側面を特定する

16.01.28
環境側面という語は1996年に「創造」され、それ以降消滅することなく、いや安全側面とか品質側面と増殖傾向である。
正直言って1996年版のときから、私は「環境側面を特定する」とか「著しい環境側面を決定する」という言い回しが気に入らなかった。わざわざそんなものを特定するとか決定するという以前に、それに該当するものは分かりきったこと、既知じゃないかと考えていた。

では本日のお話に入る。
まずISO14001規格の文言を再確認しよう。

1996年版
4.3.1 組織は、著しい環境影響をもつか又はもちうる環境側面を決定するために、組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる、活動、製品、又はサービスの環境側面を特定する手順を確立し、維持しなければならない。
2004年版
4.3.1a) (前略) 活動、製品及びサービスについて組織が管理できる環境側面及び組織が影響を及ぼすことができる環境側面を特定する。
b)環境に著しい影響を与える又は与える可能性のある側面を決定する。
2015年版
6.1.2 (前略) 適用範囲の中で、ライフサイクルの視点を考慮し、組織の活動、製品及びサービスについて、組織が管理できる環境側面及び組織が影響を及ぼすことができる環境側面、並びにそれらを伴う環境影響を決定しなければならない。

まあ微妙に違うようではあるが、すべてが間違っているとしか思えない。
ではなぜ間違っているのか、おかしいのかということを解説する。

私は長年現場で働いていた。現場とはいえ十年一日のごとく同じことをしていたわけではない。
老朽化した機械を更新したい、工法を改善したい、新製品生産のために新設備が必要だ、性能の良い新しい検査装置がほしい、そんなことは常に発生した。当然ながら大金がかかるから設備投資の申請が必要となる。
あるいは設計仕様や性能改善、作業改善で新しい塗料や接着剤を採用するときは、導入前に塗料の性能の試験とか作業性安全性の確認をして、大丈夫と判断すれば安全管理者に新物質使用申請をしなければならない。
そういったときは簡単に物事が進むわけはなく、とんでもなく数多くのハードルがあった。

導入のフロー図 まずお金の面では、なぜ投資が必要か、投資しない場合はどうなるのか、投資した場合その投資が何年で回収できるのか、回収できない場合投資する理由は何か、新設備を導入したとき今までの設備はどうするのか、いくらで売却できるのか、廃棄する場合の費用は?、廃棄物処理費用だけでなく未償却が多額であればその費用処理も大仕事になる。当時は償却の計算方法が今と違い(2007年改正された)最終的に簿価が1割とか残り、数千万の機械ならその残存簿価の処理だけでおおごとになった。
おっと経理は言いたい放題だから、新設備を導入するのでなく下請けに出すとか購入品にすることはできないか、そもそも新設備を使わない方法はないのかなどなどとんでもないことばかり言われた。

お金に関わることだけではない。安全もある。導入にあたり法的な届や許可は必要か否か、資格者は必要か否か、過去国内でどのような事故があったか、それに対する対策は取られているか、法的に必要な安全装置はなにか、どんな保護具が必要か、それらの費用はいかほどか、特殊健康診断の要否、その他努力義務的な安全対策は何が必要か、
建築関係に関わること、土地利用に関すること、土壌汚染の可能性の有無その他もろもろ
そしてもちろん環境に関わることもあった。公害に関わること、消防法に関わること、火災や災害時の対策について、
そういったチェックリストは10数ページもあり、そこに添付する調査結果はそのまた数倍になった。
そういうのはどの会社でもあるだろう。会社は出たとこ勝負とか、とりあえずやってみるなんて危ないことはできないから当然だ。

それらの点検項目は自分自身あるいはラインの上長が納得すればよいのではなく、お金に関しては経理で、安全は安全担当部門、建築は設備部門、環境は環境と、それぞれの担当部門がチェックして、ものすごい件数の是正事項や追加調査事項が朱記されて返された。そういった部門の担当者は否定が前提のスタンスで評価した。
その結果更なる調査や検討を行い添付資料はさらに増殖し、当時蔭では100万1センチと言われた。100万円の機械を買うには資料が1センチ必要で1000万の機械なら資料が10センチになるということだ。新規設備の導入がとんでもない大仕事だったので、当時の同僚が「改善のために新設備を入れるなら、今のままで我慢した方がいい」と語ったのを覚えている。

だがそういう仕組みは悪いことばかりではない。担当者が見逃した法規制や安全対策が指摘され、問題を未然に防ぐという効果は確かにある。いやそのためにこそ新しいプロセスなり新物質導入の際にこのような事前審査が設けられたのである。場合によっては知的財産、輸出管理、その他更に多くの観点から評価された。新設備を導入して旧設備の多軸NC装置などを中古品として売却すると、流れ流れて中国に行ったりする恐れがあり、当時は最終使用者の確認などはココムなどの重要事項だった。

そしてやっとのことでチェックをパスすると安全管理者とか衛生管理者のハンコがもらえて、最終的には金額に応じた責任者の決裁を受けて実施することができた。
もちろん最終的に却下になることも多々あった。
新塗料の導入などを提案しても安全上の問題(塗料に含まれる溶剤の許容濃度が低い)などでリジェクトされたことはたびたびあった。そのときは残念だったが今は一理どころか妥当な判定だったと思う。そしてこういう仕組みは妥当であり必要だと考える。

工場の機械設備、加工や組み立てプロセス、使われている塗料や接着剤というものは、そのような審査を経て今があるわけだ。
もし御社にそういう仕組みがないとしたら、それは安全管理者や衛生管理者は法で定める仕事をしていないということになるから、口が裂けても仕組みがないなんて言ってはいけない。(cf.労働安全衛生法第10条)
さて、そういう前提で振り返ると、組織の活動であろうと、製品であろうと、サービスであろうと、あらゆる観点においてそれらが持つ性質、すなわち環境影響は把握されているだろうし、環境影響を与える要素、すなわち環境側面は把握されていることになる。
なにも今更ISO規格に「環境側面を特定せよ」などと言われることはないのだ。そんなこと言われるまでもない、およそ一個の企業として理念実現のために事業を営むならば、それは自明、当然のことである。
注:元ネタはジョン・F・ケネディの名言「およそ一個の男児として祖国の自由と正義のために苦しみ斃れるならば、それは苦しみすぎたことにはならない」ですよ。覚えておきましょう。

おっと、環境側面だけでなく安全も品質も情報管理もその他もチェックされるのですから、導入されているものについて「適用範囲の中で、ライフサイクルの視点を考慮し、組織の活動、製品及びサービスについて、組織が管理できる環境側面及び組織が影響を及ぼすことができる環境側面、並びにそれらを伴う環境影響を決定しなければならない。」なんて改めて言われる筋合いはない。
侍
なこと言われたら「当社のシステムにいちゃもんをつけるのか」と抜刀したいところである。それが侍の矜持というものだ。
ISO規格に書くなら「組織のすべての活動、製品、又はサービスのもつ側面について、このマネジメントシステムに関わる見地から見て関係する側面をよく把握していることを確認すること」くらいにしておくべきだろう。

私が語ることが間違っていると思われる人がいるかもしれない。だが前述したような手順を踏まずに仕事をすれば、あなたの業歴は事故、違反、失敗の連続になるだろう。だから私の論理を理解できないなら実際に仕事をしたことがないとしか思えない。
お断りしておくが、私の経歴が成功で飾られているわけではない。実際にはその反対であるが、だからこそその私の40年間の失敗が私の論を裏書きしてくれるだろう。

うそ800 本日の結論
「環境側面を特定する」とか「著しい環境側面を決定する」なんて語るのは、手順前後てじゅんぜんごであろう。
囲碁定石 「手順前後」とは囲碁や将棋において着手する順序を間違えることをいい、そんなことをすると勝てるものが負けてしまう。
恋愛だって、友達になる、ディズニーランドに行く、しゃれたレストランで食事をする、告白する、ホテルに行く、親に紹介する、同棲するという順序を間違えると成就しない。
おっと、上記順序は私の若かりし頃の50年前だから今は定石の手順が違うかもしれない

本来、すべての活動、製品、又はサービスはいくつもの側面を持っており、それらの側面を環境とか品質とかその他の見地からみて関わるとか関わらないと考えているに過ぎない。まさにISO規格の文言は、実際に行われている手順の真逆を書いていて、手順前後そのものである。
そもそも環境側面を特定せよなんて要求すること自体、規格を書いた人が何もわかっていないということである。
正しく言うならば、「組織のすべての活動、製品、又はサービスのもつ側面について、このマネジメントシステムに関わる見地においてよく確認する仕組みがあること」というべきだろう。
おっと、それは環境だけでなく品質であろうとその他であろうと、側面が付くものはすべて同時並行に行うのは当然である。
心せよ、側面はカテゴリーごとに分けることはできない。企業はすべての側面について常に同時に配慮して事業を推進せねばならない。
ということは、環境に関してとか品質についてという修飾語はいったいどんな意味があるのだろうか?
環境側面とか品質側面という言い方もおかしいのではないか? この側面は環境にもかかわり品質にもかかわるという言い方が正しいのではないのだろうか?(反語である)
例えば環境側面に限定して考えてみよう。このとき騒音に関わる側面、振動に関わる側面、火災の危険にかかわる側面などという考え方をすれば支離滅裂となる。そうではなく、この側面は騒音と振動と火災の危険があるという見方が平易であることは言うまでもない。

反論もございましょう最後にひとつ予防処置をとりたい。
法規制が整備されているのは先進国だけだから、法規制の未整備な国のために規格にはこの文言が必要だという反論があるかもしれない。
それは正当な反論だと認める。
ならば、ここでは私も一歩下がって妥協案を提案する。
規格4章の冒頭もしくは序文に「この規格の要求事項は既存の仕組みをあてはめてもよい」という文言を追加すべきだ。だって元からそういう仕組みのある組織に対して「改めて作れ」と要求するのは越権、僭越、失礼なことであろう。
1996年版や2004年版では序文にあったこの文言が、なぜか2015年版では見あたらない。
これも2015年改定における謎の一つである。

うそ800 本日の疑問
ところで・・・・ISO規格を読んで、自社の環境側面にいかなるものがあるのだろうと素直に規格通りに環境側面を調べた人がいるのだろうか?
もしいたら、その会社はかなりヤバイ状況だと懸念する。
担当者がそんなことをしていたら、経営者はそいつを首にしなくちゃいけません。
そしてそんな会社を見つけた審査員は、規格不適合ではないが、リスクに対する認識が低いと問題提起をしなければならない。
っと、そう考えるとやはりISO規格はおかしいぞ



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