習い事1000時間

22.05.26

和服 昔、ある趣味を習い始めたとき「習い事1000時間」という言葉を聞いた。1000時間までは何があっても我慢して続けなさいということらしい。
時間ではないが「(着物の)着付けは1000回」という人もいる。和服を1000回着れば(あるいは着せれば)身に着くのか、1000回着なければ身に着かないのか、どちらなのか? どちらでも同じ意味なのか?

似たようなものに「習い事が本業になるまで1万時間」という人もいる。ピアノでもフルートでも、楽器は子供の頃から日々練習して、音大で学んでちょうど1万時間だという。この場合は誰でも1万時間やればではなく、才能のある人限定だろう。

将棋は私が子供のとき駒の動きを覚えただけで終わったが、囲碁は30代後半に職場の人に昼休みに相手をさせられて 将棋の駒 面白さを知り、はまってしまった。
特に習ったということはないが、一通りルールを覚えると地域の公民館とか碁会所に行って相手を探してはひたすら打った。道場破りというより武者修行である。
土曜・日曜はもちろん、残業終えてから碁会所に行ったり、碁会所が閉まれば仲間の家に行って真夜中過ぎまで打ったりした。

県の昇段大会で5戦4勝して初段になるのに2・3年かかった。毎日1時間としてだいたい1000時間になる。
翌年2段になり、更にその翌年には私が教えた義弟に追い越されて嫌気がさし囲碁を止めた。私は思い切りも諦めもよい人間である。


誰でも1000時間やれば囲碁初段になれるのかといわれると、9割の人はなれるだろう。
もちろん例外はある。私の周りにも何年やっても段が取れず級止まりの人がいた。そういう人はいくら囲碁を打っても学ばない。学ぶとは先生について習うとか囲碁の本を読むことではない。自分が負けたらなぜなのかを考えることだ。どうして負けたのかわからなければ、自分よりうまい人に聞いて正しい対応を知るとか、何度も石を並べてみて最善を考えることである。
私の経験から言えば、真剣に打った碁なら初手から50や60手までは並べることができる。早指しで深く考えず指先で打った碁は並べられない。
段持ちなら終局まで並べられると言われるが、完ぺきに並べられる人は初段や2段では少ない。

何度も同じ失敗をする人は、知能が低いとか上達の意欲がないわけでもなく、なぜうまくいかないのかをよく検討しない。それにそもそも碁を打つときに一つ一つの手を考えていないように思う。

ちなみに将棋や碁をする人は、扇子を持っている人が多い。この扇子は伊達ではないのだ。
扇子 この扇子は利き手に持つのが正しい。どう指すべきかいろいろ考えて決まったら扇子を利き手でないほうに持ち替えて、利き手で囲碁の石とか将棋の駒を掴むことで時間がかかるから、手拍子で指さないようになるという。
利き手でない方に扇子を持っていたのでは意味がない。

じゃあ考えないで囲碁を打つ人は、車の運転とか日常生活でもミスばかりするのかというと、そうではない。要するに囲碁を打つ楽しみと、囲碁を考えて打つ楽しみは違うのだろう。
じゃあ考えなくちゃならない囲碁を止めて、ゲームとかしたらよいのにというのも余計なお世話で、その人は碁を打つのが好きなのだ。


鎌倉大仏
800年座っておる
話を戻すと「1000時間」とか「1000回」にはあまり意味はなく、ある程度の期間一生懸命学ばねばならないという意味と、逆にある程度頑張ればだれでも一人前にはなれるという意味があるのだろう。
1000時間とは毎日1時間すれば3年であり、1000回なら当然3年である。私の囲碁の経験から石の上にも3年は間違いないように思う。

会社で「1年やって一人前にならなければ、それ以上やってもものにならない」と先輩に言われたことがある。年間250日働き8時間勤務とすると2000時間、仕事にもよるが、普通の仕事が囲碁初段より難しいとは思えないから、真面目に頑張れば一人前になれるだろう。

もちろん仕事は、その人の能力に合わせて与えられるし、更に指示したほうも達成してほしいから助言も支援もする。だからできなかったということはめったにない。それに本人も囲碁と違い生活が懸かっているから、ミスしないように、達成するようにと真剣だろう。その結果、たいていの仕事は1年もすれば一人で仕事ができるようになる。


私は退職してから英会話教室に通ったが、結局英会話が続くようになる前にやめてしまった。考えると週45分で3年やったから……なんと、たった117時間である。家で復習したとしても240時間程度、習い事1000時間にははるかに遠い。
じゃあ10年間英会話教室に通えば会話ができるかといえば、それでもできるようになるとは思えない。というのは何事もある程度密度を上げないと効果はない。
囲碁だって週に1回打つだけで10年経てば初段になるかといえば、それは無理だろう。

コロナ流行以降は中止されているようだが、フィリピンなどで数か月宿泊して英会話漬けなんてのがあった。朝から晩まで、学習のときはもちろん、自由時間でも友達も買い物もテレビも英語だけという環境なら、ひと月だけで450時間になる。三月もいれば英会話は十二分にできるだろう。
だが、面白いことに、英語留学しても英語漬けになろうとせずに、自由時間には日本の友人とスカイプで話すとか、日本のテレビ局をみている人もいるらしい。

これもネットにあったのだが、オーストラリアに語学留学した人が日本にいる親に国際電話して、何か行事があって帰宅が遅くなると親から家主に伝えてほしいと頼んだという。笑い話ではなく実話らしい。もう、なんというか……
ボディランゲージでも、筆談でもそのくらい伝えられないのだろうか?
もっともそういうことができる人はわざわざ語学留学などしないのかもしれない。

もっとも現地で会話ができるようになっても、常に使わないとすぐに頭から消えてしまうらしい。
義妹が高校生のとき夏休みオレゴン州にホームステイした。一月後帰ってきたら、ホストファミリーと国際電話で話をしていた。脇で見ていてすごいと思ったが、帰国して三月経ったら完璧にジスイズアペンレベルに戻っていた。還暦の今は、英語それおいしいのというただのオバちゃんだ。


平泳ぎ 何をくだらない話をしているのかといわれそうだ。
ただいま、私は平泳ぎを頑張っている。スイミングスクールは止めてしまい、今はひたすら個人的に練習中である。その上達を振り返り、習い事1000時間が正しいのかを考えてみた。

私は退職したときは、全く泳げないカナヅチであった。泳ぐことは若い時からの夢だったので、とにかく泳げるようにとフィットネスクラブに入りスイミングスクールに入った。
クロール 普通まったく泳げない人が最初に習うのは、クロールである。クロールで呼吸して25m泳げるようになると次は平泳ぎとなり、平泳ぎができるようになると背泳、そして希望すればバタフライというのが一般的な流れのようだ。

80過ぎても4泳法を制覇したいとバタフライを習っている人もいる……特に女性に多い。正直言ってバタフライなどフィットネスクラブや一般のプールでははた迷惑であるし、実用性はゼロだ。バタフライを習っている人の前で、そんなことは言わないけど。


初心者は、頭まで水に入るとか水に浮くことを習う。それから基本的なこと、ビート板でバタ足とか、呼吸なしで手を動かすとかから始まった。
老人は速さを競うなんて発想はなく、水泳を習う老人が考える目標は、連続1キロ泳ぐというのが多い。私と一緒に習った人たちもそうだった。
全くの初心者でも普通は1年から1年半で1キロ泳げるようになる。私はほかの人より遅く、習い始めてから2年半かかった。そんなことを以前書いた。 私が1キロ泳げるまで習い始めてから894日であった。習い事1000日は間違いない。

ただ1000時間とか1000回といっても、一人前レベルまで直線的に上達するのではない。初期的には急上昇するだろうが、プラトーになり少しも上達しない時期もある。そうなると習うのを止めようか続けようか、コーチを変えようかと悩む。
ところが何かをきっかけに突然急に上手になったり辛くなくなったりする。それはコーチとか仲間のアドバイスだったり、自分が何気なしに手足の動きを変えてみたことだったり、プールの状況が変わったためにいつもと違う動きをしたことがきっかけだったりする。


私が平泳ぎを覚えようと決心したのは2019年の夏だった。そのとき私はまっとうな平泳ぎはできず、見様見真似の平泳ぎもどきで25mプールを往復するのがやっとだった。
私の願いというか目標は、かっこよく泳ぐことでも速く泳げることでもなく、いつまでも泳げることだった。もちろんいつまでもといっても何時間ということでなく、せめて20分や30分…疲れるまでというイメージだ。

グアム アガーナ湾
ラグーンとは砂州やサンゴ礁により外海か
ら隔てられた水深の浅い水域のこと。
海底がサンゴの砂なので海面がエメラルド
グリーンでとてもきれい。
当時私はグアム島に行ってビーチでゴロゴロするとか、ラグーンで泳ぐのが楽しみだった。
ラグーンは波が静かといっても、プールと違い波はあり、クロールは首を高く上げないので多少でも波があると、もう周囲が見えない。まして私は左右両方で呼吸できず、右しか呼吸できないので、周りの様子を見ることができない。
そんなわけでぜひとも平泳ぎができるようになりたいと思ったのだ。

そこでまずは平泳ぎの本を買って、泳ぎ方と練習方法を読み、フィットネスクラブのプールで読んだことをやってみることから始めた。はっきり言ってどうにもならない。手足の動きさえ正しい形が分からない。

それで無料レッスンというのに参加した。ところが無料というくらいで10人も20人も生徒がいるので、手取り足取り細かく教えるわけでもなく、コーチの目が届くわけもない。初めにコーチが手本を見せて、それから順々にそれを真似させる。生徒が上手くても下手でもきめ細かいサジェスチョンがあるわけでもない。ある程度泳げる人はコーチの話を一聞けば十を知るから良いだろうが、初心者は途方に暮れるだけ。

それで有料レッスンに入ったのが年の暮れ。有料となるとコーチは口を動かして生徒を教える。週1回初歩のレッスンを十数回受けると2020年2月となった。そのとき起きたのが、ご存じダイヤモンドプリンセス事件である。

最初、船内で新型コロナウイルスの感染者がでたが、あれよあれよという間に、問題はどんどんと大きくなり、 ダイヤモンドプリンセス号 日本国内でも感染は広まってきた。
コロナ感染を恐れてフィットネスクラブに来ない人が増えた。2月末になると、通常はフィットネスクラブを休会しても月々いくらか費用がとられるのだが、今回は休会した場合その期間は一切無料にしますと案内があった。そうなるとプール仲間がどんどんと休会するようになった。
そして4月には関東地方は緊急事態となり、どこのフィットネスクラブもすべて休館である。もちろん公民館も図書館も類似施設はみな閉鎖。

5月末に緊急事態解除され、6月上旬に営業再開となったが、最初の頃はみなさんおっかなびっくりで、ほとんどの仲間が戻ってきたのは下旬くらいから。スイミングスクールが再開されたのは7月になってからだった。


ギックリ腰 その後、私自身がぎっくり腰になったり、コロナ流行で二度目の緊急事態とか蔓延防止措置と災難は続き、私は2021年秋にはスイミングスクールを止めてしまった。
第5波が過ぎても私は肉離れを再発してそのリハビリが続き、具合が良くなってプールに来てみたものの再発したりと、もう大丈夫とプールに来れるようになったのは2022年4月からだ。つまりまだひと月半である。


かように平泳ぎの練習も断続的だったが、その間の進歩はいかがであったか?
ひとつ意外なことは、かなり長期間 プールに入らず練習していなかったが、時間が経つと上達していることに驚いた。
もちろんプールに行かなくてもいろいろ工夫はしていた。You-Tubeで平泳ぎの映像を見たり、手足を動かしたり、手足を動かさなくてもイメージトレーニングをした。特に手をかいたらすぐにまっすぐに前に戻すとかコーチに言われていたことは、毎日手を動かしていた。

そんなことをしていて、今日は肉離れしたところが大丈夫そうと思うと、プールに行って数百メートル泳いでみたりした。するとそれまでうまく泳げなかったところが、案外上手くいったりする。
それと大事なことだが、力むとろくなことがない。無用な力が入ると、そのせいかどうか呼吸が苦しくなる。同じことをしていても力む・力まないで呼吸が苦しくなったり楽になったりする。
結果として毎日プールに通っていたのと同じとは言えないが、まったくの無駄でもなかったようだ。

しかし自分が未熟だと感じることは多い。まず一つのコースに自分しかいないと己のペースで泳げる。自分が苦しくないピッチで泳ぐと25mプールを10往復しても息切れすることがない。しかし同じコースを別の人も泳いでいると、相手に迷惑をかけてはならないという思いから、相手に追いつかれないようにとピッチを自分のペースよりほんのわずかでもあげるともう3往復もすると息が苦しくなる。
もちろんキックするとき水をしっかりつかんでいないとか、いろいろ未熟なことがあってそうなるのは分かる。また、人に迷惑をかけても良いんだと割り切って、自分のペースで泳げるようになるのば、それもまた進歩なんだろうけど。


平泳ぎを覚えようとしてから本日で1025日、2年9か月になる。何度も練習は途切れたが、いままでに25mプールを6620往復した。330kmになる。
既に1000日は過ぎてしまったが、あといかほどで大化けするのか? 3年ならばあと三月だ。
そのとき平泳ぎを始めた時の目標である、いつまでも泳ぎ続けられるようになるものだろうか? もちろん永遠というわけでなく疲れ果てるまでだ。せめて1時間くらいは25mプールを泳ぎ続けたい。


ところで囲碁と同じく、プールでも長年水泳を習っていても上達しない人はいる。私が平泳ぎを習い始める前からコーチを頼んで習っているの人が、今も傍目には上達した風には見えない。とはいえご本人は別に困っている風もなく楽しく来ているのだからこちらが心配するのは余計なお世話だろう。
ああいった人は、上手になりたいという熱烈な思いはないのだろう。習っている自分が好きなのだろうか?
私自身が英会話を習った時だって、上達しようという熱烈な意欲はなかったわけで、人のことは言えない。


うそ800 本日のまとめ

いつつ 習い事1000時間というのは真理かもしれない。
私の人生はあと15年はあるだろう。となるとあと5つくらい新しい趣味にチャレンジできそうだ。



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