マネジメントシステム物語46 監査業務引継ぎ

14.03.26
マネジメントシステム物語とは

佐田はISO14001認証指導するだけでなく、素戔嗚グル−プの環境監査の事務局も担当することになった。
前任者の谷川がいる間に引継ぎをしなければならない。谷川は来月から元いた工場に帰ることになっている。本人としてはそれを左遷というか都落ちと認識していて、いたく意気消沈かつご不満である。佐田は谷川の機嫌が良いときをみはからって、引継ぎの打ち合わせをした。

谷川
「俺が本社から工場に戻るのは本社勤務が長いからと言われたけれど、本社に来てまだ5年だよ。佐田君だって本社に来てもう4年だろう。結局あれだよなあ〜、環境監査のミスが問題にされたんだよな。工場に戻ってももう役職には就けないだろうなあ。佐田君はミスしないようにしなさいよ」
佐田
「アドバイスありがとうございます。環境監査といいますが、具体的にはどのようなお仕事なのでしょうか?」
谷川
「うーん、どこから話せばよいだろうか・・・俺は本社に来る前は、工場の環境課長だったんだ。とはいえ環境ならなんでも知っているわけじゃない。そもそも俺は電気主任技術者とエネルギー管理士の資格をもっているので、工場で課長になる前は電気関係の保守とかエネルギー管理をしていたんだ。
その後、環境課長になって環境管理全般を見るようになった。
課長業務を何年かして、本社に行けと言われたときはうれしかったよ。本社の担当者は工場の課長より格上だからね。だけどこちらに来て、担当する仕事が環境監査事務局と聞いてどうしようかと途方に暮れたね。だって俺は排水処理とか廃棄物あるいは薬品や危険物関係を知っているわけじゃない。環境監査となれば電気だけというわけにはいかないからね」
佐田
「なるほど、全く知らない仕事では大変だったでしょう」
谷川
「佐田君だって工場では品質保証を担当していたと聞いている。本社に来てISO9001とかISO14001の認証指導なんてしているようだけど、全く新しい仕事をするときは心細かったんじゃないの?」
佐田
「まあISO9001もISO14001も品質保証の一種ですから、そんなに違いがありません」
谷川
「そんなものかなあ〜。ところで佐田君は工場や関連会社に指導に行くことがおっくうってことはないかい? 俺は知らない人と会うとか新しい仕事を担当することが苦手なんだよ」
佐田
「仕事が選べるなら私もそうしたいですね。でも私は『お前はいらない』って飛ばされることが多かったですから、そんな選り好みは言えません」
谷川
「君も日のあたる道を歩いてきたわけではないのだね。ともかく引継ぎの話をしなくちゃ、
監査担当といっても俺が監査に行っていたのは年に数回なんだ」
佐田
「はあ、監査の回数はそんなもんじゃないですよね?」
谷川
「当社の工場は30ほどある。それに関連会社については、子会社はもちろん対象だ。だけどそれだけでなく、当社が第一位の地位にあるところ、つまり当社が株の過半を持っていなくても他の株主よりも支配力が大きいところは万が一のとき社会的責任を負うので、そういった関連会社には環境だけでなく業務全般の監査をしている。その他に冠称かんしょう会社といって、『素戔嗚すさのおなになに』と名前が付く会社は、周りから当社と関わりが深いとみなされているので、そこも対象になる。冠称会社は販売会社に多いけど、製造業にもある。当社の名前が頭に着くと求人や営業に宣伝効果が大きいからね」
佐田は谷川の話を聞きながら要点をメモる。
谷川
「それで監査対象となる関連会社は130以上あるんだ。それに先ほどの社内の工場を合わせると監査対象は160拠点以上になる。それらに対して2年に一度監査をするわけだから、毎年80拠点というおそるべき数だ。ここまで聞いただけでやる気がうせたんじゃないか?」
佐田
「そんなことないですよ。なかなか面白そうですね」
谷川
「そりゃ、負け惜しみかい。ともかくそれだけの監査を消化しなくちゃならない。まず年度が始まるまでに、監査スケジュールをたてるのが一苦労だ。社内の工場には本社のご威光がきくけど、関連会社になれば独立企業だから監査をしますと言っても、なかなかハイと言ってくれない。なだめすかして日程を決めるんだ。あの苦労を思うと解任になってホッとするところもあるね。
それと監査員の確保が難題だ。先ほど言ったように、俺は電気関係とかエネルギー管理ならわかるけど、それ以外はよく知らない。そんなわけで工場の環境管理部門のメンバーに監査員を委託していた」
佐田も塩川課長から環境監査を担当しろと言われたときから、従来の監査の実施状況について調べてきたし、監査に関する会社規則もそらんじるほど読んでいた。谷川の言うことは理解できる。
佐田
「会社規則で、工場や関連会社の専門家に監査員の委嘱できると規定していましたね」
谷川
「そう、だから工場の公害に詳しいとか廃棄物を担当している人を探して出張を依頼するんだ」
佐田
「しかし毎年80拠点もの監査員をアサインするのは大変だったでしょう」
谷川
「そうなんだよ。工場の担当者にとっては本社が行う環境監査に参加するのは名誉なことだから、参加させてくれという人は多いし、俺としてもなるべくそれに応えなくてはならない。そんなわけで各工場から廃棄物、大気、排水、化学物質などに詳しい人を自推してもらって予め一覧表を作っておくんだ。
監査する工場の規模にもよるけど2人から4人程度のチームで行うので、その表から各部門の人を組み合わせるわけさ。もちろん年度首に計画を作って派遣元に了解を取っておく。これがとんでもなく手間がかかるわけ」
谷川は各工場の環境担当者の専門分野を書いた一覧表を出して見せた。

各工場の担当者一覧表
 エネルギー水質大気騒音・振動廃棄物危険物薬品EMS製品
山形工場大内佐内加藤大内大内竹山なし
吉沢
大木
福島工場千葉なし斉藤三木斉藤斉藤なし斉藤千葉
岐阜工場佐藤佐藤
宇佐美
なし池田渡辺山本山本川中山内
千葉工場藤川武藤磯貝なし高橋
結城
大内大内栗田なし
三浦工場島田なしなし島田島田菅原久山松井松井
南海工場野田竹田なし高橋橋元川内川内佐久間なし
東海工場         

         

佐田も谷川のしていることが分ってきた。谷川のしていた仕事は、監査そのものよりも庶務事項が多いようだ。それと谷川は性格が後ろ向きというか、仕事に対して消極的に見受けられる。案外気持ちの持ちようで、どうにでもなるのではないかという気もする。もっとも実際にやってみなければはっきりしたことはわからないから、そんなことは口にせず心の中に留めておく。
佐田
「関連会社から監査員を出すことはないのですか?」
谷川
「会社規則では関連会社にも監査員派遣を要請できると書いてあるけど、俺は関連会社に行ったことがないので誰が専門家かわからない。まあ社内に比べたらレベルが低いだろうと思う。それに社内の工場から監査に行きたいという人が多いので、それを優先している。俺の経験では関連会社に出向した人からぜひ参加したいとねじ込まれて対応したことが2回ほどあるだけだ。あのときはまいったなあ」
佐田
「先ほどのお話では、谷川さんはほとんど監査に参加していないようですが?」
谷川
「そうなんだ。おれは電気しかわからない。だから電気関係の人から今回は行けなくなりましたと言われたとき代わりに参加した。それ以外の専門の人から行けなくなったと言われたときは、他の工場にお願いして人を出してもらっていた」
佐田
「報告書はどのように作成していたのでしょうか?」
谷川
「監査に参加した各担当がそれぞれ自分のパートを書くことになっている。事務局つまり俺はそれをまとめていた。個々の報告書を読むとどうもおかしいというところもあったのだけど、もう一度確認するということはできないから、まあ正直言ってあいまいなままにまとめていたね。
例の硫酸流出事件の直前に行った監査では、薬品担当の人はベテランだったのだけど、何を見たのか、その結果はどうだったのか細かく書くどころか、単に『問題なし』ってあるだけだよ。しょうがないから俺は『薬品や危険物保管状況と運用状況を確認した結果、問題はなかった』とかいろいろ言葉を補っておいた。報告書の出来具合は派遣した人のレベルによるね。事務局はどうにもできない。問題があったら責任を負うだけだよ」
佐田
「報告書に問題があるとか内容が分らないという場合は差し戻すということはしないのでしょうか?」
谷川
「そんなことをしたら監査をした人を侮辱することになってしまうからしなかったね」
佐田
「それじゃ、そういう報告書を書いた人は次回から参加させないとか・・」
谷川
「そんなことをしてみろよ、苦情を言われて収拾がつかないよ」
佐田はどうも谷川の考えがいい加減というか無責任に思える。あいまいな報告書なら差し戻すとか、それでもらちが明かないなら、追加監査をしなければ責任を果たせないだろう。そしてそんな監査報告書を出す人がベテランのはずがない。単に長年やって来ただけではプロとは呼べないのだ。
そんな谷川の愚痴を聞きながらの引継ぎを終えた。今年の環境監査はもうほとんど終わりだ。来年度の環境監査のプランを考えるにはふた月の時間的余裕がある。佐田は何とかなるだろうと思う。いや、監査の改革を考えるには十分だと思う。


佐田は過去2年間の監査報告書を全部読んだ。全部で100数十件あっただろう。最初の10件ほど読むと、監査報告書が信頼できないものと確信した。いくら読みかえしても工場の環境管理状況がはっきりするどころか、濃い霧を通して見ているように感じる。監査とはイチかゼロか、白か黒かはっきり調べてそれを報告するものだと思うけれど、現実の報告書は結果をはっきりさせずにむしろあいまいにしようとしているように見える。
今までは社内の環境監査では、ISO審査よりもしっかりと遵法やパフォーマンスをチェックしていると思っていたが、とてもとてもそんなことが言えるものじゃない。ISO審査と同じく形式だけだ。これでは経営者は枕を高くして眠れないだろう。まっとうな管理者ならこんな報告書を見れば、事故の有無に関わりなく担当者の首をすげ替えるだろう。
問題はいくつもある。派遣した人の専門性が低い。それは報告書をみると一目瞭然だ。それと文書作成能力が低い。何を言いたいのかわからない、ひどいものは主語述語が整合していない。あるいは二重否定どころか三重否定・四重否定があったりして、いったい何が言いたいのかわからないものもある。政治家の答弁のように、揚げ足を取られないためにそういう書き方をしているのだろうか。

監査報告書を数十件も読むと、佐田の頭には環境監査の改善策がいくつも浮かんできた。
ひとつは監査員の質向上である。
質向上といってもいろいろあるが、まず専門能力の向上、そして監査能力の向上、更に文書作成能力の向上である。ISOではなく社内の人間だから問題になっていないだろうけど、礼儀作法の問題もあるのではないかと佐田は考える。
環境の監査員として使うには、工場が推薦してきただけでは力量があるかどうかわからない。試験なりなにかで一定レベルに達した人だけを使うようにしなければならない。
さてどこから始めようかと思ったとき、答は目の間にあることに気がついた。監査員が書いた監査報告書がその力量を示す情報ではないか。とりあえず過去の監査報告書で力量がないことを実証した人には次回から依頼しないこと、これはすぐにしなければならない。
だが問題の根本原因というか根本的な解決策そんなところではないように思う。
監査員の質向上を図る仕組みを作って、常に適正な監査員を使える状況にしなければならない。それは工場に適宜派遣を依頼するという方法で良いのかどうか要検討だ。
もうひとつ本社の監査担当者が単なる調整者になっていることだ。監査事務局は単なる監査のコーディネーターではなく、監査指揮官として他の監査員を指揮し教育し従わないものには命令し強制させるという自覚と力量がなくてはならない。要するに甘く見られてはいけないのだ。「君主は愛されるより恐れられよ」である。それは単に事務局担当者個人がそうあるべしということではなく、仕組みとしてそうしなければならない。
それから監査報告書を見て気がついたのだが、個々の監査には監査責任者には工場の部長クラスがなっている。この方法では、その場限りの責任者でしかない。監査が経営層の代理として工場や関連会社を点検するならば、理屈からはその責任者に環境担当役員がなるべきだろう。まあそこまでは無理としても最低限、環境管理部長が監査責任者にならねばならないだろう。更に妥協すれば関連会社への監査の責任者であれば本社の課長クラスでも良いかもしれない。当社グループの環境管理に責任をもつ人が監査責任者になること、これが最低限の要件だろうと佐田は思う。
監査報告書のルートもどうなのか? 現行は環境管理部長名で監査部に提出している。環境監査が業務監査の一部であり全体的な監査責任者が監査部長なら、それはそれでよいのだろう。しかし監査部長が実際に環境監査報告書を見ているのかどうかは定かではない。それと監査部は環境管理部からの報告書をどのように扱っているのかそれも分らない。定期的に少なくても半年に一度は監査部と環境管理部とのすりあわせを行うべきではないのか。監査項目について討議する必要があるだろうし、監査結果の判断や是正の諾否についてすり合わせする必要があるだろう。

佐田はまた考える。
仕組みを変えることは当然会社規則の改定が必要だ。それに佐田一人が頑張ってもできることはたかが知れている。しっかり監査をしようとすると監査工数対応の人員の手当ても必要だ。そうなると費用も要検討だ。上長に監査改革をする気にさせるには、利益誘導する方法を考えないとならない。
ワカランワカラン
佐田
そんなことを考えていて、佐田はおもしろいことに気がついた。ISO9001では問題の原因は個人ではなくシステムだという言い方をする。そして『マネジメントシステムを改善しなければならない』と書いてある。今会社の内部監査を良くしようといろいろと考えると、とりあえずの対策としては監査員個人の問題から思いついたが、結局は仕組みの問題になる。そして最後には会社がというか上位管理者が、それをどれほど重要か考えていることに帰結する。ちょっとニュアンスが違うかもしれないが、経営者のコミットメントというか認識によってすべてが決まるのではないだろうか。経営層が期待すれば大きな成果が得られ、期待しなければ成果は出ないのだ。つまり元々環境監査に期待していないなら、リソースを投入することもなく、その結果が間違っていても文句を言うべきではない。このたび事故のリスクを見逃したことを問題視するならば、それなりのリソースを投入するのは経営者の責任である。
環境マネジメントシステムというものが実際にあるのかどうかということを、過日議論したことを思い出した。環境マネジメントシステムはともかく、環境監査システムというものは考えられるし、実際に包括的マネジメントシステムのサブシステムとして存在すると考えられる。だから環境監査を良くするには個々の対策ではなく、環境監査システムの継続的改善が必要ではないのか
いや、正確に言えば包括的マネジメントシステムの下に、監査システムというサブシステムがあり、その下に環境監査システムが孫システムとしてあるのだろう。あるいは環境監査システムという独立したものはなくて、監査システムの機能の一部あるいは要素なのかもしれない。というのは環境監査を独立させずに、業務監査の一環として行うこともありだ。


佐田は2週間ほど考えて、A3表裏に企画書をまとめた。もちろんこればかりにかかりきっていたわけではない。その間も週に3日は出張してISO認証の指導をしていた。 佐田は塩川課長に説明する際に、佐々木に同席してもらった。いくら現在は佐田が佐々木の指導監督をしていると言っても、序列からいえば佐々木が目上であるから、打ち合わせや報告の際には佐々木に同席してもらい理解を得るようにしていた。

塩川課長
「どうだ、来年度の監査計画ができたか?」
佐田
「うーん、単に来年度の計画というのとは、いささか違うのですが・・」
塩川課長
「佐田が何か言うときはいろいろと形容詞句がついてさ、簡単じゃねーんだよなあ〜」
佐田
「過去の環境監査の記録を調べましたがいろいろと問題があります。まず監査メンバーの格式が低すぎます。従来は環境管理部長が環境監査の実施を指示していますし名目上は監査責任者になっていますが、個々の監査責任者は工場の部長クラスに委嘱していて、被監査部門に対する権威がありません」
塩川課長
「オイオイ、そこから見直すのか?」
佐田は塩川のコメントを無視してつづけた。
佐田
「監査とは当社においては執行役の代理として行うわけです。ですから監査担当執行役まで引っ張り出すのはともかく、他の業務監査と同等に監査部長クラスが監査責任者にならないとバランスがおかしいです。ということで環境管理部長が個々の監査の監査責任者になる必要があります。まあ実際は忙しいでしょうから難しいところもあると思いますので、関連会社に対する監査においては監査責任者には環境管理部の課長クラスでも良いでしょう」
塩川は心底ギョットしたように眼を見開いた。
塩川課長
「ほう、佐田センセイの格調高い提言を聞いて俺はたまげたよ」
佐田
「話がそれますが、先日課長や片岡さんと飲んだときに出た話ですが、ISO規格とかISO認証というのはあまり役に立たないという結論でしたね。しかしISO規格の考え方は良いところというか間違っていないところもあります」
佐々木
「アハハハハ、間違っていないところもあるか・・・ISO-TC委員が聞いたら目を回すというか怒りだすよ」
佐田
「それはプロセスを考えるというところですね。なにごとかをする、あるいはなにごとかを改善するというとき、ひとつのイベントを良くしようとすると部分最適になるか、あるいは当面だけの対策に留まるかもしれない。しかしイベントがつながったプロセス全体を考えて、時間的には恒久的対策をする、範囲的には全体最適を図るという発想はなかなかよろしいです。
私が課長から環境監査の事務局を担当しろと言われて、とりあえずの問題を片付けようとすると、それは自分自身がバリバリ頑張るという解決策もあるわけです。あるいは工場からの派遣者を選りすぐった人だけに限定するというのもありでしょう。
しかし恒久的に安定した品質の監査結果をアウトプットすることを考えたとき、個人の努力とか優秀な人に依存するといった方法では限界があります」
佐々木
「つまりISO14001:1996の序文にあるように『体系化されたマネジメントシステムの中で実施し、かつ全経営活動と統合したものにする必要がある』というわけだ」
佐田
「その通りです。文字面ではなく文意を読み取ればISO規格はけっこういいこと書いています」
塩川課長
「なるほど、言っていることは分かった。お前の話を聞きながらこの企画書を斜め読みしたが、まず環境監査の責任権限を見直すというのだな。当然、会社規則レベルの改定が必要となる」
佐田
「そうです。改定が必要になる会社規則のリストも付けておいたつもりですが・・・
それから監査員のレベルアップですが、単に優秀な人を集めるとか教育するというだけでなく、最初にどんな資質が必要なのか、それを定義する必要があります」
塩川課長
「定義するか・・・お前は難しい言葉ばかり使うのだなあ〜」
佐田
「それでいくつかの施策が必要と考えました。
ひとつは監査員を監査のつど工場に派遣依頼するのは継続するにしても、監査には常に環境管理部から監督役を参加させることが必要です。そして監査の中で他の監査員を指導していくことと、参加者の力量や適性をみて、次回以降使えるか否かを判断することが必要です」
塩川課長
「まあ、話を聞けばもっともらしいけど、この環境管理部に監査の監督ができるような能力・・・ISO的に言えば力量のある者がいるのか?」
佐田
「とりあえず今年度の開始から私か佐々木さんが参加して、監査員の指導監督にあたることを考えています」
塩川課長
「おいおい、ISO14001認証の指導はどうするんだ?」
佐々木
「ちょっと待ってくれよ。佐田さん、私もISO14001の監査ならなんとかできるようになったが、環境の法規制や事故のリスクなどを見る力はないよ」
佐田
「それは勉強するしかありません。私だって環境の法規制を知っているかと言えば、全然知りません。でも勉強すればできます。いやできるはずです。理屈から言って、私たちができないことを他の人に期待するのは間違っています。我々はカリキュラムに沿ってトレーニングしたから環境監査をする力量がつきましたよ、ですから皆さんにそれを要求しますというのが筋でしょう。もちろん教育訓練カリキュラムもテキストも私たちが作り、教育するのも私たちです」
塩川課長
「おまえの企画書をみると、それだけじゃなくて常備の監査員としてISO審査員出向予定者を数名おくとなっているが」
佐田
「そうです。そしてそこがミソなのですが、例のISO認証機関への出向者教育を兼ねて使いたいのです。対外的あるいは内部的にも人員が増えることの説明がつくと思いました」
塩川課長
「なるほど、出向者教育といってもフルタイムじゃないし、環境監査といってもフルタイムではないか・・・なるほど、なるほど」
佐田
「もちろん、従来レベルの監査員では困るので、専門能力が高いこと、他の監査員の指導できること、文書作成能力がしっかりするように教育しなければなりません。そうでなければ出向しても当社の恥をさらすだけです」
塩川課長
「そして毎年数名ずつ教育して、順次社外にISO審査員として出向させていくというわけか」
佐田
「そういう考えです」
塩川課長
「だけどさ、・・その要員には工場の環境課長並みの知識を必須とすると書いてあるぞ。ということは出向させる人は工場の環境課長を対象とするということになる。会社の本音を言えば、ここにいる佐々木さんや片岡さんのように環境部門以外の人、それも部長級を出したいところなのだが」
佐田
「うーん、そこは考えどころでしょうね。過去の経歴がどうあれ、ISO審査員として出向させるならそれなりの力量が必要です。片岡さんのように経営センスと英語力、それに強みとして営業業務が長いということで出向することもありでしょう。佐々木さんは経営者としての経験があり、それが監査に生きていると思います。
グループの環境監査においても公害とか廃棄物ばかりでなく、製品や営業面における監査も必要でしょう。しかし最低限、環境法規制や事故のリスクを見る力が必要です。そもそもその素質がないなら内部監査も無理、ISO審査も無理でしょうね」
塩川課長
「うーむ、意図はわかった。今後の候補者人選において考慮するよう人事に言っておくよ」
佐田
「それから監査結果の反映方法ですが、従来のように監査部に報告するだけでなく、半年ごとに結果をまとめ各工場の環境課長を集めて問題の周知徹底、対策の指導を行います」
佐々木
「悪いところを漏れなく見つけても、処置と再発防止をしなければならないのは当然だ。しかし半年ごとに全環境課長を集めるとは思い切ったものだ」
塩川課長
「うーむ、どうせなら大手関連会社も集めた方がいいなあ〜。それとも関連会社は業種別に別に集めるとするか・・・このあたりは要検討だな」
佐田
「当社グループの過去の環境事故を調べましたが、全く新しい問題というのはめったにないですね。事故対策は予防よりも決して再発させないことです。そのために検出された不具合の情報共有と水平展開は必須事項です」
塩川課長
「ちょっと待てよ、さっき読み飛ばしてしまったが、監査対象に支社や営業所を加えるのか?
負荷を増すばかり。理想が高いのはわかるが、自分を追い込んでどうするんだ?」
佐田
「課長の方が詳しいでしょうけど、現在の環境問題は工場、つまり製造業に限りません。廃棄物やリサイクル規制は非製造業にも関わります。そして現実の環境法令違反の9割以上は廃棄物処理法違反です。公害で裁判沙汰になるのは非常にまれですし、エネルギー管理で刑法犯というのはありえません。
従来ちょっと矛盾だったのは、非製造業の関連会社には従来から環境監査を行っていて、社内の支社や営業所には監査していなかったというのはおかしいですね。
話を戻しますが、営業における環境コミュニケーション、つまり顧客からの情報収集と工場への伝達、反対方向には製品の環境性能などの情報を広報するというのは基本です」
塩川課長
「うーん、もの根本的にすごいというかドラスティックな企画だということは分かった。費用見積もりもしているのか、フンフン、人件費については出向者教育と組み合わせてお金がかからないように見せているわけか。たいしたもんだな・・・
分った、ちょっとこれを預かっておく。もう少し見させてもらってから部長に話を持っていくわ。その前にもう一度お前と話し合うかもしれん」


それから1週間ほどして佐田が出張でないとき塩川課長が佐田を呼んだ。
塩川課長
「先日のお前の環境監査改革の企画書だがな」
佐田
「ハイ?」
塩川課長
「何度も読み返したが、あれでいいかと思って一昨日部長にそのまま持って行って説明した。部長が今日の午後お前も入れて打ち合わせたいという。打ち合わせコーナーで10分後に集合だ」
打ち合わせコーナーに3人が集まると早速部長が口を開いた。
熊田部長
「佐田よ、お前の企画では工場の監査には常に俺が監査責任者として参加することになるが、ちょっとなんとかならんか?」
佐田
「毎年工場と支社で20回、つまり隔週となりますが、これはぜひご協力をお願いします。
部長が全拠点を巡回するということは、当社の環境行政を徹底する機会でもあります。監査をするだけでなく、当社の環境活動を各拠点のトップに理解していただく機会であるとご認識していただきたいです」
熊田部長
「うえ、2週間に1回かあ〜、せめて支社は除くとかならんか」
塩川課長
「一つ思いついたんですが、監査の際に部長が講演をされたらいかがでしょうか」
熊田部長
「講演? 俺はそんな知識はないぞ」
塩川課長
「『素戔嗚環境計画』について解説していただくのが一番と思います。当社が環境についてどのような計画をもって今何をしているのかということは全社員、特に拠点の幹部には知ってもらいたいことです。工場は省エネとか廃棄物削減といったことでジャンジャン環境管理部からフォローされていますが、支社にはそういったことをしていません。また支社に活動してもらいたいことは、環境製品とか環境活動ですから部長の講演が有効だと思いますよ」
熊田部長
「うーん、確かに支社長に環境について話すことなんてめったにないから、いい機会かもしれないな」
塩川課長
「それに報道される廃棄物の違反は病院やオフィスビルなども多く、当社としても支社における管理をしっかりさせるためにも部長による意識付は重要かと思います」
部長はなにかアイデアが浮かんだのかニコニコして
熊田部長
「よし、とりあえずここは了解した。それから監査部との関係だがな・・・、向こうから見ればウチは一段下の実行部隊という認識だ。監査部と打ち合わせが本当に必要か?」
佐田
「環境監査の結果である報告書を送るだけでは、実態を伝えることはできないと思います。定期的な会合をもって遵法や事故のリスクなどのコミュニケーションをとることは重要です。
また、過去のものを見ましたが、監査部から年度ごとに重点調査事項のようなものが指示されていません。各種法改正への対応をしているか環境監査においても可能な限り該当箇所を点検するとかいうことも必要ではないでしょうか?」
熊田部長
「そんなことがあるのかなあ〜、具体的には?」
佐田
「そうですね〜例えば最近は暴力団排除条例を定めている自治体がほとんどです。役務提供の契約には相手が暴力団あるいは暴力団と関係があった場合、契約解除できる条項を付けることが義務になりつつあります。廃棄物処理契約は役務です。環境監査において廃棄物処理法で定める要件を満たしていることを確認するだけでなく、暴力団排除条例を満たしているかも確認すべきでしょう」
塩川課長
「印紙税法もありますから、契約書に貼ってある印紙金額をチェックするということもあるでしょうねえ」
熊田部長
「なるほどなるほど、それはいいことだ」
部長は佐田の作った企画書にメモをする。
熊田部長
「会社規則の改定は大仕事だぞ。一番は工場の連中の同意を取ることだ。反対はあるだろう、なにしろ環境監査に参加することが一人前の環境担当者であるとみなされることであり、環境課長への登竜門と思っているヤツもいるからな。今後は特に力量のある人のみ参加してもらいますなんて言ったら反対続出だろうよ」
佐田
「実を言いまして、うるさい工場もありますし、またあまりラジカルでないところもあります。過去いろいろ発言している6工場に対しては、既にこちらの腹案を内々に示しております」
熊田部長
「ほう、それで反響は?」
佐田
「今後監査に参加した場合、報告書が不適切な場合は以降参加をお断りするという語句をみて、工場からの自推者を優先してほしいという声はなくなりました」
塩川課長
「つまり恥をかきたくないということか」
熊田部長
「でも、駒が足りなくなるのではないか?」
佐田
「それは出向予定者の教育ということと兼ね合わせてですね・・」
塩川課長
「そうだそうだ、来月から出向予定者2名を教育してくれって人事部から依頼がありましたね、部長」
熊田部長
「うーん、佐田の企画書を見てちょっとやりすぎかって気もしたが、説明を聞くとよく考えてある。
おれもさ、例の硫酸流出事故について上から厳しく言われているんだよ。
よーし、このまま行くとしよう」
佐田
「じゃあ、やらせてもらいます」
熊田部長
「頼むわ、やることは多いぞ。会社規則改定、出向者教育、来年度の監査計画、監査部との打合せ調整それ以外にも・・・」
佐田
「実施事項は多岐にわたりますが、ブレークダウンして考えれば実行不可能なんてものはありません」
塩川課長
「ほんとにお前はものに動じない奴だ。味方にすれば心強いが敵にはしたくないよ」
熊田部長
「実は課長ともいろいろと話をしたのだが・・・」
佐田
「ハイ、なんでしょうか?」
熊田部長
「お前はこちらに来て相当の成果を出しているのは良く分る。毎朝始業2時間前に会社に来て、毎週土曜日は会社に来ている。本社ではそういう人は珍しい部類に入る。長時間会社にいれば良いなんてのは20年も前の価値観だが、お前は会社にいるだけでなく、それだけ成果を出している。
そんなことをみるとお前を課長にしなければならないと思うが、そうもいかないのよ。本社の課長というと工場の部長と同等かそれより上だ。お前は課長職の試験で3度すべっているからな。はっきり言ってウチの会社では3度試験に滑ったら、もう課長職には合格しないというのが暗黙のルールなんだよな。ところがなぜかお前は4度目で合格した。そこんところも分らない。ともかく人事とも相談したが、課長にすることはできないという」
佐田
「ハハハ、そんなことに気を使わないでくださいよ。私は仕事が好きなんです。昔、現場にいた時のことですが、私の先輩にあたる人にいろいろ教えられました。その方は会社に来るのが楽しくて仕方がないと常々語っていました。昨日の夕飯のとき機械のトラブルを解決するヒントがひらめいた、今日はそれを試したい。風呂に入っていたら新しい加工法のアイデアを思い付いたとか、毎日そんなことを言ってました。私もそんな会社人生なら最高ですね。
それから以前現場で私の上長だった人が言ってました。『人はそれぞれ持ち味があるから、それを生かした使い方をしなければならない。将棋で銀が敵陣に入ったからと成金にするばかりが能ではない』というのです。優秀な作業者が優秀な職長になるとは限りません。名選手必ずしも名監督ではありません」
熊田部長
「ともかくお前は名選手であることは立証した。これからは名監督になってほしい。お前を職制上の課長にはできないが、待遇として来月より担当部長とすることになった。おかしなことだが担当部長というのは課長より下になる。職制表には乗せる。
期待しているぞ」

うそ800 本日の懸念というか後悔
このシリーズは始めるときに30回連載で終わると宣言したが、既に46回、しかも終わる見込みは全くない。果たしてどうなるのだろうか? 「居眠り磐音」のようにあるいはとんねるずのようにダラダラと延々と続くのだろうか・・
いずれにしても、実行できないことを宣言するのは良くないことだ。反省!

うそ800 本日のお断り
私の過去そのままかと問われるかもしれません。残念ながら、私は佐田君ほど優秀ではありませんでした。



ふっくん様からお便りを頂きました(2014.03.26)
おばQさま
うそ800 大変ご無沙汰しております。
今日、面白いものを見つけました。
もしかして講師をされているわけではないでしょうが・・・

ふっくん様 ご無沙汰しております。
「うそ800」のステッカーを作って販売している方は多いようですね。アマゾンにも出品されています。
とはいえ、実物を恥ずかしくもなく(?)貼りつけているのを見たことはありません。
期待するのはタンクローリーではなく、認証機関の車とか建物に貼ったのを見たいです。


レイシオ様からお便りを頂きました(2014.03.27)
「うそ800」のステッカー
おー,初めて見ました。
トラックの積載重量のところに,昔のパチンコ屋さんで見かけた(今では見なくなった)の「無制限・無定量」の札を張り付けているトラックはみたことあります。
ちなみに本家,おばQ様のUSO800の第三者(二者?)認証はどうしたら取得できるのでしょうか?
自己宣言のみ?

レイシオ様 毎度ありがとうございます。
トラックには面白いステッカーが貼ってあることがありますね。デコレーションもすごく、自分の城って感じなのでしょうか?
ところでUSO800の認証ですか、これはもうみなさんが「俺はISOじゃねえ、USOだ」と心に誓っただけでオッケーです


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