マネジメントシステム物語86 塩川来る

14.10.16
マネジメントシステム物語とは

佐田が嘱託になって1年が過ぎ、2013年になった。社員時代に比べ仕事の負荷は減り、第一線を引退したと自分では認識している。同僚たちが、PCBの処理の遅れ、水濁法規制強化、欧州の規制対応などに、あたふたしているのを日々見ているが、佐田が関わることはなかった。もちろん彼らの手伝いとかしているが、それにしても社員であった時に比べれば負荷が軽いことはいうまでもない。正直言うと後輩たちの手際が悪いので、「私が担当しましょうか」とつい言いたくなるのだが、そこはぐっとこらえる。自分が40歳のとき、60過ぎた嘱託からそんなことを言われたら自尊心丸つぶれだろう。
佐田は仕事の負荷が減ったので、その分いろいろと勉強している。また市川から稲毛に引っ越したことで通勤時間も長くなり電車の中で本を読む時間もある。市川のときは乗車時間が20分もなく本を開く時間もなかった。もっとも今は本を読んでいてちょっと集中していると、稲毛を通り過ぎて千葉まで行ってしまったことがたびたびある。冗談みたいな話だが、千葉で東京行きの電車に乗ったものの、またもや稲毛を乗り過ごすことも一度ならずある。

総武線総武線総武線総武線総武線総武線

どんなことを勉強しているのかと言えば、自分の仕事で関心を持った持続可能性とか生物多様性である。正直そういう考えが正しいのか、語っていることに間違いがないのかということに疑問を持っている。過去100万年の人類の進歩はいい暮らしをしたいという思いよりも、気候の変化や獲物の増減などの人間をとりまく環境変化、それは激変と言ってよいと思う、そういう状況変化に対応し、生き延びるためだったことだろう。単に今、環境保護とか消費エネルギーを減らしたところで、それが持続可能につながるとは思えなかった。地球温暖化が人間活動によるものか否かなど佐田はわからないが、まあ人間活動によるものであったとして、それを善悪の価値観では考えられないのはもちろん、それを止めることができるとは思えない。
それに人間活動によって非可逆的な事態に陥ったことは過去何度もある。例えば自分たちの食糧であったマンモスなどを殺戮してしまったこともある。そのとき人類が絶滅したかと言えばそうではない。マンモス絶滅くらいは代替え品があったし、気候変動に影響しないという反論もあるだろう。
マンモス
あるいは森林を伐採してしまい跡には砂漠しか残らなかったとか、灌漑のし過ぎで農地の塩分が高くなって耕作できなくなったということも多々ある。それも地球温暖化に比べれば大したことではないと言われれば、たいしたことではないのかもしれない。
しかし人間に限定しなければ、生物が引き起こしたとんでもない激変が過去にある。最大のものはシアノバクテリアの活動が大気中の酸素を増やしたことにより、それまでの生物が大量死した。それは今まで人類が行った生物絶滅をはるかに超えるものだった。なにしろ直接手が届く範囲だけでなく、酸素に耐えられない地球上の生物は、どぶの中とか深海を除いてすべて絶滅したのだから。
それにサンゴ礁もある。サンゴ礁は生物の宝庫と言われているが、その本体は海水中の二酸化炭素を固定したものであり、その生成過程において影響を受けた水中生物は少なくない。
宇宙から見える唯一の生物の作ったものはグレートバリアリーフだそうだ
倫理的な観点からも佐田はおかしいと思う。DDTはシロクマとか鳥類への影響が問題視され使用禁止になった。だけど生物多様性という観点からならば、DDTが害虫の除去に効果的であるということそのもので使用禁止にしたほうが妥当ではないのか? DDTが禁止されたのは、シロクマは雄大な自然のシンボル、鳥類は身近な自然のシンボルということで保護されたからではないのか。もしDDTの被害が目に見えない細菌や、誰も気にしない醜い甲虫ならDDTが禁止になったかどうか。いやなによりもハエや蚊を殺したことが問題視されないのは、害虫が生活の支障としかみなされていないということにすぎないのではないか。結局DDT禁止は生物多様性や人間の安全のためではなく、単に人間の好みでしかないと佐田は考える。
とにかく持続可能性とか生物多様性というのは、科学なのか宗教なのか分らない。科学であるなら、人類が滅ぶことによって生物多様性が維持できると考えられるし、そうであれば生物多様性を守れなど騒ぐこともないのではないか、佐田は真面目にそう思う。
いろいろな本を読んだり講演を聞いたりしていると、それを究めるために大学に行こうかという気持ちも生まれてきた。人生はこれから20年以上あるのだから、やりたいことがたくさんあっていいと佐田は楽観的だ。
塩川
塩川氏

佐田がパソコンを叩いていると肩を叩かれた。振り向くと懐かしい塩川課長がいた。もっとも今はなにをしているのだろうか?
忘れてしまった人もいるかもしれない。塩川氏は6年前までこの職場にいた佐田や竹山の上司であった。
佐田
「おお、塩川さんじゃないですか! お元気そうですね」
塩川課長
「へへへ、お前も元気そうじゃないか。今日はよ、品質保証部に用があって来たんだけど、お前の顔を見たので声をかけた」
向い側の机の竹山も、塩川に気がついて立ち上がってきた。
竹山
「塩川さん、お久しぶりです。塩川さんがこちらにいらしたときは大変お世話になりました」
塩川課長
「おお、竹山も元気そうだな。あっちでコーヒーでも飲みながら話でもせんか」
三人は給茶機でコーヒーを注いで打ち合わせ場に座る。
コーヒー
塩川課長
「二人とも元気そうでなによりだ。佐田はいくつになった?」
佐田
「昔も今も塩川さんよりも2歳下なのは変わりません。私が61歳で塩川さんが63歳ですよ」
竹山
「私は37になりました」
塩川課長
「そうか、竹山も順調だな、あと数年で課長になれるだろう」
竹山
「そう願っています」
塩川課長
「今日来たのはさ、俺の後任を出してほしいという要望できたんだ。いや、そういうことは会社のトップからこっちにちゃんと話を通していることだけど、細かいことになるといろいろとあってな
今も話が出たけど俺も63だろう、俺は出向して品質保証部長になったが、その後おかげさまで役員になった。まあ小さな会社だけどさ。
そのとき俺の後任として、品質保証部から出向してきた人がいたんだがね、ちょっといろいろあって辞めた。その後釜を依頼しているのだが・・」
佐田
「お宅は防衛関係ですから、思想信条などに問題があったのですか?」
塩川課長
「そんな微妙というか重大な話じゃねーよ。
ところで佐田は今でもISOとかマネジメントシステムなんて関わっているのか?」
佐田
「今はもうISO認証しようというところも少なくなりましたし、認証するのが難しいなんて時代じゃありません。まあ審査で問題があったりすると相談を受けることはありますが」
塩川課長
「まあ、そうだろうなあ〜、俺んところでも客先、まあ客先って言やぁわかるだろうけどよ、お客さんからISO認証を求められることはあまりない。その代りビシッとした品質保証を求められているよ
佐田よ、お前はISOとかマネジメントシステムなんて関わっていて、そういうものに疑問を持ったことはないか?」
佐田は笑った。
佐田
「疑問をもつどころじゃありませんよ。あんなものがなぜ流行ったのか、誰も疑問を持たないのか、それが疑問ですね」
塩川課長
「ほう、そうか。実は俺もそうなんだよ。ISO無用論、いやISO無力論というのが本当だな。
いやさ、さっきの辞めたって奴の話だが・・・話せば長くなるがいいか?」
竹山
「塩川さん、すみませんが私はこれで・・」
塩川課長
「おう、すまなかったな
佐田はいいのか?」
佐田
「嘱託になりますと賃金も半分ですが、仕事も半分ですから」
塩川課長
「アハハハハ、まったくだ。
実はよ、俺が出向して驚いたのはいろいろあるが、まず品質保証とは何だと思う」
佐田
「私は元々品質保証屋でしたよ。私たちがお客様に提供する製品やサービスに安心してもらうことです」
塩川課長
「まっ、優等生的回答だな。そのためにはどんなことをするんだい?」
佐田
「簡単に言えば、製造条件を契約して、その通りすること、その証拠を残すことかと・・・」
塩川課長
「まさに教科書を読んでいるようだな。それはそれで間違いはないのだが・・・
俺が出向して驚いたのはいろいろあるが、品質保証とは製造条件だけじゃないんだ」
佐田
「おお、品質保証とは製造条件だけでないのはもちろんです。部品材料のトレーサビリティなんてことじゃなくて、定められた正しい部品材料を使うこととか、作業者の力量もありますし・・」
塩川課長
「うーん、そういうことじゃなくてさ。例えば情報漏えいもある」
佐田
「もちろん情報の管理も品質保証の一項目でしょう」
塩川課長
「茶々を入れるな。情報セキュリティといっても、従業員の管理、つまり思想とか縁戚とかもあるし、とても要求しているのはISO27001の範囲なもんじゃない。まあそれは製品の性格からいって当然かもしれないが。
その他、デリバリーってものもある」
佐田
「デリバリーってどういう意味なんですか?」
塩川課長
「我々の場合は、いかなることがあっても契約通り供給できるということに使っている。」
佐田
「なるほど、相手が相手ですと、品質保証にはそういうことも含むのでしょうね」
塩川課長
「まあ考えてみれば当然かな。労働争議が起きましたので納品が遅れます。もちろん損害賠償はしますなんて言われても客は困る。工場で怪我人が出て、警察や監督署の調査が終わるまで製造できませんなんてお客様に言えるわけがない。部品メーカーが製造を中止しましたので、生産できませんなんて言えない。
ともかく約束したことを100%達成することを確約することが品質保証なんだわ」
佐田は塩川の話を聞いていて、以前関わった饅頭屋のことを思い出した。ISO9001は顧客満足を目指すという。しかし品質さえよければ顧客満足は達成できるのかといえば、品質だけではない。人に関わることを例に取れば、規格要求にある力量だけでなく、明日ちゃんと会社に来てくれるのかということがそれよりも優先する。来てくれなければ物ができない。だから人事管理も会社の中だけでなく、家庭の状況まで把握して問題が起きないように、問題があれば手助けするのも顧客満足のためだ。
佐田
「なるほど、塩川さんが当初お考えだった品質保証よりもスコープが広くて驚いたということですか」
塩川課長
「簡単に言ってしまえばそうだけど、品質保証をするものとしては、その要求が実際にできるのかどうか途方に暮れたよ」
佐田
「とは言え、前任者がやっていたことなんでしょう」
塩川課長
「アホ、前任者ができなかったから俺が行ったんだわ。
そういう要求に応えるには品質保証屋が一生懸命仕事しても対応できない。
佐田よ、お前も品質保証屋だったなんて自負があるんだろう。だけど一般的な品質保証協定書を満たすことはできても、労働争議、部品メーカーの製造中止、従業員の思想信条、バーチャルな緊急事態だけでなく天変地異での対応、などなどを含めて品質保証をしようなんてできないだろう。
これをやろうとすると、会社の全部門の活動というか能力で対応しなくてはならなかった」

佐田は塩川の話を感心して聞いた。確かに佐田は20年も前、品質保証屋として人後に落ちないと思っていた。だけどそれは単に当時の品質保証要求に対応しただけだ。塩川が話すような幅広いしかも責任重大なことをしたことはなかった。
佐田
「おっしゃることはよく分ります。確かに私も品質保証を担当していましたが、そんな重大で厳しい仕事をしたことはありません」
塩川課長
「つまり品質保証といっても品質だけじゃないんだよなあ〜、情報、環境、労働安全、商取引の条件からサプライチェーン、その他もろもろ
お客様から見たら、自分たちが安心できるための要求が、品質という範囲にとどまるはずがない。品質が悪いのと納期が遅れるて困ることに違いはない。変な思想を持っている従業員がいると問題なのは当然だが、それだけじゃない。ベテラン社員が家庭の事情で辞めてしまうことも彼らにとっては心配事だ。特殊工程は人に依存するから、そういう人を辞めさせないことが求められる」
佐田は感心して聞いていた
塩川課長
「まあ、そんな客先に応えるために、俺は出向先の全部門と協力していろいろなことをしたよ。
アハハハハ、おれは品質保証担当として出向したんだけど、労務対策とか、資材調達とか、安全衛生とか、製品出荷のルート検討などなど、いったい俺は何のために出向したのかと悩んでしまったくらいだ」

佐田は塩川が語ることが良く分る。
佐田
「それは・・・大変だったでしょうねえ」
塩川課長
「おいおい、過去形じゃねーぞ、現在進行形なんだ。
それで話は戻るけど、なんとか形になった頃、2年くらい前かな、俺が役員になったとき後任になる予定の奴が出向してきたわけよ。ところが俺がやっている仕事を見て、品質保証の範疇じゃないってファビョッっちまったわけよ」
佐田
「『ファビョる』は一般語じゃないと思いますが」
ご存じない方はウィキペディアを参照のこと
塩川課長
「話をさえぎるな。まあ、奴なりに努力したようだったんだが、結局会社を辞めちまったんだよ。
それから適任者がいなくてな、会社も当面は俺に任せておけばいいと思ってたんだろう。だがいよいよ俺も引退する時期が迫ってきた。後任がいないと辞めるわけにいかないので困る」
佐田
「しかしそのお話を伺いますと、並の人間では勤まりそうありませんね」
塩川課長
「お前が俺より5つ若ければ後釜に来てもらうところだが、お前のようなロートルでは使えん」
佐田
「アハハハハ、それはお互いに残念でしたね」
塩川課長
「まあ、後任者については品質保証部と話をするので、それはおいといてと・・・
佐田よ、品質マネジメントシステムとか環境マネジメントシステムってものをどう考えている。俺はさ、最近あんな考えはまったくもって、ウソッパチ、ウソと言って悪ければバーチャルなものにすぎないと考えるようになった」
佐田
「私もいろいろ思うところはありますね。まず品質マネジメントシステムとか環境マネジメントシステムというものは、会社の包括的マネジメントシステムの一部であるとISO規格では定義しています。そこからちょっと引っかかるんですよ」
塩川課長
「引っかかるというと?」
佐田
「システムって定義はいろいろとありますが、いくつかの要素が関連してある働きをするものですよね」
塩川課長
「確かにいろいろ定義はあるな。俺のビジネスである防衛では、組織、機能、手順がシステムの三要素と言われている」
佐田
「インプット、プロセス、アウトプットなんて言い方もありますが、ともかくいくつかの要素が関連して目的を果たすってことがシステムの条件でしょう。ところが、品質マネジメントシステムとか環境マネジメントシステムというものは、いくつもの要素があるけれど、それらが組み合わさって一つの働きをしているとは思えませんね」
塩川課長
「ほう、そうかね?」
佐田
「さっきも塩川さんがおっしゃったでしょう。お客様の要望に応えるには、品質だけということはありえないって。それは塩川さんのビジネスだけではないですよね。お客様が良い品質のものを欲しいと希望しても、それはお値段とか納期とか、あるいは過去の付き合いとかによって制約されあるいは影響されるわけです」
塩川課長
「まあ、そうだな」
佐田
「要するにビジネスにおいて品質だけ考えるということはありえません。あの車が欲しいけど納車に時間がかかるなら別のメーカーにしようかってことは現実にあるわけです。そんなお客様を引き留めるには品質だけではできません。
いや、購入することに決めたとしても、メーカーが開発できないなら要求性能を落したり納期を妥協することもありますね。BtoBなんかではそういうことは多いでしょう」
塩川課長
「韓国じゃ戦車や軍艦あるいはライフルさえも、納期が遅れる、コストが上がる、性能が出ないというのが当たり前のようだ。そして結局、買い手である軍が妥協して、値段が高く性能が低くなおかつ納期が遅れても採用するってのが日常茶飯事のようだ。
ああなると、もうどうしようもないなあ。まあ、客より売り手が強くてそれが通用する国だからやっていけるのだろうけど、我々がそんな商売をしたら半年でつぶれる」
佐田
「ともかく事業を進めていくにおいて、品質マネジメントシステムを考えるとか環境マネジメントシステムを考えるなんてことは無意味なんです。いやその要素を無視するという意味ではありませんよ。ISO規格にある諸要素が大事だってことはわかります。ただ品質だとか環境だと区切って考えることはできないしありえないということです」
塩川課長
「確かに」
佐田
「それからおかしなこととして、ISO9001においては品質が最重要と言い、ISO14001においては環境が最重要という、情報になれば情報が一番大事なんでしょう。その考えについていけませんね。言っている人が自分の矛盾に気づかないのでしょうかね?
それに環境方針を作れ、品質方針を作れ、何とか方針を作れという発想がハチャメチャですよ」
塩川課長
「俺もそう思う。俺の会社でも以前は環境方針、品質方針、その他なんとか方針がいくつもあり、ISO事務局なんて部門があってさ、そこが毎年『方針カード』ってのを作るんだが、名刺サイズで1ページに一つの方針が書いてあるのだが、それが三つ折りくらいで表裏6つくらい方針が載っていた。呆れたもんだ」
佐田
「それを一つにまとめたんですか?」
塩川課長
「まあ、まとめたと言えばまとめたわけだが、実際にしたのはいくつもの方針をまとめたのではなく、社長の年度方針だけを配ることにした」
佐田
「なるほど、」
塩川課長
「ISO規格を作った連中はどうもその辺の考えがまっとうじゃないんだなあ〜
それぞれのMS規格で、何々方針を作れとあるが、本来は『会社の方針にはこれこれを含めることにあるべし』とすべきじゃないのか?」
佐田
「することにあるべしですか、エデンの東ですね、アハハハ」
塩川課長
「まあ要求事項なんだから『することにあるべし』ではなく『しなければならない』でもいいけどよ・・・
ともかくISO規格ってのは方針に限らずすべてにおいて、ひとつの観点というか切り口についてそれぞれ要求事項を定め、それで仕事をしろという感じなんだな。会社勤めしているとそんな考え方じゃやっていけないだろう。そうじゃなくて、会社で仕事をする上でこれを考慮するという発想でないと現実的じゃない」
佐田
「おっしゃる通りですね。しかしそういうバーチャルな規格を作ることに疑問を感じないISO-TC委員てのも理解不能な存在ですが、そういう規格を読んで『経営の規格』だとありがたがる人がいることも理解困難です。まして何百何千という審査員や企業の担当者が、現行の規格の分担というか構造や内容に疑義を唱えないというのも不思議なことです」
塩川課長
「以前から俺は思っているのだが、お前は裸の王様の子供みたいな奴だな」
佐田
「アハハハハ、それって空気を読めないって奴ですか」
塩川課長
「空気を読み過ぎて自分を失うよりははるかにいいよ」
佐田
「塩川さん、疑問に思うことはそればかりじゃありませんね」
塩川課長
「なんだ?」
佐田
「いったいISO規格って誰のためのものなんでしょうねえ?」
塩川課長
「うーん、言っていることはわかる。お客様のためでないことは間違いない。とはいえ会社のためでもなさそうだ」
佐田
「お客様なら曖昧模糊の要求じゃなくて、自分たちが欲することをはっきりと書きますよね。おたくの客先がさまざまな要求をするのはまったくもって当然のことです。そしてお客様は供給者のためになることなんて考えもしないでしょう。自分たちの希望を要求するだけ」
塩川課長
「まったくだ。とはいえ、ISO規格通りにすれば会社が良くなるというわけでもない。
それどころか、その会社には関係ないようなことも、規格にあるからという理由で実施することが要求される」
佐田
「つまりISO規格は、買い手のためでもなく、認証を受ける会社のためでもない。
まあ、規格の性格もどんどん変わってきましたけどね」
塩川課長
「性格が変わったとは?」
佐田
「私はISO9001の1987年版から関わってきましたけど、1987年版つまりISO9001の初版は明確に品質保証要求でした。更に詳細は売り手と買い手の二者で調整しろと書いてあったのです」
塩川課長
「俺はそんな昔のISO9001は知らんが、確かにそれはまっとうだろうなあ〜。品質保証の国際規格ってことは、一般論しか書けないだろうから個々の取引には不十分であり、不足しているところはお二人で話し合ってねってわけだ」
佐田
「そのとおりです。そしてそもそもISO9001は第三者認証を想定していなかったようです。まあテーラリングをみとめるなら第三者認証ってのと矛盾しますしね。
しかし1994年改定のときから第三者認証を考慮したものになりました」
塩川課長
「第三者認証を考慮したとは?」
佐田
「つまり明確に特定された顧客対応ではなく、漠然とした顧客というかはっきり言えば審査対応、審査員対応になったということでしょう。一例をあげれば品質マニュアル作成が義務になったとか」
塩川課長
「なるほど、顧客対応の品質保証であればISO規格対応のマニュアルなんぞいらないな。必要なのは顧客要求対応のマニュアルだけだ」
佐田
「とはいえ、94年版ではまだテーラリング、つまり契約にあたって要求事項の加除修正が認められていました」
塩川課長
「なるほど、まだ規格要求事項より客先要求事項が優先であったわけか」
佐田
「でも2000年改定になって、ちゃぶ台がひっくり返ったというか、まったく別物になりましたね。もう品質保証じゃない、品質マネジメントシステムだとごう慢というか猛々しく語ったわけですよ。
そして要求事項の除外はなくなりました。第三者認証ですから除外する理屈がありません。特定された顧客要求事項がないのですから、バーチャルな規格要求事項をひたすら遵守しなければ認証できないわけですね」
塩川課長
「盗人猛々しい、ISO猛々しいと・・・・そして今があるというわけか」
佐田
「正確に言えば、悲惨な今があるというべきでしょうね。ごう慢になれば独裁者になれるわけではありません。態度が大きくなれば、友が去るというのも世のことわり
塩川課長
「なるほど、ともかく俺は今の職について、ISOの語る品質マネジメントなんてまったくバーチャルだってわかったよ。同様にISO14001の語る環境マネジメントシステムも現実的でなく床の間に飾っておくものだって十二分に理解した。
会社を良くするには品質だとか環境だって発想じゃどうにもならん。それにお客様もそんなセグメントの良し悪しを求めない。お客様が求めるものはとにかく欲しいものを間違いなく提供してくれることだ」
佐田
「そこんところはちょっと微妙なところですね。と言いますのは、お客様は良い品質のものが欲しい。でも品質保証は、良い品質のものを提供することを約束していません。良い品質のものを作る体制を約束するだけです」
塩川課長
「いやそうではないだろう。確かに理屈から言えば品質保証体制は良い品質を保証することとイコールではない。
しかし俺のところのようなビジネスをしていると、お客様から品質保証体制だけでなく品質を要求される。我々の場合、システムは見せるためではなく、結果を要求されるから真剣だ」
佐田
「失礼しました。なるほど、そういった厳密といいますか厳しい条件にいる人たちから見ると、ISOのMS規格は無政府状態かもしれませんね。なにしろ要求事項があっても、具体的事項は供給者が決めるということからして意味があるのかないのか・・」
塩川課長
「とにかく絶対に・・・まあ絶対なんて言葉を使っちゃいけないのはわかるけど、宇宙とか防衛といったカテゴリーにおいては、曖昧模糊で詳細は供給者が決定する要求事項に意味はないな。というか客先が納得するわけがない」
佐田
「塩川さん、私が疑問に思っているのですが品質マネジメントシステム、環境マネジメントシステム、情報、エネルギーと存在するのはなんでしょうかねえ〜?」
塩川課長
「俺に分るはずがない。想像だが、商品が多い方が売れると思ったんじゃないか。もっとも最近は抱き合わせで審査するようになっているようだが。それにしても一品売るよりも一度にいくつもまとまって売れた方がありがたいことには間違いない」
佐田
「なるほど、しかし元々一つしかないマネジメントシステムをいくつにも分けて販売し、あげくに今になるとそれらを統合しろとかいう理屈はどうなんでしょうかねえ〜」
塩川課長
「やつら、つまり認証制度を考えた連中は、長期見通しがあって始めたわけじゃないんだろうなあ。初めからマネジメントシステムの認証ビジネスを設計したならば、もっと包括的で審査する方もされる方もメリットがあるようなものにしたんじゃないだろうか。
まあ、善意に考えれば、やつらも過去からの矛盾をなくそうと苦労しているんじゃないのか?
歴史を振り返ると、当初品質保証協定の二者監査を依頼された連中が購買者の代理として二者監査するのでは市場が小さいと考えて、顧客の代理人なんて自称して第三者監査を始めて審査と称した。そんな不純な動機から始まったに過ぎないんだから、制度設計が行き当たり場当たりなのはしょうがないんじゃないか」
顧客の代理人なんて言葉を知っている人は今もいるだろうか?

佐田
「そうですねえ〜。企業の立場で考えても、顧客の立場でも、商取引を考えても、マネジメントシステムなんて細分できるわけがない。包括的マネジメントシステムの一部分でシステムでさえないものの部分最適を計っても、全体最適がなされるわけはない。」
塩川課長
「しかし不純だったのは認証機関だけじゃない。認証を受ける企業だって箔をつけようとか宣伝効果とかをもくろんで、必要もないのに認証を得ようとしたんじゃないのか?」
佐田
「アハハハハ、いえね、笑ったのは私が出向していた大蛇おろち機工でも仕事を取ろうとしてISO9001を認証しました。自慢ではありませんが当社グル-プではISO認証第一号か第二号だったのですよ。おかげで仕事がとれて倒産しないで済みました」
塩川課長
「うーん、そんな話を聞くと認証したのが不純だったとは言いにくいな」
佐田
「塩川さんとしては過去20年間のISOMS認証制度の費用対効果はどうお考えですか?」
塩川課長
「俺はいくつもの会社を見ているわけではないから何とも言えんな。お前の方がグループ内200社の状況を見ているから俺より詳しいだろう。お前はどう考えているんだ?」
佐田
「認証の効果をどのように認識しているかは企業によって異なります。先ほど申しましたように、仕事を取るために認証したことを非難されるいわれはありませんよね」
塩川課長
「そりゃそうだ」
佐田
「それに2-6-2の法則ってありますよね」
塩川課長
「2-6-2の法則、なんだそれ? パレートの法則とは違うのか?」
佐田
「どんな集団、人間だけじゃなくて働きアリなんかでもそうらしいのですが、所属するメンバーの上位2割は優秀なグループ、中間の6割は平均的なグループ、下位2割は怠け者って構成になるそうです。ところが面白いことに、働き者だけを集めても、怠け者だけを集めても、そのグループは均一にならず、やはり2-6-2の優秀、中間、怠け者のグループができるそうです」
塩川課長
「ほう、本当かよ? まあ、言われてみればそんな気もするが・・・」
佐田
「企業においても2-6-2の法則が成り立つならば、たぶんそうなのでしょうけど、優秀でない怠け者を排除しても、上位グループとか中間グループから怠け者が発生することになります。怠け者を排除することが不可能なら、その2割を隔離して他の人たちに悪影響を与えないような措置が必要になります」
塩川課長
「分ったぞ、お前が言いたいのは。つまり2割を隔離するための仕事は重要ではなく他に影響を与えないことが要件で、そのためにはISO事務局が良いということだろう」
佐田
「いえ、そうは申しませんが、そう考えた会社もあっただろうと思います。何かと鋏は使いようといいますから、この場合は人じゃなくてISOも使いようで企業の管理、運用に貢献したのかもしれません」
塩川課長
「うーん、人件費、ISOに関わった費用を考慮しても、余計なトラブルを避けることができたとみなせば採算があったのかなあ〜。
とは言え、お前の話も話半分、うそ800だから信用できん」

竹山が通りかかり塩川と佐田が話をしているのに気付き、給茶機でコーヒーを注いで佐田の隣に座った。
竹山
「塩川さん、面白いお話でもありましたか」
塩川課長
「佐田の話を聞くといろいろ参考になった。竹山よ、佐田が会社にいるうちに佐田の知識と知恵を吸収しておかないといかんぞ」
竹山
「はい、もちろん、日々、佐田先生から薫陶を受けております」
塩川課長
「うーん、まじめな話、理解するとは相手の中に自分を見つけ出すことだという。だから結局、お前も自分が経験し失敗しなければ自分のものにならないのだろうなあ」

うそ800 本日のまとめ
過去20数年間、ISO認証制度が日本の産業に貢献したかどうか考えてみた。
ISOのおかげで不良が減ったとか、大躍進したなんて、たまにそんな話をきくが、調べてみると話半分というのがほとんどだ。
しかし各企業はISO認証しても良いことはなかったということではなく、それなりに成果を出したと思う。例えば他社が認証していない時代に、素早く認証してビジネスに活用したところもあっただろう。どうしようもない人間をISO担当にして人材活用を図った会社もあるだろう。使えない管理者を審査員に送り出して厄介払いしたところもあるだろう。
総合的に見ればISO認証制度はそれなりに有効だったのだ。



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