認証の近未来(その3)

17.02.20

ドラッカーによると企業の目的は存続することだそうだ。私たちが我が子を欲しいのも孫が欲しいのも、己の血(遺伝子)を絶やしたくないという生物の根源に関わることだろう。 乳母車 それは我々の本能なのか寄生している何者かの意思なのか。そういや「利己的遺伝子」なんて本がちょうど今から十年前にありましたね。企業もバーチャル生物だから永続することが目的というのも納得する。
さてビジネスが継続できるか否かは、ひとえに損益にかかっている。国や公共団体が運営するものならともかく、ISO認証は純粋なビジネス、営利企業、金儲けであるから、利益が出なければ認証事業は継続できない。
どんな事業でも出る金、入る金共に多様であり、それぞれ相互作用がある。とはいえ、ISO認証ビジネスはそれ以外のビジネスに比較すれば単純であることは明白だ。
今回はISO認証ビジネスを売上の観点から見てみよう。

20年前、認証機関の売り上げは、認証ビジネス、各種講習会、ISO関連書籍の出版の3本柱だった。だが今は認証のための講習会なんて受講する人はいないし、審査員研修は閑古鳥が鳴いている。ISO関連書籍も期待薄、年々発行されるものは減ってきている。あるのは認証ビジネスだけだ。まあそれが本来業務なんだけどね、

認証ビジネスの1件当たり売り上げは審査員一人一日当たりの単価と審査工数で決まる。
(審査工数)×(審査工数の単価)=売上(審査費用)

認証ビジネスの売り上げは
(登録件数の総和)(審査工数)×(審査工数の単価)=(認証ビジネスの売り上げ)

単純な話、認証ビジネスの売り上げをあげるには、認証件数を増やす、審査工数を増やす、審査工数の単価を上げるのみっつしかない。
認証件数を増やすのはおいといて、審査工数と単価について考えてみよう。

審査工数は、昔ガイド62とかガイド66で決められていた。今は何で決めているのかと調べたらJAB MS305という基準で決めている。
その2013年版(2017年現在有効)の附属書AでQMS、附属書BでEMSの審査工数を決めている。

附属書B
要員数審査工数(日数) 第一段階+第二段階
複雑さ 高
46〜65864.5
86〜1251185.5
176〜27513107
426〜62516129
876〜1175191511
1551〜2025211712
注:上記は一部抜粋で、実際はものすごく膨大な表である。

もっともここで決めているのはガイドラインであって、上の表を見ても相当な幅がある。500人いる組織を審査する場合、16人工から9人工となっていて、具体的な日数は認証機関が決める。そしてそれは認証機関によって大分違う。私の経験だが認証機関を鞍替えすると審査工数が2・3割違った。
単価もばらつきがある。私が現役だった2012年頃、高いところは単価つまり一人一日で18万というところもあったし、安いところは7万なんてところもあった。その他10万とか12万とか14万とかいろいろだ。もちろん表立っての単価は建前であり、競争見積りと分かっていれば仕事をとるためには値引きするし、いったん見積もりを出したのちに「ウチは高かったですか? 出精値引きしますからよろしく」なんて言ってくるのは普通である。どうしても取りたい仕事なら、社長や取締役が戦略価格というのを持参して来てトップ会談とあいなる。
おっと、単純に単価かける工数でもない。認証機関によっては基本料金というのをプラスするとか、出張旅費を足したり近距離なら請求しないとか、二か所連続するから出張旅費は半額を請求とかさまざまだ。まあそういう細かい(細かくないか)ところはあるがおおむね単価かける工数である。

では単価について考える。
床屋なんて私が子供の頃、田舎では統一料金だったが、今は店によって曜日によって違う。 床屋 息子は1000円というところに行っているそうだが、私は65歳以上平日1900円(土日2000円)というところに行っている。会社勤めのときは3800円という店に行っていたが、引退すると金もないし平日暇だから安い方がいい。仕上がりだってそう変わらない。違いと言えば肩をもんでくれるとか、剃刀を皮砥で研ぐか替え刃の剃刀の違いくらいだ。もちろん高くても仕上がりが良い方がいいという人もいるだろう。それはそれでかまわない。
ところがISO審査は基本的に標準化されているはずで、床屋のようにあの店は肩をもんでくれるとかカミソリとか手順が違うようなことがあるはずがない。違うとすれば、ISO17021では認証審査において、アドバイスはいけないが改善の機会として気づき事項を提示することはOKとしていることくらいだろう。だから改善の機会としてすばらしいものを提供できるならその分料金を高くしても特段問題ではない。とにかく審査の厳しさと認証の価値は認証機関に関わらず同じであるはずだ。

ところで改善の機会とはどんなものかと過去に出されたものを蒐集してみたが、
  1. 不適合であるが諸般の事情で不適合でなく改善の機会としたらしいもの
  2. 軽微な不適合をマイルドに表現したもの
    これは次回審査までに対策しておかないと不適合になるらしい
  3. 不適合として提示したが企業側に反論され撤回したが、嫌味たらしく改善の機会としたもの
  4. QMSの審査で環境以外の例えば安全とか経理の問題を指摘したもの
そんなものがほとんどで、これはありがたいお言葉だと思えるようなものはまずない。経営に寄与すると言っている認証機関もあるが、そういうところが本当に経営に寄与するような改善の機会を提示したとは聞いたことはない。
となると審査料金が違っても審査の品質が違うということはない。認証機関によって1割2割の違いならともかく、倍も違うのだからこれは無視できるものではない。
それ以外のサービスの要素、つまり審査員はみなハンサムで愛想がいいとか、休日でも深夜でも審査してくれるというコンビニエンス認証機関とかであれば単価が違うのは当然と言えるけど、現実にはそんなことはない。以前、会社の仕事に影響させないように業務時間外の夜間に審査をするという認証機関の話を聞いたことがあるが、書面審査ならともかく、実際の仕事中に審査しなければ審査にならないだろう。
最近はどの認証機関も愛想がよくなり、社員を怒鳴ったり机を蹴飛ばしたりする審査員は見かけなくなった。もっとも人を馬鹿にした口をきく上から目線人間はいまだに多い。
とはいえ言葉が丁寧だからとか、話をするときポケットに手を入れないことで審査料金が高くて良いわけはない。
しかし一日18万という認証機関にもちゃんと客が付いて、一日7万という認証機関が総取りしないのだから、それも不思議だ。よく○○認証機関は良い審査をしてくれるというような話を聞くが、それは認証機関にバラツキがあるということであり、そうなるとすべての認証機関はISO17021を満たしているのかと疑問がわいてくる。極論すれば認定審査員とその雇用者である認定機関がまともな仕事をしていないことになる。

さて、現実はこうだといってもしょうがない。ISO認証ビジネスを拡大するにはどうすれば良いか考えよう。前述したようにISO認証ビジネス売り上げは、単価と審査工数と認証件数の掛け算である。認証件数の拡大は別途考えるとして、今回は単価値上げと審査工数拡大について考える。

まず単価について
売上を増やすために単価を値上げしても良いかどうか、それを考える。
ISO審査と類似というか似た様な仕事ではどれくらいのお値段が相場なのであろうか?
弁護士の場合、相談料が1時間5千円から1万円くらいだ。もちろん弁護士は相談だけではなく、それに続く法的な手続きや裁判などがメインである。とはいえISO審査が一日7万から18万というのは一日7時間として1時間1万から2万6千円になる。これを弁護士と比較するとどうだろう?
弁護士になるのとISO審査員になるハードルを比較すれば弁護士の方がはるかに難しい。誰でもISO審査員になれるが、誰でも弁護士にはなれない。
そしてその仕事の成果であるが、ISO審査報告書に何を書こうが法的な責任は負わず、また審査員が書いたものに何の効力もない。弁護士に相談すれば信頼できるし、それについて弁護士は責任を負う。
どう考えても弁護士の相談料よりもISO審査料金が高いのはおかしいと思う。

蛇足: ISO審査の場合、現場の審査に対して事前検討などがその倍、全体では現場の審査の3倍の時間かかっているという反論を期待する。
その通りであるが、それには二点反論したい。
CEAR基準では審査員の審査経験として現地審査の3倍の時間計上できるとあるが、実際にそれだけ事前検討などを行っているかどうかの証拠の提示は求めておらず、立証できないこと。リーダーはともかく他のメンバーが常にそれだけ事前検討や事後のまとめを行っているとは思えない。
弁護士が相談を受けたとき、すべて相談時間内に即答できるとは限らない。つまり相談・質問に対して調査などを必要とすることもあること。

一般のコンサルタントを考えてみよう。省エネをしたいけどノウハウもないなんてとき、街の省エネコンサルとか省エネ機器の代理店などが指導・コンサルします。もちろん彼らは省エネ機器販売とコミですけど、効果が出ない場合は全額返金くらいの意気込みでやりますよ。
改善提案やシステム構築で1日20万とか30万とるコンサルもいますが、成果物つまり改善案とか実施計画とかはしっかりと作ります。そして役に立てない時はお金いりませんというのが普通です。
そしてコンサルタントと審査員には大きな違いがあります。コンサルタントは良し悪しの判定ではなく、改善、創造というアウトプットが求められます。成果を出さなければならないのです。でも審査員は創造性を求められず、グローバルスタンダードとの比較判定のみが求められる。他と異なるカリスマ審査員とか創造性あふれる審査員はあってはならないのです。
どう考えても弁護士の相談料より高いのが妥当とは思えない。もちろん弁護士相談はこちらから出向き、ISO審査は向こうからやって来る。だから旅費、宿泊費は負担するのはわかるが、純粋な審査日当は7万くらいだろう。
その単価では事業にならないという声があるかもしれない。
それならISO審査員の賃金は、客観的に見ていかほどであるべきなのか?
認証制度発祥の地イギリスでは審査員は高卒の仕事とみなされていた。それは今でも資格要件が中等教育修了者(高卒以上)となっていることからもわかります。ちなみにイギリスの大学進学率は6割以上だそうです(日本は2010年51%)。要するに高度な仕事とはみなされていなかったようです。
出典は忘れましたが1993年頃、審査員の賃金はその国の平均賃金を下回らないことを定めた書き物を見たことがあります。まあ高度な仕事とか高給であるべきとはみなされていなかったと言えるかと思います。
現実の審査員の日当はどうだろう。契約審査員は一日2万とかせいぜい4万だ。仮に年収700万として年間250日で一日2万8千円、社員なら人件副費がその5割くらいかかるだろうから4万2千円くらいか。オーバーヘッドが人件主費副費と同じくらいかかるとすると、審査料金は一日8万程度。そんなところではないだろうか。
現実に年収1000万とかそれ以上とっている審査員がいるが、そういった人たちは企業などからの出向者であり、元の仕事と同等の賃金が保証されているからに過ぎない。真にISO審査員の仕事を考えたら先ほどの弁護士との比較からみても年収1000万なんてありえない。
参考までに弁護士の年収はいかほどでしょうか? もちろんピンからキリまであるわけですが、自己申告の平均所得は900万、国税庁の発表では700万だそうです。

ちなみに: 出向者の賃金のいかほどを出向元が負担するかというのは法的な決まりはないようだ。もちろん全額負担とかになると利益供与とかになるからだめらしい。
しかし一般企業から財団法人系に出向した場合は100%出向元が負担しているケースがある。業界団体などに出向しているときも派遣元が100%負担というケースがあるが、これらは営利企業でないから良いのだろうか?
株式会社の認証機関への出向はほとんど4割から5割くらいのようだ。それにしても大の大人を500万でしかも人件副費ゼロで使えるなら笑いが止まらないだろう。というかそのくらいでないと認証機関はやっていけないとみるべきかもしれない。

第二点、審査工数はどうだろう?
審査工数のガイドラインは幅があるから、JAB基準を附属書の上方にシフトすることは可能だ。 審査工数増加する理由つけはいくらでもある。例えば、よりよい審査をするためには時間をかけないとならない、企業の虚偽説明を防ぐためでもいい、JAB認定の審査基準は他の認定機関よりも優れている、などなど
しかしその方法は危険である。というのはノンジャブは当然JAB基準に拘泥されないから、工数を増やした分、価格差が一層拡大しJAB認定滅亡の危機に至る恐れもある。
それだけではない。実際問題として、企業側から見れば単価よりも審査工数増大は拒否感が強いだろう。細かい審査を嫌う、審査のアテンドなど厄介が増える。
しかしULの工場検査などをみると今のISO審査対応は異常である。ULの検査員なら、どうぞ好きにやってください。終わったらタクシー呼びましょう程度の対応しかした記憶がない。その程度で良いのではないだろうか。今のISO審査の実態を思えば、経営者のスケジュール確保、オープニングやクロージングに人を集めるとか、そういうことしているが、それがそもそも異常ではないか。経営者インタビュー終了後に、工場長から「くだらない雑談だったぞ、あいつは何のために来たんだ」と言われて困った私です。
ISO審査なんて経営レベルじゃなくて、管理レベルですよ、審査員はひたすら現場(製造だけでなく営業や設計なども含めて)を見ます、経営層に面倒かけません、そういう位置づけなら審査工数を増やして、しっかり審査してほしいという会社は多いと思う。もちろんアウトプットも期待します。

結局、なにごとも費用対効果だから審査工数を増やすことによってアウトプットに価値があるとみなされればよいのだ。
思い出したのですが、ISO審査報告書あるいは所見報告書なるものは、量の少ないものはA4で3ページから4ページ、過去見た最大のものは70ページくらい、中央値というと6から7ページくらいかと思う。面白いのは単価が高い認証機関はページ数が多いということもなくその逆もない。
もうひとつ、審査工数が多くても少なくても報告書のボリュームは変わらない。1000人の工場を審査しても報告書は4ページ、80人の工場を審査しても4ページ。これはどういうことなのだろうか? 疑問は果てしない
個人的な希望だが、報告書の厚みが値段に比例することはないと思うが、審査工数に比例するのは当然ではないのだろうか?
実を言って現役時代に認証機関にそういうことを要求したことがあった。それには対応できませんという回答であった。なぜできないのかの説明はなかった。

アウトプット次第というなら、素晴らしいアウトプットがあるならなにもせずに審査料金を揚げても良いのか? もちろんそうだ。
お断りしておくが、現在ISO認証において依頼者は誰かということにおいてISO17021では認証を受ける企業の経営者であるとしている。だから審査基準はフィックスされているが、審査の仕方、あり方は依頼者の期待に対応したものでなければならない。
いっそのこと、ISO審査に「松竹梅」あるいは「特上、上、並」とランクを設定し、安い審査を求める企業に対しては、安い単価、最小限の審査工数で、ISO要求事項への適合のみをチェックして認証を提供するというのもありだろうし、高くてもすばらしい改善の機会を求める会社に対しては、高い審査単価、最大限の審査工数で行うのもありだろう。
そういうバラエティに富んだ審査を提供することがトータルとして売り上げ拡大になるかもしれない。
そういう差別化をせずに、あるいは審査のスペックを明示せずに、単価が7万から14万にばらついているのはやはりおかしいと思う。
今になって気が付いたが、認証機関の経営者はサービスにおける品質管理とか、サービスの営業戦略というものを研究しているのだろうか?

疑問がある
ジャブ認定の認証はノンジャブより信頼性が高いと語った認証機関の社長がいた。なぜ信頼性が高いのか?
審査工数が同じでやってることが同じなら、アウトプットは同じになるのではないのか?
企業が嘘をついたから認証の信頼性が落ちたのだと語った大学教授がいた。今はJABのえらいさんになっている。大学教授が語るなら根拠があるのだろう。ともかくそうなら信頼性を上げるには審査を厳しく厳密に行わなければならないはずだ。だけどそんなことはしなかった。とすると信頼性をあげる気はなかったということで良いのか?
ノンジャブは安かろう、悪かろうと語る人は多い。安いというのは客観的に立証できる。だが私は悪いという事実を知らない。悪いということの証拠をあげてほしい。たぶんジャブ認定の認証機関の認証企業とノンジャブ認定の認証機関の認証企業との間には事故発生率や法違反率の違いを危険率5%くらいで立証できるのだろう。データをみたい。
ノンジャブだった認証機関がジャブの認定を受けると、それまでその認証機関を安かろう悪かろうと貶めていた人が批判を止めてしまうのはどうしてなのか?

うそ800 本日を振り返って
今回はISO認証ビジネスの拡大を考えようとしたものの、工数と単価について疑問が沸いてくるばかりである。
気になったのは、審査の質と審査の単価は関係がないこと、審査報告書のボリュームは審査工数と関係ないことである。いずれも謎である。



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