「リチウムイオン電池物語」

2019.10.21
お断り
このコーナーは「推薦する本」というタイトルであるが、推薦する本にこだわらず、推薦しない本についても駄文を書いている。そして書いているのは本のあらすじとか読書感想文ではなく、私がその本を読んだことによって、何を考えたかとか何をしたとかいうことである。読んだ本はそのきっかけにすぎない。だからとりあげた本の内容について知りたいという方には不向きだ。
よってここで取り上げた本そのものについてのコメントはご遠慮する。
ぜひ私が感じたこと、私が考えたことについてコメントいただきたい。


ノーベル賞
2019年のノーベル賞をまた日本人が受賞した。うれしいじゃないか?
ネットで「自分がノーベル賞を取ったわけでもないのに、はしゃぐのはおかしい」と語った有名人がいた。あんなやからは他人が宝くじに当たると妬むのか?
「人の幸福を祝わない人には幸福が来ない」という言葉を聞いたことがある。私は他人が宝くじが当たったらお祝いしたい。だって次は私かもしれないし……

さて、私はミーハーである。吉野彰氏のノーベル賞受賞を聞いて、早速彼の著書を読もうとした。ノーベル賞受賞者の本を読めば、私がノーベル賞をもらえるかもしれないじゃないか。
なことはないか……
もちろん書店に行って探すなんてはしない。パソコンでニュースを見ると、すぐに図書館のウェブサイトにアクセスして著者検索をしてヒットしたものを予約するだけだ。

とはいえ順番待ちになっているもの、ましてや予約している人が20人とか50人なんてのは対象外。だって30人待ちなら、ひとり10日としても300日、順番が回ってきたころにはミーハーな私は興味を失っているじゃないか。いや、それどころか翌年のノーベル賞受賞者が発表されている。
ところで直木賞受賞とかベストセラー小説では、100人待ちとか200人待ちなんて普通のこと。図書館が同じ本を5冊くらい購入しても1冊当たり40人、一人10日で400日、順番が回ってくるのが1年以上かかるのは普通にある。そういうとき私は忍耐力がないから予約するのも読むのも諦める。ベストセラーなんて読む必要性がない本がほとんどだ。
自前で買えばって?
冗談じゃない、年金生活者の財布は薄く軽いのだ。それに買った本をどこに置くというのだ?
それにブームの本はすぐに飽きられて、1年もすると図書館の出入り口にワゴンが置かれ「欲しい人に差し上げます」なんて大書されている。そのときまだ読みたい気持ちがあるなら、タダで頂いてくることができる。まあ正直言って、東野■吾とか池●戸潤あるいは流行のダイエット本は、みなそういう流れだ。池波正太郎とか藤沢周平なんかは、読まれる人が絶えないからか、ボロボロになっても「お持ち帰りください」のワゴンには乗らない。

それはともかく、吉野彰で図書館の蔵書検索をしたら何冊かヒットしたが、予約されていないのはこれしかなかった。

書名著者出版社ISBN初版価格
リチウムイオン電池物語吉野 彰シーエムシー出版48823183422004/9/241200円

さて借りてきてパラパラとながめる。ハ−ドカバーであるが本文は150ページもない。しかも活字は大きくイラストも多く、白い部分が多い。正直、自腹で買ったならがっかりするくらい文字数が少ない。見た目がこれでは自分お財布から1200円プラス消費税を出して買う気はしない。図書館から借りたからまあいいか……

さて、読み始めるとこれが実におもしろい。ご本人が書いたのか幽霊ゴーストライターが書いたのかは知らないが、こんな人の部下とか生徒だったら飽きることはなさそうだ。
もっとも面白い本を書いていても、実物は気難しい人もいる。実際の吉野さんはどうなのだろうか?

読者の多くはリチウムイオン電池を学術的に知りたいとか研究手法を学ぼうとしているわけでなく、開発は大変だったんだろうなあ〜、失敗したときはどんな心境だったのだろうとか、成果をだしたときの喜びを分けて欲しいとか、そういう気持ちで読むのだろうが、この本はそういう読者の期待に120%応えている。

ともかくあっという間に読了した。
いくつか名言(迷言)を書いている。
悪魔のサイクル、三種の鈍器、関所特許などなど……
それらは研究開発や特許においてだけでなく日常の生活でも起こることだろうし使える法則だろうが、また仕事に使える戦略でもある。

私が一番気にいったのは三種の鈍器である。吉野さんは次のように定義している。
「1900年前後に発明されて、100年もの間使われているにもかかわらずブレークスルーがないもの」
三種の鈍器説は1985年頃唱えたという。
そして三種の鈍器として吉野さんは「銀塩写真」「レコード」「二次電池」を挙げている。
1985年当時はこの三種の偉大な技術と製品の市場は盤石だった。銀塩写真にとって代わるデジタルカメラは1990年代に銀塩写真にとって代わり、レコードは1980年代から1990年代半ばまでかけてCDに代わり、21世紀になってからはデータ販売に代わりつつある

そして二次電池を代替えするのは我々だと吉野さんたちは考えたという。そこには単なる技術者魂とか好奇心というのではなく、歴史を知る人というイメージが強い。
実際に吉野さんは末尾で
 ・過去10年間に起こったことを時系列的に正確に把握し
 ・現在に至るまでの因果関係を正確に総括したうえで、
 ・この先10年間に起こることを正確に洞察する
事が重要でこれを「超現代史」と呼んでいる。
これは発明発見だけでなく、政治においても経済でも外交でも軍事でも、まっとうというか基本的な考え方だろう。とはいえ、それだけでは流れは見えても、新たな発明発見をするには足りない。新たな発明発見はどういう方向かを知ることができるだけだ。

方向を知るだけでなくプロジェクトを成功に持っていくには、歴史の流れに沿ってコツコツと頑張っても人を動かさなければならない。それにはさらに別の能力が必要となる。
この本を読むと、吉野センセイすごい政治力があるように思える。一般的に政治力というと「自分や相手の立場をうまく利用して巧みに物事を進めていく力」と、あまり良いニュアンスがない。しかしなにごとも一人ではできない。資金の確保、人の確保、人を動かす、政治力のない人は大きな仕事ができない。
今まで日本にもノーベル賞受賞者は多くいるが、発明の権利とかで裁判とか報道されると、ナンダカナーと思う。ご本人もうれしく、会社もハッピー、後進も受賞者を称える、吉野さんのようなのが最高じゃないか。だからこそ上司同僚部下を動かし会社を動かし、世の中を動かし、リチウムイオン電池を完成し、ノーベル賞をゲットしたのだ。
吉野さん、おめでとうございます。あなたは日本の誇りです。
これからも頑張ってください。
日の丸
ところでこの本を返しに図書館に行ったら、先生の他の著書が棚にあったのに気づいた。ノーベル賞発表からまだ10日、もう人は吉野さんに関心を失ったのだろうか?
いや私が探したとき貸し出されていたのは、ノーベル賞とは関係なく借りられていたのだろう。たまたま蔵書検索したとき待たないで借りられる本はこの「リチウムイオン電池物語」しかなかったのに間違いない。
手に取りパラパラと見たが、そちらは中身が難しそうだった。もし難しい本を借りていたら途中で投げ出し、こんな文を書いていたとは思えない。私は運が良かった。
運も実力、いや吉野さんの場合は才能であることは間違いない。


老人マーク この本をどう生かすべきか
私は今までの会社人生で研究開発など縁のない人生だったし、これからもそういうこととは関わることはないだろう。
しかし新しいことへのチャレンジは無縁ではない。いやチャレンジしたくなくても、新しい世界と関わらなければならないことも多い。
私自身、最近は遺産相続や放棄とかで弁護士とか司法書士など、今まで縁のなかった業種の人に相談したり依頼したりということが起きた。お葬式も昔ながらならそれなりだが、家族葬ならどうする、樹木葬ならどうなのか、戒名とか大変だからいっそ神道葬ではどうかとか、知りたいこと・知らなければならないことはたくさんある。
そういうとき逃げないでしっかりと向き合う、解決するためには勇気と根気と知恵が必要だ。生きている間にはこれからもそんなことがなんどもあるだろう。そのときは、この本そして吉野さんを思い出して頑張ろう。
ありがとう、吉野さん、



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