マネジメントシステム物語65 事務局ならできます

14.07.09
マネジメントシステム物語とは
古谷
佐田は今日、横浜市にある関連会社の監査に来ている。監査メンバーは佐田がリーダーで、工場から来た若手の古谷とのふたりである。
そこは工場といっても船舶用電子機器のアッセンブリーをしているだけで、化学物質を使うわけでなく、めっきも塗装もしておらず、環境負荷はほとんどない。保有している機械といっても、製品出荷用のホイストとコンプレッサーくらいしかない。基板実装は外注、筐体製造は外注、ハーネス類も外注である。
これで儲けているのだから基本技術で他社を大きく引き離しているか、特許で他社が参入できないなどの理由だろう。ともかく知的財産で食べているのは悪いことではない。
工場は住宅地の中にあり、建物は鉄筋コンクリートの7階建てで、周囲はきれいに整えられた植栽で囲まれている。大きなシャッターがあり一日に数回、大型トラックが出入りすることと、ときどき窓から作業服の人が見えることを除けばオフィスビルにしか見えない。
私が過去にしていた会社の詳細は、こんなところに書くわけにはいかないし書いたこともない。しかし工場の情景とか概要などは過去の訪問先を思い出して書いている。具体的なイメージがないと物語が進まない。
なお、私が監査をしていた10年間に訪問した工場やオフィスは300や400はあるから、物語にみあった事業所を思い浮かべるには困らない。
今回の監査には直接関係はないが、ここの総務部長は元素戔嗚すさのおの本社人事部にいた武藤課長で、1年ほど前に出向してきた。仕事でいろいろ付き合いがあった佐田は、監査に行くので時間があればお会いしたいと事前にメールしていた。

午後一から監査を始めて、オープニングミーティングの後、工場内を一巡し建物の外側を一回りして会議室に戻る。ここまで40分もかからない。書類をみるのは2時間もあれば十分だろう。定時前には終われるなと佐田は内心見積もっていた。
半田 書類審査は佐田が公害や届出などを担当し、もう一人が廃棄物の担当だ。佐田の相手は40くらいの半田という環境課の主任だ。もっともこの会社で主任なるものが職制の指揮系統に入っているのか、単なる人事処遇のものか、名刺に書くだけのものなのか佐田は知らない。

佐田
「ええと、まずお宅で必要な有資格者ってどんなものがありますか?」
半田
「公害防止管理者は必要ないですね。エネルギー管理士もいりません」
佐田
「そうでしょうねえ、工場を拝見してそう思いました」
半田
「必要な資格ではありませんが、私はISO審査員補を持っています」
佐田
「おお、そうですか、それはすごいですねえ〜。他にどんな資格が必要でしょうか?
そういえばはんだ付け作業をしていましたね。鉛の作業主任者はいますか?」
半田
「鉛はんだを使っていますので、作業主任者はもちろんいます。
なお、はんだ屑は売れますので廃棄物になりません。
しかし製品に使っている電池類や溶剤の残が特管産廃となり、そのために特管産廃管理責任者が必要です。私が資格を持っています」

注:2003年頃は、まだ鉛半田を規制するなんて動きがなかった。
佐田
「なるほど、ほかには何がありますか?」
半田
「他にはないと思いますが・・」
佐田
「現場を見せてもらったとき、汚れを拭くのにアルコールを使っていたり、製品のタッチアップもしていたようですが」
半田
「もちろんしています。それがなにか?」
佐田
「危険物取扱者は必要ないのでしょうか?」
半田
「当社では指定数量ほど保管していません」
佐田
「なるほど、ここでは暖房はどうしていますか?」
半田
「ボイラーですよ、燃料は石油です」
佐田
「工場の外を歩いたときに危険物屋内タンク貯蔵所の表示がありましたね。タンク容量は指定数量よりも多かったように思いますが」
半田はあれえという顔をして、
半田
「私は建物についてはタッチしていません。それは担当が違います」
佐田
「そうですか、では担当の方をお願いします」
半田は立ち上がり、もう一人の監査員である古谷のお相手をしている環境課長になにやら話しかけた。
環境課長がなにか応えるのを聞いて半田はまた席に戻ってきた。
半田
「課長は私に対応しろとのことです。ええとビルの暖房用には確かに灯油を使ってます。あそこの管理はどうしているんだろう。ちょっと待ってください」
半田はまた立ち上がり電話をする。やがて担当者が現れて届出などを説明した。危険物取扱者の免状も見せた。特に問題はない。

届出もなにもボリュームが少ないのでヒアリングが一段落するともう佐田の仕事は終わりだ。
半田が話し始めた。
半田
「いやあ、僕はねこの会社でISO14001を認証するからって引き抜かれたんですけど、ここはとんでもない会社ですよ。まず認証のためのリソースがない。私一人で認証のための活動をしました」
佐田
「そうですか、大変でしたね。この会社は従業員が何人くらいいるのですか?」
半田
「社員が70名、パートが40か50人でしょうか」
佐田
「そうですか、それくらいの規模ならISO認証と言っても大した負荷じゃないでしょう。専任者までいらないように思いますが・・」
半田
「とんでもない! 環境側面評価とか環境法規制の調査など大変でした。そもそも私がこちらに来たとき1年で認証しろと言われまして、とんでもなく厳しいスケジュールでした」
佐田
「前の会社でもISOをご担当されていたのですか?」
半田
「そうです。前の会社は従業員が800名くらいいまして、ISO事務局は私がリーダーで他に専任者が2名いました」
佐田
「ほう、それはまた大勢いたのですね」
半田
「佐田さんはISO認証が、いかに大変かご存じないようですね。現状調査、文書作成、社内展開などを考えると大変な工数がかかります。この会社だって100人以上いますが、この規模を一人で認証したといったらISOに詳しい人なら驚きますよ」
佐田
「そうなんですか。認証までの仕事といいますと、具体的にはどんなことをされたのですか?」
半田は待ってましたというふうに話し始めた。
半田
「まず環境方針を作ることでした。佐田さんはご存じないでしょうけど、ISO規格では方針の形も書かなければならない言葉も決まっていましてね、そこに会社の特徴をいかに盛り込むかということが難しいんですよ」
佐田
「なるほど、EMS構築なんて言葉を聞きますが、今お話された方針だけではないのでしょう?」
半田
「そうなんです。一番の難関はやはり環境影響評価ですね。幸い私は前の会社の方法が頭に入っていましたので、そのときの算式を活用することにしました。それで全く初めてするのに比べれば、ものすごく手間も時間も節約できたと思います。それでも電力とか廃棄物の量を調べるのに二月以上かかりましたね。
しかしですよ、佐田さん聞いてください、この会社はそういった私の苦労なんてまったく評価しないんです。やって当然、出来て当たり前と思っているのでしょうねえ〜」
佐田は半田の不満話を聞くのが面白くなってきた。監査の方は半田の説明に関わらず、状況は把握したつもりだし、佐田が担当した範囲には遵法上の問題はないようだ。相方の方はどうかわからないが、まあ、それはそちらに任せるとしよう。
佐田
「どんな仕事だって、している本人の苦労をまわりはわかりませんよ」
半田
「そんなものですかねえ〜、そういえば前の会社のときも、私が毎年内部監査をして報告書を作ったり、マネジメントレビューの記録を作ったりしていましたが、全然評価されませんでしたねえ〜」
佐田
「マネジメントレビューの記録とおっしゃいますと、半田さんはマネジメントレビューの議事録を書いていたということですか?」
半田
「そうじゃありません。マネジメントレビューの資料だけでなく、経営者の判断まで私が作文していましてね、サインだけもらっていました。当時の経営者は認証の必要性はわかっていても、ISOとは何かということを分ってませんでした。私がその苦労を一身に背負ってしていたわけですよ」
佐田
「ハハハハ、それじゃ形だけじゃないですか」
半田
「まあ、形だけと言われると、そうでしょうね。でも、そうしないと経営層がISOで決めてあることをちゃんとしてくれないから、審査で不適合になってしまいます。
そんな私の苦労を全然理解してもらえませんでした。私と一緒に事務局をしていた者もISO規格を満たそうとするよりも、現実の仕事がISO規格を満たしているか考えているようなレベルで、まったくなにも分っちゃいませんでした」
佐田
「でもどんな会社だって実際にはマネジメントレビューをしているでしょう。それをマネジメントレビューと呼ぶかどうかはともかくとして。
ISO規格を満たそうとして何か新しいことをするよりも、現実の仕事がISO規格を満たしているかを考えるというアプローチがまっとうだと思いますねえ。内部監査だってISO認証とは関係ないと思いますけど・・」
半田
「何を言っているんですか。ISO規格は従来の考えの環境管理とは全く次元が異なるのです。内部監査がISO認証と関係ないとは何ですか。佐田さんはいつもこのような環境監査をしているのでしょうけど、私に言わせると佐田さんの監査はまるっきり落第ですよ」
佐田
「はあ、落第ですか?」
半田
「当たり前でしょう。まず規格適合かどうか見てないじゃないですか。今日の監査をみていても、ISO規格とは全然関係ないことしか聞いていない。
佐田さんの質問がISO規格と全然違うので、私は対応に苦労しましたよ」
佐田
「うーん、監査というのは自分が好き勝手にするわけじゃないんですよ。監査責任者が調べてこいということを、監査員は証拠と証言を確認し報告しなくちゃならないでしょう。
ISO規格に基づく内部監査は、監査の一つの形にすぎません」
半田
「そんなことありません。私は社外の内部監査研修にも参加しましたし、先ほど言いましたが審査員研修も受けています。そこで教えている内部監査では、ISO規格適合であるかを確認することなんです。ISO規格要求事項を見ないで一体何を見るんですか。私が佐田さんの代わりに監査員になれば、あるべき内部監査をするだけでなく監査のレベルアップを図りますよ」
佐田
「そうですか。しかしながら私の依頼者である監査部長は、関連会社がISO規格要求を満たしているかどうかよりも、法規制を守っているかと事故が起きる恐れがないかどうかの方に重大な関心があるようです。
半田さんの監査では、環境法規制を守っているかどうかと事故の恐れがないかどうかは漏れなくチェックするのでしょうか?」
半田
「あのね、そんなことをするのは本当の環境監査じゃありません。依頼者が見当違いなことを要求しているなら本当の監査を教えて是正するのが役目でしょう」
佐田は笑った。半田は佐田が返答に困って笑ってごまかしたのだと思った。
半田
「それと素戔嗚グループでは、環境計画というのを立ててグループ企業全体で推進していますが、あれもおかしいですよ」
佐田
「ほう、どのように?」
半田
「各事業所や関連会社は著しい環境側面を決定して環境目的目標を定めて活動しているわけです。ですから、各工場の環境目的を集めたものを環境計画にしないと理屈が合いません」
佐田
「まずお断りしておきますが、私は環境計画担当じゃありません。それで個人的見解ですが、そのお考えはちょっと違うと思いますよ。ISO規格、特にアネックスを読むと、環境方針や環境目的・目標は利害関係者の見解に配慮することとあるでしょう。本社、親会社は最大の利害関係者ですから、本社がこのようにしろと指示することは下部組織に対してはある程度強制力を持つでしょう。つまりまず大きな目標がありそれを計画にして、各部門に振り分けるのです。個々の目標を積み上げたのが全体の目標になるのではありません。ですから現状の動きはISO規格そのままですよ」
半田は佐田の言うことが理解できなかったようだ。
半田
「佐田さんは本社の環境管理部にいるようですが、ISO規格とかマネジメントシステムというものを分っていないようですね。私が佐田さんの立場になったなら、環境監査だけでなく環境マネジメントシステムを現在よりはるかに高いレベルに改善しますよ」
佐田
「そうですか。半田さんがその立場でなくて残念です。ところで環境マネジメントシステムってなんでしょうか?」
半田
「ほらやっぱり、佐田さんは環境マネジメントシステムというものを分ってないようだ。
環境マネジメントシステムとは、ISO規格にあった会社の仕組みをいいます。この会社ももちろん過去何十年も事業をしてきたわけですが、環境マネジメントシステム、長ったらしいので普通EMSと呼びますが、それがなかったのです。だからISO規格を導入してEMSを一から構築する必要があったのです」
佐田
「EMSとはISO規格に適合した仕組みなのですか? ISO規格でないものはEMSじゃないんでしょうか?」
半田
「当たり前でしょう。佐田さんもご存じなかったようですね。この会社の人たちにも私がそういったことを説明したのですが、全然理解できませんでしたね。今でも理解できてません。ISO規格やそれをいかに経営に活用するかを理解しているのは私一人のようです。
私がいなければこの会社はISO審査でいくつも不適合を出されてしまいます。私がしっかりしているから認証を維持しているのに、誰も私の仕事を分ってないんですよねえ〜」
半田は呆れたという顔をしていう。
佐田
「半田さんもおっしゃったようにこの会社も創業から数十年経っていますから、環境管理だってISOが現れる前からしていたと思いますが・・」
半田
「私に言わせると全く管理していませんでしたよ。環境側面さえ特定・決定していませんでしたし・・まったくレベルが低い。そんなレベルの会社だから私がEMSを構築してISO認証して今まで不適合を出されないようにしてきたのに、それなのに誰も私の苦労なんて分ってない」
佐田
「でも環境側面という言葉そのものがISO規格の翻訳ですよね、それは別に環境の側面じゃなくてその言葉の意味するところは管理が必要なものということですが、従来から例えば危険物とか廃棄物など管理が必要なものは法規制を守って、また事故が起きないように管理していたのではないですか?」
半田
「分ってないなあ〜、ISO規格はそんな従来の活動の延長線にあるんじゃないですよ。いいですか、ちゃんと環境側面というものを決めて、それについての手順書を作って、それに基づいて教育訓練をすることって決めているのです」
佐田
「でも危険物は従来から危険物取扱者の資格を持っている人が管理し、行政に届をしていたはずですよね。また廃棄物だってマニフェストは以前から交付していたでしょうし、特管産廃の資格者だっていたはずでしょう・・・そう言えば半田さんがこの会社に入られる前から特管産廃の有資格者はいたのでしょうか?」
半田
「もちろんいましたよ。だけど社内でISOの教育訓練をして試験した結果、その人が試験に合格しないのです。仕方がないので私が責任者になったのです。まったく私が一生懸命テキストを作って教えても、まじめに勉強しないのですよ。人の苦労も知らないで・・」
佐田
「テキストを作られたとおっしゃいましたが、廃棄物の法規制とかマニフェストの書き方などについてなのでしょうか?」
半田
「いえ、そんなどこにでもあるようなことじゃありません。環境問題についての知識とか環境保護についての意識向上に関することです。例えば・・・南極の氷が解けたら海面が何メートル上昇するのかとか、炭酸ガス濃度が20世紀にどれくらい増えたかとか、PCBがシロクマにどんな悪影響があるとか・・環境担当者としては知っておかなくてはならない常識じゃないですか」
そのとき脇からもう一人の監査員である古谷が声をかけてきた。
古谷
「半田さん、すみませんがマニフェストの記載にミスが多いのですが、半田さんがお書きになったというのでご確認願いたいのですが」
半田はムッとしたような顔で佐藤の机に移った。
佐田は立ち上がり佐藤が半田に説明しているのをながめていると、マニフェスト特に特管産廃のものに記載漏れや記入カ所を間違えたものがいくつもあるようだ。
佐田が半田の顔を見ていると、半田はブツクサ言い訳をしたものの間違いを認めざるを得ない。
古谷
「それじゃ半田さん、これは不適合としてよろしいですね」
半田は面白くない顔をしてうなずいた。
コーヒー
書類審査が終わって、コーヒーが出ると半田はまた佐田のところに来て話をする。
半田
「先ほど話が途中でしたが、EMS構築ってのは大変なのです。さっきは環境側面のお話をしましたが、法律を調べるのにもひと月かかりました。以前の勤め先とこの会社では関係する法律が違いますからね。
先ほども言いましたが、担当は私の他に二名いたわけですが、規格を理解しているのが私一人でしたから大変でした」
佐田
「各職場の担当者にヒアリングするとかしたのでしょうか?」
半田
「そんなことをしても無意味ですよ。まず社外の講習会に行きましてね・・・・、あのね、外部の講習会に行きたいと上長に伺いでたら、予算がないとか、外部講習を聞くまでもないとか、講習会に行かせてもらえるだけでも大変でしたよ。この会社はまったく必要なお金も出さないんだから」
佐田
「でも講習会で法規制とか習っても、それがそのまま社内の管理につながるわけではないでしょう?」
半田
「ISO審査のときには法規制一覧表をしっかりと作っておかないとならないんです。それを作るにはやはり外部講習会でひな型を手に入れるとかしないとね・・・」
佐田
「先ほどのマニフェストの記入ミスなどを見ると、法規制の把握とか手順への展開が不十分のように思えますが」
半田
「あのようなことが多少あるのはやむをえません。ISO規格にある、法規制一覧表の整備とか手順書の整備というのはあのような些細なことではないのです」
佐田
「でも法で定めているのをしっかりと運用していないのは問題でしょう」
半田
「そうじゃないですよ。まずはISO規格が求めている文書や記録を作成整備しなくては」
佐田は聞いて呆れた。
佐田
「そうですか、それは大変でしたね。でもとにかく一旦認証すれば、それ以降それほど仕事量はないのではないですか?」
半田
「冗談じゃありません。毎年法規制の改正状況を調査しなければなりませんし、環境側面の評価も毎年するのです。これがいかに大変な仕事か佐田さんはわかっていないようですね。
そして、それらに伴う文書の改定作業をしなければなりません。旧文書の回収や、受領印をもらうとか、イヤハヤ大変な作業なんです。それにまた、定期環境監査などは定期的にしなければなりません。毎年全社員に環境教育をしなければなりません。先ほど言ったように真面目に勉強してくれないと、その追加講習や追試もしなくてはならないのです。
定期的に環境目的目標の達成状況のフォロー、不具合が起きたら是正処置の実施などISO事務局の仕事はものすごくあります。私は一年中ヒーヒー言ってます。気が利いた人を私の下に配属してくれれば良いのですが、私の要望なんて上の人は聞いてくれません」
佐田
「そうですか、半田さんのお仕事がいかに大変だかということが分りました。
お話を聞いていると半田さんはまさにISOのプロですね。プロ事務局というのかなあ」
半田は顔をほころばせた。
半田
「へへへ、近隣の工場のISO事務局との連絡会を作って活動しているのです。実を言って私が前の会社にいた時からやっているのですよ。そこで私はISO事務局のプロと呼ばれています。
神奈川県のこの地域の環境管理の連絡会では、私はISO認証の指導もしているのです」
佐田
「ほう、それはすごいですね。じゃあ、会社を辞めても大丈夫ですね」
半田
「ゆくゆくはISO審査員になりたいのですよ。そういえば当社グループからもISO審査員になった人が何人もいると聞きますが、もしそういう話があれば私も候補者に入れておいてくれませんか。
しかし今日、佐田さんの環境監査を見ていると、本社の環境監査のレベルアップの指導をしなくちゃならないと感じましたね」
佐田
「そのお気持ちはありがたいですが、私としましてはISO規格への適合よりも、マニフェストをしっかりと記入してもらった方がありがたいですね」
半田
「マニフェストのミスなんて問題じゃないって言ったでしょう。佐田さんはまったくEMSの重要性をご理解されてないようですねえ〜、困ったもんだ」

武藤部長監査が終わって、帰りがけに佐田は半田に総務部長に電話してもらった。総務部長は佐田から電話を受けると、机を片付けるから待っていてくれという。ほどなく現れて、その辺で飲もうという。二人は会社を出て地下鉄で横浜駅まで行き、駅前のどこにでもあるような居酒屋に入る。
二人はビールで乾杯してから話をする。
居酒屋
佐田
「以前、ISO審査員への出向者教育のときはいろいろとお世話になりました」
武藤部長
「なにをおっしゃる、あんなのは日常業務ですよ」
佐田
「いや、あのときお世話になったことは忘れません。ありがとうございました。
ところで武藤さんはこちらに出向されて1年くらいになりますか?」
武藤部長
「あと20日でちょうど1年になります。いやあ素戔嗚の本社なら人事部には何人もいますので、それぞれが分担して仕事しています。しかしこちらでは人事だけではなく総務部全体ですし、それこそなんでもかんでもしなくちゃいけないという、おもしろいというか大変というか」
佐田
「今日私のお相手をしてくれた方は半田さんといいましたが、かなりユニークな方ですね」
武藤部長
「ユニークねえ、佐田さんのおっしゃる意味が私と同じかどうかわかりませんが、ウチでは愚痴の半田と陰で呼ばれています」
佐田
「私もそう思いました。実を言って今日は監査に来たのか、彼の愚痴を聞きに来たのか分りません。私は今日一日だけですが、毎日あんな話を聞かされると一緒に仕事されている方は気が滅入るでしょうね」
武藤部長
「彼は元々別の会社でISO担当をしていたそうです。その工場が2年ほど前に大リストラをして、そのときウチでISO14001を認証しなければという状況だったので採用したと聞いています。
面接で『ISO事務局のプロ』だというので専門家だと思ってしまったのですよ。でも良く冗談で言うじゃないですか、管理職が転職の面接で『部長ならできる』って言ったとか、あれって仕事ができないということと同じ意味ですよね。『ISO事務局のプロ』ということは、なにもできないということですわ
採用前に彼の性格とか仕事ぶりをもっと調べておけば良かったと前任者が後悔してました」
佐田
「すると彼の不平不満はこちらに来てからのことではなく、前の勤め先からということですか?」
武藤部長
「前の会社でも持て余していたらしい。どこだって不平不満をこぼしている人は嫌われますでしょう。リストラのときまっさきに名前が挙がったのではないですか。
こちらはISOの専門家という売り込みをみて、中身をあらためずに買ってしまったというわけで・・」
佐田
「こんなことを言っては何ですが、今日半田さんの話を聞いた限りではISOについても詳しくなく、環境管理についても詳しくないようです。今日の監査結果、廃棄物管理で法に関わる問題がありましたが、それも彼の責任でした。彼はこの会社のISOの旗振りには不適任ですね」
武藤部長
「佐田さんもきついことをしゃあしゃあ言いますね。実は私どもも分っているので、どうしようかと悩んでいます。今までも前向きになってほしいと話をして、上長はそれなりに指導してきたつもりですが、性格なのか、不満が積もっているのか、変わりませんね。佐田さんがおっしゃるようにISOについても詳しくないのではないかという声は過去より現場からありました。
今後の処置としては現場に異動させるか、人とあまり関わりのない職務に就けるか・・・クビにするわけにもいかず、難しいですわ」

うそ800 本日の言い訳
どこかの雑誌に愚痴ばかり語っている事務局の方がカラムを連載していました。この駄文を読んで、その方を思い浮かべたかもしれません。でも全然関係ありませんよ。私がその事務局を揶揄しようとか、揚げ足を取ろうなんてことは決してありません。信じてください。

うそ800 本日の思い出
私が監査に行くとISO信者に会うことは多かった。ISO規格に書いてあるからしなくてはならないとか、審査員が言ったからしなければならないとか、環境側面評価をしたら重要な環境側面に気がついたとか、価値観というか考えが主客転倒である。
そんな狂信者から面と向かって「お前の監査は間違っている」と言われたこともある。初めの頃、私はそういう人々を説得しようとしたが、まもなく狂信者を改悛させることはできないと悟り、無駄なことは止めた。その代り帰りがけにその上長に、あの人は使えないと言い置くようになった。
え、倍返しじゃありません。事故を起こさないようにという親心からです。



リス様からお便りを頂きました(2014.07.12)
たいへんおもしろく、読ませていただきました。
半田さんは、以前の私です。まあ、こんなにエラそうではありませんでしたが、ISO事務局の仕事は、そういうことだと思っていました。
なんでこんなに多いのだろうを愚痴っぽくなっていましたよ〜。
当時は、ISOにあるような活動は、もともとやっていることという認識がなく、社員の皆様からも、必要だけれどプラスアルファの仕事だから、やっている間がないなど、批判を受けていました。
私はもともとは、営業と製造の中間地点にいて、そこでISO担当(そこの課のISO文書を作る役割)になり、内部鑑査員になり、部長の補佐役として、事務処理やISO文書の作成ばかりしていました。やがて、ISO事務局になりました。そこらへんから、いろいろ疑問がわいてきて、やりがいもなくなってきました。
会社がISOでよくなると信じて、一生懸命やってきましたが、結局、会社が危機状態になり、辞めざるを得なくなりました。
ISO担当として、声をかけてくれた会社もありましたが、そこへ行っていたら、半田さんそのものになっていたかもしれないですね。

リス様 毎度ありがとうございます。
リス様もかもしれませんが、私も半田さんのような人生でした。私は製造現場の作業者からスタートして管理職までなりましたが、己の能力不足で管理職を首になりあまり、重要ではないとみなされたISOの認証担当になったわけです。当時はまだコンサルを職業にしている人はいませんでしたが、我々よりも早く認証した人などからああだこうだとアドバイスをもらって試行錯誤でした。その結果・・現場から「無駄ではないか」「意味がない」というご意見をたくさん頂き、ISOとは無駄をすることではないよなと思ったことから私のチャレンジが始まりました。
結局ISOで会社が良くなるわけはありませんが、ISO規格から会社を考えるという間違ったアプローチではなく、会社の現実からISO規格を理解するというアプローチを身に付けたと思います。
とはいえ、今となってはすべては無駄と思えます。ISO認証はまったくの無駄、それに費やした会社のリソースは無駄そのものです。今でもでしょうけど・・


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