ゴミの話

21.06.03

ゴミの話といっても、日本の廃棄物の現状は〜とか、廃棄物処理法はどうあるべきか〜なんて 大言壮語 大局的で立派なことではない。前回は我が家の水について書いたので、今回は我が家のゴミについて書く。

日本の一般家庭から出るごみの量は一人一日当たり918gだ(注1)私が現役時代(2012年まで)は一人一日1kgと覚えやすかったが、10年間で1割も減ったとはたいしたものだ。
賛否はあるだろうが最近の包装袋有料化によって、すべてのお店で袋が減っているから更にゴミは減るだろう。

もちろん家庭ごみの量は日本全国均一ではなく、全国の市や区の一人一日当たり家庭ごみ排出量ランキングでは、トップ(最小)は沖縄県名護市で368g、ワースト(最大)が広島県竹原市で1283gである(注2)なお私の住む近隣の市でも、少ないところは800gから多いところは1200gとかなり違いがある。都市と田舎の違いとか○○地方ではなどと、一般論では語れないようだ。


さて我が家の場合である。
私の住むマンションには、マンションの1戸分より広いとても大きなごみ置き場がある。市のごみ回収日は何曜日と決まっているが、住民はいつでもそのごみ置き場に出しておけば ゴミ回収車 回収の曜日に回収車が持っていってくれる。
分別はもちろん市の分類に従う。といっても住んでいる市は細かくなく、燃えるゴミ、燃えないゴミ、乾電池、エアゾールスプレーとかそんなものだ。
段ボールやペットボトルは、マンションでは法律上は廃棄物でなく有価で業者に売っている。とはいえ家庭からの排出物としては同じだから、ここでは家庭ごみとして取り上げる。

我が家で燃えるごみは、45リットルのごみ袋で週に2回を出している。週に2袋満杯にはならないが、家に置くと臭くなること、マンションのごみ置き場といってもあまり置くと迷惑だろうから市のごみ回収の日に出すようにしている。それで袋の中身が少なめでも回収日には出す。

燃えないゴミはめったにない。量的に少なく置いといても腐ったりしないので、年に2・3度出す程度だ。ベランダにスーパーのポリ袋を置き、そこに乾電池やカッターとか壊れた食器などを溜めておき、袋が半分くらいになったらゴミ置き場にもっていって、それぞれの区分の大きな袋に放り込んでおしまい。

粗大ごみを出すなんてめったにない。記憶にあるのは数年前、以前家族4人で住んでいた時に ごみ捨て 食卓の椅子が4脚あったが、子供たちがいない今もう4人が座ることはないので2脚捨てた。まったく悪いところもなく、家内と私で捨てようか捨てまいか悩んだ。

市のごみ処理券をコンビニで購入して、市の廃棄物センターに引き取りを依頼するのはどこも同じだろう。現物に処理券を貼り付けてゴミ置き場に置けば良い。
しかしあとでごみ捨てに行ったとき、処理券だけ壁に貼ってあって椅子はなくなっていた。マンション住民の誰かが椅子を持って行ってしまったようだ。そういうケースは多いようだ。リユースしてくれるなら世の中にとって良いことだろう。
回収業者もそういうことに慣れているようでトラブルにならない。

家電やパソコンは、廃棄処理を定める法律に従って処理する。よく量販店で安いパソコンを売っているが、企業向けパソコンで処理費用が売値にオンされていないケースが多い。それを捨てるときはパソコンリサイクルのスキームで持っていってくれず、改めてお金を払う必要がある。
金を出すのが嫌な人はパソコンバラバラにして燃えないゴミとして出す人もいる。そんなことをしているのを見ると、そこまでお金を出すのが嫌なのと思う。
第一に 法律を守ろうよ、
ただ私は秘密保持のためハードディスクだけは取り出して物理的に壊して燃えないゴミに出している。HDを壊してから再びパソコンに付けてもいいけど面倒だ。
我がマンションは管理人が厳しいから……当たり前のことだ……粗大ごみやパソコンなどを無断で置いていけば大体逮捕される。逮捕は冗談だが、カメラで特定されて強制的に引き取らせられる。


おっと、余計な話は終わって、我が家の話をする。
我が家から出るのは主に次のようなものだ。


さて家庭ごみの内訳は日本全体では(注3)

リサイクル種類重量%容積%
5.66.5
28.426.2
繊維3.63
ペットボトル2.02.8
発泡スチロール 0.20.2
廃プラスチック9.69.4
ゴム・皮革2.21.0
木・竹・草2.84.4
厨芥31.232.7
スチール缶1.11.0
アルミ缶1.61.4
金属2.01.8
電池2.01.8
ガラス4.34.1
その他可燃物3.12.0
その他不燃物1.71.6
水分0.61.1

注1:環境省資料を基にサマライズした。
注2:◎リサイクルはリサイクル用に分別しているもの
注3:四捨五入しているので合計は100%にならない。

上表を見ると2020年の今は紙類とプラスチック類の重量・容積共に約5割である。
普通一般ごみの重量3割・容積6割を包装材が占めるといわれる。実際に20世紀末から2000年代初めは一般ごみに占める紙類とプラスチックの重量は4割、容積は8割近かった。20年間で容器包装の削減が図られ容積が4割減になったと思える。重量比が増えたのは分別リサイクルの推進によりリサイクルに回ったことによると推測する。
ともかく家庭から出る一般廃棄物は相当削減が進んでいる。

我が家からいかほど燃えるゴミが出ているかとなるが、毎回重さを量っているわけではない。ただ45リットルの袋には35リットル程度だろうし、袋詰めしたときの比重は生ごみが多ければ0.2、紙くずが多ければ0.12という(注4)
すると重量は

 月に出すゴミの重さ=35リットル×0.15比重×2回/週×4週=42kg

しかしこれだけでなく新聞紙やペットボトルは家庭ごみではあるが、リサイクルしているからゴミ袋には入れてない。
新聞紙は1日160g程度だが、これにチラシが入るから190gとしよう。すると

 190g/1000(kg換算)×30日(注)=5.7kg
  注:新聞休刊は年10回だから月1回あるとする。

ペットボトルは2リットル瓶でお茶、スポーツドリンク、など月に30本以上は飲む。ペットボトルの重さは30〜50gだそうだ。
1個40gとしてひと月に出す空のペットボトルの重さは

 40/1000(kg換算)×30=1.2kg

以上を重量順に並べると

種類重量
包装用プラスチック 29.4kg
紙屑8.4kg
新聞紙5.7kg
厨芥4.2kg
ペットボトル1.2kg
合計48.9kg

一人一日では 48.9÷2÷31=788g/日 となる。
段ボールは通販だけだ。
1個200gで月1箱として 月200g
二人だから2で割ると  200÷2=100g

これに燃えないゴミなどが加わるが50gないことは間違いない。
よって我が家の場合は一人一日900gだ。これは日本平均そして千葉県平均と奇しくも同じである(注5)


さて、ここまでは前振りだ。我が家が出している一人一日900gを更に減らすとしたら、どうしたらいいのだろう? それを考えたい。

そういうことをまとめると、我が家の家庭ごみは減らすのは限界ではなかろうか?
もっと減らすならシャンプーや台所洗剤や調味料などを、量り売りするとか考えることが必要かと思う。
私の直観だが、全体としてのライフサイクルで考えると、チマチマしたことはしないほうが良いという感じがする。


ところで話は変わって、私の子供のころ、1960年頃の家庭ごみと今を比べてみよう。
まず当時は市の行政サービスというのは消防、道路、水道など狭い範囲だけで、ごみ収集なんて仕組みはなかった。
じゃあどうしていたかというと、我が家は長屋を借りて住んでいたが、それぞれに10坪ほどの小さな庭があった。各家庭はそこに50センチ角で深さ1mくらいの穴を掘り、野菜くずなどを放り込んで、一杯になるとそこを埋めて、また別のところを掘って埋めた。化学薬品でもなく自然に帰れということだったのだろう。厨芥は庭に埋めれば済んだのである。
埋めたものはすぐに土に還り嵩も小さくなったので、埋めきれないという話は聞いたことがない。

刈り取った植栽とか古い家具は乾かして庭先で燃やした。
親父が消防署に「庭で廃材を燃やしますんでよろしく」と電話すると、「風が強くなったら止めてね」で終わりだ。今は法律で禁止されているし(注6)やれば捕まる。

薬を入れた袋 新聞紙はA4サイズくらいに切り、落とし紙として使った。
包装容器は家庭で物入として大事に使った。洋服の入っていたボール紙の箱は服が捨てられるまで箪笥替わりに使われた。
医者に行ってもらうお薬の袋は、次回医者に行ったときに持っていかないと看護婦に叱られた。当時は紙袋ひとつとっても大事に使った時代だった。


1960年頃は今と生活習慣も違ったが、家庭だけでなく、社会全体、国全体が貧しくて物がなかったから、ものを大事に使い、ごみというのはもうどうしても使えなくなったものだけだったのだろう。

燃えないゴミはどうしたのだろう? 当時出た燃えないゴミ、例えばガラス瓶、缶詰の缶は屑屋とか釜屋が買い取った。 ラジオ ラジオなどは壊れて動かなくても釜屋が持って行った。
割れた電球とか乾電池などは庭の穴に埋めた。
道端に空き缶とか鉄くずが落ちているはずはない。小学生から中学生の頃は、休みの日、仲間を募って道に落ちている鉄くず拾いをした。一日かけて拾うと数百円になり、それを参加者で割っても一人200円くらいになった。消費者物価指数が5倍になっているから、今なら1000円くらいの価値があったと思う。小遣いも満足にもらえなかった当時はとんでもない大金だった。

あの頃なら家庭ごみを減らそうなんてことは考えたことがなかった。1960年代半ばから、どんどん家も建ち、庭もない人も増え、庭に埋めるとか山に行って捨てるってことができなくなり、市が行政サービスとしてごみ収集を始めたのだろう。

会社に入った頃、道路にたくさんのコーヒーや飲料缶が落ちているのを見て、時代が変わったなあと思った。ほんの数年前だったら、あっという間に子供たちが表れて金屑を拾って道路はきれいになっていただろう。


中学生の頃読んだ本を今でも覚えている。それには日本の家庭から出るごみの量と、アメリカの家庭から出るごみの量が書いてあり、日本も早くアメリカのように大量のごみを出す社会になってほしいとあった。

今は真逆、まさにパラダイムシフトだ!
著者は大量消費社会にあこがれていたんじゃないかな。いや、それを読んだ当時の人が違和感を持たなかったのは、そういう考えに同感したのだろう。今の日本は貧しくて物を持っていない。いつの日か物をジャンジャンと捨てられるような暮らしをしたいと当時の人たちは思ったのではないだろうか。
飽食と物を捨てる文化は同根だ。当時は食べたくても食べられない、いつか食べたいだけ食べられるようになりたい、肉も食べたいと願った。
それが実現したことは喜ばしいことだが、それはオーバーシュートして肥満、糖尿病が増加している。
結局、ごみ問題とは日本が豊かになったからだ。
ごみを少なくするよう私たちのライフスタイルを改善すべきではあるが、我々は豊かになったことを実感すべきだ。それは決して悪じゃない。


ここまで考えても消えない疑問がある。
沖縄県名護市で一人一日当たり368gしか家庭ごみが出ていないということだ。そして名護市が異常でないのは、2位3位の都市も300g台だし、20位まで400g台なのだ。なぜ我が家の半分以下しかごみを出さないのか?
名護市では新聞を購読していないのか、それとも大家族で5人くらいで読んでいるのか?
洗剤や調味料の容器はどうしているのか? ペットボトルは飲まないのか?
どう考えても我が家の4割しか出さない方法は思いつかない。

名護市では家庭用コンポストを大々的に普及させて、家庭で生ごみの処理をさせているようだ(注7)
日本の平均では厨芥は家庭ごみの9%だから、コンポストで処理してそれを農家で使えば家庭ごみは91%になる。だがそれにしても総排出量を400gに抑えなければならない。我が家の半分以下だ。生活様式を全く変えないと実現しそうない。

もしかして有価物やリサイクルしているものは対象外としているのかもしれない。我が家でもマンションで売却している新聞紙、段ボール、ペットボトルの合計は月7kgとなり、さらに厨芥をコンポスト化したとして11.4kgとなる。これを48.9kgから差し引けば37.5kg。一人一日当たりは605gとなる。
更に家族数増えたときの家庭ごみ排出の増加はリニアでなく対数に近いから、4人家族なら一人一日当たり400gを切るはずだ。だがこれくらいが限度ではなかろうか?

注:法律では売れないもの・値が付かないものが廃棄物となる。リサイクルとは関係ない。
しかし法律でいう廃棄物を減らせば良いのではなく、またリサイクルすれば良いわけではない。
真の目的は不要物、排出物を減らすことだ。その意味での家庭の不要物という尺度で評価しなければならない。
ペットボトルが中国に売れるからじゃんじゃん使えというのは間違いだ。新聞紙はリサイクルできるから無問題というのも間違い。ディスポーザーで厨芥が減ったというのも間違い。私たちの暮らしにおいて、無駄を減らす、無用なものを買いこまない、総合的に見て無駄を減らすという考えを持たないと循環型社会を作ることはできない。
各種データの「家庭ごみ」とか「一般廃棄物」の定義がどのようなものか分からないので、厳密な比較検討はできない。


実は最も簡単なごみを減らす方法がある。それは貧しくなることだ。
私が子供のときのおもちゃは、缶詰の空き缶だった。そりゃごみは出ないわww


うそ800 本日のとりあえず

とりあえず我が家ではごみ削減に務めることはなさそうだ。今以上ごみを減らすにはインプットを減らさねばならず、インプットを減らすにはまずインプットを増やさねばならない。
我が家はゴミが出ないほどつましい暮らしである。おっと、貧乏暮らしともいう。




注1
注2
全国市区の一人一日当たり家庭ごみ排出量ランキング
この市区ランキングはデータがある815市区のみで、報告されていない175市区は当然だが対象外である。
 市区の数は

注3
注4
注5
注6
正確には消防法や施行令では禁止されていない。市や地域の消防条例で規制されている。

注7


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