マネジメントシステム物語48 監査業務開始

14.04.07
マネジメントシステム物語とは

佐田は今まで福島工場にいたときも大蛇おろち機工に出向していたときも、環境管理というお仕事をしたことはなかった。けれども大蛇機工にいたときに暇をみて公害防止管理者の水質1種と大気1種、騒音、それに振動の資格はとっていた。また危険物取扱者や作業主任者のふたつみっつは現場監督として仕事をしていた時に必要でとった。

注:当時は公害防止管理者の騒音と振動は別の資格だった。
私も90年頃に仕事の合間をみて水質1種を取った。そのときは品質保証担当で環境に関係はなかった。しかし何もせずにいられないという性格であったので、受験するのに経験も必要なくあまり難しくもないので試験を受けてみた。仙台まで試験を受けに行った。試験を終わって試験場を出ると、表に業者がいてあとで正解を送りますとかいって住所氏名を書かせた。もちろんその業者は通信教育とか試験用参考書を売るのが目的だった。
芸は身を助けるというけれど、ISO9001が下火になってから水質1種のおかげで環境に関わり、いつしか環境が本職になり仕事を失うことはなかった。とはいえその後のリストラ旋風には公害防止管理者の資格くらいではどうにもならなかったけど・・

それに今までISO14001認証の指導をする過程で環境法規制はだいぶ覚えてきたし、同様に認証指導のために現場を見てきたからだいたいのことは知っていた。とはいっても現場の様相も関係する法規制も、業種業態や会社の規模によって千変万化であり、佐田の知識は製造業といっても、その中のアッセンブリーで、かつ排水処理やボイラーなどが小規模のところ限定である。例えばボイラーといっても建物よりも大きなボイラーもあり、10トンボイラーもあり、厨房用の小さなボイラーもある。佐田が見たことがあるのは2トンから10トンくらいの範囲だけだ。
いささか心配ではあったが、ともかく佐田の監査事務局デビューとなった。監査責任者は環境管理部の熊田部長、佐田が幹事、メンバーは佐々木と山形工場の安田課長そして福岡工場の藤田課長である。初回はベテラン課長でそろえたのだ。そして最初の数回は佐田と佐々木の両方が参加し、レベル合わせをするつもりだ。

藤田課長 安田課長 熊田部長 佐々木 佐田
藤田課長 安田課長 熊田部長 佐々木担当部長 佐田担当部長

前々日に熊田部長を除いたメンバーは、監査場所である四国の高松工場に入って、前日1日かけて監査の事前打ち合わせをした。
そして今年度から環境管理部の監査は、従来と全く方法を変えたこと、監査基準はISO規格と違うこと、過去の不具合、監査での見逃し事例、世の中の目がどんどん厳しくなってきたこと、そういった全般的なことから細かいことまで、佐田は懇切丁寧に説明した。メンバーはみな管理職だから佐田の意図をよく理解してくれたと期待した。
現場は全員で回るが、書面監査の担当は公害関係が安田、廃棄物が佐々木、薬品・危険物を藤田、管理体制・関連会社業者の管理・内部監査などが佐田である。
監査当日の翌朝である。オープングで監査の進め方を説明した後、30分ほど部長の講演である。熊田部長も話すのが大好きで新しい監査の方法はいたく気に入ったようだ。佐田は監査の序盤がひとまず平穏に始まったのでほっとした。現場は熊田部長も一緒に巡回するが、書面監査のときには熊田部長は工場長と各部長のインタビューをすることになっている。まあ深刻な話ではなく、最近の社内外の事故の説明と予防の要請、世の中で環境が重要になってきているということを啓蒙してくれればありがたいと佐田は考えている。

現場巡回である。熊田部長以下監査員4名と工場側の立ち会いは大隅部長と佐藤課長で、その後ろに環境課のメンバー数人がついて歩く。
大隅部長 佐藤課長
大隅部長 佐藤課長
前回、前々回の過去2回の高松工場の監査では、現場でも書面でも不適合というものが1件も出ていない。よほど管理が良いのか、過去の監査員の目が節穴だったのか、どちらかであるわけだが、果たしてどうだろうか?

屋外タンク貯蔵所がある。
安田課長
「接続する部分が防油堤の外側にある。防油堤の内側にしないとだめだよ」
藤田課長
「防油堤の中に掃除用具を置いている。ありゃだめだ」
課長連中がダメ出しをしているが、佐田はそれよりもおかしなことを見つけた。
佐田
「あれえ、雨水排出のバルブが開いたままになっていますよ」
大隅部長
「うえー、こりゃまずいよなあ」
佐藤課長
「イヤハヤ面目ありません。今朝の環境管理部長のお話で硫酸漏洩事故の話がありましたが、あれと全く同じですね。パイプが腐食して漏れたのはやむを得ないとして、防液堤の水抜きバルブが開いていたために公共水域に漏れたっておっしゃってましたねえ、反省します」
大隅部長
「おい、感心してる場合じゃないぞ。オット、課長バルブを閉めるな。担当者を呼んで現場を見せろ」
佐藤課長は監査員の後ろに続いている管理課のメンバーに集まれと怒鳴った。

コンプレッサー室に入ると壁が壊れていて防音材がハミ出している。よく見ると壁に穴が開いている。外側に出てみると、フォークリフトのフォークがぶつかった跡がある。
安田課長
「これじゃ防音の役目をはたしていないよ。音は少しの穴でもあると外に漏れるからね。フォークリフトがぶつかったようだけど、修理しておかないと」
佐藤課長
「前回騒音測定したとき以前よりレベルが上がっていましたがこのせいでしたか?」
大隅部長
「オイオイ、課長しっかりしてくれよ」
藤田課長
「このコンプレッサーは著しい環境側面になっているのでしょうか?」
佐藤課長
「ISO14001のあれですか? うーん、このコンプレッサーということではなく、当所のコンプレッサーを一括して著しい環境側面にしています」
藤田課長
「みんな合わせてという発想ですと細かい管理ができませんから、一個一個を著しい環境側面とした方が密な管理ができるのではないですか?」
佐藤課長
「そうですか、考えておきます」
現場監査
佐々木
「佐藤課長さん、危険物この看板ですが・・」
佐藤課長
「看板がどうかしましたか?」
佐々木
「看板はできあいで印刷された文字は鮮明ですが、お宅で記入した氏名や数字はほとんど消えかかっていますよ」
佐藤課長
「おっしゃる通りですね。数字も読めないし責任者名も読めないと・・・あれ、この加藤さんて5・6年前に定年退職しているなあ〜今の担当者の名前に直していない。いや、すみません」
藤田課長
「この危険物倉庫の緊急事態のテストとしては、どのようなことをしているのですか?」
佐藤課長
「漏洩とか火災ですが・・・」
藤田課長
「その手順はどこに掲示していますか?」
佐藤課長
「掲示ですか、掲示はしてませんね。関係者には異常発生時の対応については訓練しています。ここには関係者しか入りません。通りかかった人が異常を見つけた場合はガードマンに連絡してもらうようにしているのですが」
藤田課長
「いけませんねえ〜、緊急事態の対応手順を貼りつけないと・・」
佐田
「藤田課長さん、私たちの監査では実質を考えて判断してほしいのです」
藤田課長
「佐田君、昨日の君の説明だがね、私は納得いかないのだよ。ISO規格で決めていることを見なくて良いとか、そんなこと間違っているだろう」
佐田
「この監査は遵法とリスクをみると割り切ってください。いろいろお考えあるかもしれませんが、それは後で議論しましょう」

書面審議になった。監査側は担当に分かれているがそれぞれの担当者が一人前でないようで、佐藤課長はあちこちを駆け回って対応している。
安田課長
「公害防止関係の届を一式見せてもらえますか?」
佐藤課長
「ウチでは統括者が工場長、代理者が大隅部長、必要な公害防止管理者は大気4種と騒音、振動です。届けている主と代理者はこのとおり・・」
安田課長
「有資格者はそれぞれ二人しかいないのですか。それにこれを見ると騒音と振動は実際はお二人で、ひとりは59歳、もう一方は56歳ですね。59というと来年定年でしょう。すると今年試験を受けて合格しないと来年4月には有資格者が足りなくなってしまうことになりますね」
佐藤課長
「そうなんですよ、それで困っているのです」
大隅部長
「なんて言ったっけ? あの若いの・・」
佐藤課長
「児玉ですか?」
大隅部長
「そうだそうだ、児玉だ。アイツは去年も試験に落ちたんだろう。その前も落ちたしなあ」
佐藤課長
「とりあえず定年になる飯田さんには嘱託で残ってもらいたいと話をしているのですが」
安田課長
「資格認定講習を受けるとか手を打たないとまずいですね」
佐藤課長は頭をかいている。
佐々木
「うーん、契約書を拝見すると書式というか文言も多種多様ですねえ〜、これを見た限り、契約書は作成するたびに文言を作成しているようですね。最近は法改正も多く、網羅しなければならない内容も増える一方です。そういったことに漏れなく対応するために、このさい標準的な契約書を作って全部見直ししたらどうでしょうか?」
佐藤課長
「いやあ、おっしゃるとおりですが・・・なにぶんにも件数が多く見直すのもなかなか手間でして」
佐々木
「貼ってある印紙金額ですが、ほとんどが200円の印紙ですね。これって印紙金額が足りませんよ」
佐藤課長
「そうなんですか? 実を言って廃棄物委託契約書って業者が作ってきて印紙まで貼ってくるのですよ。それで当方は署名押印のみしているというのが実態でして・・」
佐々木
「印紙金額が足りないと脱税、脅かすつもりではありませんが本当です。何年かに一度税務署がくるでしょう。見つかると追徴金を取られてへたをすると報道されます。当社のような大会社はニュースバリューがありますからね。
佐藤課長さん、ここはひとつ先ほどの契約書の文言の見直しと併せて、契約を全部結び直し印紙も金額を調べて貼りつけるということにしたらいかがですか」
佐藤課長
「今後は契約書を作ったら、経理とか資材のように契約書を作り慣れている部門にチェックしてもらいましょう」
佐々木
「それも一方法でしょうけど、印紙金額も含めてチェック項目をしっかりとまとめた手順書を作る必要がありますね」
佐藤課長
「いや本当ですね、チェックする以前に印紙金額が契約金額によって違うとは知りませんでした」
佐々木
「契約金額だけでなく、収集運搬と処分では契約書の種類が違い印紙金額も違うので注意してくださいよ」
佐藤課長
「へえ、そうなんですか。わかりました」
佐々木
「それから廃棄物削減計画ですが、達成の見込みはどうなのでしょうか?」
佐藤課長
「はっきり言って難しいですねえ〜、ウチでは廃プラが一番問題になっているのですが、我々ができるのはゲートとか使い残しのペレットの買い手を探すくらいしかできません」
佐々木
「ゲートとか使い残しのペレットが問題ということが分っているなら、ゲートを少なくしようとか、なぜペレットが残るのかということを考えないとどうにもならないでしょう」
佐藤課長
「そのとおりなんですが、とはいえゲートは製造や金型設計の問題ですし、ペレットが残るのは営業と客先の問題ですから、環境課の努力では改善しません」
佐々木
「あのね、佐藤課長さん、廃棄物削減は環境課のテーマではなくお宅の工場のテーマとしなければならないですよ。お宅の工場として経費削減するためにやるわけでしょう。製造や金型設計あるいは営業にそういうことを理解してもらい、工場の総力をあげて改善を考えないとできるわけがありません」
佐藤課長
「理想はわかりますが・・」
佐々木
「環境なんてかっこいいこととか歯が浮いたようなことを語ってもせんのないことです。私たちが環境管理をするのは消極的に言えば経費削減、積極的に言えば利益を出すためです。環境のためにというのではなく、工場の利益を出すために各部門に協力してくれと言わなくちゃいけません」
佐藤課長
「でも何億というビジネスですから、多くてもたかだか数十万のペレットの処分費用削減に営業が耳を貸すかどうか・・」
佐々木
「あのね、初歩的なことを語って申し訳ないですが、営業にとって、いやお宅の工場にとって数十万のペレット処分費用が重要じゃないというなら、そもそも廃棄物削減はお宅の工場にとって重要課題ではないということでしょうね」
佐藤課長
「なるほど考え方ですが、我々の立場で廃棄物処理費用は大きいから何とかしようと思っていたけれど、工場全体で考えると重要でないなら、そんなことをせずにもっと経費削減や利益拡大になることをした方が良いということですか」
佐々木
「そうです。みなさんが廃棄物削減に駆けずり回るのに費やしている時間や費用を、営業や製造の支援に回した方が工場の経営に寄与するならそちらを優先するべきです。例えば不良対策に協力するとか拡販応援をすることもあるでしょう。もちろん事故や違反の予防は必須ですけどね」
佐藤課長
「すぐにも営業の応援をするというわけにはいきませんが、確かにプライオリティは考えなければなりませんね。
実を言いまして、先日行われたISO14001の審査でも、この廃棄物削減計画が計画未達になるのではないかと指摘されたのですよ。そのとき審査員さんは営業を巻き込んで活動して、受注見積もりの精度向上とか、使用するまでペレットを納入させないで業者に保管させておいて不要となったときはお金を支払っても先方で処分させろなんて言ってました。処分費用を支払ってもこちらで処分しなければ、費目が廃棄物ではないだろうとか意味不明なことを言ってましたねえ」
佐々木
「数学ではないですから、どれが正解だというものはないと思います。しかし工場単位で出る金・入る金を考えて、どうしたら一番いいかというのを選択すべきでしょう。意味のないことや部分最適に過ぎないことならしないほうが良いんじゃないですか」
書面監査
藤田課長
「お宅で使っている薬品や塗料で著しい環境側面になっているのはどれですか?
いや、質問を変えましょう。おたくの著しい環境側面表を見せてください」
佐藤課長
「これです」
藤田課長
「これを見ますとひとつひとつの薬品とか塗料は著しい側面になっていないのですね?」
佐藤課長
「塗料などは機種が変われば色も中身も変わりますから、個々の名前を書いてもそのときしか意味ありません。実際の仕事対応では、取扱いや廃棄方法が類似のものをまとめて要領書にしています。ところで著しい環境側面というものは、ある意味考え方ですから、大きくとらえて薬品としています」
藤田課長
「いけませんね。薬品や塗料をひとつひとつ側面としてとりあげれば、改善や削減を考えるとき有効に働きます」
佐藤課長
「うーん、私はISO14001が現れたとき、今までしていたことを難しく複雑にするだけだと思いましたね。ISO規格の意図は遵法と汚染の予防といいましたっけ? その目的を達成するには、企業の規模や取り扱うものの危険性や重大性によって、最適な管理方法を決めるべきと思いますよ。バーチャルなステロタイプで決めつけるようなことでは安全は確保できません」
藤田課長
「とにかくこのような大雑把な管理ではよくありません。きめ細かく管理しなければ・・・」
佐田は数メートル離れた机で内部監査記録をながめていたが、藤田課長と佐藤課長の口論が耳に入った。藤田課長はISO主義者らしい。藤田課長の工場でどんな管理をしているのか見ものだなと佐田は心の中で皮肉に思った。

私の経験では「ISO規格では・・」と語る人ほどISO規格を理解していない。いや、ISO規格を理解している人は文字面とか俗っぽい解釈をしないで本当の狙いどころを見るからくだらないことを言わないのかもしれない。

ともかく佐田は立ち上がり藤田課長と佐藤課長のところに歩み寄る。
佐田
「藤田課長さん、環境管理部の行う監査の監査基準は、遵法とリスクチェックです。昨日もお願いしましたがISO用語は禁句、徹底して遵法とリスクを把握しているか、どのように対応しているかを見てください」
藤田課長
「佐田君、君は勘違いしているんじゃないか、ISO規格そのものが遵法とリスク管理だよ。私はISO規格の文言をしっかり守っているならば遵法もリスクも大丈夫と思っている。
ええと、今の話題は、この工場では薬品とか塗料をまとめて著しい環境側面としているようだが、それでは遵法もリスクもちゃんと管理できない」
佐田
「まず環境側面という言葉を使うのを止めましょう。普通の言葉で藤田課長さんの言いたいことを言ってみてくれませんか」
藤田課長
「ええとこの工場では使っている薬品や塗料をまとめて管理しているようだ。私はそうではなく、薬品や塗料の危険性などに応じて管理しなければならないと言っているわけだが」
佐藤課長
「あのですね、さきほどから私は薬品や塗料については取扱いや廃棄方法が類似のものをまとめて要領書を作り、それで仕事をしていますと説明しましたが、それは藤田課長さんのおっしゃることそのものだと思いますよ」
藤田課長
「そうだっけか?」
佐藤課長
「そうですよ。要は実際の管理はそうしているけれど、著しい環境側面表には薬品や塗料をまとめて載せていることが悪いというのが藤田課長さんのご意見だったと思います」
藤田課長
「でも環境側面がひとつなら要領書も一つにするのが筋だろう」
佐藤課長
「私はISO対応などどうでもいいと思っているのですよ。はっきり言えばISOのための文書も記録も作りたくない。しかしウチの工場の実態をそのまま見て審査できる能力、ISO的に言えば力量のある審査員がいないから、しょうがなく審査員のためにいろいろな文書を作っているのが実情です。
であればそういったものをなるべく少なくするために、著しい環境側面表なんてものを簡単にしようとしたというだけです」
藤田課長
「しかしそれでいいのだろうか? 著しい環境側面と要領書は完全に一致させるべきだ」
佐田
「藤田課長さん、この環境管理部の監査においてはISO規格を忘れてくれませんか。はっきり申しますが、この監査でISO14001規格との齟齬を問題にする気はまったくありません。そしてまたこの監査でシステムの不備を不適合にすることもありません。代わりに遵法やリスクについては徹底して点検していただきます。そして見逃しがあった場合、監査員である我々がその責任を負うことを認識してください」
藤田課長
「そのような監査方針であれば私は監査員を勤めることはできないね」
佐田
「昨日はその旨をご説明申し上げたつもりでしたが」
藤田課長
「佐田君は監査というものを理解していないのじゃないか。私はね、ISO9001についても詳しいんだよ。品質監査は1994年くらいから担当してきたんだ」
佐田は斜め45度を見上げてしばし沈黙した。
佐田
「ISOの内部監査の経験があるかもしれませんが、この監査は遵法とリスクに特化しているのですから、その監査をしていただかないと困ります。藤田課長さんもISOのご経験が長いようですが、私も1991年頃から関わって来ました」

藤田課長
藤田は顔を赤くして
「じゃあ、私はこの監査の監査員として不適だと思います。辞退させていただくよ」
佐田
「藤田課長さん、これは仕事です。与えられた監査基準で監査を行っていただけないですか」
藤田課長
「いや、お断りだ。ISO規格でない監査など間違っていると私は思うね」
佐田
「うーん、それじゃ今回の監査の進行及び判断の責任については、熊田部長から私に全権を委任されております。申し訳ないですが藤田課長さんを監査員から解任します」
藤田課長だけでなく、まわりにいた佐々木も安田課長も佐藤課長も「ええっ」と声を出して佐田を見た。
佐田
「藤田課長さんは今回オブザーバーとして参加したことにさせてもらいます」
藤田はブツクサ独り言を言っていたが、佐田はそれに構わず、薬品関係を自分が見ると言って監査を再開した。

佐田
「佐藤課長さん、どうも担当者が一人前に育っていなっていないようですね」
佐藤課長
「イヤハヤお恥ずかしい次第です。ここでは高齢者と若いメンバーに二極化していましてね、1970年代の公害対策時代のメンバーは代変わりもせず30年もそのままで歳をとってしまい、今になってあわてて後任を育成しているところです。向こうでも安田課長さんに言われましたが、公害防止管理者の試験を受けるにも1回で合格とはいかず・・・・やはり後任育成は5年くらい時間をかけていかないとならないと実感しています。今となっては大きな悩みですわ、アハハハハ」
佐藤課長は悩みでもなさそうに笑う。

最終的に不適合がいくつも出された。
大隅部長もサバサバしたもので出された不適合に言い訳もせず、減らしてくれとも言わなかった。
大隅部長
「いやあ、今回の監査を受けて指摘事項がたくさんだされましたが納得するものばかりです。納得できないのは過去の監査でなぜ問題が指摘されなかったかということですね。有資格者の育成は1年やそこらではできません。願わくは2年前の環境監査のときに指摘してもらえれば、今頃は枕を高くしておられたのにと残念です。いや皮肉ではありませんよ」
熊田部長
「それについては私も冷や汗をかいております。過去の環境監査がいかに形式的なものだったか、実効性がなかったかということを身をもって反省しております。今回の指摘事項はお宅の問題ではなく、環境管理部の問題であり、我々が怠慢であったと反省しております。しかしながら今年度から実効性のある徹底して遵法とリスクを点検しようとハンドルを切ったわけですが、その効果は最初の監査から発揮できたようで安心しております」
というわけで佐田の藤田課長の監査員解任は両部長に好意的に受け取られた。そして藤田課長の解任の噂はあっという間に全社、グループ全体に広まり、今後環境管理部の監査に参加するにはISOではなく、法規制とリスクセンスがなければはじかれてしまうという認識が徹底された。
佐田は、今まで環境管理部がしていた環境監査がいかにボロボロであったかを理解した。そして全グループに対して一刻も早く監査を一巡しなければという思いを強くした。

その後、新しい方針で社内の工場や子会社を監査するようになって、監査の質は一挙に向上した。もっとも今まで問題がなかった工場に佐田が監査に行くと、問題がたくさん見つかるので、場所や子会社からはだいぶ恐れられ憎まれた。憎まれっ子世にはばかるというが、佐田は生まれつき憎まれっ子らしい。
また監査員側もISO的見方・考え方では通用しない、そんな心構えでは厳しく注意されるということを認識した。要するにお遊びではなく、真に事故が起きないために、違反にならないために、全身全霊を監査に向けなければならないのだ。
しかしそうなると、ISO14001の審査は何のために受けるのかという疑問も持つのは当然であった。それはいずれ環境管理部が正式見解を出す必要があるかもしれない。


新しい方法による環境管理部の環境監査が順調になったとき、塩川課長が雑談をする。
塩川課長
「おい佐田よ、内部監査を頼んだらすぐさま改革を進め、成果を出しているじゃないか。すごいぞ」
佐田
「いやいや内部監査改革はこれからです。それに内部監査を担当してまだたいしたことをしていませんが、いろいろわかってきたことがあります。監査の方法を見直しただけではいけないと実感しています」
塩川課長
「ほう、次は何をしようと?」
佐田
「取り締まるだけでなく、教育をしなければなりません。それも見た目とか資格を取得するということではなく、日常業務を遂行する力量をいかに持たせるかということですね、
それから精神論と受け取られるとちょっと違うのですが、担当している仕事の重要性とか責任感といったものを教えなければなりません」
塩川課長
「なるほどなあ?
佐田よ、実を言ってお前がこちらに異動したいきさつだがな、品質保証部の相原部長からウチの部長に、お前がいらなくなったので引き取ってもらえないかという話があったんだ。部長も俺も、お前の名前と顔は知っていたけれど、実際にどんな仕事をしているのか、その評価とか評判は全く知らなかった。当時ISO14001が現れて当社も認証していかなくてはならない状況だったが、誰も認証指導をしたくないので、まあお前をその担当にしようと引き取ることにしたのさ。どうせ誰もしたくない仕事だから、それなりにやってもらえれば良いという程度の考えだったのは本当だ、アハハハハ
あれから1年半たった。ISO認証もそうだし、出向者教育においても、そして内部監査改革においても期待以上というか正直言って全く期待していなかったんだけど、思いがけないほどの成果を出してくれた。お前を引き取ったのは正解どころか、安い買い物だったと思うよ、アハハハハ」
佐田
「そりゃよかったです。私はどこでも不要の人間でしたから、つかまえた仕事は必死で頑張るしかありません。
しかし新しいことをするには経験と根性だけではだめですね。もっといろいろと勉強しなければならないと感じました。実は内緒でもないのですが、今度大学の通信教育を受けることにしました。やはり勉強しないと限界がありますから」
塩川課長
「大学の勉強よりも現実の仕事が勉強だろう?」
佐田
「そうでもありません。これから販売会社などの非製造業の監査を行うようになると、営業とか販売についての基本的知識がないとどうにもなりません。それと最近環境経営とか言われるようになってきました。品質とか環境だけでなく、経営とか組織論を勉強したいと考えています」
塩川課長
「ゆくゆくは大学院かな?」
佐田
「真面目にそう考えています」
塩川課長
「オイオイ、最後はドクターになってあがりかよ、無理すんなよ」

うそ800 本日の回顧談
監査とはISO規格を満たしているのを確認することと信じている人は多い。ISO審査員には特に多い。
監査における監査基準には、いろいろあるということはISO19011にだって書いてある。
えっ、ISO19011を読んでいる審査員は少ないって?



N様からお便りを頂きました(2014.04.07)
えっ、ISO19011を読んでいる審査員は少ないって?

実態の調査した結果を見たことがないので何とも言えません。
建前上は読むことになっているようですが・・・

さて、私は17021も併せて一通り読みましたが、理解しているかは心もとないです。
「ちゃんと読んだか?」と聞かれれば、「???」ですね。
理解度テストでも作りましょうか?

N様 いつもご指導ありがとうございます。
以前はISO審査もISO19011が基本でしたから審査員の方は皆さんお読みになっていたようです。でもISO17021ができてから審査員にとっては19011はどうでも良いものになったかもしれません。
それはともかく、ISO関係の雑誌やウェブサイトで内部監査について語っている人(審査員を含む)は多いです。
そんなものを見かけると私はマタタビに飛びつく猫のようにじっくりと拝見しております。そんなものの多くは内部監査とはISO規格要求を満たしているかどうかを確認するもののようです。
中には経営者の指示に基づいて点検するのだというものもありますが、それも正しいのかとなると私は疑問符をつけます。
正解は監査基準(あるいは審査基準)を明確にして、徹底してその遵守を確認することだと思います。と書きましたが実を言ってISO19011初版時からそう書いてありました。
昔々大昔の「ISO1011-1:1990品質システムの監査の指針」はどうだったのだろうと見ましたら、ISO9001の審査のための指針ですので、明確にISO9001:1987の規格要求を満たしているかどうかをみると書いてありました。私自身もそんなものが頭に入っていてゴチャゴチャしていました。
誤解を防ぐためには、ISO-MS規格において「この規格要求を満たしているかどうか、組織の内部監査の監査基準に加えることが望ましい」というふうな文章を加えることが必要かなと思いました。言いたいことはISO-MS規格対応で内部監査をするのではなく、組織の自律的な活動としての内部監査にISO規格要求を加えて行うのが当たり前であるということを明示すべきでしょう。
そうしないとおかしな解釈、おかしな発想で、「内部監査のクライアントは社員である」なんてモンスター的な妄想まで持つ人が現れるわけです。
まあ、そんなお考えをする人、そういう発想を是とする人がいるということは、、ISO19011を読んでいる審査員は少ないかどうかはともかく、存在することは間違いないようです。


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