ほとんどのISO認証機関は情報誌・広報誌を定期的に発行している。しかし多くは、その認証機関から認証を受けている企業に対する連絡事項とか各種研修の宣伝がメインである。そしてハードコピーやpdfの提供も認証を受けている企業にだけに公開というところが多い。
それに対してJQAの広報誌は、一般向けのISO認証全般についての動向などを載せていて面白い。更にJQAはそれを過去より一般公開している。これは情報公開という意味でも内容的にも、他の認証機関と差別化する素晴らしいことだと思う。
JQA(日本品質保証機構)の情報誌「ISO NETWORK」のVol.35が昨年末に出た。
この文は、それを読んだ感想である。
今回の特集は『身近な日常生活でのISOマネジメントシステムが担う役割』とある。ISO認証も一般人の購買活動に使われるようになったのかと興味を持って読んだ。
特集を読んだ結果、私は大いに違和感を持ったのである。以下、疑問点について考えたことを書く。
注:以降、引用部はすべて紫文字で記し二重鍵括弧『 』で囲む。
本文の引用については法律、判例を根拠にしている
第一部
第一部はJQAが(公益社団法人)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会(以下NACSと略す)の幹部へのインタビューである。
これはNACSが、企業の広報についても第三者認証(検証)が欲しいというコンテキストで述べられたものである。
その願いはともかく、『第三者による責任の伴う審査・認証』とはどういうことか? 第三者認証はその認証に問題があっても一切責任を負わない。認証を受けた企業に問題が発覚しても、せいぜい後追いで認証を取り消すだけだ。
仮に企業報道の第三者認証(検証)があったとして、その企業の広報発表に虚偽や錯誤があっても、認証機関は何ら責任を負わないだろう。だからそれによって信頼感が増すとも思えない。
これはNACSの発言だが、いくつか理解できないことがある。
まずNACSはISO認証が信頼できる、購入にあたって参照すべきと考えているのかどうかだ。というのはNACSのウェブサイトを漁ったが、一言も消費者は購入するときISO認証を参照すべきという記述はないことだ。インタビューにあたってのサービストークなのか?
そしてそれにJQAがコメントをつけていないことは、ISO第三者認証は<責任を伴うこと>及び<広報発表の認証(検証)が可能>と考えていることなのだろうか?
私はISO9001の黎明期に認証を数度受けたが、いずれも従業員に品質方針カードも配らず、方針を掲示もすることなく認証した、真にISOMS規格の申し子であると自負している。
ISOMS規格の要求事項は「ルールを定めよ、ルールを知らしめよ、ルールを実行せよ」であって、組織内外に認証を知らしめよというものはない
会社としてはしっかり会社規則を守って仕事してくれれば良いのであって、ISO認証をお祭りにすることはないのだ。
それをいうなら防災訓練をすることは義務だが、防災訓練をしたことをアピールしなければならないのか?
ついでに言えば、ISO事務局なんて部署もいらないし、ISOのための内部監査もいらないし、わざわざマネジメントレビューなんて儀式も不要なのだ。
「品質マネジメントシステム」という定義もあるし、「品質マネジメントシステム要求事項」
更に言えば「基づく」もおかしい。正しくは「満たす」ではなかろうか?
釈迦に説法であるが、ISO規格は「要求事項」というタイトルであり、実施すべきことの羅列であるが、どのように実現するかは全く記述していない。組織は己にあったシステムを作る責任と自由がある。
顧客がISOマネジメントシステムの認証制度について知識を持つことによって、顧客はどんな良いことがあるのでしょうか? 企業はどんなメリットがあるのでしょうか?
NACSばかりでなくJQAのインタビュアーのISO認証制度の理解が大丈夫なのか不安になりました。
第二部
第二部はJQAによるISO認証と消費者の関わりの説明である。
消費者は不正確な情報に惑わされることが、審査員はそんな情報には惑わされないということか。これは<審査では見逃しもなく判断の誤りもない>という宣言だろう。
昔、飯塚教授という人が不適合を見つけられない審査員を「節穴審査員」と呼んでいた。そういうポンコツ審査員はJQAにはいないということだ。素晴らしい。
普通の審査員の目 | 節穴審査員の目 | |
実は私の自撮りです |
もちろんそれを裏付ける証拠を知りたい。過去から企業不祥事をISO審査で検出していないということが大きな問題となり、アクションプランもあったしシンポジウムでのテーマでもあった。
JQAは審査時のミス発生率が他の認証機関より低く優れているのだろう。ぜひデータを公表してほしい。
ところで上図の節穴は想像図である。飯塚教授にはぜひ実物の節穴審査員の画像をご提供願いたい。
ちょっと待て、いつからISO9001は製品品質を保証するようになったのか?
いや、この文章の前段は『、購入した商品やサービスの品質に対する期待が満たされず、がっかりした経験があるのではないでしょうか。』とある。ということは製品品質どころか、顧客満足を達成するように読める。
もちろんISO9001の意図は顧客満足の実現ではあるが、ISO認証が顧客満足とイコールではない。というのはISO認証がISO9001要求事項を完璧に満たす保証ではないし
まず客が提供された製品・サービスに不満を持つとはどんなことかと考えれば、次のようなことだろう。
不満の原因 | ISO9001はそれに対応するのか? |
入手した製品・サービスの品質が期待するものと違った。 | 品質マネジメントシステムは個々の製品・サービスの品質を保証していない。 |
広告やカタログと違った | 宣伝広告のイメージと製品・サービスが違うとか、最悪景品表示法違反になったとしても、それはISO認証範囲ではない。 |
販売方法あるいは販売におけるイメージあるいは応対が不満 | 製造と販売の組織が異なればISO認証範囲ではない。 |
他社との比較で製品・サービスの仕様や品質の比較で劣る | ISO規格は製品品質や仕様の水準とは無関係である。 |
顧客満足を達するには、通常のISO9001認証範囲より広い工程や部門も含めた品質保証体制(マネジメントシステムといってもよい)が必要だ。
前項と同じだが、私は「ISO 9001認証が商品・サービスを選ぶ際に信頼のおける判断材料になる」とは考えない。
そう考える人はBtoBとBtoC は異なることを理解していない。
基本的に品質保証とは、継続して大量に取引している場合の手法というか考え方だ。耐久消費財あるいは固定資産を1個買いするとき、品質保証よりも品質補償
例えば企業同士が売買するとき、AQL(合格品質水準)を取り決めてそれを守れば問題はない。1000台の冷蔵庫の中に1台不良があれば0.1%である。契約したAQL以下なら買い手(顧客)は満足だろう。
しかし一般家庭で冷蔵庫を買って配達されたものが不良だったなら、100%不良である。買い手(顧客)は満足しない。珍しいことが起きたから次回のジャンボでは1億当たるかもしれない、なんて考える人は私以外いない。
例に挙げた冷蔵庫をお客様に納入したら不良だったとき顧客満足を達するためには、直ちに顧客にお詫びと今後の対応を説明し、速やかに合格であることを確認した代替品と交換することに尽きる。もちろんセールスも運搬者も(口だけでも)誠実であり(顔だけでも)愛想よくなければならない。
品質保証とは、問題が起きないように、起きたときには再発防止を考える仕組みである。1個買いのお客様対応の方法論ではない。
注:国語辞典を引くと「直ちに」とはなにをおいてもすぐに、「速やかに」は可能な限り早く、「遅滞なく」は事情の許す限り早くと異なる。法律では厳密に使い分ける。
直ちに | 速やかに | 遅滞なく |
言い方を変えると消費者・生活者との商取引において、品質問題が起きたとき、ISO第三者認証が役に立つわけがなく、そしてまた認証がなくても解決できるのだ。
消費者相談とはまさしくそういうことではないのか?
もちろん不良品に販売者・製造者も対応してくれないとトラブルではあるが、そこにおいてもISO認証が関わることはない。現実にそういった問題が起き裁判になったとき、ISO認証の有無が意味を持つこともない。
本文でなくカラムの記載内容について気になったことを挙げる。
このカラムでは、BtoB における第三者認証の効用を説明している。
解説において忘れては困るのは、BtoBの取引において要求することはは、マネジメントシステム認証だけではないということだ。
製品仕様とか契約条件(支払い、引き渡し、トラブル時の処置)だけでなく、BtoBの企業間取引では一般的なマネジメントシステムの要求だけでなく、製品・サービスに応じた固有の工作仕様や検査仕様を要求しているということだ。
対象する事項 | ★BtoC★ | ISO9001 | ★BtoB★ | |
1 | 製品・サービスの品質 | 〇 | × | 〇 |
2 | マネジメントシステム(管理体制) | × | 〇 | △ |
3 | 製品固有事項(工作仕様・検査仕様) | × | × | 〇 |
消費者・生活者が製品・サービスを購入するとき「製品・サービスの仕様」を提示しそれを満たしているか否かを確認して契約(購入)するのが普通だ。
冷蔵庫なら大きさ・容積・消費電力などを確認しデザインを確認して気に言ったら買う。
しかし買い手が大手家電メーカーなら、消費者・生活者が購入するとき要求することだけでなく、製造管理体制もあるし、製品固有の事項、つまり工作時どのような管理をするのか、どんな検査をするのか、測定器の校正方法や間隔などをメーカーに求め実施させる。
ここで製造管理体制を要求するだけでなくISO9001認証を求めることもある。あるいはメーカーが自主的にISO9001認証することもある。
ISO9001の審査では要求事項は一般的なものとなり、製品特有の仕様については審査対象外となる。
注:ISO9001認証範囲は認証を受ける組織と認証機関によって打ち合わせ適宜決めることができる。製造だけでなく流通や販売までを含めることも可能ではあるが、流通や販売は別会社になることがほとんどであり、現実に管理できなければ認証範囲から外すことになる。
もちろん流通は調達先としての管理は該当する。しかし販売をコントロールすることはまず不可能だろう。まして販売方針などを強制すれば独占禁止法にひっかかる。
注:2003年(H15年)に公正取引委員会が出した「製造業者が部品等の納入業者に対し,品質マネジメントシステム(ISO9001)構築の認証取得を要請すること等について」はいまだ有効のようだ。
購入者が納入業者/下請業者に対してISO認証を要請する場合は、優越的地位の濫用の観点から問題にならないようにすべしというものだが、具体的にはISO認証を求めるのは禁止と解されている。
それで環境マネジメントシステムの認証を求める場合はISO14001に限定せず簡易EMSでも可としているのがほとんどである。私の知る限り100社に1社くらいは堂々とISO14001認証を求めている企業もある。実際にそう要請しているのかどうかは定かではない。
なおここで述べたことはISO9001の初版から2015年版までの序文にある『品質マネジメントシステム要求事項は、製品及びサービスに関する要求事項を補完するもの(ISO9001:2015 序文0.1)』という言葉に表されている。
読み直してほしい。
以上、疑問を感じた主な事項について述べた。細かい言葉の使い方で定義と違うんじゃないかというものはいくつかあるが、まあ気にしないことにした。
本日の残念
ISO NETWORKを読んで残念だと思ったのは、ISO認証の意義と、BtoCにおける品質保証の意味合いがどう考えても変なことだ。
おっと、タイトルが『ISO9001認証は消費者にも役立つのか?』だから、それこそがこの特集のメインなのだが。
注1 |
引用についての法規制は、著作権法の第32条に 「公正な慣行に合致すること,引用の目的上,正当な範囲内で行われることを条件とし,自分の著作物に他人の著作物を引用して利用することができる。同様の目的であれば,翻訳もできる。」とある。 また最判昭和55年3月28日 「パロディー事件」で以下の通りとされる。
| 注2 |
ISO規格は方針を暗記しろとか要求していない。 規格が要求しているのは「組織内に伝達する(旧版では「周知する」)」ことである。 2015年版で伝達と訳され以前は周知と訳されていたのはcommunicateであり、その意味はto express your thoughts and feelings clearly, so that other people understand them、あなたの考えや思いを組織のメンバーに伝え理解させることである。 それは経営者の考えを知らしめてそれを実践させることが方針を周知/伝達することだ。壁に張ったり印刷したカードを配ることではない。 実際問題として印刷したカードを配るより、従業員それぞれがなすべきことを教え実践させることははるかに難しい。 |
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注3 |
ISO規格では審査における見逃しを容認している。 ISO17021-1:2015「適合性評価-マネジメントシステムの審査及び認証を行う機関に対する要求事項」 4.4.2項の注記 いかなる審査も、組織のマネジメントシステムからのサンプリングに基づいているため、要求事項に100%適合していることを保証するものではない。 | |||||||
注4 |
「ほしょう」の漢字によって意味が異なる。
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