方針は組織内に伝達する

19.11.11
環境方針とはその企業の環境についてのスタンスを示すものだ。そもそも方針とは、方位磁石の磁針のことで進む方向を示す。環境方針となれば、その会社の環境活動の進む方向を示すのは当然だ。
方位磁石 企業の環境についてのスタンスを示すものなら、社長又はトップが思いの丈を込めて作り上げるものと思うけど、ISO規格には環境方針にはあれを盛り込め、これを入れろと小うるさい要求がある。更に方針の扱いをどうしろと更なる注文がつく。

1996年版と2004年版では環境方針についての要求は、方針に盛り込むべき仕様と方針の扱いがごちゃまぜになっていたが、2015年版でそのふたつは分けて書かれるようになり少しはましになった。
もっとも方針の扱いについて書き方は変わっても、文書化、内部への周知、外部への公開という三つは初版から変わらない。しかしその具体的記述は版が変わるたびに変遷してきた。但し例によってそれぞれの版において、英語原文とJIS訳が違っていたのもご愛敬である。
いやいや愛嬌なんて言ってられない。それは非常にまずいぞ

環境方針の組織内への周知への要求事項


版によって対象と表現は異なっても、要求事項はcommunicate で変化はない。しかし翻訳された日本語は「周知」から「伝達」に変わった。「Communicate」は「周知」あるいは「伝達」と訳して良いのだろうか?

まずは原語のcommunicateの意味を調べてみよう。


では日本語の意味を調べてみる。

【伝達する】 【周知】
日本語の「周知」の説明に「知らせる」とある。「知らせる」を辞典で調べると

【知らせる】
ここまででcommunicateと伝達は同じ意味ではないことが明白である。
ひとつの違いは「communicate」は双方向の情報交換であり、「伝達する」は一方通行である。
情報の種類や伝達目的によって、双方向であることは不要のこともあるかもしれない。例えば命令を伝えるとき、受令者の意見など聞くことはないかもしれない。しかし業者に仕事を頼むとき、仕事の目的や状況を説明すれば、依頼者が考えたことより良いアイデアの提案を受けるかもしれない。そういう意味で一方向でなく双方向の情報交換は生産性を高めるだろう。
いや、そもそも原語と翻訳が違うなら、良し悪しを考えることはない。

もうひとつの違いは、単に伝えるのではなく相手に理解させることである。
これは重要なポイントだ。何事でも一方的に話したり掲示するだけでなく、対象者が認識したか納得したかを確認することは重要だ。
上記のように「思い知らせる」の表現には「身にしみて分からせる」という意味があり、「理解させる」に似た感じもするがニュアンスは相当違うように思う。


そうくるだろうと
お待ちしておりました
じっくりと……

男性
おっと、上記に対する異議を予想する。
「伝達の意味は理解させることまで含むんだ」なんて言い出すお人が現れるだろう。
まちなせえ〜
ISO規格では定義されていない言葉は、一般的に使われる意味に解することになっている。異議を唱える方が「伝達する」に、広辞苑にない「理解させる」まで意味を持つと解するのが一般的だと説明できるとは思えない。
それに方針カードを配って「OK」としている多数の会社と審査員が存在することから、JIS規格の「伝達する」が「理解させる」ことは含まないと解釈されていることは間違いない。

さて、そうなるとJIS翻訳は適切かとなれば、その答えは当然だが不適切、いや誤訳ということになる。
2015年版を例にとれば
(Environmental policy shall) be communicated within the organizationは現行の「組織内に伝達する」ではなく、「組織内に理解させる」くらいには訳したい。

私の論に納得されない方でも、裏返してみれば簡単にわかっていただけるだろう。
例えば監査で「環境方針は伝達されていますか?」と聞くのはどうか?

ハイ、これが
環境方針カードです
……読んでないけど
これが環境方針です
「伝達されました。これが今年度の環境方針です」そう言って方針カードを出されたら、伝達されたことの立証であり、JIS規格の要求に対しては100点満点だ。
でもISO要求事項は「伝達すること」を求めているのではなく、「communicate」すなわち組織の人や組織のために働く人が、環境方針を理解してそれに基づいて行動することを求めている。環境方針カードを持っていることはISO規格を満たさない。
要するに「伝達されていますか?」という質問は、JIS規格の文字面通りであるが、本来のISO規格からすれば見当違いのことを聞き、見当違いの回答を得たにすぎない。
その間違いの原因はJIS規格の和訳がおかしいからなのだ。

では「環境方針を理解していますか?」と聞けばどうか?
この質問には方針カードを見せても理解したことを立証できない。どうすべきろう?
例えば自分の手帳を取り出し年間の行動目標を示し、自分の年間行動目標が環境方針の自分の職務に関わることについて何をするのか記されていれば合格だ。
こんなことしてます
あんなことしてます

こんなことしてますよ
あるいは書き物を持ち出さなくても「方針の文句をすべて覚えているわけではありません。でも自分に関わることは知っています。廃棄物削減では販促品の必要数の見積もり精度を上げることを考えています。社用車燃料の削減は、顧客訪問ルートの見直しと頻度を検討しています。もちろん単に訪問回数を減らすのではなく、新製品とか納品などとの関連を考慮して、より効率的で成果の出るようにですね……」

いずれにしても回答は定形的でなく一人一人異なるだろうし、散文的になる。質問者はそれを咀嚼し、必要なら更なる質問を重ねる必要があるだろう。しかしそういうコミュニケーションによって、相手が環境方針をいかほど理解しているのかだけでなく、その実践状況まで得られる情報は広がっていく。それこそが監査の基本だし、醍醐味だろう。そういう監査をすればISO要求事項が満たされてるかを深く知ることができる。

おっと、ご記憶していると思うけど、ISO規格のどこにも環境方針を暗記しろとか、自部門に関わらないことも覚えろとは書いてない。方針の自分に関わることを理解し、その実現に努めることがISO要求事項の必要十分である。

こんなこと当たり前だ。しかしJIS訳のほんの些細な間違いで、組織が受けとる情報も、監査員の切り口も変ってしまうのだ。翻訳おそるべし、誤訳死すべし。

おっと、大変なことに気が付いた。
ISO14001で方針以外にも伝達が使われているところはないのか?
全文検索したらISO14001では7カ所で使われている。


これらについても翻訳の妥当性とそれに伴って現状の検証が必要だ。
とはいえ私は考えるのが飽きたから、これらについては皆さんにお願いする。


閑話
私が現役のときだからもう7年くらい前のこと、勤めていた会社のある工場の総務課長から電話がかかってきた。何でも屋と思われていた私に、工場や関連会社から法律とかISOとかについて問合せとか相談が来るのは毎度のことだった。
方針がたくさん まず環境方針とか品質方針というものをカードに印刷して配布しなければならないのかと聞かれた。
そんなことは必要ないと回答すると、環境事務局がカードを配らないとISOが不合格になるというのだという。
最初は具体的な質問のやり取りだったが、そのうち規格要求とは何かとか対応策の方向についての質問に変わってきた。彼が言うには品質とか環境とか様々な活動で、方針カードのようなものを作って配布されたら、従業員も困るし管理上まずいという。それはよく分かる。
そして周知とはどういうことかと聞かれた。上長の考えを伝え理解してもらい行動してもらうことだというと、年初の講話とか工場の季刊誌でよいのではないかと問う。カードの代わりにそういうものでも良いが、本当に理解され行動してくれるのかどうかですと答える。すると総務課長は環境どころか日々の仕事の指示だって実行させることは難しいよなと笑っていた。
現実はそんなものだろう。そしてそんなものだから多くの規格や法律で「従業員に知らしめて実行させなさい」とモーゼのようなことを語るのだろう。でも法律は楽だよね、従わないなら刑罰を設けることができるから。

言うは易く行うは難し、ISO規格の方針一つとっても真に規格適合なんてのはいかほどあるのだろう。
おおっと、ご安心ください。認証機関に対する要求でも「トップマネジメントは活動の方針を確立し(中略)、すべての階層において理解され、実施及び維持されることを確実にしなければならない(ISO17021-1:2015 10.2.1)」とある。これが完璧に行われている認証機関はいかほどあるのか、興味がある。


うそ800 本日の希望
私の同志たちはかねてより、JIS翻訳はISO規格の正しい和訳ではなく、恣意的である、誤訳が多い、分かりにくいと非難ゴーゴー・不満ブーブーである。
ぜひとも正しく分かりやすい日本語に翻訳してほしい。もしくはJIS規格を英語原文と和訳を並べて、疑義あるときは英文を正とすると明記してほしい。恥じることはない。間違った翻訳よりよほど良い。

おっと、そのとき対訳だからとJIS規格票の値段をあげてはいけない。そのときは原文がついていてのJIS規格なのだから、従来通りの値段でお願いしたい。
それにしてもJISQ14001が4,180円とは暴利としか思えない。



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