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「早苗さん、先ほどのオープニングミーティングのとき足を組んでいたでしょう」
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「そうだったかね、覚えておらんね」
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「あれは失礼ですから止めてください」
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「ほう、どうしてかね」
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佐々木は話すのを止めた。足を組むのが失礼だということを知らないなら、止めなさいと注意しても言うことを聞くわけがない。そして今は説明する暇はない。
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二日後、佐々木と早苗は監査から戻ってきた。実を言って佐々木は早苗が先方の専務がお話をしていた時、その面前で足を組んだことを忘れていた。● ● 電話が鳴る。外線の音だ。早苗がとる。 | |||
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「環境管理部です。はい塩川課長ですね、お待ちください。塩川課長社外から電話が入っています。ハイ、回します」
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しばらくして早苗が電話しているのが聞こえた。
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「新潟素戔嗚さんですか。昨日と一昨日お邪魔しました早苗と申します。その節はお世話になりまして。 環境課長の佐藤さんおられますか、いえたいしたことじゃないんだけど、今報告書を作成しているだが現場で対応してくれた人の名前を聞き漏らしちゃってね・・そうそうその方、お名前を教えてもらえませんか」 | ||
![]() 佐々木は早苗の礼儀作法をどうにかしないといけないなと感じた。とはいえ、一直線にいくのもまずいような気がした。それで佐田に声をかけた。 | |||
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「早苗さんはちょっと礼儀作法とか言葉使いに疎いようだ。どうしたものかね、その都度注意した方が良いのか、あるいは専門家に全員教えてもらうとかの方が差し障りないだろうか?」
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「確かに早苗さんは今までは工場で現場を相手にしていたから、あまりそういったことに気を使わないようですね。とはいえ今後ISO審査員としてよそ様の会社を訪問することになりますから、最低限のマナーは身に付けてほしいですね。 ところで電話とか挨拶といった一般的なものなら講師を頼んで講義とか練習をするというのもあるでしょうけど、現場で気がついたマナー違反についてはその都度教えて行く方が良いのではないでしょうか。犬でもニワトリでも人間でも、時間が過ぎると忘れてしまいますし」 | ||
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「なるほど、じゃあ今回の件は私が注意することにしよう」
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いったん解散してから佐々木は早苗を呼んで再び打ち合わせ場に座った。
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「早苗さん、私たちが監査に行く先はお客様と同じですから、それなりの礼儀というのがあると思います」
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「わしもそう思うよ」
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「昨日と一昨日おじゃました新潟素戔嗚さんですが、あのオープニングで早苗さんは足を組んでいましたね」
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「そうだったかね、覚えておらんがね」
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「あの場でも私は早苗さんに注意しました。それも忘れてしまいましたか。ああいったときに足を組むのは先方に対して失礼ですから止めてください」
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「わしは足を組むのが失礼とは思わんが」
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「早苗さんが思わなくても思う人が多いと思います。私は失礼なことだと考えています。とにかく監査のオープニングなど、相手と向いあっているときは足を組まないでください」
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「わしが足を組んでいたと苦情でもあったのかね?」
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「いや、ありません」
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「じゃあ、いいじゃないか」
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「あなたがISO審査員になって訪問先でああいったことをすると、相手にいい感情を持たれないと思います」
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「ウチの工場に審査に来ていた審査員は、いつもオープニングで工場長に見えるように足を組んでいたな。だからわしは問題ないと思っているのだが」
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佐々木は天を仰いだ。よほどその審査員は無礼なのか、あるいは早苗の工場をバカにしていたのだろうか? それに早苗の常識のなさはどうだ! そしてそんな早苗を説得できない自分を無力だと感じた。
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「社会にはいろいろな人間関係があると思います。仲の良い友人同士とか夫婦が語り合うときは、足を組んでも手を頭の後ろで組んで話しても、親しさを倍増させても悪化させることはないでしょう。しかしビジネスで初対面の訪問先でそのような態度は芳しくない。もしそのようなことをする審査員なら、私は認証機関に苦情をいいます。ともかく苦情を言われないような態度や話をしていただきたい」
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「うーん、佐々木さんの言うことはいろいろな人がいるから、誰からも苦情を言われないようにということかね」
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「そうご理解願います。 実は先ほどの早苗さんの電話の応対でも感じたのですが、まず電話のベルの音は内線と外線では違います。内線のときは『環境管理部です』と応えるのが普通でしょうけど、外線のときは『素戔嗚電子の環境管理部です』と応えてください」 | ||
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「わかった」
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「それから早苗さんが電話したとき『おられますか?』とおっしゃいましたが、これは『いらっしゃいますか?』と言ってください」
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「それはわしも調べたんだが、『おる』というのも尊敬語だから問題ないと書いてあったなあ」
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「確かに『おる』が尊敬語という説もあります。しかしその用法を誰もが認めているわけではありません。万人から苦情を言われないためには『いらっしゃいますか』にしてほしいのです」
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「わかった」
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「あのう、私は早苗さんより年上ですが、だから早苗さんよりも目上というつもりはありません。しかし一応ここは会社ですからお互いに丁寧語を使うようにしませんか。それと佐田さんは我々の上司であるということを忘れないように」
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「わかった、いや、わかりました。丁寧語を使うようにしよう」
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佐々木は早苗が席を立った後にドット疲れを感じた。
●
それから数日後● ● 佐田は昨日監査に出かけており、今日は報告書を作成していた。そして今日は、佐々木が早苗を連れて三鷹の販売会社の監査に行っている。監査先の会社の規模が小さいから、昼過ぎには監査は終わるはずだ。佐田は直帰してよいと言ったが、佐々木は会社に顔を出すと言っていた。 4時半過ぎに電話が鳴った。 | |||
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「ハイ、 | ||
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「今日佐々木さんが監査にお見えになられた素戔嗚南東京販売の総務の東田といいます。佐々木さんの上司にあたる方をお願いします」
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「はい、私は佐々木の上司で担当部長の佐田と申します。お話を受けたまわります」
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「ちょっと一言申し上げることがありましてね。今日お宅から佐々木さんと一緒に来た早苗さんとおっしゃる方が、ちょっと何といいますか、口のきき方があれでして、ウチの社長がお二人がお帰りになってからだいぶ不満を漏らしておりまして」
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「早苗が失礼な口をきいたということですね。それはまことに申し訳ありませんでした。本日は会社に戻らないと思いますので、明日本人と話をいたします。 確認させていただきますが、お宅様のご要請は、弊社からわび状を出せということでしょうか?」 | ||
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「いや、それほどではないのですが、一応よそ様に行っても問題になるかと思いましてご注意していただきたいと思いまして」
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「わかりました。調査しました後に、東田様宛に報告することを約束します」
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電話を切ってからヤレヤレと思った。 それから1時間後、定時を40分ほど過ぎた頃に佐々木が顔を出した。 | |||
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「お疲れ様です。監査はどうでしたか?」
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「今日行ったところは販売会社で関係する法規制はあまりなかった。でもやはり廃棄物関係の契約書とマニフェストには問題があるねえ〜。それにこれからPCBの法規制が厳しくなって報告が必要になるのだけれど、PCBの保有を認識していなかったよ」
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「PCBですか、そこはオフィスだけでしょうけど、PCB機器を持っているのでしょうか?」
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「自社ビルでね、エレベーターとか蛍光灯など、ビル管理部門はPCB機器があるのを知っていたようだ。しかし総務部門は法規制に無頓着で気にもしていない」
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「なるほど、盲点ですね」
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「それにまもなくフロン規制のなんだっけ、フロンなんとか法ができるという。これからはエアコンとか冷水器などの管理も重要になるね」
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「まあ、問題を認識したという効果があったじゃないですか。それじゃあ監査の成果はあったわけですね」
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「実はそればかりじゃないんだよね。早苗さんが大立ち回りをしてくれたよ」
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「何があったのでしょうか?」
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「廃棄物関係の書類を見ているとき、早苗さんが書類を出すのが遅いとか時間稼ぎするなとか大声を出すというか怒鳴ったりしてね、私はヒヤヒヤしたよ」
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「佐々木さんは注意されたんでしょう?」
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「もちろんその場は早苗さんに注意して言葉使いは注意したし、先方にも謝っておいたつもりだ。でも先方は驚いたというか気を悪くしただろうねえ。まして環境監査なんて受けたのは初めてだったから、どんな書類が必要なのかも予想していなかっただろうし、こちらの質問を理解したかどうかも定かではなかったし。そんな状況で突然大声を出されてびっくりしたことだろう」
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「実は監査が終わってすぐだと思いますが、先方から苦情の電話がありました」
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佐々木はそれを聞いて、はた目にもがっくりきたようだ。
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「まあ、それもしょうがないなあ。明日、改めて謝っておこうと思っていたが、それほど大事になってしまったなら、課長からお詫びしてもらうことにしよう」
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「それはそれとしても、早苗さんには厳重注意ですね」
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「既に厳重注意をしていたのだが・・・先日佐田さんと話した後に、足を組むなとか敬語の使い方に注意してくれと言ったのだが・・・」
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「本人がまずいと気が付かないと、そんなことを言っても効果がないのかもしれませんね。
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翌朝、佐田は塩川課長に相談した。 | |||
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「とまあ、そんな状況です。今日ご本人に十分注意いたします。誠に申し訳ありませんが、課長から先方にお詫びのメールか電話でもしていただけないでしょうか」
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「 | ||
塩川はオフィスを見渡して早苗を見つけた。そして大声で呼ぶ。
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「早苗さん、ちょっと来てくれ」
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塩川は仕事は早い。思ったことはすぐにする。 早苗が来ると一緒に塩川と佐田が会議室に入る。 | |||
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「早苗さん、ちょっと話があるのだが」
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「ハイ、なんでしょうか?」
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「昨日、佐々木さんと監査に行ってもらいましたね」
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「ハイ、PCBの問題とか廃棄物の不具合などを見つけたのは私です」
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早苗は自分がいかに活躍したかを言いたいようだ。
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「実を言って先方から苦情が来ている。監査の場で大声を出したり、先方を非難したと聞いている」
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「それは大げさですよ。まあ確かに大声を出したかもしれませんが、悪気があったわけではなくですね、社内ではあのくらいは普通でしょう」
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「ともかく先方から苦情があったということは事実だ。早苗さんはこれからISO審査員になると日々お客様の会社を訪問することになり、初対面の方を相手にすることになります。ですから、ある程度紳士的に言葉使いとか態度に注意していただかないなりません」
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「私が今まで受けたISO審査では審査員はかなり高圧的でしたし、言葉使いも乱暴でした。そんなことを考えると、私が常軌を逸しているとは思いません」
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塩川はヤレヤレという顔をした。
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「問題は早苗さんがどう思うかとかどう感じるかということではないのです。相手が早苗さんをどう思うかどう感じるかということが大事です。相手が反感を持ったり、失礼な人だと思ったら早苗さんのお仕事がうまくいきませんよ」
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「じゃあ、どうすればいいんですか?」
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「まず言葉使いは丁寧語を基準にしてください。尊敬語とか謙譲語を使いこなせなくても、丁寧語を使っていれば間違いは起きません」
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「ハア、わかりました」
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「話をしていて相手が早苗さんの言ったことを理解しないときは、言い方を変えるとか具体例をあげるなどして相手の理解に努めること。絶対に、絶対にですよ、大声を出すとか、相手を誹謗中傷するようなことを言ってはいけません」
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「しかし相手が知らんふりしたり、わざと誤解したふりをしたときはどうするんですか?、怒鳴りつけた方が早いこともありますよ」
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塩川はヤレヤレという表情をする。
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「今、私は早苗さんを説得しようとしているわけです。そして、このように言い方を変えたり具体例をあげたりしてご理解に努めているわけですね。もし私が早苗さんを怒鳴りつければ、早苗さんは私の意向をご理解いただけるのでしょうか? そうではないでしょう。お互いに子供じゃないんだから。 関連会社であろうと、工場であろうと、あなたが仕事で会う人はすべてお客様です。そう思って対応してください。 更に注意してほしいのですが、当社の監査では我々は相手より優位にあることは事実ですよね。子会社に対する親会社の立場、工場に対する本社の立場ですからね。そしてあなたが怒鳴っても子会社であることは変わらない。 しかしISO審査では、訪問先はお金を払ってくれるお客様です。怒鳴れば苦情どころか、お客様が逃げてしまいます」 | ||
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「わかりました、今後は冷静に話すように努めます」
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「よろしくお願いします。それからもう一言申し上げておきますが、今後問題を起こされたら私どもではあなたを預かっておけないと人事に申し出てISO審査員出向の件はなしとさせてもらいます」
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「えっ、どうしてですか? それは横暴でしょう」
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「出向してから問題を起こされたら、我々の責任です。私が見て問題ないと思えなければ出向はさせません」
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「わかりました」
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早苗が出て行ったあと塩川と佐田が残った。
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「課長、今の話は本当ですか?」
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「本当本当、実を言ってさ、お前が昨日電話を受けたって言ったけど、それ以前にも俺んとこに二度ほど苦情があったんだよ、それで人事とは話しあっている。どっちみち瞬間湯沸器のような性格じゃ審査員に向かないし、出向した後で問題を起こされては当社の評価が下がるだけだ。それは人事も同意見だ」
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●
それからも毎週1回程度の頻度で早苗は監査に行っているが、同行している佐田も佐々木もハラハラするような事態は起きていない。やはり塩川課長に言われたのは効いたのかもしれない。● ● 明後日は群馬県にある関連会社の監査で、監査員は佐田と早苗二人の予定である。佐田は現地桐生に朝8時半に着くには市川のマンションを5時には出なければならないなと考えていると、早苗が前泊したいと言ってきた。 | |||
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「早苗さんは埼玉県の単身者寮にお住まいでしたね?」
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「そうなんだよ。朝6時くらいに出ないと予定には着かんので前泊させてほしい」
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「私は市川なので5時には家を出ます。出張で5時6時に出れば間に合うなら、前泊なしでお願いします」
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「工場にいた時は出勤時刻の2時間以上前に家を出なければならんときは、前泊が認められていたよ」
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「そうですか、でも組合との協定にもそんなことは決めてないです。私たちは工場勤務ではありませんし、ほぼ毎週出張ですから、そのような原則で運用していたら仕事になりません。明後日は前泊なしでお願いします」
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佐田はそれで話は終わったと思っていた。
●
当日、佐田は桐生の駅で待っていたが早苗の姿は一向に現れない。1時間に2本くらいしか電車がないのだから待っていてもしょうがない。佐田は駅を後にして目的地に向かった。● ● 監査を開始して1時間ほど過ぎたとき、先方の方がお連れさんが見えましたよという。何か冗談かと思って顔をあげると早苗がいる。 | |||
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「おや、早苗さん、待ち合わせ時間に現れなかったので、具合でも悪いのかと思っていました」
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「いや、具合は悪くないよ。佐田君から前泊しないようにと言われたので、通常の出勤時間に寮を出て今着いたところだ」
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佐田はそれを聞いて、この人は何を考えているのだろうと不思議に思った。 会社の仕事というものを行楽地に行くような感じで考えているのだろうか? ともかく佐田は早苗には見学しているように指示して、監査はすべて自分が行った。 終了後に佐田が帰りの予定を聞くと、早苗は戸田の寮まで高崎経由で新幹線で帰るという。佐田はまたまた呆れた。高碕回りで新幹線を使えば5000円近くなる、一方小山周りの在来線なら2000円しない。料金が倍以上違う割に、所要時間は20分しか変わらない。既に切符を買っているというので佐田はそれ以上何も言わなかったが、これはもう重症だなと思う。 ●
翌日、佐田は早苗に声をかけて打ち合わせ場に集まった。
● ● | |||
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「まず早苗さんは監査に遅刻しても良いと考えた理由を説明してくれませんか」
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「え、佐田君は前泊しないようにと言ったよね。だからわしはいつもとおりに7時に寮を出たがまずかったかい?」
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「まずいですね。私は前泊しないでくれといいましたが、遅刻して良いと言っていません。 現地での監査の時間は当社の勤務時間よりも短く、時間外労働をしたわけではありません。就業規則から、先方の監査時刻までに到着していないと遅刻です。通常より早く寮を出なければならないとのことですが、昨日は出張ですから出張手当がついてますね。ですからそれは当然のことです」 | ||
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「しかしわしが通常の出勤時間に出て着かないなら、前泊するか遅刻するのはしょうがないじゃないか」
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「前泊しなくても朝の6時に出れば桐生に8時半に着きます。朝の3時に家を出るとか、真夜中12時過ぎに帰宅というならともかく、無理難題をお願いしているつもりはありません。都会では出勤するのに朝6時に家を出る人は珍しくありません」
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「私はそれほど自己犠牲をしいられることはないと思うがね。審査員はもっと優雅だと思っとるよ」
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「審査員になれば出向先の認証機関の規定によるでしょう。それは私はわかりません。しかし当社では6時に出れば間に合う出張に前泊は認められません。それは通常の努力範囲でしょう。 それから忘れないうちに申しあげておきますが、戸田から桐生まで新幹線を使ってもたった20分しか短くなりません。会社の予算を考えて切符の手配をお願いします。次回以降は出張の時にどのようなルートで行くか、到着時刻などを事前に確認させてもらいます」 | ||
佐田は早苗との話を終えて、塩川課長がいるかと見回した。 | |||
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「ちょっと相談があるのですが」
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「またか?」
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「またです」
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塩川は「しょうがねえなあ」とかブツブツ言いながら佐田と会議室に入る。
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「今度はなんだ?」
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佐田はいきさつを説明する。
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「俺は二人を早いとこ審査員研修に参加させろと言うつもりだったが、彼を出向者候補から外すなら受講する前だな。無駄な金を使うことはない。しかしなあ、レベルが低すぎないか」
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「とりあえず今回は状況報告としてご理解いただきたいです。そうですね今後2週間くらい様子を見ることにしましょう。その間に3回か4回監査がありますから、その間に問題がないようなら審査員研修に参加させる、問題があれば研修に出さないのはもちろん人事と話して候補者教育から外すということでいかがでしょうか?」
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「まあ、そうするか」
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夕方、佐田と佐々木が疲れ切った顔をしてコーヒーを飲んでいると塩川課長がコーヒーカップを持ってやって来た。 | |||
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「佐々木さん、どうしました。くたびれた顔をしてますよ」
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「くたびれたというよりも途方に暮れたという方が適切かと・・・ 今日は昼から六角さんと千葉にある販売会社に行ってきました。六角さんがいろいろと口をはさむのですが、例によってちょっと言葉使いがなんでして・・・」 | ||
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「わかりますよ佐々木さん。 佐田よ、佐々木さんと片岡さんの第一陣はレベルが高かったということを認識したか」 | ||
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「よく分ってます」
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「これからますますレベルが低い人が審査員候補者として送られてくる。まあ内部監査の方はいずれ竹山が一人で切り盛りできるようになるだろう。お二人にはロートルの教育をしっかり頼む」
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「でもね課長、審査員になろうという人なら、もう少し常識がなければどうしようもないですよ」
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「そうだよな、力量もなく常識もない引き取り手のない人たちの行先として、審査員にでもなってもらおうというわけだ。佐田も楽じゃないけど、もしみんな力量があって引っ張りだこなら、お前の仕事もないわけで、そういう人が多いってことに感謝しなくちゃならないぞ、アハハハハ」
佐田はそう言って笑う塩川課長はもっと辛いのだろうと思った。
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