異世界審査員2.響公園

17.06.29

*この物語はフィクションです。登場する人物や団体は実在するものと一切関係ありません。
但し引用文献や書籍名はすべて実在のものです。


ネット小説でも書籍でも、異世界に転移するというお話はたくさんある。その中には転移する人が技術者というお話もある。技術者といっても、大工も機械も電気もお菓子も美容その他あるわけだが・・いずれの場合のストーリーでも異世界に比べて進んでいる現代の技術やノウハウを生かして大活躍という物語がほとんどだ。

私はそういった設定について三つ疑問がある。
私がここで異世界審査員というものを書くからには、単なるテクノロジートランスファーではなく、知識ではなく知恵をいかに生かすか、その時代の技術のすそ野の広さであっても実行可能なもの、その時代でなければならないものと考えるのは当然である。そうでなければならない。

石田マネジャーはあたりの風景を見て座り込んでしまった。意気地のない奴だと伊丹は意地悪く思う。
吉本はそんな石田を見て穏やかな声で言った。

吉本取締役
「確かに驚いてしまうよね。この森は響公園というんだ。木立の中にレストランとかカフェがある。そこでちょっと話でもしようか」

広い道路の向かい側に森というか木々が見えた。場所からいって日比谷公園じゃないのと伊丹は思った。同じことを石田マネジャーも思ったようだ。

石田マネジャー
「響公園? 日比谷公園では?」
吉本取締役
「話せば長いことになるが・・・まあ、この仕事も先が長い。初日くらいのんびりしてもよいだろう。じゃあカフェにでも行こうか」
吉本が道を横断し始めたので、伊丹は石田の腕をつかんで起こした。道を横断するのに信号はないのできょろきょろと左右を見る。とはいえここに来てから走っている車をまだ1台も見ていない。それどころか人通りもほとんどない。

伊丹審査員
「石田マネジャー大丈夫ですか、行きましょう」
二人は速足で先を行く吉本を追いかける。
木立の中を歩いて数分でカフェらしき前に着いた。外観もドアもレトロで明治時代のイメージである。いや近づくとそれはドアではなく引き戸であった。
引き戸を開けるとチリンチリンと音がした。
メイド服のようなものを着た若い女性が店の奥から現れた。

吉本取締役
「3人だけど、いいかな?」
メイド
「どうぞこちらへ」
窓際に案内されて座る。1枚1枚のガラスの大きさが非常に小さい。窓のサッシは木だ。それが古めかしく感じたが、古くはなくつい最近作られたように見える。
中の作りもレトロである。それもレトロらしく作ったものではなく正真正銘のオーセンティックなレトロだ。
吉本はコーヒーを三つ頼んだ。
おしぼりなんて出てこず、テーブルの上に紙おしぼりもない。

吉本取締役
「少し話しておきたいことがある。」
石田マネジャー
「少しじゃなくて詳しく説明して下さい。ちょっと・・・状況についていけません」
吉本取締役
「確かに・・・」
伊丹審査員
「今はいつですか、吉本取締役は異世界とおっしゃいましたが、単に過去に来たような気がします。明治半ばかそれとも末でしょうか?」
石田マネジャー
「ちょっと変なことに気が付いたんだけど・・・」
伊丹審査員
「ちょっとどころでなく変なことばかりですが」
石田マネジャー
「いやさ、我々は都営三田線を降りたはずだ。それに国会議事堂が見えた」
伊丹審査員
「はあ〜」
石田マネジャー
「都民検定って知ってるかい、東京都の雑学の試験をして免状を出すあれだけど、僕はそういうのが好きで結構勉強したんだ。
国会議事堂があるからには1936年つまり昭和11年以降ということになる。いやいや都営三田線は開業が1968年のはずだ。とすると明治どころか大正でもなく、ほんの50年くらい前のはずだ。
だけど1968年とすると、この辺りは相当ビルが建て込んでいたはず」

注1:
日比谷公園はどうなのかと言われるかもしれない。
日比谷公園が作られたのは1902年であり、東京マニアの石田はそれが作られた年代を知っていて疑問を持たなかったのであろう(タブン)
注2:
調べたが「都民検定」といいうのはないようだ。
私の娘が新潟に住んでいるが、かの地にはニイガタ検定というのがあり、1級から3級まであるそうだ。受験用公式テキストまである。郷土愛を養うにはよろしいのではないか?
伊丹審査員
「なるほど・・・ということは」
吉本取締役
「ここは明治でもないし大正でもない。そして昭和でもない」
伊丹審査員
ウェートレス 「異世界というわけですか?」

ウェートレスがコーヒーを持ってきたのでいっとき話を止める。
コーヒーカップがこれまたレトロである。
ウェートレスが去ったのでまた吉本取締役が話をつづけた。

吉本取締役
「昔のこと、そうだなあ数百年前と思ってくれ、私の先祖がなにごとかで別の世界へ続く道を見つけたそうだ。そういう言い伝えが我が家にある。爾来、我が一族と向こう側、つまりこの世界の一族とは付き合いが続いている。実を言って数代前と10代前くらいに通婚している」
石田マネジャー
「驚くしかありません」
吉本取締役
「嘘だと思われても仕方ない。逆の立場なら私は信じないね」
伊丹審査員
「それじゃ吉本取締役にとってここは身近な世界なのですか?」
吉本取締役
「身近ではないが何度か来たことがある。つい最近、私がこの世界の付き合いも含めて相続したのでこのところ何度か訪問している。
それと正直言うが我一族とこちらの一族とは、過去から継続して商取引を行ってきておりお互いに利益を出していた。技術の格差、需要と供給の差、相場の差、なんであろうと相違があればビジネスは成り立つ」
伊丹審査員
「下世話な話ですが、この世界との取引に日本のお金は使えないでしょう」
吉本取締役
「別に貨幣で決済する必要はない。商品貨幣つまりお金以外だって取引できる。実際に人類の歴史だってお金がない時代の方が長い」
商品貨幣(実物貨幣)
Commodity money
お塩牛
単純な物々交換ができないとき、普遍的な価値がある"なにか"が交換手段として使われた。具体例に、塩、家畜、宝石、穀物などが使われた。
伊丹審査員
「なるほど」
石田マネジャー
「細々とした取引でなく国交を結んで政府間の貿易をすれあば、利益も金銭的なものだけじゃなく軍事とか文化とかさまざまなメリットがあったと思いますが」
吉本取締役
「確かにそうだろう。だが双方ともそうなればお互いの社会が大きく変化してしまうと考えた。それは双方の世界にとって良いことではないと考えたのだろう。私はそう聞かされた」
石田マネジャー
「なるほど・・・」
吉本取締役
「さて話は変わるが、どういう因果か私は新世界認証機関に出向することになった。そしてISO認証ビジネスが先行き暗いという状況であることを知った。それでこの世界で認証ビジネスを立ち上げられないかと考えたんだ」
伊丹審査員
「はあ!」
伊丹は驚いて大きな声を出した。
遠くでウェートレスがこちらを振り向いたのが見えた。

吉本取締役
「おいおい、あまり目立つようなことをしてくれるなよ」
伊丹審査員
「すみません。あまりに驚いたので」
吉本取締役
「異世界があることより、ISO認証を始めることの方が驚きなのか?」
伊丹審査員
「うーん、普通に考えれば逆かもしれませんが、そのようなビジネスの機会を持っているならわざわざ認証ビジネスを始めることないじゃないですか。我々の世界から電子機器とか衣類とか持ち込んだ方が間違いなくお金になるでしょう」
吉本取締役
「確かにそうかもしれないが・・・我が家の家訓で物として残るものは取引しないというものがある。電子機器が物として残ればこちらの世界にものすごいインパクトがあるだろう。ものではなく知識や知恵ならばこちらの人が考え付くこともあるだろうし、我々の世界から持ち込まれたという証拠はないということだ」
伊丹審査員
「でもなんで新世界認証のためにこの世界でビジネスを始めようとお考えになったのですか?
と言いますのは、吉本取締役にとって新世界認証で数年間役員をして退職金をもらっておしまいなわけでしょう。特段義理があるわけじゃない。おっと、それは私にとっても石田マネジャーにとっても同じです。だって勤めていた会社で不要になり肩叩きされて出向してきた身」
吉本取締役
「そうではあるが、出向転籍して早2年いろいろ考えるところもある」
伊丹審査員
「とおっしゃいますと?」
吉本取締役
「我々の世界ではISO認証は先進国ではもうオワリだろう。そりゃ中国とか南欧ではまだ伸びているらしいが
だがこの第三者認証という制度は現実に合わなかったのか、方向を間違えたのかと考えると、そうではなく今まで認定認証制度の運用をミスったのではないかと考えるようになった」
石田マネジャー
「そのお話、興味がありますね」
吉本取締役
「そう応えてくれるとうれしいねえ〜。私は元々管理部門で品質保証も環境管理もまったくわからなかった。今でもだが、
しかし新世界認証にきてから2年間それなりに考えた。確かに今ISO認証なんて消費者団体が参考にもしない。企業の購買部門でさえ気にもしない」
石田マネジャー
「でもQMSは入札やEMSはグリーン調達で調査項目にしているところは多いですよ」
吉本取締役
「石田君、正直そう思っているの? 私はそういうのは形だけと考えているが」
石田マネジャー
「認証にはあまり価値がないということですか」
吉本取締役
「そうだ。しかしそれを良しと考えているわけじゃない。認定認証制度を適正に運用すれば価値はあがり、この制度は社会から評価され定着していくだろうと考えた」
伊丹審査員
「つまり吉本取締役はこの世界で認定認証制度をまっさらからトライしてみようとお考えになったということですか?」
吉本取締役
「ズバリそのとおり、2年間考えた結果そういう結論になった」
伊丹審査員
「その実験にこの世界を使うというのも、なにか贅沢というか大げさすぎるような気がしますね」
吉本取締役
「別にお金儲けをしようという気もないし、尊敬を受けたいという気もない。個人的な好奇心というべきかな」
石田マネジャー
「取締役の個人的好奇心のために引きずり込まれた身にとってはうれしくないですね」
吉本取締役
「そりゃすまなかった。もちろん私のお遊びではない。社長は当社の新事業と位置づけている」
伊丹審査員
「売り上げはどのように計上するのですか?
新世界認証が売り上げれば支払う企業がなくちゃなりません。税務署は矛盾を見つけますよ」
吉本取締役
「私の一族の企業をダミーにして、そこに我々がコンサルしたことにする」
伊丹審査員
「私たちは細かいことを知らない方がよさそうですね」
吉本取締役
「そうしてくれ。とはいえ現時点、この世界で売り上げが立つのかどうかまったく見当がつかない」
石田マネジャー
「ところでこの世界のことをもう少し詳しく教えてもらえませんか。
つまりこの国の政治とか歴史とか、諸外国の様子とか」
吉本取締役
「まずこの国は日本とほぼ同じ位置にあり国土の広さも気候もほぼ同じだ。ここはこの国の首都で、偶然にも東京府という名前だ。ただ国号は大日本帝国じゃない。扶桑帝国という」
石田マネジャー
「帝国というと天皇陛下が治めているのですか」
吉本取締役
「この国の元首は天皇ではなく、扶桑国皇帝と呼ばれる。皇帝がいるから帝国というわけだ。
元の世界では天皇が治めていたから大日本帝国じゃなくて大日本皇国と称すべきだろうな。日本海海戦で『皇国の興廃』と言ったのは正しい」
石田マネジャー
「なるほど」
吉本取締役
「この国の歴史は日本と同じく自然発生で生い立ちは諸説あるが、古事記に似たような扶桑記という書物がある。天の神からその子孫が地上に遣わされこの国を作り、皇帝はその子孫であるという流れは古事記と同じだ」
伊丹審査員
「なるほど。するとヤマタノオロチとか国譲りとかあるわけですか」
吉本取締役
「そこまで細かいことは知らないが神話時代の流れはおおむね日本と同じだ。そして考古学的にも縄文時代があり弥生時代、古墳時代となり、平城、平安、武士の時代と。
ただ戊辰戦争は我々の世界ほど殺し合いはなかった。新選組もなければ人斬り以蔵もいない。穏やかな話し合いで大政奉還となった。我々の世界よりも外国の脅威が大きかったということもあるだろう」
石田マネジャー
「ほう」
吉本取締役
「その後は扶新戦争、つまり扶桑の国と中国、こちらの世界では中国は清ではなくあたらしいという漢字だ、があった。これは我々の世界と同じく扶桑帝国が勝つ。
戦艦三笠 ところがそのあとの日露戦争に相当する扶呂戦争では全く我々の歴史とは違う。203高地は落せず、扶桑海海戦では東郷提督は戦死、日本の軍艦の半数が沈められた。そして呂軍が北九州、島根、鳥取まで攻め入った。我々の日露戦争とは全く違い、本土に外国軍が攻め入って来てまさしく帝国崩壊の危機だった。
ともかく全国民総力あげて呂軍を扶桑海に追い落としなんとか講和までもっていった。
だからこの国では神国だとか大和魂なんてことは信じられていない。戦争には勝ちもあるし負けもあるということは国民に十分理解されている。そして勝利するには精神力ではなく国力だということもね」
伊丹審査員
「それは結果としてよいことだったでしょうね。神風を信じたり精神論に陥るのでなく、論理的に現実主義でなければ。そして国土が外国に蹂躙されればどうなるのか認識すれば平和ボケにもお花畑のサヨクにはならないでしょう。なによりも愛国心がわくでしょうし、祖国防衛は当たり前となるでしょうね」
吉本取締役
「その通り、過去の日本と違いこの国は現実主義だ。軍国主義であることは間違いないが、軍人が威張るということではなく、国民すべてが国家防衛が大切だと認識し国益を考えて行動するということだ」
石田マネジャー
「日露戦争は1904から1905年でしたから、扶呂戦争も同じとすると今は1910年くらいに当たるわけですか?」
吉本取締役
「ええと今この国の元号では大勝6年になる。元の世界なら大正6年(1917)かというとそうでなく、日呂戦争のなんとか引き分けまで持ち込んだことを祝って皇帝は変わらなかったが元号を大勝と改元した。だから元の世界の時代でいえば1910年というところかな。明治43年といってもよいが」
石田マネジャー
「すると今は、第一次大戦までの景気がどん底の時期なんですか?」
吉本取締役
「扶呂戦争の多額の借款があり景気が悪いのは事実だが・・・まだ第一次大戦は起きていない。これからどうなるかはわからない。
おっと、そんなことは我々以外のところで口にしないでくれ。憲兵なんてこの世界では一般市民には縁がないが、普通の人が今の話を聞いたら予言者だと騒がれるよ」
石田マネジャー
「もちろんです」
吉本取締役
「とにかく気を付けなくてはならないことは、この世界と我々の世界を同じと考えてはいけない。単に時代が違うだけでなく、我々の世界の戦争が起きないこともあるし、むこうの世界ではなかった戦争が起きたこともある。その他のさまざまな出来事が我々の世界の100年前よりも遅れることもあり進むこともある」
伊丹審査員
「ということは100年前よりも技術が進んでいることもあり遅れていることもあるということですか」
吉本取締役
「そういうことだ。だから日本の過去から類推するのではなく、まったく別の世界と思って対応した方が間違えがない」
石田マネジャー
「わかりました」
吉本取締役
「さて石田君も落ち着いたようだから出かけるか」
石田マネジャー
「えっ、どこへ?」
吉本取締役
「とりあえず我々の活動拠点となる事務所を見てもらう。これから毎朝そこに出勤してもらうんだから」
石田マネジャー
「えっ」
伊丹審査員
「まさか」
吉本取締役
「まさか君たち、この世界のお客様から、日本の新世界認証に電話してもらったり来てもらうつもりじゃないだろう」
石田マネジャー
「ええっと、それはつまり、私たちはこれからこの世界に新しい会社を設立して、そこに勤務するということですか?」
吉本取締役
「それ以外考えようがない」
伊丹審査員
「取締役、こちらに住まいを移すことになるのでしょうか? 私には家族もいるのですが」
吉本取締役
「私はそうするつもりだ。もちろん必要なとき、あるいは気分転換でもいいが、いつでも内幸町から地下鉄で元の世界に帰れるよ。
あちらに住み続けて通勤することも可能だ。毎朝向こうの内幸町まで来て、あの出口を出て新橋駅前の我々の事務所まで歩くことになる。歩いて5・6分だ」
伊丹審査員
「とりあえず事務所を見てから、いやこの社会をもう少し知ってから決めてもよろしいですか?
それまでは元の世界から通勤するということで」
吉本取締役
「それがいいだろう。私は少し前から歩き回って人々の暮らしや物価などをみていた。
君たち二人の給料なら女中、お手伝いさんのことだが、女中を一人や二人雇うことはできるよ。言い換えるとこの世界には洗濯機も掃除機も電気釜も冷蔵庫もない。それに毎日の買い物もスーパーでひとまとめというわけにはいかない。だから家事にそうとう手がかかる。奥さんが一緒に来ても女中を一人くらい雇った方がよい。それは周りに対しても貧乏じゃないと示すことにもなる」
伊丹審査員
「あのう、気になることがあるのですが」
吉本取締役
「なんだろう?」
伊丹審査員
「戸籍とかどうなりますかね? 税務署とか警察だってうるさいでしょうし」
吉本取締役
「おっしゃるとおりだ。そこんところはこちらの一族に頼んでダミーの戸籍を用意してある。学歴も職歴もそれなりに準備というかねつ造した」
石田マネジャー
「吉本取締役、私はもっと大事なことを・・万が一の場合、元の世界に避難できるのでしょうか」
吉本取締役
「うーん、なにごとにも絶対安全とはいえないな。私に万が一のことがあってもしばらくはあの通路から元の世界に帰れるだろう。こちらで犯罪を犯したときどうするかということなら、そうならないでほしいが、なにせ法規制も違うしいろいろなケースが考えられる。
なるだけ早くこちらの世界に慣れてほしいと思う」
石田マネジャー
「こちらの世界で病気やけがをしたときは、むこうの世界より医療レベルが低いですよね。それだけリスクが・・」
吉本取締役
「そういうことはありうるとは思う。正直いって今のところその対策とか危険手当とかは考えていない」
石田マネジャー
「しばし考えさせてください」
伊丹審査員
「私はなんだかワクワクしてきましたよ」
吉本取締役
「その意気だ、期待してるよ」

うそ800 本日の言い訳
今回は設定説明に終始してしまいました。物語は次回あたりから始まりとさせてください。

お断り:当初は1912年としていましたが、つじつまが合わないので1910年に修正しました。(2018.02.28)


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