規格解釈

19.09.11
本日は雑談です。
なんじゃ、いつも雑談以下の愚痴とか放談ではないかと言われると、まあ、その通りですけど……

「解釈」とはどういう意味か? 辞書によると

【解釈】
文章や物事の意味を、受け手の側から理解すること。また、その理解したところを説明すること。その内容。
例)「―のしようで、どうにでもとれる」

とある。
要するに解釈が必要ということは、表現が明確あるいは具体的でない状態である。
クマ出没 そしてそれによって読み人によって得た情報がばらつく、あるいはいく通りにもとれる状態である。
表現がはっきりしていて、誰が読んでも同じ理解であれば解釈は必要ない。交通標識は解釈が必要ではない典型的な例である。

私が品質保証に関わったのは1990年頃である。それまでは現場の管理者をしており、 与えられた図面を基に物を作るお仕事だった。 図面を読むとは言うが、図面を解釈するとはふつう言わない。図面には設計仕様が明記されており、読み人によって違うことはありえないし、その可能性があるならその図面は欠陥である。図面仕様が不明確なら、設計部門に是正を求めなければならない。
製造部門は図面があれば物が作れるわけではない。普通 工作仕様と呼ぶが、どんな方法で作るかの検討が必要である。もちろん作れないという結論のこともある。
そして決定された工作仕様も読み人によってばらつきがあるようでは困る。加工の5Mは誤解されないように明確にする。

さて私はそんな仕事をしていたが、私の力量不足により管理者解任となり、品質保証部門に異動した。
実を言ってそれまで製造部門にいた私は品質保証と言われてもピンとこなかった。一体何をする職場なのか? 異動したとき上長や先輩に聞いても要領を得ない。本屋に行って品質保証の本を探したが、1990年頃は品質保証とタイトルにある本の多くは、品質管理とか部品材料の信頼性試験などがほとんどだった。
そんな状態であったが、みようみまねで与えられた仕事を始めた。品質保証部門のお仕事を簡単に言えば、顧客から要求された品質保証要求事項に対応することだ。
つまりB to Bの長期にわたる取引や非常に重要な部品・製品の場合、顧客が先方の必要とする製造条件などを要求してくる。立会検査はもちろんするけれど、出来上がった製品・部品を見ただけでは良否や信頼性が分からない場合、あるいは将来的には無検査にしたいとき、発注先にしっかりした管理をしてほしいのは誰でも考えることで、そういう要求は当然だ。
それまで私が作っていた製品は、B to Cだったからそういう要求はなかった。ただ似たようなものに電取法とか、UL認定があった。

ともあれ品質保証のお仕事は私に向いているようで、お気楽な生活が始まった。
神棚
毎朝、事務所の神棚を拝んでおりました
なにしろ品質保証では、毎朝、今日も事故や怪我が出ませんようにと神棚に祈ることもない。これほど精神的に楽な仕事はない。
事故でなくても、雪が降ったり交通事故で材料が入らなければ、作業者をどうするか、出荷計画の見直し、再起動の際の安全管理とか気が気ではない。またパートの人が休んだら人の割り振りと生産計画の調整とかもあった。
品質保証のお仕事は、そんな心配事とは無縁だ。緊急事態が発生することもないし、自分が良い仕事をすれば済む。
おっと、製品問題とか市場クレーム対応は、品質保証の仕事ではなく品質管理の仕事だ。

ともかく顧客要求……多くは品質保証要求書なんて名目だった……を読んで自分の会社がそれを満たしているかどうかを考えた。全くしていないなんてことはなかった。顧客要求ズバリのものがなくても似たようなことはしていたから、それを少し変更・追加して対応すれば間に合った。あるいは代替えできるとか同等であることを説明して理解いただいたこともある。
実を言って先輩にはズバリのものがないと、新たな仕事を追加する人もいたが、そこは考えようで、自社に負担にならないように顧客要求を満たすよう説明を考えるのが品質保証の仕事だと思う。

さて、顧客からの品質保証要求(書)を読んで、こりゃ意味不明だとか、どうとでも理解できるような記述はあまりなかった。お互い日本人だし、相手に分かるように、誤解されないように書くことは社会人の基本だろう。
「抜取検査はJISの○○(何年版)による」とあれば間違えることはないし、「校正間隔は6月毎」とあれば、校正間隔をどうするか悩むこともない。
ただ我々が日常あいまいなまま使っている言葉で、注意しなければならないことは多々あった。「及び」と「並び」とか「又は」と「若しくは」を正しく読まないと範囲が異なることがある。「場合」と「とき」も間違えると意味が変わることもある。

1992年にEUに輸出するためにISO9000sを認証しなければならないとなった。まずはISO規格なるものを読まないとならない。最初に手に入ったのは英文だけのISO9000sの本だった。
高校を出てから20有余年、英語と縁のない私は冷汗を流しながら、高校のとき使った英和辞典を引いて訳した。25ページほどではあったが、私にとってそれは大変だった。それを簡易製本して関係者に配った。皆はそれを読んで仕事をした。今思うと無謀としかいいようがない。あのときを思い出すと笑うしかない。

ともかく最初はそれで仕事をした。この時困ったのはトレーサビリティや校正などの細かいこと、対象範囲とか実施の詳細を規格は定めていないことだ。どうしたものかと考えたが、知らないことは知らない。やっていることだけを書いたマニュアルを作った。
そのときはイギリスの認証機関で、審査員はイギリス人だ。
当然マニュアルは英文でなければならない。英文和訳ならともかく和文英訳は私の手に負えない。当時はインターネットなどない。日本規格協会発行の雑誌の末尾に載っている広告をみて、東京の技術翻訳の会社に頼んだ。
まあ、すったもんだはありましたが1993年に何とか無事に審査は済み、認証をゲットした。日本でも早い方だったと思います。

判読しやすい
読みにくいとは、
分かりにくいではなく、
判読しにくいことである
もちろん何事もなかったわけではない。
審査の時に、審査員がマニュアルの印字をみて「イレジブル」と言われた。英語のできる人がなにごとかと質問すると、タイプを間違えて修正液で消して手書きしたところを示して、「不鮮明だからこれはダメ」だという。
分かりましたと返事して、後にタイプし直したものに差し替えた。それはそれっきりで終わった。

注:説明を追加する。原紙をタイプするときタイプミスがあり、原紙を修正液で消してボールペンで書いたものをコピーしたものを見ての話だ。昔のホワイトはドロドロしていて上に文字を書くときれいに書けなかった。
文書の原紙を修正液で直してよいのかという話になるが、スペルミスなどの重要性にかんがみて裁量範囲はあると思う。


1994年、別の製品でISO認証を受けた。このときもイギリスの別の認証機関だったが、審査員は日本人が来た。日本人とはいえISO審査員になる前は、海外で石油プラントの品質保証審査をしていた方だった。
このとき記録が手書きで殴り書きだったので、「読みやすく」是正してくださいとなった。そしてそれだけでなく次のようなご教示を頂いた。
ISO規格とは英文を読まないとダメです。日本語訳は元の意味そのままでない。「legible」を「読みやすく」と訳しているが、適切な訳とはいえない、「判読しやすい」と訳すべきだ。
そしてそのような例を多々挙げてくれた。
また、ISO規格はキリスト教だから、行間を読むなんてことはない。書いてある文字・単語がすべて。こういう意味だろう、こう考えているのだろうなどと、推察することは無用であるという。要求事項は文字に書かれていることだけだという。但し一般的な意味でとらえず、ひとつひとつの単語を英英辞典で良く調べて考えなさいと言われた。
その方には三度くらいしかお会いしなかったが、私がISO審査に関わった20年以上の間にお会いした100人以上の審査員の中で、最高の審査員だと思っている。

それ以来ISO規格はJIS翻訳でなく対訳本で読むことにしている。私の英語力では初めから英文ではきついので、一旦和文を読んでから英語と対比している。
その結果、いろいろなことが分かった。同じ英単語が複数の日本語になっている場合もあるし、 ISO対訳本 その逆もある。ひどいのは英文が1行なのに、JIS訳は2行になっていたりする。
過去、審査員が語る話でも、原語の英単語の意味と違うとか拡大解釈しているものなど多数あった。
例に挙げた「legible」は典型的なもので、会社の文書の表現が体言止めとか古風な言い回しの文章をみると、「この文章は読みやすくありませんね。修正が必要です」なんてドヤ顔で言われたこと数知れない。
文章が誤解されるような言い回しなら「illegible」ではなく、文書のレビューが不十分とかいう理由にすれば正当だと思う。もっとも分かりにくいというのも主観的な話だ。
これは解釈のバラツキというよりも、そもそもJIS規格の翻訳が稚拙だろう。日本語のJIS規格しか読まない審査員が、そう読み取るのは仕方ないことかもしれない。
なお「legible」を「読みやすく」と訳すのは2015年版も継承している。まあ、どでもいいけど、

ISO9001の1987年版では「明確にする」と「確実にする」は当初 意味が分からなかった。審査のとき審査員に質問した。「明確にする」の原語はdefineで、それは定義するではなく文書で定めること。そして「確実にする」の原語はensureで、記録を作る意であった。異論はあるかもしれないが、当時のイギリス人の審査員(複数)はそう理解していた。
そういうQ&Aから私はISO用の辞書を作った。そしてそれをどんどんと充実させていった。
またJIS訳を読んでおかしいとか、英文とJIS訳が違うところは、自分なりに本来の意味はどうなのか考えて対訳本に書き込んでいった。
ISO9001はその後1994年に小改定があったが、1995年頃にはほぼ日本語での解釈が確定したと思う。もう審査員や認証機関のバラツキは問題にならないだろうと思われた。

ところが1996年に制定されたISO14001では、また新たな解釈の問題が起きた。ISO9001で使われている単語が、ISO14001では全く違う意味に訳されているのである。
ティピカルなものはobjective(s)だろう。ISO9001:1994では目標と訳されているが、ISO14001:1996では目的と訳され、更にそれは3年以上先の目標でなければならないのだ。誤訳であろうと独りよがりの訳であろうと、それを満たさないと審査で適合判定されないなら、ISO14001の対訳表では、「objectiveは3年以上先の目標」と書いておかないといけないわけだ。
この対訳表も審査を経るたびにボリュームが増え充実(?)してきた。同時に、これはオカシイゾと思うしかない状況となった。
もはや英英辞典をいくら読み直しても手に負えない事態である。ISO規格の英文の意味ではなく、権威(?)ある審査員が解釈したものが唯一の真理となったのである。
前に述べたようにISO規格は、英文をひたすら読めば理解できるのではなかったのか?
もはや英文はどうでもいい、いや和訳もどうでもいい、某認証機関が語ったことが唯一神の教えなのである。まさしくそれは宗教である。
宗教は理解ではなく信じるしかない。ISO14001はISO規格から宗教に昇華したのである。

でも信じるものは救われるなら、これほど簡単なことはない。
環境方針にはISO14001の環境方針の項番にあるすべての単語を盛り込まなければなりませんよと言われて、環境方針を作ることは小学生にでもできる簡単なお仕事です。

製品やサービスを記載していますか?
継続的改善、順守、枠組み、周知の言葉は入っていますか?
一般の人が入手できると書いてありますか?

審査とはそんな簡単なことなのですか?
大の大人がお給料をもらってするお仕事ではなさそうです。

俺はそんなバカではないとおっしゃる審査員の方々へ あなたが審査に行く前に、マニュアルチェックをしていると思います。あれって同じことをしているのですよね?
違いますか?
「規格に「○○すること」とあるが、マニュアルに「○○します」と書いてない」なんてイチャモンをつけるのは、あなたのお子さんに自慢できるお仕事なのでしょうか?(反語ですよ)

どこでそんなふうに道を間違えてしまったのでしょうか?
どうして間違えてしまったのでしょうか?
 JIS規格しか読まなかったからでしょうか?
 ISO規格を理解しなかったからでしょうか?
 真面目に取り組まなかったからでしょうか?
 先輩や上長が語るのを信じたからでしょうか?

どうしてなのか分かりません。ただ審査員個人個人がISO規格をひたすら読んで考えてなかったのは事実でしょう。本来ならISO規格の英文だけを読んで、それ以外の雑音は耳に入れなければ良かったのです。

解釈とは英語でどういうのかと調べたらinterpretation、これって普通翻訳と訳しますよね。翻訳とか通訳によって元々の意味が改変されるなら、翻訳せずに原文を読むしかないのが正解のようです。
そして規格にない言葉を補うのも止めて欲しいですね。
審査する側もされる側も、ISO規格英語版か対訳本だけで、疑義があればそれを読んで白黒つけるのが一番まっとうだと思うのです。
もし日本独自に解釈するのなら、審査で疑義のあったことすべてについて、ISOxxxx規格解釈委員会で検討し唯一の解釈をまとめて公表し、それ以外の解釈を認めないとするようにしてほしい。良きにつけ悪しきにつけ解釈が一本化すれば無用なトラブルは避けられる。そのときillegibleが文章が分かりやすいでもいい。日本のISOはこれだとISOxxxx規格解釈委員会と言い切ってくれるなら間違っていようが構わない。
他国の認定機関との相互検証で問題になっても、それはISOxxxx規格解釈委員会の問題であって、認証組織と認証機関のトラブルではない。

注: 私の知る限りISOxxxx規格解釈委員会が出した通知とは、2000/04/28にISO14001解釈委員会が出した「ISO14001解釈委員会報告」ただ1件だけだ。
日本でISO規格解釈が問題になることはめったにないのか?
そうは思えないけど

もう、いまさらそんなことを考えるまでもないのかもしれない。


ヤレヤレ
うそ800 本日の解釈
解釈が複数あるなら、それはグローバルスタンダードではない。
解釈がひとつでも、国境を出たら通用しないならグローバルスタンダードではない。


うそ800の目次にもどる