推奨するとあるはずです。その言葉の本意はナガスネでなくても良いということです。 私も石橋課長さんと同じく、ISO認証しても会社が良くなったり儲けが増えたりするはずがないと思っています。だから御社のあるがままの姿で審査が受けられて、あまり余計なこと、正確に言えばISO規格にないようなことを言う認証機関は止めた方が良いと思いますね」 | ||||
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「佐田さんのお話をお聞きして私なりに理解したのは、まずは我々の目的をはっきりさせること、そして認証機関を選ぶこと、そうすれば佐田さんたちがそれに合わせた指導をしてくれるということでしょうか?」
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「まさしくその通りです」
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「でも私たちに向いた認証機関を選ぶにはどうしたらよいでしょうか?」
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「普通の物品や役務を頼むのと同じ、単なる業者選定です。 事務所をパーティーションで仕切るときどうしますか? ビル管理会社に聞くとかネットなどでいくつか業者を探して声をかけ、こちらのしたいことを説明して、見積もりを出してもらい相手の話を聞く。また知り合いなどに評判を聞く。そして値段が安くて評判の良いところに頼むわけですね。それと全く同じですよ。 まずいくつかの認証機関に声をかけます。当社ではISO14001を認証したいと考えている。見積もりを頼みたいから来いと言えば喜んできます。もちろん声をかけても返事をしない認証機関もあるでしょうけど、そういったところにわざわざ頼むことはありません」 | ||||
石橋は佐田の話をメモに取っている。 佐々木は半分呆れて半分感心して、佐田の話を聞いていた。佐々木も認証機関を選ぶのが業者選定と同じとは、思ってもみなかったからだ。 | |||||
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「そして御社の概要、つまり事業内容、所在地、従業員など、会社経歴書があればそれでもよいでしょう。あ、認証を受けたい範囲だけでよいのですよ。 ちょっと補足説明ですが、ISO認証するのは会社全部と決まっているわけではありません。本社のみとか、本社と一部の営業所のみとか、あるいは特定の事業だけという認証範囲にもできます。またお宅の子会社とか構内外注というか請負会社が社内にいることもあるでしょう。そういうのを含めても良いし、含めなくてもよい。それはお宅の考えです」 | ||||
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「しかし営業などを含めないと、対外的に当社はISO認証しましたと言えないわけですね?」
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「おっしゃる通りです。認証範囲については、正しく表現をしないと厳密には詐欺になりますね。まあそこまではいかなくても、誇大宣伝ということで認証の取り消しなどを受けることもあります。営業マンの名刺にISO認証と書きたいなら、営業マンの所属する部署がISO認証していなければいけません」
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石橋はメモする。
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「話の続きですが、審査を受ける時期をはっきりさせます。普通は決算時期とか繁忙期を外します。一度認証を受けると、次年度以降も同じ時期に審査が行われますので重要です。自分たちが忙しい時期にわざわざ審査を受けることはありませんよね。 そしてこちらの希望時期に審査ができることを確認しておきます。認証機関の繁忙時期は年末と年度末です。まあそのくらいの情報で見積もりは出るでしょう」 | ||||
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「当社に向いた認証機関かどうかというのは?」
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「いくつか質問をしてその回答をもらいます。その回答で向き不向きが分ります」
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「ほう魔法の質問ですね」
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「別に魔法じゃありません。常識の質問です。それはですね、 (1)経営に寄与する審査をしますか (2)著しい環境側面は点数でないとダメですか (3)規格要求からではなく、現場をみて審査ができますか のみっつです。できたら文書で回答をもらいたいですが、文書はダメというなら口頭だけでも良いでしょう」 | ||||
この問いは私が現役時代していた質問と、以前ぶらっくたいがぁ氏から聞いたことを組み合わせたものである。 たいがぁ様、著作権を主張しないでください。 なお、この物語の当時はなかったが、21世紀では「有益な側面をどう考えますか」という問いも必要となった。 石橋はメモしながら聞く。 | |||||
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「私はその質問の回答を聞いても何がいいのか悪いのかわかりませんが」
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「その回答をメモっておいて、私の方に伝えてくれればよろしいです」
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「なるほど、なるほど。分りました。早速認証機関に声をかけてみます。ところで認証機関て、どういうふうにして探せばよろしいのでしょう?」
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「日本適合性認定機関という団体のウェブサイトがあります。そこに認定機関のリストがありまして、50くらいの認証機関が載っています。まあお好きなものを選べばよろしいのですが、やはり本社か営業所が近辺にないとやりにくいでしょう。本社が大阪とか地方の認証機関に、東京の会社がわざわざ頼むことはありませんよね。工事業者を選ぶとき遠くの街の業者に頼むことはないのと同じです」
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「なるほど、なるほど」
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「あのさ石橋君、できたらそのとき私も陪席したいんだけどいいかな?」
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「どうぞどうぞ。佐々木部長がそばにいてくれるなら心強いです」
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「佐々木さん、出張の方は大丈夫ですか?」
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「もちろん仕事を優先するよ。石橋君、面接というか奴らが来る日が決まったら教えてくれないか」
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「承知しました。しかし佐々木部長も奴らとはひどい言い方ですね。 ところで佐田さん、業者なら各社一緒というのもありですかね?」 | ||||
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「一般の業者と違ってプライドが高いから、それはやらないほうが良いと思います。もし同じ日なら、時間をずらして顔を合わせないようにした方が良いでしょう」
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「なるほど、佐田さんのおっしゃるようにしましょう」
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2009年のことだが私が認証指導した会社の一つは、複数の認証機関を同じ時間に集めて条件を説明して見積もりを依頼した。まさに入札説明会である。みな文句も言わずに話を聞いて見積もりを出してきたという。まあ、2009年頃になると認証機関の競争も激しくなって、四の五の言える立場でもなかっただろう。 このお話は1999年頃の設定である。 石橋が去った後、佐々木は佐田に話しかけた。 | |||||
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「あの質問は何か意味があるのかい? 単に規格解釈がおかしいかどうかを見るためなの?」
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「事前に考えていたわけではないのです。石橋さんから問われたので即興で考えました。といっても理屈はあります。 はじめの『経営に寄与する審査をしますか』という質問は、認証機関のISO審査に対する考えを見るものです。イエスというなら審査というものをよく理解していません。 次の『著しい環境側面は点数でないとダメですか』というのは、規格解釈が正しいか誤っているかを問うものです。イエスならもちろんアウトです。 最後の『規格要求からではなく、現場をみて審査ができますか』は審査技量をみるもので、もちろんイエスが望ましく、ノウなら大量の文書を要求すると見当がつきます」 | ||||
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「なるほど・・・・佐田さんはさすがにプロだねえ〜」
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石橋もバカではない。認証機関が認証している件数が多いか少ないかとか、インターネットの口コミとか、取引している会社の評判などを聞き集めて、更にISO認証を一緒に進めることになる部下とも相談して、最終的に認証機関を5社ほど選んだ。そして5社に「見積もりを依頼したい。その前にいろいろと相談したいので来てくれないか」というメールを出した。● ● ところが2社から「ウェブサイトのフォームに必要項目を入力すると見積もりを出す。特に相談する必要がない」というメールが返ってきた。石橋はその2社は商売っ気がないとみなして対象から外した。 お邪魔したいという返事があった3社に来てもらう日取りを決めた。幸い先方の指定した日が異なっていたので、こちらに訪問したときバッティングする心配はない。 石橋が佐々木に日程をメールで連絡したが、佐々木も出歩いているようで返事がない。まっ、子供じゃないんだから都合がつけば来るだろうと気にもしなかった。 ●
最初はナガスネ環境認証(株)である。約束の時間の10分くらい前に佐々木が現れた。
● ● | |||||
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「連絡してなくてスマン。今朝出張から帰ってきて、メールを見たとこなんだ。石橋君の面接をぜひ見たいと思ってね、何もしないで駆けつけてきたよ」
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佐々木は息を弾ませながらそういったが、素戔嗚の本社から麹町までは地下鉄で10分ちょっとだ。たぶん忘れていたのを今になって思い出し急いできたのだろうと、元部下の石橋は思った。 定刻になってやって来たのはナガスネの営業課長で住吉 |
名刺交換した後に、石橋はすぐに要件に入る。 |
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「当社ではISO14001の認証をしたいと考えております。それで今日は当社の状況をお聞きしていただき見積もりしていただきたいというのがお願いです」
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「わかりました。当社をお選びいただいたというのはお目が高いです。御社の概要や認証範囲について、このフォームに記入していただけますか」
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「当社の経歴説明書とか認証を希望している範囲などをこちらにまとめていますが、これで間に合いませんか?」
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「当社ではこのフォームで見積もりをすることになっておりまして、これに記入をお願いします」
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「お宅で書きうつしていただけませんか」
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「いや当社のフォームに記入をお願いします」
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「分りました。それじゃ後で記入してFAXで送るということでよろしいでしょうか?」
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「けっこうです。審査の時期はいつ頃をご希望でしょうか?」
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「半年後くらいを希望しております」
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「御社の現状を存じませんが、認証には十分な準備が必要で半年では短いかもしれません。どこかコンサルタントを依頼していますか?」
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「まだです。親会社が認証の指導をしてくれると言うので依頼するつもりです」
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「やはりコンサルタントを使わないと認証は難しいでしょうねえ。それにしてもこれからというのでは半年後では・・ちょっと無理ではないかなあ あのう、このようなことを勧めることは禁止されているのですが、私が良く存じているコンサルタントを紹介することもできますよ」 | |||||
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「ほう、それはご親切に。でもだいぶお高いのでしょうねえ」
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「まあお宅の規模ですと(と言いながら石橋の出した会社経歴書をみて)、ほう認証範囲に400人もいるのですか。所在するビルが3か所ですか。それほどの組織になれば指導は1年かかりになるでしょうし、まあ300万くらいは取るでしょうねえ」
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石橋と佐々木は顔を見合わせてしまった。
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「うわ、それじゃ審査費用よりも高いですね」
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「そりゃそうですよ。ただ私が推薦するコンサルタントの指導を受ければ、まず不適合なく合格することは間違いありません」
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「それじゃコンサルタントの見積もりもお願いします。実際に頼むことになれば現状を見てもらい、審査までの日程についてもコンサルさんと話し合いをしたいですね」
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「それが良いでしょう」
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「ちょっと質問があるのですが・・」
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石橋はA4の紙一枚を住吉に渡した。
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「ここに質問が三つあります。御社のお考えを記入して返信してもらえますか」
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住吉はしげしげと眺めた。そしてすぐに顔をあげて口を開いた。
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「ええと、まず一番目の『経営に寄与する審査をしますか』ですが、これはもう我々は完璧にできます。ご安心ください。
ええと最後の『規格要求通りに質問するのではなく、業務の現場をみて審査ができますか』ですか、我々は、マネジメントシステムの完成状況を見るわけですから、基本的に規格から手順書、手順書から実際の業務を見るという流れになりますね。それが正しい審査方法と考えています」 | |||||
石橋はニコニコしてうなずいている。 佐々木が質問した。 | |||||
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「住吉様はお詳しいですねえ〜、審査員もされているのでしょうか?」
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「もちろんです。私どもでは営業担当も取締役もみな審査員です。私も主任審査員の資格を持っているだけでなく、月に1回程度審査を行っています」
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「いや脇で話を聞いていましたが、住吉様が即答されるのをみてさすがと思っておりました」
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住吉が去った後、石橋と佐々木は少し話をした。 | |||||
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「佐田さんが言った三つの質問だけど、住吉課長の回答を聞いてどう思った?」
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「私は設問の意図が分りません。しかし住吉課長の回答を聞くと、あまり深く考えてないような感じでした。彼も審査員をしていると言ってましたが、信頼は持ちませんでした。 しかしなんですか!あの態度というか考え方は。フォームへの記入を絶対させようとしてましたね。営業なら自分で書類を作成してお客様に送って間違いがないかをみてもらうというのが普通でしょう。あいつは元は大会社で仕事をしないでふんぞり返っていたのでしょうねえ〜。 ところで例の問いについては佐田さんへの報告はどうしますか?」 | ||||
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「今日の回答はメモしたから私から佐田さんに伝えておこう」
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「佐々木部長、ひとつ聞いていいですか?」
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「なんだい?」
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「佐々木部長はいつも佐田さんと言ってますね。佐々木部長は佐田さんより職階でも年齢でも目上になるのでしょう。どうして佐田さんと呼ぶのでしょうか?」
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「確かにはじめは目下だと思っていた。しかし付き合っていると、知識、見識、性格、すべてに渡って尊敬するようになった。だから自然と『さんづけ』で呼ぶようになったんだ。 余計なことだけど、石橋君もこちらでは新人だろうからみな先輩と思って『さんづけ』で呼んだほうがいいかもよ」 | ||||
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「わかりました。私の部下はみなプロパーでほとんどが年上です。『さん付け』で呼んだほうが間違いありませんね。今後、『さんづけ』で呼ぶようにしましょう。」
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石橋は素直に言った。 ●
ナガスネから三日後にツクヨミがやってきた。今回も佐々木が陪席した。やって来たのは、見た目は大学を出たばかりの少しねじが緩んだようなネーチャンである。● ● 彼女を見た石橋の第一印象は良くなかった。
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「弊社にお声をかけていただきありがとうございます。見積もりのためにいろいろ質問させていただきたいのですが」
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「当社の経歴説明書とか認証を希望している範囲などをこちらにまとめていますが、これで間に合いませんか?」
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「まあ、ご準備がよろしいですわね、少し拝見させていただきます・・ おお、もうこれで十分ですわ。 大事なことですが、審査の時期はいつ頃ご予定されているのでしょう。もし半年以内と言われますと弊社も予定が詰まっておりまして、対応できるかどうかここでは回答しかねます」 | ||||
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「実を言って半年後くらいを希望しているのだけど」
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「石橋様、御社の認証準備状況はどのくらいでしょう。半年後に審査とおっしゃいますと、そうとう準備が進んでいる必要がありますが」
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「実を言ってまだほとんどこれからなんだ。ただ会社の仕組みは昔からあるし、それを見ていただければ良いかなと思っているのだけど」
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「とおっしゃいましても、環境側面の把握や法規制の把握など二月三月ではできないと思いますが」
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「それじゃ高井さんの見立てではいつ頃ならと思いますか?」
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「まだ取り掛かっていないなら、最短でも10か月は必要ではないでしょうか。もちろん多くの会社さんは、まだ認証の準備に入らないうちに契約をするのが普通です。先ほど申しましたように弊社の方も半年くらいは予定が埋まっておりまして認証の準備をする前に審査の予約を入れておくのはおかしくありません」
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「なるほどなあ〜、審査時期によって見積もりが変わるということはないのでしょう」
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「基本的に変わりませんが、私どもが審査できるかどうかの問題もあります。それから半年後に無理に予定を入れても、御社の準備が遅れて審査ができないとなるとお互いに困りますね」
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「佐々木さん、どうしようねえ。半年じゃ無理なんだろうか?」
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「とりあえず例の質問をしてください。時期については別途こちらで検討しましょう」
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「ちょっと質問があるのですが・・」
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石橋は例のA4の紙を高井に渡した。
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「質問が三つあります。御社のお考えを記入して返信してもらえますか」
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高井はしげしげと眺めた。そしてすぐに顔をあげて口を開いた。
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「これは難しい質問ですね。弊社のトップは広報誌で『経営に寄与する審査をする』と語っているのは事実です。しかし経営に寄与するとは何かということもはっきりしていませんし、審査員の中にはどういうことをするのかわからないと語っている人もいます。おっと、そんな内輪話をしても仕方ありませんね。持ち帰って公式回答となれば時間がかかりますが、個人的には経営に寄与する審査というのはどういうものか分らないというのが回答ですね」
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「うわー、高井さんて、ものすごく正直ですね」
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「二問めは公式にも個人的にも回答ははっきりしています。点数法でなくて良いです。但し弊社で審査を受けている企業さんの8割方、いやそれ以上は点数法ですね。それ以外の方法を知らないようです」
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「なるほど、で三問めは」
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「理想はできますと答えなければならないでしょうけど、審査員によってはできない人も多いでしょうね。そういうことでよろしいですか。あくまでも個人的な回答ですけど。公式にはおって郵便で送りましょう」
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「いやためになりました。ありがとうございます」
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更にその翌日、今日はL社である。 今日も佐々木は出張を取りやめて来ていた。 ![]() |
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「お声をかけていただきましてありがとうございます」
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「見積もり資料として、当社の経歴説明書とか認証を希望している範囲などを用意していました。これで間に合いませんか?」
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「拝見いたします。おお、これで十分でございます。 審査の日程のご希望を伺います」 |
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「実を言ってまだ準備に入っていないんですよ。ただ会社の仕組みは昔からあるし、それを見ていただければ良いかなと思っているのだけど。半年先では当社の体制が無理でしょうかねえ〜」
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「よくISO認証のために文書を作るとか、システム構築なんて言っている方もいますが、それっておかしいですよね。元々会社のシステムというものが存在しているはずです。そのシステムからISO規格要求に該当するものを見つけ出してそれを審査で見るというのが、弊社の考え方です。 もちろん調べた結果、ISO規格要求に該当するものがないという場合は、あらたに仕組みを補強することになりますが、普通の会社さんでしたらそんな大きな欠陥があるはずがありません。 もちろん現状を良く調べてその補強の程度を確認して審査時期を決めることになるでしょうけど、 コンサルタントを頼んでいるのでしょうか?」 |
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「いやまだ頼んではいません。私どもの親会社にあたる |
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「ああそうですか。ISO規格を良くご存じの方が、御社の仕組みを理解して認証を支援するなら、半年あれば十分と思いますよ」
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「御社では半年後に審査してくれと言われても対応できるのでしょうか?」
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「今、即答はできません。正直言いましてそうとう数の審査のご依頼をいただいておりまして、スケジュール調整に苦労しております」
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「ちょっと質問があるのですが・・」
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石橋は例のA4の紙一枚を海元に渡した。
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「質問が三つあります。御社のお考えを記入して返信してもらえますか」
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海元はしげしげと眺めた。それから顔をあげて口を開いた。
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「なるほど、三つの切り口から弊社の実力を見ようというわけですか・・・ 一番目の問いですが、弊社ではISO審査は直接には経営に寄与するとは考えていません。といいますのは、私どもの審査が経営に寄与するかどうかは、お客様のお考え次第です。そもそも審査の価値がなければ経営に寄与するはずがありません。そして審査に価値があったとしても、それを活用するか単に適合性を確認してもらったと受け取るかはお客様の自由です。はっきり言って、認証機関が経営に寄与すると語ることは不遜なことでしょうね。 二番目は、企業さんのお好きなようにというのが回答です。 三番目ですが、弊社では規格から実態を調べることはしません。実態を見て規格を満たしているかを確認する審査をしています。実を申しまして弊社では事前にマニュアルのご提出を求めていません」 |
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「ほう!」
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思わず佐々木は声を出してしまった。 | |
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「もちろんこれは個人的な回答ですが、公式な回答も同じです。御社としては公式な回答が必要でしょうから、これを持ち帰り後日記入したものをお送りします」
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海元が去ってから石橋と佐々木は話し合った。 | |
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「認証機関の実態は知らないが、営業担当者の資質ははっきりわかったよ。L社が一番で、次がツクヨミ、ナガスネは論外だな」
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「佐々木部長、私はツクヨミの女っ子は頭がおかしいんじゃないかと思っていましたけれどね」
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「ツクヨミの女性は見た目はチャラチャラしていたけど、中身はプロだよ。 あのナガスネの住吉って男は、ISO規格も審査ということも何もわかっていない。あれで主任審査員とは恐れ入った。というか審査員登録機関の評価なんてあてにならないということだろうねえ。ともかく、あんな男が審査しているならナガスネは長くはないね。とりあえずナガスネという線はないな。 L社の海元って人は見た目も中身も信用できそうだ」 |
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「それもわかりませんね、L社って何が良いんですか?」
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「規格を理解していること、審査とは何かを理解していることというのかなあ〜。実際の審査になれば違いははっきりするよ。もっともそんな違いを知るために、わざわざ悪い認証機関で審査を受けることはないけどね」
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