環境から始まる妄想

20.06.22

ISO14001は「環境マネジメントシステム」の規格というけれど、はたして「環境」とは何か? マネジメントシステムとは何か? ISO14001は「環境」を「マネジメント」する「システム」の規格なのか?

そもそも環境とは何だろう? もちろんISO14001では定義されている。

ISO14001:2015 3.2.1 環境
大気、水、土地、天然資源、植物、動物、人及びそれらの相互関係を含む、組織の活動をとりまくもの

これを一読して、ワケワカランと思うのは私だけか?
確かに環境とはそういうものだろう。日本語でも例えば部屋の「環境」が悪いといえば、物理的な雨漏りや温度・湿度もあるだろうし、ゴキブリが歩いているのも嫌だし、感性的に自■者が出た部屋には住みたくないし、悲しいときに隣の部屋から笑い声が聞こえるのも、病気がつらい話を聞かされるのも環境が悪い。

だがご安心ください、「環境マネジメントシステム」とは「環境」をマネジメントすることではなく、「環境側面をマネジメントし、順守義務を満たし、リスク及び機械に取り組むため(3.1.2)」の仕組みだそうだ。
それは決して梅雨で気が滅入るとか、幽霊怖いとか、笑うなとか、愚痴は聞きたくないことをマネジメントする仕組みではない。
そして規格本文では、「組織は、環境マネジメントシステムの定められた適用範囲の中で、(中略)組織の活動、製品及びサービスについて、組織が管理できる環境側面及び組織が影響を及ぼすことができる環境側面、並びにそれらに伴う環境影響を決定しなければならない(6.1.2)」とある。
ISO14001規格の守備範囲は、しっかりと線引きされ限定されているのです。それ以外は北爆禁止のサンクチュアリです。最近はネイチャーリザーブというんですか?

さてISO14001:2015規格本文には「環境」という語は何回出てくるのか?
数えたらなんと126回も出てくる。しかしお立合い!「環境」という語が単独で使われているのは1回もない。すべて定義の項番で定義されている「環境マネジメントシステム」とか、「環境目標」「環境影響」などなどであり、「環境」という語単独での使用はない!

以上から「環境マネジメントシステム」とは「環境」をマネジメントすることではない。「我々が環境と関わること」をマネジメントすることです。当然ですが、我々が関わらないことを管理するものではありません。いやいや、我々が関わっていないことを管理しようがありません。
おっと我々とは認証組織つまり適用範囲のこと、適用範囲といってもISO14001の項番1ではなく項番4.3の適用範囲です。

シロクマ ツバルが海に沈むとも(注1)、北極でシロクマさんが少子化で悩もうとも、適用範囲が関わっていないなら、できることはありません。もちろんすることもありません。
ともかくISO14001は「環境マネジメントシステムの規格」だといわれていますが、その「環境」とは一般的な環境の意味ではなく、それどころかISO14001の定義の「環境」でもないということ。これを忘れないように。

ISO14001の定義の「環境」と、規格本文でマネジメントしろといっている「環境」が違うっておかしいんじゃないか! と怒ることはありません。環境マネジメントシステムという語は定義された意味でしかなく、環境をマネジメントするシステムのことじゃないのです。環境側面が環境の側面じゃないのと同じ。定義なんてみなそんなもの。
ヘイトスピーチ対策法が、日本人へのヘイトを禁止していないという名は体を表さないティピカルな例です。

ISO14001規格の中で使われている言葉がどうということは、一般人には縁のない話だ。私のようにISO認証に関わっていた人間にとっても「環境!何それおいしいの?」程度のこと。
では何も問題がないのか、何か問題があるのかというだ。
問題というか「環境とは何ぞや?」となるのは、ISO審査の場をおいてほかにない。
具体例を挙げると「御社では環境問題である生物多様性に関係してないのか?」とか「御社は環境保護にいかなる貢献をしているのか?」なんてね!
そういう審査員の質問は我々(適用範囲)が生物多様性とか環境保護に対して、目に見える活動をしていないとき発せられる。
そう言われると即座に反論できる人はいないんじゃないかな? 私だってグッと詰まってしまうことは間違いない。

だけど待てよ、「人殺しは良くない」と言われたら反論しようない。現代では多くの国において、殺人は犯罪である。だけど人を殺すことが犯罪であるためには、前提条件が付くだろう。死刑執行人は殺人罪に問われることはなく、判決を出した判事は殺人教唆でもない。また我々が自己または他人を防衛するために加害者を殺める行為は、正当防衛であり罪に問われない(刑法36条)。
同様に環境に悪いといわれても、それが正しいわけじゃない。正しそうに聞こえるだけだ。
そもそも人間の存在そのものが環境に悪いわけですから、会社にあるもの、会社でしていること、会社で作ったもの、すべてが環境に悪いものばかりでしょう。
環境に良いものを作っているつもりでも、廃棄物を出さない工場はなく、資源を使わない工場はなく、そもそもエントロピを減らす工場は論理的に存在しえない。
同じ土地で永遠に農業ができると思っているかもしれないが、田んぼを除いてそれは無理というのが定説だ。なぜ田んぼは連作できるのかというと、水が農地の老廃物を洗い流すからだそうだ。
だからもちろん農業も自然破壊の典型的なものだ。
いやいや、自然とは人間の手が加わっていないものとすれば、人間の活動はすべて自然を変えることであり、それはすなわち環境に悪いことなのだ。ゆえに人間の活動すべて、もちろん企業活動はすべて環境に悪いのである。

そりゃ間違っているとか無理筋だと言うなかれ、
木を切るのは環境に悪く、植林は環境に良いのか?
自然を変えるのはどちらも同じ。
木を切るのが環境に悪いなら、植林も環境に悪いと言わねばならない。

なんとなれば… 環境保護運動をしている人のほとんどは、自分が思う自然の再現を目指している。
それは必然だ。測定・観察は対象物に影響を与える。対象物を知るには対象物に影響を与える。自分が見る前の自然を知ることは不可能だ。

もし木々があるのが自然とか、森林はCO2を貯蔵するから環境に良いとおっしゃるなら、その姿はあなたの考える自然であるということだ。
それを否定するものではないが、他人が見ている自然は、あなたと同じではない。

ISO審査では「組織が規格適合か否かを判定」すればよく、そこに含まれていないことは審査の対象外なのは当たり前だ。
新製品が売れて売れて困る状態なら、製造時も使用時も環境影響が増大しているのは間違いない。エネルギーゼロ、資源消費ゼロ、使用時環境との関係ゼロ、廃棄物ゼロなら環境影響ゼロを達成するのかもしれないが、提供するものが形ある製品でなくサービスでもソフトでもそんなことはあり得ない。

話は替わる。ISO9001の規格要求を満たしていなくても、ISO14001の認証には全く関わりがないのだ。しかしなぜかISO9001で不祥事があると、ISO14001でも瑕疵を見つけられて認証の停止になるなんてことが(以下略)
某認証機関のエライサンが私に語ったことだが、社内でセクハラや不祥事があればISO認証の停止もあるという。それはセクハラや差別も環境問題だという。その理由は環境の定義が「人を取り巻くもの」だかららしい。
だが環境マネジメントシステムは、環境をマネジメントするシステムではなく、適用範囲が環境と関わるのを管理するシステムなのだ。だからセクハラや不祥事は、環境マネジメントシステムの範疇ではない。

そもそもISO規格の目的とISO認証の際に期待されるものは異なっているのではないか?
ISO14001が制定されたとき、その狙いは持続可能性であったとISO14001の初版に書いてあった。しかし規格の意図はそうであっても、ISO審査においては持続可能性が達せられるか否かをみるのではない。
まずISO規格要求事項を100%満たしても、持続可能性が可能になるという保証はない。いやいや、世界に存在するISO認証組織はすべてISO14001を満たしているはずだ。そうでなければ認証を得られない。認証は入学試験と違い、問いの8割正答なら合格なんてことではなく、要求事項shallが100%適合でなければならないのだ。
ともかくISO14001の規格適合は、認証を受ける組織が規格要求を満たしているか否かでしかない。

では持続可能性を目指して作られた規格の意図である「遵法と汚染の予防」はすべてのshallを満たせば保証されるのか? となれば、すべてのshallを満たせば持続可能性が達成されることを保証しているわけではない(注2)
おっとそれは原理上の話であるが、運用上も「審査は抜き取りだから100%適合を保証しない」とISO17021-1に明記してある。

それじゃISO14001なんて全く無意味なのかといえば、そうではない。
認証を受けた組織はその機能により「遵法と汚染の予防」という目標に向かってスパイラルアップをしていくというのがISO規格の本来の考えではなかったのか?
スパイラルアップ ISO14001認証していても、事故が起きました、違反が見つかりました、会社の不祥事が起きました、当社製品は省エネ性能がいまいちなんです……それでいいのだ。
そういう現実を認識して、改善活動をしていく、仕組みやパフォーマンスを少しずつ改善していくということがなされていれば問題ないのだ。
もちろん形式上 規格要求を満たしていなければならない。しかし運用において多少の漏れ、ミスがあってもそれを継続的に改善しているなら十分なのである。

質問があるだろう。
それじゃ認証範囲がISO14001に適合していればそれ以外はどうでもいいのかと?
当然でしょう。あなたの疑問はいろいろなケースが考えられる。