自己責任 2004.07.17
自己責任なんて流行語ももうすたれたか 
まあ、時代にちょっと遅れていくのが私のスタイルだから本日はこれで行ってみよう。
チョット遅れているんじゃなく、大幅に遅れているだって?
歴史が繰り返すならば大幅に遅れているって事は最先端を行ってるってことかな?
自己責任なんていってもイラクもボランティアも関係ありません。私のめしのたねISOに関することなんです。
オオット、お嬢さん!ホームページを切り替えないであと少し読んでくれませんか?
オチがあるかもしれませんよ、★★★★
★★★★ないかもしれませんが 

最近、ISO14001の審査登録をやめて自己宣言にしようとするところが出始めているそうです。

地方自治体でISO認証をしていたが、考えて見るとお金が無駄だと気が付いて、自己宣言に切り替えるところもあるそうです。 okane.gif
審査機関に見てもらって免状を頂く費用は100人程度で数十万、300人もいると年100万円はくだりません。
一般の企業ですと、入札条件とか会社の評価などのためにISO認証(9000にしても14001にしても)する意味というか価値はありそうですが、自治体となると住民に安心感を持っていただくのが目的でしょうから、わざわざ他人にお金を払う必要はなさそうです。

ところでISO認証ってどのくらいの価値があるもんでしょうか?
先日、知り合いの会社に行って環境の内部監査をしているのを拝見しました。
内部監査員が規格に従い一生懸命聞き取りをしておりました。
その会社の幹部が「この内部監査員はISOの審査員の資格を持っている専門家なんだ」というので、審査員補に登録しているのかと思って聞きなおすと、れっきとした審査員で審査機関と契約してよそ様の会社でISO審査をしているそうなのです。
ISO審査員にはランクがあり審査員補からスタートし、審査員、主任審査員となります。日本ではISO9000でも14000でも90%は審査員補です。
審査機関は社員として審査員を抱えていると固定費がかさむために、忙しいときだけ日当で仕事をしてもらうような契約をしている人々がいます。これを契約審査員と言います。
ホウホウそれではしっかりした審査をしているのだろうと思い直し、良く拝見することにしました。
環境部門の内部監査をしていましたので公害の届出とか廃棄物契約とか見ていました。一段落したときに、その方に話しかけました。
「この契約書は委託金額が抜けているから廃掃法の委託基準違反だよね、どうして不適合としないんですか?」
「ISOの内部監査ですから遵法を確認するわけではないのです」
「PCBの行政への届出が法で定める日付を過ぎていますけど」
「そんなことを見るのが内部監査ではないんです」
いいわけないだろう ホウ!
いったいこの方はよそ様の会社ではどんな審査をしているのでしょうか?
まあ、ISO審査ではJABコードというのがあって、法違反があっても即不合格ということもないのですが・・・・

でもね、ISOの審査ならともかく、自分の会社に法違反があるのを見つけることができない内部監査員って値打ちがあるのでしょうか?私なら審査員資格よりまず月給を剥奪したいところです。
こういう審査員や内部監査員が点検すると、ISO規格には適合しているけれど違法行為があったので起訴されたなんてことになるのでしょうか!
もう笑い話にもなりませんね、  と言いながら笑っちゃいます

私は規格適合を確認できる内部監査員より遵法を確認できる内部監査員のほうが会社に貢献するのは間違いないと思うのですが・・・・
こんな審査員に見ていただいて認証証(ISO審査登録の証書)を頂くなら私は自己宣言のほうがはるかに値打ちがあるような気がいたします。

某自動車メーカーでリコール隠しとかあったために、そこを審査していた審査機関が登録を辞退してくれといったとか(最終的には審査機関が登録を取り消した)
いったいなにを考えているのでしょうか?自分が審査する目がなかったと恥じるとか、反省することはないのだろうか?
自分が審査して適合と判断したならば、リコールがでようと「俺の目に間違いはない!」と言えばいいし、さもなければ「私が悪かった」と自ら認証を取り消せばいい。
「あんたのところでクレーム隠しがあったから認証を辞退してよ」なんておよそサムライが口にする言葉ではない。


自己宣言ってものすごくすがすがしいと。思うんです
誰かさんに見てもらったとか、権威におすがりすることじゃない。自分が正しいと信じてそれをおおやけに表明する。
すべての責は私にあると言っているのです。
それこそが自己責任というものです。

『赤信号みんなでわたれば怖くない』なんてのもありましたが、みんなといっしょに渡るお方には自己責任という観念はないのでしょうね、
赤信号でわたるのが悪いなんていいません、『赤信号、自己責任でわたります』と言って欲しいものです。

新聞でも報道でも自己責任を貫いて欲しいですね、
以前も社説の語尾に責任がない、主体性がない、意思がない!とこきおろした新聞社がありましたが、本日(2004.07.17)の社説も
首相に問いたい。米英が大量破壊兵器はなかったと認めざるを得なくなったいま、戦争支持の理由に兵器の存在を挙げ、開戦の正当性を内外に主張した自らの責任をどうとろうとしているのか。
なんて書いている。 人の責任を問う前に、自分の意思(WILL)をはっきりしてくれよ、
そんな何を言っているのか分からない論説では批判さえできないぞ、



では本日のまとめは
jfk.gif

『およそ一個の男子として』と語ったのはJFKであったが、男女平等の時代ですから『およそ一個の人間として、自分の行動は私が決断し、その責はすべて私にある』と言いましょう。
A新聞社さん、あなたもですよ!

本日はこれまで!




ウインド・ショッピング様からお便りを頂きました。(2008.02.05)
ISO認証なくとも信用される会社が最良
これからもISO認証は形を変え世に君臨するでしょう、そう在るべきかも知れません。 しかし、小生は一方で、企業がISOに準拠していますと自己宣言して社会に害を与えたとなれば、消費者の鉄槌を直接受け、制裁を受けるのですから、認証機関など不要で放置しても良いとも思います。 極論を言えば、法的処罰で十分でしょう。 でも、ISOそのものは、あらゆる企業が国際競争に晒される以上必要です。要は、企業活動はISOに準拠することが前提であればよいのです。それでも、認証が欲しければそれは企業の自由です、中小企業が世に認められる手段としては有益でしょう(そうあるべき)。
小生の友人は、「本当はISOなんて面倒で二重規程なんだよ、ヨーロッパの企業を相手にすると、求められるから仕方なくやっている、USO9000だよ」と、ぼやいていた。USO800でも随所に書かれていますが、審査機関・審査員の意に沿わなければならない前提があるからです、これが現実なのです。元々日本には優れた企業モラルがあったのに、何故イギリス病の治療を起源とするISOに従わなければならないのか、小生は釈然としない。JISが世界に君臨して欲しかったが、小生の机上にはISO9000の対訳本が堂々と鎮座しいる。
ウインド・ショッピング様 お便りありがとうございます。
ご主張がいまいちわかりませんが、自己宣言するのは危険だよ、安全策として認証を受けている方が良いということでしょうか?
認証機関など不要で放置しても良いとありますので、そうでもないようで??
私の本音は、二重管理など意味なし!、認証も意味なし!、自己宣言も意味なし!と思います。
意外ですか?
あるべき姿は、ISO規格をベースラインとして良いところを自社に取り入れればよいということです。
87年版はテーラリングを認めており、それは規格に縛られないで自由に良いところを取り入れて会社を良くすべしという意図だったと理解します。
それが審査登録というビジネスに堕ちてしまい、規格はわけのわからないものとなり、そして今があるのです。
初心に帰ろうと言いましょう。