マニュアルの謎

19.09.09
ISO9001の2015年改定で「マニュアル」という言葉は規格から削除された。ISO14001には元々マニュアルという文言も要求もなかった。2015年改定の時期には「もう○○マニュアルは作らなくて良い」という話があちこちでされた。
あれから5年、今はそんな話がなかったように、どのMS規格でも当たり前のように○○マニュアルが作られている。そして認証機関はその提出がないと、当たり前のように早く出してくださいという。
では本日はマニュアルについて考える。

  1. まずISOMS規格において、マニュアルの要求はなくなったのか?
    • ISO9001
      • ISO9001 本文
        では旧版では品質マニュアルに書けとあったことを2015年版では要求しているのか否か?

        JISQ9001:2008JISQ9001:2015
        4.2.2
        a)適用範囲
         除外ある場合
        4.3
         適用範囲の除外がなくなった
        b)文書化された手順を参照できる情報7.5.1&7.5.2
        c)プロセス間の相互関係相互作用の文書化とはないが、
        0.3.1 相互作用の定義
        4.4.1 相互作用を含む品質マネジメントシステムの確立
        8.4.3 非該当

      • ISO9001 付属書
        表A.1−JISQ9001の2008版と2015年版との間の主な用語の相違点

        JISQ9001:2008JISQ9001:2015
        文書類、品質マニュアル、文書化された手順、記録文書化した情報

        品質マニュアルという言葉がなくなっただけで、作成すべき「文書化された手順」は品質マニュアルと同じように思える。但し一つの文書でなくても良いという記述はある。

    • ISO14001(参考)
      • ISO14001 本文
        本文においては過去よりマニュアルという語句はない。

      • ISO14001 付属書

        JISQ14001:2004JISQ14001:2015
        A.4.4 文書類
        それはマニュアルの形である必要はない
        A.7.5 文書化した情報
        文書化した情報は、マニュアルの形式である必要はない。

        マニュアルが不要ということではなく、元々マニュアルという形でなくても良いという要求であり、2015改定はそれを継承しただけと読める。


ご存じのようにISOのMS審査は、ISO9001のようなISOMS規格だけで行われるわけではない。ISOMS規格は審査基準というだけで、審査をするためには制度や基準を定めた文書の重なりで行われる。


細かく言えば階層はもっと複雑で引用文書は多数になるが、簡略化すれば上表のようになる。
ではISOMS規格だけでなく、上図の重なりを見ていこう。
当然、基本となる下から見ていく。

  1. ISO17021-1 適合性評価−マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項
    マニュアルという言葉は4か所で使われている。

    ISO17021-1
    3.3
    マネジメントシステムのコンサルティング
    例1 マニュアル又は手順を、準備又は作成する。
    認証機関のマニュアルについてなので該当せず
    10.2.2 マネジメントシステムマニュアル
    この規格の該当する全ての要求事項は、マニュアル又は関連文書で取り扱われなければならない。認証機関は、全ての関連する要員が、マニュアル及び関連文書を利用できることを確実にしなければならない。
    認証機関のマニュアルについてなので該当せず

    この規格では認証組織のマニュアルについての記述はない。

  2. JAB MS200:2019 マネジメントシステム認証機関の認定の手順
    認定機関であるJABが認証機関を認定するときの基準である。
    マニュアルという言葉は3か所で使われている。

    9.5 1個所
    JAB MS200
    マネジメントシステム認証機関の認定の手順
    認証機関のマニュアルについてなので該当せず
    11.3.1 2カ所いずれも認証機関のマニュアルについてなので該当せず

    この規格でも認証組織のマニュアルについての記述はない。

  3. 認証機関の定める基準
    認証機関が組織を審査するときは審査依頼契約をする。私人同士の契約であるから、法規制と公序良俗に反しない限りいかなる契約をしようと自由である。
    以前ガイド66やガイド62では認証機関がISOMS規格以外に認証機関独自の要求事項を追加しても良いという記述があった。残念ながら今のISO17021では同文を見つけることはできなかった。たぶんIAFかJABのルールのどこかにあるんじゃないかなとは思う。もっとも記述がなくても前述したように民民の契約だから、双方が合意すれば追加でも修正でも可能だ。

    それとは別にISO17021やそれ以外で定めたISO認証に関わる規制、もちろん支払いや延滞金、あるいはトラブルが起きたときの裁判所などを、この契約に含めているのが通常である。
    典型的なものとしてロゴマークの管理や表示方法、広告や広報などにおけるISO認証の記載方法などは必須である。当然この契約にある事項は認証組織が順守しなければならないし、審査の際にチェックされる。

    ついでに言えば、認証機関の審査契約は附従契約(または符合契約)といって、保険や旅行の約款のように、あらかじめ決められた契約に同意するかしないかしかない。だから審査を依頼するけどロゴマークの管理には同意しないということはできない。
    とはいえ保険のように法的に附従契約が認められているわけではないから、ISO審査に関わることでなければ、例えば延滞金や裁判所の指定などは交渉で変更することはできるはずだ。
    思い出話であるが、以前のこと認定機関の陪席は認定審査員の守秘義務を追加しなければ受け入れないと断ったことがある。あのときは認証機関は私の勤め先に来るのをやめた。他の組織で認定審査を受けたようだった。

    では認証機関の審査契約書にはマニュアル作成の要求があるのか?

    JCQAの「受審の手引き」管-DC-2-503-08-01を例にとる。

    受審の手引き
    文書審査(関連文書提出)
    ・品質マニュアル
    ・組織図
    ・主要手順書(担当審査員と協議)
    品質マニュアルとはいかなるものかの記載なし

    この文書では明確に品質マニュアルの提出を記述している。同等のものでもよいという記述はない。とはいえ、品質マニュアルについての説明書きがないので、品質マニュアルとは何ぞやということは不明である。おそらく審査を受けようとする組織は、ISOコンサルの指導で適当に作成しているのだろう。
    なお、同社のウェブサイト上には「品質マネジメントシステム文書またはそれに相当する文書」の提出を求めるとある。但し「品質マネジメントシステム文書またはそれに相当する文書」とは何かの記述はない。理屈っぽい人が読んだらイチャモンがつきそうだ。

    ここではJCQAの例をあげたが、他の認証機関の審査登録ガイド(アンド イクイバレント)でも審査申請時に品質マニュアルや環境マニュアルの提出が記載されている。
    なお、JACOの「JACOマネジメントシステム認証ガイド(2019.03)」では品質マニュアルの提出を求めており、その要件として下記を挙げている。
    1. 品質方針
    2. 主要プロセスの概要とその担当部門(例えば、品質マネジメントシステムプロセスマトリックス表)
    3. 組織図
    4. リスク及び機会(例:リスク及び機会一覧表)
    マニュアルの提出を明記しているのは、ちらと見ただけだがJACO、ASRなどにもある。すべての認証機関を調べたわけではないのでマニュアルの提出を要求していない認証機関があるかもしれない。


    認証機関はいったいマニュアルの要否をどのように考えているのだろう?
    2015年版のISO9001/ISO14001でマニュアルの作成要求がないことについての検討がJACBで行われた。

    注:JACB(日本マネジメントシステム認証機関協議会)とは日本国内でISO認証を行っていて、IAF加盟の認定機関から認定を受けている認証機関の協議会。40機関が参加している。

    その検討結果を「品質マニュアルの行方」として、2年前に出している。

    まずこの報告書についての疑問が多々ある。
    2015年改定は当たり前だが2015年である。その改定された規格の解釈について、認証機関の検討結果がまとまったのが2017年というのはどういうことなのか?
    検討に2年もかかったのか?
    それまでの2年間はどういう解釈だったのだろう?
    しかもこの報告書では「こうだ」と断定しているわけではない。「こうではなかろうか」そして「我々は今後こう対応したい」というのが結論というかまとめである。
    わからないことならISOTCなりに、あるいはIAF加盟の他国の認証機関に問い合わせれば、2年どころか2週間で解決したのではないのだろうか?
    最善を尽くして迷いのない明確な見解を出してほしいと思うが、どうなんでしょう?

    おっと、「品質マニュアルの行方」の見解であるが……
    2008年版の4.2.2b)のう「the documented procedures established for the quality management system」「品質マネジメントシステムを計画するための手順文書」の意味であり「組織の品質マネジメントシステムに要求する文書」ではないと解釈している。後者は巷の完全なる誤解であるという。
    私はここが理解できない。
    まずestablishは「確立する」「建立する」「創立する」という意味はあるが、「計画する」という意味はない。どこから「計画する」を持ってきたのかわからない。
    次にこの文章はSVOCの整った文章ではなく、箇条書き、日本語で言えば体言止めといったニュアンスだろう。establishedは直前のprocedureを形容していると考えておかしくない。

    注:例えば「Injured person」も「Person injured」も表中の記載ではどちらも見かける。

    そもそもISO901:2008の4.2.2a)b)c)を読んでもマネジメントシステム構築の手順ではない。このJACBの技術委員会が考えたことはまったく理解できない。
    単純に「品質システムのために設けられた手順書」と読解しても「組織の品質マネジメントシステムに要求する文書」と解釈しても文法的にも意味的にもおかしいとは思わない。
    システムとは「組織・機能・手順」の意味であり会社のシステムとは、職制でありプロセスであるわけだが、それを目に見えるようにしたものをシステムと呼ぶことは理解されよう。目に見えるとは会社の組織や機能を書面に記したもので、それはまさに「品質システムを形作るために作られた文書(s)」なのだ。
    故に、通常 システムと呼ぶものは膨大な手順書の総体だ。
    私が勤めていた会社ではそれを「会社規則集」と呼んでいたが、執行役会議から、怪我人が出たときの対応までを規定しているパイプファイル数冊に渡る会社の決まり(手順)を集めたものが会社のシステムであった。
    もしこれを使わずに会社のシステムを説明しようとしたら、社長室から営業・経理・製造から医務室・守衛所まで案内して説明することになるのだろうか?

    顧客あるいはその代理人である第三者認証機関から、御社のシステムを教えてくれと言われたときは、この会社規則集を渡せば済むわけだ。
    しかしいつも私は語っているが会社規則集は貴重な知的財産であり、取引先や認証機関に渡すことは多大な損失であるだけでなく営業秘密漏洩だ。だから顧客から品質システムを教えてくれと言われたら、顧客要求の範囲について会社規則の抜粋を作り提出していたのが「品質マニュアル」であった。
    それはまさに、b) にある、「the documented procedures established for the quality management system, or reference to them」
    「品質マネジメントシステムについて確立された文書化された手順又はそれらを参照できる情報」
    そのままではないか。
    つまり「品質マニュアル」には顧客要求事項に「○○せよ」とあることについて、会社規則集から該当箇所を抜き出して記述するか、あるいは該当する手順書の名称・条項・ページ数を記載し参照できるようにすることである。もちろん審査では相手に会社規則集を見せて該当箇所を確認してもらえばよい。文書の審査そのものだ。

    私は1990年代初頭から顧客要求に合わせて、多数の「品質マニュアル」を作成してきた。ご存じないかもしれないが、品質マニュアルなどISO規格で始めた現れた単語ではない。品質保証の世界では提出文書の意味である。最も登場が早かったのは防衛や原子力ではないのかと思う。

    そういう過去からの流れの上で読むと、「the documented procedures established for the quality management system, or reference to them」が「品質マネジメントシステムを計画するための手順文書」とは思えない。
    品質マニュアルは1987年版から一貫して「document used in drawing up and implementing a quality system」つまり「品質システムを書き表し実施するために使われる文書(ISO9001:1987)」であり、過去よりその性質は何も変わっていないと考える。
    JACBの解釈のようにマネジメントシステム確立のために一度だけ使われるための設計図という発想では、その文の所在が、○○マネジメントシステムの要求事項の中に埋もれているはずがない。
    もちろんTOEIC640しかない私だから、間違いがあったら指摘してほしい。


    うそ800 本日の思い出
    私はISOなどが現れる前から、品質マニュアルを大量生産してきた。顧客対応で作るのは当たり前と考えている。もちろん顧客要求が統一されれば良いなという思いはあった。だけど相手のあることだし、こちらは売り手だ。そんな余計なことを言って気を悪くされたら困る。そんな風に思っていた。
    しかし同時に、お客さんがどんな要求をしようと我が社の品質システムは一つしかない。その一つの品質システムはどんなお客さんの要求にも応えるのだという思いはあった。
    電取にはこの品質システム、ULにはこの品質システム、ISO9001だから……システムとはそんな簡単なものではない。
    品質システムは唯一無二、相手が言うことはすべて網羅している。相手が何を言おうとその品質システムは応えてくれる。
    さて、ISO9001が現れたとき、その発想で品質マニュアルを書き、やって来たイギリス人の審査員から「この品質マニュアルに書かれたシステムは存在するのだな」と言われたとき「もちろんです」と答えた。
    私はお客様対応で品質マニュアルを大量生産したが、全て現実と相違はない。そして品質システムは一つしかなかった。
    「マネジメントシステムを構築したか」なんて質問は、審査員が日本人になってから現れた問である。もちろんその答えは「我が社のマネジメントシステムは創立以来のものであり常にリファインされているが、確立されたのは100年前だ(年数は仮)」であった。

    うそ800 私なりの結論
    私は審査員の能力が低いときは、規格要求事項とその会社の手順書の対照表(○○マニュアル)を提供するのも良いと考える。そしてわざわざ提出文書に○○マニュアルと記述している認証機関なら、○○マニュアルは必要なのだろう。その方がお互いに時間の無駄をなくせるだろう。
    かって某外資系認証機関は、ISO規格に○○マニュアルの要求事項にあっても、送らなくても良いと断っていた。審査員に力量がありプロセスアプローチができるならISO規格だけあれば余計な情報などいらないのだろうと感心したことがある。


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