審査員物語26 環境実施計画その2

15.04.23
審査員物語とは

前回の要旨
阿賀野と三木たちが審査に行った会社では、環境実施計画が環境目標のものだけしかなかったので、環境目的を実現する環境実施計画がないという理由で不適合とした。
休み明けにその会社からその判定に納得できないので異議申し立てをしたいという問い合わせがあった。なぜ即異議申し立てをしないかと言えば、ナガスネ認証が異議申し立ての手順を説明していないし、審査契約やウェブサイトに異議申し立てについての記述がないので、まず異議申し立ての方法を教えろという。いやはや、ナガスネがいかにだらしがないかということだ。
ところで疑問であるが、認定機関は認証機関が異議申し立てを説明しているかをチェックしているのだろうか?

連絡を受けて阿賀野と柴田取締役たちが話し合ってとりあえずの対応案を決めた。その翌日には先方の会社から担当者が訪問してきた。対応するのは柴田取締役、審査のリーダーを勤めた阿賀野主任審査員、そして三木である。だがいつのまにか山内取締役が会議室に入ってきて後方に座っていた。
名刺交換の後、先方が口火を切った。三木は審査で対応していなかったので、そのときまで担当者の名前を知らなかったが、名刺をみると名古屋寅吉とある。

 ご推察の通り、担当者の名前は、名古屋鶏さんとぶらっくたいがあさんをマージしました。

会社担当者
「ご対応いただきありがとうございます。本日打ち合わせたいことはまず御社への異議申し立て手順について教えていただきたいことです。次にそれに基づき異議申し立てをいたしたいと考えています」
柴田取締役
「ええと異議申し立ての手順とそのことに関してご案内していなかったことは弊方の手落ちでして、大変申し訳ありません。御社からご指摘いただきまして、早速ウェブサイトにもアップいたしました。審査登録ガイドブックにもそれについて追加いたしました。とりあえず改定版をここに1部ご用意いたしましたのでご査収願います」
会社担当者
「分りました。ご対応ありがとうございます。
ではこれに基づきまして異議申し立てをしようと思いますが、その前に改めてご説明させていただきたいと思います」
柴田取締役
「こちらから少し説明させていただきます。弊方で御社のお話を受けまして再度検討いたしました。まず論点としましては環境実施計画という紙に書いたものが二つ、つまり環境目的用と環境目標用がなければならないということではないということをご確認いただきたいと思います」
名古屋
「いや、審査においては阿賀野審査員から、環境目的の環境実施計画と環境目標の環境実施計画がなければならないとはっきりと言われています。御社から審査の録音や録画することは禁止と言われていますが、メモをとることは禁止されていません。弊社には速記の出来る者がおりまして、双方の話し合いはすべて記録しております。もちろん当方の記録が正しくないと言われると、そこまでは証明はできませんが、まあそこまでは疑わないと思いますがね。
ともかくその速記録はここにワープロ起しして持ってきました。ふたつの環境実施計画が必要であると何度も、審査のときも最終会議でも阿賀野審査員がお話していましたし、発言された阿賀野審査員さんご自身が覚えてらっしゃると思います。
ああ、三木審査員さんもお聞きになっていましたね。あのとき、阿賀野審査員さんが私と議論になったとき三木審査員は手を止めてこちらを見ていましたね」

三木はその担当者がそういうのを聞いてギョっとした。これは手ごわいなと思う。チラッと柴田と阿賀野をみると、柴田は顔をひきつらせ阿賀野は怒りで真っ赤にしている。
柴田取締役
「阿賀野はそういう言い方をしたかもしれませんが、本意はそうではなく、御社の環境実施計画が環境目標を達成するための施策などが書かれているだけで、環境目的を達成するための施策がないということを問題にしたと説明を受けております」

阿賀野は何度も何度もうなずいている。
名古屋
「つまり弊方の速記録は信用ならんということですか?」
柴田取締役
「いやそういうわけではありません。阿賀野がそう言ったとしても真意はふたつの書き物が必要ではなく、目的と目標を達成するための施策があるか否かが問題だということです。
私も御社の環境実施計画を拝見しました。確かに環境目的を時系列に経過点を環境目標にしているのですが、環境実施計画は直近の、つまり今年度の環境目標を達成するための施策や責任者が記載されているアクションプランはありますが、来年以降の施策は記載してありません。これでは規格の『目的及び目標を達成するための実施計画』とは判定できません。
ISOTC委員に問い合わせたと聞いておりますが、委員も環境実施計画がひとつものであっても環境目的達成までの施策などが記載されていたとお考えされたからそのように回答されたのではないかと思います」
名古屋
「なるほど、ISOTC委員にお問い合わせされたのでしょうか?」
柴田取締役
「ああISOTC委員といっても何人もいらっしゃるので・・」
名古屋
「私が問い合わせた以外の方に問い合わせそのような回答を得たということでしょうか?」
柴田取締役
「まあ」
名古屋
「私の方からは質問や回答のメールをプリントして提示していますが、御社のやり取りは見せないというのはバランスを欠きます。そのやり取りを見せていただけますでしょうか?」
柴田取締役
「ちょっとそれは」
名古屋
「やりとりのメールを拝見しないと納得できませんね」
柴田取締役
「私の話を信用されないとおっしゃいますか」
名古屋
「私の方の速記録を信用されないのにそう言われると心外ですね。正直言って信用する根拠がありません」
柴田取締役
「あのね!」
山内取締役
「柴田取締役、それはお客様のおっしゃることがもっともじゃないですか。お互いに対等なんですから、お客様の方からISOTC委員とのやりとりが提示されているなら、こちらだってその反証をださなくちゃおかしいでしょう」

柴田は山内が発言したこととその内容に面白くないようだったが、反論はしなかった。
そしていつの間にか声が大きくなっていたことに気づいて声を小さくした。
柴田取締役
「ちょっとそれだけについて記載されているのではないので、ここで提示することはできません」
名古屋
「それについて議論するのは一旦保留しましょう。
話を変えますが、基本的なことですが、ISOTC委員の権威というか権力というものは実はないと思います。といいますのは、彼らがISO規格を作ろうとも、規格が一旦発行されてしまえば文字に書かれたものが唯一であり、法源といいますか力の発生する元です。それ以外は何の影響も持ちません。と理解しています。
ですから私どもがISOTC委員は実施計画がひとつで良いと回答したと言いましたが、それは単なる参考意見とみなすべきでしょう」

山内も柴田も阿賀野も三木も、名古屋の話の行方をつかもうと首をひねった。
名古屋
「要するにISO規格は何を要求しているのかということは、それを作った人に質問するのではなく、規格をひたすら読んで、ああもちろん原文で、その意味を読み取ることが唯一無二の方法でしょう。
阿賀野審査員から言われる前に、環境実施計画がひとつで良いのか悪いのかということは、だいぶ検討しました。というのは私どもが認証を受けようとして準備したとき、近隣の工場に見学に行ったりしましていろいろな意見というか見解がありましたから。
当社にはいませんが、審査員補に登録している方がいる工場に行ったとき、その方がCEARという冊子を見せてくれました。そこにどこかの審査員が匿名で規格解説を連載していて、『環境実施計画はふたつなければならない』と語っていましたが、その次の号では『必ずしも二つなくても良い』と読めるようなことが書いてありました。つまるところ『目的及び目標を達成するための実施計画』という規格文言そのままだと理解しました。では『目的及び目標を達成するため』とはどういうことかとなります。
それは環境目的を達成するまでの長期間にわたる施策をすべて書き出すことなのだろうか、それとも違うのかということになります」

名古屋はカバンからJIS規格票をとりだした。良く見るとISO14001ではなくISO14004である。
名古屋
「これはISO14004でして、序文に『これはISO14001の要求事項に関する解釈を行うものではない』とあります。しかし同時に、『環境マネジメントシステムを実施する(中略)ための例示、説明及び選択肢を含む』とあります。私どもではこれはISO14001の逐条解説ではないにしても、ISO14004に書かれていることはISO14001と矛盾するものではないと考えます。それにご同意いただけると思います」

名古屋はそこで言葉を止めた。そして柴田の反応を待った。
数瞬してから柴田は名古屋が自分の対応を待っていることにハット気がついて
柴田取締役
「私もISO14004はISO14001と整合していると理解しています」
名古屋
「ご同意が得られたわけですね。さて、この規格では環境目的、目標、実施計画の具体例が載っています。当然この例はISO14001でも適合するものであると考えます。ISO14004の表A2です」

柴田は名古屋からJIS規格票を受け取って開いた。阿賀野が椅子から腰を浮かせて脇からのぞきこむ。
阿賀野審査員
「これは一例じゃないですか。これで環境目標が実現できるとは思えないですよ。まして環境目的までの道筋が書いてない」

柴田が手で阿賀野を抑えた。
柴田取締役
「しかしですねえ〜、このISO14004をみると環境目標を実現するのは分りますが、環境目的を実現するかとは言い切れないのではないですか?」
名古屋
「あのですね、もし実行する前に目的実現までの全ての施策を展開しその5W1Hまでを描き切ることができるなら、それはもはや定常業務でしょう。新規開発とか、そこまでいかずとも新しく建屋を作るとき、未確定なことはたくさんあります。それでも今年の年末までにはこれをしよう、来年末にはここまでしようという目標を策定することは可能ですし、それをしなければ何事も進みません。ですが今年の目標達成のための詳細を考えることはあっても、今年の目標を果たしていなければ来年の目標を実現するための詳細な施策を考えることがないのは現実問題として当たり前のことです。このISO14004の実施計画のサンプルをみるとそういう考えがおわかりかとと思います。
言い換えると、そもそもが目的実現の実施計画まで展開できるはずがないのです。実際に仕事をしてみればお分かりでしょう」

柴田は名古屋の話を聞いて顔を赤くした。
柴田取締役
「なるほど、おっしゃるようにここにあるISO14004の例では、目的と目標そして実施計画が完全に階層化されているようですね。
うーん、阿賀野さん、どうだろう、我々も『目的及び目標を達成するため』という意味を狭く取り過ぎていたのではないかね。いくつもある目標を順次実現していけば必然的に目的が実現されるだろう。もしそうでなければ、目標そのものが不適切だ。だから実施計画が当面の目標を実現するために必要十分であれば、規格要求を満たすと考えても良いのではないか」

阿賀野は驚いたように柴田を見つめた。
柴田取締役
「名古屋さん、この件に関しては御社の環境実施計画は適切であり適合と判断するというふうに見直しますのでご了解いただきますか?」
名古屋
「わかりました。そうしますと今回の不適合はなしということですね
もちろん次回以降も現状の形式で適合と判断されるのでしょうね?」
柴田取締役
「阿賀野さん、よろしいですね」
阿賀野審査員
「分りました」

私もこんなことをしたのかという質問があるだろう。もちろんした。一度ではなく何度も。結果として初めの頃(2002年以前)は実施計画が二つないとダメとなったが、2004年以降はなんだかんだと議論はしても最終的に実施計画ひとつで良いと寄り倒した。それは私の実績として誇ってよいと思う。まあ、やくざな認証機関を指導しても誇るほどのことはないか・・

名古屋はすぐに帰っていった。
柴田と阿賀野が名古屋を見送ってから会議室に戻るとまだ山内と三木が座っていた。
柴田と阿賀野がドサット疲れたように座る。
阿賀野審査員
「柴田取締役、これからは実施計画がひとつでも良いとするのですか?」
柴田取締役
「まあ、落ち着け、これからウチとしても微妙なところは統一見解を決めなくてはならないだろうなあ」
阿賀野審査員
「柴田さん、今までナガスネは実施計画ふたつというのは統一見解じゃなかったのですか?
朱鷺さんがCEAR誌に書いたのは当社の見解で当社の審査員はあの考えで審査するという表明だと思いますよ」
柴田取締役
「だがあれにはだいぶ抗議があったと聞いているぞ」
阿賀野審査員
「抗議があったら当社の公式な見解ではないという理屈もないでしょう。今まで当社は内外に実施計画がふたつ必要って言っていたのですから、それが間違いだと言われたなら直すか、それが正しいと反論するかの二択でしょう」
柴田取締役
「朱鷺さんはどう言っているのだ?」
阿賀野審査員
「朱鷺さんは関係ないでしょう。当社としての問題です。
あのですね、私は当社の考えに基づいて審査を行ってきたのですよ。そしてそれが誤っていたと言われたのですから、これからどういう考えで審査をするのか会社として決めてほしいですね」
柴田取締役
「検討するのに時間をいただきたい。須々木技術部長と検討してはっきりさせるよ」

それは解散するという意味だったようで、柴田は部屋を出て行った。阿賀野は肩をすくめて山内と三木を見回して柴田に数分遅れて部屋を出て行った。
山内取締役
「三木よ、どういうことなんだ? 二つ必要なのが本当なのか、ひとつで良いのか?」
三木
「私自身判断がつきかねますが、ISOTC委員がひとつで良いと言ったのならひとつでもよいのではないでしょうか。名古屋氏はISOTC委員がなにを言おうと規格が基本だというのは間違いないですが、彼らが規格解釈を間違えるはずはありません。
しかし規格の文言はなかなかわかりにくいですね。特に日本語訳を読んでいるだけでは本来の意味がつかめません。
実を言いまして世の中ではナガスネ流とかナガスネ方式と呼ばれているのですが、当社の規格解釈は他の認証機関と少しばかり異なっているのですよ」
山内取締役
「それは俺も知っている。少しばかり異なっているというのは大いに異なっているという意味らしいがな」

そう言って山内は笑った。


それから1週間後、また三木は阿賀野とペアになって審査に出向いた。
その会社でも環境実施計画が環境目標のものだけしかなかった。三木はそれを阿賀野がどう判断するのかとうかがっていたが、阿賀野はためらうことなく不適合とした。そしてその会社はそれに同意したのでそのまま不適合となった。
三木はアレレと思ったが、余計なことは言わず審査を終えて審査報告書をまとめた。

その後も柴田は明確な指示を社内に示さず、審査員は全員従来からの成り行きのまま環境実施計画がふたつなければ不適合を出し続けた。三木は自分もそう判断すべきだろうと思う。しかしそんな場面に遭遇しないことを願うことも忘れなかった。

うそ800 本日のクイズ
阿賀野審査員のモデルとなった某河川の名前の審査員も私に論破されたのちも、他の会社に行っては「環境実施計画がふたつないから不適合」という指摘を出していました。
さてこの場合、三つ子の魂百まで、毒を食わば皿まで、ウソも方便、人は願うことを信じる、引かれ者の小唄、ぴったりすることわざはどれでしょうか?
 私は正解がわかりませ〜ん

注:CEAR誌にそのような解説を書いていたとか、異議があったとか、訂正したとかという話は全て事実である。そういったいきさつを知っている人は既に引退しているだろう。もっともその解説を書いたご本人はまだ現役のようだ。
その記事を読んで即座にCEARにその記事について抗議をして、複数のISOTC委員に問い合わせ、JABにCEARに対して行政指導をするように要請したのはこの私である。


名古屋鶏様からお便りを頂きました(2015.04.23)
2ch風に言いまわしをするならば。
「紙に字を書けば計画が達成できる」そんな風に考えていた時期がボクにも・・・いや、全くありませんでしたわ。

名古屋鶏さん 毎度ありがとうございます。
私にとっては計画は頭にあって、それを人に説明するために紙に書くっていう感じでしたね
いや、それは今でも同じですが、今は人に説明する必要がないので計画はあっても計画書は必要ありません キリッ

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